『黙示録』第二章〜帰還〜


作:神楽 社






こぽこぽこぽ・・・
少し濁った音とともに良い香りが漂う。蛍一の前にあるティーカップにベルダンディーが紅茶を入れている。
ベルダンディーは自分のティーカップにも紅茶を入れると、一つ口をつけた。そして、一度深呼吸をすると話し出した。

「蛍一さん、さっき姉さんが言っていたラグナロクというのは、私たち神々と悪魔との最終戦争の事です。そして、私も女神である以上その戦いに参加しなくてはなりません。さっきの神様からの電話はそれだったんです。」
ベルダンディーの表情は優れず、カップを握る手は微妙に震えている。
「でも、それが終われば帰ってくるんだよね?」
蛍一はベルダンディーの不安を少しでも軽くするために努めて声を明るくして言った。
「ええ、それが終われば帰ってきます。」
蛍一の瞳をまっすぐに見つめ、ベルダンディーははっきりと言った。
「でも、なんでベルダンディーだけ残ってもいいってウルドは言ったんだ?」
「それは・・・いつ帰ってこれるかわからないからだと思います。もしかすると1年以上帰ってこれないかもしれませんから・・・蛍一さんそんな長い期間私を待っていてくれますか?」
ベルダンディーは蛍一を信じていないわけではない、なのにこのような質問が出るという事はベルダンディーは不安だったのだろう。蛍一の自分への気持ちがではなく、ラグナロクが・・・その不安が形を変えてベルダンディーの口を動かしたに過ぎない。
「当たり前だよ・・・それじゃ俺は先輩達に呼び出されてるから」
蛍一は自室へと戻ろうとして立ち止まった
「ベルダンディーたちはいつ帰るの?」
「姉さん達と相談して決めますけど多分明日の朝になると思います」
「そうか・・・わかった」
そう言って蛍一は自室へと戻った。その後田宮大滝コンビに呼び出されていた蛍一は夕方ごろに帰ると言って外出した。


ベルダンディーは真実を全て言ってはいなかった。
自分達が帰ってこれないかもしれない事、この世界にも影響が出る事。
ウルドが残ってもいいと言ったのは実はそのためだったのだ。・・・悪魔との戦いで命を落とすより世界が破滅しても蛍一の傍にいなさい・・・ウルドが言いたい事はこれだった。
たとえ女神であろうと死は訪れる、寿命そのものは人間と比べ物にならないが、肉体を傷つけられれば女神にも死は訪れる。高位の霊的存在である女神にとって、肉体は取り替えの効く器でしかない。たとえ肉体が傷つけられ朽ちても、その魂は生き続け、新たな肉体を再構成するだけなのだ。しかし、悪魔のような女神と同じ高位霊的存在に攻撃された場合その攻撃はマテリアルサイドを越えアストラルサイドまで影響する。悪魔との戦いで命を落とす事は存在そのものの消滅を意味する。

作者注(読まなくていいです)
すべての生体は「魂」とそれを包み込み保護する「エーテル体(幽体)」(ここまでを霊魂と言う)
アストラルサイド(精神世界)とマテリアルサイド(物質世界)をつなぐ架け橋であり
アストラルサイドでの体でもある「アストラルバディ(星幽体)」
そしてマテリアライズ(物質化)に必要な「肉体」で構成されている。
女神などの高位霊的存在は莫大なエネルギーを持っており、そのごく一部でマテリアライズしているため、肉体への攻撃によるダメージは全体からすると微々たる物でしかない。高位霊的存在にダメージを与えるにはアストラルサイドへの攻撃が有効で、魂やエーテル体は非常に弱いためアストラルバディが破壊される事は実質的に死を意味する。そして魂まで攻撃されると本質的な死で存在そのものが消滅する。一方人間は低位霊的存在のため、マテリアライズにほぼすべてのエネルギーを使う。そのため肉体的な死がそのまま実質的な死になる。



しかし、それらを蛍一に言う事がベルダンディーには出来なかった。 なぜならあまり表には出さないがベルダンディーには蛍一の不安がわかっていた。これいじょう不安にさせたくないという思いがベルダンディーの中にあった、例え後で非難されても今はこうするべきだと思ったのだ。
それに、ラグナロクの事は天界で極秘事項とされていた。もし、途中で極秘事項に触れれば中途半端に説明を終える事になる。そんな事になれば蛍一の不安はさらに広がるだろう。
「ごめんなさい蛍一さん・・・」
ぽた・・・ぽた・・・
ベルダンディーはテーブルに肘をついていつしか涙を落としていた。
全てを教えるべきかもしれない、しかし全てを知れば蛍一は悲しむだろう。
もしかすると永遠の別れになるかもしれない、そんな事言えない・・・言えるわけが無い。
ベルダンディーは蛍一に対する申し訳なさと別れの悲しさでただ涙を流す事しか出来なかった。
「ベルダンディー・・・」
部屋の入り口に、いつのまにかウルドが立っていた
「ね、姉さん・・・」
ベルダンディーは涙目のままウルドを振り返った。
「言えなかったのね・・・」
ウルドはベルダンディーの横に座ると優しく聞いた、ベルダンディーは小さく頷くとまた涙を流した。
「どうするの?残る?」
ウルドは慈愛に満ちた瞳でベルダンディーを見つめる、ベルダンディーはその質問にはっきりと首を横に振った。
「そんなこと出来ない・・・それに蛍一さんはそんな事すれば私を許してくれないわ」
「そうね、そうかもね・・・あんたが好きな蛍一はそういう奴だもんね」
ウルドはベルダンディーの肩をそっと抱くと優しくそう言った。
おそらく全てを知っても蛍一はベルダンディーを送り出すだろう・・・ウルドはそう思っていた。自分でもそう思うのにベルダンディーならなおさらだろう・・・それならさっきの残ってもいいっていうのは意味がなかったな・・・とウルドは自嘲した。
「大丈夫、あんたはわたしが守るから絶対もう一度蛍一と会わせるから」
ウルドはベルダンディーの肩を抱きながら力強く言った。
「さっそれじゃ帰る準備をしましょ」
「ええ」
ベルダンディーは頷いた、心なしかその表情は明るい。
「それじゃわたしは自分の準備があるから」
ウルドはスタスタと部屋を後にした。

「ありがとう姉さん・・・」
すでに閉じられたふすまに向かってベルダンディーはつぶやいた。
ベルダンディーはウルドに感謝していた、ウルドが特別なにか言ったわけではないが、ウルドの優しさによって心がすこし軽くなった気がしたのだ。



ウルドはスクルドの部屋に向かっていた。
「これであの子は大丈夫ね・・・次はスクルドか」

コンコン・・・

「スクルドー入るわよ」
スクルドは部屋の真ん中で膝を抱いて俯いて座っていた、いつも無邪気なスクルドからは想像できない姿だった。
「スクルド?」
ウルドが呼びかけるがスクルドはまったく反応しない。ウルドは頭をかきながらスクルドに近寄った。
「こわいの?」
これもベルダンディーに言った時のようにやさしい声だった。スクルドはウルドの優しい声に驚いたが、いやではなかった。むしろ心に染み入ってくるようでとても心地よかった。スクルドは俯いたまま頷いた。
「そうね・・・わたしもこわいわ・・・」
ウルドは座っているスクルドを後ろから軽く抱擁した。スクルドは再び驚いた。ウルドの口からこわいなどという単語が出るとは思わなかった。常に冷静で戦いにおいて不適な笑みをこぼすウルドがこわいと言ったのだ。
「ウルド・・・」
スクルドは捨てられた猫のような表情でウルドを見る。
「あんた・・・なんて情けない顔してるのよ・・・」
スクルドの表情を見たウルドが悲しげな声を上げた。
「だって・・・っ!?」
スクルドがなにか言いかけた時に突然ウルドがスクルドの左右のほっぺたをつまんだ。
「ふに〜あにするのよ〜」
スクルドは手足をばたばたさせながら情けない声をあげる。ウルドはスクルドから離れると人差し指を突きつけて言い放つ。
「いいっ、よく考えなさい・・・もしあんたが死んだら蛍一はベルダンディーといちゃいちゃし放題なのよ!?あんたはそれが許せるわけ!?」
スクルドはウルドの声にはっと気付いたような表情を浮かべると、次にむ〜っと不機嫌そうな表情になる。
「む〜そんなの絶対許せない!蛍一なんかにお姉様はわたさないんだから」
「だったらそのための準備しなくていいの?」
ウルドはそう言うとさっさと部屋を出ていった。スクルドの部屋からは
ガチャガチャ・・・カンカンカンカン・・・
という無機質な音が響いている。



ウルドは自分の部屋へ戻ると溜め息をついた。
「ふぅ〜これであの子も大丈夫・・・と」
ウルドは有事の際姉妹の内でもっとも頼りになる。いつもはおちゃらけているが、今回のように一大事が起こると長女としての役割をしっかりと果たしている。
ベルダンディーは優しく慰めて辛さを軽減してやり、スクルドはたき付けてやれば勝手に元気になる。スクルドに対していつも通りのスキンシップを行ったのも、不安を軽減してやるためだ。
「あぁ〜あ、わたしも誰かに慰めて欲しいわよ・・・まったく」
そう言ってはいるが声に不機嫌は感じられない、彼女にとって妹達が元気であればなんら問題は無いのだ。
「さてわたしもやる事やっとかないとね」
そう言うと試験管やら薬瓶やらを取り出してなにやら怪しげな事を始めた。ウルドの部屋からは
コポコポコポ・・・ゴボッ
というなんとも有機的な音が聞こえている。たまに小さな爆発音が響くのはウルドがいつもどおりの証拠だ。



昼飯時
森里屋敷の居間では、三姉妹が食後のティータイムに入っていた。太陽は高い位置から地球を見下ろしている。

「ベルダンディー・・・あんた蛍一に会わない方がいいんじゃない?会えばつらくなるわよ」
ウルドの声は優しい
「蛍一には悪いけど蛍一が帰ってくる前に出発したほうがいいとわたしは思うわよ」
「でも・・・」
「大丈夫蛍一もわかってくれるわよ」
そういって、ウルドは微笑む
「わかったわ」
ベルダンディーはまだ迷っていたようだが、姉の意見を聞きいれた。
事実ベルダンディーは蛍一とあうのがつらかった・・・会いたくて仕方がないのだが、会えば泣いてしまいそうで、それで蛍一を困らせるのは嫌だった。
「それじゃ3時ごろ出発ってことにしましょ」
ウルドはそう言うと電話をかけに居間を出た。

プルルルル・・・
電話の向こうで呼び出し音が鳴っている。ウルドが鳴らしているのはオペレーターを介さず直接神様へつながる直通回線だ。
『私だ』
「二級神管理限定ウルドです・・・3時ごろにゲートを開いてください」
『わかった』
電話の向こうの相手はそっけなくそう言うと電話を切ってしまった。
「あいかわらずというか・・・なんというか」
ウルドは苦笑しつつ受話器を置いた。






3時

ベルダンディーは居間のテーブルの上におにぎりを置いた。冷蔵庫にはケーキが入っているし、鍋の中にはカレーが入っている。どれもベルダンディーの手作りで、気持ちがこもっている。ベルダンディーは書き置きを残すと自分の部屋に戻った。

部屋の中央へ進んで胸の前に手を組み、精神を集中すると・・・彼女の着ていた衣服が形をおぼろげにしながら体から離れる。そして、徐々に形を変え彼女の体を包み込んでいく・・・ベルダンディーは初めて蛍一と出会った時の衣服を纏って立っていた。

玄関ではウルドがベルダンディーを待っていた・・・そこへベルダンディーが現れた。
「さあ、行きましょう」
ベルダンディーが告げる。
「ゲートはもう開いてるわ」
ウルドが扉を開けて外に出た。スクルドはすでに庭に出ている。ベルダンディーもウルドの後に続こうとしたが下駄箱の上におかれている半分に折られた紙を目に留めた。
「あら?なにかしらこれ?」
ベルダンディーはその紙を手にとって開いてみると・・・

待ってるよ いつまでも ずっと

           K−1


蛍一はこうなることを予期していた。ベルダンディーの雰囲気からなんとなく察して、彼らしい書き置きを残して外出していた。

「蛍一さん・・・蛍一さん!蛍一さん!!」
ベルダンディーはその書き置きを抱きしめ。あふれ出る涙を拭おうともせず、何度も最愛の人の名を呼んでいた。

「さ、蛍一の気持ちを確認したところでその気持ちを無駄にしないためにも行きましょう」
ウルドが戻ってきていた。自分の後にすぐ出てこなかったのを不審に思ったのだ。
「ええ」
ベルダンディーは涙を拭うと立ち上がってウルドの後につづいた。


そして森里屋敷の庭から光が天へと伸びた。

その光景を少し離れた所で蛍一は見ていた。
「いってらっしゃい」
誰にとも無くそうつぶやいた蛍一は、ベルダンディーの声を聞いたような気がした。

続く



反省という名の反省(ぉ)
こんなの書いていいのか?
どう考えても泣きすぎでしょベルダンディー・・・(反省)
嘘つきました予定よりちょっと長くなります(反省)
文中の作者注の部分は大部分が作者の創作です少ない知識から創り出した物なので間違いがあると思いますがご容赦ください
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