ガタン。
「シンジ?」
今は九月半ば。
第壱中2-Aの教室では、月末に行われる学園祭の出し物について、
授業1時間分を取って会議中である。
その最中、突然立ち上がったシンジにアスカが声をかけた。
だが、その相手は返事もなく窓の外へと視線を向けている。
いつもは穏やかと言っていい彼が見せる鋭いまなざし。
彼に近しい者は折に触れ目にする、戦いに向かう目。
そして今と同じ状況を、レイはかつて見たことがあった。
初めてシンジが立ち会った零号機の機動実験の時。
そう、ラミエルの接近を、その気配を誰よりも何よりも早く感知した彼を。
「お兄ちゃん、まさか・・・?」
緊迫した空気にいつしか誰もが口をつぐんでしまっていた中で、
シンジは机の脇に掛けてあった鞄をその上へと置き、中から携帯電話を取り出す。
そして数個のボタンを素早く押すと自分の耳に押し当てた。
「・・・マヤさんですか?ミサトさんは?・・・そうですか。
 とにかく今すぐサーチを。僕達もすぐに向かいます。」
アスカとレイは視線を交わすとすぐさま帰り支度を始めた。
「・・・いえ、おそらく国外です。でも既に活動している筈。
 それに距離感が掴み辛くて・・・。ええ、では後ほど。」
「使徒?」
鞄を手に側へ来たアスカの問いに、通話を切ったシンジは首を縦に振った。
「急ごう。」





Evangelion The World

第弐拾一・弐話 星よ、導け 後編






シンジからの連絡を受け、Nervは直ちに国内外に探索を掛けた。
一気に慌ただしくなった発令所を見ながら、ミサトは今回の使徒について考える。
シンジが生身で気配を感じた以上、少なくともラミエル級のパワーを持っていると考えるべきだ。
そして既に活動中であるという彼の推測も妥当と言える。
もしこれでそうでないとするならば、もはや我々の手に負えるものではない。
「ミサトさん、使徒は?」
連絡を受けて5分。
彼らについているガードに車を回させたおかげで、子供たちはかなり早く到着したようだ。
少女二人を連れて発令所に現れたシンジに、彼女は首だけを向けて迎える。
「まだ発見できないでいるわ。
 それでなんだけど、正確な位置が掴めないぐらい遠くにいるって、本当?」
この少年が嘘を言う筈も無いし、疑っているわけでもない。
ただ、信じ難いのも確かだ。できることなら間違いであって欲しい。
しかし、彼は真剣な顔のまま頷いてみせる。
「はい。そして、かなり大きい。」
「それってどれくらいの大きさなのかしら?」
マヤのすぐ後ろに立ち、リアルタイムのデータを見ていたリツコの問いに、少年は答えない。
いや、答えられないのか。
よく見ればシンジの表情は固い。
これまでの戦闘でも気を抜いた様子など無かったが、
それでも、ここまでの余裕の無さを感じさせたことは無かった。
(これは、ヤバいかもしれないわね。)
ミサトをしてそう思わせるほどに。
「使徒を発見しました!」
「どこ!?」
「インド洋上空、衛星軌道上です!人工衛星からの映像、出ます!」
青葉シゲルの声と共に正面のメインモニターへそれが映し出される。
画面一杯に映るそれは、これまでの使徒の形状からかなりかけ離れていた。
表現するなら、隣り合わせに置いた粘土の球をローラーで引きつぶし、ひしゃげさせた様な感じ。
両端の二つは極端にデフォルメされた手の様に三つの突起が出、
中央部はマトリエルの流れを引き継いでいるのか、戯画化された目が描かれている。
背景は星のきらめく夜空と、下に弧を描く綺麗な青。
比較する物が無くいまいちはっきりとしないものの、かなりの大きさなのは感じられた。
「常識を疑うわね・・・。」
大きさにしてもデザインにしても。
その時画像が揺れ、砂嵐が吹き荒れる。撮影していた衛星が撃墜されたらしい。
「今のはA.T.Fね。」
「ええ、そうですね。」
ついに使徒もA.T.Fを攻撃に直接使用し始めたということか。
感心した様に唸るミサトの隣で、シンジが鋭く息を飲む。
「何、どうしたの?」
「今、使徒が行動を・・・。しかし、これは・・・。」
絶句する彼の様子に何やらただ事ではないものを感じ、彼女は映像の回復を急がせる。
数分後、回復と同時にもたらされた「行動」の結果は、全員を驚かせて余りあるものだった。





「自分の一部を切り離してのメテオアタックか・・・。」
別の人工衛星からの映像を、腕を組みつつ見ているミサト。
拡大してあることを差し引いても、海面越しにはっきりと、かつ巨大なクレーターが見て取れる。
「この質量にこの高度、A.T.Fをも上乗せした爆撃ってところね。
 とりあえず初弾はインド洋に大はずれ。そして・・・。」
リツコの説明に合わせて映像が引いていき、移動する。
「一時間後がここ。後も逐次修正しているわ。」
「合計4発。UNの攻撃は?」
普段は戦自に頼むところだが、場所が国外故に彼らへと依頼したのだ。
それを担当した日向マコトの表情は暗い。
「新型のN2航空爆雷による攻撃が行われましたが、例によってA.T.Fで防がれダメージは0。
 この後、強力なジャミングのせいで位置をロストしています。」
「この様子だと、次は此処に来るわね。」
「ええ。本体ごと直接。」
「MAGIは三者一致で総員撤退を推薦していますけど・・・。」
一応MAGIに使徒の攻撃による被害状況と最善の行動を予測させたものの、
その結果はマヤの悲観的な想像を裏打ちするだけとなった。
「単に私達が生き残るだけならそれもいいけど、結局今回限りよ。次の使徒戦でおしまい。
 後が続かないんじゃあ意味が無いわ。あの3人は?」
「パイロット待機室です。さっきカナタちゃん達を連れて戻ってきました。
 それで、その、大丈夫なんですか?シンジ君、顔色悪かったみたいですけど。」
「悪くもなるわ。浅間山で彼自身が使った技を、
 簡略化してるとはいえそのまま使ってくるんですもの。」
威力については彼自身がよく知っている。
しかも彼はリアルタイムで使徒の攻撃を察知できるのだ。生きた心地がしないだろう。
「高度、質量は向こうの方が圧倒的に上よ。
 もし此処に落ちたら、ここいら一帯丸々抉られ、日本列島は分断されるわ。
 MAGIに従ったところで、私達には立て直しの時間も余裕も無くしているでしょうね。
 どうするの?司令も副司令もいない以上、現場責任者はミサト、あなたよ。」
「最高幹部は南極、か。幸か不幸か悩むところね。」
子供達がしてくれた昇進パーティーの数日前から、彼等二人は揃って不在となっている。
詳しい内容は聞かされてはいないが、かなり重要な仕事だということだ。
「・・・考えられる策は一つ。
 日向君、日本政府各庁に通達。Nerv権限における特別宣言D-15を発動。
 半径50Km以内の全市民を避難させて。」
「まさか、此処を放棄するんですか?」
「それこそまさかよ。ただの念の為。マヤちゃん、3人を呼んで。作戦会議を始めるわ。」





作戦司令室にて集まったパイロット3人を前に、今回の使徒、サハクイエルの説明がなされる。
その当人達だが、シンジは顔色こそ元に戻ったものの、この部屋に入ってから一言も発さず、
またアスカとレイはそれぞれのスタンスで、まるで彼を支えるかの様に寄り添っていた。
「・・・なるほど、手強いわね。で、作戦は決まったんでしょ。」
初めに口を開いたのはアスカだった。
「一応はね。ただ分が悪すぎるのよ。そこで、まずあなた達の意見を聞きたくってね。
 こちらの見落としてることがあるかもしれないし。」
うまくすればもっといい作戦が立てられるかもしれないのだ。
本来なら真っ先にシンジへと訊ねたいところなのだが、
彼は先程から黙したまま、難しい顔でモニターを睨んでいる。
それをこの少女も解っているのだろう。だからこそ最初に言葉を発したに違いない。
「案と言っても、使徒相手じゃ条件が厳しいのよね。
 まずこちらから打って出るのは、ジャミングで正確な位置が判らない時点でボツ。
 これまでの攻撃法からNerv上空で網を張るって手もあるけど・・・。」
「ええ、バックアップが無い以上危険すぎるわ。」
「同じ網を張るのなら地上からの狙撃はどうですか?
 ラミエル戦で使ったポジトロン・S・ライフルならA.T.Fを打ち抜ける筈。」
次に意見を発したのはレイ。それに答えるのはリツコだった。
「残念だけど、難しいわね。元々借り物だった上に電力の消費が激しすぎるのよ。
 新しい電力供給システムはまだ開発途中だから、現物があってもすぐには使えないわ。」
「ねえアスカ、遠距離攻撃なら弐号機でサンライトアローって手は使えないの?」
「多分駄目ね。いくらEVAでも射程距離外よ。かなり引きつけないと効果はないわ。」
まだまだ訓練不足ってことね、と肩をすくめる。
「ほかに案は無い?」
「そうね、一番確実なのは落ちてきたところを迎え撃つってところかもね。
 なにせ連中の目標は此処なんだから。ミサトも同じことを考えたんじゃない?」
「・・・ええ、それくらいしか考えつかなかったの。」
マコトに合図を送りモニターに作戦の図を出す。
「EVA3体を第三の各地に配置、サハクイエルの落下開始と同時に予想落下地点へと発進。
 高度2000Mまでは観測データからMAGIの誘導ありで、そこからは各自の判断で。
 そして一番手が受け止め、二番手がコアのある部分、おそらくは中央部のA.T.Fを中和。
 3番手が武器で攻撃、とどめを刺す。
 と、これが作戦。あなた達の能力からシンジ君、レイ、アスカの順が理想だと思うけど。」
「確かにコアのありそうな部分を丸ごと吹っ飛ばすならサンライトアローが一番かもね。
 それで、その作戦の成功確率は?」
「聞きたい?」
「もういいわ。想像がつくから。」
「とにかくこちらが圧倒的に不利なのよ。なんとか肯定的な要素が無いかと探ってるんだけど。」
「でも芳しくないんですね。」
レイの妙に淡々とした言い様を不思議に思いながらも、ミサトは深々とため息をつく。
「で、どーすんの?まさか奇跡を期待するだけってわけじゃないでしょうね。」
「まさか。奇跡は起こしてこそ価値があるってのがあたしの信条なのよ。
 でも、今のあたし達にはこれ以上が思いつかないのよ。」
何かいい案は無いだろうかと子供達に目を向けると、
いつの間にかモニターから目を離したシンジが、二人の少女達と目配せをした後口を開いた。
「いくつか質問があります。」
その視線は、なぜかリツコの方を向いていたが。
「何かしら?」
「もしかしたら最高機密に触れるかもしれませんし、
 何より父さん達に許可をもらっていないのかもしれません。
 でも、どうか隠さず教えてくれませんか?」
彼女を見つめる少年の目は、既に戦いを前にしたものへと変わっていた。
「確約はできないかもしれない。でも、必要というなら私の責任において話すわ。
 それで、質問って?」
「使徒は何を目指して此処に来るのか。そして彼等の目的は一体なんなのか。この2点です。」
そのある意味とても単純な問いに、しかしリツコはすぐに答えない。
「本当に必要なの?」
「確証を得るには。」
ふむ、と再び口を閉ざした彼女は、そのまま自分の隣に立つマヤと、
ミサトの後ろに控えるマコトへと視線を動かしていく。
そして、自分に行き着いたところで止まる。
「・・・ミサト、もしあなたに聞くつもりがあるんなら、今すぐ覚悟を決めなさい。
 もしできないなら、すまないけど少しの間席を外して。」
「あたし、が?日向君やマヤちゃんじゃなくって?」
「二人とも職員のランクからいって問題ないわ。当然守秘義務についても理解してるだろうから。
 でもあなたにとってはただの事実ってことじゃ済まない筈なの。」
「ちなみに、何に対してのどういう覚悟なわけ?」
「真実を知った上で、なおかつ感情に流されないって覚悟よ。
 今のNervは間違いなく世界を守る為に仕事をしていると胸を張れるつもり。
 でも創設に関わるあたりから受け継いだ闇の部分もあるのよ。
 いずれはそれらにも決着を付けるつもりだけど。
 それらを見て、聞いて、知って、怒りを感じるのはかまわない。
 ただ、今、他のと一緒に全てをつぶす様なまねはされたくないの。」
「一体、何があるっていうの?」
「覚悟は?」
「できてる。無理にでもしてみせるわよ。
 今はあたしにもちゃんとした理由があるから。」
そう、使徒への復讐などというくだらないものではなくて、だ。
「・・・いいわ。ただし、守秘義務があるのは忘れないでね。」





「2nd-Iの原因が南極で発見された第1使徒というのは前に話したわね。」
「はい。」
シンジがNervに所属する様になった当初、
自分の仕事が何の為のものなのか説明を求めたことがある。
その時に学校で習ったものとは違う、真相というものを聞かされた。
そして、使徒によって起こされる3rd-Iを防ぐ為、その要因となる使徒を倒すという。
「この説明には嘘は無いのだけど、3rd-Iが起きるにはもう一つ、重要な条件が必要なの。」
爆弾の起爆に雷管や信管が必要な様に。その条件が、ここにある。
「それは、第1使徒アダムとの接触。」
「第1使徒!?あれがここにあるの!?」
その単語に過剰な反応を返したミサトを、リツコは軽く手を挙げて止める。
「言いたいことはあるだろうけど、しばらく聞き手に回ってて。
 まずは一通り説明を済ませてからよ。
 シンジ君、かつての南極がどんなところだったか知ってる?」
「学校で習った程度には。」
2nd-I時に跡形も無く吹き飛んだとはいえ、そこがどういうところだったのかは歴史で習った。
地球の南端に位置した大陸で、周囲の島はともかく内陸部は数十Mクラスの氷河に覆い尽くされた、
雪と氷の世界だという。
「おおむねそれで正解ね。
 でも、そんな場所でよくアダムを見つけられたものだと思わない?」
「え、ええ、まあ。」
言われてみればまさにその通りだ。
南極という地域自体も大きかったが、大陸そのものも広大な面積を誇っていた筈である。
「一度話は飛ぶけど、前世紀、イスラエルの死海のほとりから古代文献が見つかってるわ。
 死海文書と呼ばれるそれらはキリスト教やユダヤ教などについて書かれたもので、
 当時から現在にかけて学会では興味深い研究の対象となっているものよ。
 でも私達にとって重要なのは、ほぼ同じ場所で見つかった別の文書なの。」
「別の?」
突然話が別方向へと飛んだのを不思議に思いながらも、アスカは続きを促した。
「そう、死海文書とは全くの別物。」
彼女も実際に目にしたわけではないのだが、
その内容はとてもその時代に書かれたものとは思えない程に精密かつ具体的で、
まるで科学のレポートと歴史書とを組み合わせた様なものだったという話。
しかも現代の科学技術や社会についての記述もあったらしく、
一部の人間にはそれらを預言書として見る者もあったという。
「裏死海文書と名付けられたそれに、二つのジオフロントに関する記述があったわ。
 ひとつが此処。そしてもう一つが南極。」
法律上どこの国にも属さない南極にて第1のジオフロントが発見されたのは、
それの解読後のわずか半年後。
直ちに調査隊が組織され徹底的な調査が開始された。
内部構造が明らかになるにつれ、信憑性が高まっていく古文書。
そしてついに、遺跡の最奥にて第1使徒を発見したのである。
最早、裏死海文書の内容を疑う者などいなかった。
そしてその中にはさらに気になる記述があったのだ。
アダム以外の使徒の存在。
そして、『アダムより生まれし者はアダムへと返る。』という言葉。
「残念なことに他の使徒に関する記述は失われていたそうだけど、
 彼らとの接触によって起こり得る大災害についての予想被害は記されていたみたい。
 だから、当時の科学者達はアダムを完全に封じ、来るべき使徒との戦いに備えたのよ。」
「アダムが現れたっては話を聞いていないってことは、封印できたんですか?」
「ええ、不完全ながらね。」
「ちょっと待って!あんなものどうやって封印できたの!?
 あの頃はEVAなんて無かった筈よ!」
「あんなものって、ミサト、まるで見たことがあるみたいに言うじゃない。」
先程からのアダムに対する彼女の反応に訝しげなアスカ。
そんな少女の問いにミサトは、ややうつむき加減に頷き返す。
「見たのよ。2nd-Iの現場で。」
「編制された調査隊の主任がミサトの父親。そしてこの子も一緒について行っていたの。」
「何だってそんなところに?あの頃のミサトさんは僕らと同じくらいの歳の筈でしょう。」
「理由は、忘れたわ。確か離婚前に自分の仕事を見せておきたいとかなんとか・・・。
 何が起ったのかも正確には憶えていない。憶えているのはあの時の光景だけ。
 今でも夢に見るわ。たった一人、脱出用カプセルの中で見た天にまで届く巨大な4枚の羽根。
 あれ相手では、シンジ君と初号機でも勝てるかどうか・・・。」
「僅かに残された資料によると、予測よりも早く活動を開始しようとしたアダムを封印する為、
 何らかの実験が行われたらしいわ。
 早すぎる覚醒のせいで自らの持つエネルギーのほとんどを解放してしまったアダムは、
 結果、2nd-Iという大災害を起こしてしまったものの、本体は極小さな卵にまで還元した。
 半分成功と言ったのはそういうことだからよ。」
「それがここにあるんですか?」
「ええ。ドグマの最深部、ヘブンズドアと呼ばれるその向こう側に封印中。」
「返るって言ったわね。それって、使徒はアダムと同化するつもりってこと?」
「もしくは取り込むか。どちらにしてもアダムと使徒との接触は防がなければならない。
 これがNervの存在意義よ。これでいいかしら。」
「充分よリツコ。それにしても、あんまり暗部ってほど怖い話じゃなかったわね。
 アタシはいつミサトが暴れだすかって話が聞けると思ってたけど。」
「今回話したのはまだ触りの部分。本体はまだまだ大きいし、暗いものよ。
 ただ、関わっていくつもりなら、当然あなた達にもそれ相応の覚悟は必要。
 その覚悟を訊いたつもり。」
「リツコさん、もう一つ質問があるんですけど。」
「なにかしら。」
「使徒はEVAの排除とアダムとの同化のどちらを優先させると思いますか?」
「立ち塞がる以上、EVAの方だと思うわ。より気配の強い方を狙う筈よ。」
さすがにがギエル戦という前例があるとまでは、今は話すことはできないが。
「それで、何か思いついたの?」
シンジの顔に希望の兆しを見つけたリツコは、やや口元を緩めながら訊いてみる。
「ええ、いくつか。」





数時間後、晴れ渡った空の下でシンジは空を眺めていた。
ここは第三新東京市内の人家の無い丘の上。
当然作戦に入っているので初号機には既に搭乗しているのだが、
今回はより高い一体感を求め、自分の感覚よりも初号機の感覚を優先させている。
空の青の中、未だ見えてこない使徒、サハクイエル。
しかし、目を閉じれば頭上に迫ってきているその気配を感じる。
余りに圧倒的な存在感にどうしても鼓動が早くなってしまう。
それでも恐怖に身が竦まないのは、大切に思うアスカとレイの存在があるからだろう。
今は作戦上じっと気配を殺してはいるものの、自分を案じてくれている気配が支えてくれている。
そして支えてくれているのは彼女達だけではない。
初号機の上半身を覆う試作装甲には起動時間を延ばす為の改良型バッテリーが内蔵され、
腕部と脚部に装着した4つにはリツコのA.T.F研究の成果が込められている。
さらにはこの不安要素ばかりの中、ミサトは自分を信頼し作戦を変更してくれた。
それらの思いを背に受けて、シンジは再び目を開き天を仰ぐ。
ふと頭に思い浮かんだ言葉があった。
アスカを太陽に、レイを月に例えた様に、あの占い師が言っていた自分の運命の象徴を。
その時。
(来る。)
感じる気配の変化。



同時に。
「使徒、落下を開始!」
「スタート!」
殺していた気配を解放して弐号機と零号機が走り出す。
高まった集中力がいつもよりも10%増しのシンクロ率を出させていた。
「落下予想地点は!?」
「初号機の直上!ほぼ垂直に落ちてきています!」
「EVAを狙ってくるって読み、大当たりね。
 それともう一つ、落下の加速が止まったわ。」



いくらアダムがA.T.Fを持っているとはいえ、下手をすれば日本を分断しかねない攻撃を受けては、
とても無事でいられる筈が無い。
サハクイエルの目的がアダムとの接触で、なおかつその存在を察知しているのならば、
必ず落下スピードを調節してくる。
まさにその予想通り。
シンジは気配を一定に保ちつつ力を溜めていく。
足を肩幅程に開き両手を天へと向ける。
『距離5000!!』
「二倍モード!!」
瞬間の疾走が始まる。
一秒が数分にも感じる中、溜めに溜めた力を一気に解放。
両手から凝縮されたA.T.Fの弾丸が撃ち出され、真っ直ぐにサハクイエルへと昇っていく。
ほぼ瞬間で辿り着き使徒のA.T.Fにぶつかって弾け飛ぶ。
まるでパラシュートを開いた時の様に、浮き上がって見える程の減速。
さらに次々と撃ち出される弾丸の空気を切り裂く音と、
A.T.Fが砕ける音が第三新東京市中に響き渡る。
まるで半鐘を打ち鳴らすかの様な音の連続。


「距離2000!」
「予測落下位置、変化なし!」
千の位が数秒ごとに減っていく。
全てが順調に進み全員がモニターへと注目している中、
リツコだけがその不思議な数値の変化に気がついた。
「どういうこと・・・。スピードが増している。」



最早空など見えない程にぎりぎりまで引きつけたシンジは、
A.T.Fを盾として全力展開、使徒を受け止めた。



「速度0!落下止まりました。」
メインモニターには、眩しさを感じる程に鮮やかな赤い境界を挟んで向かい合う初号機と使徒。
その動きは完全に止まって見えた。
「まだよ!まだ終わってない!!」
しかしリツコだけは違った。
「え、でも・・・。」
落下スピードが0になるということは、既に落ちるという状態ではなくなっている。
一番の難関は越えたということではないのか。
「よく見て!初号機はまだ押されている!」
言われるままに見れば、確かに初号機の足下が陥没し始めていた。
「まさか、これもA.T.F?」



(やっぱり、A.T.Fか。)
落ちてきている最中に気づいていた。
夏休みのあたりから考えていたのだが、A.T.Fは気功や波紋と異なり、
その作用はとても主観的なところがある。
例えば、自分に向かってくる力をゼロにする場合、
気功ではそれを技として用いて、その効果を生み出している。
しかし、A.T.Fは基本にその効果があるのだ。
それを応用すれば、通常の運動エネルギーだけでなく落下スピードを含む慣性や重力、
果ては抵抗や浮力といった力をもゼロにできるのだ。
おそらく落下を押し止めようとするこちらからの干渉を無効化し、
結果、溜め込んだ落下のエネルギーが解放される方向へと作用している。
(まるでロケットエンジンの様に。)
確信なんてものは無いが、こちらを押しつぶそうとするこの重みは使徒の重量だけではない。
そして、このままではとても二人が到着するまで保たない。
このままでは。
その時、出撃前アスカとレイがくれた言葉を思い出す。
((この作戦中、最善と思えるならなんでもやんなさい。アタシが許可するわ。))
((もしもの時は、私達がちゃんと連れ戻すから、安心して。))
信じよう、アスカを、レイを。
『僕の運命の象徴は星。人の希望を司る。』
そして自分の心を 運命を。
「ジェミニ!3倍モーーーード!!」
脳裏に描くジェミニのマントが一対二枚の黒い翼となって広がった。



「あの翼は・・・!?」
初号機の背に広がった黒い翼を見るミサト。
瞬間、事態は劇的に変化した。
「シンクロ率300%!!」
「すごい、押し返している!?」
「弐号機、零号機、シンクロ率上昇!!」



「これって、シンジのジェミニ・・・?」
『A.T.Fの共鳴・・・。』
まるで互いがすぐ側にいる様な馴染みのある感覚が二人の間に満ちる。
そして同時に力強いもう一つも。
瞬間の疾走が一段と深くなる。
「とにかくいけるわ!レイ、アンタが中和よ!頼むわ!」
『まかせて!』
さらにスピードを上げて駆けていく零号機を感じつつ、自分の内側の太陽を練り込んでいく。
「フェアリーテール!オーバードライブ!!」
アトラスのごとく使徒を支え保つ初号機の元へと向かう青と赤。
『お兄ちゃん!』
使徒との戦いはコアのある部分を一点集中で攻撃するのが基本。
これだけの大きさを誇ってもこれだけ近く、しかもこの高シンクロ率ならば位置は確実に判る。
今までどおり体の中心、やたらと大きい目のど真ん中。
『レイ、中央部分を中和!』
『一点集中、フェイールド全開!』
分厚い壁に両手をねじ込み、無理矢理こじ開けてEVA一体がなんとか通れるだけの穴が開く。
『レイ、維持して!』
『うん!』
『はあああああ!!』
気合いと共にさらに押し返す初号機。
そこに出来たサハクエイルと初号機との隙間に、弐号機が背面跳びの様に割り込む。
見えない弓に燦然と輝く弓をつがえて。
「サンライトアローーー!!!」
解き放たれた矢は一瞬後、名前のごとく小さな太陽となって街全体をとてつもない輝きで満たす。
そのエネルギーはサハクイエルの巨体を難なく突き抜け、引いていく尾はまるで巨大な光の柱。
『中和解除!!』
再び完全に空と大地が分たれた数瞬後、激しい爆音と先程の小太陽にも劣らない光が、
八角形の波紋の上を滑っていった。





爆発が終わり下への影響がなくなったところで、シンジはA.T.Fを消し3倍モードを解いた。
心配していた能力の暴走も無く、ダメージもほとんどない。
と、安心して気が抜けたのか、力なく地面に尻餅をついてしまう。
『シンジ、無事?』
『お兄ちゃん、怪我してない?』
そんな自分を心配してか、すぐさま二つの窓が開いて二人の少女が顔を出す。
「大丈夫。さすがに疲れちゃって、ね。」
実際に力を使っていたのは1分に足るか足りないかという短時間の筈だが、
それでここまで集中力を使い、体力を消耗した経験は無い。
(これが今の僕の限界ってとこかな・・・)



『お兄ちゃんのバイタルサインに異常は見られないわ。眠ってるだけみたい。』
レイは別モニターを出すと、それに表示されるシンジの身体データを見、アスカに告げた。
サポートが主となる零号機は現場での情報能力処理に優れ、3人の現状を常に把握出来るのだ。
「それだけ消耗が激しかったってことか。」
初号機が仰向けに倒れたときには多少肝を冷やしたアスカだったが、
どうやらただの疲労らしい。
『シンジ君が疲れて眠るなんて初めてのことね。』
『とにかく、使徒の殲滅は確認したわ。
 あなた達も疲れてるでしょうけど、初号機を運んで戻って来て。』
「了解。それにしても、ずいぶん騒がしくない?そっち、ちゃんと仕事してんの?」
初号機の腕を弐号機と零号機の肩に廻して担ぎ上げる中、
ミサトやリツコの映るモニターウインドウの向こう側から、
発令所のものだろう大きな歓声がこちらへと伝わってくる。
『今回ぐらい大目に見るわよ。何せ奇跡が起きたんだから。』
「奇跡、か。」
確かにその通りだろう。
今回、一時は全滅も考えられていた。
それが蓋を開けてみれば、街への被害は2機のEVAが走った時のソニックブームによるものだけ。
EVAも初号機が小破したのみ。
パイロットに至っては全員無傷である。
これこそ完全勝利、奇跡が起きたと言っても大げさではない。
『ごめん、ちょっと訂正するわ。』
「なによ。」
『奇跡は起ったんじゃないわ。あなた達が起こしたのよ。ありがと。』
「な、何よ改まって。ミサトらしくないわよ。」
『たまには感謝の言葉の一つもね。結局のところ、肝心なところはあなた達任せだったんだし。』
『今日の功労者はお兄ちゃん。私達はサポートしただけ。』
「そうね。今日の奇跡はシンジが起こしたようなもんよね。」
『それは違うよ、アスカ。』





暫く眠っていたらしい。今は弐号機と零号機に担がれているのだろうか。
未だ眠気が頭の中に濃い霧をかけている。
その向こう側からアスカの声が聞こえ、シンジは否定を返す。
3倍モードは自分にとって、一か八かの博打でしかないものだった。
あれなら止められるだけのパワーはある、しかし制御できるか判らない。
そして、暴走の先にあるのは、おそらく全ての終わり。
「それを賭けでなくしたのはみんなだ。」
リツコは情報を開示し、ミサトはこちらの案を受け作戦の変更をした。
さらにその為のサポートをと、職員全員がこちらを信頼し全力を尽くしてくれた。
アスカとレイの存在も負けてはいない。
まず初めに相談に乗ってくれたから作戦案を練れたわけだし、
二人を命綱と出来たからこそあれを使う気にもなったのだ。
自分は最後の引き金を引いただけに過ぎない。
「みんなの勝利へと向かおうとする意志が作った、これは当然の結果だよ。」
『ちょっと謙遜のしすぎなんじゃない?アンタだって充分にがんばったんだから。』
そう言ってアスカは小さく笑う。
『でも、それならやっぱりこれは奇跡なのよ。
 史上類を見ない絶体絶命のピンチを、ここにいる全員が一丸となって退けたんだから。
 ミサト風に言うと、価値のある奇跡ってとこじゃない。』
なるほど、確かにそうかもしれない。
「だったら、向かおうとする心をなくさないようにすればいい。そうすれば。」
此処に集ったたくさんの大きな意志の力は。
「奇跡を起こすよ。何度でも。」





To be continued



あとがき

原作を大きくかえていない筈が、予定してた内容を大幅変更するはめに。
何が起るか判りませんね。
最後の台詞も少しアレンジしましたし。

次回はかなりオリジナルな形になる予定。
では、また。

2006年4月30日