それが何時のことであるかは判らぬ。
遙か彼方に、過ぎ越し時であるやも知れぬし、
悠久の後に、訪れるべき時であるやも知れぬ。
されど、それが如何なる刻であったかを語ることは許されよう。
天と地は、再びまみえる事なきほどに分かたれが、
未だ海洋と大地は、互いの領域を激しく争っていた。
神々が既に、彼の地より離れて久しいとはいえ、
光と闇は、混然と彼の地にわだかまっていた。
白幻話
北の大陸の奥深く、古よりその威容を誇る城塞都市が在る。
ここは彼の悪名高き魔導師、妄執の君 が築いた街として、世に知らぬ者はあるまい。
かつての禍々しき輝きは、時の流れに洗われ、幾分褪せてはいるが、
未だにその闇は愚盲な人々を捕らえ、僅かでも世を知る旅人ならばここには近付くまい。
さらに北へと馬上に揺られ、五十日を数えると、辺りの景観は突如変容する。
それまでの荒涼とした大地は、何者かに切り取られた如く途絶える。
暗然とした深海の如く生い茂る深い森が、その姿を現わす。
意図せず迷い込んだ者ならば、そこはまさしく世界の果てと思えよう。
されど、或る者達にとっては、そこは世の果てなどではないことは余りに明白。
その者達は、さらなる先にこそ求める物があることを識る者達ゆえ。
観る者が観れば、些かの隙も無き深緑の壁に、
細き麻糸の如き、回廊を探し得よう。
その回廊を潜り続け、三日三晩を経ると奇矯な村に辿り着く。
村は訪れし数少なき人々からは、月眺めの村と呼ばれる。
されど、この深森は乳蜜の如き霧に常に覆われ、
月を眺めるなど望むべくもない。
ただ、およそ三歳に一夜のみ、その白き闇は払われる。
月眺めの村に住まう人々はこの一夜のために、飢餓と寒冷に耐える。
その一夜にさえ、月を観る者など誰一人としておらぬ。
その夜には或るものを一目見ることのみが村人の望みゆえ。
もとより彼の村はそこに留まりて三年を越えし者など在りはせぬ。
月眺めの村の、月眺めの夜を過ごせるは、ただ一度のみ。
その夜、彼方に見しものの、余りに眩き、或いは余りに昏き、輝きに魅せられて。
再び一千日を待つ強さなど、到底、人の身で持ちうるものではない。
強大な権により圧制を敷き、領民に蛇蠍の如く忌まれた或る領主は、
贅の限りを尽くした常なる暮らしに飽き果てて、
物見遊山の心地もて、遠く伝えられし月眺めの村を訪れた。
その畏れを知らぬ愚かさを携えて。
彼の者は、その旅より、自らの居城に還り来たりて後、
あたかも人が代わり足るたる如く、民を治めるに徳を用い、国を司るに公正を用いた。
世の人々は、君たる者の鑑とて、領主を讃えた。
されど、餓狼の群に追われし兎の如き眼の色は、生涯領主の瞳から消えることは無かったという。
深遠な識と明晴な智を持つと、世上名高き或る女錬金術師は、
自らの学の助けにせんと彼の村を訪れた。
村より、自らの屋敷に還ると一杯の水も、一刻の眠りも取ら摂らず、
ただ自らの姿を鏡に映し、眺め続けた。
そのような生活を送ること二月に及んだ。
そして、母の身を案ずる、たった一人の年若き愛娘に向かい、
虚ろな目のまま、自らがその昔行いし、あらゆる不善と不義の全てを聴かせた。
その後、傷心の娘を顧みることなく、高楼から身を投じ、自ら命を絶ったという。
自ら知らぬまま、彼の村に迷い込みし心穏やかな旅の青年は、
若者らしき好奇の心の命ずるままに、月眺めの夜を彼の村で過ごした。
元来、さほどの期待も望みも、持ち合わせてはいなかったが、
その夜を過ごすと、一言も口にせず、ただ家路を急いだ。
我が家に着くと、夫の遅き帰りに心いためていた新妻に、
帰宅の言葉を交わそうともせず、襲いかかり、
旅路の始めにその妻から贈られし短刀をもて、愛妻の心の臓を抉った。
それを携えると脇目もふらず、再び彼の霧に包まれし森へと急いだという。
これらの者達を、不幸と断ずることはかなわぬ。
少なくとも、それを一目なりとも見し者達なれば。
また、これらの者達を、弱き者と誹ることもかなわぬ。
それを一目見たと同時に心狂わせ、虚しく屍をさらした者は数知れぬゆえ。
斯くの如きに、人を狂惑せしめるのは、如何なるものか。
その問いに答えるには、森の奥へと進まねばならぬ。
月眺めの村よりさらに北へ向かうこと、十日にして、
深緑の大海は突如として途切れる。
そこに在りしは、長河と見違うばかりの雄大なる城堀。
そこに溜められしは、常なる堀の水ではない。
そこに流れしは、純水銀。
その煌めきは、訪れし者達の眼を焼くことも、稀とは言えぬ。
その向こうに在りしは、余りに堅牢な郭壁。
それは一点の曇りも傷も無き、真銀により造られたもの。
その高きことは、まさしく天を遮る。
その長大なるは、騎乗にて一月を費やすとも巡ることかなわぬ。
されど、このような凡そ世に並ぶもの無き城堀と郭壁を越えるのは容易い。
ただ外より内に入るのみに、限るであれば。
その城郭より、内に入る術はただ一つ。
架けられし橋を渡り、真南に大きく開かれし門をくぐればよい。
門をくぐりし向こうに在るは、四方を銀壁に囲まれし、広大な草野。
訪れし者を落ち着かせる健やかな樹々。
その隙間を埋め尽くす、凡そ世に考え得る全ての貴宝秘財。
その真中に、そびえし高塔と百を越える段の上に造られし祭壇。
その草樹は、それまでの道程に蠢くが如き木々とは、全く異なる。
その翠はあくまでも優しく茂る。
枝には一毛の異もない白き羽の小夜鳴鳥が、群れ集う。
その妙なる哀愁おびし鳴声は、辺りに静かに響きわたる。
その宝財は、金や銀などの常なる物など言うには及ばぬ。
あらゆる宝玉、加えて禁書、秘具などもあった。
その他、余人には如何なる物か思いも寄らぬ物も含まれる。
それらの至宝は文字通り山と成りて、無造作に積まれ置く。
その高塔の頂には、ただ一室が在るのみ。
塔は余りに細く、余りに高い。
人の五人も在れば、周囲を囲むこと容易きほどの細さ。
その園を巡りし郭壁が、単なる囲いと見ゆる程の高さ。
その壇は、それを支える段も含めて、純白の海珊瑚により成る。
そこに据えられしは、これも純白の象牙により成る玉座。
その清純な白は、それ自ら光を放つと見ゆるほど。
古に在りし神々さえも、これほどの白座は持ち得まいと思わせる。
斯くの如き、物達が月眺めの夜を狂わせるのか。
否、そうではない。
確かにこれらは驚嘆すべき、物ではあるが。
これらの在りしを忘れるに足るものがこの園には在る。
それは、一人の乙女。
或いは、乙女の姿をしたもの。
その姿は、凡そ常なるものとは、とても見えぬ。
もとより、このような異園の主が、ただの人とも思われぬが。
その幼きとも見ゆる乙女の名は、しかとは判らぬ。
多くの者がその名を求め、時が費やされはしたのだが。
故に人々は、或いは魅惑の魔女と呼び、或いは月神の神女と呼びもした。
中でも最も多き呼び名は、白の皇女であったという。
おそらく、彼の乙女を呼ばうに、人の身にてはそれ以上を求め得まい。
それさえも、相応しきものには遙か遠いが。
人なるとは思えぬものを、人が名付けることなど、
既に傲慢にして、愚かと言わねばなるまい。
或る賢者の言に拠らば、その名は レイ だというが、
博識を誇る人々の内に、それを認める者は誰もおらぬ。
それは遙かな昔、遠き異国の地で既に失われし言語にて、
何も無きもの、誰でも無きもの を意味する言葉ゆえ。
その白の皇女は、白き玉座に座したまま、些かも動かぬままに時を過ごす。
座を空けるは一千夜に一夜、天を覆いし霧蓋が除かれし刻のみ。
その夜は、地に突き立てられた神々の巨槍の如き塔に登る。
そこにてただ独り、愛でるでもなく、嘆ずるでもなく様にして月光を観るという。
月眺めの村より見ゆる、此の一夜の姿こそ、狂惑の源。
彼方より、垣間見ゆるその姿は人心を狂わせる。
たとえ、皇女にその意無くとも。
それも無理無きほどに、皇女の煌めきは眩しく、昏い。
皇女が身に着けるは、薄き衣一枚のみ。
それは、如何なる飾りも無き白絹の衣。
そればかりか、一糸の縫い目も見えはせぬ。
その様はあたかも、風霞を纏いたると思われる。
加えて、そこより覗く肌は、それにも増して白く輝く。
人を惑わせずにはおられぬ、無垢なる白さ。
華霜石にて創られたかと、疑う者も多いというが、
それも、故無きこととは言えもせぬ。
されど、その四肢はあくまでも、しなやかにして、
春雨に濡れる若枝の如く、嫋やか。
膝上に、無造作に置かれし、その指は瑞々しく、
川水に遊ぶ若魚を思わせる程、滑らか。
髪はさほど長くはない。
前は僅かに額に掛かり、後ろはうなじを隠すのみ。
されど、その彩色は蒼銀。
絹糸よりも艶やかにして、白金よりもなお、輝く。
それらにも増して際立つのは、その眼。
光彩は紅玉の如く、或いは血の如く、赤い。
その緋色の瞳は如何なる光も放たぬ。
むしろ、あらゆる光を吸い込むが如く煌めくゆえ。
斯くの如きものを美しいなどと言ってはならぬ。
そのようなことを口にせし者こそ、死を持って恥じねばならぬであろう。
彼の皇女の姿形を表すに、人の言葉にては、とても足りぬ。
詩神でさえも、それを為し得るかは疑わしいが。
惜しむらくは、その麗しき口から声の聴こえた試しはなきこと。
言葉はおろか、その顔形が変わりたることもない。
皇女は、怒りも、悲しみも、喜びも、如何なる表情も表さぬ。
ただ、並ぶもの無き彫像の如く、身じろぎもせぬまま座するのみ。
その皇女を求めて、男人はもとより、女人も含め、
数え切れぬ程の人がこの秘園を訪ねる。
そのようなこと、とてもかなうとも思えぬが、
その手法のみは、誰からともなく、いつからともなく、語り継がれる。
手法は至って明らか。
ただ、何かを贈ればよい。
白壇の下にて捧げられし贈物に、白の皇女が心を満たせば、
絶世の皇女を手に入れること、かなうという。
ただし、贈り手達は心せねばならぬ。
もし贈物が意に添わねば、その姿を見られることもかなわぬ幽鬼の如きになり果てて、
永劫とも言うべき時を、彼の皇女に仕えて過ごさねばならぬ。
動くことも、話すことも、死することも許されぬままに。
まして、これらの者達の主は如何なることも必要とはせぬ。
従臣達は何事も成さぬまま、在り続けるのみ。
これほど耐え難きことがあろうか。
代償と言うには、余りに重き罰。
されど、人々は群れ集う。
灯火に群れる蛾の如く。
そして、人々は身を滅ぼす。
灯火に羽焼く蛾の如く。
或る商人は、その財を捧げた。
商人が贈りしは、紅玉の冠。
その中央の紅玉は言うに及ばず、
ちりばめられし宝石の一つでさえも、街一つが購えよう。
紅玉の大きさは、大人の拳ほどもある。
その輝きは、霧に閉ざされし彼の園さえも、赤く照らす。
ただ、皇女の瞳には、及ぶはずもあるまい。
かくて皇女の従臣は、またその数を増した。
或る将はその軍を捧げた。
将が率いしは、千騎の騎兵。
その軍馬は全て逞しき白馬。
馬蹄の轟きは大地をも揺るがすかと思われる。
兵の身に着けし武具は、轡に至るまで黄金。
その兵の猛きことは、一騎にて一軍にも勝ろう。
これらの者達も皇女の前では、誰一人とて、立つことすらかなわぬ。
千の軍馬と千の軍兵は、木偶となりて、虚しく辺りの宝山に積まれた。
或る武人はその技を捧げた。
武人は、人の丈ほどもある鋼の大弓を満月の如く引き絞ると、
飛び交う小夜鳴鳥に向かい、たちまちの内に三矢を放った。
一矢は右翼を、一矢は左翼を、一矢は心の蔵を、寸分違わず貫いた。
これほどの妙技を見せても、まだ足りぬと見たのか、
腰に帯びし大剣を抜き放ち、皇女に贈るため、自らの腕を切り落とした。
皇女は、些かもたじろがぬ。
あとには、鋼弓を握りしめる一本の腕のみが残された。
或る詩人はその詩を捧げた。
皇女を讃え、自らが創りし詩を自らが吟じた。
その響きの甘きことは、糖蜜の大杯にも勝り、
その言葉の美しきことは、耀星を連ねた如し。
これまで、この者が詩神の化身と讃えられたのも頷けよう。
さしもの小夜鳴鳥達も、その声を僅かに潜めるかとも思われる。
それを耳にしてなお、皇女はその長き睫を動かしもせぬ。
残されしは、詩人が己が詩を、自らの血で綴った羊皮紙のみ。
このような情景はどれほど長きに渡り起こったか。
知る術などあるはずもないが、
或る学者はこれまでに四季が百度巡ったと言った。
また、別の学者はそれに異を唱え、一千度と言った。
二人は共に自らの言の正しきを信じ、激しい論を戦わせた。
時が経ち、二人が老いて死、その墓石が風に朽ちてもなお、
白の皇女は変わらず白座に在り続けた。
ただ、その足下の宝山が、些か高くなりはしたが。
これ以上、皇女を訪ね、幽臣となりし者達を語るは詮無きこと。
たとえ幾万語を使うとも、果たせはせぬ。
悠久の長きに渡りて起こりし事を語るには、
それに等しいほどの時を費やさねばならぬが道理。
ただ斯くの如く、幾多の人々が訪れたとだけ語りおく。
或いは、絶世の麗人を我物とするため。
或いは、積まれし秘財を得るため。
或いは、自らの価値を試すため。
そのような者共が絶えぬ或る夜。
一人の常ならぬ者が白壇の前に立った。
その者は、銀髪緋眼の、少年とも見ゆる若者。
その麗しさは、世に類無きと思われた白の皇女に比べうる。
大きく異なるはその者が浮かべし笑み。
その微笑は童子の如く些かの邪気もない。
されど、それが優しきとは限らぬ。
美しき蝶の羽を躊躇うことなく、毟り獲るもまた童子ゆえ。
若者のその振る舞いも、常ではなかった。
笑みを崩すことなく、辺りを眺めると、
銀鈴の声で皇女に向かい、唄うが如く、嗤うが如く、言い放つ。
「我と基を同じくする者よ、汝は何を求める?」
白の皇女は答えぬ。
その緋色の瞳で、同光の瞳を視たのみ。
されど、これこそ驚嘆すべき事ではある。
これまで、如何なるものも茫漠と睥睨するが、皇女の常ゆえ。
白銀の若者は、その赤き光針にも怖じることなく、言葉を重ねた。
「この銀郭に囲まれた翠園は、君の鳥籠。
その玉座は、君を捕らえる杭。
その白衣は、君を縛る鎖。
千夜に一夜、月光の加護を受ける刻を除けば、身動きもできまい。
喜びの何たるかを知らず、悲しみの意味するを知らず、
孤独さえを友とせぬまま時を過ごす君に、もう一度訊く。
君は何を求める?」
皇女はなおも答えぬ。
辺りは恐ろしきほどの静寂に包まれた。
元々、静けさに満ちた園ではあったが、
これほどの沈黙が溢れたことはなかった。
樹々はその葉擦れの音を止め、
小夜鳴鳥達はその妙声を潜めた。
姿無き従臣達は絶えて久しいその息を呑んだ。
天に渦巻く霧さえも、その動きを留めたかに思われる。
しばし視線を交わした後、若者はその笑みを僅かに深めた。
そしてたちまちの内にその姿を空へと溶かし、消え失せた。
これは驚くに当たらぬ。
彼の皇女に並びうる麗しさを持つものが、人の身であろうはずもない。
彼のものが立ち去りし後は何も変ぜぬ。
樹々は翠葉を茂らせ続ける。
小夜鳴鳥は麗歌を奏で続ける。
姿無き従臣達は何も為さず、仕え続ける。
いつしか、刹那の時しか刻めぬ人々は彼の皇女を忘れた。
ただ失われし伝説として、闇夜に囁かれ続けるのみ。
月眺めの村も深き樹海に飲み込まれ、訪れし者も絶え果てた。
されど、皇女は座し続け、千夜に一夜の月を眺め続ける。
斯くの如くして、再び、人の身にしては思うだにできぬ時が流れた。
そのような或る日、秘園に絶えて久しい訪問者があった。
それは、幼き様を残せし少年。
世に在りし者達と些かも違わぬと見ゆる者。
年の頃は白の皇女と変わらぬ頃であろうか。
無論、皇女を人とするならばの事ではあるが。
粗末な旅の衣を身に着けし、黒髪黒眼の常なる者。
その者が、皇女に贈るにかなう物を持つなどとても思えぬ。
少年は銀壁の門を抜けると辺りを窺い、しばし、足を止めた。
眼前に広がるこの世のものと思えぬ異景に、目を奪われたのか。
それもあろうが、真の理由とは異なろう。
少年を留め置きしは、小夜鳴鳥の囀りとみえる。
その余りに美しき調べは、誰に捧げられし哀歌であろうか。
それを確かめるが如く耳を澄ませる。
これまでその様なことを聴きし者は誰もおらぬが、
皇女は動かず、常と変わらぬ。
答えを聴き分けたか、少年は再び歩みを進める。
白き海珊瑚の壇の前に至るとも、留まらぬ。
その足は僅かに震えるに見えたが、百を越える段を登り詰め、
ついには白き象牙の玉座の前に至る。
斯かる様を見て、小夜鳴鳥の声は高まり、
幽臣達の声に非ざる響動めきが起こった。
大海の砂の数にも等しい訪問者の内、
このようなことを為せし者など、誰もおらぬゆえ。
さらに、少年はこれまでの旅で傷つき汚れた手を、
皇女の汚れ無き、白手の上に緩やかに合わせた。
続けて、さして高いとも言えぬその身を屈めて、
蒼銀の髪に隠されし皇女の耳に、短く何事かを囁いた。
少年が訪れしその前も、その後も、皇女は如何なる動きも見せずにいたが、
少年の言葉を聞いたと同時に、緋瞳が僅かに見開かれる。
世に在らざるその紅玉に宿りしは、果たして何か。
おそらく、皇女自身も知り得まい。
皇女は間近に立つ少年を見上げると、
かつて、その身を縛る鎖と称された絹衣を滑らせ、
その身を捕らえし杭と称された象牙の玉座より立ち上がる。
そのまま、自らとさして変わらぬ身の丈の少年に、その身を寄せた。
それまで為さざれし事を為した常なる少年と、
それまで白の皇女と称せられし常ならぬ少女は、
黒き瞳と赤き瞳をもて、一言も交わさぬままに互いを見つめた。
やがて、どちらからというでもなく、静かにその唇を重ねたという。
少年が如何なる言葉を紡いだか。
如何なる賢者もそれを知らず、如何なる書物もそれを記さぬ。
されど、少女に贈られた、短き言葉に込められし、その想い。
誰か、それを判らぬものが在ろうか?
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どうもKitaです。3度目です。みゃあ様のご厚意に甘え、またしてもこんなものを送らせていただきました。
今回のストーリー(そんなもの、これのどこにあるんでしょう?)ですが、EVAキャラを使ったファンタジー。しかも、お姫様救出物。
全く独創性がありません。「何とか小細工を」と、またしても姑息なことを思う内にこんなグロテスクな代物になってしまいました。
当初はタイトル前の初めの8行だけを勿体ぶった言葉遣いにするつもりでした。(よくありますよね)
しかし、書いている内に、「これではつまんないなあ」などと考えてしまい、全文このようにしてみました。
一応、今回の私の目標は、「これまでの “カタカナ三文字シリーズ”(といっても2作だけですが)とは違ったものにしよう」です。
先の2作が、背景描写はほとんど無く、できるだけ少ない言葉で内面描写だけを書こうとしたものだったので、
今回は心理描写(“…と思った”“嬉しかった”等)無しで、できるだけ饒舌に情景描写のみを書こうとしてみました。
おかげで、むやみやたらと鬱陶しいものになりましたね。 すみません。
また、本文中に“愚盲”“深森”“貴宝秘財”等々、広辞苑にも載ってないような日本語がありますが、私のデタラメ造語です。 気にしないでやって下さい。
最後になりましたが、これを読んで下さった皆様 その機会をくださったみゃあ様 本当にありがとうございます。
それでは、失礼します。