透明な時間 partC

 

 

 

 

 

10分ぐらいの長い長い時間が経って、私が角を曲がると2人はそのまま真っ直ぐ行こうとした。

どうやらここでやっと道が分かれるらしい。

ほっとした。

でも、何だか物足りない気がした。

 

「あ 私、こっちだから…」

だから、歯切れの悪い言葉になった。

彼女たちは一応は立ち止まってくれた。

 

「そ、じゃあね」

惣流さんはひどく素っ気なかった。

綾波さんにいたっては何も言わず、頭を下げるような素振りをして見せただけだった。

そのまま2人は行こうとする。

 

 

それはないんじゃない?

 

 

私は勇気とか、意地とか、そんなものをできるだけたくさん掻き集めて、すがった。

「ち、ちょっと待って」

「何よ?」

惣流さんは相変わらず、素っ気ない。

 

でも、私にはほっとけない。

このままにしておく訳にはいかない。

そんなことできるわけない。

あれは本当に特別な“泣き方”だったんだから。

 

「あれはなに?

 あれ碇君でしょう?

 なんで泣いてたの?」

 

辺りは薄暗い。

ちょっと離れただけなのに、彼女たちがどんな顔をしてるのかわからないぐらい。

街灯のたよりない光じゃ全然足りないぐらい。

 

でも私と彼女たちを繋ぐ、くっきりとした視線の糸が感じられた。

 

 

やはり、と言うべきなのだろうか?

最初に糸を切ったのは惣流さんだった。

 

 

「……みんなのためよ」

彼女はぼそりと吐き捨てるように、唾なんかよりもっと汚いものを吐き捨てるように、言った。

それは、アスファルトに当たって、道路を汚した。

でも、それも一瞬のこと。

路は人が独りで汚すには余りに長く続いている。

 

「は?」

私は彼女の言葉と態度にマヌケな声を出した。

 

綾波さんが私の混乱に、更に拍車をかけてくれた。

彼女は言った。

空中に書かれた詩を詠むように、綺麗な歌を歌うように、とても静かに。

 

「あの人はみんなのために、泣くの。

 これまでに失われたもの。

 今、失われていくもの。

 これから失われるもの。

  

 全ての者達のために泣くの」

 

 

 

 

 

 

それで、おしまい。

 

後はありふれた別れの言葉だけを付け加えて、少女達はゆっくりと歩いていった。

 

 

 

 

 

 

私は禅問答のような意味不明な言葉(タワゴトと言っても良いと思った)にあっけにとられて、固まってしまった。

2人が2つ先の角を曲がって、姿が見えなくなってから、初めて状況を把握した。

 

彼女たちは嘘を言ったり、ごまかしたり、まして私をからかった(常識的に考えればこれの可能性が一番高かった)訳じゃない。

だからといって、私にちゃんと応えてくれたのでもない。

彼女たちはただ吐き出したんだ。

彼女たちの苛立ちとか、やりきれなさとか、渦巻くものとか、そんな色々なものを。

それぞれのやり方で吐き出しただけなんだ。

 

夜に一人で囲まれて、私にはそれがわかった。

 

そして、私はその吐き出し口にすらなれなかったんだ。

 

 

 

「置き去りにされた迷子みたい……」

わざわざ、声に出して言ってみた。

 

それから耳を澄ませて、

『ううん なかなか的確だとは思うけど、ちょっと独創性に欠けるんじゃない?』

と、誰かが指摘してくれるのを待った。

もちろん、誰もそんな親切な事はしてくれなかった。

 

街灯にコガネムシ(だと思う)が、こつんこつんとぶつかるのが聞こえた。

わびしく、不毛な音だった。

 

 

「ふう」

できるだけわざとらしくならないように注意深く、一つだけため息を付いた。

 

 

それ以上何をすればいいのか、思いつかなかった。

 

そして、私はいつものように、家に向かって歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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どうも、Kitaです。 8回目の投稿、「透明な時間」の第3回です。

この話はまだ続きます。 もう少しだけ、おつきあい下さい。

それでは、失礼します。