深い深い森の中、若い僧と年老いた僧は蜘蛛の巣にかかった蝶を見つけました。
かかって間もないことなのでまだ蝶は生きています。
その蝶は綺麗でした。羽根は青い宝石のような美しい模様をつけ、いやらしく絡まる糸さえなければ軽やかに動き出していたでしょう。。
蝶は蜘蛛の巣に掛かり、なんとか逃げだそうと懸命に動き続けています。
しかしどんなに助かろうと必死にもがき続けても、蝶の力では一度絡まってしまったら二度と抜け出せません。
でも諦めない生の途切れる一瞬まで逃れようと抗い続けました。
そんな時、蜘蛛が巣に降りてきました。
蜘蛛は毒々しいまでに黒く、八つの目で蝶を見つけると大きなお腹を重たそうにじりじりと蝶にじり寄ります。
「哀れな・・・・」
それを見つめていた若い僧がそっと手を伸ばし巣から蝶を取り上げました。
慎重に糸を取り、繊細な蝶の羽根を潰さないように、もう一度大空を羽ばたけるように。
蝶はその手の中で数度羽根を振るわせ、すぐに飛び立ちました。
よほど嬉しいのか感謝を表すように神様の周りを何度も環を描いて飛びました。
反面、餌を奪われた蜘蛛は酷く怒り、若い僧を威嚇します。
すると、道ずれになったもう一人の年老いた僧は舞っていた蝶を握り潰してしまいました。
手の中で命を失った蝶の亡骸を蜘蛛の巣に向かって放ります。
いきなり潰されてしまった蝶は蜘蛛の巣に絡み取られ、そのまま蜘蛛の餌食となってしまいました。
「何故このような惨い仕打ちをなさる?」
せっかく苦労して助けた蝶を殺されて酷く怒っています。
「可哀想?私は貴方の過ちを正しただけです」
「蝶を握りつぶすことがですか?」
「あの蝶は蜘蛛の巣から逃げられなかったでしょう。
ここで死ぬはずだったのです。自分勝手に生きながらえさせるのは良くないですよ」
蜘蛛は餌を得られて嬉しいのか、蝶を殺してくれた修行僧に向かって頭を下げています。
「助かった命を再び死なせることが正しいとは思えません」
若い僧はひどく怒り、年老いた僧に詰め寄りました。
「私は自然のままの姿に戻しただけす。
蝶を食わねば蜘蛛が飢えて死ぬでしょう。返せば貴方が蜘蛛を死なせたことになるのです」
「しかし、必死に生きようとするものを救うのは慈悲ではないのですか?」
「結果として蜘蛛の命を奪うことになるのが慈悲でしょうか?
お互い生きようとするものもの同士、蝶と蜘蛛の命に差はありません。
・・・この蜘蛛は多くの子供を宿しています。
貴方は蝶を助けることで蜘蛛の子供達までも殺そうとしたのです」
「・・・・・・」
「命の終わりは新たな命の始まりであり、また命の続きでもあるのです
姿形の美しさに見誤ってはいけません」
「蝶は助かって・・・あんなに嬉しそうに・・・」
「蜘蛛はどうなるでしょう?明日にも飢えて死ぬかもしれません。
確かに誰もが消えようとする命を助けたいと思うでしょう。
しかしそれは、【助けたい】ではなく【命が消えていくのを見たくない自分】のためではないと言えるでしょうか?」
「・・・解りません」
「貴方と私のどちらが正しいのか、それは誰にも測ることはできません。
違う意見を持つのは当然のことですし、お互い譲れない・認められないこともあるでしょう。
両方が正しいと主張すればどちらかを間違っていたことにしなければなりません」
「助け合い、共に生きていくことが大事だと思っていました。
お互い解り合えば共に幸福になれると思っていました。それは間違いなのでしょうか?」
年老いた僧はゆっくりと歩き出しました。その姿がぼんやりと変わっていきます。
「共に生きていくということをよく見直すことです。誰とも関わらずに生きることはできないのですから。
・・・人も命で命を繋いでいることに変わりはないのです。その事を忘れずに」
年老いた僧は人間以外のものに姿を変えて森の中へ消えていきました。
僧は魔物だったのでしょうか?それとも・・・
どちらが正しいのでしょうか?いえ、貴方は蝶と蜘蛛のどちらを助けますか?
片方を助けることは片方の命を奪うこと。誰かを助けることは誰かを攻めることになりかねない。
正義と正義がぶつかり合うのはよくあることだし、どちらの正義が正しいなんて誰にも言えないと思います。
・・・私たちは助け合うという事の意味を間違えていないでしょうか?
他にも、共生という言葉がありますが世界の動植物に対する問題は全て人間が滅びれば片づきます。
滅びようとする動物を助けることは大切なことですが、その原因の大部分が人間のせいだったりします。
貴方の正義は誰が正しいと保証してくれますか?
・・・・私は言いたい。
全ての善行は一体誰のために行っているのか。
こんなもんで皆さん頭を使わないように(笑)
悩むヒマのある方はどうぞ、楽しんで下さい。
(おわり)
(99/02/19update)