「さくらちゃん、かわいいですわ・・・」
知世は、自宅にある「ビデオ・ルーム」にて、先日行った遠足のビデオを見ていた。そこに
は小狼やしのぶといったクラスの友人も映っていたが、メインはなんといってもさくらだ
った。知世は、小学校4年生のときから、4年以上もさくらの「勇姿」をビデオに収めてきた
のだった。
「さくらちゃん・・・」
知世は、画面いっぱいに映し出されたさくらの姿を、うっとりとした表情で見つめてい
た。そして見つめるうちに、知世の身体に異変が生じた。心臓の鼓動が不規則なリズムを刻
み、呼吸もだんだんと荒くなっていった。身体が、あつい・・・。まだあどけなさの残るさ
くらやしのぶと違い、身長が伸び、胸も大きくなって、中学生とは思えないほどのスタイ
ルになっていた知世は、「心」の面でもすでに「大人」になっていた。知世は、恐る恐る、右
手を自分の左胸に置いてみた。あっ・・・。知世の身体はビクン、と反応した。知世は、熟
れ始めた柔らかい乳房の先を、コロコロと指で転がしてみた。ああっ・・・。こらえきれな
くったのか、今度は左手を下腹部のほうへと誘った。そこはすでに熱く、湿っていた。
「さくらちゃん・・・さくらちゃん・・・好き、大好き!さくら・・・ちゃ・・・ん・・!」
ソファーに横たわり、ブラウスの前をはだき、スカートの中を弄っていた知世の身体が、
ビクンと波打った。ハァ・・ハァ・・ハァ・・。知世は声も出ず、ただ息を荒く吐き出す
だけだった。
「クスクスクス・・・」
その時、知世の耳に聞きなれぬ笑い声が聞こえた。「だれ・・・。誰・・・ですの・・・?」
知世は声のする方を見た。そこには、ダンブラーを片手に、脚を組んでいる、まだ幼い女
の子が宙に浮いていた。
「あなた・・・、なかなかの美人じゃない!」少女は、知世の頬を触りながら行った。
「あのぉ〜、どなたでしょうか?」
「私は、マリー。あなたの身体、少し借りさせてもらうわね!」
そう言うと、少女はダンブラーを傾け、中に入っている赤い液体を少量口に含むと、い
きなりとも夜の唇を奪った。赤い液体が、知世の口の中に流れ、喉を通り過ぎていった。
すると、知世の身体からピカッと赤い光が放たれた。その光は目がくらむほどまぶしかっ
た。そのせいか、知世は急に頭が痛くなった。その痛みは尋常ではなく、あまりの痛さに
意識を失ってしまった。
光がおさまると、部屋には知世しかいなかった。
「フフフフ・・・」
知世は、口から「八重歯」を見せながらせせら笑った。
「おっはよー!」
今日も元気なさくらの声が教室じゅうに響き渡った。「おはよう、さくらちゃん」「ちー
す!」しのぶや他の友達が、さくらを迎えた。その時、さくらは何か、いつもと微妙に違
う感じがした。
「知世ちゃん、おはよう!」さくらは知世に笑顔であいさつした。
「お、おはようございます、さ、さくらちゃん」知世のあいさつがどことなくたどたどし
いことに、さくらは訝しがった。「どうしたの、知世ちゃん。どこか具合でも悪いの?」「そ、
そんなことありませんわ!」その言葉を聞いて、さくらはほっとひと息つき、「よかった」
と笑顔で言った。
ガラガラガラ。今度は小狼が教室に入ってきた。はっ!教室に一歩踏み入れるや否や、
小狼は何か異様な雰囲気を感じ取った。それが何であるかは分からない。ただ、恐ろしく
強くて、邪悪な魔力をこの教室の中から感じ取った。
「おい、小狼!聞いてんのかよ!」その大きな声に小狼は我に帰った。目の前にはクラ
スメートの酒井雄太が仁王立ちしていた。「どうしたんだよ!さっきからそんなところで突
っ立ったりして!」雄太の言葉に、小狼は空ろな声を返しただけだった。「そんなことより
さ、1限の英語の宿題、見せてくんないかな?お前が来るの、ず〜と待ってたんだ、な!」
相変わらず調子のいい雄太を無視するように小狼は自分の席へ向かった。当然のごとくそ
の後ろからは、「まってくれよぉ〜。お願いだから見せてくれよぉ〜」と哀願の声をあげな
がら雄太が小狼のあとを追ってきたのだが・・・。
「お前、気付いていたか?」
体育の授業の前、さくらは小狼に呼び出された。
「ほえ?」わけが分からず、ただ呆然とするさくら。
「お前、あの気配に気付いていなかったのか!」小狼の大声にさくらは身を縮こませた。「り、
李クン・・・。気配って、何のこと?」さくらは恐る恐る尋ねた。
「教室からただならぬ気配を感じる・・・。何か、邪悪な力を・・・」小狼は意味深に語っ
た。「それってもしかしてクロウ・カード?」「分からない・・・。ただ、ものすごく不吉
な予感を感じるんだ・・・」小狼が不安そうな表情をした。それを見て、さくらはただ事
ではないと思い、気を引き締めた。
体育の授業は、隣のクラスと合同授業である。
「小島・・・。桜井・・・。佐々木・・・。ん?佐々木、佐々木はいないか?」
隣のクラスがざわめいた。佐々木とは、さくらの1年の時のクラスメートで、小学校以
来の大親友である佐々木利佳のことである。「先生。佐々木さん、さっきまでいたんです
が・・・」隣のクラスの三原千春−彼女もさくらの親友なのだが−が答えた。「全く、しょ
うがないな〜!」先生は、半分怒り気味につぶやいた。
今日の授業は、1000mタイムトライアルだった。さくらが走る組になったその時、
校舎のほうが急に騒がしくなった。みんなが互いに顔を合わせた。先生が様子を見に校舎
の方へ走っていった。数分後、先生が血相を変えて戻ってきた。「今さっき、音楽室で佐々
木利佳が倒れているのが発見された。これから救急車で病院に運ばれるらしい」その言葉
に一同が騒然となった。さくらも、千春や同じく親友の柳沢奈緒子と顔を見合わせた。
「利佳ちゃん、大丈夫?」
放課後、さくらと千春と奈緒子は利佳の家に見舞いに行った。「ありがとう。何もないっ
て、先生が言ってたから・・・」利佳は笑顔で答えた。あのとき・・・、利佳は音楽室で
裸の姿であお向けになって倒れていたのを、音楽の先生に発見されたのだった。そのあと、
病院に行って精密検査を受けたが、外傷は全くといっていいほどなかった。ただ、この奇
妙な事件には、幾つかの謎が残った。ひとつは、大きな外傷は全くなかったが、首筋に何
かに刺された小さな痕が、2つほどあった。ふたつめに、音楽室の机の上に、何かが飲み
干されたダンブラー・グラスがひとつ、置かれていた。そしてみっつめに−これが最大の
謎なのだが−、この事件の一部始終を、利佳は全く覚えていないと言うのだった。更衣室
に行こうとして、その途中でトイレに行ったときから記憶が全くなく、気が付いてみたら
音楽室で裸にされて倒れていたと言うのであった。もうひとつさくらには、喉に小骨が引
っかかるようなことがあった。それは、さくらが利佳の見舞いに行くと言ったとき、知世
はコーラス部の活動があるといってさくら達について来なかったのだ。知世にとっても利
佳は小学校以来の大親友のはずである。その利佳がこのようなことになったのだから、い
つもの知世だったら何をおいてもさくら達と一緒に見舞いに行った筈である。それが今日
に限って知世は来なかったのだ。このことがさくらにはどうも気になっていたのだった。
さくら達は他愛のないおしゃべりをしていた。それは、とりとめのない話で利佳の気を
紛らわし、元気付ける目的があった。さくらと千春と奈緒子がおしゃべりに興じていたと
き、突然利佳が大声を出して騒ぎ始めた。さくら達は利佳を落ち着かせようとした。「さく
らちゃん。私・・・怖い、怖いよう!」利佳はさくらに抱きついて大声で泣き始めた。無
理もない。あんな事件に巻き込まれたのだから、落ち着いていろと言うのが無理な話だっ
た。さくらは利佳の背中をさすって、落ち着かせようとした。
翌日、さくらが学校に行ってみると、学校は昨日以上に騒然としていた。
「さくら、知ってる?昨日の放課後、またあったんだって」
「ほえ?」
「音楽室の怪事件。今度はコーラス部の1年生のコが、裸にされて倒れてたんだって・・・」
「コーラス部の・・・?」
集まっていた友人達が一斉にうなずいた。「さくらちゃん・・・怖い!」しのぶがおびえた
表情で言った。
「あれ?知世ちゃんは?」さくらの問いに、「まだ来てないみたいだけど・・・」と、しの
ぶが答えた。
「おはようございます!」さくら達の背後から明るい声が聞こえた。「あら、何があった
のですか?」集まっていた女の子の1人が、昨日起こったことについて知世に話した。「ま
あ!」知世は一応に驚いた表情を見せた。「私が帰るときには、誰もいませんでしたわ。昨
日は私が施錠当番でしたから・・・」知世が語っている間、さくらはじっと知世の目を見て
いた。知世は、さくらの視線に気付くと、ニコッと、いつもと変わらないような笑顔を見
せた。さくらは咄嗟に視線をそらした。そのとき、ちょうどチャイムが鳴り、担任の歌帆
が教室に入ってきた。それで、みんなが自分の席についたのだった。
あの娘とは、いずれ決着をつけなければならないようね・・・。
屋上にて、さくらはぼんやりと景色を眺めていた。知世は絶対何か隠している。さくら
はそう思った。しかし一方で、最愛の親友を疑うことなんてさくらには到底できなかった。
どうしたらいいのだろう・・・。さくらは思い悩んでいた。すると、背後に人影を感じた。
振り返ってみると、そこにいたのは、小狼だった。
「魔力の力が大きくなっている!」
衝撃的な言葉だった。しかしながら、次の言葉の方がもっと衝撃的であった。「しかも、
『音楽室の怪事件』が起きる度に大きくなっている」
「ねえ、その力が大きくなったらどうなるの!」さくらは小狼に詰め寄った。しかし、小
狼は弱々しい声で「わからない」と答えるだけだった。さくらの頭はいっそう混乱した。た
だでさえ利佳をはじめ被害者が出ているというのに、これ以上「魔力」の力が大きくなれば
どんな被害が生じるか分からない・・・。突然さくらは屋上をあとにした。とにかく、何
とかしなければならない。そのためにも・・・知世に話を聞いてみよう。さくらはそう思
った。
「知世ちゃん、知らない?」
「大道寺?教室にはいないみたいだぜ!」教室の前の廊下で話をしていた雄太が答えた。
「そんなに慌てて、一体どうしたんだい、マイ・ハニー!僕でよかったら、力になるよ!」
さくらにモーションをかけている雄太は、いつものクサい台詞を吐いた。しかし、さくら
はそんなことには意も解せず、「ありがと!」と言っただけで雄太の前を走り去った。その
後姿を、雄太はぽかんと口をあけたまま、空ろな目で眺めていた。
さくらは知世を探して走り回った。しかし、ただ闇雲に走っては時間の無駄であること
はさくらにも分かっていた。昼休みはあと10分しかない。急いで知世を探し出さない
と・・・。その時、さくらにひとつのひらめきが浮かんだ。「そうだ!音楽室だ!」さくら
は一目散に音楽室に走っていった。
「知世ちゃんの歌を聞かせてもらえるなんて・・・。知世ちゃん、ありがとう」
「いえ・・。喜んで頂いて、光栄ですわ」
しのぶは知世の歌声が大好きだった。透き通った声質、柔らかい響き、そして人を和ま
せる歌い方・・・。だから、知世がコンクールで歌う新曲を聞かせてあげるといったとき、
しのぶは喜んで知世について行った。
知世の歌は素晴らしかった。聞いているものをウットリと、心地よい世界へと誘った。
しかし、しのぶは、だんだんと瞼が重くなってくるのを感じた。コクリ、コクリ、と次第
に首が縦に揺らいできた。そしてとうとう、机の上に伏せこんだ。
「ん・・・、私、どうしちゃったんだろう・・・?」
しのぶは目が覚め、徐々に目の前の視界が広がっていった。すると、しのぶの目には、
自分の身に今起きている出来事が飛び込んできた。
「と、知世ちゃん!な、何してるの!」
しのぶは、上半身を裸にされ、胸を弄られていて。「イヤ!知世ちゃん、お願い。やめて!」
しのぶは叫んだ。しかし、その声は知世には届かなかった。「心配なさらなくても、大丈夫
ですわ。これからしのぶちゃんを、もっと気持ちよくさせてあげますわ」そういうと、知
世は右手をしのぶのスカートの中に忍ばせた。「いやぁ!」しのぶは必死に抵抗した。しか
し・・・、身体が思うように動かなかった。それどころか、だんだんと頭の中がボーとし
始めた。すると知世は、追い討ちをかけるようにしのぶの唇を奪った。唇を重ね、舌をし
のぶの口腔に進入させた。しのぶはなすがままだった。しのぶの方も、自分の舌を知世の
それに絡ませてきた。「どうです、しのぶちゃん。気持ちがよろしいですか?」唇を離すと、
知世はしのぶの耳元でささやいた。「う、うん・・・」しのぶにはもう何がなんだか、訳が
分からなくなっていた。身体が熱くなり、うずうずが止まらなくなっていた。「もっと気持
ちよくさせてあげますわね!」知世は、しのぶのパンツを脱がすと、その「秘密の花園」を
舌でなめ始めた。「あっ・・・ダメ!知世ちゃん・・・ふわぁ!」知世の舌が動くたび、し
のぶの身体には電流が走った。「いやぁ!知世ちゃん!あたまが・・・あたまがおかしくな
っちゃうよぉ〜!うわぁ〜!」
・・・そろそろだな!
知世は顔をしのぶの首元へと移動させた。そして、口を大きく開け、しのぶの首筋に噛
み付こうとした。そのときであった。「盲光之術」という声とともに、ピカッと光が走り、
まぶしくて視界が奪われるようだった。「ま、まぶしい・・・!」知世は目をふさいだ。光
もおさまり、知世は徐々に目を開けた。それでも、視力を回復するには少し時間がかかっ
た。そこには、すでにしのぶの姿はなかった。
「あの娘、一体何者なんだ?」
「前原、用事って何?」
小狼はしのぶに連れられて屋上に行った。屋上に着くと、いきなりしのぶが抱きついて
きた。「ま、前原・・・?」顔を真っ赤にする小狼。「李くん、私のこと、すき?」目を潤
ませながら尋ねるしのぶ。小狼はどうしたらよいのか分からず、しのぶから目をそらした。
「う・・・うん・・・」まるで蚊がしゃべったかのような細々とした声で、小狼は答えた。
「だったら、キス、して・・・」小狼の鼓動はさらに高まった。しのぶを見ると、目を瞑
り、唇を突き出していた。唾を飲んだ。しのぶの肩をつかみ、恐る恐る顔を近づけた。肩
をつかむ手は震えていた。距離がなかなか縮まらない。ええい、どうにでもなれ!小狼は
グイッと顔を近づけた。
「ハハハハハ・・・!」
しのぶが急に笑い出した。しかも、その笑い声はいつものしのぶのあどけない声ではな
かった。少しトーンの低い、大人の女性の声だった。
「小狼、私よ!」しのぶはそう言ったが、小狼の目の前に立っているのはまぎれもなく「し
のぶ」だった。「私よ、わ・た・し。『風靡風塵之術』の使い手、『フウ』よ!覚えてないの?」
「フウ」―彼女は、しのぶの身体に宿っている風摩一族最強の奥義「風靡風塵之術」の化身で
あった。ということは・・・、小狼は今までフウにいいように玩ばれていたのだ。「お前、
俺をからかってやがったな!」小狼は真っ赤な顔をして怒鳴った。「ワハハハ。冗談よ、冗
談。んも〜、そんなに怒らないでよ〜」フウは笑いながら小狼をなだめたが、小狼はプック
リとむくれたままだった。
「それよりも、大変な事態が生じたわ!」フウが急に真面目な顔になって言った。「『ブラ
ッディー・マリー』が復活したわ・・・」
「『ブラッディー・マリー』?」小狼にはフウが言った意味が分からなかった。
「『ブラッディー・マリー』とは、イギリスの女王、メアリー1世の霊が乗り移った吸血
鬼のことなの。その昔、メアリー1世は、人々に対し厳しい弾圧を行ったため、『流血女王』
と呼ばれたわ。でも、それがもとで国民の不況を買い、王位を退くと、失意のうちに亡く
なったわ。しかし、彼女は自分の『野望』が忘れられず、吸血鬼に姿を変え、自分を陥れ
たイングランド王国に復讐を図ったの。その怨念はバッキンガム宮殿を恐怖のどん底に陥
れたわ。それで、女王エリザベス1世の身の危険を感じた側近とイギリス国教会の主教達
は、彼女を罠にかけ、封印を施したの。それが・・・、400年の月日を経て、その封印
の魔力が衰えてきたのね・・・。恐らく彼女は、長年思いつづけてきた『野望』を成し遂
げるべく、復活してきたんでしょうね・・・」
「それで、その『野望』っていうのは、いったい・・・?」小狼の顔が恐怖で青ざめてい
た。
「恐らく、この世を手中に収めること、でしょうね・・・。しかもさらに悪いことに、彼
女はイングランド王朝に復讐を果たすため、悪魔に魂を売ってしまった。だから、彼女が
支配する世界とは・・・、悪魔がはびこる地獄絵図となるでしょうね・・・。でもね、彼
女はまだ『完全復活』していないわ!だけど、着実に力を蓄えている・・・。実は、この
娘も危うく『ブラッディー・マリー』の手に落ちかけたわ・・・」
「えっ、前原が?」小狼の言葉に、フウは静かにうなずいた。
「ま、すんでのところで私が助けてあげたけどね・・・。『ブラッディー・マリー』の力
の源は、『若い処女の生血』なの。それを飲むごとに彼女の魔力はもとに戻っていく。逆に、
血を吸われた者は彼女に骨の髄までむしゃぶりつかれてしまう・・・」
「それじゃあ、『音楽室の怪事件』ってのは、全部その『ブラッディー・マリー』って奴
の仕業なのか?」
フウはコクリとうなずいた。そして、何かに気が付いたのか、小狼に尋ねた。「あれ、さ
くらは?さくらはどこにいるの?」
「木之本ならさっきまで屋上にいたけど・・・。急にどこかに走り出していったぞ」そう
聞いた瞬間、フウの顔が急に曇った。「どうかしたのか?」小狼が心配そうにフウの顔を覗
いた。「小狼!さくらの身が危ない!」そう言うと、フウは突然屋上を出て行った。「おい!
ちょっと待て!」小狼も慌ててそのあとを追った。「急に、どうしたんだ!」小狼は、もの
すごい勢いで階段を下りながら言った。
「『ブラッディー・マリー』の最大のターゲットが、さくらなの!」
「何だって!?」小狼は驚いた。「何で木之本が最大のターゲットなんだ?」それに対するフウ
の答えは、小狼の全く予想にもしていなかったものだった。
「『ブラッディー・マリー』が知世に乗り移っているからよ!」
小狼は唖然とした。「そんな・・・。だったら、大道寺が木之本を傷つけるわけがないじ
ゃないか!」フウは一瞬言葉を発するのをためらったが、すぐに静かな口調で語り始めた。
「『ブラッディー・マリー』はね、『エクスタシー』に達したときの処女の生血を好むの・・・。
だから・・・、知世が一番そうしたいのは誰か・・・。それに、さくらには魔力があるか
ら・・・、それをも吸収すれば『ブラッディー・マリー』はものすごい力を得ることにな
るわけ」
話をしているうちに、2人は音楽室の前まで来た。
「知世ちゃん!さくらだよ!いるんでしょ!開けて。開けてよ!」
さくらは戸を何度も強く叩いた。ガチャ。鍵が開く音が聞こえたと同時に戸が開いた。
「さくらちゃん。大きな声をお出しになされて、どうかなされたのですか?」
さくらははやる気持ちを抑えて、低い声で話した。「知世ちゃん、昨日の体育の授業の前、
どこにいたの?」二人の間にわずかに時の断絶が入る。しかし、すぐさま、知世はいつも
の優しい語り口で答えた。
「どこにいたとおっしゃられても・・・・、トイレに行きましてから、すぐに更衣室に向
かいましたけど・・・」
「嘘!」さくらが強い声を発した。「知世ちゃん、トイレに行った後、ココに来たでしょう!
利佳ちゃんと一緒に・・・」
それを聞いた知世は、少し困惑した表情を見せたが、またすぐにいつもの優しさあふれ
る表情に戻った。「私がさくらちゃんに嘘をつくことなど、あり得ませんわ」そして今度は
少し寂しそうな表情を見せていった。「それともさくらちゃんは私があの事件の犯人だと、
疑っていらっしゃるのですか?」
「そんなことない!」さくらはまたも強い口調で否定した。「知世ちゃんを疑うなんて・・・。
そんなこと絶対無い!」知世はさくらの肩に手を置いて、にこっと笑ってみせた。「信じて
いいんだね・・・」さくらの言葉に、知世は「ええ」と答えた。さくらの顔にようやく笑顔が
戻った。
ギュルルルル・・・・。
2人の耳にものすごい轟音が聞こえた。と同時に、さくらの顔が真っ赤に染まった。
「さくらちゃん、よろしければ、お弁当、食べていかれませんか?」
「で、でもでも、授業始まっちゃうよ」
「『腹が減っては戦はできぬ』ですわ。さ、さあ」
さくらは知世に連れられて音楽室に入った。知世の今日の弁当はサンドウィッチだった。
「うわぁ〜、おいしそ〜!」
「よろしければ、いっぱい食べてください」
「いっただきま〜す!」空腹のせいか、さくらは我を忘れてむしゃむしゃと食べた。「おい
し〜!」さくらは味といい量といい、もう大満足だった。
「さくらちゃんに喜んで頂いて、嬉しいですわ!そうだ。よろしければ、ジュースもいか
がですか?」知世は後ろからグラスに入ったなにやら赤い飲み物を出した。
「知世ちゃん、な、何、コレ?」さくらはその異様な飲み物に眉を顰めた。
「野菜ジュースですわ。健康にとってもよろしいのですよ。さ、さくらちゃん。どうぞ」
さくらは恐る恐るグラスに口をつけた。その味は、なんとも苦いものだった。「お味はいか
がですか?」知世の問いにどう答えたらよいのか迷った。「う、うん・・・。確かに、け、
健康によさそうだねぇ〜・・・」そういった瞬間、さくらの身体に急に異変が生じた。目
がくらくらする。あたまが、痛い。なにか、はきけが、する・・・。知世が急に遠くに行
ってしまったように感じられた。そしてついにさくらは意識がなくなり、その場に倒れ込
んだ。
あれ わたし どうしちゃったんだろう
なんか からだが ふわふわ してる
ゆめ なのかな
あ ともよちゃんだ
ともよちゃん どうして はだかなの
あっ ともよちゃん きもち いい
ともよちゃんのはだ あったかい
ともよちゃん
ともよちゃん だいすき
「おい、木之本、聞こえるか!開けろ!開けるんだ!」
小狼は大声で叫びながら戸を叩いた。「ダメだ・・・」「小狼、戸を、戸を切り裂くのよ!」
小狼は剣を取り出し、戸を切り裂こうとした。しかし、結界にはね返され剣は吹き飛ばされ
てしまった。「クソッ!」小狼が吐き捨てるように言った。
「仕方ない。私がやるわ」フウは目を閉じ、精神を一点に集中した。「『烈風之術』!破!」
すると、フウの手からものすごい勢いで風が放たれた。その風で結界が破れ、そして戸も吹
き飛ばされた。と同時に、フウはその場にしゃがみこんだ。
「フウ!」
「こんな術、たいしたことないのだけど・・・。このカラダじゃ、ね・・・。小狼、あと、
頼んだよ・・・」
小狼はフウを壁にすがらせると、音楽室の中に入っていった。そこには知世の膝の上に裸
の姿のさくらが腰をかけていた。「木之本!」小狼は叫んだ。「大道寺、いや、吸血鬼『ブラ
ッディー・マリー』。木之本を離せ!」
「汚らわしい!男はとっと失せやがれ!」知世の目が赤く光ったと思うと、目から光線が
放たれた。その光線が小狼の左肩に命中し、小狼は後方に吹き飛ばされた。「ク、クソッ!」
小狼は剣を杖にしてやっとのこさ立ち上がった。しかし、光線があたった左肩は赤黒い血
で染まっていた。
「汚らわしい!男の血など見たくないわ!」そう言うと、知世はまたもや目から光線を放
った。しかし今度は、小狼は素早く右横に回り受身をしてよけた。
「雷帝招来 急急如律令」小狼の剣から発せられた閃光が、知世を襲った。「うわぁ!」知
世は電撃によりもだえ苦しみ、ついにはその場に倒れ込んだ。「とどめだ!」小狼は再び剣を
構えた。
「やめて!」さくらが叫んだ。「知世ちゃんをいじめないで!」
「そいつは大道寺なんかじゃない!邪悪な吸血鬼だ!」
「知世ちゃんをいじめるというなら、私が相手になる!」
さくらは知世の前に立ちはだかった。これでは知世、いや「ブラッディー・マリー」にと
どめを刺すことができない。どうすればいいのだ・・・。
「さくらはまだ『ブラッディー・マリー』の手に落ちたわけではないわ!さくらの目を覚
ますのよ!」
フウの助言を聞き、小狼は気を取り直した。小狼はゆっくりとさくらのほうに歩み寄った。
そりにつられてさくらが身構えた。
「目を覚ませ!」
パシーン!小狼はさくらの頬を平手打ちした。あまりの勢いにさくらが吹き飛ばされた
ほどだった。
「お前、大道寺が悪魔に魂を乗っ取られたままでいいのか!本当に大道寺のこと、想って
いるのなら、大道寺を救ってやらなきゃならないんじゃないのか!」
その言葉に、さくらははっと我に帰った。さくらは立ち上がり、「わかった!やってみ
る!」と力強く言った。
「おのれぇ〜。貴様ら、私の『野望』の邪魔をする気か!」知世は唸り声を上げた。
さくらは足元にあった自分の制服から、「封印の鍵」と「クロウ・カード」を一枚、取り
出した。
「鏡よ。彼の者の真の姿を映し出せ。『鏡(ミラー)』!!」
すると、クロウ・カードから発せられた光が知世を包み込んだ。光の渦の中から、「うわ
ぁ〜」といううめき声が聞こえた。そして、その光の渦が消え去ると、その場には、知世と、
小さな女の子が横たわっていた。「クソッ!」その小さな少女が立ち上がろうとした。「お
前が『ブラッディー・マリー』だな!」小狼がそう言ったスキに、ブラッディー・マリー
は逃げ出そうとした。「あっ、待て!コノ!」小狼が追おうとした一足先に、さくらがマリ
ーの行く手をふさいだ。
「汝のあるべき姿に戻れ!クロウ・カード!」
さくらが「封印の鍵」を振り下ろすと、マリーは急に苦しみ出し、「覚えておれ!」との
捨てゼリフを残して、1枚のカードになった。
「知世ちゃん!」さくらが知世のもとに駆け寄った。
「心配するな。気を失っているだけだ。すぐ目を覚ます」小狼は穏やかな口調で言った。
「知世ちゃん・・・」さくらは知世の上半身を起こし、抱きかかえた。
「ところで李クン。どうしてあの子、カードになったの?」さくらが小狼に尋ねた。
「それはね、400年前に『ブラッディー・マリー』を封印したのが、クロウ一族だった
からよ」
「観月先生!」音楽室の入り口には、歌帆が優しい笑みを浮かべながら立っていた。「よく
頑張ったわね、木之本さん」歌帆のねぎらいの言葉に、さくらは「はいっ!」と元気よく、
笑顔で答えた。
「木之本・・・」小狼がか細い声を出した。「ほえ?」さくらが小狼の方に向いた。小狼
は顔を真っ赤にし、斜め右下をじっと見つめていた。「お前、何でもいいから、早く、服を着
れ!」さくらは視線を落としてみた。すると上も下もスッポンポンだった。「キャァー!」
さくらは金切り声を上げると、前を腕で隠し、その場に座り込んだ。小狼はさくらに背を向
けると、そそくさと音楽室を出て行った。
「あんまりいろんな娘に優しくしてると、大怪我するわよ。プレイ・ボーイさん!」小狼
が音楽室から出てくると、フウがボソッとつぶやいた。「どういう意味だ!」小狼はフウを
睨んだ。「別に・・・」フウは目をそらし、口笛を吹いた。「いい加減、『前原』に戻れよな!」
そう言い捨てると、小狼はポケットに手を突っ込んでその場をあとにした。フウは小狼に向
けて、アッカンベーをした。
「うわぁ〜。今日もいい天気!」
朝の清々しい空気を身体いっぱいで感じながら、さくらは自転車のペダルをこいだ。ふと
前方に、背が高く、長い、綺麗な髪をした少女を発見した。
「知世ちゃん、おはよう!」
さくらは知世に近づくと自転車の速度を落とした。「おはようございます、さくらちゃん」
知世も笑顔で答えた。
「知世ちゃん、身体、大丈夫?」さくらが心配そうに尋ねた。「ええ」知世は、さくらを安心
させようとして、にこっと笑ってみせた。「昨日はどうも、ご迷惑をおかけしました」知世は
頭を下げた。「いいよ、もう、気にしないで」知世の丁寧な振舞いに、さくらは恐縮した。
「でも、知世ちゃんの身体に何もなくて、本当に良かったよ・・・」
深緑の葉をいっぱいに茂らせた桜の木が、朝のさわやかな微風に誘われてゆらゆらと揺
れていた。そして、あたりには初夏の薫る匂いが漂っていた。
「私、夢を見ていましたの・・・」
「ほえ?」
「さくらちゃんの夢・・・。さくらちゃんが、私を、温かく包み込んでくれて・・・。さ
くらちゃんの優しさに包まれて、私、とっても、とっても、幸せでしたわ・・・」
昨日の出来事−実はというと、さくら自身もはっきりと覚えていなかった。しかし、あの
「夢」のことは、今でもはっきりと覚えていた。知世に抱かれてうっとりとしていた自分。
知世のぬくもりを身体いっぱいに感じ取っていた自分。何もかもがまさに「夢心地」だっ
た。これまで、知世の存在を深く考えることはなかった。気が付いたらいつもそばにいて
くれる、まるで空気のような、あたりまえの存在だった。しかし、今回のことでさくらは知
世のことを真剣に考えた。いつもいつも自分のことも見守ってくれる、温かい人・・・。自
分にとって本当にかけがえのない人であることを、改めて思い知ったのであった。そし
て・・・、知世自身も自分を必要としていることを知って、さくらはとても嬉しく思った。
「知世ちゃん!私たち、これからもずっとずっとずぅ〜と、仲の良い友達でいようね!」
さくらは力強く言った。突然のさくらの発言に、知世ははじめ唖然としたが、すぐにあ
りったけの笑顔で、「ええ!」と答えた。
「アイツ、昔こう言ったことがあったんだ。『好きな人が幸せでいることが、私の幸せだ』
ってね」
屋上から校庭の方を覗き込みながら、小狼はつぶやくように言った。
「そんなのウソに決まってるじゃない」と、「大人」の姿になったフウが言った。「あの娘
だって、さくらに『触れたい。感じたい』と思ってるに決まってるじゃない。でも・・・、
それができない・・・。だから、そう言って自分を納得させているだけなのよ」
「悲しいな・・・」小狼がぽつりと言った。
「それは思い違いよ」フウは母親が小さな子に教え諭すような口調で言った。「そりゃ、確
かに交われないことは悲しいことかもしれない。でもね、それができないからこそ、必死
に心で交わろうとするの。人との付き合いなんて、身体が合うよりも心が合った時のほう
が、充実感が大きいんじゃないのかな。セックスだけに依存して心が通い合ってないなん
て、そっちのほうがずっと悲しいじゃない・・・。あっ、こんな話、お子様にはまだ早す
ぎたかしら」
小狼は子供扱いされて少しムスッとした。「他人のことばっかり心配してないで、少しは
しのぶのことも考えろよ」そう言うと、フウは小狼の額を軽く指で突いた。「ウルセー!」
小狼はフウから目をそらした。
キンコンカンコン・・・。「そろそろ朝のホーム・ルームが始まるぞ。早く『前原』に戻
れ」そう言うと小狼はさっさと屋上から出ようとした。「ちょ、ちょっと!私が『しのぶ』
に戻るまで、ここにいなさいよ!」フウは慌てて「しのぶ」に戻った。
さくらと知世は、互いに手をつなぎながら昇降口に向かって校庭を走っていた。見上げ
ると、空は透き通るほど青く晴れ上がっていた。そして、2人の心もこの空と同じように
透き通っていた。
(update 99/11/07)