CCさくら+らぶひな

■Legend of Wind■

 

作・まなてぃさま


 

 

・これまでのあらすじ

 友枝小学校を卒業した小狼やさくらたちは星條中学校に入学した。中学では小狼と知世

はさくらたちとクラスが別々になった。入学式の日、新しいクラスに向かっていたとき、

小狼は一人の少女とぶつかった。「ご、ごめんなさい・・・」そそくさと立ち去った彼女に、

小狼は心奪われてしまった。そしてクラスに入ってみてビックリ。その娘は小狼と同じク

ラスだったのだ。その娘の名は「前原しのぶ」といった。

 ところで、小狼はモテた。運動神経は抜群だし、所属するJリーグクラブのジュニアユ

ースでは、1年生ながらすでに中心選手だった。しかし、小狼はそんな「黄色い声」は無視

した。そんなクールな小狼に対抗意識を燃やしたのが、同じクラスの酒井雄太だった。事

あるごとに対決を申し出たが、全敗。今では、大の親友になった。

 一方、さくらの方もひょんな拍子から前原しのぶに出会い、同じく彼女に惹かれてしま

ったのだった。そして、彼女が小狼と付き合っていると知ると、何故か心中穏やかでなく

なっていた。

 そんなこんなで、1年が過ぎ、桜咲く4月を迎えたのであった。 

 

 

Legend of Wind

 

 4月。桜の季節。星條中学校の2年生になった李小狼は、ガールフレンドの前原しのぶ

や、木之本さくら、大道寺知世、酒井雄太と同じクラスになった。彼らのクラスの担任に

なったのは、かつての小狼たちの担任であった観月歌帆であった。小狼は、歌帆の出現に

何か不吉な予感を感じた。その日の放課後、ふと立ち寄った古本屋でしのぶはなにやら不

思議な本を見つけた。ひなた荘に帰りその本を読もうと表紙を開くと、閃光とともにもの

すごい風が吹き荒れた。やっとのこさ目を開けると、そこには全身黄色の小動物が宙に浮

いていた。しのぶは、あまりのことに気が動転した。その小動物は、自らを「ケルベロス」

と名乗り、封印の獣であるといった。ケルベロスはしのぶのことをジロジロと見廻した末、

首をかしげた。

「コイツ、魔力もあらへんのに、何で封印が解けたんやろか?」

次の瞬間、ケルベロスは机の上にある写真に目がいった。

「これは・・・小僧やないけ!」

「え・・・、李くんのこと、知ってるの?」

ケルベロスは、小狼だけじゃなく、さくらや知世とも知合いであることを告げた。

「とにかく、大至急、さくらを呼んできてくれ!」

ケルベロスの表情は、緊迫した趣があった。その夜、ひなた荘に、小狼とさくら、知世が訪れた。

ケルベロスは4人にことの経緯を話した。

「実はな・・・クロウ・カードが1枚、奪われたんや・・・」

それを聞いて、小狼とさくら、知世は衝撃を受けた。ケルベロスの話によると、ある日、

クロウ・カードが保管されていた場所に強盗が入り、「影」のカードを奪っていったという

ことだった。

「全く、封印の獣のくせに、一体何をやってるんだ!」小狼はケルベロスを責めた。

「そないなこといったって、魔力を全然感じなかったさかい、仕方ないやんけ!」ケルベロス

は言い返した。そして、クロウ・カードの危険を感じて、安全なところに隠しておいたのだが、

いきなり本を開けられ、てっきりその強盗だと思い、カードを放出したと語った。

「でも、しのぶちゃんやその強盗さんは、魔力がないのに、どうしてクロウ・カードの本が開け

られたの?」さくらが尋ねた。

「わからん・・・」ケルベロスは口ごもった。「だが、奪われたのが『影』のカードっちゅうのは、

やっかいなことや・・・」と付け加えた。

「どうしてやっかいなのですか?」知世が尋ねた。

「実は、『影』のカードと『風』のカードは、クロウ・カードであってクロウ・カ−ドやないねん・・・」

その言葉に一同は意味が飲み込めなかった。「その昔、日本に『風摩』ちゅう忍者一族がおったんや。

その風摩一族は、独特な忍術を使いおって、なんでも風を自由自在に操れるそうなんや。それは

それはものすごい威力やそうで・・・、そやさかいその威力に脅威を感じたときの頭領が、

それが悪用されんようにと、その忍術を封印したんや。クロウ・カードを作ったクロウ・

リードちゅう奴は、忍者にえらい興味があってな、その忍術の力の一部を『風』のカード

と、忍者の闇の力ちゅうことで『影』のカードに取り込んで、忍術の封印に一役買ったん

や。そして残りの力もいくつかに分けて封印されたそうなんや」

「『影』のカードが奪われたってことは・・・一体どうなるわけ?」さくらが尋ねた。

「わからん・・・。そやけど、いくつかに分かれた力がひとつになれば、強大な力が手に入るっ

ちゅうわけや!」

「それを防ぐためにも、一刻も早く『風』のカードを探し当てなければならないんだな!」小狼は

強い口調で言った。

 

 「ねえねえ、駅前の塾の先生、もう超カッコイイんだよ!」「知ってる。ねえ、今度行っ

てみない?」

 クラスでは、駅前の塾に新しく赴任してきた講師の話題でもちきりだった。

 「さくらも行ってみない?」「ほえ・・・?」さくらも友達から誘いを受けたが、さくら

には兄の友人で、しかも片想い中の月城雪兎という家庭教師がいるのであった。ためらっ

ているさくらに対し、友達の一人が、「あっ、そういえば、しのぶも誘ったら行くって言っ

てたな〜」と言った。「行く!」それを聞くや否や、さくらは強い口調で答えた。実は・・・

さくらはしのぶに心奪われていた。初めて会ったときから、しのぶのことを思うと胸が高

まった。しのぶと一緒にいられることは・・・さくらにとっては至福の時であった。

 放課後。さくらとしのぶは(知世はそんなところ行かなくても十分頭がいいので誘われ

なかったのだが・・・)、友達数人とともに噂の塾に行った。噂の超美形講師のクラスには、

すでにあふれんばかりの女の子たちが陣取っていた。「ほえ〜」「すっご〜い!」一同皆あ

っけにとられていた。そして、例の超美形講師が教室に入ってくると一斉に歓声があがっ

た。その講師は、目は切れ長で、色白、サラサラロングヘアーで、おまけに背も高く足も

長いという、非の打ち所のない容姿だった。ピキン!さくらは何かを感じ取った。

「クロウ・カードの気配だ・・・」

そして次の瞬間、さくらはさらに衝撃的な事実を感じ取った。「あの先生、ずっとしのぶ

ちゃんのこと見てる・・・」

授業中も、その講師は何度もしのぶの瞳を見つめた。そのたび、しのぶは目をそむけた。

さくらはだんだん、心中穏やかでなくなってきた。キンコンカンコン。授業終了のチャイム

が鳴ると同時に、女の子たちが一斉に講師のもとに詰めかけた。しのぶはうつむいたままだった。

まさか、しのぶちゃん、あの先生のことが・・・。さくらは、ジェラシーを感じていた。

「君、名前は?」

しのぶとさくらが見上げると、そこにはさっきまで女の子たちに取り囲まれていたはずの講師が優し

い笑顔を浮かべて立っていた。

「え、えっと・・・ま・・・前原・・・しのぶと言います!」

「そう、前原、しのぶさん。講師の、北条影丸です。よろしく」北条という名の講師は、

そっとしのぶに手を差し出した。

「よ、よろしく、お、お願いします」しのぶは、恥ずかしそうにうつむきながら、その手を軽く握った。

しのぶに微笑みを投げかける北条を、さくらは鋭い目でじっと睨みつけていた。

 

 暗い夜道。小狼は一人家路についていた。所属するサッカー・クラブの練習が、先程ま

で続いていたのだ。近道をしようとペンギン公園にさしかかった時、公園の桜の花が風に

舞って散っているのを見た。桜が散るのにはまだ早すぎる。そう思った瞬間、小狼は異様

な空気を感じ取った。

「クロウ・カード・・・しかも『風』のカードだ!」

小狼が身構えたその時、公園に吹いていた風が急に渦を巻いて吹き荒れた。小狼は足腰に力を入れて吹き

飛ばされないように踏ん張った。そして、バックの中から、青竜刀を取り出した。

「雷帝招来 急急如律令!」

暴れ狂う「風」を何とかして取り押さえようとした。剣から放たれた閃光が「風」の動きを封じ込める。

もう少しだ・・・。もう少しで封印できそうになったとき、正面から何か空気の塊のようなものが、

ものすごい勢いで飛んできた。「うわあ!」空気の塊に吹き飛ばされた小狼は、5メートル

後方にある桜の木にぶつかって、その場に倒れ込んだ。うう・・・、身動きのとれない小狼

の頭上に、人影を感じた。ソイツからものすごい殺気を感じた。「やられる!」小狼は身を

縮ませた。パッ。いきなり眼前が目も開けられないほど明るくなると、頭上にいた人物は急

に苦しみ出し、逃げるようにその場を立ち去った。小狼が起き上がると、目の前には担任の

歌帆がいた。

「早くカードを封印しなさい!」

そう言われ、小狼はカードを封印した。そしてあたりを見回すと、歌穂はすでに姿を消し

ていた。

 

 「ごめんね、わざわざ付き合ってくれて・・・」

 「いいよ。クラブに行くにはちょっと早いからさ」

 次の日の放課後、小狼はしのぶに連れられて駅前の本屋に行った。しのぶは「参考書コーナー」

で数学の問題集を眺めていた。

「おやおや、しのぶ君は数学が苦手なのですか?」

その透きとおった声を耳にし、しのぶははっとして振り返った。

「北条先生!」

そこには、あの噂の塾講師、北条影丸が、優しい笑顔を浮かべながら立っていた。

「よろしければ、ウチの塾に通ってみてはいかがですか?しのぶ君の理解度に合わせて授業を進めて

いきますよ」北条は優しい口調で語りかけた。

「で・・・でも・・・」しのぶは口ごもった。「どうかしました?」「わたし・・・、あんまり、お

金、ないから・・・」申し訳ないように答えるしのぶに対し、北条は、再び満面の笑顔を見せた。

「いいですよ、お金なんて。しのぶ君は、向学心旺盛だから、特待生として、特別に授業料を免除して

あげますよ」

「本当ですか!」しのぶは喜びで声を高らげた。一方、隣りにいた小狼は、何やら不吉な予感にさいなま

れていた。自分でもなぜそう感じるのかは分からなかった。だが、本能が感じていた。「コイツは危険

だ」と。そう感じると、身構えずにはいられなかった。自然とあの背の高い優男を睨んでいた。小

狼の視線に気付いた北条は、逆に、余裕一杯の笑みを返した。

「それでは、しのぶ君、その気があれば、いつでもいらっしゃい。一緒に勉強、頑張りましょう」

そう言い残して北条は去っていった。その後姿に見とれているしのぶを、小狼は複雑な思いで見ていた。

北条に対する嫉妬に過ぎないのかもしれない。ただ、それ以上にあの男、北条と言う名の男に不気味さ

を感じていた。

 

 「ボディガードが2人もいるとは・・・。さすがは『フウ』、なかなかやるな・・・」

 

 「しのぶちゃん、例の塾にお入りになられるのですか」

 「うん。わたし、数学、苦手だから・・・」

 しのぶと知世は、教室の片隅でおしゃべりをしていた。「おはよう!」元気いっぱいのさ

くらの声が、2人の会話に加わった。「おはよう」「おはようございます、さくらちゃん。・・・

さくらちゃん、しのぶちゃん、例の塾にお入りになられるそうですわよ」

「え・・・」知世の言葉に、一瞬驚きを見せたさくらだったが、「ダメ!」といきなり大声を張り上げた。

「ダメ!しのぶちゃん、あの塾に行っちゃ、ダメ!」

あまりのことにしのぶと知世はあっけにとられた。

「ど、どうしてダメなの・・・」しのぶは弱々しい声で尋ねた。

「ど、どうしてって言われたって・・・」さくらは言葉を詰まらせた。

「俺も行かない方がいいと思う」3人の会話に、今度は小狼が割り込んできた。「はっきりしたことは分から

ないが、あの先生は、何か危険な感じがする。近づかないほうがいい」小狼はしのぶを説得しようと試みた。

「で、でも、わたし、数学、本当に、苦手だから・・・」

「それならみんなで、お勉強会、開こうよ!分からないところがあれば、わたし・・・じゃちょっとダメか・・・、

知世ちゃんに訊けばいいし、数学なら観月先生が教えてくれるよ!」さくらも必死に説得してみた。

「私が、どうかした?」さくらの肩越しから、歌帆が覗き込んできた。「今日の数学の授業は、

うんと分かり易くするからね。あと、分からないところがあったら、いつでもいらっしゃい。先生、

待ってるから」

そう言うと、歌帆は静かに教壇に向かった。

 

 「あの塾の講師、いったい何者なんだ」

 授業が終わったあと、小狼が歌帆に詰め寄った。「答えろ!」口を閉ざす歌帆に対し、小

狼が強い口調で言った。ふう、歌帆は一息つき、静かに口を開き始めた。

「・・・先日、あなたを襲った男よ」

その言葉を聞き、小狼は一瞬瞳孔が開いたが、すぐに平静を取り戻した。「もしかしてと思ったが・・・

やはりな・・・」小狼はつぶやくように言った。さらに続けて、「あいつが、『風摩』の者なのか?」と尋ねた。

「・・・そうよ」歌帆は相変わらず穏やかな物言いだった。

「あの男は、風摩忍術最強の奥義『風靡風塵之術』の陰の力、『影(エイ)』。・・・・『風摩』の頭領は、

『風靡風塵之術』の威力を恐れ、その力が悪用されないようにと、『風靡風塵之術』を陰と陽の2つの力に

分けて封印したの。それが・・・陰は自分が陰の身であることに我慢がならなかったらしくて・・・。

『風靡風塵之術』の強大な力の存在に気付き、その力を我が物にしようと企んだの・・・」

「それで、アイツは『風』のカードを奪おうとしたんだな」小狼の言葉に、歌帆はうなずいた。

「『風』のカードがない限り、アイツはその忍術を手にできないわけだな」

「そういうことになるわね・・・」

キンコンカンコン。授業の開始を知らせるチャイムが鳴った。小狼が教室に入ろうとしたと

き、「気をつけて!あの男はいかなる手段を使っても陽の力を手に入れようとするわ!」と

歌帆が忠告した。小狼は、その強い口調から、これから予期せぬ災いが生じるかもしれな

いと思い、ぐっとうなずいた。

 

 「せっかくお誘いして頂いたのですが・・・、いろいろな事情から、やっぱり塾に入る

ことができなくなりました・・・。すみません・・・」

 しのぶは、北条に直接会って、入塾を断った。

「そうですか・・・。それは、残念ですね・・・」北条はうつむき、低い声で言った。

「あ、あの・・・、せ、先生が嫌いだとか、授業が分りにくいとかじゃ全然ないんです!」

しのぶはあわてて北条の誤解を解こうとした。

「いいんですよ、気にしなくて」北条はしのぶに優しい笑みを投げかけた。

「分からないことがあればいつでもいらっしゃい」

「いいんですか!」しのぶの顔にも笑みが戻った。

「ええ・・・。そうだ!今、分からないこととかありませんか?なんでもお答えいたしますよ」

「あの〜、今日の授業でやった数学の問題が、ちょっと・・・」そう言うと、しのぶはかばんか

ら数学の教科書を取り出し、分からない箇所を北条に見せた。「どれどれ・・・」北条はやさし

い顔をしながら覗き込んだ。そのとき、北条は背広の裏ポケットからハンカチを取り出し、

素早くしのぶの鼻を押さえた。すると、しのぶのまぶたは徐々に閉じていき、机の上にう

ずくまった。しのぶが眠ったことを確認した北条は、しのぶを抱えてその場をあとにした。

 

 サッカー・クラブの練習が終わり、小狼が家に戻ると、留守番電話の「用件」のボタン

が点滅していた。ボタンを押すと、「用件は、1件です」という機械音の後に、若い女の人

の声が入っていた。

 「小狼君。しのぶちゃんと同じ寮に住んでいる成瀬川だけど、しのぶちゃん、どこ行っ

たか、知ってる?しのぶちゃん、8時過ぎてもまだ帰ってこなくて・・・。しのぶちゃん

から連絡もないし・・・。こんなこと初めてだから、心配になっちゃって・・・。帰って

きたら連絡、下さい。それでは・・・。ピー。午後8時23分です。」

 小狼は胸騒ぎがした。とにかくしのぶの住む寮、「ひなた荘」に電話をかけた。電話には、

確か管理人とかいう現在3浪中の男が出た。その男が言うには、しのぶはまだ帰っておら

ず、寮のみんなが手分けして探している、これ以上見つからなかったら警察に捜索願を出

す、ということだった。小狼は時計を見た。10時35分。前原は何か事件に巻き込まれ

たんだ、小狼はそう確信した。次に小狼はさくらの家に電話してみた。電話に出たさくら

の兄は(小狼はさくらの兄とはウマがあわないのだが)、さくらは友達を探しに出て、まだ

帰ってないということだった。電話を切るや否や、小狼は家を出た。走りながら、混乱す

る頭の中を一つ一つ整理してみた。すると、小狼に心当たりがひとつ、あった。「あの塾だ!」

小狼はすぐさま駅前の塾へ急行した。

 

 駅前の塾は真っ暗だった。ドアは施錠され、ドンドンと叩いても反応がなかった。小狼

は、2,3歩下がり、目を閉じて周囲の空気を感じた。・・・・。この建物には誰かいる。

しかも・・・、クロウ・カードも・・・。

「李クン!」

小狼は声のする方を見た。さくらと、知世とケルベロスがこっちに走ってきた。

「しのぶちゃん、どこにもいないよぉ〜」

さくらは、半分泣いているような声で言った。

「前原はここにいる!」小狼は静かに、それでいてはっきりとした声で答えた。

「ほえ?」さくらはいぶかしがった。「だって、さっき来たとき、しのぶちゃん、来てないって

言われたし・・・。それに、北条先生ももう帰ったって言われたよ」

「そんなことはない!」小狼は強く否定した。「この建物からは人の気配がするし、それに・・・、

クロウ・カードの気配もする!」

「クロウ・カード?」

「お前、気付いてなかったのか?!」

「だって・・・」責めるような小狼の口調に、さくらはただうつむくだけだった。

「しゃ〜ないやろ!さくらかて、しのぶを探すのに精一杯で、そこまで気が回らんかったんや!」

ケルベロスがさくらをかばった。

しかし、小狼は、ケルベロスを無視するように「木之本、『剣』のカードを持ってるか?」と突然、尋ねた。

「う、うん。持ってる。でも、どうするの?」

「それを使ってこのドアを開けるんだ!早く!」

小狼に言われて、さくらはポケットからカードを取り出した。「『剣』!」そう叫ぶと、さくらの

持っていた「封印の鍵」が剣に変わった。そして、その剣で建物のドアを真っ二つに斬り裂いた。すると、

ガッシャーンと、ものすごい音とともに、激しい風が吹き荒れた。その風に、みんな吹き飛

ばされてしまった。立ち込める砂埃の中からさくらが立ち上がると、「結界が破れた。早く入るぞ!」

と言って、小狼が先頭をきって建物の中に入っていった。

 

 「『解封之術』を使っても姿を現さないとは・・・。やれやれ、私も嫌われたものですな」

 ベッドに横たわるしのぶを見て、北条は自嘲気味に言った。蝋燭の明かりに照らされたそ

の顔は、なんとも不気味だった。

「婦女子に手を出すのは、私の信条に反しますが、こうなったら、無理矢理にでも起きてもらわねばなりま

せんね」

そう言うと、北条は、しのぶのブレザーのボタンをはずし、ネクタイをほどき、ブラウスのボタンを一つ一つ

はずしていった。しのぶの白いブラジャーと白い肌が、闇の中に浮かび上がっていた。北条は、近くにあ

った蝋燭を手にとった。

「恨まないで下さいね。恨むのなら・・・、あなたに宿っているあの力を恨みなさい」

北条は、蝋燭を高く持ち上げ、しのぶの肢体に蝋を垂らそうとした。

「ヤメロ!!」闇を切り裂く鋭い声がした。「しのぶちゃん!」闇に轟く悲鳴がした。

「おやおや、御二人そろって何の御用ですか?」

北条は、薄気味悪い笑みを浮かべながら言った。

「前原を離せ!」小狼が叫んだ。

「・・・それはできませんね」北条はまだ笑みを浮かべていた。「この娘は・・・、正確に言うとこの娘に

宿っている力は、私の野望に必要不可欠なのでしてね」

「何だと!・・・まさか!」急に小狼の顔色が変わった。「まさか、『風靡風塵乃術』の陽の力が、前原に・・・!」

小狼がそう言うと、北条は、小狼に向かって近づいて行った。

「君が持っている『風』のカードを渡してくると、都合がよろしいのですが・・・」

そう言うと、北条は小狼の腹部にパンチを喰らわせた。「うっ・・・」小狼は、腹を抱えて、膝から

崩れ落ちた。「李クン!」さくらが叫んだ。「『闘』!」さくらは「闘」のカードを「封印解除」

した。

「そんなものでこの私が倒せるとでも思っているのかね、お嬢さん!」北条は、なおも余裕綽々だった。

「闘」のカードが、北条を襲いかかった。「破!」北条の掌から、黒い空気の塊が放たれた。その空気の塊

は「闘」のカードを一撃で吹き飛ばし、返す刀でさくらをも吹き飛ばした。

「さくらぁ〜!」「さくらちゃん!」

ケルベロスと知世がさくらのもとに駆け寄った。その様子を北条は悠々眺めていた。

「雷帝招来 急急如律令!」

小狼の剣から放たれた閃光が北条を襲った。ぐわっ。それをモロに喰らい、北条はもだえながらその場

に倒れ込んだ。小狼がゆっくりと近づいた。「お、おのれぇ〜!」北条がうめいた。小狼は剣を振りかざし、

北条にとどめを刺そうとした。「破!」北条は、無防備になった小狼の胴めがけて空気の塊を放った。

その空気の塊は、小狼の腹部をえぐり、小狼は吹き飛ばされた。

「す、素直に渡しておけばよかったものを・・・!」北条は小狼の身体に馬乗りになり、拳で小

狼の顔を殴り始めた。「出せ!カードを出せ!」北条は何度も殴り続けた。その様子を見ていた知世は、

声も出ず、ついには失神してしまった。目を覚ましたさくらは、恐怖でただ泣き叫ぶだけであった。

小狼も、殴られつづけた影響か、徐々に意識が遠くなってきた。そのとき、

 

「小狼。『風』のカードを『封印解除』して!」

 

優しい声。どこからか、女の人の声が聞こえてきた。小狼は、残された力をふりしぼって、

身体をねじ曲げた。北条の体勢が一瞬ぐらついたスキに、小狼は腹筋の力を使って起き上が

った。そしてカードを取り出し、「『風』!」と叫び、「風」のカードを「封印解除」した。する

と、「風」のカードは舞い上がり、ベッドに横たわっているしのぶを包み込んだ。ピカッ。

一瞬閃光が走り、その場にいた全員が目をつぶった。ゆっくりと目を開けてみると、ベッド

の上には、ソバージュ・ヘアで目が切れ長の、スレンダーな若くて美しい女性が、脚を組

んで悩ましげに座っていた。

 「風(フウ)!」

 北条がつぶやいた。

「ずいぶんと乱暴なマネ、してくれたじゃない、影(エイ)」

その女性は、クールな物言いだった。

「君が現れるのを待っていたんだ。どうだい、私たち、また再びひとつにならないか?そうすれば

この世は私たちの思うがままだ!」

北条がそう言うと、その女性は甲高い声で笑った。

「だからアンタはいつまでたっても陰のままなんだよ!世界を支配しようだなんて、そんなくだら

ないこと、私はゴメンだね!」

「なんだとぉ〜!」北条は歯軋りをした。「私の野望のどこがくだらないというのだ!」

「周りの者を支配できて、アンタ、楽しいかい?そりゃ、アンタのくだらない支配欲は満たされるかも

しれないが、それでアンタの孤独は癒されるのかい?そんな寂しい生き方するよりか、みんなとワイワ

イ楽しく暮らしたほうがよっぽど幸せだよ!」

「うるさい!」北条は掌から空気の塊をブッ放した。空気の塊は、その女性に命中し、その女性は窓ガラス

をぶち破り、外へ吹き飛ばされていった。「やった!ザマ〜ミロ!」北条は窓に駆け寄り、外を見た。

「い、いない!」

慌てて後ろを振り返ると、その女性は、小狼を膝枕にして寝かせていた。「よく頑張ったわね、小狼」

「・・・ま、前原は・・・?」

「心配しないで、大丈夫だから」

その女性は、小狼を抱きかかえ、さくらの方に歩み寄った。

「怖かった?もう大丈夫よ」

「あ、あなたは?」

「私の名前は、フウ。しのぶのなかに封印されていた風摩の忍術なの。それよりもさくら、少し力、貸して

くれないかな?」

「えっ・・・」

「大丈夫。危険な目には遭わせないから。一緒にアイツをやっつけましょ!」

そう言うと、フウは軽くウインクをして見せた。

「はい!」さくらも力強く答えた。フウは小狼を横にすると、北条のほうに振り返った。

「『変身之術』なんか使いやがって〜!」北条の怒りは頂点に達していた。

「さくら。『地』のカードと『炎』のカードを『封印解除』して!」

さくらは、フウに言われた通りに、「地」と「炎」のカードを「封印解除」した。フウはその2つのカードが渦を巻く

その中に、自らの身体を置き、カードを自分の中に取り込んだ。

「破!破!破!破!破!」北条の方も、空気の塊を幾つも出し、それをひとつにまとめ大きな塊にした。

「雷破!」その塊は、電流を放ちながらフウに襲いかかった。

「風神降臨!」フウの身体から、ものすごい勢いで炎が放たれた。

二人の中央で空気の塊と炎の塊が互いにぶつかり合った。一進一退を繰り返していたが、炎の塊が徐々に

優勢となった。そして空気の塊を撃破し、ものすごい勢いで北条に襲いかかった。

「うわぁ〜!」北条は炎に包まれ、その身体から黒い「影」が放出された。

「さくら、あれを封印して!」

「はい!」

さくらはフウの前に進み出た。「汝のあるべき姿に戻れ!クロウ・カード!」さくらが「封印の鍵」を振り

下ろすと、黒い「影」がカードに戻った。

 

 「おっはよ〜!」

 今日も元気なさくらの声が、教室じゅうに響き渡った。「おはようございます、さくらち

ゃん」「おはよう、知世ちゃん」知世のあいさつにさくらも笑顔で応えた。「それにしても

残念ですわ・・・」知世が憂鬱そうな顔をした。「さくらちゃんの勇姿をビデオに収めたつ

もりでしたが・・・、帰って見てみましたら『床』しか映っていませんで・・・」「あはは

は・・・」さくらはトホホな表情をした。

 「おはよう」

 2人の前にしのぶが現れた。「しのぶちゃん、おはよう!」「おはようございます、しの

ぶちゃん」お互いにあいさつをかわしあった。「あのぉ〜」しのぶが突然、神妙な顔つきに

なった。

「昨日は何か、みんなに迷惑かけたみたいで・・・、本当にごめんなさい」

「そんなことないよ!しのぶちゃん、記憶がなかったなかったわけなんだし・・・。気にしなく

ていいよ!」さくらは明るい声でしのぶを元気付けた。

 記憶がなかった・・・。そう、昨夜の出来事を、しのぶは全く覚えていないのだった。北

条−エイ−を倒したあと、フウはさくらに「ありがとう」と言い、さくらの額にキスをし

た。女の人なのに、さくらはフウにキスされて何故か心臓がドキドキ高鳴った。そのとき、

さくらは背後に人影を感じた。振り返ってみると、そこには1人の女性が立っていた。

「観月先生!」

そこに現れたのは、歌帆だった。

「久しぶりね、フウ」歌帆の言葉に、フウはニコッと微笑んだ。

「ほえ。お2人ともお知り合いだったんですか?」さくらが尋ねた。

「歌帆は私の監視人なの」フウはニタニタしながら言った。

「変な言い方やめてよね。『封印の巫女』って言ってほしいわね」歌帆が言い返した。2人のやり取りを聞いて、

二人が本当に仲が良いことが感じられたので、さくらは何か微笑ましかった。

「それじゃあ、歌帆、そろそろ封印してくれない」

「封印って?フウさん、もういなくなっちゃうんですか?」

さくらが悲しそうな声をあげた。フウはそっとさくらを抱き寄せ、「会いたくなったら、いつでも会

いに来てあげるわ。それとも、しのぶじゃ、イヤ?」とささやいた。さくらは、首を2、3

度横に振り、「しのぶちゃんのことも、大、大、だぁ〜い好きです!」と答えた。「フフフ・・・。

いい子」フウはさくらの頭をなでた。

「それじゃあ、フウ。そろそろ封印するわよ」歌帆がそう言うと、フウは、「チャオ!」と、さくら

に別れを告げた。歌帆が「封印之術」をかけた。フウの身体から、風が舞い上がった。そして、風が収まると、

そこには、「風」のカードと、しのぶが、きちんと服を着た姿で眠っていた。

 さくらは、フウに憧れた。綺麗で、優しくて、カッコ良くて、そして・・・強くて。そん

な女性に自分もなりたいと切に思った。

 

 小狼は、屋上でぼんやりと景色を眺めていた。フウと名乗った、あの女性のことが昨夜か

ら頭から離れなかった。

「どうしたの?」歌帆が声をかけた。

「別に・・・」小狼は、そっけない返事をした。数帆も、フェンスに肘を掛け一緒に外の景色を眺めた。

「ふぁ〜。『風』が気持ちイイ〜」歌帆がそうつぶやいた。

「あのさぁ〜」小狼が話しかけた。「俺、本当に前原のことが、好きだったんだろうか・・・」

「どうして?」歌帆が優しく訊いてきた。

「以前、ある人に惹かれていたとき、その人が、『お前は俺の魔力に惹かれているだけなんだ』って

言われたことがあって・・・。今回も、俺は、前原に惹かれたんじゃなくて、実は、前原の

『魔力』に惹かれてたんじゃないかって・・・」

「あなたが誰を好きなのか・・・。それは、あなたの『心』にしか分からないわ。でもね、肝心なことは、

誰が好きであろうと、『心』に正直であること。『心』にウソをつくことが、女の子に対しては、一番

失礼なことなんだから」歌帆は優しく語りかけた。

「『心』に正直に、か・・・」小狼は、歌帆の言った言葉を繰り返してみた。小狼は歌帆の方を見た。

すると、歌帆はもうその場にはいなかった。

「李くん・・・」

振り返ってみると、そこにいたのは、しのぶだった。小狼はしのぶの顔をじっと見つめた。しのぶは、

やはり、しのぶだった。「どうしたの?」しのぶはいぶかしげに尋ねた。「何でもない!」小狼は晴れやかな

顔で答えた。小狼は今、自分の「心」が分かったような気がした。

 

 

 


(update 99/11/07)