永遠の旅

 

作者/まよねーず。さん

 




 1、少年の場合


 これは言い訳なのかもしれないが、
夏の焦燥を煽るような日差しは、ある時においては僕に白昼夢を見せているのかも知れない。
それを望んだわけじゃない。望んでいる景色が見えるわけでもない。
だから、やはりこれは言い訳だと思った所で、
その日、もう日差しはその深い視線を反らし、
そんな彼の顔を眺めている僕は今、手に手紙を持っている。

 なんて言う事はない。そこには大した事は書いた覚えも無い。
先刻、偶々通りかかった公園で、その僕を睨みつける彼と目が合ったから。
ただそれだけなんだ。実際その手紙には何を書いたかも覚えていない。
あと少し、この公園に来るのが遅ければ、又、来なければなどと思ってみた所で、
実際にはこの通り僕はここにいるわけだし、もう手紙も書いてしまった。

 言い訳に求めたもの、それは、多少の踏ん切りだったかもしれない。
しかし、その手紙を自宅のマンションのポストに入れるという行動まではこの日差しの所為には出来そうも無かった。

 まるで勝ち誇ったようでいて、またその背中は勝者ゆえの寂しさを見せている様にも見えた。
だからなのか、夏の太陽には何かしらの魔力がある。
僕は、その独特の力にあてられながら、そう、
あの視線に見つめられればこの世界ではなんだって起こるような気がした。

 マンションの廊下の、部屋の前で僕は暫く立ちつくし、サラバと告げる彼に、やはりサラバと返していた。
そして、思い出した様に、ポケットを探りくしゃくしゃになった手紙を取りだし、ポストへと入れた。

 そう、ようやく一日が始まるような気がした。
僕は廊下を走り出した。
なんてことは無い。ただそんな気分なのだ。
やがて見えてくるエレベーターのドアの前を通りすぎ、その先にある滑降の口を目指す。
その口に飛びこみ、駆け下りた。それはやはり自分が生まれ変わる為には必要なんだろう、
と走っているのか流れているのか分からないような高揚感の中で思った。


 2、少女の場合


 玄関のポストのところでカトッと音がする。
その音は本当に申し訳なさそうに自らの存在を主張した。
だから、私は身体が一度、ビクッと揺れるのを感じながら、ゆっくりと顔を上げた。
その郵便物がポストで上げた自己主張は私にアイツの事を思い出させた。
顔が少し熱い、きっとうつ伏せで寝ていた所為だろう。汗もかいている。
私はしっかりと抱きついていたクッションを、
まるでアイツだと言わんばかりにソファーに投げつけた。
ゆっくりと地面に落ちるクッションを眺めながら、
ぼやけた頭のままバスルームへと向った。

 脱衣所に入って、湿ったキャミソールに手をかける。
そして、ふと、先程までの、物音で目覚めるまでに見ていたはずの夢について思った。
何か見ていたはずである。と。
その様な胸の奥でワサワサと毛玉だけの生き物が転げまわるような、そんなかゆみがあった。
しかし、今までも何か夢を見たのに、と思った時はそれを思い出せた事は無く、
今日のそれも同じだろうと、キャミソールを脱いで、冷やりとする上半身の所為で覚めつつある頭でそう思った。

 熱いシャワーは、それ自体が熱かったのか、それとも浴びている自分自身が熱かったのか、
結局目は覚めたものの夏の気だるさは取れずにいた。

 その気だるさは、幾許かの夏と言うものを私に感じさせてくれた。
だからなのか、私はバスタオルを身体に巻いて、冷蔵庫に向った。
扉を開ける。
その冷気には、僅かにか違和感を感じながら、麦茶を取りだしコップに注ぐ。
それを一気に飲み干して自分の中の熱さも一緒に流れていってくれはしないかと思ってしまう。

 飲み終えたコップを洗い、それを籠の中に逆さまに入れ、蛇口を閉じる。
そして服を着る為に部屋へ向おうとする。
しかし、何かが、引っかかるのだ。
そのリズム。タンタンタンと私をせかしている様な、単調な音。
私は振り返る。実際には振り返る時には気付いていた。
タンタンタン。
やはり蛇口の先から一定のリズムで雫が落ちていた。
私はただそれを眺めた。
やがて、そのリズムはひとつのイメージにたどり着いた。
子供の頃に見た映画のワンシーン。
草原を走る子供の靴の音。
タンタンタン。
私は、部屋へと走った。

 そのリズムを損なわない様に慌てて着替えると、そのテンポに合わせてダイニングへと向う。
そのテーブルの上にはこの家の主が残した、今日は遅くなります。の文字。
その下に殴る様に伝言を書く。

 私は、その文字を、何を書いたかを再確認せず、その足で玄関へと向い、そのままマンションを飛び出した。
そう、その扉を開けると、そこには昔の、記憶のままの草原が広がっていた。
だから、リズムを取るように走りつづけた。


 3、閉じゆくか、されば夜の光。


 どれぐらいか、いつもは想像のもしないぐらいの距離を走った僕は、
汗ばむ肢体から、日が沈んで尚、夏というものを感じていた。
暫く続く荒い呼吸のリズムを僕は心地よく思いながら。
やがて、歩幅をいつもの通りに戻し、ようやく呼吸を始めた思考で、あたりの事を考える。
ここは何処だろうか。
街路樹が並ぶ通りの、幾つかの蝉の鳴き声を聞きながら、
この辺りは知らないのだと、自分のいる場所が見知らぬ場所だとわかる。
しかし不安は無かった。それよりも、背中にピタとつく制服のシャツの感覚が幾らかの安心感を与えてくれていた。

 周りは住宅街の様で、あちらこちらから何かしらの声が聞こえてくるのだが、
それも、辺りの蝉の音と混じりやがてはそれらひとつの音のように聞こえ始め、
とうとうしんとした、無音へと至った。
僕は汗を流しながら、この静けさは、夏、そのものの様な感覚に取りつかれていた。

 暫く、点々とある街灯の、誘う様な灯りの下を辛うじて自らの意思と呼べるかも知れない足取りで歩いていた。
街灯の存在するそのリズムと同じように、点々と、点々と。
やがて、小さな公園が見えてきた。
僕はそちらの方を眺めながら、額を伝う汗を拭った。
気付けば自分の足はそちらへと向い、そこにある、ベンチに腰を掛けた。

 暫く、自分の周りを舐める様に飛び回る、生暖かい波と戯れながら、幾つかの話をした。
彼は、こういった。君はぼやけた霧の中に立つ案山子の様なもんだと。
だから僕は、それじゃあ君は僕が守っている畑に来る鳥だね、と呟いた。
彼は、それは残念、霧が無ければ僕達はすれ違わずにすんだかもしれないのに、と僕に軽く口付けをした。
暫くして、彼は、その感覚を残して、口を閉ざしてしまった。
無音の空間が続いた。
その静寂の中、僕は唾を飲み、そこで始めて喉がカラカラだと気が付いた。
ベンチから立ち上がり、その公園の中央に在る水飲み場へと向った。
蛇口をグッとひねり、水が空へと飛び出し、僕は踊るようなそれらを、逃がすまいと、口で受け止める。
やがては、僕の喉も潤され、僕は蛇口を閉めるためにそちらを向く。
その、水飲み場の、上を向いた蛇口の、その所の水受けには、夜の空が写っていた。
考えてみれば、あまり夜空など見上げる事も無かったと気付く。
いや、夜だけじゃなく、昼の空も注意して眺めたことも長く無かったと、気付いた。
僕は、上を向いた。
そこには決して闇ではない夜の空が広がっていた。
一面の海。子供の頃遊んだビー玉の、その中に写った逆さまの地球。そのキラキラが空の海に無数に在った。
僕は蛇口を閉めるのも忘れたまま、口もぽかんと開けてそれを眺めた。


 4、言葉を紡ぐは、歌唄い。

 私はすでに、そのリズムこそ失ってはいないものの、駆け足からいつもの少し早いと言った歩調に変わっていた。
しかし、視線は正面よりほんの少し上。この角度を変えてはいない。
私は昔からこの角度だった。
下を向いて歩く事は幾らか損をしているような気がしたし、
正面を向いているとその先にある彼が、早く来い。とせかしている様な気がして、
だから私は、正面よりほんの僅か、少しばかり上を向いて歩くのが好きだった。

 マンションを出て暫く経った。今では空もすっかり夜のそれとなり、
星もその役割を果たそうと自らの持ち場へとついている。
私はその視界に入る彼らをぼんやりと眺めながら、今、坂を登る。
周りには民家が並び、その住宅街の中にある小さな坂。
それを登れば、建つ家もまばらになり、変わりに木々がその間を埋める様に在る。
私はその道を暫く歩く。
そうしていると、右側に小さな階段があって、それを登ると高台があり、
坂の下の自分が住んでいるマンション、その街が一望できる。
この場所は、私がこの町に来てすぐの頃、道に迷った事があった、その時、
目的の場所をひとつ高い場所から眺めようと、探し当てた場所だった。
しかし、街にも馴れ、道にも迷う事が無くなり、ここに来たのはその一度きりだった。

 私は、階段を上りきり、弾む息を押さえ、
そのひとつ丘からせり出したような展望の為のスペース、
そこから眼下を見下ろす。
そこには暮らしている街、マンションや学校、ショッピングモールにその近く公園。
見える景色、そのまるで箱庭の様に感じる小さな灯り達、それは、私に遠い、映像の様に思えた。

 それは、肌に纏わる大気の体温ほどの温かさの所為かもしれない。
私は、今、眼下の景色の中に生活を見出せなかった事がまさしく夏のような気がした。
夏の温度は人のリズムを狂わす。
私は、走り出すリズムのその、夕方に感じたそれがまだ残っている感触に取りつかれていた。
しかし、そこにある街はいつも通りのリズムだった。
夜の道路を流れるテールランプは想像を超えるスピードを出すことも無かったし、
マンションのあかりの一つ一つには、少なからず温かさを感じた。
この温度の差はなんなんだろうと思った。

 そうすると、ふとマンションのひとつのあかりの中に、私とアイツがいるのが見えた。
それは、普段からは想像できないようなしかし当たり前といった風に楽しげな日常を送っていた。
これはなんだろうかと、自分に問い掛けて、私は何か気付いた気がした。
しかし、それは、私を包む生暖かい吐息にも似たこそばゆいものに押し流され、
もう何に気が付いたのかわからなくなっていた。
しかし、ひとつ、汗も引き、廻りに感じた熱さだけは先程までと少し違うと、それだけはわかった。


 5、二人の場合。

 僕は、どのぐらいだろうか、空を、そこにある光達を眺めていた。
確かにそれらは綺麗で、僕はそれに見とれていたんだけれども、
何故か目をそらした瞬間に、身体が冷えていくのを感じた。
その、温度差は、僕に何かを諭してくれているのだとしたら、
普段の僕なら余計なお世話だと言うのだろうが、今は何か大切な気がした。
夜にだけ自分の居場所を人に伝える事が出来るそれら。
そんな彼らはきっと海を眺める空に浮かぶちぢれ雲のようなものなのかも知れない。
僕は、その、流れていく雲になる。
雲は風に身を削られながらも、眼下の海に思いを馳せる。
そこには誰が住んでいて、どんな暮らしをしていて、それはとても長い時間のなかの僅かな時、
僕はもうそのわが身を裂く風に身を委ねてしまうだろう。
やがて散り散りになり、回想する。何故自分は漂っているのかと、しかし、答えは見つからない。
それだけの一生。
 僕は、その僅かな思考の間に、肌に纏わりつく熱さを感じなくなっていた。

 私は走っていた。又、あのリズムが身体の奥で鳴り出したのだ。
あの映画では、少女は何故走っていたのか、それはもう思い出せない。
でも、今の自分とそう違わない理由であろうと思った。
走っていると、周りは夜であったはずなのだが、ぼんやりと光っている様にみえた。
それは私を導いてくれている様にも感じた。
だから、私はそれに、又リズムに逆らわない様に走りつづけた。
どれぐらいか、時間は過ぎ、身体が呼吸を求め出した頃、周りでボンヤリと光るそれらは、
右手の方にあるひとつの小さな公園の方を指した。
私は、当たり前にそちらの方を向く。
そこでは、その公園の中央の辺りは、それを照らす為かの街灯によって優しく光る少年が立っていた。
私はようやく走る事をやめ、身体の中にあるリズムで呼吸をし、その少年を見る。
彼は、空を見ていた。
それは、何かの祈りの様に神聖で、このまま時間とともに夜の空気に溶けていくのではないか、と思えたが、
故に私は声をかける事は出来ずにいた。
やがて少年は空から視線を下ろす。
ぼんやりとした光に包まれている彼は、何故か、私には泣いているように感じられた。
私は、そっと、音を立てないように、
その彼の周りの空気を引き裂かない様に公園へと入っていった。


 6、ゆるり来る、次の、又は別の、

 少年は少女の顔をちらりと見た後、そちらの方へと歩いていった。
少女は少年を見つめたまま、彼がたどり着くのを待った。
二人は出会い、そして、歩き出した。
もう、夜と呼べる時間も終わろうとしているこの時、二人は、公園を出て、
自分達が歩いてきた道をまた振り返る様に歩いていった。
ぽつんぽつんとある家々に挟まれた道を歩き、坂を下る。
その下には住宅が並んでいて、そこには、この時間帯独特の静けさがあった。
少年がふるっと身体を震わし、肩を軽く抱く。
それを見た少女は彼の肩に手を置いた。
少年は彼女の方をちらと見て、いつものように申し訳なさそうに笑って見せた。
少女は少年の肩から手を離し、また、いつものように頬を膨らませるといつもの速度で歩き始めた。
少年は、自分より少し前を、早く来なさい、といった雰囲気で歩く、少女を追いかけた。

 二人は少女が街を見下ろす為に訪れた、展望の為のスペースに来た。
それは、街を見下ろす為であったのかも知れないし、また、理由など無かったのかもしれない。
少年は、ただじっとその景色に見入っていた。
少女はただボンヤリとその景色を眺めていた。
そうする事が二人がここに来た目的であったかのように、そうやって時間は過ぎていった。

 幾らかの時間が過ぎたのち、少女はこの景色を見てどう思うかと、少年に尋ねた。
少年は、今はまだわからない、と答えた。そして又ふたりは街を眺める。

 眺めている街の色が少し変った。
白い光に包まれて、その様々な色がわかるようになってきた。
少年は光の元を見る。
少女もそれと同じくする。
そこには、大きな、ただ、大きな光の塊がそべてのものを照らしていた。
彼は、その塊がもたらす温度を自分の肌で感じていた。
少女は、その温度が今、全てのものと共有できている事を感じていた。
少年が少女の方を向き、街で暮らせば街の本当の姿がわからなくなる事がある、
でもそれを外から眺めたところで、それは本当じゃない気がする、と少女の手を取った。
太陽はその表情が読み取れるほど顔を出し、全てを眺めていた。
その所為か、少女は光に照らされ、赤く見えた。
少年は手を引き太陽に背を向け走り始めた。
少女も少年に手を引かれ走り出した。

 この速度には温度差は無いと二人は感じていた。
それは、ふたりの後ろで全てを照らす彼の表情からも伺えた。
そこには、昨日まであった、刺すような眼差しは無く、寂しさと、慈しみのみが読み取れた。

 それはもう夏の太陽ではなかったのだろう。
ふたりは手のひらで交じり合う体温の中、そう感じていた。






―――――――――――――――――――――――――――――


後書き。


唸るー唸るキックが唸るー

当たるー当たるパンチが当たるー

あれは誰だ?誰だ? 俺だーッ

おーれーは噂の転校生ぃーッ




落ちてない?



やっぱり…。


落ちないオチって胸キュン?


胸キュン。


んなわけないよ!








偶に道を歩いているとこの小説のような気分に陥ります。

白い壁に囲まれた部屋に収容ですか?

ああ窓には鉄格子が……。


 


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(updete 2002/08/31)