ピンポーン。
碇家の玄関のチャイムが鳴る。
スライド式のオートドアが開く。
「不用心ねえ、鍵かけてないじゃない」
惣流アスカが入ってきた。
学校が終わった後、アスカは自宅へ戻り、泊まり込む準備をしてきたのである。
学生服から着替え、ダークグリーンのノースリーブポロシャツと赤地のタータンチェックミニスカートを身につけていた。落ち着いた色の服装は彼女のスリムなボディーラインを際立たせる。
そして右手には大きなバックが抱えられていた。
着替え&お泊まりセットである。
「シンジー。」
アスカはシンジの名を呼びながら、リビングに向かった。
返事はない。
帰ったら、夕食の準備をして待っているとニコニコしていたシンジだが、その気配を感じられなかった。
リビングに入ってその理由がわかった。
シンジは椅子に腰掛けテーブルに突っ伏してスヤスヤと寝ていたのである。
その寝顔はとても安らかで、口は半開きでよだれを垂らしていた。
『間抜け面っていうのは、こういう顔のことをいうんじゃないかしら』とアスカは思った。
今日の学校でのシンジは一日中寝ぼけて、授業中居眠りばかりしていた。
成績はともかく、素行はいつも真面目なシンジが授業中、教師に何回も居眠りで注意を受けることなどいままではなかった。3バカトリオのトウジとケンスケは心配してなにかあったのかとシンジにいいよる。ヒカリまでアスカに「碇君どうしたの」と聞いてくる始末。
アスカはシンジがなにかボロを出すのではないかと、ヒヤヒヤしていた。
そのなかで、綾波レイはアスカに鋭い突っ込みを入れてきた。
「あんた、碇君になんかしたんじゃない?」
アスカはシンジに何もしていないが、原因にアスカが絡んでいることは間違いではなかった。
もちろんアスカは「ハイ、私が原因です」と認めるわけにもいかず、売り言葉に買い言葉となり一触即発の事態となったが、ヒカリの仲裁により事なきを得た。
まったく今日のシンジは自分から「今日のわたしはおかしいです」といっているようなものだった。
そう考えると、アスカは腹が立ってきた。
「なんで、こいつのためにこんな気ぃ遣わなきゃないのよぉ。」
アスカはひとり愚痴た。
アスカと夜を過ごせるから嬉しいという言葉はアスカも嬉しいが今日のシンジは間が抜けている。嬉しくて夜眠れなかったなど、まるで遠足前の小学生だ。
「ほら、起きなさいよう!」
シンジのすぐ横に立ち、大声を上げた。
「あぁ、アスカ。おはよう。」
「おはようじゃないわよ。あんたいつまで寝てる気、そのまま寝てるんだったら、あたし帰るわよ。」
「ごめんごめん。夕食の準備も一段落して休憩してたら眠くなっちゃって。でももう大丈夫、だいぶ寝たから。」
「そりゃそうでしょ、学校であんだけ寝てれば。あんた、今日、朝あたしが言ったこと忘れているでしょ。」
「え、いや、あの、それって、その、みんなに気付かれないようって、、、。」
「そうよぉ。なのに今日のあんたはなに?自分から周りの人の気を引いているようなもんじゃない。」
「ごめん。」
「挙げ句の果ては、あの転校生まであたしにケンカ売ってきたのよ。いったい誰のせいだと思っているのよ!」
「・・・ごめん。」
「まったく、今日ほど気を遣って疲れたことはないわ。」
「・・・・・・ごめん。」
アスカの怒りに、シンジはただ小さくなるばかりだ。
「まっ、いいわ。あたし着替えてくる。あんたの部屋借りるから。」
「あ、じゃあ、ご飯食べられるようにしておくよ。」
「そうね、お願い。それと覗いたら殺すわよ。」
アスカはバックを持ってシンジの部屋に入った。
もうお互いの裸は見慣れているのに、なんで着替えしているのを見られるのいやがるんだろう。とシンジは思ったが、気を取りなおし夕食の準備にかかった。
たしかに今日の失態は自分が悪い、しかし、それでアスカに機嫌を悪くされては今夜を一緒にいる意味がない。なんとかアスカのご機嫌を取らなくてはと思いアスカの大好物のハンバーグを焼きはじめた。
今のシンジはまさに、雌の前で、尾羽を広げ求愛のダンスを踊る雄の孔雀の心境そのものであった。
しばらくして、食事の準備が整い、アスカを呼ぶと部屋から出てきた。
アスカは髪の毛を上げ、後ろで結びポニーテールにし、胸元も大きく露出したピンクのキャミソールに黒いホットパンツという姿だった。
いままで見慣れたアスカとは違うイメージに、シンジは立ちつくした。
「なによ。」
「いや、アスカがそういう格好しているの初めて見たから。」
「せっかく泊まりに来てるんだから、たまにはこういうのも悪くないでしょ。それともお気に召しません?」
「っていうか、かわいい。」
シンジにお褒めの言葉を貰いアスカもすこし照れ、顔を赤くした。
その表情を見てシンジはホッとした。どうやら機嫌はなおっているようである。
アスカは照れ隠しに「食べるわ。」というと席に座った。
ふたりの食事が始まった。
母、ユイも研究所勤めで、夕食をひとりで食べる機会の多いシンジは、いつのまにか炊事もこなせるようになっていた。いまではユイも唸らせるほどの腕になっている。
おいしい料理に自然に会話もはずむ。
学校での出来事、最近の流行、友達と話したこと、話題は尽きなかった。
ただひとつ、今夜これからのことはお互いの口から出なかった。
口にするのをためらわれた。言葉にすると自分の気持ちを見透かされそうで、恥ずかしかった。
夕食も終わり、ふたりで食器を洗い、それもほぼ片づいたころ。
アスカが言った。
「お風呂借りたいんだけど。」
シンジはその一言を待っていた。
「ああ、もう沸かしてあるからすぐはいれるよ。」
アスカは、シンジの妙にトーンの上がった声に下心が見え隠れしているのを見抜いた。
「用意いいわねぇ。」
「はははっ、それはもう、、、。」
「じゃあ、借りるわ。」
アスカが風呂に入る支度のために、シンジの部屋に向かおうとしたとき、シンジは決心してアスカを呼び止めた。
「あの、アスカ。」
「なによ。」
「その、あの、、、。
一緒に入らない?」
途端にアスカの顔は真っ赤になり、大声で怒鳴った。
「なにバカ言ってんのよ!そんな恥ずかしいことできるわけないでしょ!
あんたは、あたしのつぎ!
覗いたらブッ殺すわよ!!」
アスカはドスドスと足を踏み鳴らしシンジの部屋に入り、障子を勢いよく閉めた。
ピシャーン!
キッチンに取り残されたシンジは、ひとり愚痴た。
「ブッ殺すって、、、。なんだよ、裸で抱き合うのは恥ずかしくないのかよ。」
アスカはシャワーのコックを捻った。
はじめ水が流れ出し、すぐに程よい暖かさのお湯になった。
頭からシャワーに打たれる。
肌を打ちつけるお湯の暖かく柔らかい刺激がアスカは好きだった。
…お風呂は好き、心を温かく解きほぐしてくれる。
手を伸ばし、自分の肌を見た。他の友達より、色が白い。
…そうだろう、あたしは混血児だ、ママは日本人とドイツ人のハーフ、パパはドイツ人。シンジと同じ人種の血は四分の一しか流れていない。
蒼い瞳、栗色の髪、白い肌。小さいとき、これでいじめられたこともあった。
…そういえば、いじめられて泣くあたしの手を引っ張って、シンジがよく家まで連れてってくれたっけ。
…一緒にはいってもよかったかなぁ。
…でも、ほんと男ってスケベでエッチよねぇ。
そんなことを考えながらアスカはスポンジにボディシャンプーを泡立たせて身体を洗いはじめた。
学校から自宅に帰ってからも、風呂に入ったが、今日は特に念入りに、、、。
親たちの出張がわかったとき、一緒に夜を過ごすそうと誘ったのはアスカからだった。
アスカには今日克服したいことがあった。
シンジとの関係がはじまって。すでに数回、親がいない時にシンジの部屋で行為をしたが、いまだに、気持ちよくならないのである。
いちばん最初の時は、あまりの痛さに途中でシンジを蹴飛ばしてやめてしまった。
二回目でやっとできたが、そのときは激痛でなにがなんだかわからないうちに終わっていた。翌日になっても股間になにか挟まっているような違和感があり、歩き方もおかしかったんではないかと思う。
その後、数回行為を重ねたが、感じるのは痛みだけだった。
いつもやった直後はもう二度とやるものかと思うのだが、しばらくするとまた、シンジと身体を会わせたくなる。
シンジの誘いに乗ってしまう。
不条理だ。アスカは思った。
…これが女なのかな、、、。
…なんでシンジとするようになっちゃったんだろう。
…そりゃあ、まえからこういったのに興味あったけど。
…シンジとしちゃうなんて。
…やっぱ転校生のせいかな、、、。
…あたし焦っていたんだ、シンジが離れていきそうで。
…シンジのことなんか、なんとも思っていないと思ってたのに。
…気付いちゃったんだ、転校生が来て、
…あたしシンジのことたぶんきらいじゃない。
…あたしシンジのこときらいじゃない、たぶん好きなんだ。
…でも、シンジのヤツ、やってる最中は自分のことで頭がいっぱいなんだから。
…こっちが痛いって言ってるのに動くのやめないし。
…そんなに気持ちいいのかしら。
…出す瞬間なんて、ほんと惚けた顔して。
…不公平よ。
…やるんだったら、あたしも気持ちよくなりたい。
シャンプーを洗い流し、湯船に浸かる。
身体を暖める。
今夜シンジと過ごすために、アスカは女性週刊誌やレディースコミックを読みあさり、いくつかの秘策を見つけだした。
そのひとつが風呂に入るということである。
身体を暖めることにより、身体の緊張をほぐす。
体温も上がれば、性器の感度も上がる。(ホントだよ。)
自分が調べた以外に、ヒカリに教えてもらったのもある。
アスカは親友の洞木ヒカリには、シンジとの関係を話している。
最初、打ち明けたときはヒカリは驚いていたが、その後何回かその話しをすると、なにかよそよそしい態度をとるので、アスカは『こういう話しは苦手なのね。』と思い、最近は全く話題にしていなかった。
だが今日、めずらしくヒカリからその話しを持ちかけてきた。
そして、ヒカリからトウジとの関係を打ち明けられた。しかもそれはアスカとシンジよりも前に、関係を持っていたというのだ。
さすがのアスカもこのことに、とても驚いた。
そして、いままで打ち明けられなかったことをアスカに詫びた。
アスカは、気にしてないし、詫びる必要もないとヒカリにいった。
ヒカリはとても生真面目である。中学生の年齢でそういうことに興味を持ち、ましては好きな男の子と関係を持ってしまったことに、罪悪感を感じていたのだろう。
ともあれ、共通の秘密を持った女の子同士。
アスカにしてみれば、ヒカリはその方面の先輩ということになる。
根掘り葉掘り聞くと、ヒカリもはじめは痛いだけだったが、いまは違うという。
ヒカリ曰く、相手の協力が必要だという。
トウジはとてもやさしくしてくれるとヒカリはいう。
…あの熱血バカにそんな甲斐性があるのかしら。
アスカには理解できなかった。
相手の協力、これは理解できる。
でも、シンジにそれを求めることができるだろうか。
アスカは、考える。
…シンジって、始まっちゃうともうエロ猿モンキーよねぇ。
…自分の欲望を満たすことばっか一生懸命みたい。
…あたしのこと考えてくれるかしら。
…まっ、やるときに言ってみよ。
…あとヒカリから教えてもらったことも、、、。
アスカは手を広げ指を一本ずつ折って数えた。
…今日は大丈夫ね、あたし安定しているし、やるなら今日ね。
アスカは湯船から出て、上がり湯にとびきり熱いシャワーを浴びた。
浴室から出て、赤いタオルで身体を拭いた。
全身を写す鏡の前に立ち、自分の裸身を見る。
まだそれほどふくよかではないが、十分女の体になっている。
胸もまだ膨らみはじめているところだから、それほど大きくないが乳首が上を向いて張りがあり、形もいいと思う。
せっかく女に生まれてきたんだから、女として楽しめるようになりたい。
今夜はその一歩目にしたい。
自分とシンジのために。
アスカはひとり呟いた。
「アスカ、いくわよ。」
( つづく )