新世紀エヴァンゲリオン

■ノゾミと足長おじさん■

「希望(ノゾミ)」番外編(後編)

 作・みゃあ

  


 

「いらっしゃい、副司令」

 

シンジが出てきて丁寧な挨拶をし、アスカの代わりにレイがコートを受け取ってハンガーにかける。

 

「お言葉に甘えて、ごちそうになりに来たよ」

 

「どうぞどうぞ。座ったままで失礼します……」

 

居間からアスカも挨拶をする。

 

「良く来たな、冬月」

 

遅れて出てきたゲンドウは、そう言って右手を差し出した。

 

「うむ。……こうして落ち着いて話すのは久方ぶりか」

 

その手を握り返した冬月とゲンドウは、互いの顔を見合わせてにやり、と笑った。

 

「んもうっ!はやくいこうよぅ、おじちゃん!」

 

「おっと、すまんすまん。……これで機嫌を直してくれたまえ」

 

自分が相手にされないのが不満でぐいぐい袖を引っ張るノゾミに、冬月は持参の奇麗にラッピングされた包みを差し出した。

 

「うわあ!ね、ね。これなにっ?なにっ?」

 

不機嫌さなどどこへやら。ノゾミは大きなお目めをくりくりさせながら冬月を見上げる。

 

『冬月のおじちゃん』は、いつもプレゼントを持ってきてくれる。ノゾミにとっては足長おじさんなのだ。

 

「ノゾミくんの好きなケーキだよ。ご飯の後にみんなで食べるとしよう」

 

「うんっ!…きゃはははっ!」

 

戦利品のごとく頭上にケーキの箱を掲げて、ノゾミはそれをアスカの元へと持っていった。

 

「すみません、副司令。お気を遣わせちゃって……」

 

冬月は今でも彼らの間では「副司令」で通っていた。

 

無論現在の肩書きとは異なるが、彼らにとっては思いの込められた、特別の意味を持つ呼び名である。

 

「いや、なに……偶然途中でケーキ屋の前を通りかがってね」

 

再び戻ってきたノゾミに手を引っ張られながら、冬月は居間へと入る。

 

 

……そこは懐かしい場所だった。

 

温かい空気。

 

家族の空気だ。

 

優しい幾つもの笑顔が、彼を迎えてくれた。

 

「……さあ、できたわよ」

 

レイが湯気の上がる土鍋をキッチンから運んでくると、楽しい夕食が始まった。

 

 

 

「どうだ、冬月。もう一杯?」

 

「うむ、もらおうか」

 

ゲンドウと冬月の二人は、もっぱら日本酒だ。これがまた鍋にぴったり合った。

 

「……ところで、どうだそちらは?」

 

冬月のお猪口に熱燗を注ぎながら、さりげなく尋ねるゲンドウ。

 

「ふむ、相変わらずだよ」

 

シンジたちの手前、冬月は直接的な表現を避けたが、ゲンドウにはそれで十分だった。

 

「そうか……」

 

「これも私の務めだ……埒もない」

 

軽く肩をすくめる冬月に、ゲンドウは真摯な表情を向けた。

 

「……すまんな」

 

「おや……お前らしくもない」

 

「ああ……」

 

二人は微笑を交わすと、杯を重ねた。

 

そんな二人を無言で見詰めながら、シンジ・アスカ・レイの三人はビールで乾杯する。

 

「ん〜〜、ノゾミものむぅ!」

 

自分だけ取り残されたのが悔しかったのか、冬月の膝の上に自分の場所を確保したノゾミが、ジタバタと手足を振った。

 

「こら、だめでしょうノゾミ暴れちゃ。……すみません副司令」

 

「いやいや、構わんよ。この方が楽しく食べられるし…なぁ、ノゾミくん」

 

「そうそう!」

 

冬月の膝の上で大威張りのノゾミ。

 

小さなお姫様は、この優しい老紳士が大好きなのだ。

 

「もうっ、ノゾミったら……」

 

困った顔のアスカ。

 

しかし、隣でレイがくすくすと笑みを漏らしたので、なんだか毒気を抜かれてしまう。

 

「そうだ、ノゾミ。ジュースはどうだ?」

 

助け船を出すゲンドウ。

 

「うんっ!ノゾミじゅーすのむっ!…おじいちゃん、大好き!」

 

大喜びのノゾミ。

 

なにも言わずにレイが冷蔵庫にジュースを取りに行く。

 

 

「ふふふ……『おじいちゃん』か」

 

冬月は愉快そうに笑った。

 

「…お互い、年を取ったわけだ」

 

「ああ……」

 

なんとはなしに顔を見合わせるふたり。

 

「何言ってるんですか、二人とも。まだまだこれからですよっ!」

 

そこにアスカが加わった。

 

「そうそう!まだまだこれからよっ」

 

あまりにもタイミング良くノゾミがアスカの真似をしたので、一同は吹き出した。

 

穏やかな雰囲気のまま、夕食は続く……。

 

 

………。

 

………。

 

 

「どう?」

 

「よく眠ってるわ」

 

囁くように尋ねるシンジに、やはり囁くように答えるアスカ。

 

「随分はしゃいでいたもの……」

 

「よっぽど嬉しかったんだね」

 

微笑むレイに、シンジも笑ってみせる。

 

「……お忙しいところ、今日は本当にありがとうございました。ノゾミも大喜びで…」

 

シンジは、背後からノゾミの様子を覗き込む冬月に、深々と頭を下げた。

 

「いや、礼を言わねばならないのはこっちだよ。おかげでとても……、とても楽しい時間を過ごさせてもらったよ」

 

これは冬月の本心だった。

 

こんなに楽しいのは本当に久しぶりだった。

 

雑務に追われて滅入っていた気持ちが融けていくようだ……。

 

それもすべて……

 

「この可愛らしい天使のおかげだな」

 

本当に天使のような寝顔のノゾミを見つめながら、冬月は優しく微笑んだ。

 

「……良い孫を持って、お前は幸せだぞ、碇」

 

「ああ……」

 

わずかばかり照れくさそうに、ゲンドウは眼鏡のズレを直した。

 

 

「う〜〜〜〜ん……おじちゃん」

 

その時、可愛らしい声でノゾミが寝言を言った。

 

それを聞いたシンジが、冬月を見る。

 

「副司令……。あなたはノゾミにとって、それに僕たちにとっても大切な人です。どうかこれからも家に来て、そしていつまでもノゾミの足長おじさんでいてやってください」

 

「シンジくん……」

 

隣で、アスカとレイも頷いている。

 

不意に、肩に手が置かれる。

 

ゲンドウだった。

 

「………」

 

この時冬月は不覚にも、涙がこぼれそうになった。

 

「いや、はは……年甲斐もなくお恥ずかしい……」

 

照れ隠しにそう言いながら、冬月は改めて安らかな寝息を立てるノゾミを見た。

 

 

 

……この子は、私にとっても「希望」なのかもしれんな。

 

 

 

この上なく優しい笑顔をした冬月を、家族4人が温かく見守っていた。

 

 

 

 

この夜、第三新東京市には、何十年ぶりかの雪が降った。

 

12月24日。

 

かつては聖夜と呼ばれた夜の出来事である。

 

(Fin)

 


みゃあの後書きらしきもの

 

はいや〜〜、終わったっす。

どないでしょ?(笑)

ちょっと書き足りないかな……当初のプロットとちょっと違うし。

まあでも……キレイにまとまったからよしとしよう。

最後がクリスマス・イヴだったっていうのは、完全に途中で思い付いた。

蛇足だったかも(^^ゞ。

ではでは、また次でお会いいたしましょう!