目の前に、白い巨人がいた。
7つの目で、自分を睥睨(へいげい)している。
不気味なほどに白い躰。
そこには、少し前まではなかったはずの、2本の脚が生えている。
足下をたゆたう、LCLの海…。
「……未練なのね……」
コツ……。
背後の足音を、待ちかねていた自分が迎える。
リツコは、ゆっくりと立ち上がった。
「お待ちしておりました」
Past Stage-02「World is lost.-2 さよならをあなたに」
二人は対峙していた。
待ち焦がれた。
目の前に、碇ゲンドウその人がいる。
彼の背後には、綾波レイのかたちをしたものが佇んでいたが、リツコはそれを意識の外に追い出していた。
見たくないもの。見たくない自分。
ゲンドウ。
数日前に別れた時と、少しも変わっていない。
そう、変わったのはわたし。
サングラスと、髭の生えた輪郭を視線でなぞったあと、リツコはゆっくりと白衣のポケットから右手を出した。
チャキッ…。
ゲンドウは、顔色一つ変えない。
きゅ…っ。
リツコは、ほんのわずか、眉根を寄せた。
わたしが撃てないと思っているの…?
憎らしかった。
ふと、その顔を血まみれにしてやりたくなる。
だけど、それはできない。
それは母への敗北だから。
いま、この時だけは、わたしが制している。 この銃で。
リツコは、照準をぴたりと当てた。
ゲンドウは動かなかった。
リツコは満足げに口の端を上げると、言った。
「ごめんなさい。
あなたに代わり、先ほど、MAGIのプログラムを変えさせてもらいました」
サングラスの下の目が、どんな色を帯びるのか、見てやりたかった。
…だが、ゲンドウの表情は動かない。
憎らしい。
急に、言葉を求めるのが馬鹿馬鹿しくなった。
左手の中の携帯端末を握りしめる。
このままで、終わりたかった。
「娘からの最後の頼み。
……母さん、一緒に死んでちょうだい」
頼み、か。
…これは、復讐ではないの?
ピ。
待ち望んだ瞬間は、訪れない。
「作動しない…?
なぜ……」
愕然と取り出した携帯端末の中のMAGIは、嘲笑うように、カスパーが「否決」の明滅を繰り返していた。
「カスパーが、裏切った……」
嫉妬。
その時感じたのは、確かに嫉妬。
おかしな話だ。
わたしは、誰に対して嫉妬している…。
「母さん。娘より自分の男を選ぶのね…」
呟いた瞬間、自分が解き放たれるのを感じた。
これまでだ。
すべては終わった。
結局、
最初から最後まで、アナタは……
チャッ。
リツコは、妙に澄んだ瞳で、それを見た。
ゲンドウの構える銃。
撃たれるな。
そう思った。
だが、彼は呟いた。
「赤木リツコ君……」
リツコは、ゲンドウを見た。
「本当に……」
ワカッテシマッタ
結局、わたしは、この人を愛してしまったのだ。
どうしようもない……バカね。
「嘘つき……」
これが、あなたの愛だとでも?
ターーーーン!
泣きボクロを、涙が伝った。
胸に受けた銃弾が、それを気付かせてくれた。
【涙の通り道にホクロのある人は、一生、泣き続ける運命にあるからさ】
サヨナラ、ゲンドウさん…
しかし、私は最期に目を見開いていた。
レイ……?!
そこにはいるはずのない子が、佇んでいた。
どうして、死んだはずのあなたが…!?
その紅い瞳に吸い込まれるように、リツコの意識は闇に落ちた。
彼らの直上、ジオフロントでは、シンジと量産機たちの最後の戦いが始まろうとしていた。
(つづく)
■注:このエピソードは、本編とは違ったサーキットの上を流れています。この続きは、Past Stage-03へ続きます。
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(updete 2001/02/09)