新世紀エヴァンゲリオン

■蜩の鳴く頃に■

- Revision Edition -

作・MIYA


 

 

ミーンミンミンミンミーン………。

 

ミーンミンミンミンミーン………。

 

ジーーーーーーーーーーーーーー……。

 

 

蝉が鳴いている。

 

その女の子はセミが好きだった。

セミは少女の一番好きな季節――――――夏を体で感じさせてくれるから。

 

 

ミーンミンミンミンミーン………。

 

 

高い空。

真っ白な入道雲。

鮮烈な日差し………。

 

その女の子は夏が大好きだ。

それは、少女の両親が、命をかけて護った季節。

 

女の子の白いワンピースが風に揺れる。

頭にはちょっと大き目の麦わら帽子。水色のリボンがやはり揺れている。

その下の漆黒の髪は、夏の日差しに透かした時だけ、奇麗な栗色に輝く。

 

母譲りの大きな目。

好奇心に満ちた瞳がくりくりと動く。

 

父譲りの優しい顔立ち。

夏の日差しの下で、天使のように輝く笑顔。

 

色白なのは、両親どちらから受け継いだのだろうか?

 

 

ミーンミンミンミンミーン………。

 

 

セミの声の元で、女の子は友達と一緒に砂場で遊ぶ。

みんなでつくる、砂のお城。

みんなの笑顔。楽しそうな笑い声。少女も一緒になって笑う。

楽しいひととき。

 

 

ジーーーーーーーーーーーーーー……。

 

 

あっという間に過ぎていく時間。

傾く日差し。

ミンミン蝉がお家に帰り、あぶら蝉もさみしそう。

 

やがて……ひとり、またひとりと、友達が帰って行く。

迎えに来たお母さん。

嬉しそうなみんなの顔。

大きく手を振りながら、みんなは帰って行く。

 

少女がとうとう一人になる頃……。

あぶら蝉もお家に帰る。

 

 

カナカナカナカナカナカナカナ…………。

 

 

夕暮れ。

涼しげな風と共に、蜩が鳴き始める。

女の子は待っている……。

 

…………。

…………。

 

 

僕は、蜩が嫌いだった。

蜩は、夢の終わりを告げるから………。

 

 

カナカナカナカナカナカナカナ…………。

 

 

茜色に染まる空。

迫り来る夕日。

重なり響く、蜩の声。

 

それは僕に、既視感を抱かせる。

幼い頃の遠い記憶。

 

ひとりぼっちの砂場。

つくりかけの砂の城。

誰もいなくなった砂場で、僕はがむしゃらに城をつくり続ける。

 

日が落ちて、完成する砂の城。

そのとたん、溢れ出す激情。沸き起こる衝動。

気がつくと……僕は出来たばかりの砂の城を蹴り壊している。

蹴って。蹴って蹴って蹴って蹴って蹴って………。

やがて、城は跡形もなく姿を消す。

揺れているブランコ。

 

迎えは………来ない。

 

……………。

……………。

 

 

「……どうしたの?」

 

隣を歩く妻に、僕は意識を呼び戻される。

 

「いや、なんでもないよ……」

「そう?」

 

訝しそうな彼女。

やがて微笑を浮かべて、流れる清涼な風の中にうっとりと身を委ねる。

小さく揺れる栗色の髪。

あの頃から変わらない、たおやかな肢体。

白皙の、透けるように白い肌。

いたずらっぽく見開かれる、大きな瞳。

僕を見つめている。

 

いつの頃からだろう……彼女はずっと僕の側にいる。

彼女の笑顔と、そして怒った顔。すねた顔。

いつの頃からか……もう、あの恐怖は感じない。

 

 

砂場。

朱に染まった視界の中で、揺れている一つの影。

 

きこ…きこ…きこ…きこ…。

 

ブランコにひとり。

 

いつかの僕がそこにはいる。

訪れない迎え。

待ち続けた温もり。

 

だけど今は………。

 

「あっ……!!」

 

女の子は公園の入り口にたたずむ二人に気付く。

最高の笑顔を浮かべ、おおはしゃぎで、こけつまろびつ駆けてくる。

 

「パパ!ママ!」

 

小さな感触が、腕の中に飛び込んできた。

隣の妻と二人で、娘を柔らかく受け止める。

かけがえのない温もり……。

 

「ごめんよ。少し遅くなっちゃったね」

「さみしかった?」

 

僕と妻の言葉に、娘はにっこりと笑う。

 

「ううん。だって、すぐに来てくれるって信じてたもん!」

 

僕は妻と思わず顔を見合わせる。

泡が弾けるように、広がる笑い。

ちょっぴりおませな天使の笑顔。

 

帰り道。

娘は、僕と妻の手を片方づつ握っている。

僕たちに間を挟まれた彼女は、とても嬉しそう。

 

「ねぇ。ママはあたしのこと好き?」

 

不意の質問。ちょっぴりおませな天使は、質問するのが大好きだ。

 

「もちろんっ。大好きよ」

「じゃあパパは?」

「もちろん…大好きよ。……ママはねぇ。あなたとパパが、世界中で一番大事なの」

 

妻は幸せそうな笑顔で娘に答える。

まるで夢のような光景。

でも、これは夢じゃない。右手に感じる確かな温もり。

 

「じゃあじゃあ、あたしとパパではどっちが好き?」

「え?」

「ねえねえ、どっち?」

「そ、それは……」

「あれぇ、ママのお顔が赤いよ。どうしたの?」

「こ、子供は知らなくていいの……」

 

夕日のせいだけじゃない朱色に頬を染める妻。彼女はいつまでも少女のようだ。

 

「ふーん……ね、パパは?パパはあたしとママとどっちが好き?」

 

ちょっぴりおませな天使は、今度は僕をきらきら輝く瞳で見つめる。

 

「……パパはね、二人とも比べられないくらいに愛してるよ」

 

それが僕の答え。

これは僕の本心。

微笑みながらも、妻はすこし不満そうだ。彼女は子供に対してすら嫉妬するらしい。

少しからかってみたくなって、僕は妻を見る。

 

「ママは?僕のこと愛してるかい?」

 

彼女は一瞬目を丸くして……そしていたずらっぽく微笑む。

娘と手をつないだまま、彼女は僕の前にまわり、指で銃のかたちをつくる。

そして……いつか聞いた懐かしい言葉。

 

「あんた、バカぁ!?」

 

BANG!

彼女の銃が、僕の心臓をとらえる。

最高の笑顔。

ぱちり、とウインク。

 

「そんなの、決まってるでしょ」

 

僕は笑った。

 

「ねぇママ?」

「なーに?」

「パパ?」

「ん?」

「だぁーい好き!」

 

愛らしい天使は、言ってぽーん、とひとつ跳ねた。

 

 

三人の重なった影が、長く、長く伸びていく。

 

 

カナカナカナカナカナカナカナ…………。

 

カナカナカナカナカナカナカナ…………。

 

 

遠くで、蜩が鳴いてる……。

 

 

……もう、蜩は嫌いじゃない。

 

 

 

(Fin)


(update 99/09/05)