130

 

 

 

「面接…?」

 

担任の平坦な声を聞きながら、シンジは配られたプリントに目を落とした。

 

『進路相談の三者面談のお知らせ』

 

藁半紙のプリントには、そう書いてある。

二枚目は、自分の希望する進路について第一希望から第三希望まで記入する用紙。

高校進学、高等専門学校、就職…。

これまでの中学校生活では、あまり馴染みのない文字が並ぶ。

 

「進路…」

 

意識せず、シンジはもう一度呟いた。

それが、何故か空虚に響く。

考えたこともなかった。

1年後、2年後先に、自分がどこで何をしているかなんて…。

 

僕は、いずれ高校生になるんだろうか。

 

考えた瞬間、それがひどく場違いで、現実味のないものに思えた。

 

このプリントを渡して、きちんと父兄に連絡しておくように、と担任が結ぶと、日直が「起立」と形通りの号令をかける。

シンジが立ち上がるのは、一瞬遅れた。

「礼」の声とともに頭を下げながら、何故だか、一人だけ取り残されたような、そんな気がしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

131

 

 

 

『実験は中止!目標のデータは?』

『受信データを照合。…波長、パターン青。使徒と確認』

『総員、第1種戦闘配置』

 

一気に慌ただしさを増すコントロールの様子を聞きながら、初号機のシンジは考えていた。

 

なぜだろう。

何か、違和感がある。

この使徒は、何だったか…。

 

そして、ようやく思い出した。

よく覚えていないのも当然だ。

あの時は確か停電があって、本部へ行こうとアスカやレイと苦心しているところへ、なし崩し的に使徒が襲来したのだった。

今回、停電はかなり前に起きている。

記憶とだいぶ異なる。

しかし、その分、状況は以前より良い気がした。

 

『シンジ君、聞いての通り、使徒襲来だ。調子はどうだい?』

 

モニタに、日向の顔が写った。

わざわざ聞いてきたのは、シンクロ率のことがあるからかもしれない。

 

「大丈夫です、いけます」

 

不安がないわけではないが、シンジはあえて力強く答えた。

そして、あれ…と思った。

こんな時は、モニタにいつもミサトの顔があるはずなのに。

 

「あの…ミサトさんは?」

 

あちこちから指示を受けていた日向は、その合間にひょいと顔を出した。

 

『ああ、葛城さんは今、出張中なんだ』

 

出張…?

またしても記憶にない。そんなことがあっただろうか。

 

『とは言っても、第二東京だからね。すぐに呼び戻されると思う。心配いらないさ』

 

不安が顔に出たのだろうか、フォローするように日向はニカッと笑って見せた。

その間にも、ウイングキャリアの手配や、パレットガンへの換装指示などが飛び交う。

実験場内でボーッと立っていた初号機のシンジは、はっと我に返った。

 

「あの、僕はどうしたらいいんでしょうか」

『出撃だ』

 

日向の代わりに、別の映像にモニタが切り替わる。

低く、素っ気ない声が、スピーカーから流れた。

 

「!…父さん」

 

鼓動が大きく跳ねるのを、止められなかった。

 

 

 

 

 

 

「出撃、ですか?まだ、零号機、弐号機パイロットとも連絡が取れていませんが」

 

インカムを押さえながら、日向は背後の指揮席に座る司令を振り仰ぐ。

ゲンドウは指を組むと、デスクに肘をついた。

 

「構わん。使徒の足止めが必要だ。初号機だけでも先に向かわせろ」

 

先の停電の影響で、第三新東京市の迎撃システムの稼働率は極端に下がっている。

水際で食い止められるものなら、そうしたい。

 

「了解しました。初号機はケイジへ移動、発進準備急げ」

「初号機、発進準備」

 

 

 

 

 

 

132

 

 

 

バーがガコンッと落ち、失望とも揶揄とも取れない声が、いくつか起きる。

照れ笑いを浮かべながら、女子生徒がマットからはい出してくる。

そんな光景をぼんやり眺めながら、アスカは、くぁ…と欠伸をかみ殺した。

 

ヒマだ。そして、眠い。

 

2−Aの5時間目の授業は体育。女子は走り高跳び。

待ち時間がとにかく長い。

昼ご飯を食べた後だから、余計にだるく感じる。

ちなみに、男子は水泳。

どうせなら、そっちの方が良かったのにと、下がってくる瞼と格闘する。

 

ピーッ。

 

ちょうど、ヒカリが跳ぶところだった。

真剣な眼差しでバーの位置を見定めながら、助走。

跳躍と同時に、教科書通りの綺麗なフォームで体操服の裾が翻る。

 

ぼすっ。

 

バーは揺れたが、落ちてはこない。

 

「やるじゃん、ヒカリ」

「そ、そうかな…えへへ」

 

小走りに戻ってくるヒカリと、ぱちんと軽くハイタッチを交わす。

ちらちらと、しきりに気にしている視線の先を追うと、プールがあった。

 

「何見てるのかなぁ?」

「えっ、いえ、別に…何も」

 

赤くなって、わたわたと手を動かす姿は可愛らしくて、ヒカリらしい。

しかし、気になるんなら、手でも振ってみりゃいいのに…というのが、正直な感想でもある。

 

ピーッ。

 

今度は、レイが跳ぶところだった。

やる気があるんだかないんだか分からないいつもの表情で、無造作に助走。

跳躍。

…と、踏みきりを間違えたのか、目測を誤ったのか、バーに手から突っ込んで、一緒にマットの上にべちゃ、と落ちる。

ガラン、ガラン…。

 

「…あんたって、意外に鈍くさいわね」

「......?」

 

さして何とも思ってない顔で、すたすた歩いてくるレイに、アスカはため息。

なぜか、一部女子生徒から「やーん、可愛い」などという嬌声が上がっていたりする。

 

「見てなさい。このあたしが、お手本ってものを見せてあげるわ」

 

腕まくりをして、歩き出そうとしたところで、携帯電話が鳴った。

不審げに眉を寄せて、液晶の表示を見る。

『非常召集』

同じように携帯電話を確かめていたレイと目が合う。

 

「行くわよ、レイ」

 

こくりと頷くのを確認して、走り出す。

その背を心配そうにヒカリが見送る。

 

そういや、あいつはネルフに行ってるんだっけ…と、シンジの冴えない表情が、一瞬、脳裏を過ぎった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

庁舎の一つから走り出てきたところに、タイミングよくエレカーが滑り込んできた。

 

「や。乗ってく?」

 

軽薄そうな男の軽薄そうな声に顔全体をしかめながら、ミサトは非常時なので仕方なく、助手席に滑り込んで乱暴にドアを閉めた。

趣味の悪い黄色の車体が、滑るようにスタートする。

 

「…随分、タイミングがよろしいですこと。何やってんのよ、こんなとこで」

「葛城の行くところなら、いつ、どこへでも馳せ参じますとも、レディ」

「冗談は顔だけにしなさいよ」

「あれ。本気なのになあ」

 

その、いかにも心外だ、という顔がまったく信用できない。

 

「そっちの用事は、終わったのかい」

 

ミサトは、ハ、とこわい顔で笑った。

 

「事情説明の名目で、この間のA−17発令についてネチネチと嫌味言われてただけ。使徒襲来の一報が入ったら、蜘蛛の子を散らすようにどっかいっちゃったわよ」

「それはそれは、お気の毒に」

 

半ば本気で同情した様子の加持に、ミサトはフンッ、と勢い良く鼻息を吐いた。

 

「…で、状況は?」

「第九の使徒は、旧熱海に上陸。北上中だ」

 

あちゃ…上陸を許しちゃったのか、とミサトは顔をしかめる。

 

「もっとも、飛行型ではないようで、進行速度はゆっくりしたものだ。すでに、初号機が足止めに向かった」

「シンジ君が?」

「ああ。実験中で、ちょうど本部にいたらしい」

 

初号機は久しぶりの実戦となる。しかも、シンジはシンクロ率に不安が残る。

だが、早期迎撃が必要な事情もある。

痛しかゆしといったところだ。

 

「アスカとレイは?」

「そろそろ本部に着くころじゃないかな。

 今は司令が直接指揮を執っている。いずれにしても、急いで戻った方がいいだろうな」

「言われるまでもないわ。

 …ちょっと、私が運転代わろうか?」

「いや、それは遠慮しておく」

 

 

 

 

 

 

 

 

133

 

 

 

「なんだ、あれ…」

 

思わず、そんな感想が漏れるほど、その使徒は異様な姿をしていた。

半球状のドームを逆さにしたような本体と、蜘蛛か甲殻類を連想させる巨大な4本の脚状のもの。

本体には三角形を主体とした幾何学模様が走り、不気味な目のようなものがいくつも描かれている。

色はどれも原色に近い緑、赤、黄色と毒々しく、それが4本の脚を動かして進んでいくさまは、悪夢のような光景だった。

 

シンジも、この使徒を目の当たりにするのは初めてだった。

エヴァと比べても、かなりの巨体だ。

特に、その4本の脚は、ゆうにエヴァの全長を超えている。

以前、一部を目にしたことはあったが、そこからこの全体像を想像するのは至難の業だろう。

 

『シンジ』

 

ただ名前を呼ばれただけなのに、肩に重い物がのしかかるのを感じる。

頭の芯が冷えていく。

 

「…はい」

 

心を奮い立たせて、返事をする。

画面越しだというのに、ゲンドウの顔を真っ直ぐに見据えるには、かなりの意志の力を必要とした。

サングラスの向こうの瞳は、いつもと同じように冷たく、厳しかった。

 

『一定の間合いを保って、使徒を足止めしろ。やり方は任せる』

「…え?」

 

シンジは、思わずモニタの中の父の顔を見返した。

好きにやれということだろうか。

 

『どうした。使徒は依然進行中だ。早くしろ』

 

ゲンドウの表情は動かない。冷たく睥睨しているだけだ。

 

「…はい」

 

父の指揮する戦闘には、苦い記憶しかない。

第十三使徒、第十五使徒、第十六使徒…。

いずれも、否応なしに、選択の余地のない辛い命令を突き付けられるばかりだった。

 

この状況は、チャンスかもしれない。

図らずも、現状は初号機一機だけ。アスカやレイに要らぬ危険をくぐらせることもない。

 

「行きます!」

 

シンジはパレットガンを構えると、隠れていた山陰から飛び出した。

使徒の進行方向の後ろを取る。

こちらに気付いた様子はない。

躰は大きいが、その分、格好の的だ。

 

パレットガンが火を噴いた。

使徒の本体に弾着が連続する…かに見えた。

しかし、それは周囲に現れたオレンジ色の壁に阻まれる。

 

「ATフィールド!?」

 

それは、先入観によるものだったかもしれない。

前回は、パレットガンの一斉射であっけなく倒せた使徒。

その「事実」がシンジの判断力を鈍らせ、当然あるはずのATフィールドの存在を失念させた。

一瞬の油断だった。

一斉射の後、立ちすくむ初号機。

攻撃を受けた使徒は、当然、初号機を認識する。

そして、模様にしか見えなかった本体の目から、光がほとばしった。

 

「うわぁっっ」

 

ATフィールドを展開する余裕もなく、光は初号機の左手首をかすめて突き抜けた。

左腕を走った激痛に、シンジは苦悶し、初号機は右に倒れた。

それは、まさに予想だにしない攻撃。

覚えているのは、強力な溶解液を持っているということだけ。

だが、ほかに攻撃方法を持たないとは限らない。

 

何をしてるんだ。

 

相手は使徒だ。楽に倒せる相手など、ひとつもない。

 

何をしてるんだ、僕は。

 

油断をしていい相手など、ひとつもない。

 

モニタ越しに、再び光が走った。

 

「くっ!」

 

かろうじて、右へと転がり、攻撃を避ける。当たらなかったのは、ただの偶然だ。

そのまま転がり続け、なんとか「目」の死角に逃げ込む。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ…」

 

見上げた先に、別の目があった。

 

まさか。

 

考えるより早く、身体が反応していた。

前転するように、倒れ込む。

一瞬前まで初号機の頭があった場所を、光が凪いでいた。

 

この使徒は――――!

 

ボディ全体に、等間隔を置いて目がある。

あの目すべてが攻撃してくるのなら、この使徒に死角はない。

離れれば、ATフィールドがある分、パレットガンではこちらが不利になる。

なんとか、懐に潜り込まなきゃ……

 

『何をしている、シンジ』

 

 

ドクン。

 

 

その声が聞こえた途端、カッと頭に血が上った。

 

『一定の距離をおけと言ったはずだ』

 

あくまで冷徹に、声は続ける。

 

鼓動が早くなり、全身の毛穴から、どっと汗が噴き出す。

 

早くしなくちゃ。

 

なんとかしなくちゃ。

 

思考が回り出す。

 

何かがずれている。

 

何をしてるんだ、僕は。

 

 

 

何をしている、シンジ

 

 

 

「!…くそぉっ」

 

シンジは、指示とは逆に、使徒の懐に滑り込もうと初号機を走らせた。

 

『シンジ君っ!』

 

リツコさんの声がした。

 

視界を黒い影が遮った、と思った瞬間。

 

「っうわあああああっっっ!!」

 

重い衝撃に、初号機は吹き飛ばされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「初号機、シンクロ率低下!」

「腹部損傷、神経系統に異常なし」

「パイロット、脳波乱れています」

 

被害報告を聞きながら、リツコは戦闘スクリーンを凝視する。

先ほど初号機を吹っ飛ばしたのは、使徒の巨大な「脚」だ。

残る3本でバランスをとりながら、見かけからは想像できないスピードで繰り出された一撃は、シンジには壁がぶつかってきたように見えたかもしれない。

 

それにしてもシンジの動きは、らしくない。

ATフィールドがあるのに、闇雲にパレットガンを斉射。

逆に、ATフィールドも張らずに無防備に攻撃を受ける。

先ほどの動きも、無策で突っ込んでいっただけのように見えた。

 

シンクロ率は、相変わらず40%を割り込んでいる。

モニタの中のシンジは、苦しそうに呻いている。

 

ここはいったん、後退させるべきでは?

 

そんなことが脳裏を過ぎるが、無論、リツコにそんな権限はない。

ちらりと、頭上のゲンドウを仰いだ。

 

「シンジ君、落ち着きなさい。脳波が乱れているわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

こんなはずじゃない。

 

こんなはずじゃない。

 

山間の道路を転がった初号機は、なんとか体勢を立て直そうとしていた。

強くはね飛ばされたせいで、間合いを開けることができたのは不幸中の幸いだった。

しかし、パレットガンはさっきの衝撃で、どこかにいってしまった。

 

『シンジ君、落ち着きなさい。脳波が乱れているわよ』

 

落ち着く?

落ち着くって…?

 

乱れた息を整えながら、シンジは面を上げる。

先ほど打たれた脇腹が痛んだ。

 

本当は分かっている。

今日の自分はまったくダメだ。

すべてがちぐはぐで、かみ合わない。

焦っている。

…動揺している。

 

それは、使徒のせいではなく――――。

 

その時、使徒が信じられない動きを見せた。

4本の脚をたわめるようにボディを沈み込ませたかと思うと、自らの全高を軽々と超える跳躍をしてみせたのだ。

落下点には、比率からいえば巨人ともいえない紫色のエヴァンゲリオン。

 

『避けろ、シンジ君っ』

「くっ…!」

 

一転、翳った頭上を振り仰いで、シンジは顔をしかめた。

痛みのせいか、思うように身体が動かない。

押しつぶされるのだけは避けなければと、必死にATフィールドを展開する。

巨大な脚が、唸りを上げた。

 

 

 

『―――――どっせぇいっっ!!』

 

 

 

助走つきのドロップキックが、カウンター気味に正面の脚の一本を側面から蹴り上げた。

はね返すまでは至らないものの、勢いを殺されて、使徒はバランスを崩して落下した。

地響きと砂煙が上がる。

反動を利用してトンボを切り、華麗に着地を決めたのは…。

 

「アスカ…」

 

弐号機が、颯爽と戦場に立っていた。

 

「相変わらず、なっさけない顔してるわねぇ。なに、まだ調子が戻んないってわけ?」

 

アスカは、不敵に笑う。

その顔を見ていると、なんだか泣けそうになった。

 

「時間ないから、ちゃっちゃと作戦説明するわよ。

 まずは、ここはあたしが引きつけてるから、後方の補給車から武器取ってきなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『目標は強靱な脚と、威力は比べるべくもないものの、第五使徒と同様の荷電粒子砲数門を武器としています。

 これと接近戦をするのは、あまり得策とはいえません。

 かといって、現在の武装では、中長距離からの射撃も効果が薄いと思われます』

「では、どうするね」

 

モニター内のミサトに、冬月が問い返す。

 

『使徒の側面には死角がありません。

 本体下部にひときわ大きな<目>が確認できますが、懐に潜り込むのも至難の業です。

 そうなると…』

「なるほど。上から狙う、か」

『はい。とはいっても、無防備に近付けば荷電粒子砲の餌食です。

 エヴァ二機が地上から攪乱とATフィールドの中和を担当。

 しかるのち、タイミングを見計らって、残る一機で上空から強襲をかけます。

 …いかがでしょう?』

 

提案の形を取ってはいるが、彼女はすでに零号機を搭載したウイングキャリアに同乗しているらしい。

やる気マンマンだ。

 

ゲンドウは、眼鏡の位置を直した。

 

「作戦は君に一任する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ってなわけで、あたしの弐号機がディフェンス。目標の動きを攪乱してオフェンスから目を逸らす。

 あんたはバックアップでATフィールドを中和しつつ、牽制。

 最後に、上空待機してるレイの零号機がオフェンスを担当。

 異議、ないわね」

「うん」

 

ディフェンスは危ないよ、とは言わなかった。

現状を考えれば、この布陣がおそらく正しい。

それなら、全力でアスカとレイをバックアップするまでだ。

 

懐かしいと、ふと思えた。

三人で決めた三機の役割分担。

初めての、エヴァ三機による戦闘…。

 

「あんたの戦い、見せてもらうわ。がっかりさせないでよね」

「うん…!」

「ということで…ミサト、いつでもいいわよ!」

 

『オッケー』

 

モニタに、ミサトの顔が現れる。

いつも通りに。

 

『零号機の内部電源を考えると、一発勝負になるわ。

 一気にカタぁ、つけるわよ!』

「「「了解!」」」

 

ソニックグレイブを手にした弐号機が勢い良く駆け出す。

シンジもパレットガンを手に、後を追う。

 

弐号機は、使徒の目前でいきなり方向転換した。

目から放たれた光が、むなしく空を切る。

アスカは、フェイントを織り交ぜながら、脚の一本に斬りかかった。

使徒は驚いたことに、2本の脚でボディを支え、残る2本で弐号機を攻撃する。

そこへ、初号機の援護射撃。

注意が逸れると、アスカは難なく虎口を脱した。

 

弐号機の動きは流れるようで、まるで危なげない。

荷電粒子砲を見切っては、脚の死角へ、死角へと移動しながら注意を引きつける。

作戦で気を付けなければならないのは、先に見せた跳躍だ。

これをやられると、零号機が危ない。

アスカは、執拗に脚を狙って攪乱を続けた。

 

「フィールド、全開!」

「!レイ、Gehen!!」

 

アスカのソニックグレイブが、脚の一本を捉えた。

同時に、上空をウイングキャリアが通過する。

蒼い零号機が降ってきた。

 

レイの零号機は、半球体の平面に着地。

さすがにその衝撃は効いたのか、使徒は4本の脚を使って踏ん張ろうとする。

その一瞬の隙を、レイは逃さなかった。

ATフィールドの中和された使徒の本体を一斉射。

パレットガンに装填された劣化ウラン弾は、使徒の背を蜂の巣にする。

 

初号機の苦戦が嘘のように、第九使徒は沈黙した。

 

 

 

 

 

 

 

134

 

 

 

 

「…結局、シンジ君不調の原因は分からずじまいね」

 

コーヒーカップを手に、ミサトは吐息した。

とはいっても、失望しているわけではない。

エヴァ三機のコンピネーションはまずまずだった。

たとえ、シンジのシンクロ率が今のままでも、これから先、なんとかやっていけるだろうと思う。

 

「それはどうかしらね。シンジ君が好調か不調かで、全体の戦力は大きく変わってくると思うけれど」

 

同じようにカップに口をつけながら、リツコは呟いた。

彼女の見下ろすケイジでは、復帰から初戦で再び損傷を負って帰ってきた初号機の修理が、急ピッチで進められている。

少なくとも、整備員の負担は変わるだろう。

 

「なによ。じゃあ具体的にどうにかするアテがあるわけ?」

「さあ…」

 

気だるげに、リツコは前髪をかき上げた。

 

「ともかく、テストとカウンセリングはしばらく続けさせてもらうわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

135

 

 

 

 

ボスッ……。

 

自分の部屋に戻って、シンジはベッドに倒れ込んだ。

 

「………………………………………………………

 ………………………………………………………

 …………………………………………疲れた……」

 

言葉にしてみて、それが言い訳がましいことに気付く。

 

本当は分かっていた。

 

今日の自分はまったくダメだった。

すべてがちぐはぐで、かみ合わなかった。

焦っていた。

…動揺していた。

 

それは、使徒のせいではなく――――。

 

 

 

 

『何をしている、シンジ』

 

 

 

 

「―――――――!」

 

ぎゅ…と枕を掴む手に力を込める。

 

何も変わっていなかった。

 

あの時…

 

父さんに認められたいと、思った。

 

父さんに褒めてほしいと、願った。

 

これまで、ずっと父さんと顔を合わせるのを避けていたのは、自分の正体に気付かれまいとするためだと思っていた。

 

でも、実際は違った。

 

確認するのが、怖かっただけだ。

 

父さんのやろうとしていたこと。

 

それは、あの時見た、綾波の記憶の中で知っていた。

 

すべては、母さんのため―――――。

 

 

 

 

 

 

なぜなんだろう。

 

 

 

 

 

なぜ、父さんは僕を………。

 

 

 

 

 

ついに、聞くことのできなかった言葉。

 

もう二度と、聞くことのかなわない言葉を。

 

聞くのが、怖かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうして……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……そして、シンジは眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

獣のような声だった。

 

本能のままに、欲望を貪るだけの。

 

 

 

男と女が、絡み合っていた。

 

肉と肉をぶつけ合う湿った音が、卑猥に響く。

 

 

 

男はただ、抽挿を繰り返すことにのみ執心だった。

 

白い手袋をした手が、女の肩を荒々しく鷲づかみにしている。

 

背後から突かれながら、女は悦び、嬌声を上げ続けた。

 

金に染められた髪が、幾筋も汗で首筋に張り付いている。

 

女は、聞こえよがしに男の名を呼んだ。

 

男は答えない。

 

しかし、女は呼び続ける。

 

やがて、男は上り詰める。

 

身体を小刻みに震わせて、押し殺した呻きを漏らす。

 

女は昂揚に酔いしれながら、つと、こちらを見た。

 

その目は、確かにこちらを捉えていた。

 

誇るように、嘲るように、そのまなじりが下がる。

 

そして、女は満足げに男を抱き締めた。

 

 

 

 

 

 

 

その全てを、感情のない、紅い瞳が見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

(つづく)

 

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