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どこまでも、青い空だった。
夏草のにおいと、風の音。
寝ころんだ頭の下の感触は、少しひんやりと、柔らかい。
遠くの…遠くの…遠くを、大きく厚い雲がゆっくりと流れている。
風がなびいて、視界のすみに、栗色の陰影を映した。
頭を少しだけ傾けると、そこには、つい数十秒前と同じ格好で、彼女が寝ころんでいる。
そうすると、空の色などすっかり忘れて、目を閉じたその横顔に見入ってしまう。
緩く閉じたまぶた。
なにか得意げな鼻筋。
栗色の髪に埋もれた耳は、やっぱり少し小さい。
軽く結ばれた唇の上辺だけが、深い呼吸に合わせて、小さく動く。
こうしていると、まるでお姫様みたいだな…。
視線を感じたのか、彼女は目を開けた。
わずか0.1秒で、まるで命を吹き込まれたかのように、「お姫様」から「アスカ」に戻る。
形の良い眉が、鋭角をつくる。
「なに見てんのよ」
「ご、ごめん」
条件反射のように、つい口をついて出る言葉。
いつでも、アスカはアスカでしかない。
鼻息で、小さな不機嫌さを演奏すると、彼女のまぶたが半分、下りる。
「バーカ」
こういう時には、決まってなぜだか羞恥心がこみ上げて、頬に熱を感じる。
思わず、頭をかこうとして、つながれた手が、寝転んだときのままなのを思い出す。
視線を胸元から、腰の辺りに移動させる。
アスカの手、自分の手。
重なっている。
無意識に緩みかける頬に、視界を遮るように、割り込んでくるアスカの顔。
上目遣いの顔がこわい。
でも、それは可愛いこわさだ。
「なによ」
かすかに語尾が震えている。
きまりが悪いときの、アスカの癖。
「ううん、なんでもない」
呟くと、シンジは頭の位置を戻して、目を細めた。
絡んだ指が、ほんの少しだけ握り返される。
どこまでも、青い空だった。
(おわり)
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(updete 2003/02/25)