るろうに剣心

- 新章 -

作・みゃあ

 

第一幕 第二幕


第一幕

 

 

 ▲

薫には、自分に貞節という観念があるものか分からない。

 

それも当然で、今の今まで、齢十八歳にして生娘であったのだ。

むろん彼女とて、男女の営みについての知識は十二分にあった。

薫は男勝りではあったものの、「剣術小町」と呼ばれるほどの明眸皓歯の女子であり、当時は未だ夜這いの風習が残っていたこともあり、門下生をはじめ、求愛を受けたことは幾度もある。

しかし、その返答は、竹刀か手刀と決まっていた。

色気づく年頃には、とうに達しているわけであるから、人並みの情欲はあったにせよ、それらはすべて活人剣に対する熱意に向けられていたといえる。

薫が自身、「女」であることを意識し始めたのは、間違いなく緋村剣心と出会ったためである。

料理や裁縫の出来を気遣ったり、ちょっとした仕草のひとつを気にするようになったり、また俄(にわ)かに恋敵となった恵に対抗意識を燃やしたりしたのも、ひとえに剣心への恋慕による。

横で弥彦が鼾(いびき)を上げる中、俄かに火照った身体に触れてみたりしたことも、その頃に生じた変化であった。

ようするに今までは、胸に情火の燃えるような男性にめぐり合っていなかったのだ。

 

先ごろ、身内だけのささやかな祝言を挙げ、弥彦は、左之助のいない破落戸(ごろつき)長屋へと移って行った。

その夜は当然、初夜であったわけだが、痛みに耐える薫がいたたまれなくなった剣心は、無理に押し進めるようなことをしなかった。

以来十日、互いに何やら気恥ずかしくて、そのことには触れずに来た。

一方、薫の想いは日ごとに募った。

様々な障害がなくなった反動かもしれない。

 

どうにも、いとしくて愛しくて仕方ない。

以前は、自分が前を歩き、その後ろを剣心が従者さながらについて歩いたものだが、今ではどこへ行くにも、剣心の横に引っ付くように歩くようになった。

何をするにも、剣心と一緒にいたい。

(たま)に剣心だけが出掛けて、ひとり、神谷道場で待っている時、泣きたくなるほど切なくなってくることがある。

そのまま裸足で駆け出して、逢いに行きたくなる。剣心の顔を見て、その腕にしがみつきたくなる。

自分は、独占欲が他人よりも強いのだろうか。

そう思ったりもするが、こればかりはどうしようもない。

恵がいたら、「甘えん坊」と冷やかされるかもしれない。そんな時、薫はひとり、顔を小さく赤らめるのだった。

 

戦いを終えた剣心は、気の向くまま、穏やかな毎日を過ごした。

時には洗濯をし、時には薪を割り、時には書物に向かい…。

その傍で、薫はぼんやりと時を過ごした。

それで十分だった。それだけで、胸の渇きが満たされた。 

 

夜になるとふたりは縁側に寄り添い、薫は剣心の肩に頭を預けたまま、虫の音を聞いていた。

そしていつしか、自然とふたりの唇は重なって行った。互いの掌をしっかりと握ったまま。

 

剣心の唇は温かく、そして優しかった。

薫の唇は甘く、そして柔らかだった。

 

剣心は薫の頭を抱いて口付け、薫の下唇を上下の唇で挟みこむように啄(つい)ばんだ。

薫は剣心の唇に応えながら、愛しい人の顔を幾度も撫でた。

薫の指が、剣心の十字傷に触れる。

 

「…気に、なるでござるか…?」

 

息がかかるくらい近くに、剣心の瞳が輝いている。

薫は目を閉じ、小さく頭(かぶり)を振った。

 

「ううん…」

 

自分から口付けながら、薫の細い指が、労(いたわ)るように傷をなぞった。

優しく…やさしく。

 

剣心の女性のようにたおやかな指が、解(ほど)かれた薫の艶やかな髪を撫でた。

おずおずと、まるで壊れ物をさわるように、優しく。

薫は幸せだった。

 

初夜から十日目の夜、薫ははじめて剣心の所作に柔らかく応じ、涙とともに深い愉悦の思いに声を上げた。

 

 

 

 

少女はしばらく、意識を飛ばしていたようだ。

 

「薫殿…薫殿…」

 

薫の処女を散らした良人(おっと)は、人斬りという彼の本質からは到底、想像できぬ狼狽振りをみせながら、暫し気を失ってしまった彼の細君(さいくん)を、おろおろと気遣っている。

その様子を薄目のむこうに見た薫は、思わず吹き出してしまった。

 

「ぷっ…!」 

「薫殿…大丈夫でござるか」

 

笑顔を見せた若妻の様子にほっとしたように、剣心は相好を崩しかけた。

 

「うん…平気」

 

ようやく、剣心の身体の下にいることを思い出した薫は、その背中に両腕を回した。

まだ、半身がジンジンと痺れていて、まるで自分のものではないような感じだ。

剣心はまだ、薫の中にいた。

火照りの余韻に浸りながら、薫はぼんやりと剣心の顔を見つめた。

 

破瓜(はか)の瞬間は、痛みと快楽の混濁した意識の中で、あっという間に過ぎてしまい、何がなんだかわからなかった。

その後、剣心にしがみついて、声を上げていた自分を思い出し、薫は赤面した。

剣心の顔が真っ直ぐに見れない。少し目を逸らせば、今度は剣心の身体が目に入り、これまた真っ直ぐに見れない。

 

「すまんでござるよ…」

 

そんな薫の心の動きは知らぬが花。剣心は、ばつが悪そうに頭を掻いた。

 

「拙者…どうも房事には長けておらず…」

 

しどろもどろになる剣心を見て、薫はまた笑った。

可笑しくてしようがなかった。愛しくてたまらなかった。

 

「その…痛かったでござるか」

 

言わずもがなのことを聞く。

房事においては未熟ともいえる剣心の言葉が、薫を落ちつかせた。

 

「すっごく痛かった」

 

軽口を叩く余裕すら生まれた。

剣心は、ひたすら恐縮した少年のように頭を下げた。

 

「ごめんでござる…」

「だから…せ、責任取ってね。今度は…痛くないように…して」

 

言ってしまってから、かあっと頬が熱くなるのを隠すように、薫は剣心の頭を引き寄せ、唇を求めた。

 

「了解でござる。もう一度、はじめから…」

 

剣心はほんの少しおどけてみせて、ふたりは顔を見合わせて笑った。

 

 

やがてふたりは、互いを求めるように唇を吸い、舌を絡め出した。

 

 

 

第二幕

 

▼ 

 

舌を絡めるのは、甘美な行為だった。

はじめは羞恥の方が勝っていた薫も、次第に剣心の口腔内へと舌を送り、絡めるようになった。

 

「んっ…ん……んぅ」

 

耳元で、自分の荒くなる呼吸が聞こえる。

薫は自然と頬が熱くなるのを感じた。

その火照った頬を、剣心の手が包み込む。

ひんやりとして心地よかった。

ふたりの距離を、より近くすることを願うように、互いの顔を両手で引き寄せながら、唇を吸った。舌を絡め合った。強く口付けた。

剣心の舌が、口蓋をくすぐった。

未経験の感覚が、ぞくぞくと薫の背筋を慄わせた。

背の一点から発したそれは、或いは背を這い登り、天頂へと抜け、或いは背を這い降り、爪先を痺れさせた。

指先が、ぴりぴりと電流が流れるように張り詰め、ひくひくと全身が戦慄(わなな)いた。

 

「…っはぁ…」

 

びくんと腰が跳ね、思わず唇を離して、薫は喉を仰け反らせた。

剣心は、わずかな逡巡の後、その喉元に口付けた。

 

「…ぁぁ…」

 

肺の中を空にするような、深い呼気が、頭を仰け反らせた薫の口から漏れた。

体内から溢れ出そうとする未知の快楽を畏れたように、薫は無意識に剣心に手を差し伸べた。

剣心の指が、それを絡め取る。

剣心の唇は、そのまま下へと下った。

 

「剣心…はずかしい……っ」

 

言って薫は、頬を染めながら、きゅっと目を瞑った。

剣心は唇を一旦離すと、優しい笑みを浮かべて閉じられた瞼の上から、鳥が啄ばむような口付けをした。

 

「………」

 

瞼を通して、剣心の温かさが沁みてくる。

薫の強張っていた身体から力が抜けた。

剣心は、長くしっとりとした睫毛に続けて口付けた。

そして頬へ、額へ、耳へ、髪へと、幾度も幾度も唇を押し付けた。

 

「剣心…剣心……あたしの剣心…」

 

薫は無意識のうちにくり返していた。

閉じた両目の端から、熱いものが零れ落ちる。

剣心は、その雫も慰めるように吸った。

 

薫は、濡れた瞳を開いた。

すぐそばに、優しい剣心の瞳があった。

剣心が笑った。

薫も涙の雫を瞳に溜めたまま、笑った。そして、軽く接吻した。

 

「今度は…私もする」

 

剣心は、「おろ」という顔をした。

薫はくすっと笑った。

 

「いいでしょ」

「…どうぞでごさる」

 

観念したように、剣心は目を閉じた。

薫は、良人の腕の中からするりと抜け出すと、身体の位置を入れ替えた。

刹那、ひんやりとした夜の空気を感じた。自分が一糸纏わぬ姿なのを思い出し、慌てて側にあった白い夜着で身体を覆う。

 

「…どうかしたでござるか?」

「み、見ちゃダメっ」

「…?…?(ー_ー;)」

 

剣心は疑問符を眉間に浮かべたまま、それでも素直に目を閉じた。

薫は慌てて夜着を背(せな)に引っ掛けて剣心の胸の上に戻ったが、まるく可愛らしい尻がのぞいていた。

乙女心の微妙な機微というやつであった。

 

気を取り直して、薫は剣心の頬に、おそるおそる口付けた。

さっと唇を離すと、窺うように剣心を見る。

剣心はおとなしく、されるがままになっている。

薫は、なんとなく嬉しくなると、続けて剣心の顔に接吻の雨を降らせた。

 

「あの…薫殿。…くすぐったいでござる」

 

剣心が不満を漏らした。

 

「私だって、くすぐったかったもん」

「………」

 

剣心は沈黙した。

 

やがて、薫の唇は剣心の十字傷に行き当たる。

薫は、縁側でそうしたように、指でその痕を撫でてから、小さく舌を出して、慰めるように傷を嘗めだした。

 

「………」

 

まるで、子猫が毛繕いをするように、薫は剣心の顔を舐めた。

剣心は、時折、くすぐったそうに首をすくめるが、何も言わなかった。

薫は、剣心の上に乗るような格好で顔を舐めながら、空いた両手で、意外なほど厚い良人の胸板を撫でた。

指先に、沢山の傷痕が触れた。

薫は、そのひとつ一つを労るように、掌を滑らせた。

 

不意に、剣心の手が薫の胸元へ滑った。

やがて、わずかに張り詰めた柔らかい乳房に到達する。

薫が、あっ、と声を上げた。

 

「いやでござるか…?」

 

意地悪な質問だと、薫は思った。

いやなはずがない。

だけど、それを言うのは恥ずかしかった。

しかし、剣心が他意があって言ったわけではないことは、はじめから分かっている。

良くも悪くも、剣心はこういうところで鈍いのだ。

だから薫は、無言のまま、剣心の顔を舐め続けた。

 

 

 

(つづく)

あとがき対談?

「いっ…きゃあああっ、な、なんで、なんで…こんな」
「薫殿、薫殿。落ちつくでござるよ」
「けっけけけ剣心!」
「言いたいことは分かるでござるが、作者の方に言ってほしいでござるな(^-^;」
「だっ、だってだってだってぇ…」
「おー、よしよし(^-^;」
「えぐえぐ…(T_T)」

 

 


(update 99/10/10)