クロスロード

第一話 動かない時計

作者/ネイビーさん

 

 

 

「おーい!碇ー」

 

キャンパスを横断する通称「渡り道路」を歩いていた時、それほど遠くない後方から呼ばれた。

見ると、同じ法学部の長門マモルが小走りにやってくる。

 

「碇って、たしか、相田ケンスケ知ってるっていってたよな。」

 

「うん、知ってるって言うより友達かな?」

 

「何?それほど親しかったとは! なぁ、今度是非、相田ケンスケに…いや相田ケンスケ監督に会わせてくれ!」

 

ちなみに彼は“映画同好会”の副会長でもある。

彼の言う相田ケンスケとは、紛れもなく中学時代の級友、相田ケンスケのことである。

ケンスケは新東京を離れた後、とある著名な映画監督の下で働くことになったのだが、

その監督とカメラワークについて大論争を交わした末、

 

『だから、あんたの画はパッとしないんだよ!』

 

と、捨て台詞を吐いてその監督の下を去ったという。

その後、ケンスケは少ない仲間だけでこだわりの映画を造り、その映画が3ヶ月前にわずかな映画館で上映されたが、

その映画が、映画好きの間で話題になってるとかなってないとか。

 

「あってどうするの? 別に普通のカメラマニアだよ?」

 

「バカ。あの描写力は天才的なものを感じさせる。これまで数多くの映画を観てきた俺が言うのだから

 間違いない!彼は間違いなく歴史に残る監督になるだろう!」

 

「そうなんだ。うーん…ケンスケとは連絡取り合ってないからなぁ、

 電話番号が替わってなければ話はできるはずだけど…」

 

「即、電話すべし!」

 

「わかったよ… えーと…」

 

 Trrrrrrr    Trrrrrrr   Trrrrrrr   Trrrrrrr

 

「つながった、けど出ないみた…

 

ププッ

 

『はい、…碇?』

 

どうやら向こうも携帯に番号を残してくれていたみたいだ。

 

「ケンスケ?」

 

『おお!やっぱり碇か!久しぶりだなぁ、何年ぶりだ?』

 

「ごめん、連絡しなくて」

 

『まったく、心配してたんだぜ?でもイキナリなんだ?』

 

「あの、僕の友達でケンスケと映画の話がしたいっていう人がいるんだけど。」

 

『別にかまわないぜ、そうだなぁ、俺も久しぶりに碇と話がしたくなったから、

 明日にでも新東京に行くとするか。たしか…東京総合大学だったよな?』

 

「うん、じゃあ…明日着いたら連絡してよ。」

 

『オーケー、積もる話はそのときにでも…』

 

「そうだね!じゃ、明日」

 

『ああ、明日。』

 

ププッ プー プー

 

「明日大学に来るって。」

 

「マジかぁ!やったぁ!何話そう。まず、カメラワークについてだろ、それから・・・

 

なにやら長門は一人でぶつぶつ言いながら明日の予行演習をしてるようだ。

めったに使わないであろうデス・マス調が頻繁にかれの口からほとばしっている。

 

「おい、甲斐もなんか聞くこと考えとけよ。」

 

「私は別に、聞きたいことないんですけど…」

 

先ほどから僕の隣で事の成り行きを静観していた甲斐シズカが急に振られて戸惑っていた。

 

「でも、そおねぇ、せっかくだからシンジの中学時代でも聞こうかな?」

 

その言葉に、長門の目がキラリと光った。

 

「おっ、やっぱり彼女としては彼氏の女遍歴が気になるか。」

 

「「なっ!?」」

 

「違うわよ!わ、私はただ、その、そう、相田さんに映画のことばかり聞くのは失礼かと思って…」

 

「そ、そ、そうだよ!そのほうがいいよ!」

 

明らかにしどろもどろの二人。

そんな二人を横目で見ながら、

 

「ハイ、ハイ、わかったわかった。」

 

と、言う長門に、甲斐が、

 

「ちっともわかってない顔ですけど。」

 

と、言うツッコミ。いつもと変わらない風景。

僕は、そんな風景の中にいる甲斐シズカを見ていた。

黒いちょっと長めのショートカット、女性と少女の中間にいるような顔立ち、均整のとれたプロポーション。

そんな彼女のことが、僕は…好きだ。

多分、彼女も僕のことが好きだろう。

でも、二人ともいまいち前進できていないでいる。その原因は僕にあるのか、それとも彼女にあるのかわからないが。

そんな二人を、周りはやきもきしながら見てるらしい。

 

「どうしたの?シンジ、帰るよ?」

 

「あ、ごめん、ボーッとしてた。」

 

「まったく、ほんとにこんな奴が相田監督の友達なんだろうか。」

 

「ヒドイよそれ」

 

「ホントのことじゃない」

 

「あー、甲斐まで!なんだよ二人とも」

 

「ハハハハ…やべっ!バスに乗り遅れるから急ぐわ。じゃっまた!」

 

「「じゃっまた!」」

 

この『じゃっまた!』は、僕たちの別れ際の挨拶となっていた、誰がはじめたかはわからないけど、

「また明日」「また次の休憩時間に」「また来週」を全部ひっくるめて『じゃっまた!』だった。

ありふれてたけど、みんな気に入ってるようだった。

 

「もう、7時回ってるよ。時間たつの早いな。」

 

ぼくが腕時計を見ながら言うと、彼女も

 

「早いわねー、あー、洗濯物取り込んでなかった。」

 

と、腕時計をみながら言った。

 

「シンジ、私こっちだから。じゃっまた!」

 

「じゃっまた!」

 

いつもと変わらない一日が終わった。

 

 

 

 

 翌日

 

 

 

「おーい、ケンスケ、こっち」

 

4時を少し回ったころケンスケから連絡が入り、ちょうど空き時間だったことから

渡り道路の脇にある憩いの場(ベンチなどがあり、みんなそう呼んでいる)で待ち合わせをしていた。

 

「わりぃわりぃ、待った?」

 

「ちょうど僕たちも来たところ」

 

「しかし、碇。背ぇかなりのびてない?体つきもなにやら…」

 

実際、僕はケンスケと分かれたころよりかなり背が伸びた。

もう少しがんばれば180cmというところにある。それに伴い筋肉もついてきた。

 

「また、メガネに戻したんだ。」

 

ケンスケは、一番最後にあったときはコンタクトだったのだが、今はちょっと角張ったメガネをかけてる。

 

「理性的に見えるだろ?」

 

「…そうかも知れないね。ハハッ…」

 

「ところで、俺と話したいという奇特な人は…」

 

そうケンスケが言うが早いか、長門マモルが一歩前に出て、

 

「私が、映画同好会副会長、長門マモルです。“ある村の心”見させていただきました。

 あれは間違いなく歴史に残る作品となるでしょう。」

 

「あ、ああ、ありがとう。はははっ、なんか照れるな。」

 

マモルに気おされ気味のケンスケだったが、自身もそう思っていたのか、本当にうれしそうにしていた。

 

「で、主人公が昔の友人と対峙するシーンなんですが…」

 

「ちょっと、マモル!ひとりで話すなよ。」

 

僕の隣でいささか緊張気味であった生駒ダイスケが、自分も輪にいれてくれと言わんばかりに割って入ると、

ケンスケは二人の目から発するオーラにたじろいで、僕に助けを求めるように横目で見た。

 

「あぁ、紹介が遅れたけど、こっちが生駒ダイスケ。少し映画に興味があるみたい」

 

「少しじゃないわ!だいぶ興味がある!」

 

「はは、ごめん。で、こっちが、甲斐シズカ。本当はもう一人信濃ミカってのがいて、いつもの5人なんだけど…

 

と、ダイスケを見ると、

 

「ああ、講義とか言ってたな。講義くらいサボってなんぼっつうのに。」

 

なぜ、僕は生駒に聞いたかと言うと、この二人付き合っているのだ。

しかし、このカップルは知らない人が見たらおかしな組み合わせだと思うだろう。

信濃は、いまどきの学生にしては珍しく講義もすべて出席。去年はあとひとつで、オール“優”

それに対し生駒は、講義はサボりまくり、4年で卒業できるかも疑わしい。

まわりはよく「ナゼ?」と聞いてくるらしいが、本人たちは意に介せずいたってマイペース。

 

「で、主人公が昔の友人と対峙するシーンなんですが…」

 

マモルが先ほどと同じ質門をケンスケにぶつけている。

その後、約2時間にわたってケンスケ、マモル、ダイスケの映画談義は盛り上がっていたが、

映画を観るのは好きだがそれほど入れ込むほどではない僕と甲斐、あとからきた信濃は相槌を打ちながら、

どちらかというとそんな3人を観賞していた。

 

 

 

僕とケンスケは4人と別れたあと、大学近くの、喫茶店、レストラン、バーを混ぜたような

パブロという店にきていた。ちなみにここは東総大生のご用達の店でもある。

 

「ケンスケ、今日はありがとう。」

 

「いやいや、おれも結構楽しかったよ。彼らと映画を作っても面白いかもな。」

 

マモルとダイスケの二人は別れ際にケンスケから、

 

『よかったら俺の所で一緒に映画を作らないか?』

 

と言われて狂喜乱舞していた。

ケンスケがどこまで本気かわからなかったが。

 

「惣流はどうしてる?」

 

「…会ってないんだ、…1年半位前から…」

 

「…そうか、アイツに映画の出演でも頼もうと思ったけど。」

 

ケンスケは僕とアスカになにがあったかわかるのだろうか?

 

「ところで、碇。あれからトウジと会ったか?」

 

「…いや、まだ会ってないよ。」

 

「俺、この間会ったぜ。アイツ今、大阪にいるよ。洞木と二人で。」

 

「…そうなんだ…」

 

「碇、もしかしてまだ気にしてんのか?」

 

「……」

 

「トウジが言ってたぜ『シンジのことやからまだワイの足のこと気にしてるんちゃうやろか?

 ワイはそっちのことが気になって夜もよう眠れんわ。』ってな。」

 

「…話したかったことってそのこと?」

 

「ああ、いらんお世話かと思ったけど、話とこうと思って。」

 

「ううん。ありがとう…わざわざ…。」

 

「まっ、そういう事だから気にスンなよ。気にしてたらかえってトウジが怒るぜ。」

 

「でも、やっぱり、会いに行ってしっかり謝らなきゃ。」

 

「まぁ、謝らなくても一度はあって話ぐらいしたほうがいいかもな。一応、連絡先教えとくか。えーと、これだ。」

 

「そうだね、えー、大阪市…

 

ピロロロロロロ   ピロロロロロロロ   ピロロロロロロ…

ケンスケの携帯だ。

 

「はい、えっ?…今?新東京だけど……いまから?何でまた急に……わかった。これから向かうよ」

 

ピッ

 

「どうしたの?仕事?」

 

「ああ、なんか取材だって。わりぃな、バタバタしてて。」

 

「しょうがないよ。」

 

「残念だなぁ、今日は朝まで飲もうと思ってたのに。えーと…7時だから…あと30分しかないか」

 

と僕も自分の時計を見るが、

 

「えっ?まだ6時ちょっと回ったとこでしょ?」

 

しかし、店の時計は7時を指していた。

 

「止まってるな。」

 

ケンスケが言った。

 

「止まってるね…。よく止まるんだ、この時計。」

 

「じゃあ、俺はそろそろ行くとするよ。なんかあったら電話くれ。」

 

「うん、じゃっまた。」

 

ケンスケは少し急いだ風で、タクシーに乗ると帰って行った。

 

「…アスカ、1年半か…」

 

僕はそう独り言をつぶやくと、そろそろ帰るか、と時計を見た。

 

「そっか…止まってたんだ、時計…」

 

 

 


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(updete 2001/11/10)