|
「シンジ、こっちじゃないの?」
僕と甲斐シズカの二人は大阪市に来ていた。
目的はもちろんトウジに会うためだ。
なぜ、甲斐も一緒かと言うと、いつもの仲間に大阪土産を聞いたら、一緒に行きたいと甲斐が言ってきたからだ。
僕は、なぜか、そのほうがうれしいと感じた。
先日、ケンスケから教わったトウジと委員長の連絡先に電話をしたら、
『おお!シンジか!会いたかったで!、何、こっちに来る?おお!歓迎や!待っとるで!』
とのこと。
しかし、僕は正直言って不安だ。
トウジは、『気にしとらん』とは言ってくれてたらしいけど、まったく気にしていないはずはない。
トウジの顔を見たら僕はどんな顔になるんだろう。
今回、甲斐をつれてきたのはもしかしたら、トウジの顔を見たとたん逃げ出す自分が容易に想像できてしまい、
そんな時、引き止めてくれる存在が必要だったからかも知れない。
「ここじゃないの?メゾン山城でしょ?」
「うん、ここだ…」
なぜか、『来てしまった』という言葉が脳裏に浮かんでは消えていった。
たぶん、ここに来るまでいつもより無口な僕に甲斐は疑問を抱いていただろう。
いつもの明るい笑顔を僕にくれた。
「えーと…104号室は…ここだ。」
『逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ…』と、心の中でいつものコトバを繰り返し、意を決してインターフォンを押す。
「ピン、ポーン」
『ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、…』
返事があるまでが長い時間のように思われた、その時。
「はい、どなた?」
「い、碇だけど。」
久しぶりに聞く聞きなれたはずの委員長の声に、緊張しながら答える。
「碇君!待ってたわ!今開けるから。」
ガチャ
「待ってたわ、あら?そちらは?」
「ああ。こっちは同じ大学の甲斐シズカ。来たいって言うから…」
「甲斐シズカです。よろしく。」
「はじめまして、私、鈴原ヒカリ、よろしくね。」
久しぶりに会った委員長は苗字が変わっていた。まぁ、一緒に住んでるということから、ある程度は予想はしていたが、ちょっと驚き。
それと、外見も結構変わっていた。以前は“少女”という風貌が当てはまっていたが、今では“女性”というほうがしっくりくる雰囲気だ。
「ささ、あがって」
「おじゃまします…」
委員長の性格からか、玄関の靴は整然と並べられており、きちんと掃除も行き届いているようだ。
「おう、シンジ!元気しとったか!」
靴を脱いで並べようとしていた時、不意をつくように声が飛んできたが、その声の主はすぐにわかるものだった。
「なんや、べっぴんさんもつれて来よるとは、やるのう」
「トウジ…」
僕はその言葉を出すのが精一杯だった。
そして、目は自然とトウジの足へと向かっていった。
二本の足はしっかり体を支えている。しかし、そのうち一本はジャージに隠れて見えないが、義足であることはわかっていた。
「なんや、久しぶりの再開やゆうのにシケた顔すんなや。」
トウジは、僕の顔が自分の足を見たときに一瞬暗くなったのを見ると、それを祓うかのように笑顔で僕にそういってきた。
僕は、その笑顔にどういう言葉を返せばいいのかわからず、ただ、同じように笑顔をトウジに向けることしかできなかったが、
トウジはそんな僕を見ると、ただ、笑顔で小さく「ウン」とうなずいた。
その、一瞬のやり取りが僕とトウジの長い間の隔たりを埋めたような気がしたのは、気のせいだろうか。
トウジもそう感じてくれてたらいいのだが。
そんな二人のやり取りを見守るようにしていた委員長だが、僕の隣にいる甲斐が戸惑っている様子であることを感じると、
とりあえずこの雰囲気を変えようと思ったのか、
「碇君、こんなに早く来るとは思ってなかったから、昼食の準備がまだできてないの。どうしようか、外で食べてこようか?」
その言葉に、何ともいえない雰囲気からハッと我に帰った僕とトウジは、また軽く笑顔を交わし会うと、まず、トウジが口を開いた。
「かー! せっかく遠路はるばる来てもらったっちゅうのに、外食はないやろ。家のもんを食わすっちゅうのがもてなしや。」
いつものトウジに戻ると、これまたトウジらしい考えを委員長に言う。
「でも、待たせるのも失礼でしょ。」
トウジも委員長も僕たちをどうもてなすか考えてくれたみたいで、僕としてはそのどちらもありがたいものだったが、
そういえば、委員長の手料理はおいしいものだったと思い出し、
「じゃあ、せっかくだから待たせてもらうことにするよ。」
と、委員長の料理をいただくことにした。
おそらく、委員長も僕がそう答えると予想していたのだろう。
「そう、悪いわね、じゃあ、まっててくれる。」
と、本当にうれしそうな顔をしながらそう答えながらエプロンを着始めた。と同時に、
「あ、私も手伝います。」
今まで黙ってた甲斐が急に名乗り出た。
僕は、急な甲斐の発言に驚いた。どうやらトウジも同様だったらしいのだが、
「あー、それはうれしいんやが、あんさんはお客さんや。そないなことは家のヨメにやらして
ゆっくりくつろいどいてください。」
と言う。
しかし、委員長は違った。
なにやら、「なるほど!」という顔をすると、
「わかったわ、じゃあお願いしようかしら。」
と、甲斐を台所まで招き入れた。
僕とトウジはお互い、長い時間はなれていたがそこは親友同士、顔を見合わせて
「女の考えてることはわからん」
と言う風な顔をして見せた。
そのあと、二人とも、
「この、あまった時間どうする?」
という顔をしあった。スポーツの世界ではアイコンタクトと言うそうな。
「そやな、ちょっくら外にでも出よか。積もる話もあるさかいに。」
僕とトウジは近くの公園のベンチの腰を下ろしていた。
トウジは歩く時ビッコをひいてはいたものの、それはおそらく生活には支障のない程度のものであるだろうと思われた。
トウジも、
「ネルフの科学力で造られた足や、ようできとるで。」
とか、言っていた。
ベンチに腰掛けた後、僕はしばらく話せなかった。
先に言葉を発したのはトウジだった。
「なぁシンジ、もしかしてここに来たは、ワシに詫びるためとちゃうか?」
一瞬僕の体がビクリとしたのをトウジは見逃さなかったようだ。
「そのようやな…」
「…本当にごめん、トウジ。今まで何度わびようと思ったか。
でも、何度わびても僕は…」
そこまで言った時トウジが僕の言葉をさえぎる様に言ってきた。
「ケンスケから聞かんかったんかい、ワイはその事が気になっとるっちゅうことを。」
「でも…」
「デモもクソもあるかい。
あの後ミサトさんに聞かされた話やとアレは一種の事故みたいなものらしいやないか。
それに、もともとエヴァに乗ろうと決めたのは妹のミハルのためや。
ネルフだったら治せるゆうことを聞いて決めたんや。今では元気に学校いっとる。
そして、もしあの時止められんかったら、綾波、惣流もどうなってたかわからん。
もしかしたらこうして話することもできへんようになってたかもしれん。
へたすりゃ、今いる公園も存在したかどうかもわからんやろ。
ワイはエヴァに乗ることになってから死は覚悟してた。
それが片足だけですんだんや。命と足どっちとるか言うたら決まってるやろ。
そのせいで後々エヴァに乗れなくなってもうたが、正直ホッとした。
それがホントのところや。」
おそらく、これは偽りのないトウジの言葉だろう。
しかし、その言葉を聞いても僕の心の中では後悔という霧が完全に晴れないでいた。
そして、なぜか出会ったときのことを思い出していた。
「…トウジ、僕を殴ってよ。」
「は!?」
今まで、まじめな顔をして話していたトウジだが、僕のいきなりの言葉に
思わず間の抜けた返事を返してきた。
「…すまんが、シンジ。ワイはそおいう趣味は…」
「ちがうよ!そういう意味じゃなくて。
さっき、トウジが言ってたことを聞いて僕は安心した。
だけど、僕のなかでは、僕自身の問題としてはまだ解決してないと思うんだ。
うまくは言えないけど、そういう気がするんだ。
だから…僕のためだと思って。」
トウジは頭をポリポリと掻きながら、
「なんや、わけわからんのぅ。
しかし、それがシンジのためになるんやったら…
わかった。」
「ありがとう」
僕は、これでトウジに謝ったことになるかどうかわからなかったけど、
いろいろ僕が言葉を並べるよりはトウジもわかってくれるだろうと思った。
「いくで」
ドカッッ!!
「………」
「………」
「なんか出会ったころみたいだね。」
「そないなこともあったなぁ」
二人の顔には自然と笑みがでてきていた。
「そろそろ帰るとするか。メシもできとるころやろうし」
「そうしようか」
僕たちは帰路に着きながらこれまでのことを話し合っていた。
ケンスケのこと。ミサトさんのこと。委員長との結婚のこと。
そして話は自然とアスカのことに。
「そういえば、惣流はどないしたんや。
ワイはてっきり二人で来るもんとばっかりおもっとったで。
それが来てないっちゅうことはもしかして…」
「…ウン…アスカとは1年半くらい前に別れたよ…」
「かー!やっぱりケンスケの言ってたことはほんとやったんか!
まぁ、首突っ込むヤボな事はせぇへんが…」
(ん?この間あったときはケンスケは知らないようなそぶりをしてたはずだけど
まさか知ってたのかな?)
「ケンスケは僕たちが付き合ってたことは知ってたの?」
「なんか、この間惣流と会ったみたいなこと言ってたで。」
なぜ、ケンスケは知らないふりをしていたのだろう。僕をなるべく傷つけないためだったのだろうか?
まぁ、今度あった時にでも聞くことにしよう。
「しかし、ヒカリの話では二人は今にも結婚しそうな勢いだったといっとったが、
そういうこともあるんやのぅ。」
「…うん、でも友達であることには変わりないよ。
アスカも別れる時『友、そう呼べるもの同士であり続けたい』と言ってたし。」
「さよか。で、あの甲斐とか言う娘とはどないなっとんのや?」
まさか、僕はそう来るとは思ってなかったので、思わず声が裏返ってしまった。
「エ!?べ、べつにドナイといわれても…」
「わーっとる。で、結納はいつするんや。あれは結構たいへんやで。」
「結納って…」
そうこうしているうちに僕達は鈴原邸に到着していた。
玄関に近づくにつれておいしそうな匂いが鼻腔をくすぐる。
トウジに至ってはすでにパブロフの犬状態で臨戦態勢に入っていた。
そして、玄関を開けるなり
「いただきまーす!」
と、帰宅の挨拶もそこそこに…というか、省略して、
いきなりテーブルのうえのものにがっつき始めた。
甲斐はその様子に目を丸め、驚愕の表情を顔に出していたが、
委員長は淡々とトウジが差し出すコップにミネラルウォーターを注いでいた。
さも、日常的な風景であるかのように。
僕も、甲斐と同じように驚いたが、中学の頃のトウジを思い浮かべると
それもアリかなと思えてきた。
ただ、その頃とは比べ物にならないが。
僕もいいかげんお腹がすいていたので、食べることにした。
「じゃ、いただきます。」
料理はどれもおいしいものだが、特にこのチキンの南蛮揚げはかなりのものだった。
この頃は、揚げ物をするときはすでに揚げ粉に予め味が調合されていたが、またそれとは違った味が…
僕が箸を止めて味を吟味していると委員長が目ざとく見つけ、
「あっ、さすが碇君。わかる?」
と聞いてきた。
「ウン、この味は…」
「フフフ、味つきの揚げ粉は邪道よ。やっぱり自分で味はつけないと料理とはいえないわ。
タレに加えるにんにくを漬け込んだ醤油がポイントよ。」
なるほどと思いながら「おいしい」を連呼して食べていると、急に甲斐が、
「シンジ、このパスタはどお?」
と聞いてきた。
おそらく、自分がつくったものだろう、聞いてきた顔は笑顔だったが、
不安もその中に混ざっていた。
一見、普通のパスタにスープを流し込んだだけのように見えるが…
「ん?チーズか!2,3種類入っているようだけど、この絶妙なバランスは!
うん!おいしいよ!。」
そう僕が答えると甲斐は安心感と幸福感でその顔にさらに笑顔を現した。
「甲斐さんて、結構料理上手なのよ。結婚したら毎日おいしい手料理が食べられてうらやましいわ。」
いきなり委員長が、そういったもので、僕は飲んでいたミネラルウォーターを吹き出しそうになった。
甲斐は顔を赤くしてうつむいている。
僕はアタフタしながら、
「べ、べ、別に結婚すると決まったわけじゃないいよ!」
と、答えると、
委員長はニヤリと口をゆがませ
「あら?私は別に碇君に言ったわけじゃないのよ?ひとりごとよ。
なに?それともすでにそういう…?」
もう、僕はうつむくしかなかった。
自分の顔を見れなかったのでわからないが、多分、赤面の見本のような顔になっていただろう。
チラリと甲斐を見ると、赤かった顔をさらに赤くして、頭の上から蒸気を出していた。
すると、委員長は追い討ちをかけるように僕達に言ってきた。
「で、結納はいつ?あれは結構大変よ」
トウジとヒカリ。やはり結婚すべくして結婚したようだ。
ご意見・ご感想はこちらまで
(updete 2001/11/17)