クロスロード

第3話 夢で遇えたら

作者/ネイビーさん

 

 

 

「なんで動かないんだ…」

 

シンジはエントリープラグの中にいた。

しかし、そこから外界の様子は窺い知ることはできず、

じっとしていると、一筋の光も届かない闇の中に漂う小船に乗っているような感覚に襲われる。

その、闇という恐怖から逃れたい一心でレバーをひたすらに動かす。

 

「動け!動け!動け!」

 

しかしやはり、周りの闇と静寂はただその思いを吸い込むだけだった。

 

「……」

 

「………」

 

 

 

 

 

 

 

 

『碇君…』

 

突然、背後から静寂の中に溶け込みながらシンジの名を呼ぶ声がした。

しかしそれは、耳で聞いたというより、心に直接語りかけてくるような響きを持つ声だった。

以前に聞いたことのある声…

 

「綾波……」

 

振り返るとそこには、出会った時と同じように、体中に包帯を巻きつけた格好の

青い髪と赤い目をもつ少女が立っていた。

その輪郭は靄がかかったかのようにボンヤリとしたものだったが、

その華奢な身体に包帯を巻きつけた様子は、痛々しいとしか形容できないものである。

 

「綾波…」

 

シンジはもう一度呼びかけた。

靄のかかるその姿は幻のように思え、呼びかけてその応えを聞くことにより、

その呼びかけの対象が間違いなくそこにいるということを確認したかったのだろう。

もっとも本人は、そこまで考えるだけの思考回路は未だ回復せず、無意識のうちにそうしたのだが。

 

『碇君…』

 

シンジは欲しかった応えを得ることができ、安心感が心を満たしていったが、

続いて彼女の口から出た言葉はその安心感もどこかにか追いやり、回復に向かいかけていた思考回路も

再び混乱が支配する迷宮へと変貌させるものだった。

 

『…なぜ、私の命を奪ったの?』

 

少女は無表情に語りかけてきた。まるで感情がないかのように。

 

「っ!!違うんだ、綾波!あれは僕じゃないんだ!」

 

しかし、少女は以前として無表情のままシンジを見つめ続けていた。

 

「違う。綾波、違うんだ…」

 

シンジは俯きながら、まるで自分に言い聞かせるかのように呟く。

少女はそんなシンジの言葉を聞いたか聞かなかったかわからないような表情でただ彼を見つめ静かに立っている。

 

「違うんだ…」

 

再び静寂が訪れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『シンジ』

 

今度は別の方から声がした。

先ほどのように心に直接聞こえるのだが、それは語りかけるというより、響かせるというような声であった。

これも以前に聞き覚えのある声。

 

「父さん…」

 

目の前には、自分の父である男が立っていた。

全身黒ずくめの服を着込み、髭のたくわえられた口元には不敵とも思える笑みを浮かべ、

眼鏡の奥から発せられる鋭い眼光と伴って一種異様な雰囲気を漂わせている。

 

シンジの言葉を聞いた一瞬、口元に浮かべていた笑みがその冷たさを強め、

続けて男は言葉を発する。

 

『シンジ、なぜ私を殺した。』

 

シンジは先ほどの少女との会話のようなものから予想されたこの男から発せられるであろう言葉に

ある程度身構えてはいたが、しかしそれでもそれは動揺を引き出すに十分な言葉であった。

 

「父さんまで…」

 

今のシンジにはそう応えるのが精一杯である。

あとはただ、黙って俯くしかできなかった。

 

『碇君、なぜ…』

『なぜだ、シンジ』

 

 

『碇君…』

『シンジ』

 

 

「……」

 

 

「……」

 

 

 

 

 

 

「違うんだ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シンジは自分の発したと思われる声で目が覚めた。

しかし、まだ思考回路は回復せず、その天井が見慣れたものであるという確信が

沸いてくるまで、少しの時間を必要とした。

 

「夢…か、何回も見たけどやっぱり…」

 

見たくもないし、見慣れたくもないな、と言葉の続きは心の中で呟き、

袖の部分で額や喉にまとわりつく悪夢の残留物のような汗を拭った。

 

「フーッ、お風呂入っちゃおう」

 

まだ完全に覚醒しきってない頭を立ち上げようとするかのように、両手で髪をかき上げるとそう呟き、

体の前で手を組むと、指をパキパキと鳴らしながら一つ伸びをした。

そして、ちょっとよろめきはしたがバスルームに向かい、

その中で、熱めのシャワーに打たれながら夢のことを忘れようとした。

まるで、悪霊を祓う禊を受けるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ンあ?」

 

その女性は体に受けた揺れで目を覚ました。

 

「次は、学園通り、学園通り。お降りの方はお忘れ物のございませぬよう…」

 

おそらくテープから流しているだろうと思われる車内アナウンスが

自分がバスに乗っていたことを思い出させた。

 

「…なお、次のバスストップが終点となっております。本日は当バスをご利用いただき…」

 

相変わらず無機質なアナウンスが車内に流れる中、女性はあたりを見渡した。

どうやら、乗っているのは自分を含め二人のようだ。

といっても、あと一人は運転手なのだが。

 

外を見ると、遠くの夜景やら、近くの喫茶店かバーのような店など、見慣れぬ景色が左から右へと移っていく。

その景色を数秒眺めたあと女性は思わず呟く、

 

「どこよ、ここ…」

 

 

 

 

 

パシューッ

 

バスに吐き出されるように降りてきた彼女はもう一度呟く。

 

「どこよ?、ここ」

 

ただ、先ほどと違い、少し強めに発音されたせいかどうかはわからないが、わずかながら

怒りの感情も含んでるような気もしないでもない。

 

女性はさほど高くないハイヒールをツカツカ鳴らしながら、反対側の歩道へ向かっていく。

 

(私としたことが寝過ごすなんて!

 なに!?あの運転手、気が利かないわね!起こしなさいよね。客を大事にしないとつぶれるわよ。まったく。

 まぁ、いいわ。逆行きのバスに乗ればそう遠くないはずだから。)

 

無茶苦茶な怒りを先ほどの人のよさそうな運転手にぶちまけて、ちょうど反対側にある

バスストップの元へ向かい、時刻表を見る。

 

「まだ最終が一本残ってるわね。えーと、今が50分だから、次に来るのは…30分……40分後!!?」

 

思わず叫んでしまった彼女は静かに俯いたが、次第にワナワナと震えだし、

「キーッ!」という奇声と共にハイヒールで時刻表を蹴り上げた。

 

ガグゥワンッ!!という大音響と共に、近くにいた猫はビクッとしてあさっていた袋を放り一目散に逃げ出し、

昼間の喧騒の代償を思う存分満喫していた近隣の住宅からは、何事かと住人が顔を出したり、

すでに住人が夢の世界へ旅立っていたと思われる住宅には明かりが灯るなどした。

 

「まったく!バカにすんじゃないわよ!」

 

バス会社としてはバカにしたつもりなど毛頭ないのだが、

結果として少し曲がった時刻表をなおさなければならない羽目になってしまった。

彼女に言わせれば。

 

「当然の報いよ」

 

と言うことだろう。

 

時刻表を蹴り上げて完全ではないがスッキリした彼女は、「さて、どうやって時間をつぶそうか」と

思案していた。

喫茶店に入るとしても、そんなに時間が空いてるわけでもないし、ましてやこんな時間(9:53)に

女一人で入るのも怪しまれる。しかも、なにやら店じまいをしてる雰囲気でもある。

タクシーで帰ることも考えたが、おそらく高く付きそうなので即却下。

その結果、やはり、ここは前世紀から伝わる若者だけの慣わしである『コンビニで立ち読み』

が最適であると彼女の頭脳は答えをだした。

となると彼女の目はコンビニを探し出すのだが、100mほど向こうに

青地に白でロゴマークの描かれた看板を見つけ出した。

 

「イナカだから、ないかと思ったわ。」

 

内心は近くにあってホッとしているのだが、ちょっと小バカにした台詞をいうと

赤い髪の女性はそこに向かって歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴク… ゴク… ゴク…

 

「プハー、風呂上りの牛乳ってどうしてこんなにおいしいんだろう」

 

風呂から上がってきたシンジは、肩にタオルをかけたまま、コップ一杯の牛乳を飲み干した。

腰に手をやる万人が共通のポーズで。

かつて、シンジの同居人であった女主人はこれを毎朝の習慣としていたが、それを風呂上りに真似てみたところ、

いつもよりもおいしく感じた。それ以来の習慣となっている。

 

一息ついたところで、シンジは空腹感が近寄ってくるのを感じた。

さて、何をつくろうかと冷蔵庫の中身を思い出せるだけ思い出そうとしたが、

料理の材料になりそうなものは確か入ってない。

いつもはマメに買い足しをしておくのだが、ここのところ図書館での調べ物の量が多すぎて、

最近買い物にも行ってないからだ。

こんな時間に目が覚めてしまったのも、学校から帰ってきたとたんに、疲労が睡魔へと変わり、

それに勝てなく半端な時間に寝入ってしまったのが原因である。

こんなことは、これまでに何回かあったが、その時は近くのレストラン・パブロを利用していた。

しかし果たしてこの時間に開いているだろうか…

 

「とりあえず行ってみよう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女性はファッション雑誌を手にとって読んでいた。

しかし、なにやら写真や画などばかりを見ているようで、ページを進める手が異様に速い。

先ほどまでは女性雑誌を読んでいたのだが、

 

「多すぎるわ…」

 

と、近くの人が聞いたら意味不明なことを呟き陳列棚にもどし、その返す手でファッション雑誌を取ったわけである。

 

「今年の流行は茶色か…」

 

とか呟きながらまたページをめくる。

 

コンビニの戦略なのだろうか、ほとんどと言っていいほど雑誌のコーナーは窓に面して設置されている。

おそらく、立ち読みしている人を見て他の客を中に入りやすくさせるための視覚効果のようなものだろう。

たまに、立ち読みしていると、外の人と目が合うことがある。

この女性も、外側の人間と、しかも同時に目が合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、閉まっちゃってるか…」

 

シンジはそう呟きながら時計をみた。

10:13分を指していた。

 

「そういえば、10時に閉まるとか聞いたな。」

 

さて、どうしようかと思案にふけった。

この時間に開いているスーパーはあると言えばあるのだが、歩けば30分ほどかかる。

車で行ってもいいのだが、いったん家に戻るのが面倒と思われた。

まさか、このまま寝るというわけにも行かないし。

うーん、と悩みが声に出てきたその時、ちょっと遠くのほうのコンビニの看板が目に入った。

 

「コンビニ弁当ですましちゃおうか。」

 

本当は食事は自炊が望ましいというのが彼の持論なのだが、この際はしょうがない、

明日はちゃんとした食事を摂ろう、と考えているうちにコンビニの前まで来た。

どうやら先客がいるようだ、立ち読みしている女性がいる、その人と目が合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!!」

 

一瞬心臓の鼓動が激しくなった気がした。

目の合った先にはここにいるはずのない人…

 

「アスカ!」

「シンジ?」

 

二人は同時に声をあげてお互いの名を呼んだ。

もっとも二人の間にはガラスがあるせいで声は聞こえず、お互い口の動きでお互いを確かめ合った。

 

シンジは驚きの表情を浮かべながらコンビニに入っていった。店員の「いらっしゃいませ」という言葉も

当然耳には入ってこない。

 

「アスカ、な、なんでここにいるの?」

 

そう言葉を言ってる間にもいろいろと言いたい事は頭の中でいっぱい湧いてきたが、

とりあえず、今の頭の処理能力ではこの言葉が最適という判断が下された。

アスカの方もしばらくシンジの顔を見ていたが、その言葉を聞いてハッと我に返ったようだった。

 

「悪い?バスで寝過ごしたのよ。そうじゃなきゃ来ないわよこんなとこ。

 それより、なんでアンタがここにいるのか、私にはそのほうが疑問だわ。」

 

ふつう、こういう言葉はぶすっとした顔で言うほうが似合っているものなのだが、

その言葉を言った張本人はなぜか笑顔である。

そしてシンジはその笑顔に見とれていた。

その笑顔は別れた時と何も変わらないものだった。いや、むしろその笑顔は深みが出てきたと思われ、

なんと言えばいいのかわからないが、アスカという人間性がそのまま表れたと感じられるものであった。

見た人を落ち着かせるような笑顔である。

出会った頃のアスカの笑顔も美しいと思われるものであったには違いないが、それは、無邪気さのあらわれ

というようなものであった。

アスカがこのような笑顔を見せるようになったのは、シンジと付き合い始めてからのことである。

そして、シンジは気づいていないだろう。そのアスカが今見せている笑顔は、自分があの頃何時もアスカに見せていた

笑顔と同じなのだ。

 

「聞いてるの?何でアンタがここにいるの?」

 

シンジは笑顔に見入られすぎて、先ほどアスカが言った言葉の後半部分をきいてなかったようだ。

思わず照れ笑いを浮かべ、

 

「あ、ああ、いや、ちょうどお腹のたしになるものを買いに来たんだ。」

 

と、言ったが、半分答えになってないような気がして。

 

「家がこの近くだから。大学の近くだし。」

 

と付け足した。

アスカは少し考えるしぐさをして、

 

「確か…東京総合大学だったわよね、フーン、こんなイナカにあるのね。」

 

と、言ったが、何かにハッと気づいた様子で、時計を見た。

その瞬間、先ほどまで笑顔で彩られていたその顔は、にわかに曇りだしチェッという舌打ちを一つした。

そして、本当に残念そうに、

 

「ごめん、せっかくの再会だけど、もうバスが来ちゃう…あと5分くらいしか時間がない…」

 

と、シンジの顔を見れずちょっと下を見ながら言った。

その言葉を聞いたシンジもアスカと同じように暗い顔になって俯いてしまったが、

その暗さはすぐに消え、また笑顔になると、

 

「じゃあさ、僕が家まで送ってくよ。免許取ったんだ、去年。だからもう少し…」

 

そういい終わるが速いか、アスカの顔には先ほどの笑顔が浮かんだ。

それは、普通の男なら確実にイチコロになるほどのもので、それを見慣れたはずのシンジでも思わず

「かわいい」と口に出しそうになってしまった。

もっとも、さっきから二人のやり取りを盗み見していた店員はもうすでにアスカファンと化していたが。

 

ぐ〜

 

その場の雰囲気には不釣合いな間抜けな音が二人の間から聞こえた。

その、発信源はシンジの腹の虫であった。どうやら、もう空腹が限界近くまで来ているようだ。

その音をきいたアスカは、

 

「アンタバカァ?こんな時にお腹鳴らして。変わってないわねぇ」

 

と、ちょっと大げさに頭をかかえるしぐさをしながら言った。

一方、音の元凶であるシンジは少し顔を赤らめると、そそくさと弁当売り場に行って、弁当を選びながら、

 

「しょうがないよ、生理現象だもの」

 

と、ポテトサラダとピラフを手に取った。

アスカもスナック菓子を適当に選んで僕と一緒にレジで清算した。

おそらく、僕の部屋で話をしながら食べるためのものだろう。

女性はこのあたりがぬかりない。

会計を済ませコンビニを出ようとした時アスカが突然、

 

「シンジ、これ持ってて」

 

と、スナックが入った袋をシンジの空いている方の手に持たせて、再びコンビニに中へ入っていった。

アスカは奥のほうにあるドリンクコーナーに行くとなにやら品定めをしているようで、

時々、アスカの赤い髪が陳列棚の上から、浮いたり沈んだりしているように見える。

と、一つボトルのようなものをレジに持っていき清算を済ませると、ちょっと小走りにシンジのほうに来ながら、

 

「やっぱ、再会したんだから、これくらいはないとね。」

 

アスカは誇らしげに、光の具合で金色に光るシャンパンを見せながら言った。

 

 

二人はシンジの部屋に着くまでいろいろとしゃべっていた。

しゃべったというより、アスカが一方的に話し掛け、シンジはそれに相槌を打っているという図式だったが。

しかし、このやり取りの間、シンジは自分自身に少し戸惑っていた。

というのも、今、アスカと何の隔たりもなくしゃべっているからだ。

アスカといつか会うであろうことは、必ず来るものとは思ってはいたが、

いざ、その時になると、どういう態度で接すればいいのかわからないでいたのだ。

それが実際に会ってみると、なんら以前と変わらぬ二人でいることができている。

たしかにアスカは別れ際に「次会うときも友達」とは言っていたが、こうも割り切れるものなのだろうか。

別にシンジを責めている様子も微塵もない。別れる原因がシンジの心のあり方にあったというのに。

 

そうこうしてるうちにシンジの部屋の前まで来た。

シンジはなれた動作でロックを解除し、空気の抜ける音がしてドアが開くと

スタスタと部屋に入っていったが、アスカはなかなか部屋に入れないでいた。

シンジと別れて以来、男の部屋にあがり込んだことはないのだ。

というより、部屋の中で男と二人っきりになるというシチュエーションは、シンジ以外の男と

なったことはない。

確かに、アスカの容姿を持ってすれば言い寄ってくる男はゴマンといる。

自分の顔にやたら自信を持ってる奴やら、どこぞの社長の息子と言い張る奴など、他の女性が聞いたら

うらやましがるであろう男ばかりである。

しかし、どの男とも付き合う気にはなれない。

どうしても心の中で比べてしまうのだ、今目の前で微笑んでいる男と…

 

「どうしたのアスカ?入りなよ。」

 

と、今アスカの心を乱しているのが自分とも微塵も思わず、シンジはいつもの笑顔で手招きをした。

 

「う、うるさいわね。ちゃんと掃除されてるかチェックしてただけよ。

 汚い部屋に招くなんて失礼なことはしないでよね。」

 

シンジに促されて少し照れた感じのアスカはヒールを脱ぐとズカズカとあがってきた。

 

しかし、普通にあがってきたわけではなかった。

ちゃんとチェックしていたのである。さっき言った言葉のように掃除がされているかではなく、

他に女の匂いがしないかどうかを。

写真立てなどがないか調べたり、カレンダーに「デート(はーと)」などとか書かれていないか盗み見してみたり、

何気にゴミを捨てるふりをしてゴミ箱の中をチラリと見てみたり細かいところまで見てみた。

が、特に何もなかった。

そういう結果が出るとアスカの中にはホッとした感じのものが湧き出てきた。

しかし、アスカ自身なぜホッとしているのかわからなかった。

シンジとはもうきっぱりさっぱり別れたはずだ、今は昔の苦楽を共にした親友でしかないはず。

まさか、まだシンジに?…

そんなことはないと自分に言い聞かせリビングにあるちょっと古びたソファに腰掛ける。

 

ちょうど、そこにさっきコンビニで買った弁当とスナック菓子、それとシャンパンを持ったシンジがきた。

 

「ごめん、シャンパングラスないんだ。変わりにワイングラスでいい?」

 

テーブルの上にはワイングラスが2つあるがそれぞれ大きさがちがうものだった。

アスカは、まぁ確かに一人暮らしじゃそんなものないわね、と思い、

「別にいいわ、」と言い大きめのグラスを自分の所にセッティングした。

シンジもソファに座ると「じゃあまず…」と言い、シャンパンを開けにかかった。

栓に親指をかけ力を入れる…

 

ポン!

 

と、心地いい音がするとボトルの先から少しシャンパンがあふれた。

二人は無言のままお互いのグラスに金色の泡を弾かせるシャンパンを注ぎあった。

そして、

 

「じゃあ…」

 

「二人の再会に。」

 

乾杯、と二人とも心のなかでそれぞれ思い、グラスを傾けた。

 

チン

 

ガラスとガラスがぶつかり合う高い音がして、お互い少し見つめあった後、シャンパンを一口含んだ。

気泡が舌を刺激する。

喉を通過して、その味を十分味わったあと、二人は自然と笑顔になった。

 

「じゃあ、僕は弁当食べるから、適当につまんでおいて。」

 

「あたりまえでしょ、そのために買ってきたんだもん。」

 

と言って、アスカはスナック菓子の袋を開ける。

 

「ところで、アスカ。」

 

「なに?」

 

「アスカって今働いてるんでしょ?」

 

「そうよ、リツコんとこでね。人工進化研究所。ほとんどネルフが移行したものだけどね。

 リツコ厳しいのよ、部下に。マヤはよくやってられるわ。あっ、ちなみにマヤはあたしのすぐ上の上司。

 ちょっとドジだから部下も大変よ。」

 

ネルフは4年ほど前に解体した。しかし、その蓄積された科学力により「人工進化研究所」となり、

いまだ活動している。さすがにもうすでに諜報など軍事的なことはしていないが。

さきほど、アスカは「リツコんとこ」と言ったが、本当はそこの所長は冬月である。

が、実際ほとんどまとめているのは赤木リツコであり、冬月は、研究所と国連を結ぶパイプ役のようなものである。

 

「ところでアンタ、大学はどうなのよ。」

 

「けっこう大変だよ、講義も多いし…」

 

「だれが、勉強のことなんか聞いてるのよ。大体、あんたの頭なんかじゃ聞かなくてもわかるってもんよ。」

 

「ひどいよ、じゃあ、何が聞きたいの?」

 

アスカは少し、「それを言わせるわけ?」という顔をして、

 

「あ、あれよ、オ、オンナはいるのかって聞いてるのよ。」

 

言ってから少し後悔もしていたりする。

なぜ、こんなこと聞いたんだろう。あぁ、もう!私なにやってんのよ。

とか、考えていたが、チラリとシンジの顔を見るとそれどころではなかった。

見ると、シンジはモジモジとしながら、なにやら答えにくそうにしている。

 

「なによ…アンタまさか…」

 

(あぁ、最悪だ。ん?何が最悪なの?だって私とシンジは何も関係ないはず、

 そう…関係ないのよ。)

 

心のなかで人知れず葛藤をしていたアスカとは関係なしに、シンジはまだモジモジしながら

どう応えようかと考えていた。

実際、自分でもどういう関係なのかよくわかってなく、結局だした答えは、

 

「べ、べつに付き合ってるってわけじゃないけど…」

 

「…じゃあ、なによ。」

 

「うーん、なんだろ…まだわかんないや」

 

というものであった。

アスカはシンジのはっきりしない答えに少し釈然としないものがあったが、

付き合ってないと言うことを聞いて少しはホッとした。

もっとも、本人はこの安心感が湧いてきたことによりさらに自問自答をすることになるのだが。

 

シンジはこの話を長引かせるのはちょっとまずくなると思ったのか、

話題を変えようとしていた。二人に共通の話題…

 

「そ、そういえばミサトさんだけどさ。そろそろ、子供生まれるんじゃないかな。」

 

かつて、この二人が中学生のころ親代りををしていたミサトは、ネルフの解体後そこにはもういなかった。

それまで身に付けた事を活かすため、防衛大学の講師の道を進むことにしたのだ。

しかし、そこに行く理由は他にもあり、むしろそっちのほうが大きい理由であると周りの人は思っている。

ちょうど、ネルフ解体の1年程前、彼女の最愛の人はもうこの世を去ったと思われていた。

そして、ネルフ解体に伴い彼女がこの先のことをどうしようか考えてる時に一本の電話が彼女のもとに届く。

それは、紛れもなく死んだと思われていた加持リョウジからのものだったのだ。

それによると彼は、ネルフ諜報部零課の仕事が終わったため、今は大学で元気にやってるとのことだった。

当然、彼女は驚いた。「なぜ、今ごろになって現れるのよこのバカは」と思ったりもしたが、

彼が死んだと聞かされた時の素直な自分のことを思うと、もう後悔はしたくないと、

自分も加持のもとへ行くことにした。

 

「大学に行くついでに、アイツの首に鎖でもつなげとくわ。

 もう、あっちこっち行かれるのはごめんだからね。」

 

と、シンジとアスカには言っていたが、その顔は迷いなく晴々とした表情そのものだった。

その3ヵ月後、ミサトは苗字を変えた。

 

「そういえば、そろそろのはずね。外見はどっちでもいいけど、中身は加持さんであってほしいわ。

 ミサトに似たら生まれてすぐにでもエビチュ飲みそうだもの。」

 

アスカもシンジに話題を振られてそうそうといいながらその話題についてきた。

 

「それにしても、加持さんが生きてるって聞いたときはビックリしたわ。

 てっきり死んでしまったものと思ってたから。」

 

「加持さんにきいたら、なんかその方が都合がよかったんだって。」

 

「ふーん、そんなもんかしら。」

 

ちょうど、会話が途切れた時、誰にも見られていないテレビが存在感を示すように、時報を鳴らした。

それにつられるように二人同時に時計を見るとすでに12時になっている。

時の経つのが早いとはまさしくこういうことを言うのだ、と二人それぞれ思う。

 

「じゃあ、シンジそろそろ、送ってくんない?」

 

「そうだね、…」

 

飲みかけのシャンパンをグイッと飲み干しながら立ち上がると、カギを手に取り二人は部屋を後にした。

 

 

 

 

車の中ではしばらく二人とも無言のままだった。

しかし、アスカがふと気づく。

 

「ちょっと、どこ向かってんのよ、さっき教えた所とは方向違うわよ。」

 

「まぁまぁ、見せたいものがあるんだ。」

 

シンジはやたら入り組んだ細道をまるで子供が、近道をするかのようにスイスイと進んでいく。

そしてそれほど人通りの多くなさそうな坂道を登ったとき。

 

「この坂をのぼれば…」

 

小高い丘の上に来た時視界が開け、二人の目の前には誰しも息を呑まずにはいられない夜景が飛び込んできた。

適当なところに車を停め二人は降りた。

 

「さいきん見つけたんだ。」

 

アスカに語りかけるように言ったが、アスカは今目の前にあるものに目を奪われ、返事をせずにいた。

シンジは応えがないアスカを見たが、その顔は、まるですばらしい絵画を見ているようなそんな感じだった。

その横顔は、ほの暗い闇の中で、眼下に広がる町の灯を受け陰影を伴ってまるでそれこそが芸術の中にある

一つの要素のような雰囲気を醸し出していた。

シンジがその顔に見とれていると、不意にアスカが振り返り一つ微笑みを浮かべると、

 

「アンタにしてはやるじゃない」

 

小さくつくった拳でチョコンと小突きながら言った。

 

「そろそろ、行こうか。」

 

シンジはそういいながら車に乗り込んだが、アスカはしばらくその夜景を見ていた。

今、目の前にあるものを脳裏に焼き付けているようだ。

 

再び車は走り出したが、やはり二人はしばらく無言のままだった。

そして、目的地近くになったところで、アスカが口を開いた。

 

「ここでいいわ。大通りからの方が帰りやすいでしょ。」

 

「え?家まで送ってくよ。まだ、先だろ?」

 

「ここでいいのよ…」

 

シンジはなぜアスカがそう言ったのかわからずにただ従うことにした。

ウィンカーをつけて路肩に車をよせたが、アスカは動こうとしない。

カチカチとウィンカーの無機質な音だけが車内に聞こえる。

 

 

「……じゃ、シンジ、またね。」

 

そう言うとアスカはドアを開け、降りた。

ドアを開けた瞬間、外気が車内に流れ込みそれと共にアスカの髪がなびき、その匂いが残り香となって車内に残る。

 

シンジは助手席側の窓を開けると、

 

「じゃ、また…」

 

と言ってゆっくり車を発進させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アスカきれいになってたな…」

 

と呟く。

ボリュームを大きくしたカーステレオからは前世紀に歌われてた邦楽のナンバーが流れてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、本当になるとはね。」

 

と言いながらホンの数時間ほど前にバスの中で見た夢のことを思い出していた。

 

「たしか、マサユメってゆうのよねこういうこと。」

 

 

 

 


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(updete 2001/12/01)