サクラ大戦

■How old are you?■

 

作・大場愁一郎さま


 

 

 米田一基。

 帝国陸軍中将にして、帝国華撃団の前身『帝国陸軍対降魔部隊』の隊長を務めていた男である。

 日清、日露の両戦争では数々の武勲と伝説をうち立てた帝国陸軍きっての戦略家であり、明冶太正期の帝都において、魔による脅威をもっとも早くから予見し、その対策として帝国華撃団を創立した人物でもある。

 その隠れ蓑たる帝国歌劇団では総支配人という肩書きを持つ飲んだくれの中年である。しかしひとたび降魔襲撃とあらば帝国華撃団の総司令としてその才覚を奮う。

「今日も天下太平こともなし、か。降魔どもも最近は大人しいものだ。嵐の前の静けさでなけりゃあいいんだが…。」

 支配人室の窓辺に立ち、夜の通りを眺める

 室内と窓外の明暗によって、特殊防弾の硝子にはさかずきを片手にした己の姿が映っている。しかし彼が見晴るかすものは好々爺を振る舞う齢六十と二ツの素顔ではない。

 この帝都の平和。都民の安寧。

 戦地を離れて裏方任務に就いてから幾年が経過しているが、一基はその間、その二つを祈念しなかった日はないといって差し支えがない。

 挺身報国こそが日本男児の心意気と信じてやまず、損得勘定など度外視、自分の楽しみなど絶えず二の次にしてここまで生きてきたのだ。

「オレなど名のない草でもいい。結果的に太平という名の花となり、いずれ幸福という名の実を結ぶのであれば…。しかし、隊員連中には花にも実にもなってもらいたいものだ…。」

 さかずきを傾げながらそうひとりごちる。

 一基には…帝国華撃団総司令のもとには副指令の藤枝あやめをはじめとして隊長である大神一郎少尉、以下帝国華撃団隊員である六名の女性がいる。

 一同は帝都の平和を脅かす悪への対抗組織の仲間であるが、一基は己に課しているほどの挺身報国精神を強要しようとは思っていない。

 大神は男子であるが、前途有望な青年である。自分のように老い先短いはずもない。ないより他の者は皆女子なのだ。

 本来戦地へは男子が赴くもの。いかに彼女達の特殊能力が帝国華撃団に必要であるとはいえ、女子を戦地へ赴かせている総司令としては心苦しいことこの上なかった。ましてや隊員の中には年端もいかない少女すらいるのである。

こんこん。

 幾度となく繰り返してきた葛藤を今夜もまた呼び覚ましていると、ふいに支配人室の扉がノックされた。夜分ということもあってか、たいへん控えめな力でのノックである。

「おう、開いてるぜぇ。へえんな。」

 総司令としての厳格な表情を好々爺のそれに繕い直し、口調すらあらためて一基は入室を許可した。さかずきの中身を一息にあおり、飲んだくれていたことすらも装う。

「おじちゃん…アイリスだよ…?」

「おぉう、アイリスじゃねえか…。どうしたぃ、まだ床につかねぇのか?」

 真夜中の珍客に一基はさかずきを執務机に置き、扉を開けて入室してきた西洋夜着姿の少女に歩み寄って迎え入れた。

 淡い桃色の西洋夜着…いわゆるネグリジェに身を包んだ彼女は、イリス・シャトーブリアン。御歳九歳。これでも歴とした帝国華撃団隊員である。一基が呼んだアイリスというのは彼女の愛称だ。

 彼女は仏蘭西国の大資産家、シャトーブリアン伯爵家の一人娘で、類い希なる霊力を見込まれてここ、帝国華撃団に入隊している。

 歌劇団員の姿としても、年上の団員も舌を巻くほどの演技上手であり、愛らしく端正な顔立ちもあって子供から年輩に至るまで幅広い人気を得ている才女である。

 一基は思わず胸元の懐中時計を手にしてフタを開いた。時刻はすでに子の刻にさしかかろうとしている。普段の彼女であれば、とうに就寝している時間である。

「こんな時間にどうした…眠れなくなっちまったのか?」

「うん…それでお兄ちゃんのところに行ったんだけど…」

「…大神のヤツ、起きてこなかったのか?」

 アイリスの言うお兄ちゃんとは、帝国華撃団花組隊長、大神一郎のことである。アイリスは優しくも頼りがいのある彼のことをお兄ちゃんと呼んで慕っているのだ。

 いかに普段のモギリが大変であったとしても、彼が数回のノックで起きない男ではないことは一基でもよく知っている。軍律厳しいこの世界においては…ましてや対降魔組織である帝国華撃団員であれば、まとまった長期休暇か傷病入院でもしないかぎり油断など許されないのである。

 しかしアイリスは一基の問いかけに首を横に振り、一瞬微笑んだもののたちまち表情を曇らせてしまった。

「ううん、お兄ちゃん、すぐに起きてくれたの!それでね、アイリスが眠れなくなっちゃったって言ったらしばらく一緒に遊んでくれたんだよ!ジャンポールも一緒で、お話ししたり、本を読んだり!でも…お兄ちゃんだって眠らないと明日のお仕事に差し支えるかな、と思って…アイリス、眠くなってきちゃったって言って、お兄ちゃんの部屋から出たの。」

「ほほぉ、アイリスはいい娘だなぁ!大神のヤツを気遣ったってワケか!オレもそんなアイリスは大好きだぞ!」

 一基は健気なアイリスを手放しで褒め称えた。

 九歳という年齢もあり、アイリスは時折ひどく子供じみた我が儘を言ったりもするが、その反面妙に大人びた振る舞いを示すこともある。それが大神の存在によるところが大きい、と一基は見抜いていた。

 現にアイリスは舞台の稽古においても、元花組隊長であったマリアを除けば他の隊員の指示にはよく駄々をこねたりもする。

 しかしその場に大神が見学に来ていたとしたらピタリと駄々をこねなくなり、いつも以上に張り切ったりするところがあるのだ。

 一基に褒められてアイリスも素直に嬉しいらしく、胸の前にジャンポールという名の熊の人形を抱き締めて表情をほころばせる。

「ふふふっ!米田のおじちゃん、ありがとう!!」

「ふむ…。しかしアイリス、おめぇこそ本気で寝ないと明日の稽古に支障が出るんじゃねえのかい?そもそもオレが遊んでやるにも…こう歳が離れてちゃあどうにもしっくりこんだろう?まさかアイリスと酒盛りをやるわけにもいかんしなぁ。」

「しっくりだなんて、アイリス、おじちゃんも大好きだよ?」

「ははは、ありがとうなぁ。じゃあどうやって遊ぼうか…?」

 一基はアイリスの返答に苦笑しながらゆるりと腕組みし、彼女と視線を合わせるようしゃがみこんだ。

 ここだけの話、一基は婦女子の扱いに不慣れなのである。

 思春期のすべてを軍隊で過ごし、男ばかりの環境に慣れきっているために相手がアイリスのような少女であれ少なからず舞い上がってしまうところがある。時間が時間ならあやめや大神、マリアにでも任せてしまうところだが、生憎と今は真夜中だ。この館内で起きているのは自分とアイリスだけであろう。

「…まぐわい、って…おじちゃん、わかる?」

「まっ…ま、まぁっ!?アイリス、おめえどこでそんなコト…!?」

 少女の可憐な唇が紡いだ言葉に、一基は目を見開いて動転し、思いもしない大声でアイリスに問いただした。アイリスもその言葉の意味を知っているらしく、ほのかに頬を染めながら続けた。

「…お兄ちゃんの部屋のベッドの所に…まぐわい、の絵がいっぱい出てる本があって…その、お兄ちゃんに言わないでね?あ、あのっ…お兄ちゃんがトイレに行ってる間に、なにかな?って思って見てみたら…綺麗な女の人と素敵な男の人が…は、はだかで…その…あの…」

「アイリス、皆まで言うなっ!あんの大神の野郎…今すぐソッ首叩っ斬ってくれる…!」

「だめっ!おじちゃん、やめてっ!!こっそり覗いたアイリスが悪いんだからっ!!お兄ちゃんを怒らないで!!」

 アイリスの告白に激昂した一基は部屋の隅に置かれた武者鎧に駆け寄り、鎧が携えていた日本刀を手にして部屋を飛び出ていこうとした。

 艶雑誌を購入して読んでいたのはまだ許せる。若くて健康な青年男子が女性に囲まれて生活しているとあらば、いやがおうにも性的欲求が溜まりもするだろう。それに戦地であれば同胞と相部屋でもあるが、今では大神は立派な個部屋をあてがわれているのである。

 一基が許せなかったのは他の隊員の目に…よもやアイリスの目につくところにそのようなものを置いてあったことだ。隊長としての自覚が欠けること甚だしい、と感じたのである。

 そんな一基の腰にしがみつき、アイリスは必死で引き留めた。

 黙って盗み見た自分が悪い、という罪の意識に包まれている今の彼女にとって、憧れの大神がそのような雑誌を見ていようが不愉快にはならなかったのだ。従って大神が一基に叱られるのかと思うと、申し訳なくてならないのである。そうなってはもう大神に合わせる顔がない。

「お願い、おじちゃん!行かないで…!!」

「…わかったよ、アイリスに免じて今回は見逃してやろう。」

 少女のひたむきな弁護を受ける大神に対してどこか釈然としないものが残ったが、一基は日本刀を元あった場所に戻して一息ついた。

 嫉妬…?

 嘆息して落ち着きを取り戻した一基の脳裏にそんな単語が閃く。

 自分が…大神に嫉妬しているというのか…?

 バカバカしい、なにを世迷い言を抱いているのだろう。

 一基はふいに脱力感を覚え、執務椅子にどっかと腰掛けた。

 大神が隊員から支持を受けるのは当然である。彼は花組の頼もしき隊長であり、なおかつなかなかの男前で気の良い好青年だ。若い女性が放っておくはずもないだろう。

 若いと言えば年齢差もばかにはならない。一基自身も帝劇の女性達には慕われているものの、それは良き理解者、支配人としての感情だ。いわば父に対して覚えるような心情であろう。

 それにひきかえ大神は若い。まだ成人したての血気盛んな若者だ。隊員達ともそう年齢が違わず、ともすれば恋愛感情を抱く者があったとしても、なんらおかしいことはない。

 こうやって今、考えていることだけでも…オレはあいつに嫉妬していることになるのかもな…。

「おじちゃん…?」

「ん…?」

 魔が差し、今までの人生すらも疑おうとした矢先、アイリスは寂しそうな目で呼びかけてきた。いつもと変わらぬ呼びかけ方ではあるが、その口調はあきらかに寂寥が込められていた。

 一基はあらためて迷いを振り払い、うつむいていたことに気付いて顔を上げたが…アイリスの瞳を見て失態を晒したことに気付いた。

 気取られてしまった…。

 アイリスはいまだ肉体的、精神的に幼いために霊力の操作が不慣れである。とはいえ霊力がずば抜けて高いことは事実であり、読心術なども容易くこなすことができる。ましてや今の一基のように、心理的に隙だらけであったならなおさら…。

「アイリス…すまん、ロクでもないことを考えておったよ…」

 一基は即座に非を認め、自己嫌悪とともに頭を下げた。そんな脱力した肩に…アイリスは両手をかけて頭を上げさせる。

「おじちゃんは悪いことなんてしてない。悪いことなんて考えてない…。アイリスに合わせようって…考えていたのがどこか横にそれちゃっただけだよ…。」

「アイリス…」

「…おじちゃん、アイリスほんとに九歳だよ?」

「うっ…重ね重ね、すまない…。」

 この娘は本当に九歳なのだろうか。

 そう思った矢先、小さく微笑みながらアイリスが返してきたので一基はさらに恥じ入って頭を下げた。もううかつなことなど考えられない。

 しかし、ただアイリスが真夜中に訪れただけで…ここまで取り乱してしまうとはどういうことなのだろう。巌と誓った大和魂はどこへ行ってしまったのだろうか。疚しい嫉妬心などで取り乱していては、過去の英霊達に申し訳が立たぬではないか。

「ねえ、おじちゃん…。今夜だけ、すごいの見せたげよっか?」

「すごいの…?」

「うん、おじちゃんに元気になってもらいたいから、特別!」

 恐れ入ったままの一基の面を上げさせると、アイリスはそう言って笑った。小さな花がぱっと咲くような、実に可愛らしい笑顔で得意そうに胸を張る。

 なにかの手品か、隠し芸でも披露しようというのであろうか。一基は背筋を伸ばして椅子に腰掛け直すと、ようやく穏やかな笑顔を取り戻すことができた。気分直しに酒を一口、一升瓶ごとらっぱであおる。アイリスもその姿でいつもの一基を確認し、後ろ手にして一歩下がる。

「ぷはぁ…よぉし、じゃあアイリス。オレにその…すごいの、とやらを見せてくれねぇか?」

「うん!じゃあ…いくね…。」

 一基の求めにアイリスはコクンとうなづき、やおら目を伏せる。

 そのまま両手を天井へとかざし…なにやら仏蘭西語とおぼしき異国の言葉を紡ぎ始める。

 一基はその様を、なにか物語に登場する妖術や魔法の類に重ねて見つめた。固唾を呑み、全身から金色の燐光を放ち始めたアイリスを…

 燐光…?

 一基がハッと我に返ったとき、アイリスの全身から発散してくる燐光は彼女がかざした両手の上で…まばゆい球形となって凝縮していた。

 その明かりは至近距離での捜索灯よりも明るく、しかし太陽の日差しよりも柔らかで…胸の奥が安らぐのを一基は感じていた。先程まで蠢いていた鬱々とした迷いもたちまち霧散してしまう。

 身体中が暖かくなってゆく…。飲酒によるものとも違い、思わず駆け出したくなるような活力が隅々に拡がった。

「…こいつぁすごい…なんと夢見心地な…」

 一基は思わずまどろむように目を伏せ、無意識下にそうつぶやいていた。感じたこともない快感に表情が緩む。

 そんな一基の前で、アイリスが両手の上で凝縮し続ける光球は大きく育ち…今や花火の二尺玉ほどの大きさになっていた。アイリスはその大きさを見てニッコリ微笑むと、軽い動作で両手を前方へと下ろした。光球は両手の延長線上…着席した一基へとゆっくり進み、ふわ、となんの抵抗感もなく彼を包み込む。その光がゆっくりと一基へと浸透してゆくと…室内は一瞬目も眩むような閃光に包まれた。

「うわっ!!」

 目を伏せていた一基はまぶたの奥で瞬いた真っ白な瞬間に驚き、目をしばたかせて椅子から立ち上がった。狼狽える目の前には、先程と変わらぬネグリジェ姿のアイリスがなにもなかったかのようにこちらを見つめてニコニコしている。

「あ、アイリス…今、なにがおこったんだ?」

「さぁ、なにがおこったんでしょう?米田の…おにいちゃんっ!」

「お、おにいちゃん?と、お、おいアイリス?」

 いまだに事情が飲み込めない一基。すごいの、とやらは先程の心地よさで終わりだったのだろうか。

 そんな一基にアイリスは、普段大神にするような呼び方をして嬉しそうに飛びついてきた。腰に抱きつき、陸軍で鍛え上げられた腹筋に頬摺りまでしてくる。

 少女の思わぬ抱擁に頬を染めた一基は年甲斐もなく照れてしまい、思わず窓の方を向いてしまった。そして…信じられないものを見てしまったのだ。

 即ち、若かりし頃の…ともすれば今の大神よりも若いかもしれない年齢の自分の顔を。一基はあからさまに狼狽え、アイリスの肩をつかんで口早に問いただす。

「あ、あ、アイリス!お、オレ…オレぁ一体…!?」

 気が付くと声も張りがあって高い。アイリスの肩をつかむ両手からもしわが失せ、代わりに潤いが増している。

 アイリスはゆっくり顔を上げると、わずかに頬を上気させて答えた。

「いまのおじちゃん…きっとアイリスと五つか六つくらいしか違わないよ?ふふふ、お兄ちゃんより若いおじちゃんって、かわいいなっ!!」

「五つか六つ!?」

 そこまで言われてようやく事情が推察できた。

 恐らく自分は…アイリスのすごいの、つまりは霊力で若返ってしまったらしい。しかも彼女の談からして…十四、十五ばかりの少年に。

 これでは尋常小学校を卒業して陸軍学校に入学し、士官候補生を目指して勉学に励んでいた頃の年齢ではないか…!

「よねだのおにいちゃん…アイリスにまぐわい、教えてくれるよね?」

 耳まで赤くなって問いかけるアイリスに…一基はかけるべき言葉を失っていた。

 何より事態の総てに現実味がないのである。いかに彼が剛胆な人物であるとはいえ、夢幻であるかのごとく若返り、あまつさえ年端もいかない少女が破廉恥な誘いかけをしてくるなどとは…あまねく日本男児のなかから選りすぐったとしても平静を保っていられる者は十本の指で数えきれるに留まるだろう。

 何より事態の総てに現実味がないのである。いかに彼が剛胆な人物であるとはいえ、夢幻であるかのごとく若返り、あまつさえ年端もいかない少女が破廉恥な誘いかけをしてくるなどとは…あまねく日本男児のなかから選りすぐったとしても平静を保っていられる者は十本の指で数えきれるに留まるだろう。

「おにいちゃん…ベッドに行こうよぉ…。」

 白磁のように美しい頬をいまやすっかり桜色に染めたアイリスは、いささか丈の大きくなったスーツに身を包んで狼狽している青年に歩み寄るとその手を取った。少女の小さな右手に触れられるだけでも一基は狼狽を強めてしまう。

 婦女子の肌に触れるなど…それがたとえ直属の部下であるあやめであろうと、経験のないことであった。先程も述べたが、帝国歌劇団花組の支配人を務めている彼ではあるが女性に関する免疫はほとんど備わっていないのだ。

 もちろん婦女子に興味が無いというわけではない。士官候補生として陸軍学校にいたときも、あるいは戦地に赴いたときも彼は衆道に誘われたことがあるが、そのいずれも頑なに拒んできたほどだ。

 単純明快に言えば、一基はうぶなのである。

 挺身報国のためには私利私欲を捨ててここまで生きてきた。思春期に抱く恋心のすべてを煩悩と決めつけ、迷いを振り払うごとく鍛錬に勤しんできたのである。

 その頃の想いを凝縮させたかのような若き肉体が…まさかこの年になって復活することになろうとは。滅しきったと思っていた煩悩が、こういった珍妙な現象によって湧き返してくることになろうとは。

「あ、ああ…アイリス…」

 少女の名をつぶやきながら、怖じ気づいたように後ずさる一基。寝静まった銀座通りを映し出す窓硝子を背に、顔面蒼白…否、顔面紅潮となってあごをわななかせた。背筋に不快な脂汗が滲むのがわかる。

「おにいちゃん…お願い、キス…して…。」

「きす…せっ、接吻だとぉ!?」

「お願いよ、おにいちゃんっ!!」

 胸の内圧が高ぶるのを押さえつけるよう、ネグリジェの胸元に片手をやっていたアイリスであったが…とうとう感情が理性を超越してしまったのであろう。片時も離すことの無かったジャンポールを手落とすと、困惑しきりの一基の胸に飛び込んでいった。無防備な胸元に顔を埋め、背中に両手を回してしっかと抱きつく。

 一基は少年の素顔を気絶しそうなほどに火照らせ、彼女の髪から漂うほのかに甘い香りに目元を潤ませてしまった。

 これほどまでに興奮したことは…男性としての本能をくすぐられたことは初めてであった。ともすれば大神すらしのぐほどの好漢ぶりである凛々しき素顔は…いまやすっかり不抜けたものに成り果てている。

 その不抜けた意識は彼に脱力すら催させ、窓に背中を預けたまま床の上に腰を下ろさせてしまう。頑強なまでに鍛錬された若き下肢であったが…今では己の体重すら支えきれないほどに脱力していた。

 そんな一基に深々とお辞儀するよう腰を曲げ、仏蘭西国の幼き伯爵令嬢は音もなくまぶたを閉ざした。金色の前髪が一基の額に触れると、彼も覚悟を決めるようにしてきつく目を閉じる。

ちゅっ…。

 恐れおののいて微震する一基の顔を押さえながら、アイリスは柔らかな唇を彼の唇に押し当てた。微かに開いた隙間から心持ち吸い付き、二人の密着を深いものにする。

…なんと甘露な…。

 一基は老眼鏡の奥で少年の瞳を潤ませ、恍惚に身を委ねながらそう感じていた。

 生涯で初めての接吻。しかも稀代の美少女と、である。夢見心地に陥らないほうが異常であろう。花組の総責任者という立場であるとはいえ、この興奮を振り払うことはできなかった。陸軍中将という肩書きすらも今ではただの飾りに過ぎない。

ちゅ、ちゅっ…ちゅむ、ちょむ…

 アイリスは愛おしむよう、その小さな唇で少年の唇をついばんだ。瑞々しい唇どうしはその感触に酔うようぴったりと重なり、何度も何度も擦れ合っては吸い付き合う。

 一基ももはや接吻の官能に憑かれていた。アイリスの柔らかな金髪に両手を埋め、小さな頭を抱え込むようにして唇を貪る。

 シャトーブリアン伯爵閣下に、どう言い訳すればよいのだ…。

 そう心中で自責しつつも、理性はもはや無力化した道徳心を携えたままで欲望の跳梁を見守ることしかできない。鼻の頭に汗を浮かべ、すべすべな頬を火照らせ…少女の匂いに、少女の体熱に、少女との口づけに浸った。

ちゅぱっ…。

 アイリスの方から頭を引くと、さすがに一基も無理を通そうとはしない。唇は密着を解かれると、濡れる音を支配人室に響かせながら弾力よく震えた。初々しき少年そのものといったしぐさで、一基は名残を惜しむよう唇に素早く舌を這わせる。ほの甘いアイリスの味とも呼べるものは確実にそこに残されていた。

「おにいちゃん…ベッドに連れてって…。」

「ま、待てアイリス…お前、接吻など、どこで…」

「…怒らない?」

「…お、大神、か?」

 一基の質問に力無くうなだれ、戸惑うような上目遣いで異国の少女は問い返す。そして一基の推理の前に…

こくん。

 小さな頭を下げ、前髪を揺らした。瞬間、一基の胸の中に煮えくり返りそうな怒りが沸き上がってくる。床についていた両手は、知れず拳を固めていた。

「あ…あの野郎…」

「違うのっ!アイリスからお願いしたのっ!アイリス、おにいちゃんのことが…もちろん米田のおじちゃんだってそうだけど、好きだからっ!!」

「しかしっ…アイリス、こんなことはみだりにやってはいかん!アイリスが大人になって、本当に好きになった男とだけ、するべきことだ…。」

「アイリス、もう大人だもんっ!!」

 説得力のかけらもない一基の説教には、さすがにアイリスも毅然となって言い返す。しかしそれは子供扱いされたことに対してであった。自分のことを棚上げしている一基を責める意志はない。

「アイリス、いつまでも子供じゃないもん!もうやがて十歳になるんだよ!それに、今の米田のおじちゃんとならそんなに変わんないよ!?」

「そ、それは…まぁ、そうなんだが…。」

 真っ直ぐに見つめてくるアイリスの瞳に、若かりし頃の己の姿が映っている。それをあらためて確認してしまうと、たちまち一基は反論する術を失ってしまった。アイリスを子供と言うならば自分だって子供ではないか。

 また、精神年齢を指して子供と言うのであれば自分こそ子供だと思う。

 年端もいかない少女の思慕を一身に受け、その唇すらも捧げてもらっている大神に対して間違いなく嫉妬しているのだから…。先程から感じている焦燥にも似た怒りは、常識や道徳に後ろ盾をしてもらってはいるものの…その正体が嫉妬であることに、一基自身気付いている。

 ともすれば大神との年齢差を妬んですらいるのかもしれない。

 一基は隊員達から間違いなく信頼され、慕われている身ではある。それでも隊員が大神に対して抱く感情とはまるきり別のものであろう。ましてや大神は戦地をともにする隊長なのだ。もっぱら後方で指揮を執る自分とは隔たりも生まれよう。

「子供じゃない証拠にね、アイリスは…そのぅ…まぐわい、は…したことないけど…」

「ん…?」

 腰砕けよろしく床にへたりこんでいる一基の横にアイリスもひざまづき、神前で懺悔するよう胸の前で手を組んでから躊躇いがちに告白を始めた。一基はアイリス自身の口からなおも衝撃的な事実が語られるようとしている予感に緊張を走らせ、黙って言葉を待つ。

 さすがにまぐわってまではいないようだが…大神とアイリスはどこまで淫欲を重ね合っているというのだろう。そう言った知識はもちろん、経験にしても持ち合わせのない一基は困惑を隠しきることができない。

 また…嫉妬に駆られた怒りで、自制しきる自信もなくなりそうであった。

 不埒を働いたという大義名分の元、刀の露にしてしまいたい…。そんな後ろ暗い気持ちすらもふつふつと湧いてくるのである。それでもアイリスに気取られぬよう、必死になって平静を保つ。対降魔特殊部隊で培われた不撓不屈の精神力は…いまや断末魔の悲鳴をあげ通しであった。

「おにいちゃんの…」

「…」

 アイリスはうつむき、躊躇いがちに言葉を続けてゆく。

 それは自分が一基からたしなめられることに対する恐れではなく、大神が一基に叱責されることへの懸念のためだ。無言を通している一基が、今は凄く不安であった。感情が読めるだけにその不安も並大抵のものではない。

「ぺ…ペニス、舐めて…頬張ったこともあるんだよ…?」

「…あの餓鬼ぃ…!!粛清してくれるわっ!!」

「待って!!待ってよっ!!」

 大神は…この少女の可憐な唇を奪うのみならず、逸物までも口にさせたというのか。

 憤怒の形相で立ち上がった一基は迅速の動きで刀を引っつかむと、もはや不要となった老眼鏡を投げ捨てて入り口ドアへと向かった。アイリスはすかさず追いすがり、涙ながらに一基を引き留める。

「アイリス、離せっ!あ、あ、あの破廉恥漢、もはや一時たりとも生かしておくわけにはいかんっ!!」

「違うのっ!アイリスからおねだりしたんだようっ!!おにいちゃんは無理強いなんてしてない!ホントだよっ!!キスだって、その…口でだって…!!」

「ダメだダメだダメだっ!!くそぅ、あいつばかり…あいつばかりっ…はっ…!?」

「…おじちゃん…。」

 完全に我を失っていた一基はとうとう胸の奥で沸き上がった嫉妬心を口に出してしまった。抱き留められていたことにようやくながら気付き、慌てて口を塞いだものの…アイリスは思い詰めた目で自分を見上げていた。その瞳には憐憫とも取れるような冷たい色が漂っており、一基を深く絶望させる。

ガクン。

 一基は膝からくずおれると、支配人室の真ん中で四つん這いになるよううなだれた。そのまま肩を震わせ、あまりの無念に嗚咽を始めてしまう。

 最悪だった。日本男児らしからぬ無様な醜態を晒してしまったことに、自害の意志すら脳裏に閃かせる。

 一端の保護者を気取っておきながら、嫉妬心に煽られて殺意すら抱いてしまうなんて。羨望の意識に突き動かされて恨み言を口にするなんて。

「おじちゃん、顔を上げて…。」

「アイリス…。」

「コラ!男がなんで泣くものか!…って、そんな歌も日本にはあるでしょう?泣いてたらせっかくのハンサムが台無しになっちゃうよ…?」

 十中八九美少年の範疇に分類されるであろう少年期の一基はアイリスに叱咤激励され、スーツの袖で涙を拭った。それでも不甲斐ないと自責する気持ちは払拭することができないらしく、唇を噛み締めてアイリスから視線をそらしてしまう。

「おにいちゃんの気持ち…わかっちゃったよ…。」

「…すまん、アイリス…!!オレぁ支配人も、総司令も失格だな…きれい事を並べておきながら、女々しいまでに嫉妬に狂うなど…。」

「そんなことよりも…もっともっと嬉しいこと、わかっちゃったの!」

「なにぃ…?」

 アイリスの心なしかはしゃいだ声に、一基も思わず顔を向けてしまう。赤くなった瞳が見たアイリスの姿は嘲笑うでも、侮蔑するでも、嫌悪するでもなく…極めて好意的な笑顔であった。幾分はにかみ混じりではあるものの、そっと両手で胸元を押さえてささやきかけてくる。

「アイリスに…してほしいって、望んでる。」

「そっ、そんな事は…そうか、隠しても無駄なんだよな…。」

「へへへっ!米田のおじちゃんもアイリスのこと、一人の女として見てくれてるって…アイリスね、それがすっごく嬉しかったの!おにいちゃんに負けないだけ強くアイリスを望んでくれてるんだもんね!」

 愕然として肩を落とし、再び床に座り込んでしまう一基にもアイリスは嬉々とした表情を絶やそうとしない。

 大神よりも遙かに大人の男性として慕っていた一基からも一人の女として…性欲の対象として見てもらえていた。それはさくらやすみれほどの年齢に達していれば多少の嫌悪感を催すことにもなりかねないが…アイリスにしてみれば、一秒でも早く大人として認めてもらいたいのだ。それは精神的にも、肉体的にも…。

 そして、唇での抱擁や性器への愛撫は大人の象徴である、とアイリスは認識している。だからこそ彼女は一基の深層心理に対して嫌悪感を抱くでもなく、むしろ喜んで彼を受け入れようとするのだ。

 今夜の大神にしてみても、アイリスが性交渉を求めたからこそ事情を取り繕って追い返したのである。彼とて幼い彼女と肉体関係を持つことに少なからず躊躇いを抱いているのだ。理性が欲望に屈してしまったがために、一度ならず辞職を考えたことがあるのは紛れもない事実である。隊長としてアイリス達に親しいぶん、その苦悩は今の一基よりも遙かに深いものであった。

「…シャトーブリアン伯爵閣下…どうか不肖めをお許し下さい…!!」

「おじちゃんは悪いことしてないよっ!パパに謝る必要なんてない、アイリスだって…嫌いな人には絶対こんなことしないもんっ!!」

 一基が天井を見上げ、遙か彼方仏蘭西国のシャトーブリアン伯爵に詫びを入れるのをアイリスは聞き咎め、優しく諭すように肩をつかんできた。その手はそのまま一基の背後に伸ばされ、前から抱きつくようにして彼の頬に口づける。小さな小さな抱擁を受け、一基はきょとんとしてアイリスを見つめた。

「アイリス…。」

「お願い、米田のおじちゃん。ベッドへ連れていって…。おじちゃんが思ってるように…アイリス、されたいんだよ…?」

「…オレで、いいんだな?」

 先程までの道徳心は何処へ行ったものか…一基は若い胸を期待と興奮に高鳴らせ、アイリスの小さな身体を抱き寄せた。十四、五の腕の中にあって、九歳のアイリスの身体はなお持て余すほどに小さい。強く力を込めればビードロの薄膜よろしく容易く壊れてしまうような気がする。

「あ、ちょっと待って…!」

「むぅ…?」

 あどけない瞳を真ん丸に見開き、なにかを思い出したかのようなアイリスは突き放すほどの勢いで一基から逃れると…床に転がったままであった熊のジャンポールを抱え上げた。そのまま執務机と組になっているビロード貼りの椅子に腰掛けさせる。

「ジャンポール、二人の睦み合いを邪魔する者が侵入しないように、ここでしっかり見張ってるのよ!いいわね?」

「アイリス…。」

「へへへ…これで邪魔は入らないよ…!」

 本気なのか戯れなのか…。アイリスの願掛けにも似たジャンポールへの命令に一基はそっと苦笑する。アイリスは立ち上がった一基に駆け戻ると、胸に飛びつくようにして抱き上げてもらった。若返った一基の身体は陸軍学校で鍛えられていた当時そのものであり、弾みのついたアイリスくらいならさほどの苦もなく両腕に抱き上げることができる。

「米田のおにいちゃん…優しくしてね?」

「ああ、もちろんだとも…アイリス。」

ちゅっ…。

 髪や瞳の色は違えども…その様子は仲の良い兄妹のようでもあった。しかし、見つめ合った後の深い接吻は見事なまでに官能的であり…本物の恋人どうしを連想させるものであった。

 

 

 

 一基は今までの生涯で女性を抱いた経験がない。

 だからこそ…こうして一糸纏わぬ生身の女性を目の当たりにして言葉を失ってしまったのである。

 こまめにリネンは替えてあるとはいえ、酒や汗の臭いの染みついた自らの寝台に…今、裸のアイリスが横たわっている。それだけで興奮は頂点を迎えていた。

「アイリス…なんと美しい…。」

「照れるよぅ…おにいちゃん…。」

 洋燈の暖かな灯火が揺らめくたび、雪のように真っ白な少女の柔肌に悩ましげな翳りが彩りを添える。こうして全裸で対峙してしまうと、戦時中のものにも似た胸苦しいまでの緊張感が全身を包む。

 一基は無論、幼女趣味というわけではない。

 しかし肉体が若返ったためか…本能やそれに基づく嗜好も肉体年齢に応じて変化を遂げたらしい。まさに時間が戻ったような心地であり、仏蘭西人形そのものといったアイリスの身体でも気恥ずかしいほどに逸物をそそり立たせることができた。

 そんな一基の飾らぬ感想を前に、胸元や中心を覆い隠しているアイリスは頬を染めて顔を背けるのだが…そのしぐさはとても九歳のものとは思えなかった。

 それとも…婦女子とはかくも早熟なものであるのか…。

 経験の無い一基は、どこかで女性不信になってしまいそうな心地であった。他の隊員達も早々に思春期を迎え、想いを寄せた異性に操を捧げてしまっているのだろうか。貞淑にして厳粛なマリアやあやめでさえも…。

 一基はわずかに童顔めいた優面を火照らせながら、ゆるりと右手を伸ばしてアイリスの頬を包み込んだ。指先は小さな耳に触れるが、そのどれもが驚くほどに熱い。余裕ありげに見えたアイリスと言えど、やはり恥じらい、興奮を隠しきれないらしい。

「アイリス…隠さないで、すべて見せてくれないか…?」

「…いいよ、生まれたまんまのアイリスを…見て…。」

 情けなくも上擦りかけた一基の求めを、アイリスは少しも拒もうとしない。瞳はそっと閉ざされたままであったが、左手は胸元を…右手は中心を解放してしまう。そのまま大の字になるよう両手を伸ばし、心持ち両脚を開きもする。

 それはアイリスの精一杯の自己主張であった。

 頬の火照りは白い柔肌に拡がり、首筋から胸元までがほんのりと赤らんでいる様子である。

 その胸元からは微妙な弧を描いて乳房の基礎が築き上げられていた。きめ細かでざらつきひとつない肌は見るからに柔軟そうであり、下手な力を加えたが最後、いとも簡単に破けてしまいそうな危険性を有しているようである。左右に伸ばされた両腕も細く、華奢そのものだ。

 乳房からはそのままほぼ真っ直ぐ腰への線が延び、幼い尻へと繋がってゆく。尻はすでにそれなりのまろみを帯びてきており、男性のものとは明らかに作りが違うことを実感させられる。

 尻からはこれまた細い太ももが伸びており、つま先に至るまでが繊細な硝子細工のようであった。至高の美しさを提示しながら、触れるだけでも傷ついてしまいそうな儚さも内包しているところが官能的であるのだろう。

 そして、少女の小高い丘…。まだ産毛が微かに覆っている程度の丘は竹へらで裂け目を入れられた餅のように柔らかそうであった。太ももの付け根、少女の裂け目は足の開き具合から子細に観察することはできないが、その微妙な見え加減が一基に異様なほどの興奮を喚起させてくる。

「アイリス…生憎オレには文才が無くてなぁ…。その、褒め言葉が他に浮かばんのだが…とにかく美しい。今宵、お前を独り占めできるとは…生涯最後の果報かもしれん。」

「ふふっ…わかるよ。米田の…おにいちゃん、本当にそう感じてくれてるって…。すごい嬉しいよ、本当に嬉しいよ…アイリスも、これで大人だよね…?」

「ああ、アイリスは立派な大人だ…。なんと別嬪で、なんと魅惑的で…」

ちゅっ…。

 誘い込まれるように裸の身体を重ねると、一基はアイリスと唇を重ねた。左手で彼女の細い肩を抱きながら、角度を付けて小さな唇を奪う。

ちゅっ…ちゅ、ちゅっ…ちょぷ、ちゅぷっ…ちゅちゅっ…

 堪能するように目を閉じ、身体を寄せ合った二人はしばし接吻に浸った。

 一基は衆道に誘われたというのがもっともらしい優面を興奮でしかめつつ…

 アイリスは息継ぎを何度も交えながら陶酔の表情で…

 繰り返し、繰り返し…唇を味わった。同時に鼻から互いの匂いも満喫する。

 少女の匂い。そして、少年の匂い…。それぞれの発情した身体から発散する麝香にも似た効能を有する匂いは…それぞれの鼻孔に舞い込んでは中枢にまで浸透し、胸の内圧を瞬く間に高めてゆく。

「ちゅ、ちゅっ…アイリス、触れていいか…?」

「ちゅぱっ…はぁ、はぁ、いいよ…おにいちゃんの思うように、愛して…。」

 先に待てなくなった一基に、アイリスが応える。少女の潤んだ瞳を確認した一基は左手を肩から滑らせ、微かな乳房を包み込んだ。中指の先で乳首を転がすと、それに合わせてアイリスの唇から小さな嬌声が漏れ始める。

「痛いか…?」

「ううん、いいの…感じるの…。ね、もっといじって…みんなみたいにおっきくなるように…。アイリス、マリアみたいにおっきくなりたい…。」

「よぉし…じゃあ…吸ってもいいか?」

「…うん。何も出ないけど、吸ってみて…。」

 アイリスの健気な願いに一基は応じるよう、さらなる愛撫を提示してみた。アイリスは一瞬躊躇うように言葉を失ったが、恍惚とした瞳で一基を見上げてしっかとうなづく。

 一基の好奇心…そして、身を慮ってくれる思いやり…。

 それら一基の心のこもった愛撫に酔いしれたい…。そう思うだけで身体は重力の支配から逃れ、浮き上がるような心地よさに包まれてしまう。

 もっと高みに…それこそ大神が連れていってくれた場所よりもさらなる高みに連れていってもらえそうな気がする。

じゅんっ…。

「んっ…!」

「どうした?痛くしたか…?」

「ううん…な、なんでも、ないの…。」

 小さな悲鳴に戸惑う一基であったが、アイリスはその原因を今は隠しておくことにした。まだ誰にも…それこそ大神にも見せたことのない場所が熱くなり…まるでおもらししてしまったような感じがしたなど言えるはずがないのだ。

ぷにゅっ、ぷにゅっ…ちゅ、ちゅちゅっ…ちゅぢゅっ…

 一基はとりあえずアイリスに異常がないことを確かめると、左手と唇による愛撫を開始した。左手で右胸をつまみ、唇で左胸の乳首を吸う。

 薄い乳房は指先が吸着されるような錯覚を覚えるほどの絶妙な手触りであった。撫でるように擦るだけでも心地よく、また、微かな弾力を以て一基の握力を楽しませる。

 中指と環指の間に小さな乳首を挟み込み、そのまま押しこねるようにするとそれだけでアイリスは狂おしくかぶりをふり、唇を噛み締めて堪えていたよがり声を寝室に響かせてしまう。

「ふひっ、ひいっ!!あっ、はっ、はぁん!!いい、いいの…!!」

「まっこと敏感だな…。声だけでも絶品だ…!!」

 一基は幼いアイリスの乱れ様に息を飲み、なおも左手を休めることなく愛撫を重ねた。

 一方、濡れた舌で乳首を舐め転がしては唇で強く挟み込み…繰り返して吸う。アイリスは左手で一基の頭を押さえこみながら膝頭をもじもじと摺り合わせ、息も絶え絶えに鳴きじゃくる。

ジクン、ジクン、ジクン…

 少しずつアイリスの女陰が火照り…せつなく痺れてゆく。その痺れを冷まそうとしてか、あるいは悪化させようとしてか…腰の奥から熱い雫が間断なく染み出てきた。アイリスはおもらしにも似たその漏出を食い止めようと必死になって太ももを摺り合わせるのだが、その動きはまったくの逆効果であり…充血してしこってきている女芯を刺激することとなってしまう。

「お、おにいちゃん…胸だけじゃなくって…あ、あそこも…!!」

「わかった…じゃあアイリス、オレにもしてくれ…。」

「いいよ、おにいちゃんも…気持ちよくしてあげる…。」

「頼む…もう、待てんのだ…!」

「あ、アイリスもぉ…!」

ちゅっ…ちゅ、ちゅっ…ちゅっ…

 核心に触れて欲しくなったのは一基も同じであった。アイリスと二人で頬や唇、そして首筋や胸元などめくらめっぽうに接吻を撃ち…裸の胸を押し当てて抱き締め合う。愛おしむように何度も何度も頬摺りして互いの匂いを染みつかせながら、寝台の上を右へ転がり左へ転がり…じゃれ合うように興奮の汗を擦り合った。

 そのうちあおむけになった一基がアイリスをのしかからせるような体勢になる。一基は両手を伸ばしてアイリスの形の良い小さな尻を撫で回し、ぺちぺち、と軽く叩いてうなだれている顔を起こさせた

「アイリス、身体を入れ替えてくれ…。アイリスがオレのを、オレがアイリスのを舐め合うんだ。」

「そ、そんな…まぐわってくれないの…?」

 アイリスはすっかり一基を望んでいたらしい。しかし一基の要求はその望みを叶えてくれるものではなく…また違う意味での愛撫を続行する意志表示であった。いささかすねたように口許をとがらせるアイリスであったが、一基は諭すようにしてなおも続ける。

「いいかアイリス。まぐわいはアイリスの身体ではまだ早い。それこそ他の連中みたいに大きくなってからでも遅いなんて事は絶対にないんだ。」

「…」

「アイリスは今よりももっともっとかわいくなれる。美しくなれる。そのときこそ…アイリス自身が本当に望みを叶えてもらいたい男に操を捧げればいい。」

「うん…。」

「オレは今なら青年だが…夜が明ければまた元通りなんだろう?」

 一基は現実を思い出していたのである。

 若い肉体を取り戻していられるのはおそらく今夜限り。アイリスの魔法めいた超能力の効果が切れてしまえば、自分は再び老い先短い元の老体に戻ってしまうことだろう。そんな現実でアイリスの一生を背負う覚悟などはできない。否、覚悟など決めてはいけないのだ。

 それに比べてアイリスはまだ若い。若すぎるほどである。誰もが認める前途有望な少女だ。精神的に不安定な年頃につけこんで操を奪ってしまっては、淑やかさが備わる頃にはきっと後悔するに違いない。一時の幸せで一生の幸せをふいにすることはないのである。

 一基の最後の問いかけに…アイリスは寂しげにうなづく。そんな現実は一基にとって…そしてアイリスにとっても寂しくてならないものなのだ。

 年齢の近い異性が周りにいないことは、どうしても心に物足りなさを覚えてしまう。

 舞台の脚本や物語の中でさえ、少女は少年に恋をするのである。やはり自分だって本当の恋をしてみたい…。背伸びをしていることはわきまえているが、愛を育んでみたい…。

 だからこそ大神や一基など…年齢は離れているものの親しくしてくれている異性に恋愛の真似事を試しているのである。好奇心が行き過ぎて肉体関係にばかり先走ってしまってはいるが…。

「まぐわいがどうの、の前に…アイリス、お前は素敵なお嫁さんにならんといかんのだぞ?」

「お嫁さん…アイリス、お嫁さんになりたい!」

「そうだろう?だから…素敵な男と巡り会えるまでまぐわいはとっておけ。」

「うん…米田のおにいちゃん…ありがとう。ごめんね…。」

「気にするなって…。」

ちゅっ…。

 一基の説得が理解できたのかどうかは甚だ疑問であるが…納得したようにうなづいたアイリスは小振りな唇を一基の唇に押し当ててきた。小さく吸い付いてからすぐまた離れ、花が咲くように微笑みかけてくる。

「でも…今はせめて、気持ちよくなろう?おにいちゃんに一生懸命お礼がしたい!」

「ああ…受け取るよ、アイリス…。」

「それで…アイリスにも…恥ずかしいけど、アイリスにも…して。」

「わかった…。」

 真っ赤になりながらもおねだりを忘れないアイリスにうなづくと、一基は両手で彼女の上体を起こさせた。そのままアイリスはよつんばいになり、身体を上下入れ替えて一基にかわいらしい尻を突き出すような格好になる。

 丸くてつやつやしているアイリスの尻は美しく…それでいて肛門から少女の裂け目へと続く、開かれた尻の谷間はなんとも官能的だ。裂け目はまだ内側の桃肉をさらけ出すことはなく、恥丘から真っ直ぐに筋を入れただけである。性毛もほとんど生えておらず、柔らかそうな産毛を無色の愛液が艶めかしく包み込んでいるのみだ。

「アイリス…なんだ、おもらししたようにびちょびちょじゃないか…。」

「いっ、言わないでぇ…!おにいちゃんだって、ペニスの先っちょ…ヌルヌルになってるじゃない…!」

「そ、それぁ…そのぅ…。」

 互いの濡れ具合を指摘しながら、幼い二人は気恥ずかしげに視線を泳がせる。

 互いの鼻面に性器を晒しているなどとは…穴があったら今すぐにでも逃げ込みたいほどである。アイリスと言えど、大神に女陰を差し出したことはないのだ。赤裸々晒したのは今夜が初めてということになる。

 そんなアイリスは恥ずかしさを紛らわすよう、積極性を前面に出すことにしたようだ。全長に若さを漲らせて隆々と勃起している一基のペニスを右手にすると、へそへと反り返るのに逆らうよう垂直に起こした。ぬめる先端を興味津々で凝視しながら、ゆっくりと握った右手を上下させる。

ぬちゅ、にちゅ、ぬちゅっ…

「く、くうっ…!アイリス、そおっと…そおっと頼む…!!」

「大神のおにいちゃんよりもおっきいね…。先っぽ、すごいパンパンになってるよ…?」

 忘れかけていた手淫の快感に、一基はだらしなく声を漏らしてしまう。美少年然とした面を困惑させ、少女からの丁寧な愛撫に酔いしれた。

 小さな右手が幹をしごき、指が一本一本ぬめりながらくびれを引っかけていくだけで…一基の腰が少しずつ浮いてしまう。快感に耐えるための自然なしぐさであるが、そうしてなお男根の根本は危険な予感を孕んでジクンジクンと脈打った。

 すべてはアイリスからの色香のためであった。だからこそ、当直の教官や友人の目を盗んでは覚え立ての手淫にふけっていた陸軍学校時代以上に強く勃起しているのだ。

 もしアイリスが口での睦み合いを拒んでいたとしたら…きっと今頃は彼女の眼前で手淫し、数十年振りに蘇ってきた性欲を思いのままに処理していただろう。それはまさに文字通りの自涜である。

 しかし、こうしてアイリスからの奉仕を一身に受けられるからとはいえ…いつまでも受け身ばかりでいるわけにもいかない。一基は生まれて初めて目の当たりにする女性器を睨み付けると、両手でアイリスの尻を撫でざまにむっちりとした外側の肉を割り開いた。たちまち充血した内側からは濃密な愛液がしとどに溢れこぼれてくる。

 なおも裂け目を観音開きにし、小指の先がかろうじて納まるほどの膣口から尿道口、陰核を剥き出しの状態にしてしまうと…アイリスは恥じらいで尻を微震した。恥じらってなお膣口からは新鮮な愛液が搾り出されてくる。

「…なんともまた絶景かな…。」

「だめ…開かないでぇ…!!アイリスの、そんなに見ないでぇ…!!

 一基の木訥な感想にアイリスはすすり泣いてかぶりを振る。それでも一基はアイリスの言葉を聞き流し、示指の先でアイリスの女芯をいじった。熱く、固く充血している女の喜悦を執拗に押し転がし、弾くとアイリスの膣口は呼吸するようにひくんひくんと収縮を繰り返す。それに応じてアイリスの嬌声も色っぽさを増していった。

「あんっ!ああんっ!!いや、いやぁ!そこ、そこはぁ…アイリス、もっとおもらししちゃうよう…!!」

「アイリス…オレにも、オレにもしてくれ…。右手、休んだままじゃないか…?」

「だってぇ…うぅんっ、ふぁ、ふひっ!!き、気持ちいいんだもん…!!」

 アイリスのよがる様子ですっかり思春期の少年に戻ってしまった一基は意地悪な口調で愛撫を促す。すっかり泣きベソになってしまったアイリスは、それでも健気に右手の動きを再開させた。

 全長を長くしごいては先端を揉み、中指の腹で裏側の筋を撫で回してはくびれの辺りを指の間でつかむ。左手は脱力した陰嚢をまさぐり、重みを増している睾丸をひとつひとつ丁寧につまみ、掌の中で転がすようにもてあそんだ。そうすることで一基の男根はいっそう逸り水の漏出を激しくしてしまう。

「くぁ…アイリス、いかん…!!」

「おにいちゃん、もっとガマンしてぇ…。まだおしゃぶり、してないでしょ…?」

「そ、それぁそうだが…こいつぁなんとも強力な…もう、余裕がないぞぉ…」

 歯を食いしばり、一基は射精の予兆を必死に耐えるが…アイリスはなおも我慢を強いてくる。みっともなく上擦った声で弱音を吐きながらも、一基はさらに愛撫を享受しようと深呼吸をひとつ、高ぶった気持ちを落ち着かせた。意識を平静に保ち直すと、反撃とばかりアイリスの尻に手をかけて女陰に唇を寄せる。

ぷちゅっ…ちゅぢゅっ、べろっ、べろっ…

「ああんっ!!だめ、だめっ、だめえっ!!吸わないで、舐めないでえ…!!」

「くぅ…ここもまた醍醐で…。クセになりそうだ…。」

 敏感な内側を唇が、舌が蹂躙するたびにアイリスは腰の中の花筒を震え上がらせ…清純な愛液を一基の鼻面に噴かせてしまう。恥じらって泣きじゃくるアイリスをよそに、一基は彼女の体液をすすり、女陰を味わって堪能した。口の周りはすっかり愛液にまみれてぬるぬるであり、強くアイリスの匂いが染みついてしまう。

 アイリスも経験したことのない性感で胸の奥が締めつけられ、そのせつなさに突き動かされるよう一基の男根に強く口づけた。心持ちすぼめられた可憐な唇が、はち切れんばかりに膨張している一基の亀頭を柔らかく包み込む。

ちゅぷっ…ちゅっ、ちゅっち、ちゅっち、にゅっち…

 そのまま水飲み鳥のように接吻を繰り返し、唇の弾力を何度も何度も加えた。密着しては離れ、密着しては離れするたびに唇と亀頭の間で一基の体液がいやらしく糸を引く。

 その粘液を味わうよう、アイリスは舌を伸ばして艶めく先端を舐め上げた。右手で幹をしっかり握り、くびれに舌を添わせ…鈴口を舌先で苛み…舌の腹全体で燐寸を擦るよう深く舐め回す。

れろ、れろっ…ちゅぴちゅぴちょぴ…べろーっ、べろーっ…

 アイリスのおしゃぶりは精緻を極めていた。一基は男根を激しく痙攣させ、絶体絶命の射精欲にかぶりを振って鳴く。

「あああっ…アイリスっ!!出るっ…出ちまうっ…!!」

「だめっ!まだだめえっ!耐えて、おにいちゃん、耐えてよおっ!!」

「く、くううっ…!!でも、もう…!!」

「待って、アイリスのお口で出して!アイリス、おにいちゃんの飲んであげるからっ!」

かぷっ…もぐぅ、ぬろるろるっ…

 言うが早いか、アイリスは射精寸前の一基の男根を大きく口を開けて頬張った。歯を立てぬよう細心の注意を払いつつ…舌の上に亀頭の表側を擦らせながら深く受け入れる。

ちゅ、ちゅちゅうっ…ちゅぢゅっ、ちゅっ…

 一基も果てる寸前までアイリスを高ぶらせようと、きつく目を閉じて裂け目を凝視しないようにしながら女芯に吸い付いた。先程からすっかり萎縮してきているアイリスの女芯を探るよう、裂け目の縁に唇を押し当ててついばむように吸い付く。わずかに残る感触を唇で挟み込みながら、乳首を吸う以上に強く口づけて…丸い尻をしっかとつかむよう指を立てた。

「んんーっ!!んんんーっ!!」

ぬろろっ、ねっぶねっぷねっぶ…ぶちょ、ぶちょっ…

 怖気すら覚えるほどの快感を意識の器から持て余したアイリスはぽろぽろと涙を流し、男根で深く口を塞いだままよがり鳴いた。そのまま右手で根本を、左手で陰嚢をつかみつつ長い行程で頭を振る。アイリスの美しい金髪が揺れるのに合わせ、鋼のように固くなった男根も生暖かい口腔内にあって舌で深く愛撫された。

「ちゅ、ちゅちゅっ…くぁ、だ、出すぞアイリスッ!!」

「んんっ!んんんっ!!んんーっ!!」

 二人が絶頂感に身悶えした途端、それぞれが求めていた瞬間は刹那で殺到した。

びゅるっ、びゅるるるっ、ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ…

「アイリ…す…!!」

「んんっ、ん…ふぅ、ふぅ…ふぅぐ…」

 腰を浮かせきった一基が幼さすら残滓としている瞳の端から感涙をこぼすのと同時に…男根の根本はたくましく脈打ち、数十年振りの精水を…しかし若くてとびきり新鮮な精水をアイリスの小さな口いっぱいに噴出させた。

 その量と勢いは手淫では経験がないほど多く、強力で…一基は腰骨がとろけてしまったかのような余韻に惚けてしまう。

 射精することがこれほどまでに気持ちよかったとは…目から鱗が落ちる思いであった。今まで手淫でしか射精したことのなかった生涯に舌打ちを禁じ得ないのと同時に…桃源郷に辿り着いたような夢見心地で感動に胸を弾ませてしまう。

 絶世の美少女の口内に射精できたのだから…。しかも、積極的に奉仕してもらって…。

 また、一基が爆ぜるのと同時にアイリスも恍惚の境地に達してしまったらしく…惚けてしまった一基の顔に立て続けて愛液を振りかけた。急激に狭まった膣からわずかに白味を帯びた愛液が一撃、二撃と一基の顔面に降り注ぎ、彼を粘液まみれにしてしまう。

 萎える様子のない男根を頬張ったままで…アイリスは鼻で深呼吸を繰り返し、初めて迎えた絶頂感に浸っていた。

 せつなく張りつめた陰核から拡がった快感の波紋は腰の中全体を熱く沸騰させ…やがて全身に染みわたってきて、中枢を、意識を狂おしく冒してしまったのだ。

 気持ちいい…。

 まさにその一言に尽きた。否、その一言しか思いつかないのである。思考することすらも肉体は怠慢を示し、途方もない法悦の享受に全力を向けている。

 身体中の隅々が熱く、気持ちよくてならない…。大神にも連れていってもらったことのない真っ白な世界でアイリスは歓喜の涙を流し、そして…

ご、くん…ごくん、ごくん…

 濃厚に粘つく一基の精水を、男根を口にしたままで嚥下していった。渋味に満ちた精水ではあるが、そこには一基の喜悦も確実に含有されている。

 アイリスはそれを感じ取ると、舌の根本に絡まってゆく精水の感触に微笑しながら男根を解放した。心ゆくまで射精してなお男根は力強い漲りを呈しており、少女の口内から抜け出た途端に主のへそを音立てて打ち据える。

「アイリス…すごい気持ちよかった…。オレ、飲ませちまって…」

「ううん、いいの…。おにいちゃんの嬉しい気持ちがいっぱいで、とっても美味しかったよ…。」

 余韻で悦に入ったままの一基の呼びかけに、アイリスはゆっくりと体勢を入れ替えてきた。再び一基の胸板にのしかかってきたその素顔は…悦びを分かち合えたことに感動する少女の純粋なきらめきに満ちていた。

「ありがとう、アイリス…。」

「ありがとう、おにちゃん…。」

 見つめ合う少年と少女。愛しげに細められた目はやがてまぶたが下り…

ちゅっ…。

 洋燈の炎が揺らめく中、今宵最後の接吻を交わしてまどろみに溶けていった。

 

 

 

「んん…」

 カーテンの向こうから差し込んでくる朝の日差しに、一基は眠りから覚めた。

 何か心地の良い夢を見ていたような記憶を寝ぼけ眼で模索すると、たちまち意識は夕べの睦み合いを思い出させる。

 アイリスによって若返った自分は、そのまま彼女と…

「夢…だったんだろうか?」

 ふと現実を確認してみた。

 布団もかけられているし、夜着も着ている。もちろん寝台の中は一基一人だ。

 掛け布団の中から右手を出し、朝日にかざしてみる。そこには節くれ立ち、潤いも失せた無骨な右手があった。とてもではないが、アイリスの柔肌をまさぐった若かりし頃の張りのある右手には見えない。

 生々しかったぶん、一抹の寂しさが胸中をよぎる。一基は溜息を吐きながら起きあがり、寝台の棚から眼鏡を引き寄せようと左手を伸ばした。

「むぅ…?」

 しかし左手は虚空をつかむばかりであった。思わず視線をやっても、就寝前には必ず眼鏡を置いている場所には愛用の眼鏡は無かった。

 慌てて寝台から下りると、一基は夜着もそのままに隣接している支配人室へ駆け込んだ。息せき切って部屋の中央に駆け寄ると、そこには案の定…眼鏡が投げ捨てられている。

「こいつぁ…妖にでも惑わされたか、それともやはり…」

 眼鏡を拾い上げた一基はそうひとりごちながらも、とりあえずは身支度を整えることに決めた。

 

 

 

 とりあえずアイリスに会ってみよう。

 いつものスーツに身を包んだ一基はそう考え、二階へと続く階段を登ろうとした。するとその時、二階から誰かが和気あいあいおしゃべりしながら階段を下りてくるのが聞こえてくる。

「早く早く!朝ご飯はゆっくり、優雅に食べてこそ活力になるんだよ!!」

「でもそんなに急いだら危ないよ。階段なんだから…。」

 誰あろう、それは普段着姿のアイリスと大神であった。二人で食堂に向かうところらしく、アイリスは苦笑しきりの大神を後ろ向きで引っ張るよう、忙しなく階段を下りてくる。

 先に一基に気付いたのは大神であった。

「あ、米田支配人、お早うございます!」

「うむ、お早う。二人とも朝から元気がいいな。」

「あっ!米田のおじちゃん!!おはよう!!」

 後ろ向きであったアイリスも大神と一基のやりとりでクルリと振り向き、まばゆいほどの笑顔で挨拶を送ってきた。その屈託の無さからは夕べの嬌態などは想像もつかない。

 やはり夢幻であったのか…。

 そう気を落としかけた一基に大神が声をかけてくる。

「支配人はもう、朝食は済まされたのですか?」

「いや、まだだが…おめぇ達はこれからか?」

「そうだよ!おにいちゃんと朝の優雅なひとときを過ごすのっ!!」

 一基の質問に、アイリスが代わって答える。大神の左手を握ったままで離そうともしない彼女は大神との朝食が嬉しくてならないといった様子である。これはごくごく当たり前の光景であるのだが、今朝の一基にしてみれば妙に寂しい光景として映った。

「それでは支配人、失礼します。」

「おじちゃん、また後でね!」

「おう、しっかり食ってきな。」

 礼儀正しく頭を下げる大神と、片手にしたジャンポールを持ち上げて手を振らせるアイリス。挨拶を返した一基は逆戻りして不自然さを醸し出すまいと、とりあえず二階へと向かった。

 己の内面を残酷なまでにえぐってきた夢ではあったが、所詮は夢。

 妙な夢ひとつで何を取り乱しているのか…。

 そう自嘲しながら踊り場まで歩を進めたときであった。

「おじちゃーん!」

「アイリス?」

 呼びかけられて振り返ると、ジャンポールを抱えたアイリスが元気よく階段を駆け上がってきた。階下では大神が所在なさげに彼女の帰りを待っているのが見える。

「一体どうしたぃ?」

 息を切らして駆け上がってきたアイリスに、一基は幾分腰をかがめて視線を合わせながら問いかけた。深呼吸を繰り返して息を整えたアイリスが天使のように愛くるしい笑顔を浮かべた瞬間…

ちゅっ。

「な…?」

「今度は…おじちゃんと一緒に優雅な朝を過ごしたいな!」

 頬から伝わったささやかな感触に思わず後ずさった一基の前で、アイリスは照れくさそうに舌を出しながら早口でそう告げた。そして軽やかに身を翻すと、一段飛ばしで階段を駆け下りて大神とともに一階の廊下の奥へと消えてゆく。

 ただ一人踊り場に取り残された一基は…頬に残されたほのかな湿り気を右手で撫でながら思わず微笑を浮かべていた。

「くっくっく…歳を考えろってんだぃ…。」

 そう独語し、階下を見つめる一基の瞳は…確かに、夕べアイリスの瞳に映っていた若かりし頃のものであった。

 

 

 

終わり。

 

 

 


(update 99/06/13)