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ミサトが夜通しで働きづめになると、シンジとアスカは二人きりで部屋の留守を守らなければならなくなる。
留守番というものは、得てして退屈なものだ。
しかし二人にとっては、その日は夢と現の境界が曖昧になるような、とびきり素敵な日となるのである。しかもその日が休日であればなおさらだった。
なにせ、なんの気兼ねもなく、一日中ずっと一緒に過ごせるのだ。何をするにも一緒でいられるのだ。
二人は汗蒸すほどの暑気もかまわず、仲良く寄り添いくっついてその日を過ごす。
掃除をするにも、洗濯をするにも、買い物へ行くにも、食事の用意をするにも、すべて一緒。二人は家事を苦にしなかった。むしろ二人でこなす家事そのものを楽しんでいた。
ある日などは戯れ半分、裸にエプロンのみをまとった格好で日中を過ごしたこともあった。もちろんアスカだけではなく、シンジも一緒に、である。
一緒に楽しむのは、なにも家事に限った話ではない。
テレビを観るのも、マンガを読むのも、ゲームをするのも、宿題をするのも、すべて一緒。チャンネル争いに始まり、ゲームでの失敗や単純な計算ミスを小馬鹿にし合ったりすることすらも楽しみとしていた。
そして、風呂に入るのも、食事をするのも、床に就くのも、すべて一緒。二人は様々な話題を提供しては仲睦まじく談笑し、いずれの場面をも心から楽しみ合った。
何をするにも一緒に過ごす、そんな日に限ってではあるが、仲良く一緒に使うものもひとつ増えた。それは、元々はシンジが専用に使っていた布団である。
一ヶ月ほども前の、あの夜から。
二人は、ミサトが帰宅しない夜には必ずひとつの布団で眠りに就き、朝を迎えるようになった。もちろん、ただ眠って起きるだけではない。それぞれ男女として求め合い、そして求められるものをできるだけ持ち寄って、互いに愛欲を満たしていた。
幸せだった。本当に幸せだった。
たとえ世界中から見放されたとしても、二人でいられさえすれば、このままずっと幸せでいられる。ずっと幸せが続いてゆく。
アスカもシンジも、そう確信していた。
特に、心ゆくまでセックスを楽しんだ後では、その確信は一層強くなる。
セックスの余韻に浸り、それに伴う心地良い疲労感を覚えながら抱き合っていると、二人は延々とそんなことを考えてしまう。幸せすぎて、他のことを考える余裕が無くなってしまうのだ。
「しあわせ…」
「僕も…」
深い呼吸を繰り返しながら、アスカはシンジの腕枕に頬摺りをひとつ、夢心地そのものといった上擦り声でつぶやいた。シンジも、つい今しがたまで激しくぬめり合っていたアスカの裂け目をティッシュで丁寧に拭いつつ、恍惚の溜息混じりに同意する。
二人は、今宵三度目のセックスを終えたところであった。避妊を意識しない夫婦同然のセックスに身も心も酔いしれ、身体の芯まで幸福感に浸っている真っ最中である。
二人きりで過ごす夜は、アスカがセックスを覚えたあの夜から数えて、今夜が七回目であった。今夜も、ミサトは徹夜作業のために帰宅しない。しかもその作業は明日の夕方までかかると聞いているから、安心して朝まで一緒にいられることだろう。
アスカもシンジも、この日を待ち侘びていた。そのぶん、若い身体と心はすっかり欲しがりになっていた。
今日の夕方のことである。一緒に学校から帰り、部屋の鍵を閉めたところで、二人は揃って我慢の限界を迎えた。制服姿のまま、どちらからともなく抱き締め合ってキスに耽ったのだ。
キスはミサトがいるときでもこっそり交わしてはいたのだが、それでもディープキスとなると話は別である。ほんの数分舌を絡め合っただけで、二人はいやらしく下着を濡らしてしまった。二人がキス好きな唇をなだめるのに相当の気力を要したことは、今では想像に容易いだろう。
なんとか愛欲を押さえ込んだ二人は、逸る気持ちに急かされるまま手早く入浴と夕食を済ませ、さっさと布団を敷き、そして今に至っている。
つまり、二人は日が落ちてからずっとセックスしていたことになるわけだ。一度セックスを終えても布団から出ることなく、裸で寄り添っておしゃべりしていたのだから、もしそう言われたところで二人は反論できないだろう。
そんな楽しい時間は、極めてハイスピードで過ぎ去るものだ。枕元の時計にシンジが目をやると、デジタル表示の時刻はもう午前二時を示している。
ちなみに、日付でいえば今日は金曜日。七時には起床して身支度を整え、学校に行かなければならない。夜更かしの時刻はともかく、夜更かしの内容は少々度が過ぎているといえよう。
「…明日にはミサト、帰ってくるのよね」
わがままな想いが、ついアスカの口をついて出る。
直接的な言葉ではないものの、その口調は極めて憂鬱なものであった。シンジの腕枕に甘えながらも、心持ちうつむいている彼女が何を想っているかは一目瞭然であった。
「…なんかその言葉、これで三回目のような気がするんだけど」
しかしシンジは共感して憂鬱になるでもなく、かといってたしなめるでもなく、少々げんなりとした溜息とともにそう相槌を打った。右手は枕元から新しいティッシュを引き出し、アスカの愛液と自らの精液にまみれてベトベトのペニスを拭う。
二週間ぶりに射精欲を満たされて充足しきったらしく、すっかり萎縮したペニスは鈍く痺れている。充足どころか繰り返し迎えた絶頂に疲れ果て、鈍痛すら覚えているほどだ。
その鈍痛のために、ついついシンジは皮肉めいた相槌を打ったのである。
「ホントあんたって、男のくせにいちいち細かいこと覚えてるわよね」
「そりゃそうだよ。さっきもそうだし、その前もそうだったけど、アスカはそう言うたびに身体を擦り寄せてキスしてくるんだもん。ミサトさんが帰ってくる前にもう一回したい、ってさ。アスカって、ホントに甘えんぼでスケベだよね」
「な、なによ!甘えんぼでスケベはあんただって同じじゃないっ!必ずあたしの胸を赤ちゃんみたいに吸ってくるし!それに、恥ずかしいから嫌だって言ってるのに、いつもいつもバックでしたがるし!ホント、信じられないくらいスケベなんだからっ!」
「胸はアスカも吸っていいって言うくせにっ!そっ、それにバックだって、別にしたがってるわけじゃないよっ!いつも正常位ばっかじゃアスカも退屈かなって、ちょっと聞いてみてるだけじゃないかっ!嫌だって言うから、僕も無理強いしてないしっ!!」
先程まで仲睦まじく寄り添っていた二人であったが、ささいな言葉の弾みで、突然くんずほぐれつの取っ組み合いを始めた。
とはいえ乱暴に殴り合ったりするわけではなく、その攻撃はあくまでのしかかって重みを掛ける程度だ。決して傷つけ合ったりするような手荒なまねはしない。普段からアスカはシンジを小突いたり蹴っ飛ばしたりしているが、そっちの痛みの方がずっと強烈だ。
結局は裸で抱き合ったまま、布団の上を左右にごろごろ転がるだけである。時折勢い余って布団の外にまで転がりながら、延々と痴話喧嘩を繰り広げるその様子は、単にじゃれ合っているだけにしか見えない。
「はあ、はあ、はあ、はあ…まったく、余計な汗かいちゃったじゃない…」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…あ、アスカのせいだろっ…」
「なに言ってんのよ、シンジのせいよっ…」
ひとしきり取っ組み合い、あらためて汗みずくになった二人はぐったりと元通りの位置に戻り、互いを抱き寄せ直した。荒ぶった呼気をそのままに牽制し合うものの、アスカもシンジもすこぶる嬉しそうに目を細めている。
身体中が汗でベトベトであったが、それでも右脚どうしを絡めて寄り添っても不快ではない。むしろ一体感が増すようで、心地良かった。
その一体感を少しでも欲張るよう、横臥の下側になったシンジの左手と、アスカの右手が指を絡めてエッチつなぎになる。二人は照れくさそうに笑うと、目を伏せて小さくキスした。二人で育んでいる幸福感が、薄膜ごしに甘酸っぱく弾け合う。
「んぅ…んふふっ…シンジ…ね、シンジぃ…」
キスを終えて唇が離れても、アスカは甘えた猫撫で声で呼びかけながら、鼻先どうしをツンツンと触れ合わせる。
これは視線を合わすまいと、目を伏せたままのシンジをからかっているのだ。
もし視線が合ってしまえば、シンジはアスカからの求愛を拒むことができず、あっけなく四度目に応じてしまうことだろう。青く澄んでいるアスカの瞳には、きっと魅惑の魔力か何かが宿っているに違いなかった。
「だ、だめだめっ!三回もしちゃったんだし、今夜はもう終わりっ」
しかしシンジはアスカの誘惑に屈することなく、きつく目を閉じたままたしなめるようにそう言った。布団の外に押しやっていたタオルケットを右足で引き寄せると、今度は右手がそれを受け取り、そのまま丁寧に自分たちの身体にかける。その様子は、まさに店じまいそのものだ。
「三回もって…普段から三回はしてるじゃない」
「…僕は今日、五回も出してるんだけど」
「あ、そっか…。でもでも、こんな美少女とセックスしてるのよ?数は多ければ多いほど喜ぶべきじゃない?」
「そういう問題じゃないのっ!」
「あははっ!やん、またくすぐるっ…!や、も、もうやめてっ!ゴメン!」
タオルケットがかけられてなお、二人はその下で睦言を交わし、イチャイチャとじゃれ合った。アスカがおどけて、シンジがくすぐり、ひとしきり身じろぎし合って、最後の最後まで二人きりの時間を堪能し尽くそうとする。
そして、もう一度だけキスを交わし、二人はようやく落ち着きを取り戻した。
くすぐり攻撃をしかけていたシンジの右手は、丁寧な手つきでアスカの乱れ髪に手ぐしを入れ始める。アスカはしおらしくそれを受け、吐息を穏やかにしていった。
「…明かり、消すわよ」
「うん」
満足しきったアスカは背後に左手を伸ばし、手探りで照明のリモコンのボタンを押した。思い出したかのように、たちまち室内も真夜中になる。
ちなみに、二人はセックスの最中でも明かりを消さない。これはアスカの希望によるもので、初めてのときからずっと、二人はこうして明かりの下で睦み合っている。
あちこち見られるのは恥ずかしいが、その恥ずかしさすらもシンジと楽しみたい。
それがアスカの気持ちだった。シンジと一緒にひとときを過ごしているという実感こそが、アスカにとってなによりも大切なものなのだ。
「ね、シンジ…」
「ん?」
アスカは左手をタオルケットの中に戻し、シンジの背中を抱き寄せながら小声で彼を呼びかけた。それにあわせて、シンジは明るいハニーブラウンの髪への愛撫を止め、その右手で同じようにアスカの背中を抱き寄せる。
汗だくで、薄いタオルケット一枚であっても、こうしてくっついていられるから冷えることはない。そもそもミサトの部屋の冷房は、あまり効きがよくないのだ。
「あたしたち、いっぱいセックスしてるけど…そろそろ、赤ちゃんできたかな…」
そうささやくアスカの吐息が遠ざかり、かわりに前髪と額がシンジのそれとくっついてくる。照れくさくてうつむいてしまったのだ。
その事実は、夜闇の中でもシンジには十分わかった。しかしそのはにかみが、いっぱいセックスしていることによるものなのか、赤ちゃんができたかどうかによるものなのかまではわからない。
わからないからこそ、なんとなく両方のように思えて、にわかにシンジまで照れくさくなってきた。ぽっと頬が熱くなると、たちまち耳まで熱く火照ってくる。
初めての夜から今日まで、シンジはスキンシップの延長のような気持ちでアスカとセックスしている。しかし、二人のとっている行動は紛れもない子作りなのだ。決していい加減な心積もりでやっているわけではない。
シンジはアスカを妊娠させたくて。
アスカはシンジの子を妊娠したくて。
つまりは、ひとりの子どもの父と母になる覚悟を胸にセックスしているのだ。単に快感を求めるだけなら、他人に言われるまでもなく避妊の準備をしていただろう。
数ヶ月前にミサトが言った、第二世代育成計画。
チルドレンどうしで子どもを設け、エヴァンゲリオンのパイロット候補生として育成するという、無茶苦茶ながらいかにもネルフらしい計画。
そんな無茶苦茶な計画に、女であるアスカは振り回されたくなかったのだ。
どうせチルドレンどうしで子どもを作るなら、親しくしているシンジとがいい。
だから、命令されるより早く、シンジの子どもを身ごもりたい。
そんなアスカの望みに、シンジも応えた。ユニゾンを築き上げた二人の相性は驚くほどぴったりであり、今ではそんな意志すらついつい忘れてしまうほど、身も心も仲良くなっている。二人はそれだけの絆をも築き上げたのだ。
それでも、好きとか、愛してるとか、そんな感情は恐らく存在していない。
どうせ明日さえわからない境遇なのだ。今さえよければそれでいい。訪れる一秒一秒を少しでも快適に過ごせればそれでいい。
昔の大人が聞いたら、まず間違いなく顔をしかめそうな意識を二人は持っていた。持たざるを得なかった。こんな時代と環境が彼らをそうさせたのだ。
しかし、こんな関係を続けている間に、アスカにもシンジにも不思議な感情が芽生えつつあった。それは、単に仲良くしていたいだけではなく、相手のことを大切にしたいような、思いやりともいうべき感情である。
それぞれの接し方で孤独と付き合ってきた二人は、セックスという行為を重ねることによって、ようやくその優しい気持ちを受け入れられるようになった。
シンジは、その優しい気持ちを諦観と取り違えしなくなり。
アスカは、その優しい気持ちを嘲笑わなくなり。
少なくとも、二人の間の空気はいつでも柔らかくまろやかであるようになった。
「…これだけいっぱいしてるんだもん、すぐにできるよ」
「…うん、そうね」
シンジは眠るように目を伏せ、触れ合っている額を意識しながら、テレパシーでも送るようなイメージでアスカに答えた。アスカが安心できるようにと、ささやかに祈りを込めたつもりであった。
その祈りが通じたかのように、アスカはそっとうなづいた。
シンジにそう言ってもらえただけで、不穏な焦燥感はあっさりと霧散してしまった。たちまちせつない胸苦しさは消え、普段通りの元気が蘇ってくる。自然と、口元は幸せそうにほころんできた。
「あ、でももしかしたら、もうできちゃってるかもしれない。自然とシンジは禁欲してるし、それでいて、いざするときは何回も何回もするでしょ?ひょっとしたらもうひとり妊娠しちゃってて、双子ってことになってるかも!ああ、産むの大変そう!」
「ははは、いくらなんでもそれはないよ」
「わかってるわよ、バーカ」
「ひ、ひどい…元気になったらすぐこれだよ」
まさに、普段通りのアスカである。傷つきながらも、シンジは胸を撫で下ろした。
「でも…でもアスカ、赤ちゃんができたら…絶対、元気な子どもを産んでよね」
「当ったり前じゃない。あたしが産む子どもよ?絶対元気に決まってるわ。あんたの精子からってところがやっぱり気になるけど、それでも元気いっぱいの子どもを産んでみせるわ!」
「またぁ…アスカは一言多いんだよっ」
「あんっ!やだ、またくすぐるっ…!ちょ、おしりはダメッ!もう…このスケベッ!」
アスカは、シンジのくすぐり攻撃に対しては相変わらず弱い。あばらの辺りから脇腹にかけてだけでなく、まろみ十分のしりを撫で回されるだけでも声を上擦らせて身悶えする。彼女の敏感さが窺える一面だ。
ともかく、こうして仲睦まじくじゃれ合う二人は、まるで本当の夫婦であるかのようだ。
とはいえ、二人は別に意識などしていない。調子に乗って演技しているわけでもない。
あくまでも、これが二人にとってごく当たり前のコミュニケーションなのだ。素直な気持ちが、そのまま言葉と、態度と、そして反応に出てしまうのである。
こうやって仲睦まじく夜を過ごす二人の顔は、飾りがないぶん素敵な笑顔であった。
「…おやすみ、アスカ」
「うん…おやすみ、シンジ」
二人は夜闇の中でささやかな挨拶とキスを交わし、まどろみを求めて目を閉じた。
アスカはタオルケットの下で、その端正な肢体をモジモジとシンジに擦り寄せ、お気に入りの密着具合を探し出す。シンジは乳房のふくよかさを胸に感じながら、甘えてくるアスカの背中を優しく抱き、穏やかな溜息をひとつだけ漏らした。
ずっと、ずうっと二人でいたい。
二人でいれば、ずっと、ずうっと幸せでいられる。
そんな切なる想いが、ひとつの布団で安らかにまどろんでゆく二人の胸を占めていた。つづく。
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(updete 2004/03/06)