かわるシアワセ

05

作者/大場愁一郎さん

 

 ノースリーブのTシャツにカットジーンズといった格好では、少々コンビニの冷房はきつすぎる。
 アスカはぼんやりとファッション誌を立ち読みしながら、右脚のすねで左脚のふくらはぎをこすった。冷えたふくらはぎに、すねは微妙に温かくて気持ちいい。
 日曜日の正午を少し過ぎた頃。アスカはコンビニへ昼食を買いに来ていた。
 とはいえ、ただ食べたいものを買って帰るだけでは愛想もないし、なによりミサトの部屋に比べたら店内は格段に涼しい。そこで暇つぶしの雑誌を物色がてら、しばらく涼んでいくことにしたのだ。もちろん、おもしろそうな内容であれば買って帰るつもりである。
 それでも、どの雑誌もアスカの興味を引くようなことは書かれていない。
 というよりも、アスカ自身が興味を持てそうになかった。
 緩慢な手つきでページをめくり、ぼんやりと眺めては溜息を吐く。その眼差しには活気がなく、幾分やつれた素顔にはどんよりとした気怠さが漂っていた。
 昼食を買いには来たものの、最近はまったく食欲がなかった。
 平日は学校があり、その後でネルフ本部へ出向いてエヴァンゲリオンとのシンクロテストと慌ただしい一週間ではあったが、一昨日からは一日二食となってしまった。空腹感は訪れるのだが、それを満たすだけの食事をとることができなかった。何を食べても美味しいと思えないから、それも当然のことだ。
 腹が減っては戦はできぬ。当然、なにをやっても上手くいかない。
 上手くいかなければおもしろくもない。おもしろくなければやる気もでない。
 そんな悪循環にアスカは陥っていた。
 ミサトがいないこともあって、この一週間はずっとひとりであったが、そのぶん生活は荒んでいた。洗濯もしない。掃除もしない。帰ったらシャワーを浴びて寝るだけ。髪も身体も清潔にはしているが、ハニーブラウンの髪からも、健康そのものだった肌からも、少しずつつやが失せていった。
 アスカはやがて陳列棚に雑誌を戻すと、頼りない足取りで食品コーナーへ向かった。向日葵がデザインされた、明るい色合いのサンダルも引きずりがちである。
 何にしようか迷った挙げ句、アスカはサラダサンドをひとつ手にして精算を済ませた。
 どれが美味しそうかと目移りしたわけではない。できるだけ簡単に昼食を取りたかったのだ。このちっぽけなサラダサンドひとつでさえ、食べきれるかどうか自信がない。
「暑…」
 コンビニの外は、気力減退中のアスカに対して相変わらず容赦がなかった。
 乱暴なほどの暑気に圧され、アスカはビニール袋を下げた右手で日差しを遮る。人気の少ない通りは、なんだか向こうの方に蜃気楼が揺らいでいるようにも見えた。
「アスカーッ!」
「ん…?」
 その空気の揺らめきの向こうから、誰かが呼びかけたような気がした。アスカは右手でひさしを作ったまま、怪訝そうな目つきでそちらを見つめる。
 クラスメイトであったら、その人には悪いがあまり関わらないつもりでいた。今はあれこれおしゃべりする気力がないし、せっかくの休日にもかかわらず、こうして塞ぎ込んでいる自分を見せてしまうのが忍びなかったのだ。
 やがて、遠くに見えていた人影がアスカの瞳で焦点を結び、その姿を捉えた。
 この暑い中を息せき切って駆けてくる人影は、やはりアスカのクラスメイトだった。学校指定のスラックスでそれがわかる。
「うそ…」
 次の瞬間。
 アスカはぽつりとつぶやき、脱力した右手からビニール袋を取り落とした。遠く向こうから駆けてくるクラスメイトが誰なのかに気付き、呆然自失となったのだ。
 意識は錯乱とも呼べるほどに困惑をきたし、想いを乱してくる。ただその光景に意識を奪われるばかりで、目の前で起こっている状況を整理し、把握するすることができない。
 結局そのクラスメイトは、アスカが呆然としている間に彼女の元まで辿り着いた。辿り着くなり膝に両手をついてうつむき、忙しなく呼吸して思う存分に酸素を取り込む。
「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ…ただいま、アスカ!」
 それでどうにか平静を取り戻したのか、彼はうつむいていた顔を上げ、にっこりとそう言った。そのあどけない笑顔も、開襟シャツまでも汗まみれにした少年は、見まごうはずもなくシンジであった。
「…あんた、どうして…」
 シンジがいる。いま目の前に、いるはずのないシンジがいる。
 その事実をすんなりと受け入れられず、アスカはまるで悪い夢にうなされているかのような声でそう言った。別に、その事実を認めたくないからではない。あまりに信じられない出来事であるから、まさに夢か幻かと困惑しきったためだ。
「えへへ…セックスが下手くそだからって、綾波に追い出されちゃった」
「えっ!?」
 シンジの言葉は、もちろん冗談である。今朝もやはりセックスはできなかったが、レイは一言たりともシンジを罵ったりしていない。
「いや、それはまあ冗談だけど…ずっと綾波と一緒にいろなんて、誰も言ってないし」
「うそ…そう、だっけ…」
「あ…ま、まあともかく!一日くらいは僕だって好きなことしたいしさ!」
 まるで夢の中での会話のような曖昧さを覚えつつ、アスカはあの日の記憶を辿ってみた。しかし、なんだか悲しくなるばかりで上手く思い出すことができない。ただでさえも虚ろな表情は、それでますます憂いの翳りを帯びてゆく。
 そんなアスカを見て、シンジは慌てて両手を振った。努めて明るく、そしてにこやかに宣言して一方的に話を終える。今まで寂しい想いをしてきたのに、せっかくの再会のシーンにまで陰鬱な雰囲気を漂わせたくなかった。
「一週間ぶりだね。会いたかったよ、アスカ…」
 シンジは嬉しそうに目を細め、真心のままにそう告げた。失礼だとは思いながらも、アスカの顔を眺め回さずにはいられない。
 恋しくて、恋しくて、そのぶん懐かしくてならないアスカの顔。少しやつれたようにも見えるうえに、思いがけない再会で呆然としてはいるが、生来の美少女ぶりに変わりはない。こうして会えただけでも、シンジの胸はどこまでも安らいでゆく。
 そんなシンジの素直な笑顔と、想いがいっぱいにこもった言葉に、アスカはようやく我に返った。
 これは紛れもない現実なのだ。
 あれだけ寂しがって、恋しがって、そのあまりのつらさに忘れようとさえしたシンジが、目の前にいる。こうして以前のように微笑み、親しげに声をかけてくれている。
 アスカの荒んだ心の中で、歓喜の鐘が高らかに鳴り響いた。
「…あっ、あたしも、会い…」
 アスカも心根を吐露し、素直に笑いかけようとしたが、そこまでだった。
「うぐっ、うっ…うわああああっ!!ああああああっ…!!」
「アスカ…」
「寂しかったんだからぁ…寂しかったんだからっ、バカシンジぃ…ああああああっ…!」
 アスカはたちまち美少女の素顔をくしゃくしゃにすると、飛びつくようにしてシンジにすがりつき、あげられるだけの声をあげて盛大に泣いた。シンジがその身を抱き寄せて呼びかけると、アスカは涙声でむずがるように彼をなじり、華奢な身体を震わせて泣きじゃくる。
 それは、人間が体内に秘めている救済の技法であった。蓄積されたストレスを涙によって強制排除し、その心身を保護しようとする生理現象である。
 シンジと再会できた安堵。
 会いに来てくれたシンジへの謝意と、それによる歓喜。
 身勝手に忘れてしまおうとしたことへの罪悪感。
 様々な想いがアスカの心でない交ぜとなり、まさに滂沱の勢いで涙が溢れてくる。
 心地良かった。本当に心地良かった。
 先週の日曜日もこうして大泣きしたが、心境がまるで違う。
 大声をあげ、気どりもてらいもなく涙を流すことが、今はたまらなく清々しい。
「アスカ、ホントに寂しかったよね…バカになんてしないから、好きなだけ泣いちゃえ」
「あううっ!ううっ、うううっ…ふううううう…!!」
 シンジが優しく諭すように言うと、それでアスカはなお激しく泣きじゃくった。目一杯の力でシンジに抱きつき、しきりにイヤイヤとかぶりを振って、いつまでもいつまでも涙を流し続ける。
 シンジの言葉が嬉しかった。どうしようもないほどに嬉しかった。ストレスを排出するための嵐のような号泣は、やがて心地良い嬉し泣きに変わってゆく。
 その声につられ、シンジもほろりと涙をこぼした。声を出して泣きじゃくりまではしないが、代わりにきつくアスカを抱き寄せ、その髪に鼻先を埋めて頬摺りする。
 ハニーブラウンの髪はわずかにつややかさを失ってはいたが、シャンプーの匂いがなんともいえず懐かしい。もう嬉し涙が止まらなくなってしまった。
「…会いたかったよ、アスカ…ホントに会いたかった…」
「あたしも…ひくっ…あ、あたしも、あんたに会いたかった…」
 ひとしきり泣いて、互いに落ち着きが戻るのを待ってから、シンジはアスカの耳元にささやきかけて顔を上げた。アスカはかわいくしゃくり上げながら、まだわずかに涙声でそれに応じ、倣って顔を上げる。
 お互いに、顔中が涙でべちょべちょであった。アスカに至っては、泣き腫らした瞳がすっかり赤くなっている。それで二人は顔を見合わせたまま、極めて照れくさそうに、だけど嬉しそうに微笑んだ。
「はははっ…アスカ、すっごい顔」
「あ、あんただって…それになによ、バカにしないって言ったくせに」
「そうだったね、ゴメン」
「ゴメンじゃないわよっ、このバカシンジ…」
 二人は抱擁を解くことなく、幸せいっぱいで言葉を交わす。強烈な日差しも、汗臭さも、コンビニの店員からの視線も、この仲睦まじい雰囲気の中ではまるで気にならない。
 暦の上ではたった一週間であったが、お互い物凄く長く感じながら過ごしてきた。そのぶん、この何気ないやりとりひとつも懐かしく、そして楽しく感じられる。以前よりもずっと仲良くなれたような気さえした。
 気持ちが軽くなると、身体も正直になる。
 二人はしばし愛しげに見つめ合っていたのだが、ふとアスカの方からその目を伏せた。唇も口紅を整えるようにモジモジとさせてから、そっとすぼめるようにしてシンジに差し出す。泣き止んだばかりのアスカの素顔は、それで無防備を極めてしまった。
 キスしたい。今すぐ、シンジとキスしたい。
 アスカはシンジと再会できて、すっかり甘えんぼになっていた。もはやキスくらいであれば人前であっても厭わない。
 コンビニの中からは、先程会計をしてくれた若い女性店員が仕事を忘れ、夢中でこちらを眺めてきている。しかし、それがどうしたという気分であった。キスを見られたところでサードインパクトが起こるわけでもないのだ。
「アスカ…」
 シンジも甘やかな雰囲気に任せ、そっと唇を寄せた。一応は女性店員からの視線を気にしつつ、自らも思い切って目を閉じる。
 まさにそのとき。
 抱き合ったままの二人の隙間に、なにやらくぐもった音が三秒ほども響いた。
「…ゴメン」
「…あれ、もしかしてアスカも?」
「え?ちょ、今の、シンジもそうなのっ?」
 慌てたように言葉を交わして、二人は見る見るうちに顔を赤くする。
 恋人どうしのような仲の良さを見せつけ、腹の虫に不満を鳴らせたのはアスカだけでなく、シンジも同じであった。二人とも、まだ昼食はとっていないのである。昼食どころか、朝食もまともにとっていないのだから無理もない。
「…お昼ご飯、買って行こっか」
「…いいわ、付き合ったげる」 
 ささやかに相談して、シンジもアスカも極めて気まずそうにコンビニに入った。女性店員は努めて素知らぬふりを装い、マニュアル通りの爽やかな挨拶を二人の客に送る。
 アスカが拾い上げたビニール袋の中では、サラダサンドがすっかり不味そうなホットサンドになっていた。

 一週間ぶりに二人で食べた昼食は、なかなかにヘビーであった。
 アスカはカツ丼にカルボナーラ。ペットボトルの無糖アイスティー。
 シンジはミックスフライ弁当に洋風冷やし春巻き。缶入りの緑茶。
 それと、アスカが捨てると言ったサラダサンド。これはシンジが説得して、結局二人で半分ずつ食べた。
 元気が出ると食欲が湧くし、好きな物を好きなだけ美味しく食べられる。
 しかも二人で食べるとなれば、楽しくおしゃべりだってできる。
 二人はガツガツと昼食をとりながら、テーブルごしにあれやこれやと談笑した。
 その話の弾みようは、おしゃべりできなかった一週間のブランクを一気に埋めてしまうほどであった。さして目新しい話題は無かったが、たあいもない話を繰り返しているだけでも昼食時間は十分に楽しく過ごすことができた。
 それぞれで存分に食欲を満たし、冷たい飲み物で喉を潤し始めた頃、シンジからこの一週間のできごとについて話し始めた。
 ネルフ本部での禁欲生活における目新しさ。不自由さ。そして寂しさ。
 アスカも、この一週間の暮らしぶりを自嘲半分はにかみ半分で語った。
 寂しさに明け暮れた三日間。そして、ミサトも帰ってこなくなった残りの日々。
 共通する寂しさについては、二人は深く語り合おうとしなかった。なにより、思い出したくなかった。
 ひとまず今は、こうして一緒にいられるのだから、嫌な記憶はできるだけ呼び戻したくない。ただでさえもおもしろくないことが多いというのに、過去を振り返ってまで不快にはなりたくなかった。
「で…どうだったの、ファーストとは」
 アスカはペットボトルの紅茶をラッパ飲みしながら、興味津々の様子でテーブルの上に身を乗り出した。シンジは思わずたじろぎながら、気恥ずかしそうな上目遣いとなる。
「…やっぱり、話さなきゃダメ?」
「当然よ!同じエヴァのパイロットとして気になるわ」
 もったいぶるわけではないが、シンジはレイと二人で過ごした土曜日について、積極的に話す気になれない。もっとも、話す内容もほとんど無いに等しいのだが。
 それでもアスカは椅子から立ち上がり、悠然と胸の前で腕組みしてそう言った。もちろん、エヴァンゲリオンのパイロットとしてというのは建前である。興味半分、嫉妬半分であることは今さらいうまでもないことだろう。
 シンジは諦めて溜息を吐き、順を追ってすべてを話した。
 キスして、身体に触れはしたものの、結局一度もセックスできなかったこと。
 それ以外の時間は、主にしりとりをして過ごしたこと。
 夕食の海藻サラダで盛り上がったこと。
 今朝も、ベッドでしりとりをしてきたこと。
 またね、と告げて部屋を出たこと。
 そこから、ミサトの部屋まで走って帰るつもりでいたこと。
 以上。
「…以上、だけど…」
「ぷっ…く、くっ…あはっ、あははっ!あーっはっはっはっは!!」
「…ど、どうせ笑うと思ってたから、好きなだけ笑えばいいよっ」
「はひ、はひひっ、痛い痛い!おかし過ぎて、腹筋がちぎれちゃう!く、くくくっ…あーっはっはっはっは!!もうだめ、もうだめ、誰か助けてぇ…!!」
「知らないよっ」
 シンジがありのままを告白すると、アスカはたまらずに吹き出し、床に転がって哄笑した。両手で痛む腹を押さえ、涙を浮かべて悶え転がる。
 セックスができなかったことはともかく、中学二年生の男女が同じベッドでしりとりして遊んだという内容がアスカには強烈だった。しかもその男女がシンジとレイであるだけに、その光景は容易く想像することができてなおおかしい。
 照れくさそうなシンジと、無表情なレイとのしりとり対決。
 あまりにいたいけすぎて笑えてしまうが、良い意味でお似合いとも思えた。 
 もちろんシンジも笑われるのは覚悟の上だったから、決して憤慨はしない。憤慨はしないが、ここまで豪快に笑われては、やはりおもしろくない。
 シンジはふてくされて、笑い転げて悶絶するアスカに見て見ぬ振りをした。ぷい、とそっぽを向いて冷たい緑茶を飲み、熱く火照ってきた頬を冷まそうとする。
「はあっ、はあっ、はあっ…やってくれるわね、ファーストも。まさかしりとりなんて…ぷっ、ぷくくっ…やだ、またこみ上げてきた…!」
「いいよいいよ、好きなだけ笑ってろよっ」
「ううん、もういい。もう大丈夫。もうおかしくない。うん」
 アスカはようやく落ち着きを取り戻すと、シンジの腰掛けている椅子の背後に立ち、右手の甲で涙を拭いながら彼の肩に左手をかけた。シンジはなおも無視を決め込もうと、気恥ずかしそうなままでそっぽを向き続ける。
「ま、当然かもね。ファーストが相手じゃ興奮できないのもわかるような気がするわ」
「綾波は悪くないよ…僕が情けないだけなんだし」
「あ、そうやってファーストをかばうんだ。シンジったら、よっぽどファーストとのしりとりが楽しかったのね。すっかりラブラブになっちゃってるし」
「そういう言い方、止めろよっ」
「だって、そうでも言わないと悔しいんだもんっ」
 シンジが思わず振り向いて睨むと、アスカも負けじと睨み返しながら、すねたように口元をとがらせる。
 今のアスカは、彼女自身驚くくらい素直になっていた。女心とプライドが激しくせめぎ合いながらも、思わず口をついた言葉を否定する気にはなれない。やはり心にまで嘘はつきたくないのだ。
 もちろん、シンジのことは今でも恋愛の対象として意識していない。
 それでも先週の日曜日から今朝に至るまで、アスカはレイに対してずっと嫉妬の念を抱いてきたのだ。交際するわけでもないが、正々堂々とシンジと睦み合えるレイが羨ましくてならなかったのだ。
 しかし、今は違う。
 こうして側にシンジがいると、アスカの気持ちは次々と冷静さを取り戻してきた。
 寂しくないから平気、という単純な気持ちではない。もう少し心の風通しが良くなり、広く物事を考えられるようになってきたのだ。
「…ま、悔しいのは悔しいけど、それって筋違いなわけよね」
「え?」
「だって…シンジはこうして、あたしに会いに来てくれたんだもん。命令にも、ファーストにも夢中にならないで」
 穏やかな口調で告げると、アスカはシンジの肩に両手をかけ、その撫で肩を確かめるようにゆっくりと揉んだ。シンジはアスカにされるがまま、その身体をゆっくりと前後に揺らす。
 別に肩は凝っていなかったが、不思議と心地良かった。アスカの手つきは不慣れなものではあったが、そのぶん丁寧であり、自然と安堵感が湧いてくる。
「あたしね、あんたに謝らなきゃいけないことがあるの」
「えっ…まさか、まさか浮気…」
「バーカ。何を彼氏気取りしてんのよ、気持ち悪い」
「あ、いや、そんなつもりじゃ…って、そこまで言わなくても…」
「そんなことしないわよっ。もう少し別のこと」
 別にシンジもそんなつもりで聞いたわけではなかったのだが、さすがに浮気という言葉には少々語弊があった。シンジは、アスカに他に好きな男でもできたのかと思っただけなのだ。
 そんなシンジの狼狽を酌み取ることもなく、アスカは彼の肩を強引な力で揉みつけながら、一旦話を区切った。強引な肩揉みと焦燥感に翻弄されて、シンジの心はますます混迷を深めてゆく。
「あたしね…あんたのこと、忘れちゃおうって思ったの。あんたにはファーストの方がお似合いなんだって。でないと、このままずうっと寂しいままだと思ったから…」
「アスカ…」
「でも、あんたはちゃんとあたしに会いに来てくれた。あたしはあんたのこと忘れようと思ったのに、あんたはあたしのこと忘れずにいてくれた。ゴメンね、シンジ…ホントにゴメン。あたし、どうしようもないくらい自分勝手よね…」
 一息に独白して、アスカは小さく溜息を吐いた。わずかにうつむいた素顔には、微かな自嘲の笑みが浮かぶ。
 無敵のアスカさまも、すっかり弱々しくなったものだ。
 アスカはシンジの肩に両手をかけたまま、そう実感していた。
 以前の自分であれば独りぼっちでも生きていけたし、シンジにだって、一言たりとも詫びる気にはならなかっただろう。なにより、ここまでシンジをよすがにはしなかったはずだ。それだけ、以前の自分は強かったのである。
 とはいえ、弱々しくなった実感に悔恨の思いはない。むしろ気分が楽になっている。
 なにも、無敵でなくてもいいのだ。強くあり続けなくてもいいのだ。
 無敵でなくても、こうして自分を必要としてくれる人がいる。
 そんな大きな安堵感に包まれているからこそ、アスカは素直になれるし、元気にもなれる。もっと落ち着いて、じっくりと周りを見渡せる余裕も生まれてくる。
「…アスカ、もう気にしないでよ。僕たちはまたこうやって会えたんだから、どう思ってたかなんて関係ないよ」
「シンジ…」
 シンジはやおら椅子から立ち上がると、アスカに向き直って微笑みかけた。そのはにかんだ微笑につられて、アスカも照れくさそうに目を細める。
「それとも…アスカは今でも僕のこと、忘れたいって思ってる?綾波と一緒にいた方が良かったって思ってる?」
「そ、そんなことないっ…だから、謝ってるんじゃない…」
「だったらアスカ、もう気にしないっ。いい?」
「…うんっ」
 今度はシンジがアスカの肩に両手をかけ、優しく諭すように念を押した。それでアスカは美少女そのものの笑顔でうなづき、そっとシンジに寄りかかる。
 二人は合図ひとつ必要とせず、自然なままに抱き締め合った。その温かな感触に愛おしさがこみ上げてきて、どちらからともなく頬摺りしてじゃれついてゆく。懐かしいくすぐったさが、お互いたまらなく気持ちいい。
「んぅ…ホントにゴメンね、シンジ…」
「うん…」
 頬摺りしながら、アスカはもう一度だけ詫びた。その甘えんぼな声に、シンジも頬摺りしながら小さくうなづく。シンジの声も、わずかに鼻にかかったかわいい声になっていた。
 やがて二人は頬摺りの余韻を残したまま、そっと顔を離した。眩しげに目を細めて見つめ合えば、後はもう意識することなく身体が動く。寂しさの果てに募った愛欲は、狂おしいほどに互いを求めていた。
「んっ…」
 アスカもシンジも目を伏せると、わずかに小首を傾げ、互いに奪い合うような大胆さで唇を重ねた。そのままねちっこいほどに吸い付き合えば、アスカはそのもどかしいようなくすぐったさに、思わずさえずり混じりの鼻息を漏らしてしまう。
 シンジはシンジで、その濃厚なキスの感触に彼なりの反応を示した。そのためについつい気恥ずかしくなり、強引にキスを終えてしまう。
「…セックスできなかったって、ホントなのぉ?」
「ほ、ホントだよっ…」
 キスを中断されたアスカは意地悪な目でシンジを眺めつつ、やはり意地悪そうな口調で問いかけた。シンジは困惑の表情を真っ赤にし、視線まで逸らしてそれに答える。
 シンジはたったキスひとつで、昨日一日反応を示さなかったペニスを隆々と勃起させたのだ。しかもぴったり抱き合っていたアスカの下腹部に、爆発的な勢いで怒張してゆく様をリアルタイムで感じさせたのである。
 勃起すること自体に羞恥を感じる男は少ないが、それを他人に感じさせてしまうのはなかなかに恥ずかしいものだ。
 これが恋人どうしであれば、おどけて紛らわすことのできる照れくささで済むだろう。しかし、シンジの場合はそうはいかない。相手は頭の上がらないアスカなのだ。
「…ファーストに言っちゃおっかな。シンジったら、嘘ついて勃起しなかったんだって」
「だ、ダメだよっ!綾波なら本気にしちゃうよっ!」
「だったら、どうしてあたしの時はキスだけでこうなっちゃったのかなぁ。ねえシンジ、ちゃんと説明してほしいなぁ」
「あ、アスカの意地悪っ…そんなの、上手く説明できるわけないだろっ…」
「えへへ、冗談っ!ゴメンね」
 困惑から狼狽へと心をさざめかせてゆくシンジに、アスカは人なつっこく笑いかけ、あらためてキスした。
 やっぱりシンジをからかうのは楽しい。悪いとは思いながらも、ついつい調子に乗ってしまう。身勝手は重々承知ながらも、からかった後のキスはすこぶる気持ちいい。
 シンジは憤慨したように鼻を鳴らしたものの、すぐに小首を傾げてキスに応じた。こんなアスカには、とっくのとうに慣れっこである。怒れば怒るだけ体力の無駄だ。
 それに、からかわれた後のキスはそれほど悪いものではなかった。かわいくじゃれついてくるアスカの唇が気持ちいいから、ついついこっちもじゃれ返してしまう。本当に甘い男だという自覚はあるが、それでも今さら性格は変えられない。
「…冗談でも、あたしとセックスしたかったからって言ってくれれば嬉しかったけど」
 ひとしきり甘やかなキスを堪能してから、アスカは悪戯っぽく舌なめずりをひとつ、照れくさそうにささやいた。それを聞いたシンジは気恥ずかしそうに頬を染めながらも、まっすぐにアスカを見つめる。
「…そんなこと、しれっと言う僕ってどう思う?」
「そうね…ちょっと嫌かも」
「だろ?」
 そんなささやかなやりとりを交わして、二人はもう一度だけ小さくキスした。お互いの鼻の頭に浮かんだ興奮の汗が、触れ合った弾みでじんわりと混ざり合う。
 とはいえ、このまま睦み合うにお互い気が引けた。ここはキッチンであり、そのうえ二人とも、今日はまだシャワーを浴びていない。
 そこで二人は高ぶった気持ちを懸命に抑え、ひとまず昼食の後片づけをした。
 そのあとでリビングへ移動したものの、シンジは問答無用で掃除を始めることにした。アスカの荒んだ生活の痕跡を目の当たりにし、たちまち逸る気持ちが萎えてしまったのだ。
 いくら久しぶりだといっても、環境が劣悪であれば気分は乗らない。
 シンジはさっそくベランダへの窓を開け、散らかった室内を片づけて、手早く掃除機をかけた。澱んだ空気を入れ換えたら、リビングにはたちまち元の快適さが戻ってくる。
 一方で、アスカは洗濯物の取り込み、仕分けに取りかかった。
 ベランダに干したままだった衣類を慌ただしく取り込み、その足で、今度はすっかり溜め込んでいた洗濯物をまとめて洗濯機に放り込む。洗濯機は全自動であるから、あとは適当に洗剤をぶち込んでスタートスイッチを押すだけだ。楽なものである。
 そうこう動いている間に、シンジもアスカもすっかり汗だくになってしまった。
 必要な作業も一段落したことだしと、二人はひとまずシャワーを浴びることにした。ジャンケンして、アスカが先に、シンジがその後に決まる。
 一緒に入ることも考えはしたが、今日のところはお互いに見合わせることにした。アスカは髪から身体からを入念に洗いたかったし、シンジも汗を洗い流して一息つきたかったのだ。
 それに、二人ともそこまで慌てる必要はどこにもない。家事に時間を割いたとはいえ、時刻はまだ二時を過ぎたところだ。今日もミサトは帰宅できないのだから、二人きりの時間はまだまだある。ペンペンの相手をしていても、なお時間を持て余すかもしれない。
 そんなこんなでシンジもシャワーを済ませ、Tシャツにハーフパンツといった部屋着に着替えてリビングに戻ってきた。
 先にシャワーを済ませたアスカはルーズネックのシャツとスパッツに着替え、髪も乾かし終えて、のんびりとアイスキャンディーを頬張ってくつろいでいるところだ。
「あ、美味しそう」
「残念でひた、あんたのぶんはあぃまふぇーん」
 シンジはバスタオルで髪を拭きながら、アスカの頬張っている黄色いアイスキャンディーを見て相好を緩めた。そのレモンの匂いだけでもすこぶる美味しそうで、物欲しそうに眺めていると、たちまち唾液が分泌されてくる。
 フロアーに脚を投げ出して座っているアスカは、アイスキャンディーを口いっぱいに頬張ったまま、なぜか得意げにそう言った。行儀悪いながらも、その表情はシンジと一緒に昼下がりを過ごせるとあって、すっかりご満悦といった様子である。
「ちぇっ、それでさっきのじゃんけん、やたらと気合いが入ってたのかぁ」
「負けたあんたが悪いのよ」
「それでも、僕ならアスカと半分こにするけどなぁ」
「まったくもう、男のくせにうるさいわねえ。ほら、ちょっとだけよ?」
 アスカは懐かしさとともにそう言いながらも、溶けて幾分細くなったアイスキャンディーをシンジに差し出した。シンジは身をかがめ、その食べやすいサイズにされた先端部分を頬張ってかじり取り、嬉々として目を細める。
 嬉々としたのは、別に間接キスだからというわけではない。予想していた以上にアイスキャンディーをかじりとられて、アスカが不満そうに蹴りを入れてきたからだ。
 こんな何気ないじゃれ合いができることに対して、シンジはくすぐったいほどの喜びを覚えてしまうのである。もちろん、アスカも本気で怒っているわけではない。むしろシンジとスキンシップできるチャンスを得て、彼以上に嬉々としてくる。
 シンジは分けてもらった冷たい甘味を口いっぱいに堪能しながら、アスカの右側にあぐらで腰を下ろした。バスタオルを小脇に置いてから背後に両手をつき、なんとなく天井を仰ぐ。その口からは、ゆったりと安息の溜息が漏れ出た。
 アスカもやがてアイスキャンディーを食べ終わると、その棒きれを絶妙な手さばきでごみ箱に放り込み、両手を高々と上げて伸びをした。
 悪くない気怠さが、若い二人の身体に拡がってきていた。
 しっかりとした昼食をとり、その後でそれなりに動き、こうしてシャワーを浴びて汗を流した。おまけに一切のストレスから解放されたこともあり、なんだかまどろんでさえくる。こうして身を起こしていることすらも億劫になってきた。
「掃除して、洗濯して、シャワーも浴びて…ちょっと落ち着いたね」
「そうね…で、これからどうしよう」
「どうしよっか…」
 遠く聞こえてくる蝉の声をぼんやりと聞きながら、二人はつぶやく。ちらりと横目の視線が合って、アスカもシンジも穏やかに微笑を交わした。緩やかに流れる時間も、こうして二人で過ごせばなんだかおかしい。
 やおらアスカは後転よろしく背後へ倒れ込み、フロアーで仰向けに寝そべった。その愛くるしい笑みに誘われて、シンジも倣って寝そべる。
「…ねえシンジ、良い風が入ってきてると思わない?」
「ホントだ…けっこう気持ちいいね」
 交差させた両手を枕にして、アスカは言った。シンジはTシャツごしの腹に右手を当てながら、安堵の心地で同意する。
 掃除を始めたときからベランダへ続く窓を開け放しているために、リビングには先程から爽やかな風が繰り返し繰り返し吹き込んできている。暑気は相変わらずではあったが、この風に吹かれていれば気持ちよくうたたねできそうだった。
「…お昼寝とセックスと、どっちが気持ちいいかな」
 ゆったりと寝そべったまま、ふとアスカが尋ねる。
 シンジはしばし考え込んでから、照れくさそうに微笑んだ。
「…どっちも、気持ちよさそうだね」
「…だったら、両方しちゃおっか」
「よぉし、じゃあ早速そうしようっ!」
「やぁん!やだもう、シンジのスケベッ!」
 まさに、即断、即決、即実行。
 シンジはアスカの提案を受け入れるなり、ごろりと寝返りを打ちながら彼女に抱きついた。アスカは黄色い声でシンジをなじりながらも、はにかみいっぱいの笑顔で彼を迎え入れる。
 シンジは左手の肘をついて上体を起こすと、抱きついた右手でアスカの頬に触れた。そのすべらかさを懐かしむよう丁寧に撫で回すと、アスカはくすぐったそうに目を細め、その愛撫の手を左手で包み込む。
「ふふふっ…アスカのほっぺた、スベスベしてて気持ちいいっ」
「んぅう、く、くすぐったいわよっ…」
「そりゃあそうだよ、くすぐったくしてるんだもん…ね、アスカ…」
「んぅ…ちゃんと布団敷いてから…」
「ちょっとだけ…そしたら、ちゃんと布団敷くからっ」
 照れくさがるアスカを甘え倒して、シンジはそっとキスした。
 シンジはお気に入りの角度まで薄膜をたわませながら、アスカの頬からあごの線、耳の裏あたりをゆっくりと撫でる。アスカはかわいい鼻声を漏らしながら、用心深く愛撫の手に左手を同行させた。くすぐったかったら、すぐに取り押さえるためだ。
「ん、んんっ…んぅう…」
「ん…ん、んっ…」
 ちょっとだけと言いながらも、シンジはじっくりと時間をかけてアスカとのキスを堪能する。アスカもむずがったりはせず、しおらしいままでシンジとのキスに浸り続けた。
 二人の甘ったるい鼻声は、窓から吹き込んでくる風に乗り、キッチンから玄関まで滑るように流れてゆく。もちろん鍵はかけてあるが、たとえば宅配便の業者が訪れたなら、ドアを開けるまでもなく二人の仲睦まじいさえずりを聞くことができただろう。
 シンジは中指の先でアスカの耳たぶをツンツン弾きながら、丹念に丹念に彼女の唇を甘噛みし、バードキスの心地良さに酔う。
 上唇をついばみ、下唇をついばみ、ぴったりと塞いでからゆっくりと割り開いて、また上唇と、思う存分にアスカの唇を堪能した。たわませ合うだけでなく、すぼめた唇の先どうしを小刻みに摺り合わせてくすぐったりもする。
 唇はその感触を性感として認識し、ペニスを再び隆々と勃起させた。シンジのペニスには七日分の愛欲がいっぱいに募り、長く、太く、固く、その佇まいをまるきり別物に変貌させてしまう。もうブリーフが窮屈でならない。
 アスカもシンジに後れをとらぬよう、積極的にキスに応じた。
 シンジのリードに合わせて丁寧についばみ、また塞ぎ合うときには軽く吸い付いて、少しでも多くキスの心地良さを享受しようと一生懸命になる。その幸せなぬくもりも、ふんわりとした柔らかさも、何から何まで気持ちいい。
 シンジとキスしているうちに、アスカの唇はたちまち性感帯として機能し始めた。甘ったるいよがり声は、もうすべての鼻息に混ざって漏れてしまう。
「ん、んんっ、んぅう…ぷぁ…はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…」
「はあっ、はあっ…アスカ…」
「んぅ…ね、もう一回だけ…」
「うん…」
 長い長いキスを終えて、すっかり陶酔の面持ちとなった二人は忙しなく息継ぎした。
 シンジが甘えた声で呼びかけると、鼻の頭に汗を浮かべたアスカは名残を惜しみ、照れくさそうにアンコールする。シンジはもう一度だけ小さくキスしてアンコールに応え、ゆっくりと身を起こして立ち上がった。
 シンジはアスカの手を引いて立たせると、先程まで二人が寝転がっていた場所に、いつものように愛用の布団を敷いた。アスカは真新しいシーツをクロゼットから取り出してきて、その上に手早く広げる。二人で小遣いを出し合い、絶えずクリーニングに出すようにしているから、シーツの替えに困ることはない。
 それぞれの枕も並べたところで、シンジは色々と重宝するタオルケットが見当たらないことに気付き、辺りをきょろきょろと見回した。アスカはすぐさまそれに気付き、ミサトの部屋からそれを持ってくる。先程取り込んだ洗濯物のひとつだったのだ。
 夏の日差しをたっぷりと浴びたおかげで、タオルケットはすっかり肌触りが良くなっている。シンジはそのタオルケットを敷き布団の脇に置くと、そっとアスカを抱き寄せた。アスカも素直にシンジの胸に寄り添い、彼の背中に両手を伸ばす。
「ありがと、アスカ…洗濯してくれてたんだ」
「どういたしまして。ま、今日まで忘れてたんだけどね?」
「かわいそうに。一体何日ほったらかしにされてたんだろ」
「雨は降らなかったから、きっとタオルケットも感謝してるわよっ」
 二人はゆっくりと頬摺りしながら、たあいもなくおしゃべりしてじゃれ合う。
 シャワーを浴びた後だけに、二人の頬は一層すべらかで、頬摺りの心地はいつになく良い。そのうえ洗い立ての髪がシャンプーの香りを漂わせてくるから、シンジもアスカもたちまちせつない期待感で胸を逸らせてしまう。まるで条件反射であった。
「アスカ…アスカッ…」
「んぅ、シンジ…シンジッ…」
 二人はしきりに頬摺りしながら、熱っぽい声音で互いの名を呼び合った。抱き寄せている両手にも少しずつ力がこもり、やがてきつく抱き締め合うようになる。
 そうして愛欲を募らせ、胸がせつなく焦れてくると、二人は居ても立ってもいられなくなった。先を争うように唇を重ね、お気に入りの角度で吸い付き合って悦に入る。
「んっ、んんっ、んっ…」
「んぅ…ん、んっ、んんっ…」
 二人は薄膜の弾力を楽しむよう、念入りについばみ合っては鼻声でよがる。
 こうして抱き締め合うことによって、シンジはアスカに勃起しきりのペニスの感触をあらためて押し当てる格好となった。とはいえ、もはや恥ずかしがっていられるほどの精神的余裕はない。びくん、びくん、と興奮に打ち震える様子すら余さず伝えながら、シンジはアスカとの甘やかなバードキスに夢中になる。
 アスカもシンジの猛り様を下腹部に感じながら、さほど戸惑いを覚えなかった。むしろシンジのペニスに下腹部を擦り付けるよう、身じろぎしながら抱擁を強めてゆく。抱き合いながらのキスは、アスカにとって大のお気に入りなのだ。
 やがてシンジの方から舌先を伸ばし、そっとアスカの唇に触れた。
 すっかり過敏となった唇にそれを感じ取ると、アスカも倣って舌先を差し出し、照れくさそうにシンジのそれと触れ合わせる。この照れくささも、今はたまらなく気持ちいい。
 心持ちすぼめた唇から突出している二人の舌先は、お互いに牽制し合うような慎重さでコミュニケーションを図ってゆく。
 濡れた先端どうしをツンツン触れ合わせたり。
 キスの隙間で柔らかく挟み込んだり。
 あるいはその唇にぺろりと舐め付いたり。
 シンジもアスカも我慢比べするかのように、少しずつディープキスの期待を相手に募らせてゆく。キス好きという点でも相性ぴったりの二人は、こうしてセックスの経験を重ねてゆく間に、もはや舌までも敏感な性感帯にしつつあった。
「んっ…んっ…んんっ…」
 アスカは鼻声もせつなげに、固くとがらせた舌先でシンジの唇を突き開こうと何度も何度もあがいた。しかしシンジは頑なに唇を閉ざし、わずかに覗いている舌先で突っつき返して応戦し続けるのみである。
 結局アスカはキツツキのようなキスを繰り返すばかりで、望みのディープキスにはありつかせてもらえない。しかも繰り返し刺激する格好となったために、紅梅色の舌は一際ディープキスへの憧れを強めてしまった。
「んぅう…ね、シンジぃ…」
「うん…」
 先に根負けしたのはアスカであった。
 アスカはうっすらと開いた唇からせつなげに息継ぎすると、焦れた唇を差し出したまま、半ベソの声でシンジを呼びかける。もちろんその呼び声は駄々こね半分のおねだりだ。
 シンジもそれ以上焦らすつもりはなかった。意地悪して悦びを覚えるような性格ではないし、なにより自身もディープキスの期待に舌先を痺れさせている。アスカのおねだりがもう数秒ほど遅かったら、シンジの方から彼女の舌を受け入れていたところだ。
 それで二人は差し伸べ合った舌を滑らかに絡め、そのままぴったりと唇を重ねた。ディープキスで繋がった瞬間、二人の鼻からは恍惚たる鼻息が深々と漏れ出る。
 その心地良さを分かち合うよう、アスカもシンジも丁寧に舌をくねらせ、淫らを極めるように絡め合った。
 情熱的な交尾さながらに、ざらつく表側どうしをしきりに擦り合わせたり。
 舌のぬめりと柔らかみを堪能するよう、裏側どうしをくっつけたまま左右にひねったり。
 緩急をつけながらグルグルと追っかけっこしたり。
 片方だけが舌を差し出して、もう片方がそれを唇でむしゃぶったり。
 もちろん、舌の出し入れに合わせて唾液もやりとりした。初めはほのかにアイスキャンディーのレモン味が漂っていたのだが、やがてはその甘味も二人の舌に染み込むように消失し、無味となってしまう。
 もちろん唾液の味そのものはあるのだが、じっくりと攪拌して混濁したぶん、それぞれの舌に馴染んで感じ取れないだけだ。二人分の唾液から感じるものは体温に近い生ぬるさと、わずかなとろみ、そして淫靡な罪悪感だけである。
「んっ…ん、んんっ…んふっ…んんっ…!」
「んぅ、んぅ、んぅ…ん、んんんっ…」
 思う存分に舌を絡ませ、唾液を往復させて、アスカもシンジもすっかり発情期を迎えてしまった。夢中で相手を抱き締めたまま、鼻にかかったよがり声をあげどおしとなる。
 二人の唇と舌は、濃厚なディープキスによる性感を持て余すことなく享受していた。その狂おしいほどの性感は中枢を巡り、アスカの女としての部分に、そしてシンジの男としての部分に鋭く作用してくる。
 アスカはシンジに抱きついたまま、モジモジと両の太ももを擦り寄せ始めた。タイトなスパッツに包まれた太ももの付け根、少女の裂け目が焦れったく疼いてきたのである。
 中でも、裂け目の縁から突出してきているクリトリスがせつなく疼いてならない。今すぐ指で慰めたい衝動をそのままにシンジに抱きつけば、か細い膣口までもがきゅんきゅんとすぼまって自慰行為をせがんでくる。
 そのたびにアスカは上擦った鼻声で鳴いた。股間がじんわりと熱くて、もうたまらなく恥ずかしい。もうショーツどころかスパッツまで汚しているような気がする。
 そんな狼狽はシンジも同じであった。
 ディープキスの心地良さに当てられて、ペニスは今やブリーフの内側で怒張を極めている。その力任せのようなたくましい勃起は、ペニス全体に鈍い痛みを覚えるほどだ。
 募る射精欲も物凄く、思わず涙ぐんでしまうほどにせつない。もうマスターベーションでもいいから、今すぐ射精したいという弱気にすら陥ってしまう。
 そのため油断すると、シンジの腰はアスカの下腹部にペニスを擦り付けるよう無意識にグラインドした。それに気付いて自制するたびに、シンジは良心の呵責に苛まれ、羞恥でいっぱいになる。まるで自分にペニスが付いているのではなく、ペニスに自分が付いているような気分であった。
 それでもなおシンジがアスカとのディープキスに浸っていると、ペニスの中央を貫いている太々としたパイプにささやかな快感がせり上がってきた。その快感はシンジが慌てるより早くパイプを満たし、やがて先端の鈴口で小さく弾ける。
「んっ、んんんっ…!」
「んうっ…」
 たまらずシンジは頭を引き、舌を絡ませ合ったまま強引にディープキスを終えた。アスカのささやかなむずがりも空しく、舌と唇による交尾は一方的に中断される。
「んくっ…ぷぁ、はあっ、はあっ、はあっ、はあっ…」
「んく…はふ、はふ、はふ…」
 じっくりと温め合った唾液を仲良く飲んで、二人はつらそうに息継ぎした。発情による興奮で胸は高鳴り、その早鐘のような鼓動が耳元で聞こえている。思う様に取り込める空気もやたらと美味しい。
 ふとアスカはわざとらしい溜息を吐き、その火照った顔をもたげてシンジに頬摺りした。シンジも左手で抱き込むようにしながらアスカの髪をどけ、二人でゆったりと左の頬どうしを摺り合わせる。頬の火照りと、くすぐったさが嬉しい。
「…またシンジのせいで、エッチな女の子になっちゃった…」
「んぁっ…!」
 残念そうな口調で言いながらも、アスカの表情はむしろ嬉々としている。
 アスカは左手を自分たちの隙間に割り込ませると、そっと掌にシンジの膨らみを包み込んだ。優しく撫で上げるようなアスカの手つきに、シンジは思わず女の子のような声をあげる。
 天を仰ぐようまっすぐに伸び上がっているシンジの膨らみは、長く、太く、固く、そして熱い。下着とハーフパンツごしにでさえ、アスカの手のひらはしっとりと湿り気を帯びるほどに蒸せている。
 アスカは夢見るように目を伏せてシンジの頬にキスしつつ、丁寧に丁寧に彼の膨らみを撫でさすった。下から上へ、下から上へ、下から上へ、アスカは左手に心からの慈しみを込めてシンジのペニスを愛撫する。
 その、勃起を促すかのようなアスカの手つきに、シンジは危なっかしく吐息を震わせた。勃起しきりのペニスは愛撫に酔い、ぐんっ、ぐんっ、とたくましい漲りを繰り返す。
「…まだキスしかしてないのに、すっごい元気じゃない」
「う、うん…」
「もしかして…ディープキスだけで、カウパー出ちゃった?」
「…」
 その問いかけにシンジは言葉を返さず、代わりにコクンとうなづいた。恥ずかしい告白に耳まで火照ってくる。自ら答えておきながら、穴があったら入りたい気分だ。
 そんなシンジが微笑ましくて、アスカはもう一度彼の頬にキスした。素直なシンジは時として羨ましく、時として情けなく、それでもたまらなく好感が持てる。
「脱がしてもいい…?」
「うん…」
 気恥ずかしそうなシンジの承諾を得て、アスカはゆっくりとハーフパンツのファスナーを下ろし、ウエストのボタンを外した。シンジの部屋着はサイズが大きめであるから、指先を内側へ忍ばせるだけで、ハーフパンツはするりと彼の足下に落ちてしまう。
 それを音で確認してから、アスカは頬摺りを止めて正面からシンジを見た。あどけない素顔を真っ赤にしているシンジは、アスカと見つめ合うこともできずに視線を逸らしてしまう。見ないで、と半ベソのささやき声を残す様はまさに初々しい女の子のようだ。
 すっかりかわいくなったシンジに悪戯っぽく微笑みかけると、アスカは両手の指先を彼のブリーフの内側に差し入れた。そのまま腰を撫でるように、手首でゆっくりとウエストを下げてゆく。
 これは、シンジがいつもアスカにしている下着の脱がし方であった。
 あまりの羞恥にシンジは拒みたくなってしまうが、いつも自分にこうされているアスカの気持ちを思えば、自分だけ拒むのはやはりずるいような気がする。
 仕方なくシンジは拒否の声を懸命に押し止め、代わりに普段アスカがするように両手で股間を覆い隠した。ペニスがアスカの眼前で露わにならぬよう備えたのだ。
 やがてアスカは一切の躊躇もなく、膝立ちになりながらシンジのブリーフを足下までずり下ろした。右足、左足の順に抜いてもらうと、その脱がしたてのぬくもりを楽しむように四つ折りにし、そっと傍らに置く。
 そして、アスカは自らルーズネックのTシャツを脱ぎ、そのまばゆいほどの上体を露わにした。
 シャワーを浴びてからは、アスカはブラジャーを着けていなかった。とはいえ、裸の乳房をシンジに見られてしまうのは、まだ少し恥ずかしい。そこでアスカは左手ひとつで乳房を覆い隠しつつ、照れくさそうにシンジを見上げる。
「シンジ、見せて…」
「う、うん…」
 アスカは隠してるくせに、などと文句は言わない。言えばまた男らしくないだとか、大人げないだとか、あれこれなじられるのは目に見えている。
 シンジはアスカのおねだりに、少々気恥ずかしそうにしながらも素直に首肯した。腰をわずかに突き出すようにして背筋を伸ばすと、小さく深呼吸をひとつ、股間を覆っていた両手を自然なままに下ろす。
 それで、アスカの眼前に勃起しきりのペニスが露わとなった。

つづく。

 


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(updete 2004/03/06)