ラブひな

■浦島、抜け!■

-Mouth with Mouth(10)-

作・大場愁一郎さま


 

「ね、さっそく揺りかごになったげよっか…?」

「え…わ、わあっ!?」

ぐいっ…ころん…

 素子のやるせなさを鋭く気取ると、景太郎はそうささやくなり彼女の左肩を後ろから抱き、そのまま弾みをつけて仰向けに転がった。思わぬ浮揚感に驚きの悲鳴をあげるいとまもなく、素子は仰向けの景太郎に覆い被さるような格好にされてしまう。

 それでも下肢までは上手く理想の形に運ぶことができず、布団の上に置き去りになってしまった。上体は上手く胸板の上に抱え上げることができたのだが、これでは素子を丸まる抱き込むことができない。

「ほら、ちゃんと乗っかって。俺をまたぐようにしなきゃ…。」

「そんな、そんなっ…それじゃあお主を組み敷くような格好に…」

「ゆうこと聞かないとこうだぞぉ?うりうりうり…」

「あっ!やっ、こらあっ!!わ、わかった、わかったからあっ…!」

 丁寧に指示して促しても素子は困惑するのみであるから、景太郎は両手で彼女の肋骨をまさぐり、中指の節でぐりぐりとくすぐった。ここは男女を問わずくすぐったさを覚える部位であり、素子も例に漏れることなく切羽詰まった声で身悶えする。ぎゅっ…と景太郎の両肩をつかみながら夢中で承諾すると、素直に左足を浮かせて景太郎の腰をまたいだ。

 これで素子は仰向けの景太郎にのしかかり、伏せのポーズを取っている番犬のような体勢である。恥部を直視されているわけでもないが、それでも肩幅以上に開脚を強いられ、なおかつ全体重を預けている体勢はどうにも落ち着かない。素子は照れくさくてしきりに周りを見渡し、おずおず両肘を突いたかと思うと今度は尻を突き出すように腰を浮かせ、今にもよつんばいになってしまいそうだ。

「ほらほら、脚も伸ばしなよ。遠慮しないで体重預けちゃえ。」

「あ、ああ…でも私は背が高いし、おまけに筋肉質だから重いぞ?わざわざこんなことしなくても…」

「なぁに、好きな女の子のひとりも抱え上げられなきゃ男じゃないよ!」

「がっ…ガラにもないことを言いおって…」

 気丈におどけてみせる景太郎に初恋の甘酸っぱさを思いだし、素子は真っ赤に照れてそっぽを向いた。いつものくせでついつい小馬鹿にしながらも、ゆったり全身を伸ばしてのしかかってしまえばたちまち甘えんぼな本性が現れてくる。

 視線を合わさないよう景太郎の顔の横でうつむいたのだが、おのずと火照る頬は彼とのスキンシップを求めた。景太郎も拒むことなく、目を伏せて頬摺りに応じる。

すりすり、すりすり…

「ふっ…ふふっ、くすぐったいよ、モトコちゃん…」

「んう…優しくしてくれるんじゃなかったのか?」

「へへへ、そうだったね。どう?揺りかごの心地は?」

「ん…悪くない。でも…でもな…?」

「ん?」

 やおら素子が顔を上げ、なにやら苦笑の色を漂わせながら言葉を濁らせたので、景太郎も不思議そうに彼女を見つめる。その視線を受けた素子はますます気まずそうに眉根を寄せ、そっと景太郎の肩をつかむ両手に力を込めた。

くいっ…くいっ、くいっ…

「あっ…」

「わ、わかったか?優しい揺りかごのくせに、そういった気持ちはずいぶんと旺盛なようだが…?」

「え、えへへ…ごめん…」

 素子がぎこちない動きで腰を振り、柔らかな下腹を押し当ててきて、景太郎もようやく彼女が言わんとしていることに気付いた。素子は二人の間で挟み込まれている景太郎のペニスを先程からずっと気にしているのだ。

 確かにペニスは今なお勃起しきりであり、あれだけ射精したにもかかわらず、グイグイと素子の下腹を押し上げてその剛胆ぶりを見せつけている。景太郎としても情欲を剥き出しにしているようで決まりが悪いが、それでも本人ですらどうしようもないことであるから苦笑する他にない。生理現象を否定するつもりではないが、戸惑わせてしまったことに対しては一言詫びておく。

「口ではきれい事を並べていても、身体はやはり素直だな。お主がいかにフシダラであるかがよくわかる。」

「だ、だってしょうがないだろぉ…久しぶりで溜まってたってこともあるし…。一度は納まりかけたんだよ?でも、さっきのキスでまた…」

「…男は難儀な生き物だな。情欲に振り回されては、ここをこんなに腫らして…。」

 弁解する景太郎を無視するように素子は続けるが、その口調は怒ってもいないし、軽蔑しているようでもない。ただ異性に対する哀れみがしっかりとこめられていた。

 ふと過去の忌まわしい光景が素子の脳裏をよぎったが、不思議と心には余裕があり、自然と柔らかな苦笑が口許に浮かんでくる。異性にも引けを取らない力を身に着けた今、こうして男の苦悩を理解してしまうと妙に微笑ましい。

「…さながらお主は愛欲と情欲でがんじがらめ、といった感じか?それでいてこうして私を抱き留めたりして…疲れるだろう?」

「そりゃあ、ね?疲れはすると思うけど…でもこのまま疲れて眠ったら、きっととびきり幸せな夢が見れると思うけどな。モトコちゃんはそう思わない?」

 慈愛の眼差しで気遣う素子に笑いかけると、景太郎は何かの共犯を誘いかけるような目でそう問いかけた。返事を聞く前に背中を抱き寄せ、後戻りできないことを暗黙裏に告げる。もう絶対にこの手を解くつもりはなかった。

 もとより素子に逃れる意志がないことは、景太郎にはすでに照れくさいほどに伝わっている。彼女がそのつもりなら、とうに平手打ちの一発くらいは食らっているはずだからだ。

 当の素子は景太郎の中にすっぽり抱き寄せられ、一瞬ぴくんと肩を震わせたものの…それでも腕の中でおとなしくしたまま、何度か瞳をしばたかせるのみであった。やがて可憐な唇が愛らしい微笑みをかたどるが、その様はまるで春の訪れを告げる紅梅の開花のようである。

「…上手いことを言いおって、どこまでお主はわたしを…」

「え…?」

「うらしま、好き…好きだっ…」

ちゅっ…

 ぽおっ…と頬を染め、微熱のこもった声で告白すると、素子は覆い被さるようにして景太郎の唇を奪った。戸惑っていた女性上位の体勢すらも活かし、愛しい男をしっかと組み敷いて積極的に吸い付いてゆく。しきりに重なる角度を確かめ、一番気持ちのいいタイミングで甘噛みすると、景太郎も甘噛みを返して応戦してくる。

ちゅうっ…ちゅっ、ちゅっ…ちゅむっ…ちゅむっ…

 それを見計らって素子は唇をすぼめると、緩やかに頭を上下して薄膜の弾力を堪能した。景太郎も下から突き上げるようにして頭を振り、ちろっと舌先まで出して素子の唇を味わう。濡れる音も必然的に大きくなってきた。

「う、うらしまぁ…うらしまぁ…」

「モトコちゃんってホントにキスが好きなんだねぇ…一晩中でもできるんじゃない?」

「そっ、そんなわけなかろうっ…」

「またまた、強がっちゃって…モトコちゃんからリードしてるくらいなのに…」

「違うっ…ちがう、ちがうっ…!!」

 薄目を開けた二人は唇を触れ合わせたままでおしゃべりを交わし、飽きることなくねちっこいキスに没頭した。互いの吐息で顔の間がひどく蒸せるが、その淫猥な匂いにも強く発奮してしまう。景太郎も素子も鼻先をツンツンぶつけては深い角度でのキスを楽しみ、互いを愛情で高ぶらせていった。絡まり合った性欲は今にも暴走をきたしそうだ。

ちゅぴ、ちゅぴ…ちゅぷ、ちゅっ…みゅりみゅり、ぬみゅっ、ぬみゅっ…

 やがて素子は重ね合った唇をムニムニならすようにたわませ、その隙に舌先を覗かせて景太郎にじゃれつく。ツンと固くした舌先どうしを唇の弾力の中でもみくちゃにすると、そのうちどちらからともなく互いの舌を口内に受け入れた。

 招き入れた舌先に歓迎の甘噛みを捧げてから、それぞれ深く吸い付き合って舌を絡めてゆく。生ぬるくて、微かにとろみがかった唾液が混ざり合ってくるとディープキスの味もより淫靡となって気持ちいい。もう脳髄がとろけてしまいそうだ。

さわさわっ、さわさわっ…なでなでっ、なでなでっ…

「んっ!んっ、んんんーっ!!」

「んんっ、んふぅ…」

 狂おしく湧き上がる愛欲に駆られながら、景太郎はディープキスしたままで素子の背中を撫で回した。姿勢の良い真っ直ぐな背すじをなぞり、思った以上に細いウエストの柔らかさを確かめてから…真上から包み込むようにしてまろやかな臀部を両手にする。

 その熱い手の平の感触が予想以上にくすぐったく、素子は堪えようもないよがり声を唾液のるつぼに吹き込んできた。甘ったるい少女の鳴き声を舌全体に浴びて、景太郎も思わず鼻息を漏らす。悩ましい官能は舌からペニスに伝わってきて、達して間も無いというのに早くも逸り水が滲んできそうだ。

ふにょん、ふにょん、ふにょん…さわーっ、さわーっ…

 景太郎は大きく広げた手の平でまろみに指を立て、寄せ上げては揉みこねるようにして白桃のような尻をねぶり回した。女らしさを充実させている素子の尻はすこぶる柔らかく、乳房にも引けを取らないほどに手触りが良い。先程も十二分に堪能したが、これこそ一晩中でも愛撫していられそうだ。

 ひとしきりこね回してから、今度はそっと素肌の上を滑らせ、その見事な発育ぶりを確かめるように大きく撫で回した。アンダーバストならぬアンダーヒップから始まり、まろみ全体に円を描くように撫でると、そのきめ細かな素肌は怯えるようにブルブル震える。素子は尻を撫でられてからこっち、ずっと悶えっぱなしだ。

「んっ!ん、ぷぁっ…し、尻ばかり触るなあっ!」

「だってモトコちゃんのお尻、きゅって上向いててかわいいから…それでいて丸まるとしてて、スベスベだし…」

「くっ、口に出して言わんでもいいっ…きゃっ!あっ!うっ、ううんっ…!!」

「わ、お尻の谷間、汗でびちょびちょ…。ここってけっこうくすぐったい?」

「ひんっ!ふぁ、んうっ!くっ、くすぐったいっ!くすぐったいっ…!!」

ひゅりっ、ひゅりっ…ひゅりっ、ひゅりっ…

 快感に耐えきれなくなった素子は舌を絡めたまま強引にディープキスを中断し、涙目で景太郎を非難した。愛撫が不快というわけではなく、ただ悶える姿を見られてしまうことに抵抗があったからだ。

 しかし景太郎はその目論見を打ち砕くべく、中指で素子の尾てい骨に触れると、そのまま指先を真っ直ぐ尻の谷間へと進ませる。しかも左手で臀部をつかみ、よつんばいで逃れることもできなくする念の入りようだ。

 ひどく汗ばんだ尻の谷間は、性感帯ではないにせよ相当敏感であるらしく、なぞられると素子は激しくかぶりを振って鳴きじゃくった。足を閉じたくてしょうがないらしいが、景太郎の腰をまたいでいるためにどうすることもできず、美しい太ももから尻を微震させるのみだ。景太郎の左手の中では、程良い脂肪に内包された臀部の筋肉が引きつるようにピクンピクン打ち震えている。

きゅみっ…きゅっ、きゅみっ…きゅっ、きゅみっ…

「だ、だめっ…!あんまり向こうはだめえっ…!」

「どうして?どうして向こうはだめなの?何か嫌なことでもあるの?なにがあるの?」

「い…いじわるっ…!」

 中指の往復が大きくなってくると、素子はその鳴きじゃくりに不安を漂わせてイヤイヤした。景太郎の肩につかまっている両手にも、ぎゅっ…と力がこもる。

 その初々しい恥じらい方に嗜虐心が刺激され、景太郎は不躾な質問を矢継ぎ早に浴びせた。いじめに耐えかねた素子は涙目で景太郎を睨み付けると、精一杯の恨み言をつぶやいてそっぽを向く。きつく目を閉じ、唇を噛み締めて羞恥と嗚咽を堪える横顔はたまらなくいじましい。

「…ごめん。モトコちゃんのお尻、いじめすぎちゃったね。」

「はふ、はふ、はふ…きさま…あっ、後で覚えてろ…」

「やっぱり、斬岩剣?斬鉄閃?それとも秘剣五月雨斬り?」

「くっ…やっぱりお主はいじわるだっ!いじわるっ!いじわるっ!!」

 ぺちぺちと軽く柔肌を叩き、尻への責め苦を止めた景太郎は素直に詫びるものの、素子の脅しには少しも怯む様子がない。嬉々とした様子で仕返しの内容を問いかけたりする。

 そのからかいムードたっぷりの口調から、素子は景太郎に何もかも見透かされてしまっていることに気付き…悔しそうにかぶりを振って叫んだ。きゅうっ…と胸が詰まり、吐息が燃える。

 次の瞬間、素子は横目で景太郎を見ると、飛びかかるほどの勢いで唇を奪ってきた。

ちゅっ…ちゅっ、ちゅっ…

「…も、モトコちゃん?」

「いじわる…」

「ごめん…ごめんってばぁ…」

「いじわるっ…いじわるっ…」

 驚きで両目をパチクリさせる景太郎がキスの合間に呼びかけても、あるいは詫びを入れても素子は聞き入れる様子を見せず、ただ恨み言を繰り返して唇を重ね続けた。そのキスは前歯が打ち合うほど激しいものであり、悔しさを紛らわすためのものであることがすぐにわかる。

はあっ、はあっ、はあっ…

 キスの嵐が過ぎ去った後で、二人は真っ直ぐに見つめ合った。過敏となった薄膜には濃厚に余韻が焼き付いている。荒ぶった呼吸は納まる隙がない。

「こんなに憎たらしいのに…好きで好きで、どうしようもない…」

「モトコちゃん…」

「うらしま、好きだ…いじわるされても、お主のことが好きだあっ…!」

 感極まったように叫ぶと、素子は景太郎の顔の横で深くうなだれてすすり泣いた。耳元に降りかかってくる熱く湿った吐息がくすぐったくて、景太郎は泣きじゃくる素子の頭をかいぐりしながら愛おしくその身を抱き締める。無償で捧げられる思慕の情と、そんな彼女と両想いになれた果報が心から嬉しい。

ん…?

 ふとそのとき、景太郎は太ももの付け根…ちょうどペニスの根本、陰嚢の辺りを生ぬるいぬめりが覆ってきたことに気付いた。まさかと思い、右手で素子の腰を抱き寄せてみると…彼女はうなだれたままで下肢をピクンと震わせる。耳元で繰り返されている吐息にも一瞬上擦り声が混じった。

「モトコちゃん…もしかして、濡れてきてる?」

こくん…。

 返事はなく、素子はただうなづくのみである。それでも景太郎は新鮮な興奮に胸を踊らせ、かあっ…と顔面を熱くした。素子が発散する発情のフェロモンも鼻孔に甘く舞い込んできて、彼に耳鳴りを覚えさせる。

モトコちゃん…キスして、お尻触られて…それだけでこんなに濡れちゃったの…?

 何気ない愛撫で潤った事実を反芻するだけでも、景太郎のペニスにはズキンズキンとしたうずきが押し寄せてくる。まるで二人の性器どうしが惹き付け合っているかのようだ。

なでっ…なでっ…さわっ、さわっ…ぎゅうっ…

 絶体絶命と呼べるほどの愛欲がこみ上げてきて、胸は焦げ付くほどに熱い。その衝動を少しでもなだめるよう景太郎は努めて深呼吸し、ただ愛おしむように素子の身体を撫でる。

 左手は腰を抱き寄せ、右手は丁寧に髪を撫でつけて自制を心がけたが…元来煩悩のカタマリであったペニスの要求には逆らうことができず、狂おしく吐息を震わせると景太郎は素子の身体を強く抱き締めた。もうどうしようもないくらい素子を抱きたい。

「も、モトコ…モトコちゃん…」

ちぷっ、ぷっ…

 せつなさが無意識にうめきとなって口許から漏れ出ると、ペニスは二人の下腹に挟み込まれたまま逸り水をほとばしらせた。人並み以上の理性を有する二人が、発情期を迎えた単なる雄と雌になってしまうにはもうさほどの時間も必要ないだろう。

「モトコちゃんっ…モトコちゃんっ…」

「うらしま…ちょ、痛いっ…!」

「あっ…ご、ごめん…」

「いや、いい…」

 渦巻く情念の中から素子の苦痛の声を聞き分けると、景太郎は慌てて両腕での戒めを解いた。自由の身となった素子は景太郎の胸の横から両肘を突き、腰もよつんばいになるように浮かせ、彼に預けていた体重を軽減する。とはいえ両手は景太郎の肩につかまったままであり、乳房ごと胸から突っ伏すような体勢であることには変わりがない。

「…まだ重いか?」

「ううん…」

「そ、そうか…だったら…だったら、その…」

 いまだに顔を上げることなく、素子は景太郎の耳元に唇を寄せて問いかける。その声に景太郎は軽く首を振るだけにとどまった。疲れたわけではないが、もう引き留めはしない。そっと両手で彼女の肩を抱き、急かすことなく言葉の続きを待つ。

「…いじって…いじってほしい…んっ…」

 一分ほどの逡巡の後で、素子は火照った吐息とともに求愛の言葉を景太郎の耳孔に吹き込んだ。言葉尻で聞こえた鼻声は、羞恥極まった身震いによるものである。

 その声は男を奮い立たさずにはいられないものであった。素子を愛しく想う景太郎であればこそ、その中枢までとろけるような声音による作用は大きい。腰を浮かせてもらったおかげで圧迫感の無くなったペニスはビクンと武者震いし、さらなる逸り水を滲ませる。その量は二度目でありながらもしとどであり、亀頭の表側から下腹に至るまではすっかりベトベトだ。もちろん素子のへその下辺りにもヌルヌルとぬめりがまとわりついている。

ぬるっ…ぷ、ちゅっ…ぬり…ぬり…

「あんっ!あっ…ふぅ…う、ううん…」

「熱い…わぁ、クリトリスもこんなに固くして…。いっぱい濡れちゃうわけだ。」

「はふ、はふ、はふ…」

 無言のまま景太郎は右手を伸ばし、素子の真央部を四本の指ですくい上げた。そのまま中指だけを裂け目に浸し、そおっと粘膜の縁をなぞって、下端にある小さなしこりに触れる。熱々のぬめりに任せて指先でくすぐると、素子は悩ましいさえずりを耳元で聞かせてきた。

 景太郎が感心するとおりで、素子の真央部は予想以上に濡れそぼっていた。

 ささやかなじゃれあいだけですっかり貪欲になったのだろう、清純なままの華筒はたっぷりと愛液を精製し、異性の来訪を待ち焦がれていた。しかもその発情の雫はぬめり気が少ないため、すぐさま裂け目の中から溢れて濃いめの性毛を寄り集めている。景太郎が右手を差し出した時点で、もう毛先からネットリ滴り落ちそうなくらいであった。

 そのぬめりを手の平いっぱいに受け止めると、景太郎は恥丘から股間へと続く外側の柔肉までもをつかみ、慎重な手つきで揉みこねた。奥の奥までぷつぷつと生えている性毛もぬめりにまみれ、指にまとわりついてくる。

くぢゅっ、くぢゅっ、くぢゅっ…むちゅっ、むちゅっ、むにゅっ…

「ひんっ!ひ、ひううっ…あ、ふぁ、ああんっ!」

「気持ちいい…?」

「うんっ…うんっ…!」

 左手で背中を抱いたまま景太郎が尋ねると、素子は切羽詰まった声でよがり鳴きながらコクコクうなづく。

 そのしぐさは演技などではないようで、景太郎が揉みこねるたびに素子の陰部はきゅんきゅん打ち震え、指の中へ繰り返して熱い愛液を噴き出してきた。それでもまだ足りないといわんばかりに、素子は丸まるとした尻を前後に振って媚びる。それに合わせ、二人の胸の間で押し潰されている乳房もふにょんふにょん柔軟にたわんだ。

ぬりぬりぬり、ぬりぬりぬり…

「んっ、んっ、んっ…んんーっ!んぁ、うふぅんっ!や、い、いい…」

「クリトリス、気持ちよさそうだね…いっぱい濡れてくる…」

「だって、だって、気持ちいいからっ…」

 素子の恥部にまんべんなく愛液を馴染ませてから、景太郎は再び中指でクリトリスに触れた。真っ直ぐに指を立て、ささやかな包皮ごとこねくり回すと…素子はつらそうな鼻声で鳴きじゃくり、無我夢中で頬を擦り寄せてくる。が、そのうち頬摺りでは物足りなくなり、何度も何度も景太郎の頬にキスを撃った。

いいっ、気持ちいいっ、気持ちいいっ…!うらしまっ、うらしまぁ…!

 素子の内で、快感は程良く愛欲への昇華を続ける。頬へのキスも押し当てるものから吸い付くものへ、そしてついばみ半分へとエスカレートしていった。汗ばんだ腰はゾクゾクと震えを増し、肩をつかんでいる両手も思わず爪を立てそうになるくらいだ。例えようもない大きな愉悦は、すでに素子の意識をまるまる飲み込みかけている。

「モトコちゃん、キスしたい…それと、俺にも…」

「あ、ああ…すまない、気が利かないで…自分だけ欲張って…」

「ううん、それだけ気持ちよくなってたんだろ?気にしないでよ…」

「じゃあ、また重くなるが…」

 素子のよがり様にあてられ、景太郎は駄々をこねるような声で抱擁と愛撫をせがんだ。それで素子はようやくうつむかせていた顔を上げたが、あの愛らしいながらも凛々しさに満ちていた素顔はすっかり泣きベソに歪んで濡れている。いたらなさを自責するような表情の翳りを見て、景太郎は彼女を気遣わせまいと慰めた。

ちゅっ…ちゅむっ…

 視線で合図を交わしてから、素子は再び景太郎の胸板に平伏すような体勢となり…静かに目を伏せて口づけた。焦れた景太郎からついばんでくるのに合わせ、素子はお気に入りの角度まで薄膜をたわませながらぷっちゅり吸い付いてゆく。

くしゃっ…くしゃ、くしゃっ…

「んんっ…ん…んふぅ…」

 左の肘を景太郎の肩の向こうに置くと、素子は上体を支え直しながら彼の頭を抱き込み、髪に指を埋めてかいぐりした。これで上体の重みは左肘と突っ伏した胸で分散されることになる。右手は自分自身を慰めるなり、景太郎を愛撫するなり自由の身だ。

 もちろん素子の右手は躊躇い無く後者を選ぶ。景太郎の安らぐような鼻息を頬に感じながら、切り揃えた爪の先で胸板、腹筋となぞってゆき…やがてたくましく勃起したままのペニスに触れ、指を一本ずつ絡めるようにして強く握った。

たくましいな…芯の通った性根がよくわかる…本当に男らしい…

 素子は幹の全長上を往復しながらモミモミと握り、その剛直ぶりに惚れ惚れとなる。目の前であれだけ激しく達したというのに、景太郎のペニスは相変わらず萎縮することを知らない。熱い血潮をとめどなく巡らせて、長く、固く、太く…男として生まれたことの誇りを存分に満たしていた。

 やがて素子は掌で亀頭をくるむと、手の平全体に逸り水を馴染ませてゆく。ぬめりをまんべんなく行き渡らせてから、あらためて幹を握り込み…真っ直ぐにしごいた。もうどこをどうすれば景太郎が悦ぶかは身体で記憶済みだ。裏側のクッキリとした筋に親指をあてながら、ツヤツヤに膨張している亀頭を乳搾りのようにしごく。

にちゅっ…にちゅっ…にちゅっ…

「んっ!んっ、んっ…んんっ、ふぁ、あむ…」

 待ち焦がれていた快感がペニスいっぱいに殺到してきたので、景太郎はキスの隙間からいやらしくあえいだ。唇、乳房、右手と…艶っぽい身体全体での愛撫はまさに官能の極地である。何となく鼻の奥が熱い。下手をすれば鼻血を噴いてしまいそうだ。

すごい…モトコちゃんの身体、どこもかしこも柔らかくって…すぐイッちゃいそう…

 素子のペッティングはすこぶるねちっこく、景太郎自身でも易々と経験できないものばかりであった。そのため射精欲も急速に膨れ上がってくる。あまりの心地よさで、ぐぐうっ…と引け腰になるように背中も浮いた。先程まで素子を愛撫していた右手も、気が付けばしっかりとシーツを握りしめて快感に酔いしれていたりする。

くちっ…くりんっ、くりんっ、くりんっ、くりんっ…

「んんっ!んっ、や、激しっ…!!あっ、ん、ふぅうん…!!んふっ!んふぅっ…!!」

 景太郎はシーツから右手を引き剥がすと、仕返しとばかりに素子のクリトリスに触れ、中指の先で引っ掻くように弾いた。ツンとしこっている素子の女芯は彼女の強がりな性格をそのまま受け継いでいるようであり、弾かれても弾かれても怯むことなく屹立して敢然と愛撫に立ち向かってくる。

 その一方で、当の素子本人は情けない声で鳴きじゃくり、大好きなキスもおざなりにして鼻息を荒くしていた。愛液の漏出もしとどであり、快感のあまりに膣も縮み上がるのか、時折処女膜の奥から飛沫くように溢れてくる。感度良好で濡れやすい体質は、まさにセックスの素質に恵まれているといえよう。

「ちゅぱっ…うっ、うらしまあっ!もっとそおっと、そおっとしてくれえっ…!」

「あらら、ちょっと強くしすぎたかな?じゃあ…これくらいならちょうどいい?モトコちゃんが激しくしてくれるから、俺もそうしたんだけど…」

「お、お主は激しくしたほうが気持ちいいんだろうっ?わたしは、あまり強くされると痛いくらいなんだ…」

「へえ…メカニズム的には同じものって聞いたことあるけど、女の子の場合は特別敏感にできてるんだね。うらやましいな。」

「うらやましいと言われても…と、とにかく…あ、そうそう、それくらい…それくらいがいい…あんっ、あっ…気持ちいい…お主はどうだ?もっと強くしたほうがいいか?」

「ううん、これくらいで…あんまり強いと、すぐ終わっちゃいそうだから…」

ぬりんっ、ぬりんっ、ぬりんっ、ぬりんっ…にちゅ、にちゅ、にちゅ、にちゅ…

 二人は恍惚とした顔で見つめ合い、互いの性感帯をいじりながら感度の違いを確認した。それぞれが望む愛撫のリズムを確かめてから、景太郎は素子のクリトリスを転がすように刺激し…素子は景太郎のペニスをリズミカルにしごき立てる。手を取り合って高みを目指すような優しいペッティングは過剰な緊張も緩むほどに嬉しい。

ちゅっ…ちゅっ、ちゅっ…んっ、んっ、んっ、んんっ…

 景太郎も素子も、しばし恋人の気持ちよさそうな惚け顔を眺めていたのだが…そのうちどちらからともなく目を伏せ、自然と唇を重ね合った。今度は深い角度で密着せず、小鳥がじゃれるような小さなキスを何度も何度も交わす。敏感な薄膜に募ってくる幸せなくすぐったさで、自ずと頬も緩んできた。鼻の奥で悦ぶ声も天使のハーモニーよろしく絡まり合って部屋に響く。

きゅ、きゅ、きゅ、きゅ…しこ、しこ、しこ、しこ…

 そんなかわいらしいキスとは裏腹に、先程確かめた愛撫のリズムは狂ったメトロノームよろしく加速度的に激しさを増していった。景太郎は親指と中指で素子のクリトリスを摘み上げるようにしているし、素子は急き立てるような手つきでストロークも長くペニスをしごいてくる。

 キスしながらのペッティングは、ただそれだけで二人の愛欲を深めたのだ。結ばれたいとの切望で若い男女の身は焦がれ、景太郎の童顔も、素子の優面も少しずつつらそうにしかめられてきた。淫魔にでも憑かれたかのような激しさで盲目的に絶頂感を追い求めるあまり、じゃれ合うようにしていたキスもいつしか濃厚なディープキスへと変わってゆく。

 すっかり欲張りになった気持ちを弁解したくて、そして理解してもらいたくて…二人は深く唇を密着させたまま舌をくねらせ、絡めた。せつないよがり声がひとつとなった口内で共鳴すると、唇の隙間からとろみがかった唾液が染み出てくる。

…もう、だめっ…

 景太郎の中で、肉体の限界を理性の限界が追い越す。その瞬間景太郎は愛液にまみれた右手で素子のペッティングを制した。

「くぢゅ、ぷぁっ…はあ、はあ、はあ…うらしま…?」

「…したいっ。」

「あ…」

 思い詰めた瞳の景太郎が告げたのはたったの一言ではあったが、それでも素子は十分に彼の想いを察することができた。右手の中のペニスはガチガチに勃起を極めており、泣きたいほどに情欲を募らせていることがイヤでもわかる。

 イヤでもわかるぶん、素子は戸惑いに表情を曇らせ、言葉を詰まらせるのだ。貞操を捧げる瞬間の訪れに、緊張が身を強張らせてゆく。

「モトコちゃん…もしイヤなら…もしダメなら、抵抗してほしい。俺、もう自分自身に歯止めが利かないっ…」

「あっ…あ…きゃふっ…やっ、いやっ…!」

ぐいっ…ころんっ…

 景太郎は両手で素子の上体を押し上げて身を起こさせると、そのまま向こう側へと強く押し倒した。景太郎の両脚の間に背中から転がった素子は、はぐった掛け布団の上で両膝を曲げた仰向けの体勢になってしまう。今しがたまで景太郎をまたいでいたため、濡れそぼった性毛を菱形に湛えている恥丘は小高い隆起具合まで赤裸々だ。

 そそくさと両脚を伸ばした素子は自身の姿に気付くと狼狽えた声で叫び、慌てて股間を両手の奥に包み隠してしまう。伸ばした両腕の間で乳房が寄せ上げられるため、悩ましげなポーズであることには何ら変わりがない。

 景太郎は素子の腕や腰の下から器用に両脚を引き抜くと、すぐさま膝立ちとなって彼女の脚の間に進み入った。素子の両膝をすくい上げて立たせてから、左手で上体を支えつつそっと身を乗り出す。

 素子は相変わらず真央を覆い隠したまま、不安そうな目で景太郎を見上げていた。抵抗する素振りといえばその両手くらいなものである。ただ押し黙ったまま、景太郎の真意を探るようにじっと彼の瞳を見つめ続けた。

「モトコちゃん…手、どけて…」

「…」

「どけるよ…?」

「ううっ…」

 素子は躊躇いを捨てきれないのか、景太郎の願いを聞き流すと根負けするように視線を逸らしてしまう。そこで景太郎が最後の防壁に右手をかけると、素子はきゅっと目を閉じて小さくうめいた。

 景太郎は承諾を待つこともなく、右手、左手、と片方ずつ素子の手を股間から退かせる。両膝を立てた仰向けで、あるがままを差し出す格好になってしまった素子は泣き出しそうに歪んだ顔を両手で覆い、フルフルとかぶりを振った。震える吐息に混じって、恥ずかしい…といううめき声が顔面を覆った両手の奥から聞こえてくる。

 とはいえ、素子は無防備を極めたまま言葉ですら拒もうとしない。景太郎は逸る気持ちをドキドキと耳元で聞きながら、右手でペニスを握り締め…膝立ちの両脚を開いて慎重に腰を下げていった。

む、にゅっ…むっ…ぬりゅっ…

 恐る恐る素子へ寄りかかるようにして、ペニスの先端をまず恥丘の中央にあてがう。固い性毛が左右に分かれてゆく辺りで、そのまま裂け目を押し割るように先端を下降させると…裂け目に入る直前で突出しているクリトリスに触れた。素子は一瞬身体を震わせたが、嫌がるでもなくおとなしくしている。

 それどころかわずかに腰を浮かせ、ささやかなM字開脚の体勢を取ったくらいだ。股間がわずかに上向くだけでも、男としては挿入が楽だからこの心遣いは非常にありがたい。

ぬみ、ぬちゅ…ぬむっ…

 景太郎は歓喜を胸中で噛み締めながら、ゆっくりと亀頭を裂け目の中に埋めていった。愛液でぬめる裂け目の中は指で触れていた以上に熱々だ。やはり肌で感じるのと粘膜で感じるのとでは大きな違いがある。

 逸り水で潤う鈴口は素子の尿道口、膣前庭と順番になぞりながら…やがて粘膜の縁の下端付近で微かなくぼみを探り当てた。先端でくにくに円を描くようになぞると、そのくぼみはきゅんきゅんと小刻みに収縮する。ぬめりもあって、まるで甘噛みされているようだ。

「モトコちゃん…ここ、だよね?」

こくん…

 悟ってはいたものの、最終確認も兼ねて景太郎は素子に問いかけてみた。両手で顔面を覆ったままの素子は返事を寄こすこともなく、ただ力無くうなづくのみである。やはり破瓜の瞬間を前にしては緊張も募るのか、ふくよかな乳房もふよふよ揺れるほどに素子の呼吸は荒い。

「…入れるよ?」

 童貞卒業と恋愛成就を前にした歓喜と感動で、景太郎は声を震わせながらそう告げた。体重移動を利用して挿入しようと、もう少しだけ素子に身を乗り出してゆく。

あっ、あれっ…入んない…?処女膜って、こんなに固いの…?

 しかし、すんなり膣内に埋没するものと思っていたペニスは意に反し、ぬめって尿道口の方にずれてしまう。予想外の事態に景太郎は焦り、ペニスを摘み直して再び素子への入り口をまさぐった。

 実際には処女膜が固いのではなくて、素子の膣口周辺の筋肉が緊張で強張っているからそう感じてしまうのだ。リラックスさせるように努め、深呼吸で大きく息を吐き出したタイミングを狙うと得てして上手くいくものである。とはいえ、やはり初めての挿入はできるだけ女性のペースに合わせた方がいいだろう。

 素子も貞操を捧げる決心が付いているとはいえ、膣口に外圧がかかってくるとどうしても下肢を緊張させずにはいられない。こればかりは素子であれ、やむを得ないことである。

 それに聞いた話では、破瓜の瞬間には相当な痛みを覚えるともいうからなおのこと不安は大きい。もっとも、あれだけ大きくそそり立つペニスがか細い膣口の奥まで入ってくるというのだ。入浴時や経血を処理する際に少しだけ触ってみたことがあるが、あんな小さな穴に景太郎のたくましいペニスが入るとは到底思えない。想像するだけでも痛々しいくらいである。

「…っと、今度こそ大丈夫かな?」

「あ…ふぁ、あっ…」

 モタモタと挿入に手間取っていた景太郎であったが、やがて体勢を整え直すと、あらためて膣口にペニスの先端をあてがった。このまま真っ直ぐ腰を突き出せば、素子は間違いなく破瓜を迎えることになるだろう。

 愛しい景太郎とひとつに結ばれる予感は熱く素子の胸を奮わせてくるが、それでもその胸の奥にはまだ何やらわだかまりが残っている。このまま景太郎を受け入れてしまっては、なにがしかの悔いが残るような気さえしていた。

ぬ、ぬっ…

「いっ、痛っ…!!」

 太々とした亀頭が儚げな縁取りを押し広げようとしてきた瞬間、素子は思わず苦痛の声をあげた。それと同時に、胸のわだかまりを暗示するかのような様々な光景が脳裏をかすめては過ぎ去ってゆく。素子は顔面を覆った両手の中、きつく閉ざしていたまぶたを見開いて息を飲んだ。

 愛刀『止水』を託してくれた時の、姉の柔らかな笑顔…。

 姉の結婚式を欠席し、家を出るためにひとり荷物を整理した肌寒い部屋…。

 『止水』を握り締め、姿見に映る自分自身に言い聞かせたひとつの誓い…。

 夜行列車の窓から見た、満月に照らされた故郷の山々…。

 慌ただしい毎日の中で、ふと送られてきた家族からの手紙…。

 それに同封されていた、両親と姉夫婦、かわいらしい赤ん坊が映った一枚の写真…。

「ごめんなさい…ごめんなさい、ごめんなさい…」

 素子は両手で顔面を覆ったまま、繰り返しそうつぶやいた。自ずと肩がさざめき、呼吸も嗚咽混じりで危なっかしく震える。

 さすがの景太郎もその反応には驚きを禁じ得ず、乗り出していた身を素子から引き離した。今まさに結合を遂げようとしていた二人の性器からは、名残惜しそうな様子でねっとりと無色の粘液が滴り落ちる。

「モトコちゃん…?」

「はっ…あ、いや…その…」

 景太郎の呼びかけに気付くと、素子は指の隙間から彼を見つめ返す。錯綜した想いが口をついて出ていたことに気付き、今さらながら口許を押さえて狼狽えた。結ばれる瞬間を目前にしながら取り返しのつかない失態をさらしてしまい、胸中に不穏な焦燥が呼び起こされてくる。

 素子はあたふた身を起こすと、つま先立ちの正座で心配そうに見つめてくる景太郎にすがりついた。弁解するより先に、しゃくり上げが口をついて出てくる。

「うっ、うらしまっ、今のは違うんだ…嫌だからとか、そんなんじゃんなくて…」

「わかってる。わかってるからモトコちゃん、落ち着いてよ…」

「すまないっ…!うらしま、後生だから誤解しないでっ!わたしのこと、嫌いになったりしないでっ!うらしまっ!なあ、うらしまあっ!!」

「モトコちゃんっ!」

「あっ…」

 取り乱して泣きじゃくる素子を一喝すると、景太郎は彼女をきつく抱き締めた。それで素子は我に返り、ゆっくりと両腕を景太郎の背中にまわしてゆく。どき、どき、どき、と早鐘のようだった鼓動も、景太郎のぬくもりの中へ溶け込んでしまうように穏やかさを取り戻してきた。

「…すまない、取り乱したりして…もう大丈夫…」

 膝立ちの姿勢でしばし抱き合ってから、素子は心持ちうつむいてそうつぶやいた。景太郎も素子の落ち着きを確認してコクンとうなづき、彼女を腕の中から解放する。身を離して見つめ合えば、少し照れてぎこちのない微笑がお互いに浮かんだ。

「…モトコちゃんの気持ち、まだ整理がついてないみたいだね。」

「わたしはっ…わたしなら、いつだってお主に…ただな、さっき…一瞬…」

「いや、説明しなくてもいいよ。俺も聞かない。」

 素子の言葉を遮ると、景太郎は彼女を真っ直ぐ見つめたまま小さくかぶりを振った。両手で素子の右手を取り、かじかむ指先を労るような手つきで包み込むと、素子も左手を添えて包み返してくる。恋人に思いのこもった愛撫を捧げることのできる…そんな優しい手と手を取り合うだけでも胸は和んだ。

「モトコちゃんが何に対して謝ったのかはわかんないけど、それが最後の一歩を躊躇わせる理由なら俺は待つよ。ちゃんと納得いく状態になってからでも…俺達、全然遅くはないよね?」

「お、お主はそれでもいいのかっ?」

「心残りを生むようなエッチはしたくないよ。終わった後で幸せな気分だけになれなきゃホントのエッチじゃないって思うし。ははは、カッコつけすぎかな?」

 景太郎はそこまで告げたものの、さすがに自分自身でも気障が過ぎると思い、苦笑しながらガリガリ頭を掻いた。

 とはいえ、それが景太郎の本心であることに変わりはない。セックスに幻想を抱きすぎであると非難する者もいるかもしれないが、そう望み、そうありたいと努力することまでは非難されるいわれもないだろう。恋人どうしであればこそ、理想のセックスライフは常に追求してしかるべきだ。

「なにより俺達、避妊の準備だってしてないしね。それにモトコちゃん、変なこと聞くけど…次の生理ってだいたいいつ頃かわかる?」

「なっ…?えっと、ひの、ふの…少なくとも一週間は先になると思うが…?」

「じゃあさ、オギノ式って知ってる?」

「…名前くらいは聞いたことがあるが…必要ないと思っていたから、詳しくは…」

「ははは、だろうと思ったよ。こんな状態じゃとてもエッチはできないだろ?さっきまでは俺も外出しすればいいやって思ってたけど、冷静に考えるとまずいよねぇ。」

 無学を恥じるように縮こまる素子を見て、景太郎はまた自責させないよう努めて明るく笑いかける。

 セックスには当然ながら妊娠の可能性が着いて回るわけだから、これを軽視するわけにはいかない。高ぶりに身を任せてしまっても後悔先に立たずである。十分予測される事態に陥ってから狼狽えても遅いのだ。どれだけ幸せな一時を過ごしたとしても、一生ぶんの負い目を引きずることになれば全くの無意味と呼ぶほかにない。

 それに、仮に妊娠したとしても…素子は絶対に堕胎を望まないだろう。景太郎は彼女の性格からそう判断していた。現実問題、いかに愛情が深くともそれだけでは子供を養うことなどできないのだ。

 なにより、素子には剣の道を究めてもらいたい。冷静さを取り戻した景太郎は、まずそれを念頭に考えた。もしこのまま自分達が添い遂げて、素子がひとりの母になるとしても…そのときは彼女には神鳴流剣術を究めていてほしいのである。それが今まで異性に心を閉ざし、ひたすらに情熱を注いできた青春への手向けにもなると思うのだ。

「だから…今日はもうここまでにしとこう?今日のはいつか来るべきときの予行練習…なんちゃって、調子に乗りすぎだよね!ははは、ゴメン!ぶたないでーっ!」

「だったら…その、お主さえよければ…また、わたしがしようか?」

「えっ…?」

「手とか…あるいは口、それに…また胸を使ってもいい。これなら身ごもることはないだろう?」

 素子はあまりの直裁に恥じらいながらも、しっかり景太郎を見つめたままそう申し出た。

 確かに景太郎の気遣いはありがたい。失態を責めるでもなく、あるいは雰囲気に水を差されたことにふてくされるでもなく…親身になって思いやってくれる姿は泣きたくなるほどに嬉しくなってしまう。素子にしてみれば、献身的だと慕われてしかるべきなのは景太郎の方だと思えてならない。

 それでも、男性は女性よりも性欲の高まる度合いが強いという話をどこかで聞いたことがある。景太郎とて健康そのものの一青年だ。日頃の生活態度からしても、いささか異性への好奇心は旺盛なほうであろう。

 そんな彼に、わがままの代償を自己犠牲で支払ってもらってばかりでは素子としても立つ瀬がない。思いのままに口づけを交わし、愛撫しあって二人一緒に高ぶってきたのだから…わがままを聞いてもらえるぶんは、できる範囲で恩を返したかった。

 だからこその、その申し出であるのだ。素子も収まりが効かないくらいに高ぶってはいるが、今はとにかく景太郎を最優先したかった。押さえ込んだ情欲を心ゆくまで解放してもらいたかった。

 

 

 

つづく。

 

 

 


(update 00/12/28)