ラブひな
■浦島、抜け!■
-Mouth with Mouth(4)-
作・大場愁一郎さま
ちゅっ…ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ…ちゅうっ…
素子の反応に満足すると、景太郎は彼女の頭をしっかりと抱きかかえつつ丹念に唇をたわませていった。互いに唇を突き出して密着の面積を稼ぎつつ、敏感な薄膜を刺激するよう小首を傾げては様々な角度で吸い付き合う。甘やかな心地は胸の真ん中にねっとりとハチミツが溜まってゆくようだ。もうこうしてくっつきあっているだけでも骨の髄からとろけてきそうである。
かみ、かみっ…かみ、かみっ…
顔の中心線が直交するように深く口づけると、二人は自ずとあごを動かして互いの唇を貪り合った。もちろん歯を立てて噛みついたりするわけではなく、あくまで相手の唇を愛撫するための甘噛みを繰り返すだけである。
「んっ、んんっ…すふ、すふ、すふ…んっ…ん、んんっ…」
「すぅ、すぅ、すぅ、すぅ…ん、んんーっ…」
景太郎も素子も三度目のキスということもあり、鼻での息継ぎを躊躇わなくなってきた。互いの頬を鼻息でくすぐりながらも密着は解くことなく、なおも欲張って繊細な柔らかみを堪能してゆく。
ちゅぴ…ちょぷ、ちゅぴっ…ちゅぷ、ちゅっ、ちゅっ…
やがて景太郎の方から唇をすぼめてゆき、意地悪するように素子の下唇をついばんでみた。ぷりん、と下唇を弾まされると素子もその気になったらしく、正座の腰を浮かせて伸び上がりながら景太郎の下唇をついばみ返して応戦してくる。悪くないくすぐったさに一瞬薄目を開けると、そこで二人の視線は偶然にも交錯し、愛しげな微笑を浮かばせる。
ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ…ちゅむっ、ちゅむっ…
そんなささやかなじゃれ合いにのめり込むと、景太郎は素子の頭を押さえたままテンポよく自らの頭を振り、小刻みなキスを連発した。前歯をぶつけないよう意識して唇を突き出しているものだから、素子はその強がるように弾力を増している薄膜から間断の無い愛情を注がれ、胸の内圧を高めてしまう。
それにあわせてふくよかな乳房の奥がきゅんきゅんうずいてくると、素子は居ても立ってもいられなくなり、負けじとばかりに景太郎の頭を両手で抱え込んだ。くしゃっ…と髪に指を埋めるなり深い角度で吸い付き…じっと密着を維持する。甘えんぼになり果てたが故のねちっこいキスであった。
景太郎も素子が望むようにぴったり吸い付くと、頭を押さえていた右手で彼女の髪に手ぐしを入れる。素子の黒髪は実によく手入れが行き届いていて、感動するほどに指通りがよい。そっと持ち上げてから流すと、サラサラ音を立てて流れ落ちるほどだ。それで素子はすっかりおとなしくなり、わずかに浮かせていた腰を元通り戻して愛撫に浸る。
景太郎は返す手で、今度は筒袖の襟元から剥き出しになっている素子の首筋を撫でてみた。熱く火照った白磁の柔肌はやはりくすぐったいらしく、素子はキスに酔いしれながらモジモジと身じろぎする。弾みで生唾を嚥下して喉を鳴らすと、素子は照れくさくてならないのだろう、たちまち首筋の体熱を増して景太郎を驚かせた。
ちゅ、ぱっ…。
景太郎が頭を持ち上げてキスを終えると、長い間密封状態にされていた二人の唇は小さく唾液を飛沫かせた。そのはっきりとした潤いの音からも二人の興奮の度合いが窺いしれるだろう。今や景太郎はもちろんのこと、あれだけ慎ましやかであった素子ですら愛欲に駆られて発情してきているのであった。
はあっ、はあっ、はあっ…
景太郎は胸いっぱいに溜め込んだ恍惚を忙しなく嘆息にし、高ぶった気分をある程度和らげてから素子を見た。素子はじっくり時間をかける恋人どうしのキスですっかり気を抜かれてしまい、唇が離れてなお火照り顔を上向かせたままで瞳をウルウルさせている。ぽおっ…と惚けた表情はキスの余韻に中枢を撃ち抜かれた何よりの証だ。うっすらと開いた口許からは微かなあえぎ混りの吐息まで聞こえてくる。素子の唇はいよいよ性感帯として開眼してきたらしい。
「モトコちゃん…」
「はぁ、はぁ、はぁ…ふぁ…?」
「…エッチしたいっ。」
「ん、んう…」
真っ直ぐ見つめたまま、いつになく真剣な口調で景太郎が望むと…素子は同意するでも拒むでもなく、恥じらいのうめきを漏らしながらうつむいてしまった。
いずれ景太郎が求めてくるであろうことは、素子自身も予想していたことである。
素子にしてみても、本心では今すぐ景太郎の胸にすがりつき、あるがままを差し出して愛してほしいと願っているのだ。こと色恋に関しては極めて慎み深かった素子が即座に拒めなくなっているのだから、彼女の胸に燃え盛る愛欲は並々ならぬものであることは想像に容易い。
素子はあくまで、この十七年間培ってきた美徳に責め立てられているだけなのだ。今こうして景太郎の申し出を頭ごなしに突き返せなかっただけでも、なにかひどい破廉恥を犯したようで気が咎められている。
…告白してなお、こんなつらい目に合うとは…
整理の付かないもどかしさは素子の胸をジリジリ焦がし、その狂おしさであごをわななかせる。承諾する決心がつかないぶん、いっそのこと景太郎から一方的に奪ってくれれば…とまで思うほどだ。
そんな素子の困惑を見抜いたかのように、景太郎は右手で彼女の髪を背中へと流し…清楚な横顔を露わにしてから耳元に唇を寄せた。素子の耳はこじんまりとしており、その火照りもあってさながら紅梅のようだ。
「モトコちゃん…俺、今自分でも怖いくらい本気になってる…。このまま終わりだなんていやだっ…本気でモトコちゃんが欲しいっ…」
「あっ!ああっ…!!だ、だめえっ…と、鳥肌っ、鳥肌立つぅ…!」
ぞくっ…ぞくぞくっ…
景太郎は逸る気持ちを精一杯押しとどめつつも、素子の女らしさをさらに引き出したくて耳朶を甘噛みした。普段絶対耳にできない嬌声を求めての愛撫は見事に功を奏し、素子はうつむいたままで官能のさえずりを部屋いっぱいに響かせる。景太郎の身体を突っぱねるつもりだった両手もしっかりと半纏の襟を握り締め、持て余しそうな快感に耐えているくらいだ。せつない悪寒で二の腕に鳥肌を立たせると、素子はもう泣きじゃくるように声を震わせて絶体絶命の窮地に陥ってしまう。
その嬌声に煽られるよう、吐息をさらに火照らせた景太郎は両手で素子の頭を抱え込み、無我夢中で唇を踊らせた。堪えようもない愛欲はなによりの活力となり、普段内気な景太郎も男としての本性を奮い立たせずにはいられないのである。
「モトコちゃん…好きだよ、モトコちゃん…モトコちゃん…」
「だめっ…だめ、だめえっ…!や、やめ、うらしま…あっ、ひ、ひぁ…ああっ!!あ、あわ、むね、胸から溶けるっ、胸から溶けるうっ…!!」
ちゅっ…ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ…ちゅうっ、ぴちゃ、ぺちゃ…
耳朶から始まり、耳の裏、こめかみ、目元、頬、うなじ…。景太郎はおおよそ素子の横顔に存在する部位すべてにキスを撃ちながら告白をささやきかけ、名前を連呼する。
そのまま唇が少女のあごから首筋へと伝ってゆき、筒袖の襟元から覗いている鎖骨の辺りで舌が翻ると…素子はしどけないほどに上擦った声で鳴きじゃくった。一瞬景太郎の腕の中で強く身体をさざめかせたかと思うと、慌てふためくようにグイグイ半纏を引っ張りながら意味不明の言葉を吐いたりする。
それは景太郎の抱擁に込められた愛情が素子の中枢にまで届いた瞬間であった。素子の胸元からは汗の匂いに混じり、体臭とも違うほのかな女臭さが立ちこめてくる。素子は夕べに続き、発情のフェロモンを分泌し始めたのだ。
素子の素肌に直接抱擁を重ねていた景太郎は、フェロモンが有する催淫作用から逃れることはできず…激しい興奮をきたして痛いくらいにペニスを勃起させてしまう。若々しい肉体と精神はまだまだ思春期の盛りにあるわけだから、こればかりはどうしようもないことだ。誰にも景太郎を叱責する権利など無い。
「モトコちゃん…ね、はだかになろう…?」
愛欲を募らせきった景太郎は左手ひとつで素子の頭を抱き、その火照った頬を右手で包み込みながらささやくように誘いかける。生まれついてのフェミニズムも烈火のごとき愛欲の前には意味を為さないようであり、景太郎は返事を待つように素子の瞳を見つめながらもゆっくりと右手を下降させていった。
なでなで…なでっ、なでっ…そわ、そわわっ…
「んっ…あ、んぁ…あっ、ふぁ、ふぁあ…」
愛撫を重ねる手の平は熱く火照った頬から首筋を通り…やがて指先から筒袖の襟の奥に忍び込んでゆく。それだけでも素子はくすぐったそうに声を震わせ、愛くるしい素顔を不安と羞恥でない交ぜにした。それでもむずがったりせず、両手でしっかりと景太郎の半纏を握り締めていることからも拒むつもりはないらしい。
そんな素子の健気さを随時意識しながら、景太郎は逸る気持ちを努めて抑えつつ、少女の胸元から肩口にかけてをなぞりながら筒袖を押し退けていった。筒袖の裾が袴から引き出され、すすす…と衣擦れを立てるのもどこか遠くの出来事のようである。ただ服を脱がせるだけだというのに興奮が物凄い。目眩がするほど素子が愛おしかった。
ちゅっ…
「んっ、んんっ…」
左肩がはだけるのも見届けることができず、景太郎は感極まって素子にキスした。欲しい気持ちがいっぱいになってからのキスはすこぶる心地良く、景太郎は露わになった素子の肩口を右手でつかんだまま、しばし甘美な密着感に浸る。左手は繰り返し彼女の後頭部を撫でつけ、黒髪を丁寧に愛撫し続けた。
予告もなく唇を塞がれた素子ではあったが、それでも驚きの身震いは一瞬だけであり、後はうっとりと目を伏せて景太郎の愛欲に応えてゆく。深い口づけを望んで角度を付けてくる景太郎に逆らうことなく、鼻先をツンツン触れさせながら薄膜どうしをたわませ、密着する面積を稼いだ。贅沢なキスも、髪への愛撫も素子はよほど嬉しいらしく、先程からかわいい鼻息が止まらない。
ちゅ、ちゅうっ…
やがて、一番気持ちいい角度にたどり着いて…二人してじっくりとキスを堪能した。微かな気恥ずかしさもそのままに、二人とも鼻で息継ぎしていつまでもキスを維持する。景太郎も素子も、キスはねちっこければねちっこいほど好きらしい。欲張りな唇は相性もぴったりのようだ。
そわっ…そわわっ…
「んんっ…」
景太郎はキスしたまま、今度は左手を素子の筒袖の襟に忍ばせていった。素子が鼻声でうめくのもおかまいなしに、先程同様胸元をなぞりながら右肩もはだけさせてゆく。
やはりそうされるとくすぐったいのか、素子は小さくあごをわななかせるのだが…それに合わせて密着したままの唇はプルプル震え、絶妙な弾力が否応なしに伝わってきた。偶然の産物ではあるものの、えさを欲張る小魚のようなキスがあまりにくすぐったく、景太郎も思わず鼻を鳴らしてしまう。素子は素子で恥ずかしくてならず、湯気が出そうなほど顔面を紅潮させてイヤイヤするほどだ。
なでっ、なでっ…くい、くいっ…
景太郎の左手が素子の右肩を包み込み、二の腕を撫でてゆくと…それでもう素子の筒袖は完全に背中の向こうへと押しやられてしまった。線の細い首筋から繋がる華奢な肩も、鎖骨からサラシにかけてなだらかに隆起してゆく胸元もすべて露わとなってしまう。
素子は景太郎に口づけたまま、その無防備となった上体に心細さと肌寒さを覚えて小さく身震いするが…それでも不思議と羞恥は大きくなく、むしろこのまま景太郎に抱き締めてもらいたい気分で胸が騒いできた。景太郎の半纏を握り締めていた両手も無意識のうちに脱力し、口づけてくれている彼の頭を押さえ込んでゆく。
そっと景太郎の髪に指を埋めた途端、素子は身体の奥で本能を締めつけていた薄暗いわだかまりがサラサラと瓦解してゆくのを感じた。その違和感の意味を探るいとまもなく、恋心はたちまちまばゆく光り輝いて身体中に愛欲の炎を散らしてくる。
浦島…ああっ浦島っ…もっと、もっと近くに欲しいっ…
ちゅぱっ…
「あんっ…あ…」
「どうしたの…?」
「な、なんでもない…」
素子がそう切望した瞬間、景太郎は立ち上がる要領でキスを終えた。いよいよ両手に力を込めようとしていた矢先の出来事だっただけに、素子はついつい物足りなくて不満の声を漏らしてしまう。事情に気付くことなく景太郎が問いかけると、素子は恥ずかしそうに顔を背けて口ごもった。
脱がされている最中であるというのに、まだまだキスしていてほしいというのは少々意地汚いような気がする。それに、キスはお互い裸になってからでも好きなだけできるはずだ。景太郎だって求めてくることだろう。焦る必要はない。
素子は心中で自身を納得させてから、コクンとひとつだけうなづいた。
「モトコちゃん、ほら…ちょっと立ってくれる?」
「あ、ああ…」
素子が先走りかけた気持ちを整理したとき、やおら景太郎は右手を差し伸べて起立を促してきた。素子はしおらしくその手を取り、しずしずとした動作で立ち上がる。少しずつ愛欲に目覚めてきているとはいえ、恥じらいを完全に払拭することなどできるはずもなく…サラシだけで心許ない胸元は左手ひとつで初々しくかばわれていた。
景太郎は淑やかに立ち上がった素子を胸元に抱き寄せると、あらためて愛しさを覚えて目を細める。景太郎の笑顔から溢れんばかりの歓喜にあてられ、素子も照れくさそうに微笑み返した。自然で屈託のない恋人どうしの笑顔が、お互い純粋に嬉しい。
「サラシも…脱がしていいよね?」
「うん…」
景太郎は袴から筒袖の裾を引き抜きつつ、素子に小声で問いかける。その問いかけは断定的なものではあったが、素子は非難することもなくしおらしく寄り添い、コクンとうなづくのみだ。素子のほうがわずかに身長の高いため、その弾みで彼女の柔らかな前髪が景太郎のそれにフワリと触れてくる。
そのささやかな感触を合図に景太郎は筒袖を障子戸の方へ放り、手探りでサラシの端をつまんだ。クイクイと引っ張って終端を探るのだが、きつく乳房を固定している木綿のサラシは少しも弛む気配がない。
「あれ…?ね、モトコちゃん…サラシって、どうなってんの…?」
「そこじゃない…左のわきの下辺りに折り返しがあるから、まずそれを抜いてくれ…」
「わきの下…?う、上の方かぁ…」
「そ、そう…ち、違うところを触ると怒るからなっ!?」
「じ、事故だったら勘弁してよぉ!俺、サラシなんてわかんないんだからっ!」
焦るような手つきでサラシを引っ張る景太郎に、素子は肘を曲げながら二の腕を上げてわきの下を提示した。キチンとむだ毛が処理されている素子のわきの下からは、ほわっ…とばかりに甘やかな女臭さが香ってくる。大胆なポーズとはにかみ顔もあって、景太郎の男心は強く発憤された。高鳴る鼓動はもう耳元で聞こえるくらいである。
それでも景太郎は興奮を極力押し隠しつつ、サラシの上へと慎重に右手を進めていった。視線を鋭くして睨み付けてくる素子に反論しながらも、やがて指先はサラシの最上部に到達し、今度はその縁をなぞって終端を探る。
素子も興奮の発汗は免れないようで、サラシも柔肌もジットリと湿り気を帯びていた。しかも布地に染みた汗は急速に揮発して体熱を奪うらしく、指先でも素子の素肌の冷ややかさがわかる。部屋にはストーブが焚かれているものの、汗ばんだサラシを巻かせたままでは風邪をうつしかねない。
そう思った景太郎は小刻みに指を往復してサラシの端を探り始めたが、逆にその動きは愛撫となって素子を身悶えさせてしまう。クシクシクシ…とうごめく爪の先が布地の内側で閉じこめられている柔らかみへと近付くにつれ、素子はか細い鼻声でうめいた。恨みがましい目で景太郎を見るが、恥じらう息を殺しているために不平を言うこともできない。
「これ…?内側に入ってってるやつ…」
「そ、そうだ…まずそれを引き抜いて…」
やがて指先が固縛の上端で折り返している布地を探り当てたので、景太郎は一応素子の目を見て確認を取った。まさぐられるくすぐったさで瞳を潤ませていた素子は即座に首肯したものの、しばしの躊躇を示し…やがてそっぽを向いて、小声で最後の指示を下す。
もはやサラシは乳房を守る最後の防壁であるのだ。きつく巻き付けてあるとはいえ、所詮ただの細長い布地に過ぎない。
裸の胸を…今までは偶然目撃されただけでも徹底的に叱責してきたあるがままの乳房を赤裸々さらすのは、やはり照れくさかった。いかに純潔を捧げる決心がついているとはいえ、乙女心はやはり愛欲に歯止めをかけてくるのである。できることならキチンと入浴を済ませてからにしたいくらいだ。
それでも、もう一時たりとも恋心にお預けを喰わせたくはなかった。今ここで結ばれないと…羞恥心丸ごと景太郎に差し出すことができないと、後日に禍根を残してしまうような気がする。素子はそれが怖かった。お互い気まずさの中でそれとなく敬遠し合う関係になるのが不安なのだ。
また片思いに戻ってしまうことだけは絶対に避けたい。もしこの恋心が行き場を失ったら、その時こそ胸はズタズタに張り裂けてしまうだろう。
「うっ、浦島…脱がすんなら早く…はっ、早くしてくれえっ…!」
「う、うん…えっと、ここを引っ張ればいいんだよな…」
「あんっ…そ、そう、そのまま、全部…」
しぐっ…しぐっ、しぐっ…
杞憂を抱いた素子に泣き出しそうな声で急かされ、景太郎は慌てた手つきでサラシの終端を引きずり出しにかかった。汗ばんだ布地は抵抗感が大きく、布地の両側を親指と中指で摘むようにしながら強く引っ張ると、そのまま乳房まで溢れ出んばかりに柔らかみをたわませてくる。さすがに自分で解くのと他人に解かれるのとでは勝手が違うようであり、素子は時折痛そうに顔をしかめては右手で左の乳房を押さえたりした。
しゅるっ…はらっ、はららっ…
「わ、わ…もうほどけてきた…」
「ああ、あとは簡単だ…。あ、あまりまじまじと見るんじゃないぞ?」
「わかってるよぅ…じゃあこうしてる。こうしてれば…まだ見てないの、わかるだろ?」
「あっ…そ、それもそれで照れくさいが…」
どうにかこうにか終端を引っぱり出すことに成功すると、きつく巻き付けてあった布地はあっけないほど容易く緩んできた。さっそく景太郎は素子の身体を反時計回りに、右手から左手、左手から右手とバトンリレーのように布地を運んでサラシを解いてゆく。
その軽快な手つきを前に素子が慌てて言いつけると、景太郎は彼女の右頬に頬摺りしてから首筋に唇を触れさせた。素子は一瞬しまったという風に表情を強張らせたが、すぐさま観念して両手を景太郎の頭に絡めてくる。抱き寄せながらもさりげなく景太郎が脱がし易いように配慮しているのだ。
はらっ、はらっ、はらっ…
素子の言うとおり、一度終端を引きずり出すとサラシはおもしろいほどに解けてゆく。長く垂れた布地が二人の足元に重なってゆき、まるでリンゴの皮でも剥いているかのようだが実際はそれよりもずっと簡単だ。
「ほどくのは簡単だけど…これって巻くのは面倒なんじゃない?」
「確かに、な。慣れてはいるが、不便ではある…。」
「ブラジャーを使うわけにはいかないの?」
「うむ…やはりこうしてサラシを巻くことで気も引き締まるからな。それに…ブラジャーも試してはみたんだが、ダメなんだ…。胸が神鳴流の動きの妨げにならないためには、やはりサラシできつく押さえておかないと…」
湿った布地が足元で高く積もってくるのを感じ、景太郎はふとした疑問を口にしてみた。実際自分がサラシを身に着けることになったとしたら、これはこれで相当不便だと思ったのだ。窮屈だろうし、蒸れるだろうし、なにより巻くのがあまりに面倒だと思う。
正直、こればかりは素子の気持ちがわからなかったのだが…彼女はそんな景太郎に頬摺りして甘えながら、どこか苦笑めいた口調で事情を説明してくれた。景太郎の予想通り、比較的ふくよかな胸はやはり窮屈だったようで、戒めが解けてゆくにつれ素子の吐息には安堵の気配が漂ってくる。
ふう…ふう…ん、んふぅ…
その、さもあっさりしたような吐息は耳元で聞こえるだけでも心地良いが…聞きようによっては寂寥の混じった溜息に聞こえなくもない。
「なあ、浦島…」
「うん?」
「お主は…やはり女はなる先輩やキツネさんのように華美なブラジャーを付けていた方がいいと思うか…?」
「え…?」
「私も…せめてお主といるときくらいはブラジャーを付けているようにした方がいいか?どうなんだ…?」
首筋への口づけを重ねる景太郎がいぶかるいとまもなく、素子は幾分思い詰めたような口調でそう問いかけてきた。ふと景太郎が唇を浮かせると、素子は積極的に甘えて頬摺りしてくる。スベスベした肌を摩擦し合う力には焦燥すら感じられるほどだ。
あ…またモトコちゃん、思い詰めてる…しまったぁ…バカな質問しやがって、俺〜っ!
素子から感じた寂寥感は本物だったのだ。景太郎は心中で舌打ちし、うかつな質問をした自分自身に心中で叱責の言葉を浴びせる。
そんな景太郎が覚えている以上の自己嫌悪に、素子は今まさに見舞われているのであった。その自己嫌悪がもたらす寂寥感をなだめようと、素子は夢中で景太郎に頬摺りするのである。寂しさが彼女をとびきりの甘えんぼにしているのだ。
景太郎に好かれる女でいたいと願うあまり、劣等感を自責してしまう悪癖…。それは素子の一途な性格が返って災いし、いつしか備わったものである。
確かに、自分自身に悪い点があるようなら少しでも改善しようと努力するのは人間として大切なことだ。しかし劣等感という心の傷をえぐるような真似をして、無理矢理相手に合わせて装うのはただの虚飾に過ぎない。本当の自分自身をさらすことにはならないのだ。もちろんそんなことでは真心が伝わるはずもないのである。
素子は聡明で利発な女性であるから、それくらいは言われるまでもなくわかっている。それでも恋愛に不慣れなぶん、こうせざるを得ないのだ。景太郎に気に入られる女になれるのであれば何だってするつもりだった。
この思い詰めた気持ちは加速度的に恋慕の情を増してゆくのだが、同時にやりきれないせつなさも募らせてゆくことになるから、まさに両刃の剣なのである。早く鞘に納めてもらわないと痛くてならない。こうして一生懸命頬摺りして愛情を伝えようとしているのに、もうまた涙が出そうだ。
「うらしま…なぁ、うらしまぁ…」
「…モトコちゃん。」
「え…?」
震える声で呼びかけると…ふと景太郎は素子の手の中からすり抜け、真っ直ぐに見つめて微笑みかけてきた。その笑顔は子供をあやす父親のように暖かなものであり、素子はたちまち落ち着きを取り戻して景太郎を見つめ返す。ひくんっ、と一度だけしゃくり上げると、涙の溢れる気配は急速に遠ざかっていった。
「そりゃあモトコちゃんはスタイルがいいから、きっとかわいい下着を付けても似合うと思うよ?だけど俺の好みに合わせようって考えちゃダメ!それは短所を直すのとはぜんぜん別物なんだからねっ?」
「…お、お主の好みということは…それじゃあやはり、お主は…」
「ああっ、もう!深く考えないでよっ!俺が好きなのは下着姿のモトコちゃんじゃなくて、あるがままで活き活きしてるモトコちゃんなんだから…。剣を振るっても、俺に説教してても、感じるままに生きてるモトコちゃんに憧れたんだから…。」
「うん…」
「…心配しなくても、俺が愛してるのはモトコちゃんだけだよっ。ま、まあ愛してるってセリフは気障だけどさぁ、普通に好きって言うのと区別する意味で…ね?俺がこんな恥ずかしいこと言えるのは、ホントにモトコちゃんだけ…。」
そうささやくと景太郎は照れ隠しの苦笑をひとつ、右手で素子の頭をかいぐりした。
苦笑はしているものの、それは紛れもない景太郎の本心である。見返りを欲することなく、ただひたすらに愛情を注ぎたいと思えるのは目の前の素子だけなのだ。単なる好意とはまるきり性質を異にする愛情という名の感情は、二人を結びつけた恋心から生まれたものであるから偽りようがあるはずもない。
その愛情はかいぐりする右手からも伝わるようであり、心持ち前髪をかき上げられた素子の顔は見る見るうちに染まり、瞳にも危なっかしい潤みが戻ってくる。
景太郎が口にしたセリフは飾り気のない木訥としたものではあったが、そのぶん端々にまで想いがこもっており、熱い言霊は流水のような滑らかさで素子の意識に浸透していった。気を操ることに長けていて、そのうえ感受性も強い素子がうっとりと惚けてしまうのも無理はない。彼女の純心は景太郎のセリフを陳腐の一言で笑い飛ばすことができないほどに澄み渡っているのだ。
その美しい心の湖は投じられた愛の言葉によって瞬時に沸き返り、怒濤のごとき湯柱を噴き上げる。素子はもう幸福感でのぼせてしまいそうだった。ずっと景太郎を見つめていたいのに、それを邪魔する目眩がたまらなく悔しい。
「うらしま…うらしまぁ…」
「大丈夫、大丈夫…俺はここにいる。ここにいるよ…。」
はらっ…はらっ…はらりっ…ぱさっ…
かすれてしまいそうな猫撫で声での呼びかけに、景太郎はひとつひとつうなづいて安心させながら…やがて素子のサラシをすべて解ききってしまった。もうひとつの終端が景太郎の手から落ちて足元に積もると、これで素子は女性の象徴たる二つの膨らみを汗蒸した戒めから解き放ってもらったことになる。
その開放感は素子を観念させるのと同時に深く安堵させることにもなったようで、彼女は小さな嘆息を残すと景太郎の頭を抱いたまま寄り添ってこようとした。しかし景太郎は素子の肩をつかみ、静かな力でそれを制する。いぶかる素子と視線を合わせると、景太郎は彼女の袴の帯を摘みながら小さく笑った。
「裸の身体を包み込むには、やっぱり裸の身体が一番いいんだよ?だから抱き合うのは俺も裸になってから…ね、それまでガマンしてて。」
「…うん。」
景太郎に説得されると、素子は物足りなさそうに口をつぐみながらもしおらしく首肯した。景太郎の言葉はグラビア雑誌の片隅に載っていた小説の受け売りであり、彼自身も微かに動揺しつつ口にしたのだが、幸いにも素子には勘付かれなかったようだ。
それどころか素子は景太郎の受け売りを真に受けたようであり、一旦寄せた身を緩やかに離すと、彼の頭を抱いていた両手をそのまま下降させ、肩につかまるようにして佇んだ。その立ち姿はまるで着替えを手伝ってもらう幼子そのものである。従順なことこの上ない。
しゅる、しゅるっ…するんっ…ぽさっ…
「あっ…んぅ…」
「モトコちゃん…俺も脱がせて…」
「か、風邪がぶり返しても知らんからなっ…。」
帯をほどかれた袴が引力に引かれ、ささやかな衣擦れとともに素子の足元へ落ちる。促されることもなく右足、左足、と袴から足首を抜くと、これで素子は質素なショーツ一枚きりの姿だ。
官能的なプロポーションにありながら、正面から見るとホームベース型をしている色気も素っ気もないショーツは一見不釣り合いではある。それでも普段から慎ましやかな素子であるから、これはこれで独特の色気が漂ってくるものだ。なまじっか豪奢なパンティーを身に着けたりすると、どうしても違和感を払拭することができないだろう。褒め言葉にはならないと思うが、素子にはこの地味な白ショーツが本当によく似合っている。
閑話休題。思わぬ肌寒さと羞恥に素子がうめくと、景太郎は彼女の恥じらったうつむき顔にそうねだる。素子はうつむいたままで精一杯の強がりを口にするが、それでも景太郎の肩に乗せていた両手でゆっくりと半纏を脱がしにかかった。
気をつけの姿勢をとった景太郎から半纏が脱げ落ちると、素子は返す手で彼のパジャマの胸元からぷちぷちとボタンを外してゆく。厚手で暖かそうなネル地のパジャマが胸元を開いてゆくにつれ、素子は照れて伏し目がちになっていった。一番下のボタンを外してしまう頃には、うつむいた視線は彼のズボンの隆起をぼんやりと見つめていたりする。
はっ…!?
景太郎のへその肌色が視界に入ったところで素子は我に返り、きゅっと目をつむりながら忙しない手つきでパジャマの上着を脱がしにかかった。身長差もあることから、景太郎からはまるで自分が物欲しそうに男性のセックスシンボルを眺めていたように見えてしまったことだろう。そう思うと素子は居ても立ってもいられなくなったのだ。
その恥じらいによる衝動は素子の手つきを自ずと手荒なものにしてしまう。素子は景太郎のパジャマの襟元をひっつかむと、グイグイ掻き分けるように肩を露出させ、背後へと引き下ろした。その乱暴さは景太郎も一瞬たじろいでしまったほどだ。胸板を丸まるはだけられたとき、思わず両手で覆い隠そうと反応してしまったのだが…乱暴される女性の気持ちがなんとなくわかったような気分である。
そんな景太郎の狼狽にも気付くことなく、素子がパジャマの上着を脱がしてしまうと、今度はそれをつかんだまま彼のズボンのウエストに親指を引っかけた。照れ隠しの勢いに任せ、しゃがみ込む要領で一気に引きずり下ろすと、景太郎も右足、左足、の順番で足首を抜いてくれる。
脱がせたまではよかったのだが、素子は羞恥極まって舞い上がっていたのだろう。汗ばんだパジャマはそのまま洗濯機に放り込むつもりだったのに、素子は上着もズボンもそれぞれ袖や裾を揃えてキチンとたたみ、布団の側に揃えて置いたりする。立ち上がってから景太郎と視線が合い、そこでようやく己の行為の無意味さに気付いたらしく…素子はまるで風邪がうつったかのように顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。小振りな唇は噛み締められたままであることからも、動揺を相当大きいようだ。とはいえ景太郎も揶揄することはない。もはや二人は下着一枚のみを身に着けた姿で対峙しているのだ。
「…もうこのまま、裸になっちゃう?」
「い、いや…下着は、もう少し待ってくれ…」
「わかったよ、じゃあ…お待たせ。おいで…」
「うん…」
両手で乳房を包み隠している素子に、景太郎は耳打ちするようにして問いかけた。目を伏せたままの素子が恥ずかしそうに声を震わせて拒むので、景太郎も無理強いすることなくゆったりと両手を広げ、彼女のための場所を用意する。両想いの二人が愛を育み合うのに慌てる必要など皆無だ。
ぎゅうっ…。
コクン、とうなづいた素子が倒れ込むように身を寄せてくると、景太郎はその美しい裸身を胸の中に押し抱いた。素子もそれに合わせて景太郎の背中に腕を廻し、欲張りな力ですがりついてくる。
「はふぅ…」
「どうしたの?」
「…本当だ…裸で抱き合うのが、こんなに気持ちいいなんて…」
「ふふふ、モトコちゃんもしおらしくなっちゃってまぁ…」
「う、うるさいっ…」
耳元にこぼれてきた素子の恍惚とした嘆息、そして夢心地そのものといった甘ったるい声での感想に、景太郎も胸が熱く満たされてくる。嬉しさ余って軽い揶揄を投げかけると、素子はすねた口調で反論しながら両手に力を込めてきた。たわわに実った素子の乳房は二人の胸の間で一際大きくたわみ、その絶妙な柔らかみを誇示してくる。
さわさわ…そわそわっ…すりすり、すりすり…
よほど肌を重ねた感動が大きかったようで、素子はすがりついている景太郎の背中をしきりに撫で回し、猫撫で声とともに頬摺りしてスキンシップを試みてきた。乳房を押しつけていることすらお構いなしに、モジモジ身をよじりながら身体全体で密着する面積を稼ごうとしてくる。
「モトコちゃん、ふふっ、くすぐったいよ…子犬みたいじゃんかぁ…」
「だって、だって…気持ちいいから…なぁうらしま、もっと甘えさせて…」
「いいよ、モトコちゃんが満足できるまで、遠慮なく甘えさせてあげる…。」
その鳥肌立つようなくすぐったさに景太郎が身悶えすると、素子は火照る頬どうしをくっつけたまま彼の耳元におねだりした。その媚びた声は驚くほどに艶っぽく、普段通りの凛としたイメージはもうどこにも見当たらない。
それもそのはずであり、今や素子は愛しい景太郎のために十七年間大切にしてきた純心を全開にしているのだ。今まで誰かに甘えることを避けて生きてきたぶん、その損失をいっぺんに取り戻したくて自ずと声にも潤いが乗ってくるのである。
もちろん景太郎も拒むことはない。むしろそんな素子を愛おしむように頬摺りを返し、長く美しい黒髪に何度も何度も手ぐしを入れた。髪を撫でるのと同時に指先が背筋をなぞるため、そうされるたびに素子は鼻にかかったうめき声を吐息に混ぜてしまう。
あまりのくすぐったさにイヤイヤするのだが、それが素子の本心ではないことは景太郎にも解っている。くれぐれも引っ張ったりしないよう、細心の注意を払いながら景太郎は髪への愛撫を重ねた。素子の長い髪は毛先に至るまで実によく手入れが行き届いており、景太郎の男心を無性に喜ばせる。
なでなで…なでなで…すりすり、すりすり…
「ん、んぅ…あ、はあ、はあ…いや…いやぁ…」
「いやなの…?髪、触られるの…嫌い?」
「ち、違う…そうじゃなくて…あう、んう…い、いじわる…」
「いじわるなら、やめよっか…?」
「そ、それが、いじわるだと言うんだっ…」
髪を撫でられるうち、素子はよがる吐息の中に拒むような声をあげてきた。そこで景太郎がわざとらしく問いかけると、素子は悔しそうに頬摺りの力を込めながら恨み言を口にする。
その言葉はたまらないくすぐったさと嬉しさの裏返しであるのだが、それと同時に口に出しづらい羞恥の意味合いも込められている。お互い直立の姿勢で抱き合っているため、素子のへその辺りには景太郎の硬直した部分がグイグイ押しつけられてくるのだが…その戸惑いが彼女に拒否の単語を吐かせるのだ。
その事実を知ってのうえでか、景太郎は素子の耳朶に舌を添わせて頬摺りしつつ、なおも問いかけると…しまいには素子も半ベソになって声を震わせてきた。少しからかいすぎたかな、と反省しながら頬摺りを止めて見つめ合うと、素子はすっかりふてくされて唇を噛み、涙目で睨み付けてきているではないか。
「モトコちゃん、ごめん。わかってて意地悪した俺が悪かったよ…」
「そっ、そんならしくないお主など、嫌いだっ…!」
「モトコちゃんだって、らしくないから…すごく素直でかわいいから、いじわるしたくなっちゃったんだ、ごめんね…ホントに好きなんだよ、ホントだよ、モトコちゃん…」
「あっ…そんなずるい言い訳っ…ずるい…ずるいっ…」
「好き…好きだよ、モトコちゃん…ごめんね…好き…好き…」
ちゅ…ちゅっ、ちゅっ…ちゅ、ちゅ、ちゅっ…
両目いっぱいに涙を湛えた素子を見てしまうと、景太郎も胸を痛めずにはいられない。苦しいほどの後悔に駆られ、詫びながら軽く唇の先どうしを触れ合わせる。
そのままじゃれついて告白と謝辞を繰り返されると、素子もたまらずにその可憐な唇を震わせた。敏感な薄膜を刺激してもらいながらの告白に、思わず涙も頬を伝い落ちてしまう。どうしようもなく、せつなさがつらい。
「いや…うらしま、いや…ちゃんとして…ちゃんとしたキス、してぇ…!」
「ちゅ…これじゃ、キスになんない?」
「も、もっとしっかりくっついていたいっ…頼むから、たっ、頼むからぁ…!」
「じゃあ、ちゃんとしたキス…するね…?」
「早くっ…なぁ、早くっ…んんっ…」
ちゅっ…。
泣きじゃくる素子の哀願に応え、景太郎はようやく彼女と唇を重ねた。わずかに角度を付け、ぴっちり薄膜をたわませてようやく満足できたのか、素子はくすんくすんしゃくりあげながらもおとなしくキスに浸る。景太郎の背中に伸ばした両手もそっと指を立てるようになり、そのまましっかりとすがりついて肌と肌の密着感を満喫した。
「んんっ…!!ん…すふぅ…すふ、すふ、すふ…」
「ふふふっ…ん…んっ、んっ…」
快感のあまりにあごを震わせると、素子はよがり声に任せて鼻息を漏らす。荒々しく繰り返す鼻息は照れくさくてならないのだが、もう本能は理性という名の制限を受け付けなくなっていた。素子は長身を活かして小首を傾げ、景太郎と深く唇を噛み合わせながら薄膜のぬくもりを分かち合おうとしてくる。その様はまるでおもちゃを独り占めして譲ろうとしない駄々っ子そのものだ。
とはいえ、素子がそうなってしまうのも無理はないことであった。
好きな相手に優しく接してもらいたい…。
それはあまねく人間が抱いて当然の願望だ。本能に基づくその願望は、時として醜いほど貪欲になることもある。もちろん男女の別もない。
なまじっか甘えることに不慣れである素子にとっては、その願望はひどくはしたないものに感じられることもあるし、軟弱で腑抜けた感情と捕らえてしまうこともある。他人に安らぎを求めること自体、今まではただの弱音だと見なしてきたのだ。誰の力にも頼ることなく、あくまで自分自身を強く信じることこそが強さへの道だと信じて生きてきたのだ。
だからそのぶん、こうして人恋しさを覚え、慈しみに目覚め、愛おしさに胸を詰まらせてしまった今…素子は悔しいほど景太郎に求愛してしまうのだ。今までは破廉恥行為そのものとしてきた接吻を何の臆面もなくねだり、媚びるようにすがりついて景太郎とのスキンシップを欲張ってしまうのだ。
大好きな浦島に、優しく…誰よりも優しくしてもらいたい…。
大好きな浦島に、どこまでも際限なく甘えさせてもらいたい…。
大好きな浦島に、身も心もとろけるくらい愛してもらいたい…。
甘え慣れていないだけあって、ひとたびその感動を味わってしまうと反動は物凄かった。とめどなく湧き出る愛情は愛欲の活力となり、夢中で景太郎を求めてしまう。思春期の男の子以上に貪欲となっているため、フェロモンの発散も盛大である。
その発情した雌の匂いに素子自身も冒されてきて、スラリと伸びた両脚では何やら膝頭がモジモジと擦り寄ってきていた。白一色で地味を極めたショーツもしっとり汗ばみ、まろやかな尻にも言いようもない色気が漂ってくる。
「ちゅぱっ…モトコちゃん…ちゅっ…ちゅぱっ、ちゅっ…」
「んあぅ…うらしま、もっと…ちゅむっ…ぷぁ、もっとぉ…ちゅ、ちゅっ…」
発情した少女が醸し出す芳しき媚薬に、異性である景太郎が魅惑されないはずもなく…黒髪への愛撫も忘れ、ひたすらねちっこくキスを続けてゆく。若い情欲に突き動かされるまま、深く吸い付いては引き剥がし、吸い付いては引き剥がし…徹底的に素子の唇を攻め立てた。
キスしているだけでも興奮を押さえきれないのか、少女の下腹に押しつけたままのペニスはトランクスの内側で頑強に勃起したままである。すりすり…すりすり…と腰を前後させて刺激を求めるが、それは景太郎が意図的しての動きではない。下肢が貪欲なペニスに洗脳されてのものである。
本能のままに腰が動いてしまうくらい…景太郎は強烈な性欲に見舞われているのであった。本音を言えば、今すぐにでもマスターベーションしたいくらいに胸は焦れてきている。裸で抱き合いながら交わすキスがこれほどまでに興奮を誘うものだとは、ついぞ夢にも思っていなかった。
モトコちゃんとセックスしたら…俺、何回でもイけそう…
景太郎は素子と唇を塞ぎ合ったまま、のぼせそうな頭でそんなことを考えていた。
景太郎が自分を慰めるときの妄想は決まって異性と交わっている状況だったのだが、あらためてセックスは挿入だけがすべてではないということを実感する。挿入だけで満足していては、本当のセックスを半分も楽しめていないということになるのではなかろうか。
自分達はまだキスしかしていないというのに、もうこんなに夢心地なのだ。本当に最後まで愛し合ったとしたら…いったいどれほどまでの悦びを分かち合うことができるのだろう。想像するだけでも性感帯がうずく。
そんな景太郎の激しい情欲を唇と下腹で受け止めている素子であったが、もうそれくらいでは彼を非難することはないし、なにより根を上げることもなくなっている。むしろ景太郎が攻めれば攻めるだけ、素子の愛情は程良く奮い立ってくるのだ。
浦島、いいぞ…もっと求めて…私は、私はいくらでもお主に尽くすからっ…
素子は嬉しさ余ってすんすん鼻を鳴らし、あくあくとあごを動かして景太郎に食らい付いてゆく。なんだか熟して柔らかくなった果実を貪っているような心地であった。しかも先程から景太郎が分泌過多となった唾液をじゅみじゅみ送り込んでくることもあり、その触感はなおさらである。
んく…む、ぢゅ、ちゅっ…んくっ、んくっ…
淫猥なくらいぶっちゅりと口づけている素子は、おとなしく目を伏せたまま躊躇うことなく景太郎からの唾液を嚥下してゆく。生ぬるくて、少しとろみがかっていて、ほのかにおかゆの味の残る唾液が喉を通過してゆくたび、素子は胸の真ん中を狂おしく高ぶらせた。景太郎の背中にすがりついている両手も恥じらいで微震しているというのに、もっともっと景太郎と淫らを楽しみたくなってくる。
…ぢゅっ…ちぴ、ぢゅぴっ…
やがて素子も反撃を開始した。薄く開いている唇の隙間から、舌で押し込むようにして景太郎の前歯に唾液を浴びせてみる。顔は景太郎を逃さぬよう、なおも唇に角度を付けて覆い被さっていった。この時ばかりはさすがに恵まれた背丈に感謝してしまう。
んくっ…んくっ…ぢゅちゅちゅ…ちゅむっ…ん、くっ…
景太郎が拒むことなく唾液を飲んでくれることも、素子の歓喜に拍車をかけることとなった。キスの甘やかな心地、景太郎に抱き締められている感触、汗ばんだ肌のぬくもり、温め合った唾液の共有、それらがもたらす幸福感で目眩がする。
ぬ、みゅっ…ねゅっ…
「んんんっ…!!」
一瞬の油断を突いて侵入してきた景太郎の舌に、素子は思わず身を強張らせた。舌どうしが挨拶を交わしたときの未体験の柔らかさは素子を一瞬パニックに陥れ、鼻にかかった鳴き声を部屋いっぱいに響かせる。
そして、それが素子の限界を告げる合図であった。
「ちゅばっ…んあ、んあぅ…あっ、やあ…あ…」
「と、っと…モトコちゃん、大丈夫っ?」
「あうぅ…す、すまない…脚に…脚に力が入らない…」
「ありゃりゃ、ちょっと不意打ち過ぎたかな…。」
舌どうしが触れ合った瞬間、素子はまるでブレーカーでも落ちたかのようにズルズルとくずおれてしまった。あひる座りでへたりこむ前に、景太郎は慌てて素子の身体をきつく抱き締めたものの…彼女の腰はすっかり抜けてしまったらしい。スラリと長い両脚は太ももからつま先に至るまで見事に脱力しきっている。
自力で立っていられないという状況は物心着いてから初めてなのだろう、身体の異変に狼狽しきった様子の素子は、とても同一人物とは思えないほどにかわいらしく…景太郎は胸を高鳴らしながら彼女を布団の上に座らせた。素子は背中にすがりついていた両手をそのままずるずると太ももの辺りにまで落としながら、それでも懸命に正座を維持して景太郎に寄り添う。脱力して戦線離脱したことを詫びるつもりか、寄り添った太ももに頬摺りしながら呼吸を整える姿はなんともいえず健気で愛くるしい。
「モトコちゃん、横になろっか…?」
「うん…」
景太郎が気遣わしげにささやくと、素子は素直にうなづいてその身を横たえた。ふよん…と豊満な乳房を揺らして仰向けになると、片手で枕を引き寄せて横顔にあてがう。
そのまま目を細めると、素子は枕にまですりすりと頬摺りした。心地良さそうな笑顔の前で、少女の柔らかな髪が静かに揺れる。
「お主の布団…お主の枕…お主の匂い…。ふふっ、不思議なものだな…。こんなことでも嬉しく思える…。」
「汗くさいよ、さっきまで汗だくで寝てたんだから…。」
「そんなことない…今はお主と布団を共にできることがなにより嬉しいんだ…。」
「モトコちゃん…」
「さ、浦島…続き…」
横たわった素子の、子犬がじゃれるような素振りには無理をしている様子がない。素子は気怠げに左手を伸ばすと、物欲しそうな目で景太郎に求愛した。その姿は信頼しきって無防備になっているというよりも、むしろ積極的に愛情を求めんがためにすべてを差し出しているようで…景太郎もついつい興奮の生唾を飲み込んでしまう。
その大人びた艶めかしいささやきだけでも男気をそそられるというのに、そのうえでなお素子は惚れ惚れするほどに美しいプロポーションを身に着けているのだ。これで奮い立てない男は文字通りの腑抜けであろう。景太郎は差し出された素子の左手に右手を添えるとすぐさまエッチつなぎになり、彼女の右側に腰を下ろしながら、その神々しいほどにまばゆい裸身を見渡した。
つづく。
(update 00/12/28)