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みつねの部屋は、本当にここがかつて純和風旅館の客室であったのかと目を疑ってしまうほどに改装、カスタマイズが施されている。
廊下に面した障子戸を開き、中に入れば…まず左手の壁面に誂えられた飾り棚と、そこに整然と陳列された酒びんに圧倒されることだろう。
これらは無類の酒好きであるみつねが趣味で集めたものだ。ラベルを見ればある程度はわかるが、世界各国から集められた酒…それこそスコッチウイスキーにバーボンウイスキー、テキーラ、ラム、ジン、ウオッカ、ブランデー、そして紹興酒に老酒、焼酎に泡盛等々、ありとあらゆる種類の酒が大量に納められている。
入り口である障子戸の真上にも飾り棚は拡張されており、納めきれなくなった酒びんや酒樽が窮屈そうに並べられているくらいだ。酒に興味がない者でも、その驚くほどの数にいつしか時間を忘れて眺め入ってしまうに違いない。
まさに博物館とも呼べるほどの収集ぶりではあるが、みつねはこれらの酒をただ飾っておくためだけに集めているわけではない。機会と興味が一致すれば、どれでも躊躇い無く栓を抜き、一夜の供にするのだ。中には耳を疑うほどに高価なものもあるのだが、高価だからといって飲まないのであれば持っている意味がない…と、みつねは気取る風もなく断言している。
実際景太郎もみつねに誘われ、信じられないほどの流通価格が付けられている泡盛をご馳走になったことがあった。まさに甘露たるまろやかさに感動しつつ、その時は二人で一時間もかからず空にしてしまったのだが…みつねは少しも後悔したような素振りは見せず、終始ご満悦の様子であった。
こうしてこまめにボトルを開けているにもかかわらず、酒びんの総量が目に見えて減らないのは確実に収集を続けていることの証拠だろう。みつねは定職に就かず、気の向くままにアルバイト生活を続けているが…きっとそこで稼いだお金のほとんどがこのコレクションのために充てられているのだろう。
そんな見事なコレクションを納めた飾り棚の下には、大人三人がゆったり並んで座れるソファーが置かれている。
これがまた実に座り心地が良く、表地に使われている深みのある紺色のベルベットも感動するほどの手触りで、実に見事な逸品だ。
景太郎もこの部屋へ遊びに来たときは、勧められるまま何気なく腰掛けたりするのだが…このソファーがどういったものなのか、今でもまったく不明だったりする。というのも、東大を目指している景太郎でさえ読めない文字が書かれているのだ。古いアラビア文字のようではあるが、もちろん読めるはずもないし…みつね自身詳しいことはわからないというのだからどうしようもない。
そのソファーには、いつも一本のアコースティックギターが無造作に置かれている。
これこそアンティークのつもりかと思いきや、みつねは気が向いたときにちょくちょく弾いて聞かせてくれたりするのだから驚きだ。それも右手の爪を駆使してクラシックギター風に弾くのだから輪をかけて驚きである。みつねの人生経験の豊富さが窺えよう。
このギターのヘッドにはアルファベットでマーチンと書いてあるのだが…景太郎は楽器には疎いので、そのメーカーがどれほどのものなのかはわからない。45、とかの数字をみつねが言っていたような覚えはあるが、そのどこまでも響き渡るような澱みのない音色は聴くたびに陶酔の溜息が漏れるほどだ。決して粗末な品物ではないことが素人の耳にでもはっきりとわかる。
飾り棚やソファーの対面には、立派なオーディオセットが一式取り揃えてある。
ちょうど部屋の中央のガラステーブルを介し、その反対側の壁面。ここには古風な造りの違い棚や、清楚な唐紙の張られた戸棚があるのだが…そのスペースにバランス良くオーディオセットが配置されているのである。
日立の大型ワイドテレビに、マークレビンソンのCDデッキ、ソニーのMDデッキ、ヤマハのAVアンプ、そしてDVDプレイヤーを兼用するプレステ2。ビデオのデッキは松下。また、メインスピーカーはJBLのものがブロックの上に堂々とした風格を伴って置かれており、センターやウーファー、サテライトはBOSEで揃えてある。
これまた唖然とするほど贅沢な取り揃えではあるが、実際それだけのことはあり…その音の迫力たるや、まさに息を飲むほどである。テレビモニターを正面に見たときに、ちょうど背後になる飾り棚の酒瓶が不要な反射を抑えてくれる効果もあるようで、聴き苦しいようなこともほとんど無い。
実際景太郎もちょくちょくDVDやビデオ鑑賞に誘われるのだが、DVDであれば映画館にも引けを取らない臨場感を楽しむことができる。さすがに他の住人に気を使う必要があるため、いつでも大音響で映画館気分に浸るというわけにはいかないが…こうして大半が外出しているときは遠慮無しにアンプのボリュームを上げることができる。ひなた荘は周りの家々よりも高台に位置しているため、近所から苦情がくるという心配もない。
そのオーディオの前には、みつねがクロゼット代わりにしている大型のトランクがある。いわゆる高級ブランド品には縁も興味もない景太郎であるが、その表地のキャンバスに描かれている模様から、それがルイ・ヴィトン製のものであることくらいはわかる。現在では猫も杓子も持っているバッグの、あの独特の模様だ。
みつねは洋服なり下着なりを収納するために、ほぼ同じ大きさのものをふたつ所有している。ちなみにこれが本物であれば、マルと呼ばれる大型トランクなのだが…いざ注文しようとすれば、中級の乗用車が新車で買えるほどの予算が必要となる。
みつねが言うには、これはひなた荘の倉庫にあったものらしいのだが…ということは景太郎の祖母か誰かが購入したものになるのだろうか。景太郎もそこまでは知らない。
こうして考えると、しょっちゅう遊びに来ているにもかかわらずみつねの部屋は実に謎の多い部屋だ。住人の性格がよく現れているといえよう。
以上のレイアウトが、一般的にいうみつねの部屋である。他の住人はもちろん、管理人である景太郎でさえそう認識していた。みつねの部屋と言われれば、たくさんの酒、立派なAV機器、ファッション雑誌、競馬新聞、華美な下着、タバコの匂い…そういったものをすぐに連想してしまうのが普通だ。
だが、ひなた荘の各部屋はすべて二間続きになっているのだ。みつねの部屋へ入ったことがあるとはいっても、ほとんどの人間は最初の部屋…いわばリビングまでしか入ったことがないはずなのだ。つまり、そこまでしか知らないというのが大概なのである。
この高級サロンを彷彿とさせるリビングの向こう…ふすまを開けた先にはみつねの寝室があった。開けっぴろげな性格のみつねでも、決して開け放つことのない秘密の場所が、華美を極めたリビングの向こうにあるのだ。
そんな誰も知らないみつねの寝室に…今日、景太郎は足を踏み入れた。それも、彼女に誘われて…。
何度も遊びに来て見慣れているリビングも、今日はソファーに腰を下ろすこともなく素通りであった。ロビーからずっと手をつないだまま、余計なおしゃべりを交わすでもなく寝室へ入り…後ろ手にふすまを閉め、あらためて二人きりの空間を作り出す。
これが…キツネさんの寝室…?
みつねの寝室は、リビングとは対照的に清楚を極めていた。
入って右手にはシンプルなセミダブルのベッド。左手にはこれまた簡素な鏡台。そしてファンヒーター。調度品はこれだけであった。あとは写真立てがあるわけでも、ポスターが貼ってあるわけでもない。窓辺から初春の日差しが柔らかく差し込んでいるのみである。
「けーたろ…」
「え、あ、うん…」
景太郎が何か言葉を探しているうちに、みつねは抱擁をせがんできた。まるでロビーから寝室へ移動する間にも寂しさが募ったかのように、真正面から景太郎にすがりいてゆく。
不意を付かれたようにはなったが、それでも景太郎は拒んだりしない。左手でみつねの背中に、右手でうなじに触れ、包み込むようにして抱き寄せる。互いの感触を確かめるよう…そして互いに感触を伝えるよう強く抱き締め合って、ひとつ安息の吐息を漏らした。
「…ウチの部屋なんて、眺め回してもしゃあないやろ?」
「ご、ごめんなさい…失礼だって思ったんだけど、初めて入ったから…」
「せやな…ここに入ったことあるんは、男ならあんたが初めてや」
その言い方からして、女性なら何人かは入ったことがあるようだ。おそらく今までの管理人…祖母のひなや、叔母のはるかなら入ったことがあるのだろう。
「そっちの部屋なら、何度も来てるんですけどね…」
「そっちの部屋は…ベッド無いやんか…」
「あ、うっ…」
微妙な感慨を覚えて景太郎が言うと、みつねはそうささやきかけ、言葉を紛らわすよう首筋に口づけた。ゾクゾクッ…と思わぬ寒気に見舞われた景太郎はたまらず声を漏らす。セーターとシャツの袖の中では、二の腕にうっすらと鳥肌が立った。
なおもみつねは構うことなく、景太郎の首筋に立て続けて唇を押し当ててゆく。
ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ…とリズミカルに口づけては、熱く湿った息を吐きかけてまた口づける。まるで景太郎の首筋を温めるかのように…。
首筋には大きな血管があり、身体を冷やすときにも、また暖めるときにも重要な役目を果たす部位である。みつねの寝室は氷室のごとく冷え冷えとしているが…そんなしぐさも功を奏してか、景太郎はたちまちロビーでの火照りをぶり返してしまう。もちろんやんわりと和みかけていたペニスも、再び熱い血潮が巡ってたちまち怒張をきたした。
しかし、今では景太郎もなすすべなくやられっぱなしでいるほどの臆病者ではない。
勃起しきりのペニスに急かされるよう、狂おしい情欲に男心も奮起して…景太郎はみつねの右の耳に舌を添わせた。そのまま唇をも押し当てつつ、繰り返し繰り返し舐め上げる。
「んっ、んんっ…あ、ふ…んぅう…」
みつねはそれだけでかわいい鼻声で鳴き、太ももをモジモジと摺り合わせ始めた。
ロビーでもじっくりとキスを堪能していたぶん、秘部の疼きは今や最高潮に達しているのだ。じゅんっ…と、熱い雫が狭い華筒の中を伝い落ちてくるのがわかる。このまま耳を攻め続けられれば、もう数分と待たずに下着を濡らしてしまうことだろう。
「キツネさん…く、首筋、やめないと…もっと続けますよっ…?」
「や、そんな声っ…わ、わかった、やめるさかい、やめるさかいに…」
みつねの身悶えを腕の中で感じた景太郎は、熱い息を吐きかけるようにして彼女の耳にそうささやかきけた。みつねは慌てて顔を上げ、景太郎のセーターに指を食い込ませながら要求に応じる。
りんごのように真っ赤になった頬からも、みつねの異常な高ぶりが想像できるだろう。そんな切羽詰まった表情に、景太郎も思春期のような高揚を禁じ得ない。
「キツネさん…キスして、いい…?」
「そんなんいちいち聞かんと、雰囲気で判断しぃや…」
「ご、ごめんなさい…じゃあ…」
ちゅっ…
初々しいやりとりの後で、景太郎はにわかに込み上げてきた接吻欲を満たす。
わずかに小首を傾げ、ぴっちりと薄膜どうしを重ね合って…そのぬくもりと柔らかみに浸ると、自ずと抱き寄せる両腕にも力がこもった。もうみつねが愛しくてならない。せつないほどの衝動が胸いっぱいに満ち、今にも張り裂けてしまいそうだ。
抱擁を交わし、唇を重ねたことで情が移ったのかも知れないが…これほどまでに誰かのことを愛しく思ったことはなかった。冷え冷えとした部屋にあってみつねのぬくもりが際立ち、その幸福感にも似た想いが景太郎を思い切り突き動かす。
ちゅ、ぱっ…
じっと吸い付き合ったままのキスを終えて、景太郎は真っ直ぐにみつねを見つめた。
しおらしい表情で反応を待つみつねに、景太郎は目もくらむほどの高ぶりの中…想いの丈を言葉にしてぶつける。
「キツネさん…お、俺っ、キツネさんのこと…きっ、キツネさんのことがっ…」
「あかんっ…」
「えっ…?」
すべてを投げ出してしまうほどの勇気を振り絞り、景太郎は生まれて初めての告白を遂げようとしたが…みつねはその想いが声になるより早く、彼の言葉を遮ってしまった。
どこか哀愁すら漂うみつねの声に、景太郎は戸惑いを隠すことができず、今にも泣き出しそうな面持ちとなって彼女を見つめる。みつねは慎重に言葉を選ぼうとしてか、いつしか景太郎の視線から逃れるようにうつむいてしまった。
「…今あんたが言おうとしたこと…多分ウチ、わかってる」
「じゃあ…じゃあ、やっぱり…ダメなんですか…?」
「そうやないっ…そうやないんや、ホンマにウチ、嬉しいんやで…?あんたが慰めとかでそう言おうとしとるんとちゃうこともわかるさかい…でも…でもな…?」
つぶやくような口調が、次第に確たる響きを伴ってきて…みつねは顔を上げた。その表情は穏やかに微笑んではいたが、その切れ長の瞳には紛れもなく寂寥の色が漂っている。きっとそれは彼女自身、まだどこか強がる気持ちが残っているからだろう。
「でも…お互い、昨日までそんな気持ち持ってへんかったやろ?ウチかて、こんな風にあんたと抱き合ぉてキスするなんて思てへんかったし…せやから、今はまだその言葉、お預けにしといて…。言葉にしてもぉたら、きっと白けてまうんちゃうかな…?」
「そういうもの…なんですか?」
「そういうもんや。今は深く考えんと…身体だけで…な?」
それでもまだ納得できないように景太郎が唇を噛み締めるので、みつねはあらためて彼にすがりつき、少しだけ背伸びして頬摺りした。背伸びを戻す前に、その頬に小さくキスしたのは景太郎の気持ちに対する感謝と詫びのつもりでもある。
今でこそ景太郎とみつねは、お互い気が置けない親友どうしではあるが…少なくとも恋人どうしであるとは言えない間柄だ。
そんな二人に昨日の今日で恋愛感情が芽生えるはずもないし…あるいは以前から抱いていたとしても、その想いを受け入れるには大なり小なりの違和が生じるものだ。親友と恋人では、同じ好意と呼べる感情を抱いていても、それは明らかに性質が異なるのである。
とはいえ、心と身体は別物だ。特に、本能的に子孫を残したいと願う男子の場合はそれが顕著であるといえよう。恋愛感情を持たなくとも、たとえばグラビアアイドルに強い情欲を覚えたり、アダルトビデオやポルノ雑誌を見て悶々としたり…極端な場合はマンガに登場する女性に対してでも欲情する場合もあるだろう。これらはすべて、心と身体が別物であるという何よりの証拠だ。
そして、これは男性に限った話ではない。一般に女性は男性よりも性感が強いというだけあり、一度オナニーやセックスによる快感を覚えた後では男性以上に欲情的になることもあるという。結果として、恋愛感情までは抱かずとも、例えば美形であるとか清潔感に満ちているとか、そういったささやかな好感だけで身体を許してしまうことがあるのだ。
それが行きずりの相手であったとしても、ゲーム感覚、あるいは好奇心で性の悦びを欲してしまうのだが…これは別に異常なことではない。あまねく快楽を望んでしまうのは、人として当然の心理である。
もちろん世の女性すべてがそうであるとは言わない。むしろ貞淑を信条としている女性の方が多いはずだ。そうでなければ世界中が無秩序となり、ともすればすでに人類は滅び果てているに違いない。
それでも、人は様々な感情に左右される生き物である。寂しさを覚えれば人恋しくなるのは当然であり…人恋しくなれば、自ずとそのぬくもりを求めてしまう。これは悲しい話、心よりも身体のほうが手っ取り早く心地良さを得ることができるからだ。自慰行為など、その最たる衝動であろう。
寂寥感に打ちひしがれたみつねは、景太郎の優しさを求めていた。今までさんざんからかいの対象にしてきた、甲斐性無しとも呼べるほどの暖かい優しさに慰めてもらいたかったのだ。
そんな景太郎はいま、みつねの期待に応えようとしている。
むしろ泣きじゃくってまで真情を吐露してくれた彼女に愛しさすら覚え、ほのかに抱いていた憧憬をいや増しているくらいである。それはもう恋心と呼び変えてかまわない想いであった。
それほどまでに熱い想いを体感するには、男女のスキンシップを計ることこそが手っ取り早い。手をつないでも、抱き締め合っても、唇を重ねても、身体の芯までとろけるほどに交わっても…互いの気持ちはくすぐったいほどに通い合うものだ。そこには難しく考える必要など無い。感じたいままにじゃれ合うだけで、想いはすべて伝わり合うのである。
「…別にけーたろの気持ちがどーでもええ言ぅとるんとちゃうで?あんたの気持ち…それこそさっき言おうとした気持ちは、こうして抱き合ぉとるだけでもわかるさかい…。キスなんかされたら一発や…あんた、めっちゃキス上手いし…」
「う、ウソでしょ…?またそうやってお世辞なんか言って…俺、キス初めてなのに…」
「ウソとちゃうって!スケベなくせして優しいヤツのキスはな、ホンマに甘々なんやで?あんたとキスしとったら、ウチそれだけでのぼせそうになってまう」
「なんか嬉しくない言い方だなぁ…」
嬉々として相好を崩すみつねに対して、景太郎はどこか不本意そうだ。とはいえ口調からは先ほどまでの惨めな響きは失せ、少しずつ活気による張りが戻ってきている。こうして抱き合ってぬくもりを分かち合い、たわいもないやりとりを交わしているうちに気分が楽になってきたのだ。
だったら、想いを行動で示せばいいんだ…まぁ、示せればいいんだけど…
いささか頼りなく心中で割り切り、景太郎は左手でそっとみつねのうなじを撫でた。決して良いとはいえない、脱色された髪の手触りをしばし確かめてから…そっとうなじを引き寄せる。みつねも景太郎の意図を悟り、目を伏せた。
ちゅっ…。
微かな水音を残し、小首を傾げ合った二人は静かに唇を重ねる。
もう自分たちのお気に入りの角度を覚えてしまったのか、景太郎はさして身じろぎすることもなく、じっと密着感を堪能してゆく。その密着具合が何ともいえず心地良くて、みつねも程良く緊張を解き、景太郎とのふんわりとしたキスに酔いしれる。
ぬみっ…ぬっ、みっむっ…ねみっちゅ、ぬみっちゅ、みちゅっ…
やがて景太郎の方から舌先を差し出し、みつねに挨拶した。みつねもそれに倣い、挨拶を返す。ぴっちりと押し当てたままの薄膜の間に割り入れ、少しとがらせた舌先で相手の反応を窺うように触れ合わせると…たちまち二人の隙間には唾液が潤滑油よろしく浸透していった。それだけでも密着の心地よさが増すのだから不思議なものだ。
そんな唾液をぴちゃぴちゃと弾ませるように、二人はしばし舌先だけで互いの唇を舐め合うようなキスを繰り返す。くすぐったさと照れくささが綯い交ぜとなり、思わず鼻息で笑ってしまうのはご愛敬だ。サイダーの泡がプチプチ弾けるような、そんな幸福感がたまらなく嬉しいのだから仕方がない。
ささやかなじゃれ合いを満喫した後で、二人はもう一度ぴっちりと吸い付き合った。とはいえそれも一瞬のことで、すぐに二人は薄膜をたわませながら左右に小首を傾げ、色んな角度から甘噛みを確かめてみる。
それでもお気に入りの角度はひとつであるようで、結局元の重なり具合で落ち着いてしまった。すふ、すふ、と鼻息を漏らし、しばし呼吸を整える。
その間に景太郎は、慈しむような手つきでみつねの髪を撫で始めた。後頭部からうなじにかけて、なでり、なでり、なでり…と、繰り返し茶髪を愛撫する。
これは意図してやったわけではなく、景太郎がみつねに対して抱いている愛しさが意識を越えて発露しただけのものなのだ。そのぶん想いは鮮明に伝わるようで、みつねは陶酔の溜息を鼻から漏らしてしまう。すふぅ…と恍惚たる想いを吐き出しながら、豊満な肢体を惜しげもなく擦り寄せて景太郎に甘えかかるほどだ。
そんな夢心地を欲張るよう、二人はどちらからともなく互いの唇の隙間へ舌を差し入れていった。唾液のぬめりに任せて艶めかしく絡め合い…そして繋がる。
ぷ、ちゅっ…ぬりゅ、ぬみゅ…
「ん、ぐ…」
「んっ…ふ…んんぅ…」
舌をくねらせるのと同時に、景太郎は先ほど言いそびれた言葉をさりげなく口移しした。
それをやはり舌に感じたようで、みつねは一瞬苦笑めいた表情を浮かべたが…たちまち照れくさそうに頬を紅潮させてゆく。そして、舌を絡めたまま小さく…だけど確かにうなづいた。
そんなみつねのしぐさに、景太郎も感動の溜息を堪えきれなくなり…熱い鼻息を彼女に吹きかけてしまう。
ゆ、夢みたい…もう…もうどうなってもいいよっ…
景太郎の胸の真ん中で、歓喜の鐘が高らかに鳴り響く。
もう天にも昇るような気分であった。持て余すほどの幸福感に身体も火照る。ファンヒーターを点けていない冷え切った部屋にありながら、身体中はじっとり汗ばんできた。顔も火が出そうなくらいに熱い。
ぐね、ぐね…ごね、ごね…こは、ぷっ…ぬりゅっ…くぢゅ、ぷぢゅっ…
この幸福感を逃すまいと、ほのかな杞憂に襲われた景太郎はみつねを強く強く抱き締め…ねちっこいほどに舌をくねらせた。みつねもひるむことなく応戦し、たっぷりと舌を絡め合わせてゆく。
右に左に追いかけっこしては、舌の腹どうしを摺り合わせたり…
代わりばんこに歯茎を舐め合っては、口蓋を舌先でくすぐり合ったり…
しばし密着を解いて舌先を甘噛みし合っては、また深く口づけて唾液を攪拌したり…
そして、発情のフェロモンが混濁し、とろみがかってきた唾液を仲良く分け合って…
ご、くんっ…
軽く唇を触れ合わせたまま、阿吽のタイミングで飲み干す。
すると、一瞬だけ強烈な目眩が生じ…二人は口づけた姿勢のまま軽い失神をきたした。愛欲による興奮のボルテージが上がりすぎたためでもあるし、なにより呼吸する間も惜しんでディープキスに没頭していたせいでもあろう。
「んぅ…ふぁ…はぁ、はぁ…今の、すごかった…」
「ウチも…。わぁ、なんでやろ…キスでイッたん、久々や…」
「イッたって…ま、また大袈裟な…」
「大袈裟ちゃう…もちろん、軽い…堪忍、ちょっと言葉、出ぇへん…」
二人はボンヤリとした意識の中、だらしなくあごを震わせて余韻に浸る。
みつねに至っては足下がおぼつかないのか、ぴったりと震える両膝をくっつけたまま、へたり込まないよう景太郎にしがみついている状態だ。ディープキスで迎えた軽い絶頂感がよほど鮮烈だったこともあり、しゃべることすらままならないでいる。
そんなみつねを気遣って、景太郎はゆるりと抱擁を解いた。危なっかしくふらつくみつねを支えつつ、そっと掛け布団と毛布をまくり、ベッドに腰掛けさせる。
そこまで面倒を見てもらえたら、あとはみつねひとりでも平気だ。後ろ手に身体を支え、ウットリと陶酔の溜息を吐く。しなやかに天を仰ぎ、前髪を整えてから右手の甲で額の汗を拭う姿は凛然としているが…いまだディープキスの余韻から覚めない火照り顔は愛くるしさでいっぱいだ。少し太めの眉がその印象を強めているのだろう。
「けーたろ、悪いんやけど…ファンヒーターのスイッチ、入れてくれへん?」
「いいですけど…ちょっと暑くなり過ぎません?」
「あほう…あんた、ずうっと服着たままでおるつもりなんか…?」
「あ…あ、あはは…」
みつねの依頼の意味に気付かず、景太郎は決まりが悪そうに苦笑する。
こうして睦み合っていれば、そのうち意識せずとも一糸まとわぬ姿でのスキンシップを望んでしまうだろう。それに、確かに身体は汗ばむほどに火照っているが、今この状態で裸になればたちまち風邪をひいてしまうに違いない。みつねの寝室は一昼夜以上も暖房が入れられた形跡がなく、隅々まで冷え切っているのだ。
ファンヒーターの点火は指先での操作ひとつで済む。景太郎が自室で使っている暖房器具はストーブであるが、わざわざ点火方法を習うまでもない。
カチカチカチ、ぼんっ…とささやかな点火音に続き、ファンヒーターからは灯油の燃える匂いの混じった温風が吹き出てきた。これで寝室の空気は十分も待つことなく温まるだろう。
そのおおよそ十分弱の時間も無意味に過ごしたくはない。視線が合うと、みつねは少しだけ座る位置をずらし、右側に景太郎のための場所を空けた。招かれるままに景太郎は腰掛け、あらためて熱っぽい眼差しを交わす。
ちゅっ…
合図のようなキスの後で、みつねは景太郎の腰に…景太郎はみつねの左肩にそれぞれ手を回し、ゆったりと身を寄せ合った。危うい高揚の名残を惜しむように、お互い頭をもたげて髪を摺り合わせる。程良く怠惰な雰囲気に身も心も和み、表情も一際優しくなった。
その弾みで、みつねはさらなる安楽を欲してしまう。景太郎を置き去りに背後から倒れ込むと、次いで身じろぎするように両脚を引き上げ…柔らかな布団の上に身体を横たえた。
そのまま窓際の壁に背中を預け、独り寝には少し余裕のある枕に頭を乗せてから、
「けーたろも、こっち…」
と、左手を胸元に添えて誘いかける。穏やかな時間の中での睦み合いを前に、期待で胸がときめくのだ。呼吸も自ずと早まり、それに合わせて女性としての膨らみも上下の動きを早める。その動きはまるで、景太郎からの愛撫を待ち焦がれているかのようだ。
それに応えるためというわけでもないが、景太郎もベッドの上で一旦体育座りになり…左のひじを突いて、ゆったりと横臥した。みつねのセミダブルベッドはシンプルな作りでありながら、驚くほどに寝心地がよい。スプリングもマットレスも敷き布団も固さが絶妙で、ふんわりと身体が沈み込むほどであり…大の字で寝転がれば、きっと海にたゆたっているような心地になれるだろう。景太郎もすっかりその安楽さが気に入ってしまい、緊張しきっていた身体はやんわりと強ばりを解いてゆく。
そのセミダブルベッドは決して狭いということはないのだが、それでも並んで寝そべった二人は少しずつ身を寄せ合い、気遣いの眼差しと友愛の笑みを交わした。照れくささと、それに伴う違和を拭い去ることはまだできないが…それでも友達意識を越えた愛しさは互いを惹き付け合って止むことがない。人恋しくて、すっかり欲しがりになった気持ちはもう抑えようがなかった。
「むね…」
「え…?」
「んぅ…むね、触って…。キスだけやのうて…もっと…」
そんな気持ちをオブラートにくるむこともなく、みつねは艶のある声で景太郎にせがんだ。直裁的な求愛に息を飲んだ景太郎は、思わず彼女の胸に視線を向ける。
抱擁とキスの虜になり、今の今まで意識できなかったのだが…そこにはセーターごしでも迫力に満ちているふたつの乳房がみつねの呼吸に合わせて揺れていた。思わぬ至近距離での遭遇に、圧倒された景太郎はパチクリとまばたきひとつ、もう一度息を飲む。
丸々としていて、寝そべってなおふっくらと盛り上がっていて…そんな素晴らしい胸をみつねは愛して欲しいと言うのだ。ひなた荘の住人の中でも一二を荒そう立派な乳房への愛撫を欲しているのだ。
そこまで認識してしまうと、景太郎の本能はたちまち過剰な興奮に見舞われ…勃起しきりのペニスはどろっとした逸り水を大量に送り出してしまった。もはやわずかに身じろぎするだけでも、下着がヌメヌメと濡れそぼっていることがわかるくらいだ。
射精を遂げたかった。もともと性的好奇心が旺盛な景太郎であるから、先ほど味わった抱擁の心地良さやキスの甘美さもあり、たくましいペニスには煩わしいほどの射精欲が充填されてきている。受験勉強の毎日でマスターベーションを控えていた反動なのか、このまま自室へ駆け込み、手荒なほどに慰めて楽になりたい衝動すらこみ上げてくる始末だ。
「あ、あの…キツネさんっ…」
「あんたが悪いんやからな…?めっちゃ、キス上手いさかい…」
「そ、そうじゃなくって、俺…」
「今さらためらうなんて、男らしゅうないで?厨房にも張ってあるやろ?『火を付けた、あなたの責任、最後まで』って…」
「そ、それはそういう意味じゃ…ううう…」
微妙な想いのすれ違いがあっても、半ベソでむずがるように言われては景太郎が断れるはずもない。景太郎は少しでも高ぶりを抑えようと、目を閉じて二度ほど深呼吸してから…右手でみつねの左胸に触れた。
さわっ…
わっ…わぁ、やわらかい…
景太郎は心中で、そう感動の声を漏らす。
正面から手の中に包み込み、そっと押さえてみると…みつねの胸はその迫力と裏腹に、繊細なくらいの柔らかみを秘めているのがわかる。ある程度の手応えはもちろんあるのだが、どちらかといえばそれはセーターやブラジャーによる抵抗感の方が大きいようだ。
もっとも、景太郎はこのひなた荘へ来たばかりの頃、すでにみつねの胸に触れているのである。とはいえあれは一瞬の出来事であるし、いっぺんに舞い上がったこともあって、今では感触などこれっぽっちも覚えていない。つまり、承諾を得て…否、求められて異性の胸に触れるのは今が初めてなのだ。感動が大きいのも当然といえよう。
さわっ、さわっ…なでり、なでり、なでり…
はぁ…すごいなぁ…キツネさんの胸、ホント大っきくてぽよぽよしてる…
セーターの上から、いわゆるソフトタッチで撫でながら景太郎は陶酔の溜息を吐く。今ではもう、視線はみつねの胸に釘付けだ。
衣服の上からでも見事な発育ぶりだということがわかるのだが、こうして触れているといかに大きく実っているかが如実に感じられる。きっと裸の胸であっても、決して小さい部類ではない景太郎の手でなお持て余すだろう。
それでいてはち切れそうなほどに張りつめているわけでもなく、程良く熟していて何ともいえず柔らかい。パソコンのマウスを手の平ですっぽりくるみ、直径三センチほどの円を描くような…そんな丁寧さで撫でさするだけでも乳房はふんわりと揺れ動き、広げた手の平に合わせて柔軟にたわんでくれる。
抱き締めたときにも痛感したが、女性の柔らかさというものは実に男を喜ばせてくれるものだ。景太郎も腑抜けたように表情を和ませ、繰り返し繰り返しみつねの胸を撫でる。逆に言えば、それだけ景太郎が…否、男という生き物が単純だということなのかも知れないが。
「…なにしてんねん…はよう触って、なぁ…」
「え?も、もう触ってますよ…?」
「あほうっ!そんなん触っとるって言わんわっ!も、もっと強う揉んでほしいねんっ!」
「あ、は、はいっ…!」
景太郎がささやかな喜びに浸っているのも束の間、みつねは苛立ちを露わにし、彼により強い愛撫を求めた。苛立ちとはいえあからさまに憤慨したわけではなく、焦れるあまりについついむずがってしまったのだ。
みつねの哀願に、景太郎は強い電撃を受けたように肩を跳ねさせて応じる。慌てた返事も、どこか怯えたような裏声になっていてなんとも情けない。
もみゅっ…もみゅっ、もみゅっ、もみゅっ…
「んふっ…あ、せ、せや…んぅ…それくらいが…ちょ、ちょうど…あ、んうっ…」
景太郎は一旦みつねの胸から右手を浮かすと、今度は思い切ってアンダーバストからつかみ込み…言われたとおり、強く揉んでみた。そのまま反時計回りで円を描くよう、ゆっくり揉みこねてゆくと…みつねは満足そうに目を細め、胸元に添えていた左手も布団の上に下ろしてよがる。
そんなみつね以上に景太郎の高ぶりは強烈だった。今まで以上に力を込め、文字通り乳房を揉むことによって…その柔らかみのみならず、絶妙な弾力をも感じ取れるようになったからだ。
確かに迫力満点であるみつねの乳房は、景太郎の右手ではすっぽりと包み込むことができない。そのぶん精一杯指を開き、転がすようにして揉み込めば手の平全体で乳房の感触を満喫することができるのである。揉みつく指からも、押し転がす掌からも強く異性を感じ…男心は一際高ぶった。瞬間、吐息がせつなげに震える。
ちゅっ…
右手での愛撫を止めることなく、景太郎はみつねの唇を奪っていた。胸一杯に募った愛欲を薄膜ごしに伝えるよう、角度を付けてぴっちり吸い付きながらも…甘噛みを未練として残しつつ、すぐに引き離してしまう。愛欲で胸がいっぱいになり、呼吸を止めていられなくなっているのだ。
「け、けーたろ…?」
「キツネさん…キツネさんっ…」
「な、なんや…あ、またっ…ちょ、けーたろっ!」
突然大胆さを増した景太郎に、みつねはきょとんとなって彼の名を呼ぶ。どこか思い詰めた表情の景太郎はみつねを愛称で呼び返しつつ、ふと彼女の首の下に左手を忍ばせた。枕の下端に添え、ちょうど手首の辺りで腕枕するような具合である。
予想外の行動にみつねが驚くいとまもあらばこそ…景太郎はその左手の指先で彼女の髪をかき寄せ、左の耳を露わにした。火照って熱を孕んだ耳を剥き出しにされて、みつねはようやく景太郎の意図に気付き、慌てた声を上げる。
しかし、愛欲に憑かれた景太郎はそれくらいでひるみはしない。左の乳房をぎゅうっと押し上げたまま、彼女の耳元に唇を寄せ…躊躇い無くキスを撃つ。
ちゅっ…ぴちゅっ、ちゅみっ…ちゅみ、ちゅみ…
「ひんっ!や、やめ…ひっ!ひいいっ…!さ、さっきから耳ばっか…あっ、あんっ…!!」
景太郎の執拗なキスを左の耳に受け、たちまちみつねは声を上擦らせて鳴いた。むずがるように両脚をバタバタさせ、左右に身じろぎして逃れようとあがく。
これでもう景太郎は確信したが、みつねにとって耳はよほど敏感な性感帯であるようだ。唇ももちろん立派な性感帯であるが、耳はそれよりもずっと鋭く性感を覚えるらしい。
耳の輪郭に何度も口づけ、耳朶を甘噛みし、耳の裏から耳孔からを丹念に舐め上げると…みつねは嫌がる身体を泡立つようにさざめかせて悶える。横から寄り添い、覆い被さる体勢になっているぶん、その身悶えは余すところなく景太郎に伝わってしまう。
「キツネさん…キツネさん、すっごいかわいいっ…」
「ひゃあっ…!そ、そんな耳元でしゃべんなっ!っとに、何をわけのわからんこと…」
「ホントですっ…!」
ぼっ…と顔面を紅潮させたみつねに気付くことなく、景太郎は彼女の左耳に唇を触れさせたまま断言した。高ぶりきった男心に、もう歯止めは利きそうにない。遠く置いてきぼりになった理性が真っ赤になり、暴走する男心をなすすべなく見守るのみだ。
「俺、今まではキツネさんのこと、美形な年上のお姉さんって意識で見てました…。スタイル抜群で、俺や成瀬川のことからかったりするけど面倒見が良くって…同じ年上でも、はるかさんとはまた違った雰囲気を感じてたんです…。でも…でも今は違いますっ!」
凛とした声で独白を句切り…景太郎は顔を上げた。気恥ずかしそうに紅潮をきたしているみつねを真っ直ぐに見つめ、微かに瞳を潤ませる。それは愛しい女を前にした男心での感動でもあり、困惑しきった理性での羞恥でもあった。
「今のキツネさん、ホントにかわいいですっ!な、なんだか変な表現だけど…このまま食べちゃいたいくらい、かわいいっ…!!」
「あ、あほなことばっか言いよるわ、こいつ…や、もうあかんって…!あ、あふっ…!」
そう告げるやいなや、景太郎は再びみつねの耳に口づけ…そのまま頬摺り半分、あごから首筋にかけてリズミカルにキスを連発した。はにかみのあまりについ憎まれ口を叩いたみつねも、たちまち枕の上でおとがいをそらしてよがり鳴く。
ちゅっ…ちゅ、ちゅっ…かぷ、あぷっ…ちゅ、ちゅっ…
「ひっ!ひいいっ…!!あかん、あかんってもう…そんなっ…!!」
先ほど告げた通り、景太郎はみつねの首筋にキスしながらそっと歯を立ててみた。ホントに食べちゃうぞと言わんばかり、噛みつく真似をしてみたのだが…それだけでもみつねには効果覿面であり、息も絶え絶えな声でイヤイヤする。ゾクゾクッ…と二の腕に鳥肌が立ち、左手は夢中でシーツをひっつかんだ。
もみゅっ…もみゅっ、もみゅっ、もみゅっ…
「あぁふ、んあっ…あ、あかんってゆうてるやろ…ほ、ホンマもうあかんっ…!!」
そこで突然乳房への愛撫を再開すると、みつねはその胸を突き出すように背中を浮かせてきた。身じろぎして首筋への責め苦から逃れようとするのだが、なにぶん真上から乳房を揉み込まれているため思うようにならず、図らずもそうなってしまうのだ。
しつこいほどに唇や耳、首筋にキスされ、そしてたっぷりと乳房を揉みこねられて…みつねの意識はすっかり朦朧となってきた。性感帯への徹底した愛撫によって身体中全体が活性化し、フワフワとした恍惚感に包まれている。今ならどこを触られても…それこそ髪であれ爪の先であれ、よがり鳴いてしまいそうだ。
息つく暇もなく覚える性の悦びに中枢も灼けたらしく、やたらと暑い。ファンヒーターで室内が暖まってきたためでもあるが、肌全体がジットリと汗ばんできている。
その熱は太ももの付け根、特にショーツの内側の過敏な部位に凝縮していた。ベッドに横たわってからずっと、充血した裂け目や女芯、そして華筒がジクジク疼いてならない。
もどかしいほどの疼きに耐えるよう何度も嘆息を漏らし、しきりに太ももを摺り合わせているのだが…それでも代償できないぶんが熱い愛液となって漏出し、ショーツをびっちょりと濡らしてゆく。
もはやみつねは発情しきっていた。景太郎から注がれるひたむきなまでの愛情は、紛れもなくみつねの愛欲の糧となっていた。思春期の男子に負けないくらい欲しがりとなった意識は、みつねの女としての本能を狂おしくそそのかす。
なでっ…
「うあっ…!」
その瞬間、叫んだのは景太郎であった。汗ばんだみつねの首筋に、よがり鳴きともいうべき上擦り声を聞かせてしまう。
みつねは左手で景太郎の股間に触れていた。ありったけの性欲を詰め込まれ、勃起しきりで過敏となっていただけあって…ペニスはみつねに触れられるのと同時に、刺激的すぎるほどの性感を景太郎の中枢で弾けさせる。
なでっ…なでっ…なでっ…ぎゅっ、ぎゅっ…ぎゅっ、ぎゅっ…
「はぁっ!くっ、ううっ…!きっ、キツネさんっ…」
「ふふ、堪忍してや…ウチばっか夢中で、すっかりマグロになっとったな…」
マグロとは別に魚のことではなく、愛撫を受けることに夢中になるあまり、パートナーには指一本触れられなくなっている状態のことをいう。別にみつねは意図的にそうしていたわけではなく、景太郎の徹底した愛撫にずっと圧倒されていたのだ。
もちろんみつねが望んでいるのは景太郎とのセックスである。一方的に奉仕してもらって満足するつもりなど毛頭無かった。独り善がりではなく、最初から最後まで景太郎と一緒に楽しみたいのである。
みつねはしっとりと蒸せているジーンズの膨らみに逆手をあてがい、その全長に添ってゆっくりゆっくり撫で上げた。時折揉むような手つきで握り込み、デニム地にクッキリと勃起の具合を浮かび上がらせようともする。
慣れた手つきでの愛撫にペニスも猛り、グッ…と怒張を強めて射精欲をたぎらせてきた。逸り水も間断なく精製され、望むと望まないとにかかわらず先端から漏れ出て下着を濡らしてゆく。
「どや、気持ちええか…?」
「あっ…あっあっ、んううっ…!う、うんっ…す、すごく…」
「なんやねん、かわいい声出しよってからに…。な、けーたろ…ちょっとだけ、キスして…。ほれ、こっちきぃ…枕も半分…」
「え…あ、うん…」
ジーンズの上から景太郎のペニスを撫で上げつつ、みつねは媚びるような声でキスをせがんだ。ペッティングと呼ぶにはあまりにささやかな愛撫でありながら、それでも強く高ぶって身悶えする景太郎が愛おしくなったからだ。胸苦しいほどの人恋しさは、どこよりもまず唇に焦燥を覚えさせるのである。
みつねに誘われた景太郎は一旦左手での腕枕を引き抜いてから、彼女と並んでゆったりと横臥した。枕も仲良く半分ずつ、それぞれ頭を預ける。
ちゅむっ…ぷちゅ、ちゅ、ちゅっ…
横たわった目の前ではにかんだ笑顔を交わしてしまえば、もうどちらからともなくキスに貪欲となってしまう。淫らなくらいに吸い付き合ってから、お互い夢見るように目を閉じ、しきりについばみ合って焦れる胸をなだめた。楽な姿勢で欲張るキスも格別であり、意識はますます性的興奮を受け入れる余裕を生み出してゆく。
そのうちみつねの方から景太郎に合図し、空いている腕を交差させて手をつないだ。みつねの右手と、景太郎の左手…それぞれ指を絡めてつながってしまえば、俗にいうエッチつなぎの完成だ。指の重なり具合と、互いの手の平に満ちた熱と湿り気に…景太郎もみつねも性的興奮を抑えることができない。お互いの存在を確かめ合うよう、つないだ手と手には一層の力が込められてゆく。
ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ…ぷぁ、くちゅ…ぬみゅ、ぐみゅ…ぷぁ…ちゅ、ぷっ…
まるで抱き締め合うような力でエッチつなぎを固くすると、その情熱的な力は唇にまで伝播し、バードキスはディープキスにまでエスカレートしていった。二人とも水泳のように息継ぎしながら、無我夢中で舌を絡めて愛欲を燃焼させる。
もみゅっ…もみゅっ、もみゅっ、もみゅっ…
「んっ…んっ、んっ…んんぅ…!!」
その燃え盛る愛欲に憑かれ、景太郎は再びみつねの乳房を揉みこねていった。
みつねだけでなく、自分自身の欲望をも満たすような手つきでゆっくりと、そして大きく円を描くように乳房を揉み転がす。豊満な乳房が柔軟にたわめられるたび、みつねはディープキスしたまま鼻にかかった嬌声を景太郎に聞かせてしまう。
一方みつねはみつねで、やはりディープキスによる発奮もあり、景太郎の股間への愛撫を次第に情熱的なものにしていった。
すり、すり、すり、すり…もみっ、もみっ、もみっ…なでっ、なでっ、なでっ…
みつねは男を奮い立たせる術を把握していた。
はち切れんばかりに漲っている先端部を手の中で執拗にしごき立て…
一休みかと思えば、ふんにゅりとした陰嚢を睾丸ごと包み込んで優しく揉み…
怒張極まっている幹に、なおも勃起を促すようのびやかに撫でさすり…
「ちゅ、ぱっ…んぅ…どや?気持ちようなってる…?」
「う、うん、すごい…すごいっ…あっ…はあっ、はあっ、はあっ…」
サラリ…と枕の中のビニールパイプを鳴らしてディープキスを終え、みつねは文字通り目と鼻の先にいる景太郎に問いかけた。景太郎はせつなげに目を伏せたまま、切羽詰まった上擦り声で答える。
みつねの愛撫はディープキスの相乗効果もあり、男を奮い立たせるに十分以上の巧みさを発揮していた。そのため景太郎はこれ以上の平静を保てなくなってしまう。
ぐっ、ぐっ、ぐっ…ぐいっ、ぐいっ、ぐいっ…
しまいにはみつねの手にペニスを押しつけるよう、乱暴なほどの勢いで腰をグラインドさせてしまう。まるで下着の中での暴発も厭わないかのような大胆さではあるが、これはまさに景太郎の情欲が理性をねじ伏せた結果であった。
愛しい女と寄り添い、手をつなぎ、唇を重ね、胸を揉みしだき…そんなささやかな悦びが蓄積され、彼自身の雄性としての本能は文字通り雄々しく覚醒したのである。
ただひたすらに女を抱きたい…否、とにかく射精欲を満たしたい…
獣欲とも呼べる淫らな衝動に駆られ、景太郎は無意識下に腰を繰り出してゆく。ジーンズごしではあったが、みつねの手に勃起しきりのペニスを何度も何度も擦り付けて湧き上がる快感を貪る。呼吸はまるで野犬のそれのように荒ぶり、右手も望むがままにみつねの乳房をわしづかんだ。
このまま…このままっ…このままっ…!
「はあっ、はあっ、はあっ…き、キツネさん…キツネさんっ…!!」
「け、けーたろ…?ちょ、ちょっとストップ!ストーップ!!」
「えっ…?」
胸の奥で繰り返してきた悪魔のささやきが、みつねの怒声によって霧散する。
それで景太郎はかろうじて意識を取り戻した。不埒なグラインドもはたと止み、きょとんとなってみつねを見つめる。情けないことに事情が飲み込めていないようで、あどけなさを取り戻した瞳には不満の色すら漂っている始末だ。
「何を焦ってんねん…せっかくやのに、こんなんで無駄撃ちしたらもったいないで?」
「え…あ、あっ…」
かああっ…
苦笑半分で揶揄するみつねを前に、羞恥で胸中をいっぱいにした景太郎は瞬間湯沸かし器よろしく耳まで真っ赤になった。動揺と狼狽、自己嫌悪がグルグルと目の奥で渦巻き、いたたまれなくなって視線をそらす。
景太郎はようやく、自らが独り善がりに走っていたことに気付いた。愛撫を放り出して身勝手を働いていた右手も、慌ててみつねの胸から引きはがして背後に隠したりする。不埒の限りを尽くしていた腰に至っては、今や無様な引け腰だ。興奮の極みにあったペニスも恥じ入るように萎縮し始める。
「ご、ごめんなさい…俺、夢中で…そ、その…」
謝って済むことではないと思いながらも、景太郎の口は謝辞を紡ぐ。
恥ずかしくて、気まずくて、情けなくて…そんな様々な思いが枕の上の頭をうつむかせていった。もう一秒でも早くみつねから離れたい。みつねの視線から逃れたい。
そんな気持ちでいっぱいだから、汗びっしょりになっているエッチつなぎも今すぐ振り解いてしまいたいのだが…それでもみつねは固く指を絡め、景太郎の思い通りにさせてくれない。景太郎はますます自己嫌悪の深淵にはまり、きつく唇を噛み締めてしまう。涙腺まで危なっかしく震えてきそうであった。
「…あほやなぁ、こんなしょーもないことで夢中になってどないすんねん。ヤリたいさかりの子どもかいな、あんたは?ちゃんとちんちんに毛ぇ生えてんねやろな?」
「…は、生えてますよっ」
「ふふっ…ホンマやろか」
強がりにも、開き直りにも聞こえる景太郎の言葉を微笑ひとつで聞き流すと…みつねは彼の腰をぽんと叩き、ゆったりと身を起こした。そのままベッドの端に腰掛け、タートルネックの襟元を左手の指先で引っ張りながら小さく息を吐く。
「ふぅ…ほなここらでいっぺん、ウチに見してみぃ?」つづく。
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(updete 2003/07/15)