浦島、抜け!

Sex by Sex(5)

作者/大場愁一郎さん

 

 

「え?」
 景太郎が倣って身を起こすのに合わせ、みつねは矢庭にそう切り出した。鼻先の汗を拭うふりをしながら、さりげなく目元を拭った景太郎は視線を彼女へ向ける。
「…ウチもな、もう暑ぅてかなわんねん。一緒に脱いだるさかい、ええやろ?」
「え、あ、あの…それって…」
「…そろそろ子どもからオトナになろ?な、けーたろ…」
 火照った吐息とともにそうささやき、みつねはベッドから立ち上がった。軽く左右に身体をひねってから、少しはにかんだ笑みを景太郎に送る。
 みつねは何気ないやりとりの中へ、巧みに誘導を紛れ込ませていたのだ。
 タイミングに合わせた言葉を選び出し、自然に物事を思うように導くのはみつねの特技のひとつである。まずい話題をいつの間にかそらし、後戻りできない雰囲気にすることなどお手の物だ。雰囲気作りが上手いといえば聞こえが良いだろう。
 今も同様であり、話の流れと睦み合いのペースを上手くつなげたのだ。景太郎もこの空気を読めないほど愚鈍ではないから、みつねの誘いにうなづかざるをえない。あらためて緊張の色を表情に漂わせ、みつねと向き合うようにベッドから腰を上げる。
「キツネさん…」
「うん…でもな、ちょっとだけ待っとってくれるか?十秒でええさかい、な、ええやろ?」
「え?は、はぁ、いいですけど…」
「よっしゃ、ほな十秒数えとってや!ホンマすぐに戻ってくるさかい!」
 景太郎はみつねを抱き寄せようと、彼女の両肩に手をかけたのだが…みつねは景太郎の前で突然両手を合わせると、何を思ってかばつが悪そうに哀願してきた。
 思いがけない反応に戸惑いながらも景太郎が了承すると、みつねは彼の手から逃れるように隣室へと飛び込んでいった。景太郎一人取り残された寝室に、居間の冷え切った空気がふわりと流れ込んでくる。
 どこ行ったんや、どこ行ったんや…と居間から気忙しげな声が聞こえる中、景太郎は言われたまま時を数え…ちょうど十秒を数える前に、みつねは再び寝室へ駆け戻ってきた。さぶいさぶいさぶい…と連呼しつつ、後ろ手でふすまを閉める。
「お待たせ!大事なもん持ってきたんや」
「大事なもの…?」
「せや、大事なもんや」
 なにやら意味深な物言いに景太郎が反復して問いかけると、みつねはやはり意味深な笑みを浮かべながら、後ろ手にしていたなにかを目の前に差し出した。
「あれ?これって…」
 みつねが差し出したものを見て、景太郎は思わず声を上げる。
 みつねの右手が握っていたものは、あの柔らかいフェイクファーでできたキツネのぬいぐるみ…その引きちぎられた胴体部分であった。確かファスナーが付いていて小物入れになっていたはずだが、頭の部分とは完全に別パーツであったらしく、中身までは見えない。
「ふふふ…ちょっと可哀想な気もするな、こうなってもぉたら」
「で、でも…なんで急に?」
「まぁホンマに大事なんは中身なんやけど」
「中身…?」
 言うが早いか、みつねはぬいぐるみの背中にあるファスナーを開け、中から薄っぺらい何かを摘み出した。それはピンク色の輪っかを封じ込めた正方形のビニール袋であり、裏表にいくつかの文字やイラストが書かれている。同じ物が切手のようにミシン目でつながって双子状になっているのだが、そのことに必然性は無いようだ。
「コンドーム…」
 さすがの景太郎も、それが何であるかは知っている。思わぬ衝撃のあまりにわざわざその名称をつぶやき、息と生唾を飲んだ。避妊具という、その行為のために使用する道具を目の当たりにして、あらためて童貞としての緊張を覚えたのだ。
「夕べ使うつもりやってんけど…あ、で、でも二つあるんは別にウチが二回したいさかいってわけとちゃうねんで?ひとつはウチのぶん、もうひとつはアイツのぶんで…」
 景太郎の独語を聞いたみつねも、問われたわけでもないのについ言い訳めいたことを口走ってしまった。慌てて口をつぐんだものの、時すでに遅く…みつねは自身の失態にほぞを噛む。
 一瞬、陰りの差した笑みをうなだれかけるが…みつねは無理に顔を上げ、真っ直ぐに景太郎を見つめた。その真摯な眼差しには、迷いを断ち切る潔さがきらめきとなって揺れている。
「じ、自分で誘っといて、都合のええことばっか言うとると思われるかもしれんけど…でもお願いや、けーたろっ!お願いやから、するときは…これ、使ぉてほしいねん…」
「キツネさん…」
「ほ、ほら…やっぱりネンネできるとまずいやろ?かといって、妊娠するかもしれんってビクビクしながらやと集中でけへんし…」
 景太郎を真っ直ぐに見つめながらも、やはり恋人に負けないだけ親しくしてきた男を前にどこか照れるのか…みつねはいつにない早口でそうつぶやく。
 こうして自分で所持していながらも、みつねとしてはやはりコンドームは男性がエチケットとして用意すべきものだと考えている。にもかかわらずわざわざデートに合わせて用意してしまうのは、自衛に万全を期するためだ。
 避妊の用意が無くとも、外に出せばいいだけのこと…と安易に考えてしまうのは、得てして男性の方である。膣外射精がいかに難しいか、知らない者が多いからだ。
 かといって、アダルトビデオのように早めにセックスを中断し、別の手段で射精を遂げるとしても安心にはほど遠い。少量のカウパー氏線液であっても、女性を身ごもらせる可能性は十分にある。それを知らずに、後になってから狼狽えるということはよく聞く話だ。
 当然、それは知らなかったで済まされることではない。身ごもる側である女性としては、一生抱え込まなければならない問題なのだ。
 だからみつねはいかに愛しい相手とのセックスでも、常に避妊を徹底してきたのだ。
 避妊を理解してくれない男とも何人か巡り会ったが、彼らはその場で殺人的暴力の餌食となって絶縁を言い渡されている。無論、そうされてしかるべき輩であるから仕方がないことではあるが。
「な、けーたろ!ウチの、女としてのお願いや!不自由かけるけど、これ使ぉてんか!!ホンマ頼むわ…ホンマ、このとおりっ!!」
「き、キツネさんっ…そんな、頭を上げてくださいよっ!」
 みつねは真剣そのものの表情となり、深々と頭を下げて景太郎に懇願する。
 場にそぐわないかしこまった姿に、景太郎は慌ててみつねの肩をつかみ、頭を上げさせた。どこか不安げとなったみつねの瞳に、少し大袈裟に微笑みかける。
「キツネさんが…ううん、女の人がそう望むのは当然じゃないですか」
「けーたろ…」
「…正直言うとね、俺、すごい嬉しいっ!これで、キツネさんと遠慮無くエッチできるんだって…ははは、なんか調子に乗ってるって思われそうだけど…ホントに嬉しいっ」
 景太郎は一息にそう言うと、みつねの返事も待たずに彼女を抱き寄せた。緊張がほぐれたわけではないから、まだ少し脚は震えているが…それでもくすぐったいような幸福感に包まれ、あどけない童顔には柔らかな微笑が浮かんでしまう。
 気取りのない無邪気な景太郎の言葉ではあったが、そこには持ち前のフェミニズムと当たり前のリビドーだけがいっぱいに満ちている。純粋に、愛しいみつねと睦み合える歓びだけが込められているのだ。
 景太郎とて無理を押してまでみつねと睦み合うつもりはなかった。なにより彼女を身ごもらせたとしても、いま彼女と自分達の子供を幸せにできるだけの力は無いのである。
 かといって堕胎を勧めることもできないし、みつねもそれを承諾しないだろう。そうなったらそうなったで東大入学を諦め、別のベクトルに向かい始めた未来のために身を粉にするだけのことだが…でもそれはきっと、今の自分にとってもみつねにとっても有益なことではないはずだ。
 だからこそ、こうしてみつねの方から安心を提供してもらえたことが嬉しかったのだ。
 素敵な反応とは呼べないかもしれないが、愛し合える現実を素直に歓べる景太郎は憎まれる存在ではない。むしろ人間としての理想であるといえよう。もし彼を憎める人間がいるならば、それはよほどの人間不信に陥っているか、単に彼に嫉妬しているだけのことだろう。
ぎゅっ…
 みつねは景太郎に身を委ね、その背中に両手を回してすがりついた。ぬいぐるみとコンドームをそれぞれの手に握ったまま、言葉に出せない歓喜を力にして腕に込める。
「…なんやねん…そんな嬉しそうにされたら、こっちが照れてまうやんか…。ウチ、必死やったんに…」
「あれ…?キツネさんは嬉しくないんですか…?」
「あほう…脚震えてるくせして、口だけはいっちょまえやな…」
「あ、あはは…」
 今までどおり、たわいもない言葉を交わすだけなのに…二人の歓喜の気持ちは今まで以上に増幅されてゆく。その嬉しさは互いの抱き心地と同調してきて、景太郎もみつねも甘い溜息を抑えきれない。そっと頬摺りすれば、猫撫で声にも似たさえずりが漏れ出た。
「使わせて…」
「ん…」
 景太郎はみつねの耳元にそうささやき、左手で彼女の右腕に触れる。
 みつねは景太郎の胸で微かにうなづき、右手にしていたコンドームを手渡した。
 左手にしていたぬいぐるみは無造作に放られ…部屋の隅にぶつかり、落ちる。
ちゅっ…
 それを合図のように、二人はぴったりと唇を重ねた。
 刹那、あるひとつの想いが薄膜ごしに行き交い…それぞれの胸を熱く満たす。
ちゅみ、ちゅみ、ちゅみ…ぶちゅうっ…ちゅっぴ、ちゅっぴ、ちゅっぴ…
「んっ、んっ、んっ…ん、んんぅ…んふ、んふ、んふぅ…」
 小鳥がじゃれるよう、薄膜の先端で何度も何度もついばみ合い…
 小首を傾げ、顔の中心線を直交させるほどの角度でぶっちゅりと密着感を満喫し…
 ちょぴっと舌先を差し出しては吸い付き、差し出しては吸い付き…
 にわかに込み上げた愛欲のまま、二人はついつい時間を忘れてキスを堪能する。
 それも無理はなく…景太郎もみつねも、少しずつ恋人どうしの味になってきたキスに酔いしれてしまったのだ。今の自分たちでなければ絶対に具現化できない、至高の甘美の虜になってしまったのだ。
 目くるめくほどの性的興奮と胸苦しいほどの愛欲で、二人の唇は性感帯としての過敏さを増してきている。薄膜どうしが柔軟にたわむたび、景太郎もみつねも満ち足りた夢心地となり…ベッドを降りた理由も忘れ、甘ったるい鼻声のハーモニーを何度も寝室内に響かせた。その声音はもはや、発情しきった嬌声そのものであった。
 濃厚なキスと、あたたかな抱擁。そして甘やかな嬌声と、フェロモンの匂い…。
 そんな放蕩漬けの中にあって、景太郎の雄性としての本能が奮い立たないはずがない。
むくっ…ぐん、ぐんっ、ぐんっ…ずきん、ずきん、ずきん…
「んんっ…ん…んふぅ…」
 先程の暴走を恥じ入り、萎縮しきっていたペニスは再び興奮の血潮を巡らせて、固く、太く、のびやかに勃起をきたす。
 きつく抱き合っているため、ペニスがたくましく漲ってゆく様子はリアルタイムでみつねに感じ取られたことだろう。そう思うと景太郎は気恥ずかしくてならず、みつねと唇を重ね合ったまま鼻の奥でうめいた。またからかわれる…と、軽い絶望感すら覚えてしまう。
 しかも質の悪いことに、唇とペニスという性感帯どうしはどうやら互いにリンクしているらしい。唇をたわませて快感を欲張れば、先程まで萎れていたのがどこへやら、勃起しきりのペニスは焦れったく疼いて主である景太郎を困惑させるのだ。
 健康そのものと言われればその通りなのだが、接吻欲を満たせば次は性交欲が、射精欲が…と際限なく欲望が湧き出てくる。根っからのフェミニストである景太郎も、若さ故の強烈な性欲には抗しがたく…いつしかペニスの疼きに合わせてみつねの唇を堪能するようになってきた。密着感を欲張り、弾力を欲張り、舌どうしの絡まり具合を欲張り…興奮のるつぼへどこまでも飲み込まれてゆくようなねちっこいキスを繰り返してしまう。
 そんな景太郎の異変にみつねが気付かないわけもない。満足そうに目を細め、景太郎からの濃厚なキスに嬉々として応じていたのだが…ふと彼の背中から右手を滑らせ、二人の隙間にそっと忍び込ませる。
なでり…なでり、なでり、なでり…
「んんうっ…んあ、あっ…!」
「ふふふっ、ものごっつい勢いやったなぁ…あ、勃起してきてる!ってわかったで…?」
「い、言わないでっ…」
「あんた、けっこうかわいらしい顔してんねやけどなぁ…人は見かけによらんってホンマやな。ゾクゾクするくらい大っきいし…メッチャ固くて、ゴツゴツしとる…」
「そ、そんなことないですっ…あ、だ、だめっ、そんな…だ、だめですってばぁ…!」
 景太郎の切羽詰まった上擦り声を聞きながら、みつねは右手で丁寧に彼のペニスを撫でる。もはや景太郎のペニスは、ゴワゴワと厚いデニム地の上からでも幹と先端が区別できるくらいたくましく漲っていた。
 全長に沿って撫でるたびにビクビク打ち震える様子は、まるで檻の中の猛獣をからかっているようなスリルがあるが…一方で景太郎は情けない声でむずがるのみで、スリルの欠片もない。幼さの残る優面はすっかり火照り、瞳も射精欲を誘う高ぶりに潤んでいて、どこか保護欲をかき立てられる。普段より優しくなれるような気がするのは、きっと母性までくすぐられるからだろう。
 それでも悪い気はせず、みつねは自然と表情を和ませてしまう。
「んぅ、だめなんて言わんと…ほら、もっとキスしてええねんで…?」
「あ、で、でも…」
 それでも、普段通り景太郎をからかいたいというささやかなサドッ気にも動かされ、みつねは熱いふくらみに触れたまま彼にそうささやきかけた。これ以上キスを続けても、景太郎はいたずらに焦燥を募らせるだけだということを承知の上でだ。
景太郎を困らせたい…でも、困らせたらそれ以上に優しくしたい…
 それはみつねが今までもずっと抱いてきた、景太郎にしてみれば少々厄介な想いである。景太郎が知ったら、だったら最初から優しくしてくれ、と思うに違いない気持ちだ。
 しかし今は…そんな思いが不思議なくらいにみつねの胸の内圧を高めてくる。
 ドキ、ドキ、ドキ…と、喉のすぐ下に鼓動が感じられるくらい景太郎が愛おしい。いつしかからかうつもりはきれいに消失し…やがてしおらしく目を伏せ、すっかり欲しがりとなった唇を差し出してしまう。景太郎からのキスを切望せずにはいられなかった。
「な、けーたろ…いっぱいキスして…」
「キツネさん…」
ちゅっ…
 その望みは数秒と待つことなく叶えられる。
 絶体絶命の淵に立たされている景太郎であったが、みつねの無防備を極めた顔の前にはすべての理性を愛欲に押さえつけられてしまうのだ。お気に入りの角度で薄膜を重ねてから、軽く吸い付いて密着を維持する。のぼせてしまいそうな興奮と心地よさに、意識はみつねに対する愛おしさでたちまちいっぱいになってしまった。
もみゅっ…
「んっ…!」
「すふ、すふ、すふ…ん…」
 燃え盛る愛欲は大胆さをもいや増すようで…景太郎は右手でみつねのアンダーバストに触れると、そのまま柔らかみを押し上げるようにして二人の隙間に滑り込ませた。
 セーターごしに乳房をつかむと、みつねは悩ましい鳴き声を景太郎に口移ししてしまう。景太郎はただじっと唇を重ねたまま、発情期の荒い鼻息を繰り返すのみだ。
も、みゅっ…もみゅ、もみゅ…もんみゅ、もんみゅ…
「んぅ、んぅ、んっ…んふっ、んんっ!ん、んんっ!んんぅ…」
「んっ、んっ、んっ…」
 やがて景太郎は興奮にあごを微震させつつ、みつねの乳房をじっくりと愛撫し始めた。
 張りのある揉み心地と、みっしりとした質量を堪能するよう…大きく、そしてゆっくりと乳房を揉み転がすと、みつねはゾクゾク身悶えしてよがる。愛くるしい鳴き声はキスしたままの唇を介し、立て続けて景太郎に口移しされてゆく。
きゅ、きゅきゅっ…
 発情期の興奮が、みつねの内で音立てて爆ぜた。唇や乳房での快感が、太ももの付け根にある一番敏感な部位にリンクして注ぎ込まれ…か細い膣が艶めかしく収縮する。これは先程景太郎が味わった生理現象と同じものだ。
どないなってんねん…相手はけーたろやのに…ううん、けーたろやから、か…?
 陶然と潤んだ瞳でまばたきしながら、みつねは心中でそう独語する。
 昨日までただの同居人だった景太郎を相手に、まさかここまで高ぶることになるとはまったくの予想外であった。どこか悔しくはあるが、きっと身も心も相性ぴったりだったのだろう。
 苦笑したくとも、そうできないくらい…今はひたすらに気持ちよかった。景太郎との甘やかな抱擁の中、陶酔の溜息はもう何度漏れたかわからない。
ちゅ、ぱっ…
「はぁ、はぁ、はぁ…キツネさん…」
「ふふっ、けーたろもホンマにスケベやなぁ…。ウチの胸、そないに気に入ったんか?」
「ご、ごめんなさい…でも…でも、もう…」
「ううん、謝ることあらへん…ウチも一緒に、スケベになったるさかい…な?」
 すっかりとろみがかった唾液に糸を引かせ、二人は長い長いキスを終えた。
 キスを終えたとはいえ、それは単に唇が離れたというだけであり…景太郎はせつなげな声でみつねを呼びかけながら、左の頬で頬摺りして彼女の肌のすべらかさを確かめる。
 一方で、右手は彼女の左の胸を包み込んだまま離れようとしない。悪いとは思うのだが、もう景太郎の愛欲は我慢の限界に来ているのだ。ぴったりとみつねを抱き寄せたまま、身体全体で女としての柔らかみを感じ取ろうと躍起になってしまう。
 そんな不躾な景太郎の抱擁であったが、みつねは目を細めるだけで、拒む素振りは微塵も見せない。拒むどころか、積極的に頬摺りを返して景太郎に応えるほどである。
 景太郎の頬はあどけない顔の造形に相応しく、そこいらの女性に負けないだけスベスベとしているのだ。思春期の盛りでありながら、ニキビがあるということもなければ、脂ぎっているということもない。みつねの目も自ずと細まるというものだ。
 また、景太郎の抱擁に合わせてみつねの声もすっかり上擦り、大人びた艶を帯びてきていた。これはなにも意識してのことではない。みつね自身高ぶってきているなによりの証である。
 キスに魅惑された唇が…丹念に愛撫される乳房が…しとどに濡れてゆく裂け目が…それこそ身体中の性感帯が景太郎からの愛情に刺激されるたび、みつねはさえずりに艶めかしさを増してゆくのだ。
 それにこの声は愛し合う異性を…つまりは景太郎をも高ぶらせる興奮剤となる。
 耳元でその声を聞かされて、景太郎は勃起しきりのペニスをビクビク打ち震えるほどに疼かせている。相変わらずみつねがジーンズの上から撫でさすっているものだから、ズキズキと押し寄せてくる射精欲も物凄い。少しでも気を抜けば、こうしてきつく抱き締め合ったまま、また先程のように腰を擦り付けてしまいそうだ。早く楽になりたいと望む気弱さで、景太郎はせつなさいっぱいに溜息を漏らす。
「そろそろガマンでけへんようになってきた?エッチしとぉてウズウズしてきたんやろ」
「う、うん…エッチしたい…」
「ふふっ、ウチもおんなじや…ほな、エッチしよ…」
 お互い上気した左の頬どうしをくっつけたまま、ささやくような声で求愛を交わす。
 二人は名残を惜しむようにもう一度だけゆったりと頬摺りして、一旦その身を離した。景太郎が受け取ったままにしていたコンドームを枕元に置くのに合わせ、みつねは彼のトレーナーの裾にそっと手をかける。
「けーたろ、ばんざーい」
「ばんざーい…?」
 言われるまま景太郎が両手を上げると、みつねはトレーナーの裾を丁寧にたくし上げていった。どうやら脱がしっこをしようということらしい。
 わきの辺りまで裾をたくし上げてから、心持ちうつむかせて頭を抜き、次いで両腕を下ろさせて…実に慣れた手つきで脱ぎ取ってしまう。忙しなくせず、急かしたりもせず…いたわりや慈しみといった、おおよその思い遣りが彼女の手つきには込められていた。
 脱がしたばかりのトレーナーを簡単にたたむと、みつねはそれをベッドの脇に置き…次いで景太郎のシャツを脱がしにかかる。指先でボタンをつまみ、ぷち、ぷち、ぷち…と胸元を開いてゆくみつねの顔はどこか穏やかで、服を脱がすことにすらささやかな幸福感を覚えているようにも見えた。
 そんなみつねに淡い懐かしさを覚え、景太郎はなんとなく面映ゆくなってしまう。なんとなくそっぽを向くと、必要もないのに姿勢を正してしまった。両手の指先まで、まるで気を付けでも命じられたかのようにぴしっと伸びる。
 なにより、ボタンを外すために胸元をなぞってゆくみつねの指が何とも言えずくすぐったい。じれったいような心地に呼吸は詰まり、早鐘のような耳鳴りはそのボリュームを高めてくる。
 気が付けばみつねを…ご機嫌そのもののみつねをマジマジと見つめていた。
「き、キツネさん…なんだか嬉しそうですね」
「んふふ…ウチって面倒くさがりやけど、こうゆうのは好きやねん。けーたろも服脱がせてもらうのって久しぶりなんとちゃう?」
「そ、そういえば確かに…。母さんにもこうやってしてもらったことがありますけど、もう何年前の話だかわかりませんよ」
「あはは、おかん以来か。せやろなぁ…ま、大抵誰でもそうやねんけど」
 ささいなおしゃべりの中で、何気なく出てきた母という言葉。
 その言葉で、景太郎はみつねから感じ取れる淡い懐かしさの正体に気付いた。ついつい照れくさくなるほどの優しさは、幼い頃に母から感じた優しさと同種のものであったのだ。
 脱衣を手伝うのが好きだというのも、みつね自身の有する母性が強いためだろう。これは決してサドッ気があるからとか、淫乱の種が芽吹いてきているからではない。頭を撫でてもらった子どものように、すこぶる嬉しそうに目を細めている姿からもそれがわかる。今のみつねには、無邪気という言葉がなにより相応しい。
「…ほれ、袖口もこっち…って、なにカチカチになってんねん」
「え、あ、そ、その…」
「なにを緊張することがあんねん。楽しむときは、その文字通り楽ぅにしとかなあかんねんで?カチカチにしといてええのは…ふふっ、言わんでもわかるやろ?」
「う、うん…」
 シャツの前を開け放ってから、続けて袖口のボタンも外そうと右手をとり…そこでみつねは景太郎の緊張を鋭く察知した。無邪気さをそのままに、にっこりと微笑みかけておどけるのは景太郎の緊張を解きほぐすためでもある。
 快活そのものの笑顔は初春の日差しのようであり、泣く子もつられて笑ってしまいそうなほどの爽やかさがあった。景太郎もつられてはにかみ笑顔を浮かべてしまえば、幾分気分は和らいだ。すっ…と呼吸が楽になる。
 初めは右手、次に左手…と両方の袖口のボタンを外してから、みつねは景太郎のシャツの襟元に両手を忍ばせ、そのまま彼の背後へと押しやった。サイズに余裕のあるシャツは景太郎の肩を越えると、そのまま引力に逆らうことなく彼の足下に落ちる。これで景太郎の上半身は簡素なTシャツ一枚をまとうのみとなった。
「寒くはないやろ?」
「う、うん、大丈夫…」
 シャツを拾い上げ、先程のトレーナー同様手早くたたんでからみつねはそう問いかけた。
 室内はファンヒーターからの温風と、発情した二人の熱気によって寒いどころかわずかに蒸し暑いほどだ。景太郎はみつねの瞳を真っ直ぐに見つめながら、コクンとうなづく。
「ほな、Tシャツも…」
 景太郎の返事を確認してから、みつねは最後にTシャツの裾をつかみ、トレーナーの時と同じようにたくし上げていった。質素なTシャツは襟元もきつくなく、伸縮の自由がそれなりに利くため脱がすのは容易だ。そして景太郎の上着はこれが最後であり、腹や背中が露わとなってくる。
「…けーたろって、意外とええ身体つきしてんねんな」
「ま、またお世辞なんか言って…そんなこと無いですよ。そりゃあ昔は卓球とかボーリングにのめりこんでたこともあるけど…」
「いやいや、これはお世辞なんかとちゃうで?無駄な肉が無いさかいやろな…」
 Tシャツを脱がし、景太郎の上体を裸にして、みつねは感心したようにつぶやいた。
 景太郎は別段謙遜するつもりもなく、自信無さそうに答えるのだが…みつねは感想を譲ろうとしない。脱がしたばかりのTシャツをたたむ間も、景太郎の上体に見惚れたままである。
 実際、景太郎の体格は賛辞を受けるほどのものではない。ずば抜けた上背があるわけでもなく、運動部に所属していたこともないから筋肉質でもない。
 それでもみつねの言うとおり、景太郎には余分な肉が少ないのであった。というより、少なくなったのである。
 男としてのたくましさを備えた肩と腕。
 なだらかな隆起を示す胸筋と腹筋。
 ひなた荘の管理人としての激務をこなすうちに、ぬるま湯生活でたるみきっていた身体中の筋肉は絶妙に引き締まり…一方、無駄な脂肪は全体的に燃焼されてしまった。このため、景太郎の身体はそれなりの頼もしさを持ってみつねの目に映るのである。景太郎本人は気付いて無くとも、その体躯は浪人生活を送っている青年のそれとは思えないほど鍛え上げられているのだ。
「ズボンも…ウチが下ろしてええ?」
「うん…」
 じっくりと景太郎の上体を眺め回してから、みつねは幾分うつむいて彼のベルトに手をかけた。景太郎の首肯に合わせ、バックルからエンドを引き抜き、少し力を込めてフックを外して戒めを解く。ジーンズは景太郎のサイズよりも少し大きめであるらしく、途端にウエストが緩んでくる。
 すると、やおらみつねはその場で膝立ちとなった。景太郎に戸惑ういとまも与えず、みつねはエンドをバックルから完全に引き抜き…そっとジーンズのファスナーを下ろし、ホックを外す。
するっ…する、るっ…
「あ、あっ…」
「ふふっ…ホンマ、もう待ちきれんみたいやな…」
「あ、あんまりマジマジと見ないでくださいっ…!」
 ふわりと男くささを残して、景太郎のジーンズはゆっくりとずり下ろされていった。みつねの陶酔に濡れた声を聞き、景太郎は羞恥極まってかぶりをふる。
 それも無理はなく…ジーンズの内側では、勃起しきりのペニスが布地を突き破らんばかりの猛々しさでトランクスを押し上げていたのだ。天を突くよう直上方向へと布地を膨らませている様は、まるで凶暴極まりない猛獣を無理矢理押し込めているかのようだ。
 しかも綿の布地はしとどに漏出した逸り水のため、あちこちびっとりと濡れそぼっている。布地を押し上げているペニスの先端などはぴったりと張り付き、濃い赤紫色に充血した亀頭が透けて見えるほどであった。もしウエストのゴムをチラリとめくれば、それだけで先端は丸見えになってしまうことだろう。
「うわ…汗くささってゆうか、男くささってゆうか…ホンマぷんぷんしてくるわ。これがきっとけーたろのフェロモンなんやろな。めっちゃエッチくさい匂い…」
「き、キツネさんっ!いちいち匂いまで嗅がないでくださいよっ!」
「べ、別に嗅いだわけとちゃうって!匂うってだけや!」
 膝立ちのみつねは、ちょうど景太郎のへその辺り…彼の股間から漂う男くささをもろに浴びてしまう位置に顔が来ている。その蒸せるほどに淫猥な匂いを吸い込んでしまい、みつねは情欲で胸の内圧を高めてしまった。
 様々な男に抱かれ、この匂いにも慣れているはずなのに…否、慣れているからこそ気が逸る。少しでも気を緩めれば、逸り水に濡れたトランクスの上から景太郎のペニスに頬摺りしてしまいそうだ。
「え、ええいっ!と、とにかくほれ…はよう脱いで続き始めな風邪ひいてまうで?まずは右足から…一緒に靴下も脱がしたる」
「う、うん…」
 人恋しさが淫欲へとすり替わる前に、みつねはかぶりを振って逸る気をそらし、景太郎のジーンズを一息に足首まで下ろした。景太郎は気恥ずかしそうに唇を噛み締めながらも、みつねに言われるまま、右足…左足…と、ジーンズの裾から足首を抜く。
 このときみつねの両手の親指が靴下を引っかけてくれたおかげで、景太郎はいっぺんに素足になることができた。みつねの寝室は毎日念入りに掃除がされているのだろう。畳は清潔そのもので、埃っぽさは微塵もない。
 しかし、その感触を楽しんでいられたのは足を下ろした一瞬だけであった。
 三枚で千円という安物であるうえ、前面があちこち濡れそぼっているトランクス一枚のみといった姿になってしまい…景太郎はたとえようもないほどの羞恥と緊張で、すっかり落ち着きを失ってしまった。両手はソワソワと火照る頬を撫で、視線はキョロキョロと明後日の方向を泳ぎ回る。丁寧にジーンズや靴下をたたみ、上着と一緒に並べてくれるみつねの奥ゆかしさにも気付かずじまいだ。
 それでも、はしたないほどに下着を濡らした元凶は相変わらずのたくましさを維持したまま、びくん、びくん、と小刻みに打ち震えて異性への没入の瞬間を待ち侘びている。狼狽の色を深めつつある景太郎の困惑にはなんらの影響も受けていないらしい。
 初めて異性と睦み合う男性には、緊張のあまり性欲とは裏腹にペニスが萎縮しきってしまうというケースが少なからず見受けられるという。これは男性が意識で、女性が子宮でセックスする生き物だという戯れ言が真実であるという証拠たりえるだろう。
 景太郎もまた、来るべき瞬間を前にひどく緊張してはいるが…それと同時に、来るべき瞬間に対する期待も大きくしているのだ。上着を脱がされ、ズボンを脱がされ…一糸纏わぬ全裸体に近づいてゆくにつれ、憧れの女性と愛し合えるという歓びが男心を熱く滾らせてくるのである。
 まるで真夏の太陽のような輝きを放つ期待は、女性の柔らかみを受け止めた胸から…きつく抱き締めた両腕から…夢中で重ね合った唇から…なにより、想いのこもった愛撫を施されたペニスから止めどもなく喚起されてくる。思春期を引きずっている童貞としての衝動と、ただひとりの女性を心から愛したいと願う男心に身体中すべてが性感帯のように焦れ…結果として、若く血気盛んなペニスは限界近くまで情欲を募らせてきた。
 ここまできては、後戻りできる方が不思議というものであろう。景太郎も心身ともに健康な一青年であるから当然だ。愛欲は今や紅蓮の炎にも負けないだけ火勢を強め、男気は自ずと奮い立ってくる。
 また、ひなた荘の管理人という過酷な業務や、真剣に打ち込んでいる受験勉強、そして女性ばかりという生活環境もあり、長い間慰めていなかったということも大きい。
 意識こそしなかったし、する余裕も無かったのだが…考えてみれば相当溜まっている。考えれば考えるだけ、性欲は…否、単純に射精欲は募ってきた。もうどんな形であれ、最低でも一度は射精を遂げなければペニスは和らいでくれないだろう。
 もしそうできたとしても、久しぶりの絶頂感にペニスも酔いしれ…立て続けての二度目をせがんでくるかもしれない。ペニスからの要求に屈し、二度三度と立て続けてオナニーしたことは、実はさほど昔のことでもないのだ。
もしそうなっちゃったら、またキツネさんに笑われるんだろうなぁ…恥ずかしい…
 性欲旺盛であるということは、雄性として胸を張れることである。
 なんとなくみつねに対して引け目を覚えてしまう景太郎には、今はまだそれが不安の材料にしかならない。せつないほどの疼きを勃起しきりのペニスから感じつつ、景太郎は溜息半分で虚空を仰ぐ。
「…たろ?けーたろ?おーい?」
「え…あ、は、はいっ?」
「このまま脱がしてもぉても…ええわな?」
「えっ…」
 ふと名前を呼ばれていることに気付き、そこで景太郎は物思いの淵から我に返った。
 見ると膝立ちのみつねがトランクスのウエストに指先をかけ、どこか悪ガキ然とした上目遣いで見上げてきているところであった。
 事態を把握することができず、景太郎がきょとんとしていると…みつねは彼の返事を待つことなく、滑るような手つきでトランクスの内側へ指先を忍ばせていった。腰骨からしりにかけてを撫でてゆけば、自ずとトランクスはずり下ろされてゆく。
 反り返るように天を仰いでいるペニスの先端がウエストのゴムに引っかかったところで、景太郎は慌てて下着を押さえた。右手でゴムをつかみ、左手でペニスを覆い隠すようにして、イヤイヤしながら叫ぶ。その声は悲痛を通り越して情けないくらいだ。
「ちょ、キツネさん!ストップ!ストーップ!!待って、待ってくださいっ!!まだパンツは脱がさないでっ!!お願いっ!!」
「何言うてんねん、しり丸出しにしてもぉとるくせに…男なら覚悟決めぇや」
「お、男でも心の準備は必要ですっ!!お願いだから待って!や、そ、そんな…おしりなんか撫で回さないでよっ!!く、くすぐったい…!!」
「ふむふむ、しりもよう引き締まっとるな…って、内股になって堪えようとしても無駄やで?ほれほれ、ええかげん観念せいっ!」
「やめてーっ!や、破けるっ!!破けるって!!ちょ、キツネさん…!!」
 みつねは景太郎のしりを丹念に撫で回しながら、やがてすっかりと露出させ…今度はトランクスのゴムをつかんで思い切りよく引っ張り始めた。
 とはいえあからさまな悪意があるわけではなく、景太郎を見上げる瞳にも、無情な言葉にも、嬉々とした暖かみが確実に宿っている。もちろんトランクスを破いてまで彼を裸にするつもりはない。単に景太郎とじゃれ合うのが楽しいだけだ。
 そんな気持ちを汲み取る余裕もなく、景太郎は必死になってみつねに抵抗する。どのみちお互い裸になるのは間違いないのだが、彼女の眼前に勃起しきりのペニスを晒してしまうのがどうにも躊躇われるのだ。
 いまや瞳は絶体絶命の半ベソに潤み、下肢は脱がされまいと力を込めるあまり内股ぎみになっている。程良く男らしさを備えた体つきでありながら、この姿はさすがに情けない。
 戯れでの睦み合いとはいえ、これから男としての役目を果たそうとしているのだからもう少し威風堂々としていてもよさそうなところだ。もっとも、こうした気の優しい景太郎であるからこそ、今こうしてみつねとじゃれ合っているのかもしれないが…。
「けーたろもなかなか強情やな…あと一枚やのに、よっぽど出し惜しみしたいんかいな」
「だ、出し惜しみって言うんならキツネさんだってそうでしょっ!そもそもキツネさんはまだ一枚も脱いでないじゃないですかっ!!」
「あ…あは、あはは、あはははは…」
 景太郎の反論は苦し紛れに出た言葉ではあったが、言い訳の効かない事実であり…みつねはピタリとトランクスを引きはがそうとする手を止めた。そそくさとトランクスを元通りにしてから、やおら立ち上がり…人差し指で頬をカリカリ掻きつつ、いかにも繕ったという感じのぎこちない笑みを浮かべる。
「ねえキツネさん…目的と手段を入れ替えて、いつものようにオレで遊んでません?」
「…そ、そんなことあらへん、あらへんよ?」
「ホントですかぁ…?」
「ホンマやって!ちょっとおいたが過ぎてもぉただけや…堪忍してや、けーたろ…」
「あ、またそうやってごまかすっ…」
ちゅっ…
 景太郎は解放されたトランクスを整えながら、すねたように口元をとがらせてみつねを責めようとしたが…そこはやはりみつねの方が一枚上手である。みつねは媚びを売るようなしぐさで景太郎の両肩に手をかけて寄り添うと、彼が文句を言うよりも早く、吸い付くような自然さで唇を塞いだ。景太郎はかろうじて不満を口移しするが、その言葉はたちまち二人の薄膜の間で溶けて無くなってしまう。
ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ…ぬみゅ、ぐみゅ…ぬりゅっ…
 不満が消え失せると、過敏な薄膜の間には愛情のぬくもりが生まれてくる。
 その心地よさに景太郎も怒る気を無くし、かわいくついばんでくるみつねに応じながら彼女を裸の胸に抱き寄せてしまう。舌先を差し出して触れ合わせてしまえば、もうこれ以上文句を言うのが無駄だということにも気付く。
文句を言う時間があるのなら、そのぶんこうしてキスを堪能していたい…。
 それはどうしようもない本音であった。
「んっ、んっ…ん、ぷぁっ…もうっ…」
「あんっ…んふふ、ホンマ堪忍してや、な?」
「もういいですよっ。その代わり…今度はオレがキツネさんを脱がしたいっ…」
「ん…ええよ、お願い…」
 キスを終えると、景太郎はまだ少し胸に残る不満に任せ、みつねを強く抱き締めた。その勢いのままでみつねに求めると…彼女はしおらしく景太郎の裸の背中に手を回し、すがりついてそれを望む。
 耳元でささやいたついでとばかり、二人はそっと火照る頬を擦り寄せてじゃれた。ふわりと身を離すと、景太郎もみつねも互いの愛情に裏付けされた甘やかな微笑を素顔に浮かべてしまっている。
「…脱がしてもええねんけど、あんまりジロジロ見んといてや?あんまりきれいやからって失神しても、ウチは責任取らへんよ?」
「わ、わかってますよっ…」
 景太郎がセーターの裾に手をかけ、たくし上げかけたところで…みつねはおどけ混じりにそう断りを入れた。景太郎は照れくさそうに伏し目がちになりつつ、早口にそう答える。とはいえ、何についてどうわかっているのかは景太郎本人にも自覚がない。
 経験豊富なみつねであれど、女としての慎みや恥じらいは持ち合わせがある。わざわざ景太郎に断りを入れたのは、彼女なりの羞恥心のためだ。おどけ混じりであったのは言うまでもなく照れ隠しである。
 今までにも何度か、みつねは景太郎に下着姿を晒したことがあった。とはいえそれは内気な彼をからかうつもりであって、見られるという意識を持ってのことではなかったのだ。
 それが今こうして、見られるという意識を持ってしまっては…どうしても女としての恥じらいが込み上げてくる。お互い一切を脱ぎ捨て、生まれたままの姿で睦み合うつもりであっても、人間である以上最低限の羞恥心だけは捨て去ることができない。なにより二人は、昨日までは気の合う同居人という関係以外のなにものでもなかったのだ。
するっ…すっ…ず、ぼっ…
 景太郎は丁寧に裾をたくし上げてゆき…みつねに少しうつむいてもらって、タートルネックの襟を首から抜いた。みつねは茶色く脱色した髪を短めにまとめているため、ハイネックのセーターであっても脱がせるのに苦労はない。
 そのまま前屈するように腕を伸ばしてもらい、袖も抜いてしまうと…これでもうみつねの上半身はブラジャー一枚きりの格好になってしまう。
「うわあ…」
「な、なんやねん、それ…」
「いえ、その…なんてゆうか…あ、あんまり色っぽくて…」
 脱がしたセーターを手にしたまま、景太郎が間の抜けた声を漏らしてしまったのも無理はなく…みつねの姿は官能美に満ちて、実に悩ましかった。
 ヘビースモーカーでありながらも肌はつやつやで、丸い肩も、ぽってりとした二の腕も、ふくよかな胸元も、滑らかにくびれているウエストも瑞々しさに溢れている。その手触りの良さそうな柔肌は、断りもなく触れて撫で回しかねないほどに誘惑的だ。
 そのうえで、この迫力を秘めた乳房である。こうして間近で見ると、本当に丸々としていて大きい。たわわに実った膨らみ全体から存分に充実ぶりが発散されていて、内気な景太郎としては舞い上がらずにいられない。
 その女性の象徴たる豊かな膨らみは、淡いラベンダーカラーのブラジャーにぴったりと包み込まれていた。カップには見事な意匠の施されたレースがふんだんに使用されており、ただでさえも色っぽいみつねをよりあでやかに演出している。
 それにカップとカップのつなぎ目のデザインや、肩に食い込んだりしないようなストラップの仕立てなど、隅々の処理に至るまで実に気配りが行き届いている。知識に疎い景太郎でも、このブラジャーが相当高級なものであろうことがたやすく予想できた。そこいらのデパートの婦人服売場で扱っているものとは、漂ってくる雰囲気まで明らかに別格であった。
「こ、このブラ、舶来なんやけど…どや、ウチに似合ぅてる?」
「ええ、ホントによく似合ってます…。すごくきれいで…すごく色っぽい…」
 景太郎の視線に気付いたみつねは照れくさそうな上目遣いになると、見事な発育ぶりを見せつけているバストを両手で包み込みながら小声で尋ねた。景太郎は脱がしたセーターを思い出したようにたたみながら、溜息とともに感動を口にする。視線はすっかりみつねの胸元に釘付け状態だ。
 舶来と言うからには、みつねがいま身に着けている下着は輸入物なのだろう。
 余談になるが、これが通信販売ではなく、インポートランジェリーショップで買ってきたものだとしたら…みつねはわざわざひなた市外まで出掛けて買ってきたということになる。ひなた市内にはインポートランジェリーを扱っている店は存在しない。そもそもひなた市では、下着だけを販売して生計を立てることなどまず無理である。
 きっとみつねはアルバイトで貯めた予算を懐に、セックスありのデートに備えてあれもいい、これもいい…と目移りしながら選り抜きの一枚を選んできたのだろう。
それをまさか、俺に見せることになるなんて思ってなかっただろうなぁ…
 景太郎はブラジャーが美しく彩るみつねの胸元を見つめたまま、感慨深げに心中で独語した。運命の悪戯の妙に、んく…と生唾を飲み込む。
「けーたろ、ブラだけでそんなんなっとったらあかんで?今着けとるショーツ、このブラとお揃いなんやから…両方いっぺんに見てこそ価値があるっちゅうもんや」
「え、じゃあショーツもこんなに素敵なんですか…?」
「ふふふ、それは見てのお楽しみや…な、ズボンも脱がしてくれる?」
「ええ…」
 胸元を見つめたまま陶然となっている景太郎の初々しさが、みつねにはどうにも微笑ましい。みつねは指先で景太郎の鼻先を突っついて、彼の意識をうつつへと呼び戻してやった。そのまま挑発めいた言葉を口にしつつ、そっと両手で景太郎の肩につかまる。
 景太郎は生唾を飲み込んでからコクンとうなづくと、慎重なほどの手つきでみつねのソフトジーンズのファスナーをつまんだ。下腹から小高い丘にかけて、思わぬ刺激を与えたりせぬようゆっくりと左手の指先を下降させてゆく。
 ファスナーを下ろしきったら、今度はホックを外す番だ。左手の指先でデニム地を押さえ、右手の指先でホックをつまんで押し込むと…それでウエストはゆるりと開放される。
 さほど締め付けているわけでもなさそうだったが、そこでみつねはひとつ息を吐いた。安堵のそれともとれる吐息ではあったが、どこか観念するような…羞恥に耐えるような嘆息に聞こえなくもない。瞬時に様々な想像を巡らせた景太郎は真摯な表情のまま、心持ちうつむき加減のみつねを見つめる。
「…キツネさん、このまま…」
「うん…」
 持ち前のフェミニズムに突き動かされ、ついつい声をかけた景太郎であったが…みつねは極めて穏やかにうなづくのみだ。そのまま一切を景太郎に委ねてしまうよう、彼の肩につかまっていた両手を離し…そっと背後で指を組む。
 これ以上の気遣いは、かえってみつねを鬱陶しくさせるだけだろう。景太郎は口を真一文字に結ぶと、開放されたソフトジーンズのウエストに親指をかけ…ぐい、と引きはがすようにずり下ろした。
 ショーツに包まれたヒップを丸見えにしてから、景太郎は先程のみつね同様ひざまづき、あらためてデニムの生地をずり下ろしてゆく。ほわりと女臭さを漂わせる股間からはあえて視線をそらしつつ、むっちりとした太ももから膝こぞうにかけてを露出させて…そこで一旦脱がす手を止めた。みつねは景太郎の意図を読み、右、左の順に裾から足首を抜く。
「べ、別にそんな丁寧にたたまんでもええって…」
「キツネさんだって、丁寧に俺の服たたんでくれたじゃないですか」
「せ、せやけど…」
 脱がしきったソフトジーンズをキチンと伸ばしてからたたむ景太郎を見て、みつねは実に済まなそうな声音でつぶやいた。何気ない口調で景太郎に反論されると、それでもう言葉が続かなくなってしまう。
 景太郎の自然な優しさが、今はもう照れくさいくらいに嬉しい。みつねは手持ちぶさたの左手で、自身の火照る頬を包み込んでさわさわと撫でた。今までに付き合ってきた男性とはまるきりタイプの異なる景太郎を前に、みつねの女心はシャンパンの泡が弾けるような爽やかさでときめいてしまうのだ。きゅんっ…と胸の内圧も高まる。
 そんなみつねに気付くことなく、景太郎はソフトジーンズをたたんでタートルネックセーターに重ね…続けて彼女の右足の靴下に触れた。合図らしい合図はなにも無かったが、それでもみつねは片足立ちの要領でそっと右足を浮かせる。景太郎は無言のまま右足の靴下を…次いで左足の靴下をも黙々と脱がし、彼女を裸足にした。
 どこか無愛想な素振りになってしまうのは、努めてみつねの方を見ないようにしているためだ。顔を上げれば、すぐそこに下着のみを纏ったみつねが立っていると思うと気恥ずかしくてならない。それに、どうせ下着姿を見るのであれば本当に下着のみの姿になるまで待ちたいという気持ちもある。
 だからこそ、脱がした二枚の靴下を置いて立ち上がる間も…景太郎は目を閉じたままだったのだ。程良い緊張感は自ずと彼に唇を噛み締めさせる。

つづく。


 

 


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(updete 2003/07/15)