<<ラブひな>>

happiness on happiness (13)

作・大場愁一郎


 

「むつみさん、どうですか…?気持ち、いい…?」
「いいっ!いっ、いいっ!!だ、だめ、だめだめっ…んぁ、あんっ!ああんっ…!!」
「わぁ…むつみさん、また別人みたいになっちゃってる…」
 まさに神秘的とも呼べる性感帯を集中的に刺激されて、むつみはすっかりよがりどおしとなってしまった。火照り顔を苦悶にしかめたまま、何度も何度もかぶりを振ってよがり鳴く。その人が違えたようなよがり様は、景太郎もペッティングで睦み合っているときにすでに目の当たりにしているのだが、やはり息を呑まずにはいられない。
 なにしろ、当惑しきって半ベソ状態のよがり顔といい、上擦りきった嬌声といい、どれも普段のむつみからは想像もできないものばかりだから当然であろう。特にむつみはいつもにこにこと朗らかで、のんびりとした性格であるからなおさらであった。
いまのむつみさん…俺で、気持ち良くなってるんだよね…
むつみさんが気持ち良くなってるのは、俺とセックスしてるからなんだよね…
それってつまり、俺がむつみさんをこんなにしちゃってるんだよね…
 むつみの痴態をあるがままに感じながら、景太郎はやたらと冷静に状況を分析し、初々しい感動に胸を高鳴らした。男心ももどかしいくらいに逸ってくる。
 むつみをよがらせている要因が自分とのセックスなんだと実感すればするほど、日々の生活の中で失いかけていた男としての自信が熱く熱く蘇ってきた。苦悩と自責で鈍色の冬空のようであった胸中も、今や澄み切った夏空のように晴れ渡ってきている。
 なにより、一人の女に身も心も許してもらい、夢に見るほど憧れたセックスを経験できている事実が自信回復の根元となっていた。膣内での性運動一回ごとに、童貞という劣等感がペニスから洗い清められてゆくようで、もう清々しいことこの上ない。物心付いてからずっと、彼女がいなくて童貞であることをウジウジと思い悩んでいたのがなんだったのかと思えるくらいに、今はとにかく気分爽快であった。
こんな俺でも、女の子を気持ち良くさせることができるんだ…!
 景太郎の男心は自信回復の勢いに任せてすっかり調子付き、そんな確信に意気揚々となった。もっともっとむつみと交わり、どこまでも彼女をよがらせたい衝動に、若い景太郎は為すすべもなく突き動かされてしまう。
「はあっ、はあっ、はあっ…む、むつみさん…むつみさん、むつみさんっ…!」
「ひっ!ひいいっ…!んぁ、やっ…うらしまくん、待って!待ってえ…!!」
「えっ…は、はい?」
 景太郎はピストン運動の要領を少しずつわきまえてきたこともあり、いつしかむつみをよがらせることだけに夢中となっていた。
 ひたすら膣口からGスポットにかけてを刺激するように腰を振っていると、ふとむつみはイヤイヤとかぶりを振り、悲鳴にも似た上擦り声で動きを制してきた。これには景太郎も我に返り、慌ててグラインドを止めてむつみの様子を窺う。
「はふ、はふ、はふ…うらしまくん…同じところばっかりじゃダメですってば…」
「ご、ごめんなさい…むつみさん、気持ちいいのかなって…すっごく反応してたから…」
「んぅ…気持ちいいんですけど、あんまりそこばっかりされると…さっきのうらしまくんと同じで、くすぐったくなり過ぎちゃうんです」
「…感じ過ぎちゃうってことですか?」
「ん…うん…」
 景太郎からの悪気のない質問に、むつみは照れて言葉を濁しながら小さくうなずいた。それでようやく景太郎もむつみの高ぶりと自身の独善に気付き、心中でほぞを噛む。
 むつみにとって膣口やGスポットは敏感な性感帯であるから、そこを重点的に刺激してもらうぶんには大歓迎だ。とはいえ、敏感な部位だからこそ、しつこくされては快感を持て余してしまうのである。女は男に比べてはるかに濃密な法悦を享受できるようになってはいるが、やはり急激な高ぶりでは許容しきれないのだ。
 そのためにむつみは危うく失禁してしまうところだったのだが、もちろんこのことは口外したりはしない。自分のために張り切ってくれた景太郎の努力を責めることになるし、そもそも恥ずかしくて言えるはずもないことである。ひとまず切迫した危機は過ぎ去ったので、今はまた景太郎に抱かれている悦びが女心を満たしてきた。
「…うらしまくん、エッチって二人でするものですよね」
「は、はい…」
 吐息も声音も落ち着きを取り戻したところで、むつみは穏やかな眼差しで景太郎を見つめながらそう問いかけた。景太郎はばつの悪そうな上目遣いでむつみの眼差しを受けつつ、素直なままの相槌を打つ。
「だから、自分だけ気持ち良くなろうとしてもダメですし、相手だけ気持ち良くさせようとしてもダメなんです。一緒に気持ち良くならなきゃ…慌てないで、楽しく…ね?」
「そうですよね…本当にごめんなさい。俺だけ突っ走っちゃって…」
「んふふっ…わたしこそ、偉そうにお説教なんかしちゃってごめんなさい」
「説教だなんて…むつみさんは、俺に色々とアドバイスしてくれてるんだし…」
「あん…ん…うらしまくんだって、わたしのために頑張ってくれてたんだから…」
 そうおしゃべりを交わしながら、二人はどちらからともなく頬摺りを重ね、無粋な詫び合戦に幕を下ろした。
 景太郎もむつみも譲り合う気持ちの強い性格であるから、謝られた方に非はなくとも、わざわざ反省点を探し出して詫び合ってしまうことがある。素直に非を認められる潔さは二人の長所であるが、こうしていつまでも譲り合ってしまうところは逆に短所と言えよう。
 それでも、今は仲睦まじくセックスを満喫している最中だ。景太郎もむつみももちろんそのことまでは忘れていないから、今はお互いに思いやりの気持ちが嬉しくて、自ずと睦み合いに相応しい態度で応えてしまう。それがひとまず頬摺りであった。すべらかな左の頬どうしをゆったりと摺り合わせ、二人そのまま居心地の良いぬくもりとくすぐったさにのんびりと酔いしれてゆく。
「んぁ、あっ…う、んぅ…」
「ん、んんっ…んぅ…奥の方って、やっぱりあったかくって、いい気持ち…」
「うん…」
 ぴったりと寄り添って頬摺りを楽しんでいる間に、景太郎はむつみの膣口付近から深奥へと、再びゆっくりとペニスを送り込んだ。長く、太く、固く勃起しているペニスが華筒の奥深くまで入り込むなり、むつみも景太郎も甘ったるい声を漏らして嬉々となる。
 深く繋がってゆく感触もさることながら、深く繋がってからの安堵感もまたすこぶる心地良い。特に正常位では分かち合えるぬくもりも大きいから、景太郎もむつみもすっかりご満悦となって目を細めてしまう。
「むつみさん…」
「あんっ…んぁ、あぁん…ん、んぅ…うらしまくぅん…」
 景太郎は胸を満たす愛おしさのままに呼びかけると、むつみの火照った頬にそっと唇を押し当てた。むつみはくすぐったさそうに身じろぎするものの、景太郎は意に介することなく、ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ、と小さなキスを彼女の横顔に連発してゆく。
 そんな悪戯な唇はやがて、同じ唇を探り当ててふんわりと重なり合った。そのままお互いにぴったりと隙間無く塞ぎ合い、しばし密着キスの夢心地に浸る。
 正常位で深く繋がってからの密着キスは、身も心もひとつになったかのようで本当に気持ちいい。景太郎はもちろん、むつみもこのキスが大好きであった。もうずっとこのままでいたいと思えるくらいである。
 そんな密着キスを維持したまま、景太郎はおもむろに性運動を再開した。こんもりと隆起しているむつみの恥丘を押し上げるように、ぐいっ、ぐいっ、と腰を突き出して穏やかなピストン運動を重ねてゆく。
「うん…うん…うん…んっ、んぅう…んっ、んんっ…」
「んぅ、んぅ、んぅ…んっ…んっ、んっ…」
 唇を塞がれたままのむつみは、その優しいながらも力強いグラインドに鼻の奥からの上擦り声でよがった。
 子宮口付近でのピストン運動ももちろん心地良いのだが、ペニスの付け根辺りでグイグイと押圧されるクリトリスがたまらなく気持ちいい。突き込まれるたびに鋭い快感が中枢を駆け抜けるため、むつみはよがりながら夢中で景太郎のペニスを締め付けてしまう。
 景太郎も塞ぎ合った唇を離すことなく、丁寧なピストン運動が生み出す快感にひたすら酔いしれていた。
 むつみの女芯を意識したグラインドは単なる思いつきではあったが、それでも十分に功を奏して、むつみをかわいくよがらせることができている。おかげで力強い締め付けという恩恵も賜ることとなり、睦み合いの悦びはますます深まった。ペニスからは濃密な快感が中枢へと迸り、それに合わせて精製したての逸り水をたっぷりとむつみの膣内に漏出してしまう。もはやむつみの子宮口付近はグラインドで攪拌された男女の体液のるつぼとなり、どこもかしこもヌチョヌチョであった。
「はあっ、はあっ、はあっ、むつみさん…い、いい…いいよっ…」
「あんっ…そ、そう、浅いところも…んぁ、あんっ!ああんっ!い、いい…いいっ…!」
 景太郎は長い長い密着キスを終えると、やおらペニスを引き戻し、再び華筒の入り口付近で亀頭を往復させた。膣口からGスポットにかけての浅いピストン運動が再開されるなり、むつみは嬉々としたりむずがったりと、すっかり情緒不安定となって悶える。
 景太郎はペニス全体に射精欲が充填されつつあるのを感じながらも、二人揃って満足できるようなセックスを楽しみたいと意識し始めていた。技量も知識も皆無に等しいが、むつみのアドバイスと性的好奇心を元に、意識的に男女のスキンシップを演出してゆく。
 手始めに景太郎は、むつみのアドバイスどおりピストン運動に変化を付けてみた。同じような場所で単調なグラインドを重ねることなく、決して広くはない女の華筒全体を愛し抜けるようあれこれと工夫を凝らす。
 亀頭がとろけてしまいそうなくらいに温かい子宮口付近で、極めてのんびりと動いたり。
 かと思うと大きく引き抜いて、膣口からGスポットにかけてをリズミカルに動いたり。
 あるいは膣口の締め付けだけを亀頭で感じるよう、抜け出る寸前で丁寧に動いたり。
 そこから一息に突き込み、ペニスの根本付近でグイグイとクリトリスを押圧したり。
「あんっ!あんあん…んぁ、ひうっ…!そ、そう、上手っ…気持ちいいっ…!」
 そのためにむつみはすっかりよがりどおしとなり、背中を浮かせて身じろぎしたり、イヤイヤとかぶりを振ったりと反応も激しさを増した。腰も深く交われるよう少しずつ浮いてきて、今ではもう両脚がオタオタと虚空を掻いているほどである。
 実際、グラインドにささやかな変化を混ぜるだけでも快感は大きくなるものだ。膣自体はそれほど敏感な部位ではないから、予想のできない刺激を加えられた方が退屈もしないし、セックスを満喫している実感も深まるのである。
気持ちいい…気持ちいい、気持ちいいっ…うらしまくん、すっごく上手っ…
 真っ白な閃光の中を突き進むジェットコースターにでも乗っているような感覚で、むつみは景太郎のグラインドに夢中となっていた。男女のピストンも愛液と逸り水で潤滑は十分であるから、膣口がペニスを締め付けどおしとなっても動きは阻害されたりしない。今ではもう景太郎が腰を突き込むごとに、女としての悦びが女性器全体から身体の隅々へと広がってゆくようであった。
 もちろん景太郎もピストン運動に工夫を凝らしたことで、ペニスが受ける快感はマスターベーションにも劣らないくらいに強まってきていた。
 深くゆっくりと、あるいは浅く小刻みにグラインドすることで、勃起しきりのペニスは襞の群れの中でもみくちゃとなり、濃厚な快感が中枢を間断なく駆け抜けてゆく。おかげで亀頭はツヤツヤのパンパンに膨張し、幹も血管から尿道からをくっきりと浮かび上がらせて、これ以上ないほど剣呑な姿となってきた。
 また、直接的な刺激だけでなく、むつみのよがる声や姿からも景太郎は強烈な高ぶりを覚えてしまう。想いを込めたグラインドでよがってくれると、まるでむつみの膣から過去の男の記憶を上書きしているような気分となり、独占欲が熱く熱く満たされるのだ。同時に、漏出しきりの逸り水を膣全体にくまなく擦り込んでいる格好でもあるから、そのほの暗い感動は深まるばかりであった。
「むつみさん…むつみさん、むつみさんっ…」
「んぁ、あんっ…そ、胸も…ん、んぁ、んっ…んんっ、ん…んふ…んぅう…」
 景太郎は深く交わったままで性運動を中断すると、一旦左の肘だけで上体を支え、肩を抱いていた右手でむつみの乳房を包み込んだ。不意打ち同然の愛撫にむつみが安堵の声を漏らすと、景太郎は追い打ちをかけるようにその唇をキスで塞いでしまう。
 もんにゅ、もんにゅ、と乳房を撫で転がし、ちゅみ、ちゅみ、ちゅみ、とバードキスでじゃれつくと、むつみは鼻から深々と溜息を吐いて恍惚となった。高ぶりきっているむつみの身体は、今やつま先から髪までもが敏感となっているから、こうした何気ないスキンシップでも甘やかな快感を覚えることができる。深く繋がったままの性器はもちろん、唇も乳房もあまりに心地良くて、何度も何度も陶酔の溜息が漏れ出てしまうくらいだ。
 とはいえ、景太郎は意図的にキスや愛撫を捧げたわけではない。あくまで景太郎は射精欲の高まりを抑えるために性運動を休止したのであり、スキンシップはせめてもの場繋ぎのつもりであったのだ。
 ところが、こうして思った以上に悦んでもらえたから、結果的には一石二鳥であった。それどころか、繋がってからの愛撫の重要性にも気付くことができたから一石三鳥といえよう。景太郎は嬉しい発見に感激しきりとなりながら、夢中でキスと愛撫に励んでゆく。
「んぅう…ふふっ、むつみさんの胸…やっぱり最高っ…大っきくって、柔らかくって…」
「あん、ん、んふふっ、嬉しいです…あん…もうちょっと、強く揉んでも平気…」
「ん…痛くしちゃうかなって思うと、どうしても恐る恐るになっちゃう…」
「うらしまくんは優しいから、ちょっとキツめかなって思うくらいが、きっとわたしにはちょうどじゃないかしら…」
 一休み代わりのキスを心ゆくまで堪能したら、次に二人は愛撫に意識を集中させる。
 景太郎は右手で半時計回りにむつみの左の乳房を撫で転がしていたのだが、彼女からの指摘を受けて、あらためて右手に力を込めた。もみゅっ、もみゅっ、と押し上げるように揉み込むと、たっぷりとした質量感が手の平いっぱいに伝わってきてしみじみと嬉しくなる。豊満な乳房の揉み心地は、どれだけ時間が経っても飽きが来ることはない。
「んぅ、んぅ、んぅう…うらしまくんの手、あったかぁい…いい気持ち…」
「えへへ…むつみさん、触ってないのに先っちょ、固くなってきた…」
「あぁん…い、いちいち口に出して言わないでください…めっ」
 むつみは景太郎からの力強い愛撫に、うっとりと目を細めて浸った。景太郎が嬉しさ余って無粋なことを口走ってしまうが、それをたしなめる迫力は普段以上に失せている。精一杯に強がっているようなその姿は、健気さと可憐さを伴っていて実に愛くるしい。
 それだけ、高ぶった身体への愛撫は心地良かった。唇はキスの余韻を残したままで焦れったく痺れているし、乳房はほんわりほんわりと温かな快感を身体中へと広げてくる。乳首も直接的な刺激を受けていないのに、景太郎の人差し指と中指の間でツンツンに屹立したほどだ。もう嬉しいやら照れくさいやら気持ちいいやらで、意識も甘くてトロトロのハチミツミルクになってしまったかのようである。
「むつみさん…」
「あ…んぁ、あんっ、あっ…んっ、んぅうっ…!んぁ、んっ、んうっ…!」
 景太郎は右の手の平いっぱいに乳房の揉み心地を堪能すると、今度はその右手で腕枕するようにむつみの肩を抱き込み、肘で上体を支えてから、左手いっぱいに右の乳房を包み込んだ。そのまま乳房の揉み心地を懐かしむよう、左手でゆっくりと揉み転がしてゆく。
 それに合わせて休止していた性運動も再開すると、むつみは顔をしかめてむずがるように鳴いた。景太郎はまだまだ不慣れであり、愛撫に集中すると性運動がおろそかに、性運動に集中すると愛撫がおろそかになってしまうが、それでもむつみはフルフルとかぶりを振って狂おしくよがる。
 そのうち左の手の平でも愛欲が満たされてくると、景太郎は次にその指先でむつみの肩から腕にかけてを撫でていった。女だけが有するぷにゃぷにゃでスベスベな柔肌を楽しみながら、その指先は細い手首を通過し、そっと手の平をくすぐって指に触れてゆく。
 その意図を悟ってむつみが指を絡め合わせると、それで二人はいわゆるエッチ繋ぎで手を繋ぎ合う格好となった。その手を枕元に運んできつく握り合い、熱っぽい眼差しで見つめ合ってから、二人は暗黙のタイミングで唇を重ねる。
「ぷぁ…む、むつみさん…むつみさん、むつみさんっ…」
「んぁ、あんっ、んあっ…うっ、うらしまくん…うらしまくん、うらしまくぅん…」
 小さなキスを終えた景太郎は左の肘でも上体を支えると、愛おしいその名を連呼しながらあらためて性運動を再開させた。ぬっぷ、ぬっぷ、と水音の漏れるストロークの長いピストン運動に、むつみも愛おしいその名をよがり鳴きにして悶える。荒ぶった息遣い、甘ったるい上擦り声、肌と肌の打ち合う忙しない音、そして性器どうしがぬめり合う淫らな水音が、再びロフトベッドから溢れこぼれ始めた。
 景太郎はむつみに重みをかけない程度で寄り添ったまま、丁寧に丁寧にピストン運動を重ねてゆく。まだまだ不慣れで、油断すればすぐに単調となってしまうものの、その動きはずいぶんと軽快になってきた。まさに、好きこそものの上手なれである。
 とはいえ、性運動が滑らかになればなるほど、ペニスが享受する快感も増すものだ。
 景太郎もセックスの感覚には馴染みつつあったが、ピストン運動がもたらす快感はまだまだ刺激が強すぎた。射精欲を抑えるつもりの一休みも、乳房への愛撫で愛おしさが募ってしまったから本末転倒であり、結局は気休め程度にしかなっていない。
 ずむっ、ずむっ、ずむっ、と杭打ち機よろしくむつみの華筒を穿っていると、勃起しどおしのペニスにはあらためて濃密な快感と射精欲が張り詰めてきた。先端の鈴口からも、再び精製したての逸り水がじわりじわりと滲み始める。
「はあっ、はあっ、はあっ…むつみさん…むっ、むつみさんっ…」
「あんっ…ん、んぅ…うらしまくぅん…」
 景太郎は愛おしい名前を連呼するなり左手でのエッチ繋ぎを解き、にわかにこみ上げた抱擁欲のままにむつみの頭を抱き込んだ。肩から頭からをしっかりと抱き締められたむつみは嬉々として目を細め、自らも景太郎の背中を両手いっぱいに抱き寄せる。
 こうして景太郎のピストン運動に支障がない程度で抱き合えば、むつみの豊満な乳房は二人の隙間で特大のマシュマロよろしくたわんでしまう。そのとびきり優しい感触に景太郎は感動しきりとなり、夢中で性運動に励みながら深く深く溜息を吐いた。
「はぁあ…む、むつみさん…もう…もう、最高っ…!」
「んっ、んふっ…わ、わたしも…わたしも、最高っ…!」
 景太郎はむつみに頬摺りでじゃれつきながら、胸いっぱいの感動がそのまま溢れ出るかのように叫んだ。むつみも積極的な頬摺りで応えながら、まさに無我夢中といった上擦り声で同意する。
 それは二人の友愛の情が、セックスという極上のスキンシップを通してひとつに溶け合った瞬間であった。若々しい身体も、お互いこそが唯一のセックスのパートナーであったかのように錯覚し、極めて自然に順応してゆく。
 そのため、もはや唇や性器だけでなく、触れ合っている肌の隅々までもが性感帯のように心地良くなってきた。元から相性が良いためでもあるが、こうして高ぶりを分かち合えば分かち合うほど、欲張りな本能は二人の身体を敏感にしてゆくのである。
 そんな至高の夢心地を堪能しているうちに、景太郎のペニスはいよいよ二度目の射精欲で満ち満ちてきた。ふんにゃりと垂れ下がっていた陰嚢も、今では射精の瞬間に備えてすっかり縮み上がってきている。
 これがもしマスターベーションであればいつでも好きなときに射精を遂げられるのだが、今は違う。ずっと一緒に快感を分かち合ってきたむつみと、あろうことか避妊を考えないセックスの最中なのだ。事前に承諾は得ているものの、愛欲に圧倒されそうな理性が最後の力を振り絞り、景太郎に自分勝手な膣内射精を躊躇わせる。
「はぁ、はぁ、はぁ…む、むつみさん、俺…その…」
「ん…気にしないで、このまま…最後まで…」
「ん、んぅ…」
 景太郎はむつみの深奥まで交わってピストン運動を休止すると、荒ぶった呼吸を整えながらそう切り出した。思い詰めて戸惑うような口振りではあったものの、仲良しどうしの以心伝心、むつみは頬摺り半分で頷きながら優しく続きを促す。
 景太郎の心中には、むつみを最後まで気持ち良くさせたい愛欲と、不要な妊娠を懸念する良心の二つが存在していた。
 この二つはむつみの言葉でいっぺんに解消されたものの、景太郎の男心は良心と愛欲のせめぎ合いで一層混迷を深めてゆく。たっぷりと逸り水を漏出しておいて今さらではあるが、それでも戸惑わずにいられない。むつみは了承しているものの、やはり不要な妊娠の可能性を考えたらどうしても尻込みしてしまうのだ。
 一方で、景太郎はむつみを身体全体で感じている真っ最中であるから、最後まで交わり抜きたい欲望も引き下がる気配はなかった。夢にまで見たセックスをようやく経験できたというのに、途中で終えなければならないのかと思うと、やはり口惜しい気持ちにならずにはいられない。
 それに、もしここでセックスを中断したなら、当分は未練たらしく悔いを残しそうな気もする。膣内射精という、射精の本来あるべき形態を経験できる機会など、今後生涯の伴侶を娶るまであろうはずもないからだ。それっていったい何年先のことになるんだと、余計な想像まで巡らせてしまう始末である。
「うらしまくん、言ったでしょ…?」
「え…?」
 景太郎が身じろぎひとつできずに苦悶していると、むつみはその背中をぽんぽんと叩き、そっと耳元にささやきかけた。景太郎はうつむいたままでぱちくりとまばたきひとつ、重ねたままの頬のぬくもりを感じながらむつみの言葉の続きを待つ。
「…うらしまくんには、絶対に迷惑はかけません。大丈夫ですから…本当に大丈夫ですから、最後まで…最後の最後まで、このまま…」
「むつみさん…」
「…それに、ここでやめちゃったら、卒業証書はあげられないんですからね。最後の最後になって単位不十分ですもの…わかるでしょ?」
「うっ、うううっ…」
 むつみは目を伏せたまま、素直な心根を景太郎に語って聞かせた。とはいえ、その懇願は場の雰囲気にそぐわないとすぐに気付き、今度はおどけ混じりに挑発して景太郎の頬にキスを撃ったりする。
 さすがの景太郎の良心も、そこまで熱心にねだられてなお突っぱねられるほど堅固ではなかった。特にむつみの挑発は童貞という劣等感を痛烈に刺激することにもなり、景太郎の男心は不穏なくらいに奮い立ってしまう。
「…い、いいんですね?」
「ええ…」
「本当に…本当にいいんですね?俺、むつみさんのこと信じますからねっ?」
「信じてください…誓ってもいいです、うらしまくんには絶対に迷惑をかけませんっ」
 景太郎は思い詰めた表情でむつみに頬摺りしながら、免罪符を買いあさるようなあさましさで何度も何度も念を押した。それでもむつみは機嫌を損ねることなく、もどかしげな面持ちで頬摺りに応じながらきっぱりと断言する。
「むつみさん…むつみさんっ…!」
「ああんっ!んぁ、あんっ!あんっ!そ、そうっ…ん、んぅ!んうっ…!!」
 その断言を皮切りに、景太郎はまるまる愛欲に身を任せてピストン運動を再開した。むつみは思わぬ景太郎の力強さに顔をしかめながらも、しきりに嬌声をあげて悶える。
 景太郎はむつみの柔らかみのすべてを欲張るようきつく上体を抱き締めたまま、繰り返し繰り返し彼女の深奥へとペニスを突き込んでいった。膣口から子宮口にかけてストロークも長く、どすんっ、どすんっ、と乱暴に腰をぶつけていけば、ペニスには濃密な快感と不穏な射精欲がはち切れんばかりに漲ってくる。
 その力任せの性運動は、むつみに意地悪したいがためのものでは決してない。あくまで景太郎が有している雄性としての本能が存分に発露してのものだ。普段は優しくておとなしい景太郎でも、やはり一人の男である。雌性を屈服させ、自らの遺伝子を受け継ぐ子孫を身ごもらせたいという願望は十分持ち合わせているのだ。
 また、景太郎の心中には、先程童貞という劣等感を揶揄された焦りもわずかながらに潜んでいた。一秒でも早く膣内射精を遂げ、きれいさっぱり童貞を卒業したいという焦燥に、若々しい身体は無我夢中で性運動を繰り出してゆく。異性に縁の無かった男心は、事ここにおよんでなお無用な不安を覚えてしまうのだ。
 ともあれ、そんな景太郎らしからぬ激しい性運動のために、ペニスが覚える快感はいよいよ最高潮へとさしかかってきた。名器と称するに十分なむつみの膣との相性もぴったりだから、そのあまりの心地良さが忘れられず、今夜から当分は受験勉強が手に付かなくなりそうなくらいである。
 愛液でヌルンヌルンに潤い、奥の奥までびっしりと群生している襞の群れの柔らかみ。
 疲れを知らない膣口が繰り返し重ねてくる、元気いっぱいの締め付け。
 興奮の血潮を巡らせているペニスでも、十分に感じられるぬくもり。
 それらすべてを快感として思うがままに堪能できる悦びは、マスターベーションでは決して得られないものだ。しかもそれに加えて膣内射精を望まれている幸福感が溶け込んでくるものだから、もう嬉しくて嬉しくてしょうがない。
「はあっ、はあっ、はあっ…む、むつみさん、イキそう…ねえ、イキそうっ…」
「あん、あん、んぁ…ん…いいですよ、イッて…うらしまくんの、好きなときに…」
 やがて景太郎は絶頂の訪れを不安がるように、半ベソの口調となってむつみに甘えかかった。ストロークの長い大胆なピストン運動も、いつしか膣の深奥部だけで密やかに揺れ動くのみとなってしまう。
 これは射精欲の高まりを抑えるための意図的な変化ではなく、雄性としての潜在的な反応である。あらゆる雄性は絶頂が近づくにつれ、自ずと深く交わりたくなるものなのだ。性運動そのものによる快感よりも、深い挿入による安堵感に居心地の良さを覚え始めるからだが、これは生殖本能の導きに他ならない。受精の確率を上げるには、確かに理に叶った行動といえよう。
 一方、雌性であるむつみもむつみで、景太郎からの深い挿入にかわいく声を上擦らせていた。とはいえ、それは先程までの激しい性運動によるよがり鳴きではなく、優しい一体感によるさえずりである。むつみも景太郎同様、奥深い性交がもたらす快感に酔いしれてきたのだ。
 久々とはいえ、むつみはそれなりにセックスの経験があるから、激しい性運動で攻められてもさほど苦にはしない。膣自体は比較的鈍感な部位であるから、潤いに応じてストローク長く突き込んでもらった方がセックスの実感も深まり、むしろ大歓迎であった。気性の優しい景太郎なら、乱暴なくらいにしてくれた方が肉体的な快感は大きかったりする。
 とはいえ、もちろん景太郎の優しさがいつでも不満になるというわけではない。小さな絶頂感を積み重ね、身体中すべてが性感帯のように敏感となってきた今では、こうして奥深く交わって抱き締めてもらっている方が居心地は良かった。
 そもそも、できるだけ深い結合を求めて腰が浮いてしまうために、もはやむつみの身体はくの字以上に折れ曲がって窮屈を極めている。それでも愛おしい景太郎に抱かれている悦びで、意識は喪失寸前であった。
 長く、太く、固いペニスによる深い挿入。
 めくるめくほどに緩急をつけられた後での、深奥部での優しい性運動。
 それに伴うクリトリスへの押圧。
 照れくさいほどに力強い抱擁。男の筋肉が発散する体熱。
 むつみはじっと景太郎に身を委ねたまま、そのすべてを性の悦びとして余さず享受してゆく。乳白色の温かな空間でくつろいでいるかのような法悦に浮かされ、膣口はペニスをきつくきつく締め付けどおしとなってきた。精を受け入れる貴重な機会を逃してなるものかと、雌性としての本能が躍起になるのだ。
 そんな雌性の本能に、雄性の本能は刹那の間もなく呼応してゆく。存分に華筒のもてなしを受けていたペニスは怒濤のごとく射精欲を募らせ、比較的頑強な景太郎の理性をとうとうねじ伏せてしまった。
「はあっ、はあっ…んぁ、あああっ…む、むつみさんっ…!!」
「あうんっ…!うっ、うらしまくんっ…!!」
 景太郎は女々しい声でよがるなり、なお深い挿入感を求めて強引に下肢を押し付けていった。むつみが夢中でそれに応じ、屈曲位さながらに腰を浮かせると、それで二人は一番深い位置で交われるようになってしまう。
 ついに景太郎はむつみの秘部のすべてを知り尽くしてしまった。亀頭はいよいよ子宮口に到達し、わずかに子宮を圧迫する弾力の中で、鈴口からたっぷりと逸り水を漏出する。
 景太郎は子宮口付近の格別なぬくもりに狂喜乱舞するよう、奥の奥まで到達していながら無我夢中で腰を突き出していった。何人たりとも立ち入ることのできない子宮を目指すよう、亀頭で華筒の行き止まりを何度も何度も小突き上げる。
 そんな不埒を働かれながらも、むつみは景太郎をきつく抱き締めて離そうとしない。高ぶりのために子宮口までもが性感帯になってきているから、今はその強引さが嬉しくてならないのだ。あろうことか自らも積極的に腰を跳ね上げ、少しでも深く、そして強く突き込んでもらおうと努める有様である。
 やがて二人の忙しない性運動は、それぞれの下肢を打ち合うようにぴったりと同調していった。景太郎の突き込みとむつみの跳ね上げに合わせて、結合の深奥では亀頭と子宮口が何度も何度もぶつかり合って快感を生み出す。ツンツンに屹立しているクリトリスも二人の隙間で翻弄されるから、もはや景太郎だけでなくむつみもかわいい声でよがりどおしとなってしまった。
「んぁ、ああっ…むっ、むつみさんっ!!いっ、イッていいっ?イッていいっ…!?」
「うん、きて、きてぇ…そっ、そのままっ…奥の方、したままっ…お願いっ…!!」
「イクよっ…イクよっ、むつみさんっ…!ああっ、イク…イク、イクッ…!!」
「きてっ!きてきてえっ…!お願い、奥がいいの、奥でほしい、奥でっ…奥でえっ…!」
 二人は回避し得ない絶頂の予感に怯えるよう、互いを目一杯の力で抱き締めて叫ぶ。景太郎もむつみも、それぞれ男女の生殖本能に支配され、抗しきれない愛欲にどこまでもどこまでも飲み込まれていった。
 そして、ついに景太郎はむつみの深奥で本日二度目の絶頂に登り詰める。
「む、むつみさんっ…んくっ!んんっ!!んんんんっ…!!」
「んぁ、ああんっ!あっ、あんっ!んっ、んぁ、んっ…んぅうっ…!」
 景太郎はむつみの膣内で思い切りよく精を放ちながら、恥も外聞もなく上擦った鼻声で何度も何度もよがり鳴いた。むつみは景太郎から精を注ぎ込まれる感触に歓喜と羞恥を極め、ぼっと火が出る勢いで顔面を紅潮させてうめく。
 景太郎の生まれて初めての膣内射精は、まさに壮絶の一言に尽きた。
 景太郎はむつみの柔らかな子宮口にグイグイと亀頭を押し付けたまま、一撃、二撃、三撃、四撃と勢い良く精を飛沫かせたのだ。もちろん、飛沫かせたというのは過剰表現ではない。勃起を極めたペニスはたくましい脈動を繰り返し、二度目とは思えぬほど大量の精液をむつみの膣内に噴出させたのである。その精液は直接子宮に流れ込むことはないから、華筒の袋小路は男女の体液でタプタプに満たされ、たちまち温かな生命のプールとなってしまう。
 気持ち良かった。本当に気持ち良かった。否、射精の脈動が止んでなお気持ちいい。
 景太郎は射精の脈動一回一回で覚えた強烈な快感と、亀頭を包み込んできたドロドロとしたぬくもりに茫然自失となっていた。射精自体はマスターベーションで幾度となく経験してきているが、ここまでの快感を得た覚えはなかった。事後の余韻も意識がとろけてしまいそうなくらいに心地良くて、気持ちいいという感覚以外に何ひとつ認識できなくなってしまう。
 実際、同じ射精であってもマスターベーションとセックスとでは充実感が雲泥の差であある。それはティッシュペーパーなどへ気軽に排出するのに比べて、密封状態の膣内へ力強く送り込むのとでは身体にかかる労苦が違うからだ。
 雄性の中枢は、その労苦に応じてエンドルフィンという脳内麻薬を分泌するようになっている。従って、負担が大きければ大きいほど快感も増すという理屈なのだ。特にマスターベーションしか経験のない身体であれば、膣内射精の圧倒的な快感をどうしても持て余し、景太郎のように女々しい声でよがり鳴いてしまうことだろう。
 そのうえでセックスでは、ペニスが鈍い射精疲れに見舞われた後も温かい膣壁に包み込まれたままでいられるから余韻も格別となる。射精直後のペニスは過敏となっているものだが、襞の群れは決して不快感を覚えさせることなく、精を注ぎ込んでくれたお礼とばかりに優しく絡まり付いてくるのだ。男女の体液で作り上げた生命のプールも、子宮口付近のぬくもりと相俟って心地良く射精疲れを癒してくれる。
 そしてなによりセックスでは、マスターベーションでは決して味わえない快感が事後の余韻を甘く甘く演出してくれる。
 愛おしい相手と、心ゆくまで交わり抜いた達成感。
 交わり抜いてなお、肌を重ねて抱き合っていられる安堵感。
 男女にとっての、至上のスキンシップを満喫できた幸福感。
 それらセックスでのみ味わえる快感にしみじみと浸り、景太郎は陶然となって溜息を吐いた。惚けていた意識も少しずつその機能を取り戻しつつあったが、気持ちいいの他に認識できるようになってきたことといえばむつみの抱き心地くらいである。
 そんな景太郎をしっかりと抱き締めたまま、むつみも事後の貴重な快感に酔いしれていた。身体はお互いに汗びっしょりであるが、不快感はない。それどころか汗ばんだ肌と肌との密着感を欲張り、ゆったりとした頬摺りで甘えかかってしまうほどだ。
 気持ち良かった。本当の本当に気持ち良かったし、同時に嬉し恥ずかしかった。
 むつみは景太郎に精を注ぎ込まれた瞬間、駄目押しとばかりに高みへと押し上げられた。膣の深奥に生まれたぬくもりが中枢に広がってくるなり、意識は一旦強烈な照れくささを覚え、次いで起き抜けに太陽を見つめた視界よろしく真っ白となったのだ。むつみも景太郎からわずかに遅れて絶頂を迎えたのである。
 もちろん膣壁自体は鈍感であるから、注ぎ込まれた精液の感触や温度を感じ取ることはできない。それでも子宮口や襞の隅々に愛おしい男の精液が染み込んでくると、大人として成熟した女性器は祝福の鐘を高鳴らすように高揚感を体中へと広げるのである。その晴れやかな高ぶりは雌性としての歓喜と羞恥をない交ぜにした性質であり、雄性では決して味わえない格別な幸福感となって意識を染め抜くのだ。
 また、肉体的な快感も存分に堪能することができていた。膣は景太郎のサイズが擦り込まれてしまうくらいにまんべんなく突き込んでもらえたし、過敏なクリトリスも性運動に合わせてじっくりと刺激してもらえた。乳房にもじゃれついてもらえたし、頬摺りやキスも満喫できたから、もう身体中すべてが事後の余韻に包まれている。
 大津波のごときエクスタシーにまで達したわけではないから、意識はしっかりと機能していた。温泉に浸かってくつろいでいるような居心地の良さを身体と心で存分に感じながら、むつみは景太郎との初めてのセックスを陶酔の心地の中で回想してみる。
 初々しいしぐさ。微笑ましいよがり声。
 変わらぬ優しさ。時として見せる男らしさ。
 あどけなさを残している素顔。それとは裏腹にたくましいペニス。
「しあわせ…」
「うん…」
 むつみは目を閉じて回想に耽りながら、普段以上に募った愛おしさをそのままにうっとりとささやいた。景太郎はいまだに惚け気味の意識のまま、寂しがる子犬のような鼻声でささやかに同意する。
「うらしまくん、ありがとう…。すごく素敵でした」
「うん…」
「本当、最高の気分転換になりました。やっぱり、エッチっていいものですね」
「うん…」
「…もしかしてうらしまくん、さっきから生返事ばかりしてます?」
「ん、んぅ…」
「あらあら…もう、うらしまくんったら…」
 次第に意識の機能が回復してきた景太郎であったが、それでもまだ肯定も否定も生返事でしか応じられない。
 そんな景太郎に苦笑しながら、むつみは愛おしさ余ってグイグイと頬摺りした。すると景太郎もむつみの頭を抱き込んでいた左手で丁寧に髪を撫でつつ、自らもすりすりと頬摺りを返してゆく。
 最後の最後まで交わり抜いた後でも、やはりイチャイチャと睦み合うのは楽しい。
 いまだ惚け気味の景太郎だけでなく、むつみも陶酔の溜息を吐きながら頬摺りに浸った。その溜息にかわいい鼻声が混ざってしまうのは、今なお甘やかな余韻が身体を過敏としているからだ。
「…むつみさん」
「はい…?あ、んっ…んぅ…」
 ふと景太郎はむつみを呼びかけ、頭を持ち上げて一方的に頬摺りを終えた。事後の素顔を見つめられてむつみがはにかむと、景太郎はそのまま断りも無しに彼女の唇を奪ってしまう。
 むつみの驚きが安らぎに変わってゆくのを抱擁の腕の中で感じ取ってから、景太郎は密着キスをバードキスにしてじゃれついていった。時折左手でむつみの頭をかいぐりしながら、ちょみ、ちょむ、ちょみ、とついばんで過敏な唇どうしを丹念にたわませ合う。
 その優しい愛撫とキスは、余韻の冷めやらぬむつみの身体にはとびきり素敵なデザートであった。たちまち胸中が幸福感でいっぱいになってきて、むつみは鼻から深々と溜息を漏らしてしまう。あまりに居心地良くて、意識も再び白濁としてきたほどだ。
 そのうち景太郎はかいぐりの指をむつみの髪に埋めて抱き込むと、彼女の唇の隙間へヌルリと舌を忍ばせた。むつみが甘ったるい鼻声とともに舌を寄り添わせると、景太郎は鼻息も荒々しく舌どうしを絡め合わせてゆく。
「ふぅ、ふぅ、ふぅ…んっ、んんっ…ん、んむ…」
「んぅ、んぅ、んぅ…んんっ、んっ…んっ、んふっ…んぅう…」
 唇も舌も性感帯としての感度を増したままであるから、たちまち景太郎もむつみもかわいい鼻声が漏れどおしとなった。ツンツンと触れ合う鼻先に新たな汗の粒が浮かんでくる頃には、もうむつみの口の周りは唾液でべちょべちょになってしまう。
 景太郎の情熱的なディープキスは、愛おしさ故の接吻欲と、最後まで交わり抜いた雌性への独占欲に駆られてのものだ。むつみの女心から過去の男の記憶をきれいに上書きしたいと、基本的に寂しがり屋でヤキモチ妬きな男心が奮い立つのである。
 そのぶん一方的で、少々自分勝手なキスではあったが、むつみは嫌がる素振りも見せずにじっと身を委ね続けた。雄性の独占欲の強さはすでに知り得ているし、なにより景太郎がキスを求めてくれるのであれば大歓迎だからだ。景太郎の気が済むまで応じてあげたいと思うし、自らも睦み合った余韻を深めたくて欲張りになってしまう。
 ざらざらとしている表側から、ヌメヌメとしている裏側からを存分に擦り合わせたり。
 代わりばんこで口中へと差し出し、お互いに餅を飲み込むように吸い合ったり。
 舌を忍ばせ合ったまま、ぶちゅうっ、ぶちゅうっ、と唇を重ね合ったり。
 とろみがかってきた唾液を口移しで送り込んだり、あるいは送り返したり。
 そんな濃厚なディープキスを三分ほども楽しんでから、二人は仲良く唾液を分け合い、ようやく舌と唇を引き離した。そのまま躊躇い無くゴクンと飲み干し、お互いに陶酔の眼差しで見つめ合う。それでまた名残が惜しくなって、もう一度だけ小さく唇を重ねてしまったのはキス好きな二人のご愛敬だ。
「…満足できました?」
「うん…満足」
 振る舞った手料理の味でも尋ねるようなむつみの問いかけに、景太郎は少々照れくさそうに相好を緩めて答える。
 お世辞も何もなく、身も心も満ち足りていた。胸中は雄性としての本懐を遂げた感動に満ち溢れ、劣等感による負い目はもはや微塵も感じない。おかげで男としての自信も熱く熱く回復してきて、気分は真夏の青空のように爽快である。
 男として生まれて、本当に良かった。
 景太郎はむつみの笑顔を愛おしげに眺めながら、生まれて初めて自身の生い立ちに感謝した。男のくせに、となじられることを諦観気味に受け入れて生きてきたが、これからはその言葉をはね除けて生きていけると思う。否、もう誰にも言わせないような生き方を追い求めていけるとさえ思う。
「むつみさんは…その、どうでした?なんだか、最後の最後まで俺の独り善がりだったような気もするんですけど…」
「そんなことないです。うらしまくん、ちゃあんとわたしも気持ち良くなれるように頑張ってくれてましたよ。だからわたし、途中で何回かイッてたでしょ?」
「え、そ、そうなんですか?全然わかんなかった…」
「わかんなくていいですよ。イッてるとこなんて、見られたら恥ずかしいですもの…。んふふっ、気付かれなくってよかった」
 事後の余韻が和らぎ、意識がその機能をやんわりと取り戻してきたところで、二人は仲睦まじくおしゃべりと笑みを交わした。余韻が和らいでも、恋人どうしや新婚夫婦さながらの甘やかな雰囲気は一向に霧散する気配はない。
 景太郎もむつみも、おしゃべりと笑みくらいは普段から何気なく交わせるような間柄ではある。しかし、セックスを楽しんでからのピロートークは今日が初めてであり、その新鮮な楽しさと安らぎに気持ちは深く和んでいった。もうこのままウトウトと微睡み、夢の中でも嬉し恥ずかしい幸福感を共有したいような誘惑すら頭を持ち上げてくる。
 それでも、意識が機能を再開すると、自ずと状況を分析できるだけの冷静さも蘇ってくるものだ。いつまでもこうして寄り添い、イチャイチャと睦み合ってはいたいものの、景太郎は結合を維持したままのむつみに少しずつ気兼ねするようになってきた。単にのしかかっている自分と違い、むつみは腰を浮かせたまま相変わらず身体をくの字以上に折り曲げているのだから、そのいたたまれない想いはたちまち膨れ上がってくる。
「あ、ご、ごめんなさい、むつみさん…ずっと窮屈にしてましたよね、いま退きますっ」
「あらあら、もう?気にしないで、まだしばらく入ったままでいいのに…」
 景太郎はむつみに詫びながら抱擁を解くと、両手を突いて上体を起こし、そのまま腰を落とした膝立ちとなった。むつみは少々物足りなさそうにつぶやきながらも、景太郎に合わせて腰を戻し、M字に開脚した体勢となる。意図的にではもちろんないが、二人はビデオテープをリプレイさせたように、ひとつに繋がったときの体勢にまで戻っていた。
 景太郎は名残を惜しむよう、汗みずくで照れくさそうにしているむつみの裸体を顔から乳房、へそから股間と一通り眺め回し、あらためてペニスを引き抜こうと下肢に力を込めた。ペニスは今なお童貞卒業の感動に酔いしれており、勃起もわずかに和らいだ程度であるから、密封状態の華筒から引き抜くには相応の力を要する。
 そんな浮かれっぱなしのペニスが数センチほども引き抜かれた、その矢先。
「ひぃあっ…!あ、くっ…!うっ…ううっ…」
「んぅ…?」
 景太郎はつらそうに童顔をしかめるなり、緊張に身体を強張らせて狂おしく鳴いた。その思わぬ上擦り声に、むつみはきょとんとなって景太郎を見上げる。
「あ、あはは…く、くすぐったくって、抜けない…」
「あらあら…先っぽ、まだ敏感なままなんでしょ」
「ん…うん…」
 最後の最後まで痴態を晒してしまい、羞恥しきりとなった景太郎は見る見るうちに顔面を紅潮させてうつむいてしまう。思いやりに満ちたむつみの問いかけにも、蚊の鳴くようなか声でしか答えられない。
 雄性は絶頂を迎えた瞬間、勃起しきりのペニスに興奮の血潮を怒濤の勢いで駆け巡らせる。これは性感帯としての感度を瞬間的に最大限以上にまで高め、射精する脈動のひとつひとつを絶対的な快感と認識させるための生理現象だ。この快感を求めてすべての生物は交尾に励みたくなるわけであり、特に人間はマスターベーションに耽ってまで欲張ってしまうのである。
 ところが、こうして強引に過敏とされたペニスは、射精が終わってもすぐに元通りに落ち着くわけではない。高まりきった感度の和らぎは潮が引いてゆくような穏やかさであるから、のんびりと事後の余韻を楽しめる反面、わずかな身じろぎひとつでも強烈なくすぐったさに見舞われてしまうのだ。
 童貞を卒業したばかりの景太郎にしてみれば、そのくすぐったさはにわかに許容できるものではなかった。生まれて初めてのピストン運動でも十分くすぐったかったのに、射精後で過敏となっている今では、危うく失禁しかけたくらいである。
「もうちょっと落ち着くまで、入ったままでいいですよ?」
「む、むつみさんばかり窮屈にさせてるのも悪いし…それに、俺も横になりたいし…」
「そうですか…?だったら、少し我慢して抜かなきゃだめですね」
 平静を取り戻して気兼ねしきりとなっている景太郎は、むつみの気遣わしげな申し出を取って付けた口実で辞退した。そう言われてはむつみも引き下がらざるを得ず、歯科医院の看護婦さながらの優しい声援を景太郎に送る。
 その笑顔にささやかな苦笑で応えてから、景太郎は再び下肢に力を込めた。万が一にも失禁したりせぬよう右手でペニスの根本付近を押さえ、慎重に慎重を重ねて腰を戻してゆく。一センチ、二センチ、三センチと恐る恐るのペースで引き抜いてゆくだけでも、亀頭は身悶えを禁じ得ないほどにくすぐったい。
「んぅ…んっ、んんっ…んぅうっ…ん、んんっ…!」
「あんっ…ん、んぅ…」
 きゅううっ、とすぼまり付いてくる襞の群れから逃れ、きつく締め付けどおしの膣口を抜け、景太郎のペニスはようやくむつみの膣内から引き抜かれた。微かな寂しさが伴う開放感の訪れに、景太郎もむつみももう一度だけかわいい鼻声で鳴く。
「あっ…やだ、すぐに溢れてきちゃう…」
「え…わ、わあ…」
 その開放感に浸るいとまもなく、むつみは一人苦笑しきりとなり、枕元のティッシュペーパーを左手で無造作に引き出し始めた。あひる座りにへたり込んで開放感に浸りかけた景太郎は、むつみの苦笑の意味に気付くなり、思わず息を呑んでしまう。
 ペニスを引き抜かれ、コルク栓の抜けるような空気音を立てたむつみの膣口からは、たちまちたっぷりと精液が溢れ出てきていた。ヨーグルトソースのような愛液と、淡いでんぷん糊のような精液の混ざり合った二人の生命液は、とろりとろりと会陰から肛門を伝い、敷いてあるバスタオルの愛液溜まりへとこぼれ落ちてゆく。むつみは懸命にティッシュペーパーで拭うものの、生命液は後から後から際限なくフローバックしてきた。
 もちろん引き抜かれたペニスも、愛液と精液がたっぷりとまとわりついてヌルンヌルンとなっている。ほよん、ほよん、と微震しながら萎縮しつつあるペニスからはホカホカと湯気が上り、芳醇とも呼べる生命の匂いがぷんぷんと漂ってきているほどだ。
…俺、中出ししちゃったんだ…むつみさんに中出ししちゃったんだ…
 景太郎は頭から冷や水を浴びせられたような怖気を覚えながら、すっかり冷静さを取り戻した意識の中でその事実を再確認した。夜毎思い出して悶々となりそうな感触も、そして目の前の淫猥極まりない光景も、すべて現実のものである。むつみの膣内で射精を遂げたのは、揺るぎのない事実であった。
 むつみの承諾も得ているし、なおかつ何度も念を押して確認もしている。男としての、それなりの覚悟も決めたはずだった。
 それでも冷静さを取り戻した今では、取り返しの付かないことをしてしまったと後悔せずにはいられない。不安はいくつもいくつも、とめどもなく胸中に湧いてくる。
妊娠させちゃったらどうしよう…そうしたらもちろん責任は取らなきゃいけないし…
責任を取るんなら、東大を諦めて就職…って、家を継ぐのが手っ取り早いよなあ…
とはいえ、菓子職人になんてなれんのかなあ…爺ちゃんや父さんは喜ぶだろうけど…
家を継ぐにしても、それで養っていけるのかな…むつみさんと、子供と…
そもそもこんなに出しちゃって、双子とか三つ子ができちゃったらどうしよう…
「…うらしまくん、うらしまくんっ」
「あ…は、はいっ?」
 将来への不安が積もりに積もり、軽い錯乱をきたして視界がグルグルと揺らぎかけた、その矢先。景太郎はむつみの呼びかけに気付いて、はたと我に返った。かといって、それで夢から覚めたというようなことはない。むつみはM字開脚のまま、相変わらずティッシュペーパーで事後の秘裂を拭っている最中であった。
「なんだかぼんやりしてましたけど…疲れちゃいました?」
「え、あ、そっ、そういうわけじゃないですけど…」
「んふふっ…はい、うらしまくんもどうぞ。それとも、わたしがきれいに拭いてあげましょうか?」
「えっ…あ、そ、そんな、いいですよっ!自分で拭きますっ…」
 むつみは右手にしていたティッシュペーパーの束を景太郎に差し出しながら、いかにもおどけ半分といった口調でそう申し出た。気兼ねしきりで後悔しきりとなっている景太郎にはむつみの戯れに応じる余裕もなく、慌ててティッシュペーパーを受け取ってそそくさとペニスを拭い始める。
 動揺のあまりに、射精の余韻に浮かれていたペニスはあっさりと萎縮してしまった。それに合わせて、若干余り気味の包皮も亀頭と幹の境界付近を覆い隠してしまったから、もはや雄々しさやたくましさは微塵も残っていない。
 それでも景太郎はきちんと包皮を押し下げ、亀頭から幹から、そして寄り集まっている性毛からも丁寧に男女の体液を拭っていった。陰嚢もベットリと愛液にまみれていたから、柔らかな袋状の肌を指先で摘み上げて丹念に拭う。
 ティッシュペーパーが湿り気で重みを増してくるにつれ、景太郎の気持ちも避妊を無視したセックスによる後悔の念に重く重く沈んでいった。膣内射精を遂げた瞬間の高揚感が、今では嘘のようである。華やかな祭事の後というものは得てして寂しいものだが、それでもここまで陰気にはなれないだろう。
「ねえ、うらしまくん」
「は、はい?」
 むつみはフローバックが落ち着いてきたところで、体液で湿ったティッシュペーパーの束を両手で小さく丸めつつ、ぽつりと景太郎を呼びかけた。その紙束は再び階下の屑籠へと投下されたのだが、やはり勘に頼っていては上手くいくはずもなく、またしてもフローリングの上に落ちて散らばってしまう。
 それに苦笑する気持ちの余裕すらなく、景太郎は憔悴半分といった声音でむつみの呼びかけに応じた。こちらはきちんと黙視で確認し、使用済みの紙束を上手く屑籠へ投下できたが、縁日の射的のように気分爽快となることもない。不安と自責の思いは渦を巻くばかりであった。
「よかったら、また腕枕してくれませんか?」
「え、あ…いいですけど…」
「んふふっ…じゃあ、お願いします」
 むつみは二つ返事でおねだりを叶えてもらうと、いそいそと身体をずらして景太郎のための場所を空け、左手で髪を集めながら枕から頭を浮かせた。景太郎はむつみの右側に並んで横臥し、そっと左の二の腕を枕の下端に添え、腕枕として供する。
 その腕枕にうっとりと頬摺りしながら、むつみは景太郎と向かい合って横臥した。そのむつみの肩を景太郎が左手で抱き寄せると、これで二人は裸の胸と胸を重ねて寄り添う格好となってしまう。むつみはもちろん、気まずさでいっぱいの景太郎でも、その居心地の良さには思わず笑みが浮かんだほどだ。
 それでも、やはりお互いに汗みずくであるからどうしても身体が冷えてくる。
 そこでむつみはベッドの端に左足を伸ばし、用意しておいたバスタオルをつま先で行儀悪く引き寄せ、左手ひとつで二人の脇腹から腰にかけてを丁寧に覆った。男女の別無く、腰への冷えは百害あって一利なしである。バスタオルは決して厚手のものではないが、それでもあるのと無いのとでは大違いで、そこで二人はようやく人心地つくことができた。
「…エッチ、しちゃいましたね」
「え、ええ…しちゃいましたね…」
「一休みしたら、シャワー浴びましょ?それまでもう少し、このまま…」
「ええ…」
 むつみは景太郎に裸身を擦り寄せながら、甘やかな猫撫で声で睦言をささやきかける。
 そのとろみがかったような声音はまるで、睡魔の誘惑に抗えない遊びたい盛りの幼子そのものだ。一休みと言いながら、今にも安らかに寝入って小一時間ほどもうたたねしそうな雰囲気である。
 そんなむつみを無視するつもりは毛頭ないのだが、困惑しきりの景太郎はどうにも無愛想な空返事しかできなかった。二段重ね状態となっている豊満な乳房を胸に押し付けられても、左脚どうしを絡めるようにじゃれつかれても、心ここにあらずといった状況に変化はない。不安は募りに募り、胸苦しさで溜息まで漏れ出るほどになってきた。
「あっ、あの、むつみさんっ」
「はい…?」
 そしてとうとう景太郎は、胸中に立ちこめてきた憂鬱な暗雲を吐き出すようにむつみを呼びかけた。むつみはきょとんとなって景太郎を見つめ、穏やかな表情のままで呼びかけの続きを待つ。
「その、むつみさんは大丈夫だって…俺には絶対に迷惑かけないって言ってましたけど…それって、どうしてですか?」
「え…?んぅ…どうして、って言われても…」
「だって、妊娠しちゃうかもしんないんですよ?もしむつみさんに赤ちゃんができちゃったら、それはむつみさん一人の問題じゃないから…いくら大丈夫だからとか、迷惑かけないって言われても…やっぱり、俺の責任だって思うし…」
「あらあら、それでさっきから…もう、それに関しては何度も言ってあるじゃないですか。うらしまくんは優しいだけじゃなくって、ちょっと心配性でもあるんですね」
「心配性って…おっ、男なら気にして当然のことだと思いますよっ?もし赤ちゃんができちゃったら、むつみさんの将来にも影響があることでしょっ?」
 景太郎は不安でいっぱいとなっているぶん口調も真摯そのものだが、一方でむつみは他人事であるかのように平然としている。それどころか景太郎の困惑に気付くなり、悪戯っぽい笑みを浮かべて彼を揶揄してみせたほどだ。
 そんなむつみの態度が気に障り、景太郎はついつい語気を荒げてしまった。とはいえその憤りは、せっかくこっちが心配してるのにというお節介な気持ちと、自身の不安が解消されない苛立ちによるものであるから、正当性は微塵もない。
「…ごめんなさい、からかったりして。うらしまくんはわたしのことを気遣ってくれてるのに、それを心配性だなんて…。ちょっと浮かれてました。本当にごめんなさい」
「あ、いや…俺の方こそ大きな声なんか出しちゃって、ごめんなさい…」
 むつみは景太郎の怒声にぴくんと身を震わせると、目を伏せてうつむき半分となりながらもしっかりとした口調で詫びた。そのしおらしい姿に引け目を感じて、景太郎も気まずさで視線を泳がせながら自身の非を詫びる。
 本気で怒っているわけではないことを態度で伝えたくて、景太郎はむつみの左の二の腕に右手を伸ばし、優しく優しく撫でさすった。ひんやりとしている二の腕に景太郎の手の平のぬくもりが嬉しくて、むつみはたちまち緊張を解いて安堵の息を吐く。
「…うらしまくんは優しいから、内緒にしておくつもりだったんですけど…あまりわたしに気を遣わせるのも悪いから、白状します」
「は、白状って…?」
 むつみは景太郎の温かな抱かれ心地の中で女心の整理を付けると、うつむき気味にしていた顔を上げ、少しはにかんだように微笑んだ。その小春日和のように優しい笑顔とはおおよそ不釣り合いな単語の登場に、景太郎は思わず右手での愛撫を止めて彼女に見入ってしまう。
「…わたし、赤ちゃんができないんです」

つづく。

 

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