<<ラブひな>>

happiness on happiness (5)

作・大場愁一郎


 

「あっ…う、ううう…」
 そう耳元でささやかれ、景太郎は儚げにうめいた。むつみの魅惑的な求愛に、思春期の衝動が不穏にさざめいたのだ。なぜむつみがそう断言できるのかといった素朴な疑問も、大津波のような興奮にたちまち飲み込まれてしまう。
 その怒濤のごとき興奮で、勃起しきりのペニスは背伸びするように一際たくましく漲り、グイグイとむつみの下腹を押し上げていった。性的興奮の証である逸り水も滲みどおしであるから、今や下着はおろか、性毛も下腹もベトベトである。
 そんな不快も羞恥も、淫らな期待感の前ではあっさりと紛れてしまう。
 景太郎は遠慮がちに遠ざけていた両手をむつみの側に寄せると、意気地のない男心を鼓舞するよう、思い切ってその身を抱き締めた。左手で背中、右手で腰をしっかりと抱き寄せて男女の一体感を求める。
 それに合わせてむつみもわずかに上体を沈め、ふくよかな身体をぴったりと景太郎に寄り添わせた。頭を抱き込んでいる左手にも力を込め、五本のたおやかな指を情熱的なかいぐりに合わせて髪の奥へと埋めてゆく。
「あ、ん、んぅ…むつみさん…むつみさん、むつみさぁん…」
「ふふっ…浦島くん…浦島くん、浦島くぅん…」
 景太郎もむつみも甘えんぼな声で呼びかけながら、たちまち抱擁に一心不乱となった。
 とはいえ思春期の衝動は、単に抱き合った程度では到底満足などできない。
 お互いまさぐるように抱き合ったまま、繰り返し繰り返し頬摺りしたり。
 頬摺りに飽きたら、代わりばんこで何度も何度も横顔にキスしたり。
 それにも飽きたら、モジモジと身じろぎするように互いを抱き締め直し、再びイチャイチャと頬摺りを重ねてゆく。
 二人が織りなす男女のスキンシップは、まさに甘美を極めていた。その至福のひとときに景太郎もむつみもすっかり酔いしれ、相好は幸せいっぱいといった風に緩みきってしまう。気取りもてらいもなくじゃれ合い、仲睦まじく笑みを交わす姿は、まるで新婚ほやほやの若夫婦そのものだ。
「む、むつみさんだって…」
「はい…?」
 むつみのすべらかな頬に唇を押し当てたまま、やおら景太郎はそう切り出した。むつみは景太郎の頭を優しくかいぐりしながら、きょとんとなって応じる。
「そ、その…柔らかくって、大っきいの…俺の胸に乗っかってきてますよ?」
「あ…ご、ごめんなさい、浦島くん…わたしってぽっちゃりしてるから重いでしょ」
「え、あ、そ、そういうつもりで言ったんじゃないんですっ…」
「じゃあどういうつもりで言ったんですか?ねえねえ、教えてください。気になります」
「あ、だ、むつみさんっ!く、くすぐったいっ!ごめんなさい!ごめんなさいっ!」
 思わぬむつみの狼狽えた声に、悪戯っぽい笑みを浮かべていた景太郎は慌てて首を横に振った。そんな景太郎の反応にむつみはすぐさま目を細め、じゃれついて頬にキスしながら反撃にかかる。子犬のようにぺろぺろと頬を舐め始めると、それでたちまち形勢逆転、景太郎は身悶えしながら懸命に許しを請うこととなった。
 景太郎としては、先程むつみに勃起の具合をささやかれたことへの小さな仕返しのつもりであったのだ。むつみの柔らかみや重みを感じていることには、誓って微塵の不満もない。むしろ雄性としての本能が奮い立ちそうで嬉しいくらいである。
「むつみさんって…なんて言えばいいのかな、こうして抱き締めてるだけでもすっごい気持ちいいんです。本当ですよ?」
「あらあら…そんなお世辞言っても、なんにも出ませんよ?」
「お世辞じゃないですよっ…思ったより小さくて、でも柔らかくって、あったかくって…それに、その…いい匂いがして…」
 むつみのじゃれつき攻撃が一段落してから、景太郎は答えをうやむやにするよう、彼女に頬摺りしながら熱っぽく独白した。その睦言にはさすがのむつみも照れくさそうに微笑み、甘えるようなしぐさで景太郎に頬摺りを返す。
 景太郎の独白は、確かに世辞などではない。紛れもない本心だ。生まれて初めて異性と抱き合った感動が、そのまま言葉となって口をついたのである。
 抱き締めて初めてわかったのだが、むつみの身体は思っていたよりずっと小さい。これが景太郎にとってなによりの驚きであった。
 とはいえ、これはむつみのふくよかな体つきによる錯覚だ。ほっそりとしていれば自ずと華奢な印象を与えるものだが、グラビアアイドルにも負けないほどにむっちりとしていれば、どうしても小柄という印象からは遠ざかってしまう。特にむつみは髪を伸ばしているからなおさらであった。
 しかしそのふくよかな体つきは、女だけが持つ独特の柔らかみを存分に湛えることができる。景太郎も抱き締める腕の中で胸いっぱいにむつみの柔らかみを感じ、男心を存分に高揚させていた。
 その柔らかみは、二人の間で柔軟にたわんでいる豊満な乳房に限った話ではない。抱き寄せている背中や腰、抱き込んでくる二の腕、しきりに摺り寄せ合っている頬に至るまで、そのすべてがぷにゃぷにゃと柔らかいのだ。男の身体では絶対に構成できない、まさに女体ならではの柔らかみは、着衣越しであってもこのままずっと触れていたいと思えるほどである。
 そして、優しく包み込んでもらえるぬくもりは、まさに夢心地と呼ぶに相応しい安らぎをもたらしてくれる。
 暖房の効いた室内にあって、肌着の下は汗びっしょりであるものの、景太郎は陶然となってむつみのぬくもりに浸ってしまう。それくらい抱擁で分かち合うぬくもりは心地の良いものであった。躊躇いや恥じらいといった気持ちまでもが、そのぬくもりの中でゆっくりととろけて無くなってゆくようである。
 そんな夢心地にありながらも、景太郎はせつないくらいに情欲を喚起してくる甘やかな匂いの虜になっていた。これはむつみが愛用しているコロンの匂いではなく、彼女が発散しどおしにしているフェロモンの匂いに他ならない。雄性を強制的に発情期にさせる、雌性の媚薬の香りであった。
 情欲に押し潰されそうな理性が悲鳴をあげてはいるものの、景太郎はついつい頬摺りしながら、鼻からすんすんとその媚薬を吸い込んでしまう。その濃密な女臭さに駆られて情欲がこみ上げるたびに、景太郎は夢中でむつみの頬にキスを連発した。勃起しきりのペニスにも急き立てられるよう、何度も何度も腰を突き上げたりもする。
「ん、んっ…んふふっ…浦島くんも…」
「え…?」
 景太郎からのじゃれつくようなキスを左の頬いっぱいに受けながら、ふとむつみは鼻にかかった上擦り声でそうつぶやいた。景太郎は陶酔しきった眼差しでぼんやりとまばたきひとつ、精一杯に接吻欲を抑え込んで言葉の続きを待つ。
「浦島くんも、思ってたよりずっとたくましいです。胸や肩もがっちりしてるし、抱き締めてくれる力だって、すっごく強いし…」
「い、痛くしてました…?」
「ううん、そうじゃなくって…あの、気に障ったらごめんなさいね?浦島くんって、こんなに男らしかったんだぁって…けっこう意外で、ドキドキしてるんです」
「う、うううっ…」
 むつみは左手で景太郎の頭を抱き込みながら、無邪気なまでに嬉々とした声音でそうつぶやいた。景太郎は謙遜することすらも忘れ、むつみの賛辞にしたたかな高揚をきたす。
 むつみはなにも、景太郎を喜ばせようと世辞を口にしたわけではない。彼女もまた景太郎を抱き締め、そして景太郎に抱き締めてもらって、感じたままを睦言にしただけである。
 景太郎がむつみの柔らかな抱き心地に酔いしれるのと同様、むつみも景太郎の頑強な抱き心地に酔いしれている。しかもそのたくましさが想像していた以上のものであったから、感動はひとしおであった。
 少年期のあどけなさが残る優面とは裏腹に、景太郎の体躯は相当にがっしりとしている。胸板は適度に厚く、脇腹はたるみなく引き締まり、肩や二の腕にかけても筋組織は立派に発達して骨格を覆っている。
 これはもちろん、ひなた荘での管理人業務によって培われたものだ。
 ひなた荘へ来るまでの景太郎は怠惰そのものの浪人生活を送っていたために、筋肉の衰えに比例して余計な脂肪ばかりが増え、身体中は水枕のようにぷにゃぷにゃであった。
 それでも管理人業務という肉体労働が中心の生活になってからは、衰えていた筋肉はしなやかに鍛えられ、体脂肪も相当減少した。景太郎自身でも、以前からは体型が見違えたと実感できているほどだ。
 そんな景太郎に抱き締めてもらって、むつみも嬉しくないはずはない。のしかかっている重みを跳ね返す厚い胸からも、きつく抱き締めてくれる頼もしい腕力からも、そして下腹をグイグイと押し上げてきている血気盛んなペニスからも、むつみはいわゆる男らしさを感じてしまう。
このまま、一晩中でも抱き締めていてほしい。
 そんなわがままな願望さえ浮かぶほどに、むつみの女心は深い安らぎを覚えていた。もう身体中隅々までが夢心地に満ちているようである。抱き締めてもらってからこっち、幸せいっぱいといった笑みが絶えない。
「…浦島くん」
「う、うん…むつみさん…」
 やがてむつみは頬摺りを終えて頭を上げ、慈愛に満ちた眼差しを向けながら景太郎を呼びかけた。その意図を悟った景太郎は照れくさそうに応じると、接吻欲で焦れる唇に思わず小さく舌なめずりひとつ、そっとまぶたを閉じる。
 むつみもそれに倣って目を閉じれば、後はお互いに暗黙の了解であった。
「ん、んんっ…」
「んぅ…」
 瑞々しい唇どうしがふんわりと重なり合うなり、景太郎もむつみも、鼻の奥からすこぶる甘ったるいさえずりを漏らした。ぴったりと抱き合って交わすキスの心地良さに、二人の身体の芯が熱く熱く奮えたのだ。
「んぅ…ん、んぅ…んぅ、んぅ、んっ…んぅっ…」
「んんっ…ん、んぅう…んっ…ん、んんっ…」
 景太郎は力任せにむつみを抱き締めると、貪り食らうような荒々しさで彼女の唇を欲張り始めた。その人が違えたような大胆さにむつみは一瞬身を強ばらせたものの、すぐに落ち着きを取り戻し、そのまましおらしく景太郎に身を委ねてしまう。
 そんなむつみに感謝する余裕もなく、景太郎は愛欲に駆られるまま、無我夢中で彼女の唇を奪った。もちろん、一方的な抱擁で彼女を窮屈にしていることにも気付かない。とにかくむつみとキスしたいという、その一心に取り憑かれていた。
 景太郎は懸命にあごを突き出しては、むつみの柔らかな唇を割り開くように何度も何度もキスを重ねてゆく。その必死な姿はまるで、キスだけで友達どうしの関係を恋人どうしの関係にまで昇華させようとしているかのようだ。キス好きなむつみの生涯で、一番たくさんキスした男になろうと躍起になっているようでもある。
 むつみも素直に唇を差し出して為されるがままにしていたのだが、そのうち自らも唇をすぼめ、二人で甘噛みの応酬を始めた。むつみもどちらかといえば、キスされるよりもキスする方が好きなのだ。一緒に仲良くキスできるのであればなおさらである。
 それで二人は少しずつ小首を傾げ、やがてお気に入りの角度を見つけて、そのままねちっこいほどにバードキスを堪能していった。わずかに小首を傾げると、二人の唇は贅沢なくらいにぴったりと重なることができるため、キスの快感や充足感は倍増するのである。
 そのまま、熱く湿った吐息を吐きかけては、お互い代わりばんこで唇を割り開いたり。
 あるいは鼻から陶酔の溜息を漏らしつつ、仲良く唇をついばみ合ったり。
 時にはぴったりと隙間無く唇を重ね合って、男女の密着感を満喫したり。
あああっ、すごいっ…本当にすごいっ…もう、最高っ…!!
 こんなやりとりを十回ほども繰り返して、景太郎は心中で歓喜の悲鳴をあげた。
 抱き合って交わすだけで、キスがここまで心地良いものになるとは、まさに目から鱗が落ちる思いであった。
 心安らぐぬくもりも、柔らかな抱き心地も、甘やかな匂いも、唇の繊細さも。
 まさに異性のすべてをいっぺんに堪能できる極上の睦み合いに、いつしか景太郎はゾクゾクと身震いまできたしていた。男心が圧倒的な感動を持て余し始めたのである。
 その感動に突き動かされるまま、景太郎の身体はより深くむつみを求めてゆく。
「んふ…ん、んぅ…」
 景太郎は汗ばんだ鼻から甘ったるいさえずりを漏らすと、少しずつキスのペースを落としていった。甘噛みしては割り開く大胆なキスはやがて、じっくりと密着して吸い付き合う甘えんぼなキスに変わってゆく。
 むつみを抱き締める両手も、無神経な束縛から優しい愛撫へと様変わりした。左手は美しい黒髪に指を潜らせながらゆっくりと背中を撫で、右手は背中から腰にかけての曲線を楽しむよう何度も何度も往復を始める。
 また、景太郎は小刻みに腰を浮かせ、勃起しきりのペニスを誇示するようグイグイとむつみの下腹を押し上げてもいた。もちろんこれは意図的なものではない。あくまで射精欲に焦がれるペニスに急かされてのことだ。理性が少しでも残っていれば、こんな羞恥極まる不埒は絶対に働いていない。
 そんな景太郎のペニスは、逸り水でべちょべちょの下着の中で、へそを目指すようまっすぐに伸び上がっている状態である。従って、そのほぼ全長がむつみの下腹に擦り付けられている格好だ。
 それでもむつみは意に介する風でもなく、むしろ力任せの束縛から解放され、ほっと胸を撫で下ろしたほどである。それどころか甘えんぼキスに応じながら、ピストン運動を真似るよう、自らも下腹を景太郎のペニスに擦り付けたりする。
 むつみは景太郎ほど舞い上がってはいないが、それでも恋人どうしのようなキスを堪能して、今や発情期の盛りを迎えていた。むつみも景太郎に負けないだけ、愛欲にその身を奮わせてきたのである。若々しい身体は景太郎とのセックスを切望してきたのだ。
 その証拠に、むつみもしとどに愛液を漏出し、女の真央を潤わせてきている。スカートをまくって確かめれば、淫靡な秘裂はショーツのあて布どころか、パンティーストッキングごしにでも透けて見えそうなくらいになっているのがわかるだろう。
「浦島くん、浦島くん…ん…う、うらしまくん…うらしまくぅん…」
「ん…むつみさん…んむ、んっ…む、むつみさんっ…」
 むつみは景太郎からの動きに合わせてゆっくりと腰を擦り付けながら、猫撫で声での呼びかけをいくつもいくつも甘えんぼキスで口移しした。景太郎もむつみと下肢を擦り付け合いながら、自らもかわいく上擦った声で何度も何度も呼びかけを口移し返す。
 唇がとろけてしまいそうなほどに優しいキスと、身体の芯から身震いが来そうなほどに甘やかな呼び声、そしてセックスへの期待感がひしひしと募る性運動に、二人はどこまでもどこまでも酔いしれていった。そのために景太郎もむつみも、忙しない鼻息のすべてに官能的なさえずりが混じるようになってしまう。
「…ねえ、うらしまくん」
「んぅ…?」
 そんな甘美を極めたキスをだらだらと五分ほども満喫してから、ふとむつみが陶酔しきった火照り顔でそう呼びかけた。景太郎がうっとりと惚けたままで応じると、むつみははにかんで微笑み、そっと左の頬どうしを摺り合わせて溜息を吐く。
「もし…もし嫌だったら、すぐに言ってくださいね?」
「え…あ、んっ…んぅ…」
 むつみはそう言うなり、景太郎の返事を待つことなく、あらためて唇を重ねた。ちゅっ、ちゅっ、と小さなキスを連発してから、やがて再び薄膜どうしをぴったりと重ね合う。
 たっぷりとキスを楽しんできたおかげで、もはや二人にとって、キスはごくごく当たり前のスキンシップとなってしまった。今では確かめ合うまでもなく、すんなりとお気に入りの角度で重ね合わせられるほどである。これからも人目さえなければ、ついついお互いに求めたくなってしまうことだろう。
 そんな何気ないながらも極上のキスに景太郎が相好を緩めた、その矢先。
「ん、んんっ…!」
「ん…んむ、んむ、んっ…」
 景太郎は潤んだ瞳を驚きでしばたかせ、鼻の奥で狂おしくうめいた。ぴったりと重なり合っている唇に、とびきり柔らかくて温かい何かが滑り込んできたのだ。
 それはもちろん、むつみの舌に他ならない。むつみは丁寧に唇を重ねたまま、景太郎の唇に自らの舌先を含ませてみたのだ。
 むつみは遠慮がちな動きで舌先を含ませたり戻したり、あるいは含ませたままでぴくぴくと上下に震わせて景太郎の反応を窺った。決して強引に押し進めたりはしない。不快に思われたのなら、すぐさま止めるつもりでもいる。
 他人の舌を受け入れるということは、同時に他人の唾液を味わってしまうことに繋がるからだ。手の甲や頬、あるいは唇どうしでささやかに、というキスならまだしも、舌を絡めるディープキスは決して清潔な行為とはいえない。むつみもそれは自覚しているから、他人に無理強いするつもりは毛頭無かった。だからこそ景太郎の反応を伺うよう、あくまで舌先だけで控えめにじゃれついてみるのである。
 そんなむつみの想いをよそに、景太郎はすっかり舞い上がっていた。あどけなさの残る優面はたちまち湯気が出そうなほどに紅潮し、幸せそうに緩んだ相好は一転、苦悶のしかめっ面となる。興奮過剰のために動揺しきりとなってしまったのだ。
 むつみの懸念とは裏腹に、景太郎はディープキスにも強い憧れを抱いている。アダルトビデオのワンシーンよろしく思うがままに舌を絡め合い、キスを終えた弾みで淫らに唾液の糸を引かせてみたいと願ったことさえあるくらいだ。
 しかし、いざその場に出てしまうと、舌は臆病風に吹かれたようにぴくりとも動いてくれない。早くむつみの舌先と初めましての挨拶を交わしたいのに、強ばるばかりで前に進もうとしないのである。
 これは景太郎の内で、セックスへの期待感が強烈に膨れ上がったためだ。童貞故の猛々しい情欲に、不慣れな身体が対応しきれないのである。もっともっと淫らを楽しんでみたいという想いに反して、身体は緊張に凝り固まるばかりで為す術を失ってしまう。
「ん…んっ、んっ、んんぅ…!」
 景太郎はむつみのじゃれつきを唇に感じながらも、舌先に甘噛みすることすら思い付かず、ただ必死で彼女の身体を抱き締め続けた。これはディープキスが嫌いだと思われないようにと、今できることを懸命に模索した果ての、まさに苦し紛れの反応である。
 その窮屈なまでの抱擁を感じて、むつみは一旦唇を引き離した。それで思わず景太郎は絶望しかけて半ベソとなったのだが、むつみはそんな彼に小さな笑みとキスをひとつずつ送ると、今度は舌先だけで唇に触れ、ちろちろと小さく円を描くように舐め始める。
「…くすぐったかったら…嫌だったら、ちゃんと言ってくださいね」
「い、嫌じゃないんですっ…ただ、興奮して…緊張しちゃって、それで…」
「んふふっ…じゃあ、少しずつ…相手してください…」
 ひそひそ声で想いを確認し合うと、むつみはわずかに安堵の笑みを浮かべた。景太郎の切羽詰まった返事をディープキスの承諾と受け取ったのである。
 むつみはひとつ息を吸い込むと、舌先で遠慮がちに描いていた円を次第に大きくしていった。舌先だけで唇の合わせ目辺りをなぞっていたのがやがて、上唇、下唇、また上唇と、まんべんなく舐め回してゆく。その舌遣いはまるで、カップ入りのアイスクリームを行儀悪く舌だけで舐め取るかのような動きだ。
 それに飽きたら、今度は景太郎の唇を舌で割り開くように、ぺろりぺろりと大きく左右にくねらせていった。舌を湿らせてくる唾液はそのままにしているから、淫らな水音はキスに耽っているとき以上に艶めかしく響き始める。
 そんな水音に自ら高ぶりつつ、むつみは景太郎の唇にディープキスの雰囲気を擦り込もうと懸命になった。
 尖らせた舌先で、つんつんと唇を突き開こうとしたり。
 唇の端から切り開くように舌を滑り込ませ、しばしそのまま含ませてみたり。
 ざらざらとした表側だけでなく、ぬみぬみとしている裏側でもじゃれついてみたり。
 時には上唇と下唇を交互についばむようにキスしたり。
 とうとう我慢できなくなって、ぴったりと塞ぎ合う密着キスを欲張ったり。
「んっ…ん、んっ…うらしまくん…ん…うらしまくん、うらしまくぅん…」
 こうして夢中でキスを捧げているうちに、やがてむつみはもどかしそうな上擦り声でその名を連呼し始めた。景太郎の唇にディープキスの雰囲気を擦り込んでいるつもりが、いつしかむつみ自身がディープキスを待ち焦がれてきたのである。舌をくねらせるより、キスしている時間の方が長くなってきているのはそのためだ。
 景太郎に対しては少なからぬ好意を抱いているぶん、好きなだけおしゃべりしても、好きなだけ抱き合っても、好きなだけキスしても、やはり愛欲には際限がない。睦み合いが進行形であればなおさらだ。ひとつ叶えば、今度はその上が欲しくなってしまう。むつみも人並みに性欲を持ち合わせているから、愛欲は募るばかりであった。
 現にむつみの女心はもはや人恋しさでいっぱいであり、胸はせつなく痛みどおしである。そのもどかしいような人恋しさはひとまず接吻欲となって、むつみを欲しがりにしてしまう。優しくて、快活で、少しはにかみ屋な浦島景太郎という雄性を切望する、発情しきった雌性にしてしまう。
 そんなむつみの声音としぐさに、次第に景太郎も男心を触発されてきた。
 むつみの愛欲の丈がいかほどのものかは、その献身的なまでのじゃれつきで十分に伝わってきている。身に余るほどの歓喜に男心は浮かれどおしであり、じっと閉じているまぶたの端には嬉し涙が滲んできているほどだ。もちろんペニスもたくましく勃起したままであり、射精の瞬間を待ち望むよう、しとどに逸り水を漏出している。
今の俺って…もしかして、世界一の幸せ者なんじゃないかなぁ…
 むつみの柔らかみとぬくもり、そして極上のキスを存分に感じながら、景太郎はしみじみと感動に浸った。異性に縁のなかった十代の頃を思えば、感慨もすこぶる深い。
 だったら、この幸せを手に入れられるだけ手に入れたい。
 もう絶対、寂しくて虚しい独り者には戻りたくない。
 そう男心が矢庭に活気づくと、景太郎は鼻息も荒くむつみを抱き締め直した。先程のような力任せの束縛ではなく、大人の女として立派に成熟した肢体を愛おしむよう、丁寧に丁寧に、優しく優しく。
「むつみさん…」
「んぅ…?ん、んっ…んぅ…ん…?」
 じゃれつきの隙を見て、景太郎はそっとむつみを呼びかけた。むつみがなんとも居心地良さそうな鼻声で応じると、今度は景太郎から唇を寄せ、ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ、と小さなキスをいくつかお返しする。
 むつみはしおらしく景太郎からのキスに応じてから、きょとんとなって呼びかけの続きを待った。その表情はおぼろげながらも、頬は火照って上気し、瞳は愛欲にしっとりと潤んでいる。それはまさに発情期の盛りにある女の顔であった。
「あ、あの…俺も、していいですか…?」
「え…?」
「だ、だから、その…舌…」
「…あらあら」
 こんな状況であっても、いちいち確認してしまうところが景太郎の景太郎たる所以であろう。しかも愛欲のままに申し出ておきながら、一人勝手に羞恥極まり、頼りなく口ごもって視線を逸らしたりする始末である。
 もっとも、こうして臆病なくらいに優しい景太郎だからこそ、むつみも安心しきって身を委ねることができるのだ。無粋となじるつもりは毛頭無い。突然の申し出に思わず小首を傾げたものの、言葉の意味を理解するなり、自然と柔和な笑みがこぼれた。
「んふふっ、大歓迎です。てゆうか、ずうっと待ってたんですからね…?」
「ご、ごめんなさい…ん、んっ…」
 景太郎の素直な謝辞は、たちまちむつみの唇でふんわりと塞がれてしまう。
 言葉の通りに待ち焦がれていたむつみは、互いの汗ばんだ鼻先どうしをしきりに触れ合わせ、ねちっこいほどのバードキスを捧げ始めた。景太郎もお気に入りの角度に小首を傾げると、むつみに負けまいと、その愛欲に満ち満ちたキスに応戦してゆく。
 お互い心持ち唇をすぼめ、吸い付くようにして何度も何度も甘噛みしたり。
 甘噛みし合ったままで軽く吸い付き、そのまま音立てて唇を引き離したり。
 代わる代わるで上唇と下唇をついばみ合ったり。
 二人はまさに小鳥どうしのスキンシップよろしくキスを重ねてゆく。景太郎もむつみも、すでに唇は性感帯としての機能を最大限に引き出されているから、居心地の良さは申し分ない。熱く湿った恍惚の溜息を夢中で吐きかけ合ったりもするが、それでも照れくさそうに笑みを交わせば、お互い睦み合いの悦びはいや増した。何とも言えない幸せな気分となり、唇は際限なくキスを求めてしまうのである。
 そんなバードキスのさなかで、むつみは再び舌先を伸ばし、景太郎の唇に含ませてみた。今度は景太郎もたじろいだりせず、柔らかな舌先を甘噛みしたり、唇をすぼめてちゅぱちゅぱと吸い付いたりする。
「むつみさんも、お願い…」
「んぅ…んふふっ…」
 景太郎はそうささやき、自らも唇の隙間からおずおずと舌先を伸ばした。その弾みでむつみの舌先はやんわりと押し返されてしまうが、それでも彼女は嬉しそうに微笑み、小さく舌先どうしをくねらせて初めましての挨拶を送る。
 景太郎も見よう見まねで舌先をくねらせて挨拶を返せば、それだけで二人の舌はあっさりと恋人どうしになってしまった。その仲睦まじさに当てられたように、景太郎もむつみももどかしげに互いを抱き締め直す。
「んっ、んっ、んっ…んふ、んっ…んっ…んんっ…」
「んぅ…?んふふ…んっ、んっ、んっ…んぅう…んふふっ…」
 むつみは差し出された景太郎の舌に甘噛みすると、そのままちゅぱちゅぱとむしゃぶりついて歓迎した。むつみの場合は舌先に吸い付くと、自ずと唇も重ね合わせようと甘えんぼになってしまう。
 もちろん景太郎はそれを嫌がったりせず、気持ちよさそうな鼻声を漏らしてむつみのじゃれつきに応じてゆく。きゅうっ、きゅうっと舌先を吸われる新鮮な感触は実に淫靡で、興奮のあまりに身体中の血潮が突沸を起こしそうな気分にさえなるほどだ。
 やがて二人はどちらからともなく舌先どうしを触れ合わせ、ちろり、ちろりとくねらせて繊細なスキンシップに耽っていった。上下に、そして左右にくねらせて舌の柔らかみを確かめ合っては、ツンツンと戯れ半分で突っつき合う。舌は常に湿潤であるから擦れて痛むことはない。その独特の柔らかさに酔いしれて、景太郎はもちろんむつみまでもが鼻息を熱くしてゆく。
舌って、こんなに柔らかいものだったんだぁ…焼き肉の牛タンと全然違う…
 景太郎は生まれて初めての淫らなキスに陶然となりながら、まったく意味不明な感動を覚えてその身を震わせた。
 先程からむつみに鼻息を吐きかけどおしにしているのだが、そういった気遣いをも忘れるくらい、舌どうしでのじゃれ合いは心地良かった。たとえようがないほどに柔らかくて、温かくて、不快な要素がひとつもない。唇に続いて舌までもが性感帯になってしまいそうなくらい、口中には甘やかな夢心地が広がっている。
 そんな性的興奮のために、勃起しきりのペニスからは逸り水の漏出が絶えない。今や下着もすっかり濡れそぼり、下腹の辺りまでヌメヌメとぬめり気を帯びてきている。その上でむつみが潮の満ち干のようにゆったりと腰を擦り寄せてくるものだから、ともすればこのまま射精を遂げてしまいかねない状況だ。
 そんな懸念に駆られるなり、景太郎は両手でむつみの背中から脇腹からをセーター越しに撫で、やがてスカート越しの尻に触れて、動きを制するように抱き込んでしまう。とはいえ五本の指を大きく開いた両手は、まろみ十分であるむつみの尻を優しく包み込んでいる状態だ。その手は腰の動きを制するというよりも、むしろむつみの下腹を勃起しきりのペニスに押し付けているといった方が相応しい。
 これは景太郎の理性が不意の射精を防ごうとしながらも、一方で男心が愛欲に突き動かされた結果である。最初から下心があったわけでは断じてない。景太郎の理性は臆病なくらいに優しいから、時として大胆な雄性の本能の前に虚しく空回りさせられるのだ。
「んぅ…ん、んんぅ…」
「ぷぁ、む、むつみさん…?あ…わっ、わわっ…」
 そんな景太郎の無意識下の不埒に、むつみはかわいい鼻声混じりの吐息を漏らしつつ、キスを中断するようにうつむいてしまった。そのまま左の頬どうしを摺り合わせ、しばしゆったりと甘えかかる。
 それで景太郎もたちまち臆病な自我を取り戻し、慌ててむつみを抱き締め直した。しおらしく頬摺りに応じながらも、手の平に残っている尻のまろやかな撫で心地を払拭できず、思春期の胸はドキドキと高鳴ってしまう。自ずと呼吸も忙しないものとなった。
 そんな景太郎に頬摺りで甘えていたむつみであったが、そのうち身体全体を擦り付けるようにモジモジとすがりつき、求愛行動よろしく彼の横顔にいくつもいくつもキスを撃ち始めた。景太郎もそれに誘われるよう少しずつ顔を横向け、やがて二人は唇どうしを隙間無くぴったりと重ね合わせてしまう。
 贅沢な密着キスを十秒ほども楽しんでから、やおらむつみはゆっくりと舌を差し出し、景太郎の唇の奥へとぬめり込ませた。景太郎も心の準備はできていたから、素直にむつみの舌を受け入れつつ、自らも舌を送り込んでゆく。
「んふ…ん、んんっ…ふぅ、ふぅ、ふぅ…」
「ん、んぅ…すふ、すふ、すふ…」
 互いの舌にしゃぶりつく格好となったところで、しばし二人はかわいい鼻声混じりに息継ぎを重ねた。リードされる景太郎だけでなく、リードしているむつみまでもがディープキスの夢心地に胸をときめかせたのである。
 そのときめきのままに、むつみはゆったりと舌をくねらせ始めた。まだ少し初々しさの残っている景太郎の舌から緊張感を解きほぐすよう、ざらざらとした表側から、そしてヌメヌメとしている裏側からを丁寧に丁寧に擦り付けてゆく。
 景太郎もそれに倣い、見様見真似で舌を擦り寄せてみた。
 舌の表側どうし、あるいは裏側どうしで丹念に擦り合わせたり。
 代わりばんこで舌下に舌を伸ばし、唾液溜まりの奥底の柔らかみをくすぐったり。
 重ねた唇が離れぬよう意識しながら、ぐるぐるとねじるように絡め合ったり。
 じゃれるように、キスの内側で舌先どうしを突っつき合わせたり。
 景太郎はディープキスが初体験であるから、舌遣いは当然不慣れで不器用極まりない。
 それでも、むつみのリードに合わせて舌を絡めていると、まさに目くるめくほどの性的興奮が怒濤のごとく胸中に殺到してきた。雄性としての愛欲も、煌めきを放ちながら熱く熱く燃え盛ってくる。
あああっ、すごい…!すごい、すごいっ、すごいっ…!!
 紅蓮の炎のごとき愛欲に思春期の胸を焦がしながら、景太郎は心中で感動の絶叫を繰り返した。鼻息は下品なほどに荒ぶり、両手はむつみの身体を撫で回すよう何度も何度も抱き締め直してしまう。
 それほどまでにむつみとのディープキスは心地良かったし、感動は大きかった。
 柔軟な舌どうしが生み出す絶妙なくすぐったさも、唾液をこぼさぬよう夢中になってしまうキスも、きつい抱擁と相まってすごいと言う他にない。男心は今までに覚えがないほどに猛々しく奮え、強烈な独占欲までもが身体を突き動かしてくる。
「んふっ、んふっ、んふっ、んふっ…んんんぅ…!!」
 景太郎はむつみを精一杯の力で抱き締めながら、必死になって彼女の舌と唇を吸った。ぴったりと塞がれている唇の隙間から何度も何度も鋭い音を立てつつ、独占欲に強いられるがまま、がむしゃらに舌を絡めてゆく。
 そんな景太郎の身勝手な振る舞いにも、むつみは拒む素振りを示さないし、慌てふためきもない。乱暴なくらいに求められても、むつみの舌はすこぶる慣れた動きで受け流し、あるいは積極的にじゃれついて景太郎の愛欲に応じてゆく。
 もちろん、すがりついている両手からも力が抜けたりすることはない。女としての柔らかみをあるがままに差し出すよう、ぴったりと景太郎に寄り添ったままである。
 しきりに抱き締め直してくる景太郎に尻を撫でられると、思わず鼻の奥でかわいくよがり鳴き、モジモジと身体を擦り付けたりもした。これは発情のあまり、身体中すべてが性感帯になりつつあるためだ。
 今では景太郎と指を絡めてエッチ繋ぎしたり、あるいは髪を撫でられただけでも恍惚の溜息を漏らしてしまうことだろう。大人の女として立派に成熟した身体は、それほどまでに過敏となってきているのだ。もちろん陰部は愛欲で焦れどおしであり、今ではショーツもパンティーストッキングも、淡く白濁してきた愛液でべちょべちょになっている。
 そんな淫らに堕ちたむつみと淫蕩に耽るうちに、景太郎は愛欲と独占欲の虜となり果ててしまった。そのために意識は視野狭窄を極め、一途に慕い続けていた一人の女の姿を完全に亡失してしまう。代わりに、目の前のむつみこそが想い人であるかのように信じ込み始めた。
 このままむつみの唇も舌も…否、むつみのなにもかもを自分だけのものにしたい。
 そんな不埒で不敵な欲望が景太郎の胸に満ちてきた、そのとき。
「んっ、んんっ…んぅんぅ…ん、ぷぁっ…」
「んぁ、や、やぁ…あ…う、んぅう…」
 やおらむつみは小さく首を振ると、横向けていた頭を持ち上げて一方的にディープキスを終えてしまった。景太郎は思わず未練がましい声をあげたが、理性が回復するなり自身の貪欲な振る舞いに恥じ入り、気まずさでいっぱいといった風に視線を逸らす。
「はぁ、はぁ、はぁ…ね、うらしまくん」
「ん、んぅ…?」
 むつみはしばし呼吸を整えてから、やがてまっすぐに景太郎を見つめ、内緒話でもするかのように声を潜めて呼びかけた。羞恥しきりの景太郎はまっすぐにむつみを見つめ返すことができず、視線だけをちらりと向けて応じ、すぐまたそっぽを向いてしまう。
 そんな景太郎の恥じらいぶりがなんとも愛おしくて、むつみは喜色満面といった風に相好を緩めた。そのまま再び景太郎と左の頬どうしを摺り合わせ、胸いっぱいに募った愛欲を伝えんとする。
 景太郎もむつみの眼差しが照れくさかっただけであるから拒んだりはしない。頬摺りがもたらす心地良さとぬくもりに安堵の息を吐くなり、自らも積極的に応じてゆく。
「…ベッドへ行きましょ」
「うん…」
 ゆったりとした頬摺りに浸りながら、むつみは甘やかなささやき声でそう切り出した。景太郎も魅惑的な誘いかけに舞い上がったりすることなく、小さな首肯で応じる。
 とはいえ、胸中にはたちまち息詰まるような緊張感が立ちこめてきた。耳元にも再び早鐘のような動悸が聞こえてくる。意識するまいと思っていても、いよいよ童貞卒業、というセックスへの期待感は為す術もなく脳裏を巡り始めた。
「…と、その前に」
「え?」
 景太郎が緊張の面持ちで天井を見つめていると、やおらむつみが普段通りののんびりとした口調でつぶやいた。むつみは頬摺りを終えて顔を上げ、気恥ずかしそうな苦笑半分で景太郎に微笑みかける。
「あの…ベッドへ行く前に、おトイレに行っておきませんか?」
「え、あ…と、トイレ…?」
「ええ…その、スイカを食べたでしょ?それで…浦島くんは平気ですか?」
「お、俺は…そ、そういえば、そうかも…」
 二人は睦み合いの最中にグイグイと押しつけ合っていた下腹を意識して、お互いささやかに苦笑を交わした。睦み合うのに夢中で気付かなかったが、確かにトイレに行っておきたい気分である。景太郎もむつみと同感であった。
 よくよく考えれば、先程の休憩の間だけで相当な量のスイカを食べたように思う。トレイの上には手つかずのスイカが二切れほどしか残っていないから、二人でほぼ一個を食べたのは間違いない。しかもそのスイカも小振りなものではなく、丸々とした大物だ。
 景太郎もあまりに美味しいからとついつい手を伸ばしたし、むつみも弾むおしゃべりに合わせて次から次へと食べていた。そのぶんたっぷりと水分を補給したことにもなるから、トイレに行きたくなるのは当然のことである。
 なにより、スイカにはカリウムやシトルリンといった利尿効果をもたらす成分が多く含まれている。そのためにスイカは新陳代謝を促す健康食品といわれるのだが、成り行きとはいえ、睦み合いの前に食べるのは少々考え物であろう。スイカに非はない。非があるとすれば、いつでもどこでもスイカを食べているむつみにこそである。
 さておき、このままベッドへ行ってしまえば、きっと途中から尿意を我慢しながらの睦み合いになることだろう。そうなってはじっくりと睦み合いを楽しむことができないし、用足しのために中断を挟んでしまうのも興醒めである。童貞の景太郎であっても、それくらいは想像に容易かった。
「じゃあ…俺もトイレ、お借りしますね」
「あ、でしたら浦島くんからお先にどうぞ。その間にベッドを整理しておきますから…と、もうひとつその前に」
「ま、まだなにかあるんですか…?」
 景太郎の申し出に応じて身を起こしかけたところで、むつみはもうひとつ何かを思い出したという風に言葉を句切った。
 今度のむつみは普段どおりのにこにこ顔ではあるものの、セックスの期待感に満ちている景太郎としては気が気でならない。一心不乱に睦み合ってきてのこの表情だからこそ気になるのだ。あっけらかんとしていながら、いつもの調子で突拍子もないことを言い出すのでは、と景太郎の心中にはたちまち不安の黒雲が広がり始める。
 そんな景太郎の不安は、まさにまばたきひとつの間で吹き払われることとなった。
「んっ…」
「…んふふっ、ベッドでもいっぱいキスしてくださいね」
 むつみはもう一度だけ景太郎と唇を重ねると、初夜を迎える若妻のように愛らしく微笑み、それでようやく身を起こしたのであった。

つづく。

 

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