<<ラブひな>>

happiness on happiness (6)

作・大場愁一郎


 

 先にベッドへ上がっていてください、と言われたので、景太郎は若干の戸惑いとともにむつみのベッドへ上がった。
 トイレを借りて用を足し、むつみと入れ替わりでベッドへ上がったのだが、どうにも落ち着かない。用を足したときに、先程までの興奮や期待感までもがまとめて排出されたような心境である。なんだか実感のない緊張だけが胸に残ってしまった。
「…むつみさんのベッド、かぁ」
 薄手の毛布にくるまれた敷き布団の上にあぐらで腰を下ろしつつ、景太郎は感慨深げにそうつぶやいた。むつみのベッドに上がって感動しているわけではない。その見慣れぬ光景が新鮮で、つい独語となって口をついたのである。
 先程も触れたとおり、むつみのベッドはロフトベッドだ。真下は押入になっており、床から数えると、おおよそ二メートルくらいの高さがある。従って天井も間近であるから、ここで直立することはできない。景太郎が膝立ちの状態で、あとわずかに余裕があるくらいである。
 面積でいえば、ちょうどセミダブルのベッド程度の広さだ。大人が二人並んで寝るには若干窮屈かもしれない。もっとも、この空間は本来物置であり、そこをベッドとしても使用できるように工夫が為されているだけであるから贅沢は言えないだろう。
 その工夫というのは、たとえば枕元のコンセントであったり、室内照明の連動スイッチであったり、小さな換気扇のスイッチである。はしごを登って右手側を囲っている高さ二十センチ程度の柵も、一応ベッドとして使用するための工夫といえよう。ちなみに左側は壁面だ。あとはこの板敷きの空間に布団かマットレスさえ用意すれば、あっという間にベッドの完成というわけである。
「…一人暮らしなら、こんな部屋もいいなぁ」
 少しずつ気持ちが落ち着いてきたところで、景太郎はベッドの上から室内を見渡し、感心しきりといった風に独語した。他人の部屋を子細に眺め回すことは決して褒められたものではないが、ロフトベッドという特殊な環境が景太郎にはあまりに新鮮で、どうにもワクワクと気が逸る。古式ゆかしいひなた荘で生活している景太郎には、このむつみの部屋があまりにハイカラでモダンなものに映るのは当然のことであった。
 なにより、このロフトベッドの位置からすれば、リビングはまさに二階へ吹き抜けの状態である。柵の向こうを見下ろせば、先程まで受験勉強に勤しんでいた炬燵が見えるし、それ以外はストーブとスイカ、その他細々としたものしかないことも一目瞭然だ。
 ナントカと煙は高いところが好きだといわれるが、景太郎も悔しいながら、このロフトベッドがすっかり気に入ってしまった。リビングを見下ろすだけでもついつい相好が緩んでしまう。眼前の天井と遠い床は何度見比べても飽きが来ない。
 また、吹き抜けの利点として、熱気が余すことなく伝わってくるのも冬場には嬉しいポイントである。ストーブは点けっぱなしであるから、ロフトベッドに上がると暑いくらいだ。とはいえ室内には小さな換気扇が備えられているから、温度の調節や空気の入れ換えもある程度は可能である。
 そんな真冬でも十分に暖かい環境を考慮してか、ふと見るとベッドからは掛け布団が下ろされていた。ここにあるものは少し大きめの枕と、薄手の毛布にくるまれた敷き布団、そして枕元に置かれたティッシュペーパーの箱、それだけである。
「とうとう俺も、セックスしちゃうんだ…」
 そう独語するなり、景太郎はたちまちセックスの期待感を呼び戻し、思わず生唾をひとつ飲み込んだ。上手く童貞を卒業することができるのかと、つい余計なことまで意識して自ら緊張感を高めてしまう。
 その傍ら、本能に圧殺されていた理性や良心が回復してきて、ふと想い人の姿も脳裏に浮かび上がってきた。
「成瀬川…」
 景太郎は背中を丸めてうなだれながら、苦悶の声音で想い人の名をつぶやく。
 同じ受験仲間の成瀬川なるは、回想の中でも実に表情豊かであった。
 笑ったり、怒ったり、あるいは寂しそうにしてみたり。脳裏に映し出される美少女の面影は、まるで景太郎の想いを確かめるかのように次から次へと切り替わってゆく。このままむつみと関係を持ってしまってもいいのかと、良心が覚悟を問うてきているかのような心地であった。
 実際、景太郎はなるに憧れを抱き、純粋に思慕の情を寄せている。そのひたむきな想いを告白しようと、ありったけの勇気を振り絞ったこともあるくらいだ。
 にもかかわらず、ここでむつみと関係を持ってしまってもいいのか。
 むつみと関係を持って、それでもなるを慕うことが許されるのか。
 景太郎は背中を丸めてうなだれたまま、心中の自問自答に圧迫されるよう、やるせのない溜息を深々と吐いた。ロフトベッドにはしゃいでいたのはどこへやら、である。
 むつみは、なるのことを慕い続けていれば浮気をしても大丈夫だと言った。むつみ自身も、たとえどんなに浮気されても、最後には自分のところへ戻ってきてくれるのであればそれでいいと言う。
 むつみの気持ちは、世の男にしてみれば非常に都合の良いものであろう。景太郎としても、少なからずありがたいと思ってしまうほどだ。
 しかし良心に照らし合わせてみると、その気持ちに甘えてしまうのは、結局なるを裏切ることになるのでは、と思えるのである。もちろんなるとは両想いの恋人どうしではないが、それでも明らかに後ろめたさが感じられた。想いを寄せている女がいながら、他の女と関係を持ってしまうのはあまりに不貞であると思うのだ。
 もしこのままむつみと関係を持ってしまったら、それを知ったなるはどうするだろう。
 景太郎は何度目かの溜息を吐きながら、そんな想像を巡らせてみた。
 別に、と素っ気もないだろうか。
 このエロガッパ、と怒り狂うだろうか。
 信じられない、と悲嘆に暮れるだろうか。
 脳裏にはやはり、表情豊かななるが次から次へと現れてくる。
 しかし、一度として自分たちの関係を祝福してくれる姿は現れなかった。よかったじゃない、と喜んでくれる姿だけは景太郎も想像がつかなかったのだ。
 それはつまり、想像しようとする姿があまりに不自然であるからに他ならない。景太郎自身がそう思えないからこそ、その姿だけが現れないのである。
「…このままこっそり帰っちゃえば、今ならみんな笑ってすまされるかも…」
 景太郎は懊悩の同道巡りに陥る寸前で頭を上げ、そうぽつりと独語した。苦悩に疲れ果てた男心が卑怯な手段を選び出し、自身に言い聞かせて納得させようとしたのである。
 そんな景太郎がロフトベッドの梯子に視線を向けた、ちょうどそのとき。
「…よかった。浦島くん、待っててくれました」
「む、むつみさん…」
 景太郎の視線と、梯子の向こうから顔を覗かせたむつみの視線がまっすぐに交錯した。
 むつみは胸を撫で下ろすように表情を和ませると、そのまま左手だけでバランスを取りながら、よいしょよいしょと器用に梯子を上ってきた。右手を使わないのは、胸元にバスタオルを抱き込んでいるからだ。
 景太郎は視線が交錯するなり思わず硬直したものの、すぐさま我に返り、ベッドの主を迎えようと幾分後ずさった。帰ろうかと思って視線を向けた梯子から、自ら遠ざかる格好となったわけだ。
「色々と準備してたら遅くなっちゃいました。その間に帰ってたらどうしようかと思ってたんですけど。ごめんなさいね」
「え、あ、べ、別に、そんな…」
 むつみはちょこんと正座してしおらしく詫びるものの、景太郎はまっすぐに彼女を見ることができず、叱られた子どものようにうなだれて曖昧に応じる。
 彼女の安心しきった笑顔を見てしまっては、帰るなどとはとても言い出せなくなってしまった。胸にはなるとむつみのそれぞれに対する後ろめたさが立ちこめてきて、どうにも居心地が悪くなってくる。
「…ね、浦島くん。並んで座ってもいいですか?」
「え、う、うん…」
 むつみは小首を傾げて景太郎の様子を窺うと、今の二人にはなんでもないようなことをあえて尋ねてみた。景太郎は胸苦しさを処理できぬまま、相変わらず視線も向けずにぎこちなくうなずく。
 そんな景太郎をいぶかるでもなく、むつみは彼の側に寄り添い、横座りとなってゆったりと身を預けた。水色とピンク二枚のバスタオルは胸元に抱いたまま、左腕を景太郎の右腕に絡ませる。景太郎も拒んだりはしないから、これで二人は熱々の恋人どうしさながらに腕を組み、寄り添ってぬくもりを分かち合う格好となった。
「…なるさんのこと、考えてたんでしょ」
「えっ!?な、なんで…い、いや、その…」
 しなだれかかってきたむつみにいきなり図星を突かれ、景太郎はビクンと肩を跳ねさせて狼狽えた。その弾みでむつみをまっすぐに見つめてしまったが、彼女は自然なままの笑みを浮かべたままである。
「うふふ。当てずっぽうだったんですけど、正解でした?」
「…ごめんなさい」
「そんな、浦島くんが謝ることじゃないでしょ。わたしが無理言ってるんですから」
 むつみも悪気があってかまをかけたわけではないのだが、あからさまに狼狽えたり、愕然とうつむかれてはかえって恐縮してしまう。むつみは慌てて首を横に振ると、景太郎を萎縮させまいと懸命に取りなした。
「…やっぱり、わかっちゃいます?」
「なんとなく、ですけど。思い詰めたような顔でしたから、ひょっとしたらって」
 景太郎は寄り添ってくるむつみを抱き寄せようともせず、苦笑半分で問いかけた。むつみは豊満な胸の膨らみごと景太郎に寄り添いながら、まっすぐに彼を見つめて答える。
 むつみも、景太郎がなるに対して抱いている一途な想いには気付いている。二人が結ばれるように応援したいし、結ばれたのなら祝福したいと心から思っているくらいだ。
 だからこそ、素直な欲望をぶつけながらも、景太郎の気持ちを優先させることだけは忘れないように意識している。これはなるに対する後ろめたさゆえではない。あくまで景太郎の欲望と自らの欲望がひとつになる瞬間だけを追い求めたいからだ。
「…でもやっぱり、好きでもない人とエッチするのって躊躇っちゃいますよね」
 今度はむつみがうつむき、意味のない独語のような口調でぽつりとつぶやいた。
 景太郎はその言葉の意味を慎重に推し量りながら、なんとなく視線をあさっての方向へ向けてしまう。その先にはちょうど小さな換気扇が位置していたが、別段そこに気の利いた言葉が書いてあるわけではない。
「じゃ、じゃあ…むつみさんは俺と…その…しちゃってもいいんですか?」
 景太郎はむつみからそっぽを向いた格好のまま、幾分早口で吐き捨てるように問いかけた。ぴっとりと寄り添われている柔らかみやぬくもりもあって、次第に顔中が熱く火照ってくる。
 良心の呵責に苛まれる景太郎ではあるが、やはりセックスには興味があるし、一刻も早く童貞を卒業したいとも思っている。理想の相手はもちろんなるであるが、本音を言えばむつみであっても大歓迎であった。むつみは顔立ちもスタイルも性格もなるとは違うが、それぞれに性的魅力を感じるから、景太郎の男心は強く強く惹き付けられてしまう。
 だからこそ、景太郎はむつみの言葉の真意を知りたくなるのだ。
 好きでも何でもない相手と体を重ねるのは、さすがに景太郎でも抵抗がある。童貞卒業が東大合格に比肩するほどの悲願とはいえ、相手が誰でもいいというわけではない。
 では、むつみ自身はどうなのか。
 むつみは気に入った相手なら、まさに男女の別無くキスしたくなる性分の持ち主である。
 しかし体を許すとなると、間違いなく別問題だと景太郎は思うのだ。今年最後の気分転換という名目だけで、これほどまでに求めてしまう強い想いがむつみにあるのか、景太郎は気になってしまうのだ。
 そんな景太郎の肩に、むつみはそっと頭をもたげた。厚手のトレーナーごしにゆったりと頬摺りひとつ、あらためて景太郎の顔をまっすぐに見つめる。
「…わたしは浦島くんとエッチしたいって思ってます。浦島くんだからエッチしたいって気持ちになっちゃうんです」
「む、むつみさん…」
 なんの気取りもてらいもなく、むつみはいつもと変わらぬ口調でそう言った。
 だからこそ、景太郎は自ずと彼女を見つめ返してしまった。戸惑いに満ちていた男心はむつみの言霊に撃ち抜かれ、たちまち胸が高鳴ってくる。もはや嬉しいのか困っているのか自身でも判断が付かず、茫然自失となってその名をつぶやく他になかった。
「浦島くんと一緒にいると、それだけでもすごく楽しいんですけど…わたしはダメな人間ですから、もっともっと先が欲しくなっちゃうんです。浦島くんと、もっともっとおしゃべりしたいし、もっともっとキスしたいし…できれば、いっぱいエッチもしてみたい。勝手な話ですけど、浦島くんとなら、きっと素敵なエッチができるって思えちゃうんです」
 むつみは照れる素振りもなく、景太郎とまっすぐに見つめ合ったまま真摯な口調で語った。景太郎はその言霊にひたすら男心を撃ち抜かれるのみであり、何の言葉もない。
 実際、むつみの言葉は彼女の本心そのままであった。純粋なままに心を許し、同時に景太郎の人柄に惹かれるからこそ、むつみは彼を求めてしまうのである。
 とはいえ、なるから景太郎を横取りしようというつもりは毛頭ない。なるや景太郎が拒むのであれば、もう絶対に求めないと約束もできる。景太郎がなるに責められるのであれば、誠心誠意で彼を弁護するつもりでもある。
 あくまでむつみは、景太郎とのひとときの睦み合いを求めているのであった。それ以上を望むつもりはないし、かといってそれ以下ではもう物足りない。今までの誰よりも心を許せた景太郎だからこそ、雌性としての本能が求愛の言葉を紡がせてしまうのである。
 そのため、言葉のひとつひとつにはしっかりと言霊がこもり、むつみの女心は景太郎の男心へと余すことなく伝わってゆく。
 景太郎は思春期の盛りであるだけに、むつみのあるがままの独白は効果絶大であった。困惑しきりであった眼差しも、たちまち愛おしげに細まってくる。唇まで先程のイチャイチャとした睦み合いを思い出し、接吻欲でウズウズと焦れてくる始末だ。
「…浦島くんはどうなんですか?わたしとエッチするのは、やっぱり嫌ですか?」
「い、嫌ってことは…お、俺だって、むつみさんと…」
 むつみがあらためて問いかけると、景太郎は頼りなく口ごもりながらついつい視線を逸らしてしまう。
 消え入りそうな良心が最後の呵責を景太郎の男心に投げかけたためだが、それでもこの状況下で嫌だと断言できる男はいないだろう。誰にも今の景太郎を詰ることなどできない。もしその権利があるとすれば、それはきっと成瀬川なるただ一人のはずだ。
「…ちょっとだけ、嫌な女になっちゃおうかしら」
「え…?」
 戸惑うばかりの景太郎を見かねて、ふとむつみは意味ありげな笑みを浮かべた。思わぬ剣呑な発言に、景太郎は慌ててむつみに視線を戻す。
「ねえ浦島くん…わたし、さっきまでと少し違うところがあるんですけど、わかります?」「ち、違うところ…ですか?」
「ええ。見た目で判断してください」
 そこまで言うと、むつみはあらためていつもの朗らか笑顔に戻り、そっと景太郎から身を離した。なんとも不思議な謎かけに両目をぱちくりさせながらも、景太郎は横座りしているむつみを上から順番に眺めてゆく。
 艶やかな黒髪は、ヘアスタイルも合わせて変わりはない。
 にこにことしている顔も、別段の化粧が施されているわけではいない。
 タートルネックのセーターも、ロングスカートも先程のままだ。もちろん胸が小さくなったり、腰回りが細くなったりといったプロポーションの変化もない。
 ただ、スカートの裾から覗いている両脚を見て、景太郎はふと思うことがあった。
「…もしかして、ストッキング…ですか?」
「ぴんぽーん、正解です。ひゅーひゅー、どんどん、ぱふぱふ」
 景太郎が人差し指で頬をかりかり掻きながら自信なさげに答えると、むつみはたちまち満面の笑顔となった。胸に抱いたままのバスタオルをぽんぽん叩き、ファンファーレまで送ったりもする。
 とはいえ、そうしてはしゃいだのも一瞬であった。むつみはあらためて深遠な笑みを浮かべると、抱いていたバスタオルを傍らに置き、今度は景太郎の耳元に唇を寄せる。景太郎は右腕にゾクゾクと鳥肌が立つのを覚えながらも、素直にむつみの耳打ちを待った。
「…浦島くんがトイレに入ってる間に、ショーツを履き替えたんです。キスしてる間に、ストッキングまでべちょべちょになってましたから…」
「え、あっ…う…」
「…だから、ストッキングはもう脱いじゃいました。ショーツはブラジャーとお揃いじゃなくなって、ちょっと格好悪いんですけど」
 むつみはそこまでささやきかけると、こみ上げる愛欲を抑えきれず、ちゅっと耳元にキスを撃った。その鋭いくすぐったさにゾクゾクと身震いひとつ、景太郎はむつみの淫らな告白にたちまち男心を高ぶらせてしまう。
 景太郎自身も、キスで睦み合っている間に下着を濡らしていた。性的興奮で勃起しきりのペニスは、射精欲に焦がれてしとどに逸り水を漏出させていた。
 一方でむつみもそんな状態にあったとは、なんとも感慨無量である。濃密な愛欲と性的興奮を分かち合えた事実が、どうにも嬉し恥ずかしい。まさにセックスの感動の断片を味わえたような心地に、血気盛んな男心はにわかに色めき立ってくる。
「む、むつみさん…今日のこと、成瀬川には…成瀬川には、絶対内緒ですからね…?」
「ええ、内緒にします…わたしと浦島くんだけの秘密…。ですから、ね…」
「む、むつみさんっ…」
「ん、浦島くんっ…」
 二人はそれぞれの想いを胸に秘めながら念を押して確認し合い、そこで思いきり愛欲を解放した。焦れったそうに名前を呼び合うなり、先を争うように唇を重ねてゆく。
「んっ…ん、んぅう…んっ、んっ…」
「んふ…んぅ…ん、んん…んぅ…」
 鼻息も荒くバードキスに耽りながら、景太郎もむつみも次第に身を寄せ合い、やがて膝立ちで抱き合う体勢となった。景太郎はむつみの背中と腰を抱き寄せ、むつみは景太郎の背中からうなじからを撫でさするようにすがりつき、思うがままに抱擁欲と接吻欲を満たしてゆく。
 二人にとって、もはやキスは何気ないスキンシップになってしまっているが、こうして抱き合いながら交わすキスは格別に心地が良い。愛おしい相手を抱き締められる充実感も、愛おしい相手に抱き締めてもらえる安堵感も、そしてしきりにたわみ合う薄膜のくすぐったさも、絶妙に胸を満たしてくれる。
「はあっ、はあっ、はあっ…んふ、んふふっ…むつみさん…ん…むつみさん…」
「んぅ…んぁ、う、浦島くん…うふ、ふふふっ…ん、浦島くん…」
 欲張るようにたっぷりと互いの唇を楽しみ、ひとまず接吻欲を落ち着かせたところで、二人は左の頬どうしを摺り寄せて一息ついた。景太郎もむつみも甘い声音で名を呼び合っては、時折頬にキスしてじゃれる。
 景太郎がかけたままにしていた眼鏡も、お互い気にしたりしない。頬摺りのくすぐったさや照れくささがひたすら嬉しいから、今さら眼鏡をどうこうしたいという気持ちは湧かなかった。眼鏡を外すために間をおいてしまうのがもったいないとさえ思えるほど、二人は抱擁に夢中となっていた。
 ふと景太郎は気付いたのだが、身を起こしたまま異性と抱き合うのはこれが初めてだ。
 先程はむつみにのしかかられて、その身を受け止める体勢ではあったが、どちらかというと直立して抱き合う方がお気に入りであった。もちろんむつみが重かったわけではないが、やはりのしかかられると圧迫感が生ずるためにどうにも落ち着かないのである。
 その反面、直立して抱き合うと身体の自由も確保されるから、気持ちはずっと楽であった。また、男女の体格差も明らかになるから、異性を抱き締めているという満足感もいや増すのである。
「んぅう…むつみさんって、本当に柔らかくって、あったかい…。胸も大きくて、もう最高っ…ずうっと、こうして抱き締めていたいくらい…」
「あらあら、浦島くんったら…」
 景太郎はむつみの抱き心地に心酔し、すっかりご満悦といった表情で頬摺りを重ねる。
 むつみははにかみ半分の苦笑を浮かべながらも、夢見るように目を閉じて景太郎の抱擁に浸った。それでも身に余る賛辞がむずがゆいほどに嬉しくて、ついつい景太郎の頬にいくつもいくつもキスしてしまう。
「だったら…ね、浦島くん…」
「んぅ…?」
「…そろそろ、服…脱いじゃいましょうか」
「う、うん…」
 むつみは景太郎の頬にキスを連発しながら、その合間を縫うようにゆっくりと誘いかけた。キスに溶け込んできた甘やかなささやき声に、景太郎はあらためて緊張をきたしながらも、頬摺りの中でそっとうなづく。
 もちろん、セックスするからにはお互い裸になるのが普通だ。しかし、その当然の段階をひとつひとつ迎えるだけでも、景太郎としては舞い上がらずにいられない。正々堂々と異性の裸身を目の当たりにできることも、同時に自らの裸身を晒すことも、童貞の男心には刺激が強すぎるのである。
 むつみは景太郎の首肯を感じ取ると、名残を惜しむよう少し長めのキスを頬に撃ち、ゆったりと抱擁の両手を解いた。景太郎もそれに倣い、抱き寄せていたむつみを解放する。
 そのままお互い膝立ちのままで後ずさると、二人の間からは愛欲の熱気がほんわりとたゆたった。ふと生まれたささやかな静寂に、景太郎もむつみもはにかんで目を細める。
「あ、あの、浦島くん?」
「はい?」
「わたしって、けっこうぽっちゃりしてるから…その、あんまりジロジロと見ないでくださいね?」
「あ、は、はい…」
 むつみははにかみしきりという風な上目遣いになると、ほんのり紅梅色に火照った頬を右手で包み込み、そう景太郎に前置きした。景太郎は言葉の意味をさして吟味することもなく、ただ雰囲気のままにコクコクと首を縦に振る。
 浮いた話とは無縁のむつみであっても、思春期を迎えている一人の女だ。たしなむ程度の化粧もすれば、スタイルにも当然気を遣う。これからベッドを共にする景太郎にはなおさらであった。かわいい女だと思われたいのが素直な心根である。
 とはいえ、景太郎自身はむつみが気にするほどの過剰なふくよかさを感じていない。
 もちろん抱き締めた感触はふっくらとしているものの、抱き心地は申し分ないものであった。二の腕や胴回りは決して華奢ではないが、かといって肥満ぎみということもない。大人の女として立派に成熟したプロポーションは、衣服の上から抱き締めていても十分魅惑的に思えたくらいだ。
 そんな景太郎の反応に安心して、さっそくむつみはセーターを脱ぎにかかった。まずは左手、次いで右手と、それぞれ袖をつまんで奥へと引っ込めてゆく。
 腕の抜け出た両袖がぷらんと下がると、今度はセーターの内側からタートルネックの首を広げ、ぐいと持ち上げるようにして顔を隠した。そこで首を大きくひねりながらうつむき、長く伸ばされた髪を前に持ってくる。
 そのまま両腕を伸ばすと、タートルネックのセーターは何の苦もなく脱げてしまった。あとは片手で髪を背後に戻し、小さく安堵の息を吐けば、むつみの顔にはいつもの朗らか笑顔が戻ってくる。
「な、なんですか、浦島くん…ジロジロ見ないでって言ったのに。めっ」
「え、あ、い、いや、その…」
 暖かそうなカーキ色のインナー姿となったむつみは、ふと景太郎からの視線に気付き、脱いだばかりのセーターで胸元を隠しながら苦笑した。景太郎自身はいまだトレーナー一枚脱いでおらず、じっとこちらの様子に見とれていたことが惚けた表情から明らかだったからだ。
 とはいえ、景太郎も決してやましい気持ちでいたわけではない。見慣れないインナー姿や、より明確となったボディーラインに見惚れてしまったのは、あくまで成り行き上でのことである。
「な、なんていうのかな…髪が長くても、上手に脱げるもんなんだなあって…」
「あらあら…そんな風に言われたの、初めてです。上手いか下手かなんて…」
「いや…オレ、女の子が服を脱ぐところって初めて見たんですよ。だから、なんだか感動しちゃって…。あ、こうやって脱ぐんだなあ、なんて…」
「あらあら、そういうことだったんですか。だったら、脱がしっこしなくてちょうどよかったんですね。これでひとつ勉強になったわけですし」
「あ…ま、まあ、勉強といえば勉強かな…」
 景太郎が照れながらも素直に心情を吐露すれば、むつみは微笑ましげに目を細め、嬉々としてはしゃぐ。そんな外連味のないむつみの姿につられて、景太郎もくすぐったそうにはにかんでしまう。
 やはり、他愛もないおしゃべりは楽しい。それに加えてキスしたり、抱き合ったり、さらにはもっともっと大胆に睦み合おうというのだから、これから先はいったいどこまで楽しくなるのだろう。セックスというスキンシップは、いったいどこまでドキドキワクワクと胸を躍らせてくるのだろう。
 景太郎は愛おしげにむつみを見つめているうちに、期待に満ちた願望を次第に甘やかな妄想へとエスカレートさせてゆく。まだ一枚も衣服を脱いでいないにもかかわらず、だ。こうした行動の伴わない妄想は景太郎の悪癖であるが、どうやらこの様子ではまだまだ改まりそうにない。
 それでも、妄想の中で募った人恋しさは、もう今すぐにでも満たせる状況にある。もはやマスターベーションでなだめる必要などない。
 そんな確信に男心を奮わせると、景太郎は眼鏡をそのままに、もどかしげな手つきでトレーナーを脱いだ。一枚脱いでしまうと気持ちも大胆となり、そのままジーンズから靴下からをも一気に脱ぎ去ってしまう。これで景太郎はむつみを追い越し、一足先にTシャツとトランクスのみの下着姿となった。
 Tシャツとトランクスのみという格好は、景太郎にとっては夏期の寝間着にもなるほど何気ないものだ。とはいえ、彼の住むひなた荘は女子寮であるから人前で晒したりはしない。そんな格好でうろつこうものなら悲鳴をあげられたり、場合によっては鉄拳や真剣を振るわれることになるからだ。
 そのせいもあり、景太郎はどうしてもむつみの視線が気になってしまう。体格に自信が無いということもあるが、今は純粋に照れくさいのだ。先程の威勢のいい脱ぎっぷりはどこへやら、である。
 とはいえ、やはり照れくさいものは照れくさいし、恥ずかしいものは恥ずかしい。特にペニスはたくましく勃起しているから、自ずと腰は引け気味になり、両手もおずおずとTシャツの裾を引っ張って股間を覆い隠そうとする。あるがままをさらけ出すには、まだもう少しだけ心の準備が欲しいところであった。
 そんな落ち着きのない景太郎とは対照的に、むつみは極めて平静である。ふくよかな身体にぴったりとフィットしているインナーも、膝立ちの膝で踏みつけたままであったロングスカートも、なにやら楽しげな鼻歌混じりにあっさりと脱ぎ去ってしまう。その気軽な様子はまるで、これから風呂にでも入るかのようだ。
 ともあれ、これで二人は仲良く下着のみの姿となった。とはいえ、むつみの場合はブラジャーとショーツといった格好であるから、一概に下着姿といっても互いに受ける印象は大きく異なる。
 特に童貞である景太郎には、むつみの下着姿はどうにも眩しすぎた。あどけなさの残る優面は耳まで真っ赤に紅潮し、視線も居心地が悪そうにあさっての方向を向いてしまう。
「…浦島くん?顔、真っ赤ですけど…あ、もしかして、ストーブ暑くしてます?」
「い、いや、そうじゃなくって…その…むつみさん、すごくきれいだから…」
「あらあら、浦島くんったらお世辞ばっかり。ブラジャーもショーツも、普通の衣料品屋さんで売ってるものですよ」
「い、いや、だからっ…下着姿のむつみさんって、すっごくきれいで、色っぽいなあって…その、そういう意味で…」
「あらあらあら…うふふ、浦島くんったら本当にお世辞ばっかり」
 景太郎は水着姿を恥じらう少女のようにTシャツの裾で股間を隠したまま、今にも消え入りそうな頼りない声で当惑の理由を告白した。むつみは下着姿を恥じらうこともなく不思議そうに景太郎を見つめていたが、彼の告白を聞いて、とびきり優しく相好を緩める。
 むつみも思春期を迎えている一人の女であるから、褒められて悪い気はしない。自身のふくよかな体型を気にしているぶんやんわりと否定はするが、嬉しさあまってほんのりと頬も染まる。はにかみいっぱいといった愛くるしい笑みも絶える様子がない。
 もちろん景太郎も、別に世辞を言って機嫌を取ろうとしたわけではなかった。むつみの下着姿が本当に似合っていて色っぽいと感じたから、素直なままに告げただけである。よそよそしい態度からも、彼の心根は明らかだ。
 淡いベージュのブラジャーも、履き替えたためにブラジャーと不釣り合いな白いショーツも、確かに質素で飾り気が少ない。あくまで日用品の範囲内の下着であるが、そのぶんのんびりとした性格のむつみには実によく似合っていた。これがもし豪奢で淫靡な下着であったら、景太郎も違和感を払拭しきれないところであろう。ともすれば圧倒されて、萎縮さえしたかもしれない。
「でも…いざ下着を脱いで幻滅されたらどうしましょう」
「そ、そんなことないですよっ…むつみさんって本当にスタイルいいし…」
「またまたぁ…浦島くんって、こんなにお世辞ばかり言う人だったかしら」
「お、お世辞なんかじゃないですよっ…ちょっとは信じてください」
「うふふっ、ごめんなさい。だったら浦島くんの言葉、信じちゃいますね」
 そんなささやかな睦言を交わしてから、むつみは屈託のない笑みを浮かべつつ、自らの背後に両手を伸ばした。小さな音を立ててブラジャーのホックが外されると、乳房はたちまち大きめのカップからずれ出て、解放感を満喫するようたぽんと弾む。
 あとは細い釣り紐でしかないストラップをずらせば、それだけでブラジャーは簡単に脱げ、いよいよむつみの豊満な乳房が露わとなった。景太郎はTシャツの裾に両手をかけたまま、ついついその見事な膨らみに見惚れてしまう。
「わぁ…お、大っきい…」
「あ、やだ、浦島くんったら…ほらほら、浦島くんも脱いで脱いでっ」
「は、はいっ、ごめんなさいっ…」
 景太郎の独語で視線に気付くと、むつみは右手で両の乳房を覆い隠し、頬を染めてはにかみながら彼を急かした。景太郎は叱られた子どものような声で早口に詫び、慌ててTシャツを脱ぎ捨てる。
 景太郎が脱いだTシャツをそそくさと畳んでいる間に、むつみはいそいそとショーツを脱ぎ始めた。まろみ十分の尻を露出させると、そのままするすると脱ぎ去り、とうとう生まれたままの姿となる。
 もちろんむつみも女としての恥じらいを持ち合わせているから、しどけなく開けっぴろげにはしない。脱いだ衣服をまとめてベッドの足元に重ねてから、乳房は再び右手で、性毛の露わとなった股間は左手で覆い隠し、慎ましやかに景太郎が裸になるのを待つ。
 それでも景太郎はトランクスのウエストに両手をかけたまま、なんとも気まずそうな面持ちで硬直状態となっている。
 意識して異性の眼前にペニスを晒すのは生まれて初めてであるから、どうしても照れくさくて逡巡してしまうのだ。しかもその羞恥の根元は性欲を目一杯に漲らせ、隆々と勃起しているのである。親しくしているむつみに、性に対する貪欲さを知られてしまうのが恥ずかしくて、景太郎はもはや親指ひとつ動かせなくなってしまう。
「ほら、浦島くん?わたし、もう裸になっちゃいましたよ?早く浦島くんとくっついてヌクヌクしたいのに、このままじゃ風邪ひいちゃいます」
「う、うん…」
「…恥ずかしいのも、照れくさいのも分け合えたら、きっといい気持ちになれますよ。エッチって、そういうものですし…ね?」
「う、うううっ…」
 待ちぼうけを食わされながらも、むつみはおどけるように、あるいは優しく諭すようにして景太郎に微笑みかける。景太郎が興奮と緊張、そして羞恥のせめぎ合いに苛まれているのが一目瞭然であったから、女心からの愛欲を様々な睦言で伝えてみたのだ。
 景太郎も男心を愛欲でいっぱいにしているから、むつみの睦言に乗った言霊はひとつ残らず身体の芯に染み込んでゆく。そのために興奮は膨れ上がり、たちまち緊張を突き抜け、一気に羞恥を振り払ってしまった。時間にすれば数秒も要していない。
 景太郎は熱く熱く吐息を震わせると、覚悟を決めてトランクスをずり下げた。勃起しきりのペニスが露わになると、室内は十分に暖かいながらも、そこからほわりと熱気が発散してゆく。
 思わぬ清涼感と開放感に安堵の息を吐きながら、ついに景太郎も生まれたままの姿となった。まだ眼鏡をかけてはいるが、これは彼にとって身体の一部と呼べる物であるから、そう厳密に解釈する必要はないだろう。ひとまずむつみに倣って衣服をベッドの足下にまとめると、まだ少し照れくさそうにうつむきながら、両手でなんとかペニスを覆い隠そうとあがく。
「ふふっ、浦島くんっ…」
「あ、わ…わわわっ」
 そんな景太郎の恥じらいも構わず、むつみはとびきりの笑顔で彼にすがりついた。素肌と素肌が重なり合う優しい感触に激しくときめきながらも、景太郎は裸のむつみをまっすぐに受け止める。
 一瞬慌てたのは、すがりつかれた弾みでバランスを崩し、むつみもろともロフトベッドから転落しそうになったからだ。たっぷりとした乳房の柔らかみや、ペニスを圧迫してくる下腹のすべらかさに狼狽えたのはバランスを取り戻した後である。
「む、むつみさん、胸がっ…それに、その…オレの、つっかえてるんですけどっ…」
「うふふっ…裸なんですから、当たり前でしょ?」
 心の準備が出来ていなかった景太郎は耳まで真っ赤になって錯乱するが、むつみはこの時を待ち焦がれていたために、嬉々としてはしゃぐのみである。しかも景太郎が狼狽える隙をつき、例によって右手の指先で彼の顔から眼鏡を奪い取ったりもする。
 とはいえ、むつみもひとまずは欲張らない。奪い取った眼鏡を重ねた衣服の上にそっと置くと、景太郎の背中に両手を伸ばして抱きつき、あどけなさの残る彼の素顔をまっすぐに見つめる。
「…浦島くんが嫌じゃなければ、擦り付けたってかまいません。むしろそうやって、ぴったりとくっついてきてくれたら嬉しいくらいです」
「じゃ、じゃあ、このまま…このまま、ぎゅうって抱き締めてもいいですか?」
「ええ、抱き締めてください…いっぱい、いっぱい抱き締めて…」
 ぴったりと裸身を重ねて見つめ合ったまま、二人は熱っぽい声で睦言を交わす。
 睦言がもどかしげな求愛の確認となるなり、景太郎もむつみも胸の中が甘酸っぱい愛おしさでいっぱいになった。その衝動に身を任せてしまえば、二人は先を争うように互いを抱き締めてしまう。
「ああっ…む、むつみさん…むつみさんっ…」
「んぅ、浦島くん…うらしまくぅん…」
 二人はとびきり甘えんぼな声音で名を呼び合いながら、ゆったりと頬摺りを重ねて悦に入った。景太郎はもちろんむつみまでもが抱擁の虜となり、互いにモジモジと裸身を擦り寄せ合って、念入りに念入りに男女の抱き心地を堪能してゆく。
「はあっ、はあっ、はあっ…む、むつみさん…柔らかくって、あったかくって、すっごくいい気持ち…ん、んぅう…」
「んふっ…んぅ…んぁ、やん、そんなにしちゃ…んふっ、く、くすぐったいですぅ…」
「い、いやですか…?」
「ん…ううん…いい気持ち…」
 景太郎はむつみの抱き心地に酔いしれるまま、甘ったるい猫撫で声で陶酔のうわごとをつぶやいた。それも夢中で頬摺りしながら、彼女の耳のすぐそばで、だ。
 それがくすぐったくてむつみは声を弾ませるが、景太郎の問いかけには小さく首を横に振る。背中から腰からを撫で回されても、じゃれつくように頬摺りされても、相好は女としての幸せに満ちて緩みっぱなしだ。
 とにかく景太郎は、生まれて初めての裸の抱擁に感動しきりとなっていた。
 左手で背中、右手で腰を抱き寄せているのだが、本当にむつみの身体は抱き心地が良い。衣服ごしでも素晴らしかったが、裸だと素肌のすべらかさも柔らかみもあるがままに感じられるから格別である。
 成熟したまろやかさを帯びている尻も。
 程良く脂肪を備えている脇腹も。
 胸の間で柔軟にたわんでいる豊満な乳房も。
 そのいずれも、手触り肌触りが素晴らしい。それに、男よりも皮下脂肪が多いために若干ぬるめのぬくもりもまた、むつみの抱き心地を絶妙なものにしている。おかげで男心は歓喜に奮えて無我夢中となり、景太郎は頬摺りも身じろぎも止められなくなってしまう。
 はじめは触れさせることすら気にしていたペニスも、今では緩やかに腰を前後させ、グイグイとむつみの下腹に押し付けている始末だ。そのためむつみの下腹には、精製したての逸り水が後から後から際限なくなすりつけられてゆく。
「うらしまくんって…」
「んぅ…?」
 景太郎の不埒も意に介さず、むつみはじっと抱擁に浸りながら、やおらそう切り出した。景太郎はちょうどむつみの頬にキスしていたところであり、柔肌にそっと唇を押し当てたまま、鼻にかかった甘え声で応じる。
「うらしまくんって、本当にあったかいです…。それに、がっちりしてて、たくましくって…すごく男らしいです」
「ま、またまたぁ…む、むつみさんこそ、お世辞ばっかり言ってるし…」
「お世辞じゃないです…。本当に頼もしくって、男らしいって思うから…こうして抱き締めてもらってると、すっごく安心しちゃうんです」
 むつみは陶酔の溜息混じりにつぶやくと、むずがゆそうにはにかむ景太郎にゆったりと頬摺りを返してゆく。もちろん景太郎がするように、頬へのキスも忘れない。頬摺りしては唇を押し当て、また頬摺りしては唇を押し当てと、安心しきってどこまでもどこまでも甘えんぼになってしまう。
 むつみもまた、景太郎との裸の抱擁に女心を酔わせていた。
 景太郎の腕の上から、右手で背中、左手で肩という風に抱きついていると、景太郎もなかなかにたくましい体格を備えているのがわかる。過剰な体脂肪がないために見た目も引き締まっているのだが、こうして素肌で抱き締めれば、その筋肉質な印象はたちまち実感となって覚えられるのだ。着衣ごしに抱き締めていたときと比べると、その実感は雲泥の差があった。
 吐息が押し出されるくらいに力強く抱き締めてくれる両腕も。
 きつく抱き合っていながら、しっかりと乳房を押し返してたわませてくる胸板も。
 ぜい肉を帯びることなく、頑強な筋肉を備えている腹部も。
 そのいずれもむつみには持ち合わせがないものであるから、女心は景太郎から、いわゆる男らしさを強く感じてしまう。そのうえ筋肉が発散する体熱ともあいまって、むつみはまさに身体の芯から安らげるような心地を覚えてしまうのだ。
 そして、もうひとつ。先程からへその辺りにグイグイと押し付けられてくるペニスからも、むつみは強烈に男らしさを感じている。
 勃起しきりで伸びやかに上向いている景太郎のペニスは、長さでいえば十六、七センチといったところである。直径も一番太いところで四センチ以上はあった。ツヤツヤのパンパンに膨張している亀頭は、ともすればもう少しだけ大きいかもしれない。
 そのサイズだけでも十分たくましいと思えるのに、亀頭も幹もたくましく漲り、驚くほどの熱を放って愛欲を滾らせているのだ。長く、太く、固く勃起している景太郎のペニスは、まさに雄性のセックスシンボルと呼ぶに相応しく、むつみは興奮で胸を高鳴らせてしまう。照れくさくて恥ずかしいながらも、性的好奇心と愛欲にはやはり抗えない。
「んぁ、ん、んぅう…うらしまくん、素敵です…夢見たいな抱かれ心地…」
「お、俺も、むつみさんの抱き心地…裸になっちゃうと、本当に最高っ…」
 こうして頬摺りと頬へのキスを重ねなるうちに、やがて二人は抱擁の夢心地に魅入られてしまった。肌と肌の重なる面積を少しでも稼げるように抱き合ったまま、感慨無量といった猫撫で声で睦言を交わす。
 抱かれ心地と抱き心地、受動的か能動的かの違いは、あくまで二人の感性の違いによるものである。いわばそれぞれの好みの問題であり、性別や年齢、ましてや身長差やお互いの抱き締め方から来るものではない。
 実際、こうした感性の違いはあっても、二人が覚えている感動は同一のものである。
 裸で分かち合っているぬくもりは、抱かれているという意識も抱いているという意識も関わりなく、素直に気持ちがいい。その安堵感に満ちた心地良さは、じっくりと肩まで温泉に浸かったときにも負けないくらいだ。
 その幸せなぬくもりの中でどこまでも心を許してしまうと、もはや愛おしさは身体中隅々にまで拡がってきた。無邪気なむつみも、うぶな景太郎も、次第に愛欲をあからさまにしてゆく。
「…ね、うらしまくん」
「んぅ…?」
 夢見心地そのものの表情で頬摺りしながら、むつみはふと景太郎を呼びかけた。景太郎も満ち足りた面持ちで頬摺りに浸りながらそれに応じる。
 もはや抱き合っている胸と胸の間は、興奮の発汗でジットリと濡れてきていた。もちろんペニスは逸り水を漏らしどおしであり、幹を挟み込んで触れ合う素肌もヌルヌルとぬめっている。
 むつみは呼吸が落ち着くのを待ってから、もう一度景太郎の頬に唇を押し当てた。
「…横になる前に、もう一回…キスして…」
「う、うん…」
 過敏な薄膜を景太郎の頬に触れさせたまま、むつみは熱く湿った吐息を素肌に染み込ませるかのようなささやき声でねだる。発情の盛りにある女心が抱擁だけでは飽き足らなくなり、身体中の性感帯にさらなる愛撫を要求してきたのだ。
 そんなむつみの淫靡なしぐさに当てられ、景太郎は思わず生唾を飲み込み、からくり人形のようにカクンとうなずいた。勃起しきりのペニスにも興奮の血潮が殺到し、ビクンと脈動して新たな逸り水を漏出させる。
 それを合図のように二人は顔を上げ、あらためてまっすぐに見つめ合った。景太郎もむつみも、それぞれ発情に火照ったはにかみ顔を見て愛おしげに目を細める。
 少年のあどけなさが残っている、いかにも純朴そうな景太郎の優面。
 無邪気さと朗らかさに満ちていて、いつでも雰囲気を和ませるむつみの笑顔。
 それぞれ、お互い親しく接してきてすっかり見慣れてはいるが、こうして愛おしさを覚えるのは今日が初めてであった。とはいえ、身も心も許しきった今、セックスへの期待感にワクワクと気が逸る。まだ少し照れくささは残っているが、景太郎もむつみも、新鮮な高揚感に胸を高鳴らさずにはいられない。
「むつみさん…」
「ん…うらしまくん…」
 景太郎が名前を呼ぶと、むつみはしおらしく目を閉じ、唇の無防備を極めた。その瑞々しい薄膜に見惚れながら、景太郎は自らも唇を寄せ、やがて静かに目を伏せる。
「んんっ…」
「ん、んぅ…」
 接吻欲の募った唇どうしがふんわりと重なり合うなり、二人は鼻の奥からの甘ったるい声でよがった。そのままお気に入りの角度となって軽く吸い付き、じっと息を潜める。
 そのまま十秒ほども密着キスの甘やかさを味わってから、今度はどちらからともなくバードキスでじゃれつき始めた。薄膜どうしを引き離さぬよう互いに意識しながら、上唇と下唇をかわるがわるで甘噛みし合い、じっくりと接吻欲を満たしてゆく。
 そのうち二人の唇からは、ちゅぴ、ちゅぷ、ちゅぴ、とささやかな水音が漏れてきた。景太郎もむつみも、バードキスの唇にそれぞれ舌先を忍ばせ始めたのだ。
 それで二人は一層嬉々となり、深く深くキスにのめり込んでゆく。
 上唇、下唇、そして舌と、丁寧に甘噛みしては舐めついたり。
 そっと唇を触れ合わせたまま、舌先どうしをツンツンと突き合わせてじゃれたり。
 差し出された舌先にむしゃぶりつくよう、ぶっちゅりと唇を重ね合わせたり。
「すふ、すふ、すふ…ん、んんっ…素敵です、うらしまくん…んんっ…」
「んふ、ん、んっ…むつみさんも、素敵です…ん、んっ…ふぅ、ふぅ、ふぅ…」
 むつみは荒ぶった鼻息を遠慮もなく漏らしながら、淫らに上擦った鼻声で景太郎にささやきかけた。景太郎は女々しく上擦った声をバードキスで口移し返し、同様に荒々しく鼻で息継ぎする。
 ねちっこいバードキスのおかげで接吻欲は満たされつつあったが、代わりに濃密な情欲がそれぞれの性感帯を焦れさせてきた。景太郎は勃起しきりのペニスに、むつみはツンとしこってきたクリトリスに急かされて、より大胆に異性を求めてゆく。
 景太郎はキスに耽りながら、抱擁の両手をむつみの尻へと伸ばし、手の平いっぱいに撫で回し始めた。むつみの尻は大人の女としてのまろみを十分に帯びて柔らかく、しかもざらつきひとつなくスベスベであるから撫で心地は格別だ。むつみさえ許してくれるのなら、一晩中でもこうしてキスしながら撫で回していたいくらいである。
 むつみはむつみで、やはりキスをおざなりにすることなく、景太郎の引き締まった身体をしきりに抱き締め直していた。景太郎の背中から肩からを撫でるようにしながら、積極的に乳房や下腹を擦り付け、身体全体で男女の密着感を欲張ってゆく。
 とはいえ、いつまでもこうしてキスばかりしてはいられない。むつみも景太郎も、このままキスだけで気分転換とするつもりはなかった。
「ん、んん…うらしまくん…」
「んっ…んぅ…」
「んふっ…ん、んぅう…」
 むつみが口移しするように呼びかけると、景太郎は彼女の想いを察し、もう一度だけぴったりと唇どうしを密着させた。尻を撫で回していた両手もそれぞれ背中と腰へ戻り、あらためてその身をしっかりと抱き寄せる。
 むつみは満足げに微笑むと、鼻から恍惚の溜息を漏らしつつ、甘くて温かい密着キスに浸った。その心地良さに任せて、自らもきつくきつく景太郎を抱き締める。
 キスはこれからまだまだ交わすタイミングがあるはずなのに、二人とも妙に名残惜しくてならない。今度は控えめに息継ぎしながら、十秒、二十秒、三十秒と、ついつい時間をかけて密着キスを楽しんでしまう。
「…ひとまず、満足」
「…俺も」
 キスが一分を超えようかというところで、ようやくむつみはうつむくように唇を離し、陶酔の溜息の中でささやいた。景太郎もむつみと額をくっつけるようにうつむき、陶然となった意識のままに同意する。すっかりとろみがかった唾液がお互いの唇から伝い、ぽとりと胸元に滴り落ちたのだが、うっとりと惚けている二人は気付く様子もない。

つづく。

 

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