<<ラブひな>>

happiness on happiness (9)

作・大場愁一郎


 

 その表現は二人の心理的な面から見ても、決して過言ではない。景太郎もむつみも、たっぷりと時間をかけて睦み合う間にすっかり恋人気分となり、今ではそこらのカップルにひけを取らないほどに愛おしさを募らせている。お互い、いつセックスしようと持ちかけてもおかしくないくらいに気持ちは高まってきていた。
「はあっ、はあっ、はあっ…む、むつみさん…むつみさんっ…」
「はふ、はふ、はふ…ん、う、うらしまくん…んんっ…うっ、うらしまくんっ…」
 二人はペッティングに耽溺するまま求愛の声音で呼びかけ合い、感涙に潤んだ眼差しで見つめ合った。普段からは想像もできなかった互いの発情しきった困惑顔に、景太郎もむつみも濃密な愛おしさを覚え、せつなく胸を詰まらせてしまう。
 そのせつない痛みをなだめる術はひとつしかない。二人はペッティングの手を休めることなく、先を争うようにして唇を重ね合った。そのまま貪りつくように何度も何度もついばみ合い、やがてぴったりと吸い付き合ってキスの悦びに浸る。
 それでたちまち胸の痛みは和らいだが、その裏では変わることなく愛おしさが募り続けている。その情熱的な想いに、景太郎もむつみも意識は屈服寸前であった。身体もキスやペッティングによる外的刺激と、募る愛おしさによる内的刺激によって活性化を極め、男女それぞれの絶頂感が見え隠れしてくる。
 実際景太郎のペニスはこれ以上ないくらい頑強に漲り、その全長に渡って雄々しさを備えてきていた。へそを目指して悠然と伸び上がり、無骨なくらいにたくましく勃起している姿はもはや排泄器官ではなく、純然たる生殖器官である。愛おしい女に精を注ぎ込み、子を身ごもらせるための立派な男性器として、景太郎のペニスは狂おしいほどに射精欲を募らせてきていた。
 むつみもクリトリスをツンツンにしこらせ、女としての悦びを最大限に享受しようと、その感度を目一杯に高めてきている。ペニスの来訪を待ち焦がれた膣口もすっかり人恋しがり、きゅううっ、きゅううっ、と緩やかな感覚で収縮を繰り返していた。白みがかった愛液もしとどに溢れどおしとなっており、肛門はもちろん、敷いてあるバスタオルまでもがべちょべちょに濡れそぼっている始末だ。
 ここまでしっかりと交わり合う準備ができていながらも、二人はそれを切り出そうとしない。景太郎もむつみも想いはひとつにしているのだが、あまりに睦み合いの居心地が良すぎるために、そのタイミングを見出せないのである。交わる体勢を整えるために、キスやペッティングを中断するのが惜しくてならないのだ。
 身体を離して気が逸れるくらいなら、もうこのまま最後まで駆け抜けたい。
 景太郎とむつみは甘い甘いキスを介して、あらためてその想いを共通のものとした。
「ん、んんっ…ぷぁ、むつみさん…む、むつみさん、イキそうっ…」
「うんっ…わ、わたしも…ん、んんっ…ぷぁ、わたしもイク…い、イクぅ…!」
 二人はたわみ合う唇の隙間でしきりに唾液の糸を引かせながら、切羽詰まった上擦り声をいくつもいくつも口移しし合う。もちろん互いのかわいい弱音は聞き流すのみで、ペッティングの手は少しも緩まない。
 景太郎はこのまま射精してしまう不安と羞恥に苛まれながらも、むつみの愛撫に合わせて丁寧に腰を振り、ピストン運動に夢中となった。
 同じ右手であっても、やはりマスターベーションとペッティングでは、その高ぶりようは天と地ほどの差がある。しかもこうして積極的にペニスを押し付けていくと、むつみにとんでもない不埒を働いているようで、興奮と快感は倍増するのだ。そのうえで彼女の頭をかいぐりしつつ、好きなようにキスできるのだから、思春期の男心はまさに狂喜乱舞の状態であった。鼻息も下品なくらいに荒ぶってしまう。
 同時にむつみを愛撫できる興奮と、彼女のよがりようを感じられる達成感も素晴らしい。
 景太郎はもっともっとむつみを悦ばせたくて、そしてそれによって自身の達成感を深めたくて、愛撫の指先を思い切り乱暴にしてゆく。とはいえ、あくまで景太郎の中での乱暴であるから、言葉の印象ほど手荒くはならない。包皮をめくりあげて転げ回す愛撫を一旦終えると、今度は人差し指と薬指で包皮を押さえ込み、中指の先でクリトリスをノックし始める。ちょうどパソコンのキーボードを打つ要領だ。
「ああんっ!やっ、そ、それっ…それ好きっ…!す、好き!好きぃ!!」
 ぴちぴちぴち、と愛液に糸を引かせながら、上下、左右、そして真上から徹底的に女芯をいじめると、むつみは告白めいた言葉をよがり鳴きにして快感に打ち震えた。身悶えも一層激しくなり、大好きなキスも忘れてイヤイヤとかぶりを振ったり、豊満な乳房を跳ねさせるように身をよじったり、尿意を堪えるよう太ももをしきりに擦り寄せたりと、立派に成熟した身体全体で高ぶりようを露わにしてくる。
 そんなむつみの愛撫も、いよいよねちっこさが最高潮となってきた。むつみもまた、心許せる景太郎と一緒に性の悦びを極めたいと願っているのだ。
 むつみはペニスの根本付近にまで挿入の瞬間を疑似体験させると、今度はそのまましっかりと握り込み、その全長をしごき始めた。親指と人差し指でこさえた仮想の膣口はそのままに、亀頭の先端から性毛に覆われている根本まで、ストロークも大きく、テンポも速く、逸り水のぬめりに任せて大胆にしごく。その無遠慮な手つきはまるで、勃起したペニスが覚えるくすぐったさを性の悦びと認識した少年さながらであった。
「はあっ、はあっ、はあっ…い、イキそう…イキそうっ…!」
 そのうえでこまめに手の平を返し、亀頭の表面積の大きい表側、そしてクッキリとした筋の通っている裏側をまんべんなく刺激すると、景太郎は半ベソの頼りない声音となってよがり鳴いた。むつみの頭をかいぐりしていた左手も思わず髪に指を埋め、快感に打ち震えるまま、ぎゅっと抱き込んでしまう。
 それでも愛撫とピストン運動を止めないのは、もはや理性が雄性としての本能に押し潰されかけてきたからだ。せつなげな吐息に混じるよがり声は、消え入りそうな理性が鳴らす最後の警鐘でもあった。数週間ぶりであるとはいえ、むつみの前で本能に身を委ねてしまうのはやはりまだ躊躇いがあるし、なにより恥ずかしい。
 そんな臆病な男心を見透かしたわけでもないが、むつみはうっすらとまぶたを開き、潤みきった瞳で景太郎を見上げた。景太郎も半ベソに潤んだ瞳をむつみに向け、まっすぐに見つめ合う。
 欲しがりな目と、やはり欲しがりな目。発情の潤みと、やはり発情の潤み。
 同じ切望を秘めた眼差しに、景太郎もむつみも一目惚れのように惹かれ合った。お互い普段からは想像もつかないほどの淫らな面持ちであるというのに、こうして睦み合いの悦びを共有してしまうと、本当に際限なく愛おしさがこみ上げてくる。まるで、ずうっと前から恋人どうしであるかのような錯覚にさえ陥ってしまい、二人の唇は再び接吻欲に焦れてきた。
「うらしまくん…うらしまくん、イキたい…ね、イカせて…」
「む、むつみさんっ…」
 先に恋人気分を持て余してしまったのはむつみであった。
 むつみは景太郎の射精を急かすように愛撫の手を速めながら、彼と同様に半ベソの声音となって熱っぽく求愛した。その言霊に男心が撃ち抜かれるなり、景太郎はたちまち胸の疼痛を覚えて息を呑んでしまう。過剰な興奮のために愛おしさが殺到し、胸が張り裂けんばかりとなったのだ。
「一緒がいいの、一緒にイキたいのっ…ねえうらしまくん…うらしまくんっ…」
「むつみさん…むつみさん、むつみさんっ…!」
「んっ、んんんっ…!」
 むつみからの立て続けての求愛に、とうとう景太郎も恋人気分に酔いしれてしまった。今は誰よりも愛おしいと思えるその名を夢中で連呼すると、津波のような勢いでむつみの唇を奪い、思うがままについばみかかる。
 そんな怒濤のごときキスでもむつみは拒んだりせず、かわいい鼻声でうめきながら嬉々として応じた。仲睦まじくついばみ合って、吸い付き合って、二人それぞれ無我夢中で焦れた唇をなだめ合う。
「ふう、ふう、ふう…ん、んんっ…んっ、んっ、んっ…」
「すふ、すふ、すふ…んぅう…ん、んふっ…んん、んっ、んっ…」
 バードキスで接吻欲を落ち着けたら、二人は阿吽の呼吸で舌を寄り添わせ、淫らに絡め合わせていった。お互い舌の疲れはだいぶ癒えていたから、景太郎もむつみも積極的にディープキスを欲張ってゆく。
 ペッティングで高ぶっているせいもあり、舌と唇の心地良さは驚くほどであった。景太郎もむつみもペッティングに励みながら、大きく伸びやかに舌をくねらせ、とろみがかってきたお互いの唾液をじっくりと攪拌してゆく。二枚の舌は唾液まみれのままでトロトロに溶け出し、ひとつになってしまうかのように気持ちいい。
 そんなディープキスの快感とペッティングの快感が同時に中枢に流れ込んでくると、景太郎もむつみも平静ではいられなくなった。ペッティングの右手でありったけの愛おしさを持ち寄り、それをディープキスで分かち合って、どこまでもどこまでも悦に入る。
「んうっ!んうっ!んううっ…!ん、んんんっ…!!」
「んっ!んっ!んんんっ…!んんっ!んんっ…!!」
 景太郎はペニスを満たしてくる不穏な射精欲に。
 むつみはクリトリスを中心として、そこから身体中へと広がってゆく高揚感に。
 それぞれゾクゾクと身震いしながら、鼻にかかった上擦り声で盛大によがり鳴く。
 見え隠れしてきた絶頂感におののきながらも、それを希求して止まない本能に、とうとう二人は一切を委ねてしまった。景太郎は純然たる雄性として、むつみは純然たる雌性として、最大限に性の悦びを享受しようと躍起になる。
 そんな無我の境地の中から、先に絶頂感に達したのはむつみの方であった。
「んっ!んんっ!んんぅうううっ…!!んふっ!んっ!んんんっ!!」
 ディープキスで口を塞いだままのむつみは、身も心もとろけそうなほどに甘ったるい鼻声で何度も何度もよがり鳴き、ガクガクとその身を打ち震えさせた。膣口はいきむようなよがり鳴きに合わせて力任せにすぼまり、指先でひとすくいほどずつ愛液を噴出させる。
 そんなむつみの絶頂に誘われるよう、景太郎の理性の堰も決壊を迎えた。
「んんっ!んっ!んんんっ…!!んっ!んんっ!」
 少女のようなかわいいよがり鳴きに合わせて、一撃、二撃、三撃、四撃。
 怒張を極めたペニスはたくましい脈動を繰り返し、濃厚な精液を思い切りよく飛沫かせた。びゅううっ、びゅうっ、と音まで立てて噴出した精液はその量も驚くほどであり、たちまちむつみの手の中から溢れ、バスタオルにぽたぽたと滴り落ちてゆく。
「すふ、すふ、すふ…んぅ、んぅう…ん…」
 心ゆくまで精を放つと、景太郎は汗ばんだ鼻で深呼吸しつつ、数週間ぶりの絶頂感に恍惚となった。ぼうっと惚けた意識のままでディープキスの舌を戻すと、今度は一方的なバードキスでむつみの唇に甘えかかってゆく。
 気持ち良かった。本当に気持ち良かった。
 射精自体の心地良さはもちろん、やはり愛おしい異性と睦み合えた満足感がなにより大きい。マスターベーションでは絶対に得られない達成感で、どこまでも胸が空いてくる。
 さらにむつみが射精を遂げてなおゆっくりとペニスをしごき、最後の最後まで余韻を味わわせてくれるのも嬉しかった。亀頭は絶頂感に酔ってくすぐったく痺れているが、それでも射精したてで熱々の精液を塗り込むようにしごかれると、噴出しきれなかったぶんもトロトロと滲み出てきて本当の本当に気持ちいい。
 おかげで満ち足りたはずの男心も浮かれてしまい、ついついキスを欲張ってしてしまう。
 絶頂を迎えた直後のキスは、今までのそれとは比較にならないくらいに甘美であった。その格別な味わいに、景太郎は時間を忘れてむつみに甘えかかってしまう。燃えに燃えて燃え尽きたはずなのに、絶頂の余韻とキスの心地良さで、今もまだむつみが愛おしい。愛おしくてならない。
 そんな景太郎にも引けを取らないくらい、むつみは絶頂の夢心地に酔いしれていた。
「すぅ、すぅ、すぅ…ん、んぅ…ん…んふっ…」
 むつみは射精疲れを労るようにゆったりとペニスを愛撫しながら、景太郎の一方的なキスにしおらしく応じている。絶頂の余韻どころか、今なお持続している絶頂感に陶然となっているのだ。
 軽めの絶頂ではあったものの、雌性の本能は中枢を開け放ち、絶頂感をあるがままに享受してくる。エクスタシーにまで達したわけではないが、それでも気持ちいいという感覚以外に認識できない。意識は徐々に回復しつつあったが、それでもストロボの点滅のように失神と覚醒を繰り返しているため、まだまだ思考はおぼつかなかった。
 ただ絶頂に達した後でも、こうしてのんびりとじゃれあっていられる現実は心から嬉しかった。愛欲も完全燃焼を遂げ、女心には晴れやかな満足感と、持て余しそうなくらいの幸福感が溢れ返ってくる。
 そのためにむつみはすっかり蜜月気分となり、やがて自身も積極的にバードキスを欲張っていった。あくまで景太郎のリードに任せたまま、時折ささやかな笑声を口移ししたりして、イチャイチャと事後の睦み合いを満喫する。
 上唇、下唇、また上唇、と代わりばんこでついばみ合ったり。
 無防備に差し出した唇を甘噛みで割り開き合ったり。
 あるいはお気に入りの角度でぴったりと唇を重ね、優しく吸い付き合ったり。
 事後のものとは思えないくらい情熱的に唇を求め合ってしまう二人であったが、さすがに五分もだらだらとキスしていると、絶頂の余波もあって程良くくたびれてくる。最後に景太郎は唇をすぼめると、むつみもそれに倣い、ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ、とキツツキのように突っつき合って、長い長いキスを終えた。
 幸せいっぱいといった風にキスを終えたものの、幸せそうに相好を緩めるむつみとは裏腹に、景太郎はなんとも気まずそうな面持ちで視線を逸らしてしまう。顔を上げた弾みで、精液まみれになっているむつみの右手やバスタオルを目の当たりにしてしまい、恥ずかしいやら気の毒やらでいたたまれなくなったのだ。
「…いっぱい出ましたね」
「…ごめんなさい…汚くしちゃって…」
「そんな、汚くなんてないですよ。精液って、命の源なんですから…汚いどころか、すごく清らかなものだって思いませんか?」
「き、清らかだなんて…で、でもまぁ、汚いってことはないのかな…」
 むつみはかぶりを振って景太郎を諭すと、ようやく愛撫の手からペニスを解放し、精液でベトベトになっている右手の平を陶酔の眼差しで眺めた。景太郎はむつみの言葉に照れながらも、そのぶん沈んだ気持ちがほぐれたから、少しずつ笑みを取り戻してくる。
 数週間に渡る禁欲生活を余儀なくされていただけあって、景太郎が放った精液はさすがに濃厚であった。色はカスタードクリームのような黄色みを帯びており、粘度は逸り水よりもはるかに強い。見るからにこってりとしていて、精子の密度も高そうだ。
 まさに愛おしい景太郎の生命力が濃縮されているようで、むつみはついつい陶然となってしまう。なまじっか睦み合った直後だけに、その感慨はひとしおであった。景太郎が睦み合いで高ぶった証だと思うと、もう嬉しくて嬉しくて、自ずと相好も緩んでくる。
「えへへ…やっぱり、むつみさんだ」
「はい?」
 むつみが枕元のティッシュペーパーに左手を伸ばしたところで、やおら景太郎ははにかみ半分の声音でそうつぶやいた。むつみはティッシュペーパーを適当に引き出しながら、きょとんとなって景太郎を見つめる。
 視線を泳がせていた景太郎はいつしかむつみを眺め、あどけなさの残る優面を照れくさそうにほころばせていた。その自然な笑みに誘われるよう、むつみも柔和に微笑む。お互いの体液や汗を拭うために引き出したティッシュペーパーも、思わずその意味を置き去りにしてしまう。
「むつみさん、さっきまですっごいエッチな顔してて、まるで別人みたいだったんだけど…いつのまにか普段どおりにニコニコしてるから、ちょっと安心しちゃって」
「あらあら…わたし、そんなにすごい顔してました?」
「してましたよっ。真っ赤になって、泣きベソかいてるみたいにしてました」
「んぅう…確かに、さっきは我ながらいっぱいみだれちゃいましたから…んふふっ、ちょっと恥ずかしいです…って、あ、あら?あらあらあら…」
「おわーっ!?ちょ、むつみさん、何やってんですかっ!?ティッシュティッシュ!」
 むつみは景太郎の指摘に頬を染めて恥じらうと、その火照った頬を思わず右手で包み込んでしまった。ついいつもの癖が出たのだが、そのためににこにことした朗らか笑顔は、たちまち景太郎の精液でべちょべちょになってしまう。
 そんなアダルトビデオさながらの淫猥状態となりながらも、むつみは少しも狼狽えることなく、ただぱちくりとまばたきして苦笑するのみだ。逆に不埒を働いたわけでもない景太郎の方が狼狽えてしまい、無造作にティッシュペーパーを引きむしると、むつみの遠慮を押し切って彼女の顔を拭い始める。
 頬からあごにかけて。鼻筋から口元にかけて。そして髪の一部からも。
 決して塗り広げたりせぬよう、景太郎はむつみの柔肌から慎重に精液を拭き取っていった。うっすらと残った精液が乾いてカサカサになってくると、額や胸元の汗なんかも利用して丁寧に拭き取る。恥じらいいっぱいといったむつみの素顔が元通りきれいになってくると、男心もささやかな達成感で満たされてきた。
 そんな初々しい男心とは裏腹に、むつみの女心は景太郎に余計な手間をとらせていることが気の毒でならなかった。そのせめてものお詫びになればと、むつみは顔を拭いてもらいながら、自らも引き出したままにしていたティッシュペーパーで景太郎のペニスを拭い始める。
 あれだけたくましく勃起していた景太郎のペニスも、興奮の血潮が引くのに合わせて、少々くたびれたようにうつむき加減となってきた。ツヤツヤのパンパンに張り詰めていた亀頭はふんわりと縮こまり、幹もやんわりと和らいでいる。まだまだ熱を孕んでいて、それなりの大きさも保ってはいるが、剛直を極めていた頃から比べると剣呑さはすっかり失せていた。その差異はまるで二重人格である。
 そんなペニスの性質をむつみは十分にわきまえているから、ペッティングの大胆な手つきとは一転、小鳥を愛でるかのような優しさでペニスに接していった。強引に摘み上げたりせず、右手で下から捧げ持ち、左手のティッシュペーパーに精液を含み取らせてゆく。
「本当にごめんなさい…わたしったら、ついうっかり…」
「べ、別に謝ることないですよっ…俺こそ、突然変なこと言ってごめんなさい…。それでむつみさん、こんなことになっちゃったんだし…」
「そんな、浦島くんの方こそ謝らないでくださいっ。わたしがおっちょこちょいなのがいけないんですから…」
「い、いや…お、俺こそむつみさんの手に出すだけ出して、拭こうともしなかったのがそもそもいけないんだし…」
 むつみはバスタオルにこぼれ落ちた精液もまとめて拭いつつ、すまなそうに表情を翳らせて詫びた。景太郎も作業の手を止めることなく小声で詫びる。
 そうこう責任を奪い合っていると、些細なやり取りはいつしか微笑ましい謝罪合戦へと発展していった。
 良く言えば思いやりに溢れていて、悪く言えば卑屈なくらいの二人であるから、こういった展開は日常茶飯事である。責任のなすりつけ合いと違って醜くはないが、それでもこの調子で譲り合っていれば、いつまで経ってもきりがないことには変わりない。
 そんな似たものどうしの言い争いであったが、今は心ゆくまで睦み合った後である。詫びの言葉なんかよりも、ずっと相応しい言葉があった。
「じゃあ、逆に…」
「は、はい…?」
 先にその言葉に思い至ったのはむつみであった。
 景太郎に顔中の汗まで丁寧に拭き取ってもらってから、むつみはまっすぐに彼を見つめてそう切り出した。たっぷりと精液と汗を含み、独特のにおいを放ち始めたティッシュペーパーの扱いに苦慮しながら、今度は景太郎がきょとんとなって応じる。
「…ありがとう、浦島くん」
「あ…」
 いつもの朗らか笑顔からさらに目を細めて、むつみは幸せいぱいといった風にそう告げた。その言葉を聞いた途端に、景太郎の男心を満たしていた達成感は歓喜の想いとなって弾け、彼に言葉を失わせる。
「いっぱいわがまま言っちゃいましたけど、いっぱい応えてくれましたよね。それに、今もこうして面倒を見てもらって…本当にありがとうございます」
「え、いや、そんな、あらたまらなくても…お、俺の方こそ、むつみさんに感謝しなきゃ…。女の子とイチャイチャするの初めてだから、すっごい気分転換になったし…その、なによりすっきりできたし…ほ、本当に、ありがとうございます」
「うふふっ…」
 むつみに素直な謝辞を重ねられて、景太郎はたちまちはにかみしきりとなり、真っ赤に頬を火照らせて自らも謝辞を返した。謝罪合戦が一転、謝辞の応酬となったことが妙におかしくて、むつみは小さく吹き出して微笑む。ちょうど自身の股間のぬめりを拭い始めたところであり、くすぐったいような照れくささもひとしおとなったのだ。
 ごめんなさいも、ありがとうも、人と人との絆を育むための大切な言葉である。
 それでも睦み合う場に相応しいのは、やはり後者であろう。胸に募った歓喜や幸福感を分かち合いたいと願う原動力は、思慕の気持ち、慈愛の気持ち、そして感謝の気持ちなのだ。この三つのぬくもりを本能的に求めるからこそ、人は恋にその身を焦がし、愛で真心を強くできるのである。
「…浦島くん」
「うん…」
 むつみは拭き終えたティッシュペーパーを両手でおにぎりのようにひとまとめにし、景太郎からもそれを受け取りながら、そっと彼を呼びかけた。
 そのまま目を伏せて唇の無防備を極めるので、景太郎も彼女と同様に目を伏せ、極めて自然な所作で唇を重ねる。
 ふんわりと薄膜をたわませ合うだけの小さなキスであっても、お互いの想いを行き交わせるには十分であった。ごめんなさいと詫びたい気持ちも、ありがとうと感謝したい気持ちも、それだけですべて伝わり合ってしまう。キスを終えた二人は愛おしげに見つめ合い、幸福感に満ち足りた笑みを浮かべた。
「少し一休みしましょ…?」
 むつみはそう言うと、おにぎり状にまとめたティッシュペーパーを左手にし、そのままロフトベッドの柵の向こうへまっすぐに落とした。ティッシュペーパーの塊は二人分の体液をたっぷりと含んでいるために、ぽとん、と結構な音を室内に響かせる。
「…むつみさんったら、どこか邪魔にならないところにでも置いておけばいいのに。もしかしたらフローリングだって汚れちゃうかもしれないでしょ?」
「うふふ、大丈夫。ちゃんとこの下に屑籠が置いてあるんですから。覚えてませんか?」
「あ、そういえばそうでしたっけ?」
 行儀の悪さをたしなめた景太郎であったが、むつみは揃えた右手の指先で口元を隠すと、得意満面といったにこにこ顔であっさりと切り返した。
 言われてみれば確かに、この部屋には小さな屑籠があった。先程スイカを切ってもらっている間に見渡した光景を思い返して、たちまち景太郎も納得がいく。ベッドでティッシュペーパーを使ってもいちいち階下へ捨てに行かなくて済むように、むつみもちゃんと考えて配置していたのだろう。
 そのさりげない生活の工夫に感心して、景太郎はついつい仰向けのむつみの上に身を乗り出し、柵の向こうを確認した。むつみも寝返りを打つように身をひねり、景太郎と一緒に様子を確かめる。
 確かに、ロフトの下には小さな屑籠が置いてあった。しかしティッシュペーパーの塊は屑籠に収まることなく、その十センチほど横のフローリングに落ちていた。しかも二人分をひとまとめにしていたのが、まるで壁に投じて砕けた雪玉よろしくばらばらと散らばっている始末である。
「…あらあら」
「あらあら、じゃないですよっ!入ってないじゃないですかっ!」
「あ、きっとあれですよ。ティッシュって軽いでしょ?だからストーブで暖められた空気に乗って、ひらひら〜っと」
「いやいや、ぽとんって落ちた音までしてましたし!なんで真下なのに外すかなぁ…」
「んぅ…じゃあきっと変化球になっちゃったんですよ。ボウリングと一緒で、ついついカーブをかけちゃったんです」
「いやいや、まっすぐ落とせばいいんだから、わざわざ変化させる必要ないでしょ!ストレートど真ん中でいいじゃないですかっ!」
 むつみは意にも介さずにこにことしながら、一方で景太郎は苦笑しきりとなりながら、それぞれ他愛もないおしゃべりに気持ちを和ませる。
 男女間のおしゃべりであっても、ピロートークはやはり格別に楽しいものだ。
 景太郎もむつみもおしゃべりは大好きであるが、こうして裸で寄り添って睦言を重ねていると、お互いの心の風通しは良くなるばかりであった。親近感はますます深まり、イチャイチャと睦み合いたい性衝動も、まるで生理現象のように何気ないものになってくる。口実を設けることなく一緒にいたいと願い、二人きりならいつでもキスや抱擁を楽しみたいと望んでしまうようにさえなってしまいそうであった。
 そんな若々しい性衝動に突き動かされるまま、景太郎は乗り出していた身を再び横臥させ、率先して腕枕しようと左手をむつみの首筋に忍ばせた。むつみは嬉々として頭を持ち上げると、左手で髪を寄せながら景太郎の左腕を導き入れる。
 景太郎が枕の下端に二の腕を添わせて寝そべれば、それだけで腕枕の準備は万端だ。むつみはそれに合わせて横臥し、嬉々として景太郎の腕枕に甘えかかる。
 仲良く半分こにしている枕自体は決して大きくはないが、こうして腕枕を用意してもらえたら窮屈感はだいぶ緩和される。むつみはまさにご満悦といった風に目を細め、夢中で景太郎の腕枕に頬摺りした。
 そのくすぐったさに相好を緩めながら、景太郎は左手でむつみの肩を抱き、そのまま右手でも彼女の腰を抱き寄せる。むつみも左手で景太郎の肩につかまれば、それで二人は横臥で向かい合い、裸身をぴったりと重ね合う格好となった。裸の抱擁がもたらす優しい肌触りとぬくもりに、二人は幸せいっぱいといった風に満ち足りた溜息を吐く。
「ねえ、浦島くん…わたし、気持ちよくできてました?」
「ええ、すごく…。もう本当に気持ちよくって、すっきりして…それで、その、あんなに出ちゃったんだし…む、むつみさんは?その…最後まで気持ちよくなれました?」
「ええ、わたしも本当に気持ちよかったです。すっごいのまでは来てませんけど、ちゃんとイッてたんですよ?浦島くん、気付きませんでした?」
「え、本当に…?だったらその時の顔、もっとしっかり見とけばよかったなぁ」
「ああん、だめだめっ。女の子のイクときの顔なんて、しっかり見ちゃだめです。恥ずかしいんですからっ…」
 景太郎もむつみも先程の睦み合いの感想を種にして、ピロートークに花を咲かせる。
 普段からおしゃべり好きな二人ではあったが、昨日まではまさかこんな話題で盛り上がることになろうとは、ついぞ夢にも思っていなかった。
 それでも心ゆくまで睦み合った今では、もうずうっと前から恋人どうしであったかのように言葉が弾む。少しくらいの照れくささや気恥ずかしさは、もはや二人の親密度を深めてくれる貴重な要素となっていた。
「…むつみさん」
「うらしまくん…」
 しばし他愛もなくピロートークを楽しみ、なんとなく話題が途切れたところで、二人は世界中で誰よりも愛おしい名前を呼び合った。そのまま寝入るような安らかさで目を伏せ、そっと唇を重ねる。
 初めはふんわりとついばみ合うように、ひとつ、ふたつ、みっつ。
 そして、軽く吸い付き合うように、ひとつ、ふたつ、みっつ、もっともっと。
 ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ、と甘やかな水音をベッドいっぱいに満たしながら、二人は新婚初夜の夫婦同然の仲睦まじさでキスと抱擁に耽ってゆく。
 休憩のときにかけるつもりであったバスタオルは、もはや景太郎もむつみも忘却の彼方であった。なにより裸の抱擁こそが至上の憩いのように思えて、結局二人は一休みするつもりすらも有耶無耶にしてしまう。
 景太郎はむつみの肩から背中、そして脇腹から尻にかけてを右手で丹念に撫でさすり、その優しい手触りをあらためて満喫していった。きめの細かいもち肌は汗ばんでいてなおすべらかであり、そのうえぷにゃぷにゃと柔らかく、撫で心地はすこぶる良い。
 特にむつみの尻は女としてのまろみが充実しているから、こうして撫でているだけでも陶酔の溜息が漏れるほどだ。逆さハート型にグラマラスなカーブを描いているむつみの尻は、きっと同年代の中では大きめの部類であろう。景太郎も大人の色気を存分に帯びているむつみの尻が大好きだから、愛撫の手もついついそちらにばかり集中してしまう。
 また、むつみは尻ばかりでなく、乳房も極めて発育良好だ。もちろん景太郎は腕枕している左手でしっかりとむつみの肩を抱き寄せ、豊満な乳房の柔らかみを胸いっぱいに堪能している。抱き合う身体の間で柔軟にたわむ感触は、まさに至上の心地良さと断言できるくらいだ。
嬉しい…こんなに色っぽい人と…むつみさんと、イチャイチャできるなんてっ…!
 身に余る果報を心中で噛み締めるなり、景太郎はきつくきつくむつみの身体を抱き締めた。独占欲と愛欲が胸中でない交ぜとなり、男心が熱く熱く奮えたのだ。そのためにぐったりと脱力しかけていたペニスにも、再び興奮の血潮が巡り始める。
「む、むつみさん…ん、んんぅ…ん、むつみさん…んっ…むつみさんっ…」
「ん…ん、んんっ…んふふっ…うらしまくんの、甘えんぼっ…」
 景太郎は愛おしさのままにその名を連呼しつつ、執拗なバードキスで愛欲をなだめてゆく。それでもなお男女の一体感は満たされず、やがて右足のつま先をむつみのそれに擦り寄せてじゃれつき始めた。
 そんな欲張りな景太郎が微笑ましくて、むつみは愛おしさからの揶揄をバードキスで口移しする。じゃれつかれるつま先でも、足の甲を摺り合わせたり、あるいは小さな足の指どうしを組み合わせようとしたり、嬉々として景太郎に応戦してゆく。
 一方で景太郎の肩につかまっていた左手は彼のうなじや背中へと伸び、引き締まった男の裸身をしきりに撫で回していった。景太郎の身体は余計な脂肪分が少ないから、首筋や肩、それに二の腕にもだらしないぷにゃぷにゃ感が無く、いわゆる男らしさに満ち満ちている。それでいながら、肌は温泉住まいもあって女のようにスベスベであり、その優しい手触りは申し分ない。
 特にむつみのお気に入りは景太郎の胸板である。景太郎の胸はそこそこに厚みがあって頼もしく、なによりすこぶる温かいから、まさに抱かれ心地は最高であった。豊満であるぶん冷えやすい乳房もほこほこと温まってくれば、心身ともに安堵感が広がってきて実に心地良い。
 こうして抱擁のぬくもりとキスの悦びに耽っているうちに、再び景太郎のペニスは勃起をきたし、むつみの下腹をグイグイと押圧し始めた。むつみは嬉し恥ずかしい気持ちをそのまま陶酔の溜息にして吐き出すと、景太郎の血気盛んなセックスシンボルを右手で握り込み、その佇まいとぬくもりをじっと感じ取る。
 景太郎のペニスは、普段は包皮の内側へ隠れてしまいそうなほどにかわいらしいが、ひとたび性的興奮を覚えたらたちまち雄々しくそそり立ってしまう。息を呑むほどに大きいわけではないが、それでも膨張率で言えばかなりのものになるだろう。
 長く、太く、固く勃起したペニスは無骨で剣呑な佇まいではあるが、それでもむつみが愛おしさを覚えるには過不足のないものであった。特にペッティングで最後の最後まで愛し抜いたがために、今ではその想いもひとしおである。
浦島くん、こんなに興奮してくれてる…。嬉しい…本当に嬉しいです、浦島くんっ…
 身体全体で感じる景太郎の高ぶり様に、むつみは心中で歓声をあげた。くすぐったいほどの歓喜の想いに突き動かされるまま、右手は景太郎のペニスをゆったりとしごき立て、バードキスも少しずつついばむ時間が長くなってゆく。ついばみかかって吸い付いては、またついばみかかって吸い付き、やがて二人のキスはぴったりと隙間無く唇を重ね、そのぬくもりだけをじっと楽しむ密着キスとなってしまう。
 思い付くままにじゃれ合っていた右足も、踵を触れ合わせたり、あるいはふくらはぎを摺り合わせたりして、ついにはお互い右どうし脚を絡め合って抱擁のひとつとした。絡め合ってなおふくらはぎをすりすりと摺り合わせてしまうのは、そのすべらかな感触が何とも言えずに心地良いからだ。景太郎は体毛が薄い方であり、脚も女のようにスベスベであるから、むつみとしても大歓迎なのである。
 こうしてぴったりと抱き合い、密着キスを維持したまま、二人はしばし睦み合いの悦びに浸った。鼻で息継ぎしながら、一分、二分、三分と男女の密着感に酔いしれていくうちに、二人の性の衝動は甘々の放蕩漬けとなってしまう。自ずと胸中には、再び狂おしいほどの愛おしさがこみ上げてきた。
「…あ、あの…むつみさん…」
「はい…?」
 こうして五分ほどもぬくもりを分かち合ったところで、景太郎はゆっくりとキスを終え、思い詰めた声音でむつみを呼びかけた。むつみは陶酔の溜息混じりに深呼吸しつつ、愛おしげに景太郎の瞳を見つめて応じる。
「俺…俺、むつみさんが好きです…」
「えっ…?」
「むつみさんが好きですっ…俺、むつみさんのことが好きですっ…!」
 景太郎は顔中どころか耳まで真っ赤にすると、胸に募りきった愛おしさを言霊に託し、無我夢中でむつみにぶつけた。これにはむつみもきょとんとなって両目をぱちくりさせてしまうが、景太郎はお構いなしに彼女を抱き締め直し、目一杯に思慕の情を込めて再び唇を奪う。
好きです、好きです、好きですっ、好きですっ…!
 まっすぐな告白の言葉を心中で祈りのように繰り返しながら、十秒、二十秒、三十秒。
 結局一分ほども密着キスに想いを込め、景太郎はようやく唇を離した。今までのじゃれ合うキスとは違って、唇にはくすぐったく痺れるほどの余韻が残ってしまう。
 一方でもどかしいような焦燥感は癒える様子もなく、いまだに胸は痛んだままであった。そのために景太郎はむつみの顔を直視できなくなり、心持ちうつむいて溜息を吐く。
 景太郎がこうして異性に想いを告白したのは、物心付いてからはこれが初めてであった。
 小学校高学年から中学校の三年間、そして高校の三年間での景太郎の恋愛経験は、結局すべて片想い止まりであった。想いを寄せても行動に移すことができなかったのだ。
 これは気性の穏やかな性格が彼を極度の引っ込み思案にし、慢性的な自信喪失状態にまで陥らせていたためである。そのぶん同性にはからかわれ、異性には敬遠されることとなり、日毎に自信を失ってゆくこととなった。
 この悪循環の中で、景太郎はすっかりモテない男になっていったのだ。プリクラ収集を始めたり、箔を付けたい一心で東大進学を志したりしたのもこの境遇のためである。肉体的、精神的に打たれ強くなったのも、そんな境遇のおかげといえるかもしれない。
 しかし、ひなた荘に来てからは、景太郎自身でも生まれ変わったと思えるほどに日々の充実感を覚えられるようになってきた。もちろん初めは個性豊かな住人達との接し方に戸惑ったり、慣れない管理人業務に根を上げそうになったりもしたが、それも今では自身の幼稚さが原因だったと苦笑できるくらいだ。かねてより打たれ強さを備えていた肉体と精神はひなた荘で一躍の成長を遂げ、雄性としての自信や自尊心をも取り戻すことができたのである。
 そんな自分自身のすべてを裏打ちとして、景太郎はむつみに告白したのだ。決して出任せや気まぐれではない。確たる思慕の情を感じての、純真無垢な告白であった。
 似たものどうしで気の合うむつみには、今まで気が置けない間柄として接してきて、異性として惹かれるところがたくさんある。気性が穏やかで、思いやりがあって、家庭的で、かわいくて、スタイルも良くて、他にも、他にも。もちろん贔屓目もあるだろうが、挙げていけばきりがなくなるくらいだ。
 だから、恋人どうしという関係になりたいと願ってしまうのは自然なことであった。たとえ高望みだと言われようとも、特別な好意を寄せている事実だけは伝えたかったのだ。
 好きで、好きで、どうしようもないくらいに大好きで。
 だけど返事が不安で、不安で、どうしようもないくらいに不安で。
 景太郎は枕の上でうつむいたきり、顔を上げることができなかった。想い人をきつく抱き締めている両手はジットリと汗ばみ、ドキドキと耳鳴りまで聞こえてくる。
 そんな景太郎の胸の高鳴りを抱擁の中で感じながら、やがてむつみははにかみ混じりの苦笑を浮かべた。そのまま左手で景太郎の背中を抱き寄せ、愛おしむよう前髪ごしに額どうしを摺り合わせる。
「浦島くん…告白する相手が違うでしょ…?」
「えっ…あ…う、ううう…」
 むつみがそうささやくなり、景太郎は叱られた子犬のようにビクンと身体を震わせた。 幼子を諭すようなむつみの言葉は、決して理解に苦しむようなものではなかった。それでも景太郎の心中は混迷を極め、言葉を紡ぎ出せなくなってしまう。耳鳴りも早鐘のような動悸となり、自身の鼓動がはっきりと体感できるようになってきた。
 結果として想いを拒絶されたわけであるから、目一杯の勇気を振り絞った景太郎としては、どうしても男心が失意のどん底に沈み込んでゆく。想いを告白したのも初めてなら、こうしてふられたのも初めてであるから、もう恥ずかしいやら情けないやらでどうにも居たたまれない。ましてや相手は受験勉強仲間のむつみであり、顔を合わせる機会は毎日のようにあるはずだから気まずさもひとしおである。
 そんな失恋の悲哀もさることながら、暗雲のごとく胸中に満ちてきた罪悪感が、なにより景太郎を狼狽えさせる要因となっていた。むつみの言葉ひとつで景太郎は一人の女の面影を思い出し、たちまち良心の呵責に苛まれてきたのである。
 その少女は誰あろう、成瀬川なる。景太郎が真剣に想いを寄せ、願わくば恋人として結ばれたいと切望していたはずの女だ。
 真夏の海を渡る風のように爽快な彼女の笑顔を、景太郎は今の今まできれいに忘れ去っていた。それどころか、一途に抱いてきたはずの思慕の情をあっさりとむつみに向けてしまっていた。なるではなく、むつみをただ一人の想い人と認識していたのだ。
「…浦島くんは錯覚してるんです。エッチすると相手に情が移って、この人のことが好きなんだって思い込んじゃう事があるんですって。だから浦島くんも、きっとそうなってるだけなんですよ。本当の好きって気持ちは、ちゃんと胸の奥にしまってあるはずです」
「んぅ…」
 抱き寄せている景太郎の背中を左手で優しく撫でさすりながら、むつみは悪夢にうなされた幼子をあやすような物腰でそう言い聞かせた。狼狽しきりの景太郎はむつみの抱擁に身を委ねるほかになく、相槌すらも打てない。
 むつみの発言は出任せでも方便でもなく、きちんとした科学的根拠に基づいたものだ。
 人間は性的絶頂に達すると、ドーパミンやセロトニンといったホルモンを分泌し、それによって快感や安堵を覚えるようになっている。中でもセロトニンには、セックスのパートナーを無条件に信頼させる副次的効果があるのだ。セックスで恋人どうしや夫婦の絆が深まるのは、このホルモンのおかげとも言える。
 それは必ずしも無償の愛情を注ぎ合うセックスである必要はなく、単なる興味本位のセックスであっても同じである。好きなように睦み合って、それでお互いに絶頂へ達することができれば、自ずと不思議な愛着が湧いてしまうようになっているのだ。これはまさに、セックスフレンドという関係がこの世に存在しうる所以に他ならない。
「…浦島くんが好きなのはなるさんでしょ。さっき教えてくれたじゃないですか」
「あ、あれは、その…」
「あれは、うそ…だったんですか?」
「う、うそじゃないですっ、成瀬川のことは本当に好きだし…でも…でも俺、本当に…本当にむつみさんのことも、その…う、うううっ…」
 無我夢中となっていても、そこまで言い放ってしまうと、さすがの景太郎もいかに自分がわがままを振る舞っているかに気付く。
 にこにことした朗らか笑顔のまま、おどけ半分であしらうむつみを前に、景太郎はたちまち羞恥極まってきつく目を閉じた。童顔は耳まで茹だったように真っ赤となり、涙腺までもが危なっかしく震えてくる。
 景太郎にしてみれば、なるもむつみも比較しようがないくらいに好感を覚えているのが事実だ。なるとむつみでは嗜好や性格はまったく違うが、それぞれに魅力的な部分があると思っている。なにより双方とも彼氏がいないのが不思議なくらいにかわいいし、プロポーションにしても申し分ない。二人が親しい友人であること自体、景太郎には奇蹟のように思えるくらいなのだ。
 だからタイミングさえ合えば、どちらに想いを告白してもおかしくはなかった。たまたまこうして睦み合い、ぐっと愛おしさを募らせたぶん、景太郎はむつみに告白してしまったのだ。
 今こうして睦み合った相手がなるであったとしても、やはり景太郎は同様に告白していたことだろう。相手を愛おしく思う気持ちが胸中から溢れ、言霊に託してしまうまでには小難しい理屈などいらないのである。
 小難しい理屈はいらないとはいえ、今の景太郎の無節操さを世の男どもが知ったら、きっと彼は袋叩きの目に遭ってしまうことだろう。ましてやなる本人が知ったとしたら、真夏の海を渡る風のように爽快な笑顔は一転にわかにかき曇り、真冬の夜闇を切り裂く稲妻のような鋭い眼光で睨み付け、心底から軽蔑するに違いない。
 そんな現実が自分ながらも容易に想像できたがために、景太郎は羞恥極まってしまったのだ。もちろんその羞恥はキスを交わすときのように嬉々としたものではなく、居場所が見つけられないほどの息苦しいものである。
俺って、なんて身勝手なんだろう…成瀬川にも、むつみさんにも…
 優柔不断な自分自身にたまらない軽薄さを感じて、景太郎は心中で自責の言葉を吐いた。それに呼応して良心の呵責が激しさを増し、罪悪感は一層深まってくる。元気いっぱいに勃起してきたペニスも、今の彼の男心を示すように、みるみるうちに萎縮していった。
「…うっ、うううっ…」
「あら、あらあら…?ちょ、浦島くん、どうしたんですか?」
「おっ、俺、自分が情けなくって…自分の気持ちばっかり優先して、成瀬川のことも、むつみさんのことも好きだなんて…こんな優柔不断で、いい加減で、どうしようもない男なんか、最低最悪じゃないですかっ…」
「…浦島くんは、ちょっと気持ちがぐるぐる迷っちゃっただけです。この世にたった一人だけしか好きになれない人って、きっとどこにもいませんから…ね、どうか自分を悪者にだけはしないで。大丈夫ですから…本当に大丈夫ですから…」
「ぐす、ぐすんっ…ん、んぅ…ううううっ…」
 胸いっぱいの愛おしさが、それを押し退けるように膨れ上がってきた罪悪感で押し潰されてしまい、とうとう景太郎は涙声でぐずり始めた。これにはさすがのむつみも両目をぱちくりさせて驚いたが、すぐに景太郎の心境を悟り、そっとその身を抱き寄せて彼を勇気付けようと躍起になる。
 とはいえ、無理に泣きやませようと闇雲に声援を送るわけではない。むつみは景太郎の思い詰めた男心をそのまま認めて受け入れながら、あくまで要点についてだけをしっかりと言い聞かせた。抱擁も寄り添って孤独感を払拭させるのみならず、左手で繰り返し繰り返し背中を撫で、むしろ泣きじゃくりやすいようにする。
 涙は体内のストレスを排出してくれるものだから、泣きたいときには心ゆくまで泣いた方がいい。とにかく泣きやむように頼み込んだり、元気を出せとかしっかりしろとかの無責任な激励はかえって相手を追い込むことになるのである。
 とはいえ、むつみもそんな理屈があって景太郎に接したわけではない。彼女の場合は、素直にそうしたいと思ったから自然とそう振る舞っただけだ。心理カウンセラーの基礎講座を受講したことがあるわけでもなんでもない。
 ともかく、そんなむつみの気遣いに安心して、景太郎はしばしぐずぐずと声を震わせて泣いた。自身の優柔不断さを責めはしたものの、やはり人恋しさには抗えず、両手はきつくむつみを抱き締めてしまう。
 今はひたすら彼女に甘えたい一心であった。思うがままに振る舞わせてほしいといった物質的な甘やかしではなく、ふいに沈み込んだ男心を少しだけ慰めてほしいといった精神的な甘えをむつみに望んでしまうのである。
 そのために景太郎の心の風通しは最大限にまで良くなり、むつみに対して完全に無防備となった。もちろん、それを押し付けがましくしたりはしない。好きなように踏み込まれてもかまわないと思えるくらい、むつみを気が置けない存在と認識したまでだ。

つづく。

 

お名前  mail

 ご意見・ご感想などありましたらどうぞ。

もどる