|
あの夜、二人は同じ布団で眠りについた。明かりを消した頃には、もう東の空はうっすらと白んできていた。
眠りから覚めたその日、つまり土曜日はずっと一緒にいた。
日曜日も、ずっと一緒にいた。
この連休はずっと、ずっと一緒だった。そして、月曜日。学校からの帰り道。
制服姿のアスカは学生鞄を後ろ手に持ち替えながら、溜息をひとつ吐いた。
「あーあ、今日はもうミサト、帰ってくるのよね」
「ミサトさんも疲れてるだろうね。三日も働きづめだったんだし」
その少し後ろを歩きながら、開襟シャツにスラックス姿のシンジが相づちを打つ。
するとアスカは突然立ち止まって振り返り、美少女の素顔を憮然とさせた。
「ちょっと、あんたはそれでもいいのっ?」
「それでもいいって…だって、自分の部屋に帰ってくるんだろ?当然のことじゃないか」
「あんたってホントにバカね。ミサトが帰ってきたらどうなると思ってんのよっ!」
「ミサトさんが帰ってきたら…ペンペンも喜ぶよ」
ペンペンというのは、ミサトが飼っているペンギンのことだ。もちろん、ミサトが留守の間はシンジもアスカも彼の面倒をよく見てやった。
「…あんた、わざと言ってるんじゃないでしょうねえっ?」
「な、なんだよ…わ、わわっ…」
アスカは因縁を付けるように言い放つと、その憮然としたふくれっつらでシンジの前に詰め寄った。シンジは思わず後ずさり、腰を電柱にぶつける。ひとまず退路は断たれた。
「…ご飯の用意、ちゃんとしなきゃいけなくなる?」
「ちがーうっ!」
「…洗濯物が、ドカーッと増える?」
「ちがーうっ!」
「…勉強しなさいって注意される?」
「それはあんただけっ!」
「…そうだ、アスカ!勝手にビール飲んだこと、怒られるよっ!」
「それはありえないっ!ああもう、違う違う違うっ!なにもかもが違うっ!ボケッ!!」
シンジの間抜けな回答に、とうとうアスカの怒りが爆発した。学生鞄を振り回し、地団駄を踏んで、辺りはばからぬ大声でわめきちらす。
小動物のように怯えたシンジは左手で防御姿勢をとり、気恥ずかしそうに辺りを見た。もともとこの界隈は人通りが少なく、幸い奇異の視線を向けられることはなかった。
「…今日くらいは休まなきゃ。ミサトさんも、僕たちも」
シンジは言い訳するように小声でつぶやき、気恥ずかしそうなまま横目でアスカを見た。アスカは激怒に震えてなお一層暑くなり、肩で息をしている。
呼吸が落ち着いても、アスカはふてくされたまま口をへの字に曲げ続けた。
「休むって、あたしたちは二連休だったじゃない。あんた、覚えてないの?」
「…二連休ったって、僕は全然休めてないんだけど…」
「なんか言った?」
「アスカがあんなにエッチだったなんて、知らなかったって言ったんだよっ!」
「なっ、なんですってーっ!?あっ、ちょ、待ちなさいよ!このバカシンジーッ!!」
そんなやりとりを交わし、二人は駆け出した。シンジは逃げだし、アスカは追いかけて。
二人の顔は、こんな世の中に似合わぬほど素敵な笑顔だった。ドアを開けると、すでに帰宅していたミサトがすぐそこに立っていた。
「だぁれ?あたしのビール勝手に飲んだのは?」
「えっ?な、なんであたしだけ睨むのよっ?」
腕組みして仁王立ちしているミサトはシンジに目もくれず、アスカだけをギロリと睨み付ける。アスカは思わず気圧され、後ずさろうとした。
しかし、それより早くミサトの右手がアスカの右手をつかんでいた。
「ちょっと来なさい」
「きゃあっ…!ちょっとミサト、痛いっ!どこへ連れて…ま、まさか、冗談でしょ?」
「まったくそのとおり、冗談じゃないわよっ!!」
「ひゃ、う、うそ!?うそうそっ…きゃああああっ!落ちる、落ちるーっ!!」
「やかましいっ!泣いて謝るまで、絶対引き上げないからねっ!!」
ミサトは強引な力でアスカをベランダへ連れ出し、力任せに彼女を逆さ吊りにした。
両手でスカートの裾を押さえながら、アスカは地上およそ二十メートルの位置で、錯乱しきって泣き叫ぶ。
「助けてーっ!助けてシンジッ!助けてーっ!!」
「…だから言ったのに」
アスカの悲鳴を聞き、シンジは溜息を吐いてそうつぶやいた。
それでも、シンジはアスカを助けるためにベランダへ向かう。
寝不足の頭は無理を押してフル回転し、上手い説得の言葉を模索していた。おわり。
ご意見・ご感想はこちらまで
(updete 2004/02/03)