人間には多かれ少なかれ好奇心というものが備わっている。そのおかげで貴重な知識を習得できる場合もあるし、ちょっとした暇つぶしになったりすることもある。
特に昼日中は閑散としているはずの遊郭街で正体不明の人だかりができていたとしたら、例え急ぎの用事で通りがかったとしても己が好奇心に導かれるまま時間を割かずにはいられないことだろう。
たまたま近道として通りがかった短髪の青年も例に漏れることはなかった。スラリとした長身でなお背伸びして人だかりの向こうを伺いながら、誰ともなしに問いかけてみる。
「…おいおいおいおい、いったいこれぁ何の騒ぎだよ?女郎屋街にしては時間はずれもいいとこだってのに…なんか事故か、それとも火事か!?」
「違うよ、なんでも軍が…その、突然『翠芳』を包囲したんだそうだ。」
「軍だと!?ちょっと待てよ、事件だとしたらアレだ、モチはモチ屋って言うだろうに。警察が出張らねえで、なんで軍なんだよ!?戦争でもおっぱじめる気かよ!?」
野次馬の志を同じくしている傍らの壮年紳士が親切にも青年に答えてくれた。その表情は不安一色で塗り固められており、青年が思わず声を大きくしたときもビクンと肩を震わせてしまったほどである。
すると紳士の前に陣取っていた着流し姿の大男が二人の声に気付いてか振り返り、たくましい両腕を悠然と組みながら付け加えてきた。その連れと思しき狐目の小男も一緒になって振り向いてくる。
「おうおう、あながちその通りかもしんねえぜ兄ちゃんよう?こっからだと見えねえけどよ、完全武装の陸軍兵どもがグルリと『翠芳』を取り囲んでんだ。これぁきっと、とんでもねえ大物政治犯でもチチクリに来てたに違ぇねえ!」
「しかも将校がひとりっきりで入ってったそうだぜ!?こいつぁ相当なワケアリだ!!」
「…やれやれ、帝都もなかなかに穏やかじゃねえなぁ…」
そう溜息を吐くと、青年は野次馬達の一人となって午後の一時を過ごすことに決めたのであった。この調子で野次馬は冬空の元、一人、また一人と増えてゆくのである。
表通りの喧噪を余所に、遊郭『翠芳』の一室では一人の将校、一人の太夫が真っ向逸れることなく相対していた。それでも二人の立場には微妙な強弱があるようで…将校は不埒な笑みを二枚目然とした面にたゆたわせているが、太夫の方は床の上で振り返った姿勢のまま、その優面を忌々しげに歪めている。
「…もう一度言いなさいよ。」
「よかろう、何度でも繰り返してやる。遊郭『翠芳』太夫、紅のおミクこと、細川ミロク。深川廃屋争乱事件の実行犯、並びに国家攪乱組織『黒乃巣会』の重要参考人として銀座帝国華撃団本部まで同行を願う。まぁ同行とはいえ逮捕拘留令状が出ているわけだから問答無用で連行されてもらうがな。」
一言一句噛んで含めるように書状を読み上げると、海軍礼装に漆黒のマントを羽織った青年将校、大神一郎少尉は怖気すら漂うほど人の悪い笑みを口許に浮かべた。剃刀のように鋭利な眼差しは微笑で細まっていてなお近寄りがたい殺気を爛々と発散している。
一方、柔らかな布団の上で正座崩れに腰を下ろしている太夫おミク…通称、紅のミロクは予想だにしなかった珍客の登場で言葉を失っていた。それでも敵意は剥き出しであり、身じろぎひとつせず大神の瞳を睨み据えている。口紅の引かれているふくよかな唇の奥から、ぎりっ…と歯ぎしりの音が漏れるのは、彼女がいかに大神を忌み嫌っているかのいい証拠になるだろう。
「しかし…オレはてっきり地の底で御陀仏だと思っていたんだが…。まったく、下らぬ流言飛語にもこれからは耳を傾けねばならん。おかげで重要指名手配犯を逮捕できるんだからな。」
「…噂を聞きつけたようね。それだけわたしの色香が有名だといういい証拠になるから悪い気はしないけど…。」
「有名もいいところだ。この辺で『紅のおミク』の名を知らぬ男は老若問わず皆無だろうよ。」
「それはそれは。ふふふ、やれ嬉しいことだわね。」
大神のくだけた物腰に合わせるよう、ミロクも幾分表情を和ませた。口許を片手で隠して小さく笑ったりもする。
ミロクはこの遊郭街では『紅のおミク』という源氏名でその名を馳せていた。
あまねく男共の理想を突き詰めたかのように見目麗しく、そのうえ天女もかくやとばかりの悩ましい肢体の持ち主であり、遊び好きな資産家の中には毎週のように通い詰めている者もいるという。
しかしながら、彼女の艶めかしき内側へはち切れんばかりの男性自身を没入させたことのある者は誰一人としていないのであった。いくら心付けを…否、もはや心付けとは呼べぬほどの莫大な金を積んだとしても彼女は頑なに身体を許さないのである。その理由を聞き出せた者もやはりいない。
それでもここまで名声を轟かせることができたのは、すべて彼女の類い希なる口技の賜であった。
『安いモノで無駄撃ちするよりも、高いおミクの口で果てた方が断然いい。男であるならば一度は本気で金を貯めておミクに相手をしてもらえ。』
『遊郭で童貞を卒業する気であればおミクを指名するといい。ほとに突き込むことは叶わずとも童貞を卒業したのと同じ…否、それ以上の悦びを得ることができるだろう。』
『おミクは男の精をさも嬉しそうに飲み干す。満足と引き替えに我々は寿命を縮めているのであろうが、あの小悪魔の笑顔が見られるのであれば少しも惜しくはない。』
この色町に通い詰めることのできる富豪は一様に口を揃える。それだけミロクの唇、そして舌は絶大な支持を受けているのだ。
「…ま、見つかったからにはもうどうでもいいこと。ほら、さっさと手をお引きなさいな。帝撃なりなんなり、どこへなりとも連行なさい。」
「…余裕だな。」
「言っとくけど、わたしは口が固いわよ?こんな商売だからといって、口も身体も開けっぴろげというわけじゃあないんだから。」
「ほほう。」
「それに…わたしを連行したらあなた方にもとばっちりが来るんじゃなくて?わたしを目当てで来てくれるお客様には、あなた方軍にも相当な資金援助をなさってる方も多いんだから。きっとこのことを知ったら資金援助なんて即刻中止でしょうよ。」
あくまでミロクは強気であった。忌まわしき敵の出現にはじめは動揺したものの、連行するというだけで直接危害を加える様子がないから肝も据わってきたのである。
黒乃巣会に関してさえ黙秘を続けていれば軍も釈放せざるを得なくなるに違いない。それに留置場くらいなら脱出しようと思えばいつでも脱出できるはずだ。
そう考えるといっそう気が楽になってきた。ミロクはゆったりと足を崩して座り直し、はだけたままであった肩口を単衣と袷の襟を合わせて隠してしまう。商売でもないのに自慢の肌をさらす必要など微塵も存在しない。
「中止、ねえ…。まあ、それはそれでいいんじゃないか?」
「あらあら、一介の青年将校さんが不敵な発言だこと。」
「中止になったとしても、いずれ資金援助を再開することは目に見えてるさ。なんせお前は処刑されるんだからな。やつらも仕方ないと諦めざるを得んだろう。」
大神もまた悠然としており、逮捕状を懐にしまいながら物騒極まりない話をこともなげに告げた。他人事といえば他人事ではあるが、その割り切りの良すぎる口調にミロクは背筋へ寒気を走らせる。
ぶるっ…
「な…なっ…?」
ミロクは肩口を震わせると、かろうじて大神に問い直すことができた。化粧映えのするまぶたがパチクリと開閉し、不遜な態度で見下ろしてくる青年将校を見つめる。そんな大神は態度を変えることなく、泰然自若としたまま続けた。
「何を今さら。当たり前だろう?黒乃巣会は潰す。帝撃の目的だ。首謀者の天海をはじめ、幹部から末端に至るまで一人残らず皆殺し。お前から情報を聞き出せようが聞き出せまいが、どのみち処刑だ。」
「じょ、冗談でしょう…?そんな横暴な…」
「そうだそうだ、令状にもうひとつ付け加えがあったな…。」
顔面を蒼白にさせたミロクの声をあえて聞き流すようにし、大神は制服の胸ポケットからもう一枚別の書状を引き抜いた。大袈裟に紙音をたてながら開き、朗々たる声で読み上げる。
「…なお、抵抗ある場合、並びに人員その他に危害の及ぶ恐れある場合はその場で処分するもやむなし。帝国陸軍中将、米田一基…か。ふふふ、指令も飾り気ひとつ無いな…。」
「そっ、そんなことがあるものかっ!いくらなんでも無茶苦茶だっ!!」
「渡しはせんが、よく見てみろ。ご丁寧にも血判付きだ。ということであれば、一応用意だけはしておくか…。」
慌てふためいてわめくミロクに書状を明示しながら、大神は腰から拳銃を引き抜いた。白手袋によって重厚さが増して見えるそれは南部式の陸軍正式拳銃である。弾倉を銃把に装填する形式の質素な銃であるが、いざ目の前に銃口を突きつけられては誰でもたじろがざるを得まい。むろんミロクも例に漏れなかった。
「ま、待って!本当に撃つ気!?」
「この部屋にはオレとお前の二人きり。もちろん建物からは店主をはじめ全員退去命令済みだ。誰も見ちゃいないし聞いてもいないから、いっそのことこうしたほうがグダグダ説明するよりずっと手間がかからん…。」
「まっ、待て!待って!!やめっ…」
ばああああんっっ!!
大神は一切の容赦をしなかった。ミロクの制止も聞かず、引き金は無慈悲に引かれ…最初の銃声が室内に轟く。一瞬表通りが騒然となるが、すぐさま包囲している兵達が動いたのであろう、たちまち元の静けさを取り戻してしまった。
残響が長押の上から障子から埃を舞わせるなか、いざるようにして身をかばったミロクは固く閉ざしていたまぶたを恐る恐る開いてみる。まだ命はあった。生きている。
ふと見ると、すぐ足元の布団に焼けこげたような丸い穴が開いていた。戦慄して見上げると、硝煙の匂いが立ち上る拳銃を片手にした大神が不埒を極めたような微笑で口許を歪ませている。
「当てたほうがよかったか…?」
「熱いっ!やっ、やめっ…近寄るなっ!!」
大神はやにわに踏みだし、射撃直後で熱を帯びている銃口をミロクの頬に押しつけた。予想外の熱と大神の殺気にミロクはすっかり怖じ気づき、ワタワタと両手を駆使して抜けた腰を引っ張るように後ずさる。着物の襟がゆったりと落ち、肩口から胸元が露わになってしまうのもお構いなしにミロクは壁際までいざった。
片手が壁に触れたところでハッと息を飲み、大神を見上げる。物騒な拳銃を片手にした大神は頭上からこちらを見下ろしてきていた。
「ふむ…こうして見ると実に美しい…。これほど間近で見たのは初めてだからな、あらためて感心してしまう。まさに大和撫子だな。予想以上だ。」
「こ、こんなときに何を言いだすっ!こんな生きるか死ぬかの状況で褒めてもらっても、少しも嬉しくなどないっ!」
白手袋に包まれた左手でしきりにあごを撫でながら、大神は嘆息しながらミロクの顔を眺め回した。当のミロクは照れたように頬を染めつつ、ぷい、とうなだれるようにそっぽを向く。結い上げた髪を彩る飾り付きのかんざしや櫛がその弾みで揺れ、シャリリン…とささやかに鳴った。
その音に反応するよう、大神は覗き込んでいた上体を起こすと抜き身の拳銃もそのままで両手を腰に当てた。ミロクを過剰に怯えさせないためか、数歩後ずさってから口を開く。
「どうだ、これはたった今思いついた…まぁオレの極めて私的な提案なんだが…お前はこれから連行され、処分される。つまり死ぬわけだ。」
「そっ、それのどこが提案なんだ!!」
「話を最後まで聞け。とにかくお前は死ぬわけであり、死んだという結果はオレが記録として残す…。その記録はあくまで書面の上でのことであり、誰もお前が死んだという事実を確認することはできない。つまり…お前は死んだと言うことで、実は生き続ける。」
「…ふうん?」
大神の言わんとすることが読めたのか、ミロクは心持ち身を乗り出すようにして身体を起こした。畳の上で足を投げ出すように座り、視線で話の続きを促す。
「そこで、だ。ミロク…オレだけの太夫にならんか?その美しい身体のすべてを奴隷としてオレに捧げるというのであれば生活には困らせない。死ぬまで飼い養ってやる。どうだ、悪い話ではないだろう?」
「…やれやれ。私的な提案と言うから何かと思えば…なんとまあ真面目な将校さんだろうねえ…?」
「せっかくの命を無駄に散らすこともあるまい?これだけの美人を無下に殺すのも忍びなくなってきたのだ。さあ返事を聞かせろ。これはオレができる最高の譲歩だ。もっとも、生き延びたいと願うのであればそれ以外に道は与えんがな。」
「…このミロク…謹厳実直、勇猛果敢でならす大神すらも狂わせるというのか…。おもしろい…おもしろいよ、最高…!ははは、はーっはっはっは…!」
ミロクは顔を伏せてそう呟くと、楽しげに表情をほころばせて哄笑した。片手で横腹を押さえ、身をよじらんばかりにけたたましく笑う。大神は表情を変えもせず、ただただその様子を見守るのみだ。腰に当てた両手を動かそうともしない。
「はあ、はあ…大神、ならばミロクの唇、さっそく味わってみるか…?」
「ふふ、懸命な判断だ…賢い女も好みだぞ、ミロク…」
ひとしきり笑ってから呼吸を整えると、ミロクは再び正座崩れに座り直し、つい、と顔を上げて目を伏せた。魅惑的な声でそう告げると、挑発するように唇を弾ませて濡れた音を響かせる。ちゅぱっ…という音に合わせ、ふくよかな唇は弾力良さげに震えた。
大神はその誘いに応じ、そっと靴下を擦らせてミロクに近付く。左手で彼女のあごをそっと摘むと、無防備に差し出されている悩ましげな唇を奪うようゆっくりと身をかがめ…
その時であった。
べっ…びちゃっ…。
ミロクは毅然とした目で大神を睨み付けると、勢い良く唾を吐きかけた。生ぬるい唾液は大神の頬をタラリと伝い落ち、ゆっくり気化熱を奪ってゆく。侮辱を受けた大神はさほどの感慨も抱かぬよう二、三度まばたきし、視線をジロリとずらして濡れた辺りを気にするのみだ。
そんな大神をミロクは真っ向から睨み付け、不敵な笑みを浮かべて鼻を鳴らした。瞳には激昂の色が煌々と燃えている。
「ふんっ!ふざけるんじゃないわっ!言ったでしょう?口も身体も開けっぴろげというわけじゃあないって!わたしを甘く見ないでちょうだい!!」
「…そうか、ではこちらもしかるべき対応を取らせてもらうとしよう…。」
「え…」
亡霊のようにユラリと上体を起こすと、大神は不気味に告げて拳銃を銃把から銃口に持ち替えた。大神がこれから何を始めるつもりなのか、一瞬理解に苦しんだミロクは必然的に反応が遅れてしまう。
ゴカッ…!!
大神は右腕を大きく振りかぶると、頑丈な銃把をミロクの頬に目掛けて振り下ろしたのだ。顔面をかばういとまも与えられなかったミロクは襲いかかってきた銃把をしたたかに喰らい、畳の上へと横倒しにされてしまう。頬の内側が切れたようであり、白くて清潔な布団の上を鮮血が赤く染めた。
「あが…あ、ああ…?」
「甘く見るなと言ったろう。ならば力尽くで隷属させるまでだ。」
「やっ!やめっ…!!」
ゴカッ!ドカッ!ゴカッ!ドカッ…!!
思いも寄らない乱暴にミロクは気を動転させ、愕然とうなだれて頬をさするが…そんな彼女を蹴り転がしてまたがると、大神は大きく振りかぶった銃把を立て続けて振り下ろした。額といわずこめかみといわず、固い銃把は容赦なくミロクを打ち据える。
もちろんミロクも激痛を喜んで受け入れるような性癖の持ち主ではないから必死になって両手を振るい、大神からの攻撃を阻止しようとあがいた。それでも男と女の腕力では否が応でも差が出てくるものであり、ミロクのささやかな防壁は容易く破られて打ちのめされるままとなる。
ましてや大神は厳しい訓練によって鍛え抜かれた海軍将校であり、しかも馬乗りになってきているのだ。いくらミロクが身をよじって抵抗したとしても無駄であった。額は赤く腫れ、ひどいところには青あざやこぶができ、裂けて血が滲んでいる箇所もあるほどだ。
銃把の雨霰を降らせて気が済んだのか、大神は拳銃を布団の上に放るとミロクの両腕をつかんで上から押さえつけた。体重をかけてのしかかるようにすると、ミロクは激しくかぶりをふって絶叫する。
「いやっ!いやあっ!やめ、やめろっ…!!」
「やめてほしくば自ら受け入れることだな、このオレを…オレの逸物を…」
「んっ!んんーっ!!ぷあ、いやっ…んんっ!んんんーっ!!」
ちゅ、ちゅぢゅっ…ちゅちゅっ…ちゅうっ…
強姦される恐怖にミロクは大神から死にものぐるいで逃れようとあがいたが、とうとう魅惑的な唇は彼によって奪われてしまった。角度を付けて重ねられ、音立てて吸われると得も言えぬ悪寒が二の腕に鳥肌を立たせてくる。
右に左に首を振り、涙を散らしながら逃れるのだが…その度に大神は追いついてきてねちっこく唇を重ねてきた。まるで強姦の最中にありながらもミロクとの接吻を楽しんでいるようであり、ついばむようにしながら彼女の唇を陵辱し続ける。
「や…いやだって言って…んっ、だめ、んんっ…ぷあ、ん、ちゅむ、ん…!」
「クックック…ちゅ…ぷぁ、さすがは噂に名高い紅のおミク…!」
「いや、いやっ、いやあっ!!あぷ、んむ、んむう…!!」
大神が下卑た口許からつぶやいたとおり、ミロクの瑞々しい唇はまさに甘露であった。
彼女と交わす口づけは、初めて経験するそれの印象に酷似している。目の覚めるような心地よさはそれだけで勃起に誘われそうであった。接吻など幾たびも経験している大神ですら、このとおり本来の目的も忘れて貪り狂うほどである。
ちゅ、ちゅちゅっ…ちむ、ちょむっ…ぷぢゅ、あぷ、ちょぷ…
重なる角度を変えるたび…吸い付く強さに緩急をつけるたび…ミロクのふっくらとした唇は柔らかくたわみ、大神の不埒を優しく受け止める。否、大神の唇が嫌がる彼女の唇を手名付けているというのが実際であった。
太夫として名を馳せているミロクであったが…こうして強姦を試みてくる大神の口づけに、心なしか酔わされてきている。黒乃巣会の敵として絶対に近付きたくない男ではあったが、その口づけの巧みさに胸の奥が小躍りを始めようとしていた。大神から香るほのかな香水の匂いにも意識が惑わされ、まるで睡魔がまぶたを下ろしに来るよう、気付けばミロクは大神の不埒を進んで受け入れるようになっていた。
「んっ…ん、んんっ…!」
「ふふ…む、ん…」
「んん…んっ、やあ…ん、んんんっ!」
ちゅ、ちゅっ、ちゅううっ…
鼻の先が触れ合うことすらも嫌悪していたはずなのに…前歯がぶつからぬよう、心持ち唇を突き出して吸い付いてこられるとミロクは大神のなんともいえない弾力にときめき、甘えて吸い付き返してしまう。はたと我に返って顔を背けても、大神は確実に唇を塞いできた。まるでそうなることが必定であると言い聞かせるかのように…。
「んあっ、いや、いや、いやあっ…!やめろ…おまえとなんか…絶対…っ!!」
「お前の意志など知らん。オレがしたいからするまでだ。」
「こ、こいつ…ん、うふんっ…んっ、ちゅ、ぢゅっ…」
ちゅ、ちゅちゅちゅっ…ちむ、ちむっ…ふみ、ちゅみ…
毅然とした表情で拒むものの、大神は聞く耳を一切持とうとせずひたすらに唇を押し当ててきた。吸い付くのにも飽きたらしく、今度はくすぐるように小さくはんでくる。
上唇から下唇、それぞれ縦から横からめくるようについばまれると、ミロクは首筋にゾクゾクとした焦燥感を覚え始めた。唇どうしの柔らかみに浸る長い口づけも悪くはないが、こうした微妙な触れ合いは焦れったさを胸いっぱいに募らせ、ついつい自分から唇をせがみたくなってしまう。
事実、ミロクは大神の唇から逃れることを止めていた。組み敷かれている両手はもちろん、のしかかられている腰から両脚からもジタバタさせて抵抗はしているが…唇はすっかり接吻の心地に舞い上がっている。
考えてみれば、自分を楽しみに来てくれる客達にも今の大神のように時間をかけて唇を愛撫してくれる男はいない。接吻欲に飢えていたこともあったろう。
ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ…ちょむ…ぢゅ、ぷはぁ、あぷ、はむ、あむ…
動悸が耳元で聞こえてくる。
まばたきの回数が増えてくる。
両手両脚から力が抜けてゆく。
そして…太ももの付け根、女の真央が淡くうずきだす。
それらはいずれも、長い間自発的に達していない発情の兆しであった。しかし同時にそれらすべては決して認めたくないことでもある。強姦であるというのに身を委ねようとしているなど、気の迷い以外にありえないことであった。
…こいつは敵なんだぞ!?陵辱された挙げ句に殺されるのが望みなのか、わたしは…!?
ミロクは気力を奮い立たせると、焦れる唇を強引に引き離してからきつく噛み締めた。一時でも興奮に浮かされた身体を、理性を責めるよう…薄皮が裂け、血が滲んでもミロクは唇を解放しない。正気に返った今の口惜しさといったらなかった。
それでも久方ぶりに接吻の心地よさを満喫した彼女の唇はすっかりふやけ、ほのかに湯気まで立ち上りそうであった。口紅がわずかに剥がれてなお、その奥では健康な赤が燃えていてミロクの色っぽさを損なわせていない。
「…不埒者…この、不埒者っ!!」
「やれやれ、つれないことで…。しかし、先程までとはうってかわってせがむようなそぶりも見えたが…もしかして気に入って頂けたのかな?」
「そっ、そんなわけないっ…ひゃっ、きっ、気持ち悪いっ…どけ、どけえっ…!!」
べろっ、べろっ…べろーっ…ちゅ、ちゅちゅっ…
思う様に唇を重ねまくった大神は舌なめずりして余韻を楽しむと、今度はすべすべとして滑らかなミロクの頬にその舌を這わせた。白粉を舐め取るよう、唾液に濡れて生暖かい舌を大きく、ゆっくりくねらせるとミロクは身震いしながら嫌悪の声を上げ、一層激しく身じろぎして大神から逃れようとする。
それでも大神は両腕の束縛を解こうとせず、ひたすらにミロクの美しい顔を舐め回していった。
頬に口づけつつ、その滑らかさを堪能するよう舌の腹いっぱいに舐め…
鼻の先から眉間にかけてを舌先でなぞり、額に舌をくねらせ…
結い上げた髪の生え際を丁寧に舐めると、今度は額に吸い付き…
これで大神はミロクの顔中すべてに口づけし、舌を這わせたことになる。ささやかな達成感がワクワクとした興奮を胸いっぱいに漲らせてくるのがわかった。自然、大神は人の悪い微笑を浮かべてしまう。
その反面ミロクとしては…絶対に身体を許したくない男がざらつく舌で顔じゅうを舐め上げてくるなど、文字通り身の毛がよだつ思いであった。
舌が通り過ぎた後に残される生暖かい感触、そして擦り込むほどにたっぷりとした唾液が急速に熱を奪ってゆく冷気…。それら不快極まりない感覚にミロクの嫌悪の声はとうとう叫び声となり、緊迫感をいや増した。
「いや、いやあっ…!気持ち悪い…気持ち悪いっ…!!」
「ふふふ、四つも年上の女を震えあがらせるのはなかなかに楽しいものだな。気丈なことに涙も流そうとしない。くくく、こいつは燃える…!」
「やめっ、やっ、やめろっ!この異常者っ…!!」
ヤニ臭い唾液でミロクの顔を汚し尽くすと、大神は拒むようにそらされた彼女の顔を両手で抱え込み、唾液に濡れるのもお構いなしに頬摺りした。ミロクは鋭い眼光をもって大神を睨みながら、ようやく自由になった両手で彼の身体を押し退けようと懸命に突っぱねる。
「どけっ!ええいどけえっ!いっ、いい加減にしないと…」
「…そうだな、いい加減にしておかんと先には進めんものな。」
「あっ!や、ちょ、やめっ…!!」
ぐいっ、しぐっ、しぐっ…ぐい、ぐいっ…
ミロクの脅すような言葉も軽くあしらうと、大神は突っぱねられるままに上体を起こし、白手袋をはめたままの両手で彼女の襟元を強引につかんだ。腰の上に馬乗りになると、破損した装甲板でもひっぺがすかのような手荒さでミロクの胸元をはだけようとする。
ミロクは抵抗していた両手を慌てて戻すと、乳房を見られまいとして袷と単衣の襟を力一杯押さえ込んだ。きつく目を閉じ、激しくかぶりを振って拒むのだが…そうして逆らえば逆らうだけ大神の両手には手荒さが増してゆく。その様は強姦以外のなにものでもなかった。
「花魁であろうが太夫であろうが、所詮は売女の胸だろう?何を今さら恥じらう。」
「ばっ、馬鹿にするなっ!!やっ、やめっ、やああっ…!!」
ぐいっ!ぐいっ!ぐいっっ…!!
女郎の誇りとともに胸元をかばうよう、腕を交差させて襟を閉ざすミロクであったが…大神は一定の間隔で襟元を引き裂かんと両手に力を込めてくる。ちょうど綱引きの綱を引くような要領だ。もっとも、綱引きではこれほどまでに殺気のこもった笑顔は浮かばないであろうが。
「いやっ!いやあっ!いやよおっ!!見せたくないっ!!」
「ならば無理にでも見るまでだ。」
「…ぐあっ!!ぐぁうっ!!」
ばくっ!ばきっ!!
気丈に吠えるミロクを前に、大神は不吉な笑みをかき消すと…固めた右拳を迅速の勢いで彼女の頬に叩き込んだ。返す裏拳で往復殴打を喰わすとさすがのミロクも失神してしまい、胸元をかばっていた両手を脱力させてしまう。
ぐいっ、ぐいぐいっ…ぷ、るんっっ…。
「あっ、やああっ…!!」
「ほほう…これはまた壮観なり…。」
ミロクの両手をうざったそうに払いのけると、大神は袷と単衣の襟をひとまとめに引き剥がし、肩口から背中までをいっぺんに露出させた。振り袖の奥から揺れ出た惚れ惚れするほどに美しい乳房を前に、思わず感心の言葉が口をついてしまう。
ミロクの乳房は大神の手の平でなお持て余すほど豊かに実っており、つるんとした弧を描いて盛り上がっていた。襟元から飛び出て大きく波打ったことからもわかるとおり、仰向けになってもだらしなく型崩れしないほどに張りもある。
大神は両手から白手袋を剥ぎ取り、ミロクの真っ白な乳房をそれぞれ手にした。指をいっぱいに広げ、力を込めて揉んでみる。
もみゅっ…もみゅっ、もみゅっ、もみゅっ…
「やめっ…やっ、やめろっ…!!」
「ふむ…なんとまあ素晴らしい…。」
手応えはもちろん、肌のきめ細かさも申し分なかった。指が柔肌に沈み込んでゆくにつれ、儚げな柔らかみが相応の手応えへと変わってゆく感触が絶妙であり…しかも不快なざらつきがどこにも無い。ミロクのつやつやした乳房は揉めば揉むだけやみつきになりそうであった。こうして下から寄せ上げるように揉んでいるだけでも、ズボンの中で男根が熱く猛ってゆくのがわかる。
「はあ、はあ、はあ…うんっ、くそっ、くそうっ…!!」
「ふふふ…そうふてくされるな。ミロク、お前の乳房がかくも素晴らしいものであったとは…ついぞ夢にも思わなかったぞ。はははっ、こいつはすごいな…歯止めが利かん…」
「ちょ、調子にのるな…!!あ、ふんっ…!くそ…許さないわよ、大神っ…!」
もみゅっ、もみゅっ、もみゅっ…もにっ、もみっ、もにっ…
感動の言葉を口にしながら、大神はミロクの乳房を思うがままに揉みしだいた。中指と薬指の間に濃桃色の乳首を挟み込みつつ、下から押しこねるよう丁寧に弾力を楽しむ。危険な微笑は浮かんだままだ。
その弾力、手触りすべては大神にとって極上の悦楽へと変わるが…ミロクにとっては屈辱以外のなにものでもなかった。虫酸が走るような認めたくないくすぐったさと、今にも奥歯を噛み砕いてしまいそうなまでの羞恥は必然的に抗う力を増幅してくれる。
両脚を乱暴にバタつかせ、腰を思いきりひねり…両手は大神の身体を突っぱね、遠慮無しに乳房をわしづかんでくる手の平を引き剥がそうとあがいた。それでもやはり力の差は歴然としており、大神は押し退けられることもなく馬乗りのままで乳房を蹂躙し続ける。
もみゅっ、もみゅっ、もみゅっ…むにゅ、むにゅにゅっ、ふにふに…
「ふむ、なかなかに暖まってきたようだな。いい色になって…しかも心なしか汗ばんできているようだな?どうだ、嬉しいのだろう。オレに愛撫されて…」
「そっ、そんなわけないっ!なにが愛撫だっ!!この不埒者っ…!!」
大神に弄ばれ、ミロクはそう否定するものの…まばゆいほどに白かった乳房も今ではすっかり紅潮してしまい、すべすべとしていた柔肌もしっとりと湿ってきていた。ささやかながら息も上がってきているらしく、大神が両側から強く寄せ上げてそのままの体勢を維持すると、それだけで乳房はほよんほよん上下する。むろんミロクの顔も湯上がりのように真っ赤であり、額や鼻の頭には汗の粒が見て取れた。
「さて…発情しかけた乳房はさぞかし美味いに違いない。味わわせてもらうぞ。」
「いっ、いやっ!いやあっ!やめ、やっ…きっ…汚らしい…!!」
ちゅ、ぷっ…ちゅううっ、ちゅううっ、ちゅちゅちゅっ、ちゅみ、ちゅみ…
寄せ上げた乳房をゆっくりと摺り合わせていた大神であったが、その頂にある乳首を見ると小さく舌なめずりし、唇をとがらせてから音立てて吸い付いた。乳首の幹を唇の狭間で擦らせるよう、わざとらしいほどに濡れる音を響かせて根本まで含む。タマゴボーロのような乳首は大神の舌で濡らされることもなく、熱い唇のただ中で柔らかく噛みつかれた。ミロクは嬌声にも似た悲鳴をあげると、大神を突き上げるように背中を反らして息も絶え絶えにあえぐ。
ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ…ちゅみむ、にりにり…にりにり…
「あっ、やっ…やめっ…!!はうんっ、ん、んんっ…!!」
「ちゅちゅっ…ぷぁ、ふふふ…いい声だ、ミロク。その調子でオレを勃たせろ…。」
くにっ、きゅにっ…くににゅっ、くりりっ…きゅにっ、くにっ…
「ふぁ、あんっ!!あっ、いっ、痛っ!!だ、だめ…!!」
「なるほど…大枚をはたいてでも通いたくなる気持ちがわかる…。」
手の平全体で絞り上げられたミロクの乳房は、今や大神の遊び道具そのものであった。
左側は乳首を吸われ、噛まれ、引っ張られ…右側は親指と中指の先でひねられ、押し倒され、強くつねられ、しごかれる。もはやミロクの女性としての象徴は大神の欲望の前に翻弄されるのみであった。不快さは拭い取れないが、どうしようもないほどの脱力と高揚感で背中がのけぞる。股間がモジモジと焦れったい。
我慢できなくなり、膝頭をすりすり摺り合わせてしまうと…ミロクは大神の前で最初の羞恥を極めてしまった。
きゅんっっ…くっ…むくっ、むくっ…
「うあっ、うっ、ううっ…」
「…ミロク。オレの唇で…勃起させてしまったな。乳首はオレに合図を送ってきたぞ?」
「くっ…!悔しい…悔しいっっ!!」
大神の言うとおり、ミロクの乳首は彼の唇の中で強くしこり、威嚇するように屹立していた。望むと望まないとに関わらずミロクの乳房は大神の不埒を愛撫と認め、不快なくすぐったさを性の愉悦と錯覚してしまったのだ。人の悪い笑みで見下ろしてくる大神から顔を背けると、ミロクはそううめきながら唇を噛み締める。眉根にしわを寄せている瞳は危なっかしく震えていたが、気丈な彼女はそれでも涙をこぼそうとしない。
「オレにこうされるのも悪くはなかろう…?どうだ、そろそろオレの提案を呑む気になってきたんじゃないか…?食事も与えるし、部屋もあてがおう。夜も朝も無いくらいに悦楽漬けにもしてやる。さあ、もう乳房は屈服しているぞ…?」
「うっ、うるさ…うあっ!!やめ、やめ、汚いっ!!いや…いやっ、やあああっ!!」
べろーっ、べろーっ…あぷっ…ちぐ、ちゅぐちゅぐ…
ミロクは大神の押し殺すような説得を遮ろうとしたが、その鋭い非難は艶を秘めたせつない悲鳴にすり替わってしまう。
大神は伸ばした舌の腹を大きく広げ、乳首の周囲をぽつぽつさせている淡い色の乳輪を丹念に舐め上げてきたのだ。初めに左、次に右。幹の周りからまんべんなく舌のざらつく感触を擦り込んでゆく。勃起しきりの乳首は凝縮したせつなさを弾けさせん勢いで屹立し、ピクンッ…と震えた。
さらに大神は大きく口を開けると、右の乳房にぱっくりと食らい付いてしまう。そのまま強く唇をすぼめ、舌先でねちっこく乳首を擦るとミロクは抵抗していた両手で己の頭を抱え込み、美しく結い上げた髪を掻きむしって悶えた。
「んああっ!!あっ、うあっ!あはあっ!!や、いやあっ!!い、あああっ!!」
「おやおや、乳房はすっかり本気だな。敏感になってきている…。」
あられもない嬌声を部屋いっぱいに響かせてから、ミロクは口惜しさのあまりにきつく目を閉じた。強姦されそうになっているにもかかわらず、どうしてこれほどまでに快感を覚えてしまうのか不思議でならない。
「なぜ…なぜ貴様なぞに感じてしまう…?」
「無理もあるまい。こういった商売上、お前からすることはあってもお前がされるということはまずなかろう?それだけ飢えていたということだ。」
思わず口をついて出たミロクの自問自答に、大神は断言するような口調で即答した。上体を起こしても抗わないことを確認すると、ようやくミロクの上からゆっくりと下りる。
赤らんだ乳房を丸出しにしているミロクの横に立つと、大神はズボンの前を開け、解放の瞬間を待ち侘びている男根を引きずり出した。はち切れんばかりに硬直しているそれは先端をパンパンに膨れ上がらせ、悠然と伸び上がるように天を仰いでいる。丈にして七寸はあるのではなかろうか。
そんな男根を右手にすると大神はミロクの顔の側でしゃがみこみ、つやめく亀頭を彼女の火照る頬にひたひたと当てた。男性器は見慣れているはずのミロクであったが、思わず恥じらうようにして視線をそらしてしまう。
「ひっ…いや、いやあ…」
「どうだ?お前の唇と乳房、声と匂いでこうなってしまった…。スメグマ臭くなどないから、ご自慢の舌と口で慰めてやってはくれんか?」
「…ふざけるな…ふざけるなあっ!!」
バキイイインッッ!!ドカッッ!!
裂帛の声で叫ぶのと同時に、ミロクは大神に向けて右の掌を突き出した。瞬間、目も眩むばかりの閃光が室内に存在する影という影をすべて奪い去り、次いで大木にひびが入るような鋭い音とともに大神の身体を向こうの壁際にまで弾き飛ばしてしまう。
「がはっ!!ぐ、うぐううっ…」
ミロクの右手は直接大神の身体に触れることはなかったが、現に不可視の力はたくましい体躯の青年将校を壁にまで突き飛ばしている。したたかに背中をぶつけた大神は呼吸を詰まらせたようにうめき、苦悶してうなだれてしまうほどだ。
ミロクは最後の切り札として温存していた妖力を解放させたのであった。胸元に刻まれている五芒星がほんのり黄昏色に輝いているのがその証である。
しかしミロクはそれ以上の妖力を行使しようとせず、また、かつて華撃団をこっぴどく苛んだ小式神を呼び出そうともせず…先程大神が布団に放った拳銃を拾い上げ、右手に構えた。壁際で縮こまっている大神に這い寄り、頭頂に銃口を押しつける。左手でカチャリと次弾を装填すると、そこでようやくミロクに笑顔が戻った。
「は、ははは、はーっはっはっは!!愚かな軍人さんもいたものねえ!まさか、自分の捨てた銃で命を落とすことになるなんて!滑稽だわ!!」
「ふ、ふふふ、うかつだったよ…。しかしどうした、黒乃巣会の幹部が拳銃もなかろう?あの式神どもはどうした?」
「地割れに飲み込まれたときに、ね。全力を放ったおかげで身体は無事だけど、式神一匹操れなくなったってわけ。でも言っとくけど、その気になればあなたの頭くらいは粉々にできるだけの力はまだ残ってるのよ?この拳銃は辱められたお返し。」
「お返し、か。だが弾が当たらねば意味がないぜ?」
「…あら、おもしろいことを言うわね?」
完全に立場が逆転しているはずであるのに、大神は余裕ありげに顔を上げると銃口を眉間に受けながらもミロクを見上げ、口の端をニイッとつり上げた。おあずけをくった男根を右手の筒に納めると、興奮を冷まさないようにシゴシゴと自ら慰めてみせる。
…予想外の形成逆転で気でも違えたか…それともただの虚勢か…
ミロクは戦慄しながらも、そう考えることでどうにか平静を装った。人差し指を引き金にかけ、ぐりぐりと銃口で大神の眉間を擦る。
「わかってる?銃口はここ。ここよ?あなたの眉間にぴったりくっついてるのよ?これで当たらないなんて、本気で言ってるわけ?」
「妖力を使えるお前だとしたら…そう言えるだろう?」
「…戯言を。一介の軍人風情がそう易々と力を使えるはずがない。」
「ならば試してみるか?オレがお前を取り押さえるのが早いか、お前がオレを撃ち殺すのが早いか…」
「…考えるまでもないことっ!!」
大神の挑発に乗る形で、ミロクは眼光を鋭くした。よく通る声で叫ぶなり、一切の躊躇いを排して引き金を引く。
…ガチン。
「なっ…」
はたして、銃口は火を噴くことはなかった。装填された弾丸には火薬が仕込んでなかったようであり、撃鉄は空っぽの雷管を叩いて寂しげに金属音を響かせるのみであった。
あっけに取られて拳銃を見つめるミロクの前で、今度は大神が両目に殺気の炎を燃え上がらせる。
「…オレの勝ちだな。」
ばきっ!!
「ぐぁうっ!!」
立ち上がりざまに伸び上がってきた大神の右腕は真っ直ぐにミロクへと向かい、拳は彼女の頬を正確に穿った。ミロクは痛々しい悲鳴をあげながら柔らかな布団の上へと卒倒し、転がるように倒れ込んだ弾みで拳銃を取り落としてしまう。もちろん大神はそれを見逃さない。
大神は拳銃を取り返すと手早く弾倉を取り出し、軍服の懐にしまっておいた別の弾倉を差し込んだ。先程のミロクと同じくカチャリと弾丸を装填すると、何を思ったか彼女を蹴飛ばしてうつぶせにし、その左腕を乱暴に踏みつけてしまう。関節がきしむ思いにミロクはかぶりを振って叫んだ。
「いたっ、痛いっ!!くそっ…きさま、わざと拳銃を放ってたなっ…!!」
「…そもそも海軍のオレが、なんで陸軍の拳銃を持ってるか疑問に思わなかったのか?とはいえ、拳銃の違いに気付くほどの事情通でもないか…。」
「り、陸軍の…?」
「これは米田中将がオレに貸してくれたものだ。妖力にはしかるべき力を以て、ってな。さっそくお前の力、封じさせてもらう。」
「ちょ…まっ、待て!待って!!やめてええっ!!」
銃口の冷たい感触が手の甲の中央に押し当てられたとき、ミロクは目を見開いて大神を制止した。しかし、その慈悲を請う瞳は背中を向けている大神に見えようはずもない。
ばああんっ!!ばちばちばちっ!!
「ぎゃあああああっっ!!」
耳をつんざく轟音に続き、ミロクの断末魔の絶叫が部屋に響く。
銃口は今度こそ火を噴き、弾丸はミロクの手の甲をあっけなく撃ち抜いた。肉が裂け、砕けた骨が散り、たちまち鮮血が溢れ出て清潔な布団を赤黒く汚してゆく。
そんなミロクの左手を包み込むよう、青白い火花がかんしゃく玉のように何度も何度もけたたましい音を立てて弾けていた。その奇妙な放電はやがて、弾痕に吸い込まれるようにして消えてゆく。大神はその様子を見届けると満足そうにうなづき、ミロクの左腕から足を下ろした。
ミロク自身は、その放電によってどのような効果をもたらされたか察知している。
火花が消失した直後に訪れた不安な脱力感は、紛れもなく魔封じによる影響…。
ミロクはこれで一生妖力を行使できなくされてしまったのだ。愕然としてうなだれ、左手の激痛を堪えながら小さく肩を震わせ始める。一人の無力な女になってしまったことへの絶望感は言語に絶するものがあった。
…この後、自分は間違いなく強姦される。ともすれば命すらも…
そう考えると不安でならなくなった。恐怖に押し潰されそうであった。耐えに耐えていた涙が堰を切ったように溢れ出てくる。
…惨めで、悔しくてならない…。
せめて大神には見られまいと、懸命に声を押し殺して布団に顔を埋めた。
「…心配するな。この程度の傷、連行してから間違いなく完治させてやる。もっともオレを殺そうとした罪を今ここで償ってからだがな。さあ、そろそろ泣き顔を見せろ。」
「や、いやっ…見られたくないっ…!!」
「ほほう…ようやく泣いたか。ふふん、涙もなかなかに艶やかさを添えるものだ…。」
「やめ、や、やぁ…あぷ…」
血まみれの左腕を引っ張られ、仰向けにされたミロクは泣き顔を見られまいとそっぽを向くが…大神は両手でミロクの顔を押さえ込み、彼女の涙を確認してから再び唇を奪った。
ちゅっ…ちゅっ、ちゅぱ、ちゅっ…
嫌悪の声も聞き流され、柔らかな感触が押しつけられてくるとミロクは悔恨の思いできつく目を閉じる。その弾みでまた涙が、ぽろろっ…と頬の上をこぼれ落ちていった。
ちゅちゅっ、ちょむっ、ちょむっ…ちゅぢゅぢゅっ…
角度を付け、真上から深く重なってくる大神の唇に中枢が刺激されると、ミロクの乳房は忘れかけていた愛撫の心地よさを思い出し、せがむようにせつなく焦れてくる。幾分落ち着きを取り戻してきた乳首も、その焦れったさが凝縮するかのようにまたしても固く勃起してゆく。
その様子を指先で確認した大神は乳首をからかうように摘み上げつつ、腰の後ろでベルトに取り付けてあった革製の小物入れを開けた。中から葉巻箱のような薄っぺらい金属製の箱を取り出す。
「さて…そろそろ肌を合わせるか…?」
「やっ…ごっ、強姦しないで…素直に連行されるから、お願い…お願いっ…」
「連行されて…その後の覚悟も決まったか?」
「いや!それだけは絶対いやっ!きさまの奴隷になんて絶対ならないっ!死んでもなりたくないっ…!!」
「ふむ、大した意志の固さではあるな。だがそれもいつまで保つかな…?」
一向に屈服する様子を見せないミロクを前に、大神は後ろ手で箱を開けると中からゴム管、一本の茶色いアンプル、そして小さな注射器を取り出した。のしかかるようにしてミロクの左腕を小脇に締め上げると、二の腕を手早くゴム管で縛り上げる。たちまち浮き上がってきた青い静脈は、白くてほっそりしている女の腕に異様に映える。
「や、やだっ!!ちょっ、注射なんて…いっ、一体なにをするつもりっ!?」
「心配するな。痛み止めの一種だと思えばいい。」
「うそっ!うそに決まってるっ!!やめろっ!はっ、離せっ!!いやあっ!!誰かっ、誰か来てえっ!!たすけてえっ…!!」
おぞましい不安に表情を歪めると、とうとうミロクは普段の不敵さ、冷静さを失って泣きわめいた。怯えてしまって口調も普段とは大違いだ。
そんな痛ましい女の悲鳴にも動じることなく、大神は注射針を保護していた紙筒を放り捨てると指先でちぎり割ったアンプルから黒い薬液を筒内に充填した。そのまま狙いを定めると、なんらの消毒措置もなくミロクの静脈に針を刺す。
「痛いっ…!!あっ!いやっ、いやあっ!熱い!熱いっ!!やめてっ、やめてえっ!!」
「うるさい。ほんの少しくらい我慢できんのか。餓鬼でもあるまいに。」
「うあっ!!う、ううっ、ぐううっ…!!」
鋭い痛みと鈍い恐怖にミロクが叫ぶと、大神は無慈悲にそう告げて彼女の左腕をいっそう強く締め上げた。手の甲から関節から、左腕全体がだめになってしまいそうな苦痛でミロクは歯を食いしばり、喉の奥でうめく。きつく閉ざされたまぶたを割り、涙は後から後から溢れて止まらない。
大神はなんらの躊躇い無く一息に薬液を注射し終えると、何気ない動作で注射器を部屋の隅へと放った。手荒くゴム管を解かれてから、ようやっとミロクの左腕は頑強な戒めから解放される。
ミロクは身をひねって転がるようにしながら大神から逃れ、哀れなほど血まみれになっている手の甲、そして青く変色しつつある注射痕を交互に見つめてあごをわななかせた。
「なっ…な、なっ、なんなのっ!なんなのよ今の薬っ!!まさか…まさか媚薬とかじゃあないでしょうねっ!?」
「媚薬、か。ふふふ、意識すら狂わせて発情させるような薬でも作れれば手っ取り早いんだが…化学というものもなかなかに奥が深く、望むものが思うように手に入らんらしい。その代わり…」
「やっ…ひゃっ、ひゃあっ!?」
きゅみっ…もみゅっ…
鈍器で後頭部を思いきり殴られたかのような衝撃。
やにわに伸びてきた大神の右手が何気なく乳首を挟み、乳房を包み込んできただけで…ミロクは思わず目を見開いてしまうほどの快感を中枢に覚えた。震えるあごを弾かせるよう、自分ながらに驚くほどの声で鳴く。
…うそ、うそっ、こんなっ…気持ちいい…きっ、きもち、いいっ…!!
撃ち抜かれた左手の痛みなど置き去りにされてしまうくらい、ミロクは大神の不埒で途方もない法悦を見出していた。まるで乳房と陰部が直接繋がってしまったかのようであり、力を込めて揉まれるだけで細い華筒は瞬時に燃え上がり、身じろぎを禁じ得ないような快感とともに灼熱した雫が下りてくるのがわかる。
もみゅっ、もみゅっ、もみゅっ…くにっ、きゅにっ、きゅっ…
「はふ、はふ、はふ…ふぁ、やぁ…な、なんで…?あ、んっ!!い、いあ…」
「効いてきたろう…?」
「なにをっ…わっ、わたしになにを打った!?答えろ、大神いっ…あっ!!や、だめっ!!もっ、もうさわる、な…あっ!ああっ…!!」
びくんっ…。
ミロクはそこまで声にするのがやっとであった。乳房を揉まれているだけにもかかわらずいっぺんに声を上擦らせてしまうと、激しくかぶりを振りながら強くのけぞり…電気椅子に座らされた受刑者のごとく跳ねた。太ももがぴっちり合わされ、つま先では小さな指が、きゅっ…と曲げられてゆく。
「あっ…あっ、あああっ…うっ…うううっ…」
まばゆき閃光のただ中で果てたミロクはせつなくあえぐのみであった。本物にまでは及ばなかったものの、彼女は女性としての法悦を享受してしまったのだ。
絶対的な快感が生まれていた。気持ちいい、の他に言葉が見つからない。
さほど強烈な絶頂感でなかったぶん、すぐさま余韻が身体中を浮揚感で満たしてくる。恍惚たる心地であごがハクハク震えてならない。吐息には鼻にかかったよがり声も混じってしまうほどであった。しかも受け止めきれなかった巨大な快感が過剰な興奮へと昇華するのであろう、身体中の発熱も物凄い。胸元ははだけてしまっているのだが、それでもなお熱くてならない。
その体熱は滲んだ汗を、垂らしたよだれを、迸らせた愛液をゆっくりと揮発させ、ミロク固有の匂いを…雌が強く発情した匂いをたちまち部屋いっぱいに満たす。思春期の少年が嗅いだとしたらたちどころに遺精してしまうであろう猥褻な香気に鼻孔をくすぐられ、大神は悪びれたように微笑んだ。
「達した、か。クックック…」
「ふぁ…んんっ、ん、あ…はぁ、はぁ、はぁ…」
汗ばんだ乳房から右手を離し、名残を惜しむよう手の平を舐めながら大神はくぐもった声で笑う。絶頂に押しやられ、陶然とした表情で荒い呼吸を繰り返しているミロクの姿に目を細めたりもする。
ミロクは布団の上でグッタリと脱力しているが、着物に隠れている形の良い尻はいまだにピクン、ピクン、と震えており、今もなお達したままであるかのようだ。実際はそこまでの高みに到達してはいないのだが、それでも大神が着物の裾をめくって強引に太ももを開いたとしたら…膨れ上がった裂け目を中心としてそこらじゅうが愛液びたしになっている光景を目にすることができただろう。もちろんミロク自身もそれに気付いてはいるが、たとえそうされても抗えないほど身体中は余韻に酔いしれている。
認めたくはないが、夢心地そのものであった。次第に回復してきた意識は絶頂に達する姿を見せてしまったことに対してミロクにほぞを噛ませてくる。大神を忌々しげに睨み付けると、余韻で声を上擦らせながらも懸命に口調を厳しくして叫んだ。
「おっ、教えろ…教えろ大神っ!!今わたしに打った薬はなんだっ!!」
「知りたくば教えてやろう。今お前に打ったものは…阿片を基本に動植物からの天然抽出物を化合した…まあ簡単に言えば覚醒剤になるかな?」
つづく。
(update 99/12/19)