■素麺とミニトマト■

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作・大場愁一郎さま


 

「ごちそうさまでし、たっと!」

「わあ、耕一お兄ちゃんも、もう終わり?いまお茶いれるね。」

「うん、ありがとう、初音ちゃん。」

 箸を置き、ぺちん、と合掌した青年を見て、彼の対面に座っているエプロン姿の少女は急須から湯飲みに茶を注ぎながらそう言った。ところが、その湯飲みは彼女の左側に座っているショートヘアの女の子へと差し出されてしまう。彼女の方が先約だったのだ。

「耕一ぃ、ちゃんと味わってんのかよ?早メシ済ませてもさ、どうせ昼寝くらいしかすることねえんだろぉ?」

「早メシって、お前が言えるのかよ…ふん、どうせ昼寝くらいしかすることがありませんよーっだ。でもな梓、その前に片づけぐらいは手伝うぞ?」

「それが普通だろ、普通。」

 青年…柏木耕一の右側に座っている梓が、妹の初音から手渡された湯飲みに口を付けながらそう皮肉ってみせる。耕一は開き直るようにしてそう言うのだが、それでも今日の昼食のメンバーでは遅いほうに部類されるのだ。

 ちなみに順番で言えば三着である。ちなみに梓が二着。一着は耕一の左側で黙々と素麺をすすっていた清楚な少女、楓だ。楓はとっくのとうに食後の茶も済ませ、さっさと自室に戻ってしまっている。寡黙な彼女は、特に耕一のいる場では人見知りでもするかのようにそそくさと部屋を出ていってしまうのである。

 一方、先程から茶をいれるのに一生懸命になっている初音はといえば、素麺の三口目をすするどころか、ガラスの容器に盛られたミニトマトに至ってはひとつも口にしていない。これは彼女の食べるスピードが特別遅いわけではなく、また、好き嫌いが激しいというわけでももちろんなく…世話を焼くのが大好きなためだ。

 梓、楓、初音は、ここ柏木家に済む姉妹である。姉妹という単語の前に美人という単語を付け加えてもクレームが来ないほど、三人ともすこぶるかわいらしい。ちなみに梓の上にも姉が一人いるのだが、もちろん彼女も妹達に負けず劣らず美人だ。

 一方、柏木と同姓である耕一は彼女達姉妹にとっての従兄にあたる。ガッチリとした体格を有し、それでいて柔らかな笑みの似合う好青年だ。

 彼は大学の夏期休暇を利用し、この柏木家に避暑がてら遊びに来ているのである。今日も今日とて、用意された昼食をのんびりとたいらげたところだ。ちなみに今日の昼食は、氷を浮かべた素麺に、ヘタを取られたミニトマト。簡単ではあるが、いつもに増して暑い今日なんかにはうってつけのメニューと言えよう。もっとも、昼食を用意していた梓や初音は素麺を茹でる段階で一汗かいているのだが。

「片づけはいいよねー。用意と違って汗をしぼる必要がないもんなー。」

「なんだよぉ、片づけを手伝うのが悪いってのかよ?それに、手伝えって言ってくれればどれだけでも手伝ったぞ?まるで昼飯まで爆睡してたみたいに聞こえるじゃんかよ。」

「ふうん?メシだって呼んでも一回で来なかったじゃん。それでも爆睡してなかったっていうのかよ?それとも…耕一お前、まさか…」

「こ、こらっ!!その右手の筒はなんだっ!!人聞きの悪いっ!!」

 耕一を皮肉ってからかうのがよほど楽しいらしく、梓はニヤニヤしながらそう言って湯飲みの中の茶を一息に飲み干す。男の子のように負けん気の強い梓は、耕一とは幼少の頃からのいいケンカ友達でもあるのだ。高校三年生になった現在でも、少しも淑やかさというものを身につけようとしない。少なくとも耕一は、梓の淑やかな姿を今までに見た覚えがない。気付かなかっただけなのかも知れないが、それでも知らないものはしょうがない。復習などできるはずもないのだ。

 そんな梓に皮肉られるとおもしろくないらしく、耕一はひとつ年下の従妹に対して思わず饒舌なほどに反論してしまう。居候という立場に肩身を狭くしているぶん、そんな皮肉を言われてはさすがに気に障るのだ。

「ああ、また梓お姉ちゃんも耕一お兄ちゃんもぉ…。はい、耕一お兄ちゃん、お茶。」

「あ、ありがとう…。」

「うっ…うう…モグモグ…」

 二人のじゃれ合いを見かねた初音が湯飲みを差し出すと、さすがに二人も大人げなさに気付いたらしい。耕一はバツが悪そうに茶をすすり、梓なんかは右手でこさえた筒を慌てて崩し、真っ赤になりながら余りのミニトマトを頬張ったりする。小皿へ搾り出されたマヨネーズにどっぷりと浸し、真っ白にさせて食べているところからも相当動揺していることが窺えるというものだ。

「耕一お兄ちゃん。わたし、もう少しかかると思うから先に休んでてもいいよ?梓お姉ちゃんも、今日のは簡単だからわたしだけで片づけできるし…。」

 初音はようやく昼食の続きに取りかかることができたものの、素麺を口許に運んだところで再び顔を上げ、耕一と梓を気遣った。さりげなく耕一と梓をいっぺんにフォローする辺りがなんとも利発で健気である。

「初音ちゃん…でも…」

「い、いいんだよ耕一?あたしが言ったこと気にしないでさ、休んでて…。その、せっかくのお客様なんだからさ、のんびりくつろいじゃってよ!」

「…さっきとえらい違いだな?」

「う、うっ、うるさいっ!休んでろったら休んでろっ!」

「わ、わっ、わかったよっ!じゃあ遠慮なく…」

 初音にそう言われたとしても、やはり耕一としては気が咎めてしまう。梓に言われたからでもないが、なにかしら手伝えることがあるのなら手伝いたい気持ちでいっぱいだ。積極的に頼ってほしい、という男としてのプライドもあったりする。

 だから、少しはにかむような梓の言葉にも普段通りに対応してしまったのだ。精一杯努めてしおらしさを見せてみた梓であったが、耕一がそう出たとあっては自分だけが馬鹿を見てしまったような気になり、たちまち普段通りの装いを取り戻してしまう。照れ隠しの意味合いも多分に含めたあまり、固めた拳を振りかぶってもみた。

 それで耕一は慌てて居間を駆け出てしまう。今度は部屋で休んでいないと申し訳ないような気持ちになり、大急ぎであてがわれている自室に戻った。

「はあ、はあ…ったく、梓のヤツ…」

 柏木家はそうとう大きな屋敷であるため、居間からこの部屋へ全力で駆け戻るだけでもちょっとした運動だ。耕一は呼吸を整えつつ、畳の上でゴロリと横になる。無駄に汗ばんでしまった顔面を右手で拭うと、ひとつだけ溜息が漏れた。

「…梓のヤツ…」

 そう独語しながら見つめる先には…汗をぬぐったばかりの右手。なんとはなしに、先程梓が戯れたように筒をこさえてみる。それが溜息の誘因であった。

「…何を考えてんだよ、オレは…」

 そう苦笑まじりにつぶやくと、耕一はゴロリと寝返りをうった。右腕を枕にして見つめる先には…先程駆けてきた廊下に面している、開け放たれた障子戸。開け放たれた先には美しく手入れされた中庭が見え、中庭を挟んだ向かい側の廊下や、納戸など他の開け放たれた部屋も見渡せるほどだ。

 言い換えれば、開け放たれているこの部屋も向こう側から丸見えというわけであり…。

「…ホント、何を考えてんだろう…。」

 せつなげに表情を曇らせてつぶやくと、耕一はゆっくりと立ち上がり…静かに障子戸を締めたのであった。

 

 

 

「ただいまあ。はぁ、すっかり遅くなっちゃった…。」

 柏木家の長女、千鶴が帰宅したのは夜八時を少し過ぎた頃であった。

 これというのも、彼女が会長を務めている温泉旅館『鶴来屋』の臨時総会終了が少々長引いてしまったためである。得てして千鶴が開会を決定するこの臨時総会は、鶴来屋の経営状態報告に始まり従業員全体からの報告や意見、そして利用客からの感想や苦情をも子細に議題とするため、これくらいの会議延長はさほど珍しくもない。

「おかえり、千鶴さん…。」

「あ、耕一さん。ただいま帰りました。」

 そんな千鶴を出迎えてくれたのは耕一であった。

 日中を埋め尽くしていた暑気が、冷え冷えとした夜気に取って代わられつつあるこの時刻でも、耕一はノースリーブのTシャツに薄手のジーンズといった出で立ちだ。それこそジーンズさえ脱いでしまえば、いつでもタオルケットをひっかぶって床に就ける状態である。

「…千鶴さん、今日は遅かったんですね。」

「ええ、今日は臨時総会を開いたんです。それでこんな時間になってしまって。」

 千鶴は耕一の声に何気なく返答しつつ玄関を上がり、脱いだばかりのパンプスを下足箱に納めた。下足箱はかなり古めかしいものであり、ちょっとした大家族でも持て余すくらいに重厚だ。その上には桔梗が一輪挿しに生けられており、さりげなく玄関を彩っていたりもする。

「みんなはどうしてます?夕食はもう済まされました?」

「三人でカレーを作ってたみたいだけど、梓が…なんだっけ、ガラムなんとかっていうスパイスを切らしてたとか言って、出ていったきりらしいんだ。楓ちゃんと初音ちゃんは…奥にいるよ。」

「ああ、ガラムマサラですね。じゃあ梓が出掛けていて…二人は今もお台所ですか?」

 千鶴の言う『みんな』とは、もちろん柏木家四姉妹のうちの年少三人を指している。

 千鶴は会話を続けながら、居間へと続く長い廊下への角を曲がろうとしたが…妙に耕一からの返答が遅いような気がした。少々怪訝に思って振り返ろうとした矢先、背後から予想もしなかった反応が返されてくる。

もみゅっ…。

「きゃっ!こっ…耕一さん?」

もみゅっ、もみゅっ、もみゅっ…

 自分のものよりもはるかに頑丈で、無骨で、大きな二つの手の平が自分のわきを潜り、サマースーツの上から乳房をわしづかんできている。あろうことかその指は積極的に動き、千鶴が持つ女性特有の弾力を確かめるよう揉みしだいてくるのだ。

「やっ…こ、耕一さん、急になにを…」

 千鶴は思わず上擦った悲鳴をあげかけたが、それでも意志を尽くして懸命に声をひそめた。

 玄関先で耕一に胸を揉まれているなど…もちろん耕一の悪ふざけであろうとは思うが、こんな場面を妹達に目撃されてはバツが悪いこともあるし、なにより耕一が軽蔑されかねない。もしも梓が折悪く帰宅してきたとしたら、たちまちのうちに逆上して耕一の横っ面をぶん殴りもするだろう。

「千鶴さん…オレ、ずうっと待ってたんだよ…?千鶴さんの帰りを、今か今かと…」

 千鶴の想いに気付くこともなく耕一は彼女を抱き寄せると、背中を厚い胸板に密着させながら、耳元に押し殺したような声を聞かせてきた。荒ぶる呼吸をわずかに震わせつつ、なおも千鶴のささやかな乳房をまさぐるようにして揉んでくる。

「い、いや…耕一さん、いいかげんにやめてください…!わっ、悪ふざけは…!!」

「悪ふざけなんかじゃないよ、オレ、千鶴さんとセックスしたいんだ…」

「なっ、なにを言って…!?」

 なんの遠回しもない耕一の言葉に、千鶴は一瞬で白い頬を紅潮させる。長い髪の奥に隠れている両耳も、まるで燃えるように熱を孕んできた。

「したい…ああっ、もうしたくてなんないんだ、ねえ千鶴さん…ここで、いいでしょう?オレの、もう一秒も待てないくらいになってるんだ…。」

「そんな、ダメ…ダメに決まってるでしょう…!?おっ、怒りますよっ!?」

「…じゃあコイツに説教しやってよ…。おさまり、きかないんだよ…。」

「ひっ…ひいいっ!?」

 耕一は乳房をまさぐっていた左手で千鶴の左手をとり、強引に己の中央へと運んだ。手の平を背後に向けられた千鶴は、そこで今の耕一がどのような状況になっているのか…その掌の中で生々しく確認してしまう。

 ジーンズの前を内側から強く押し上げているそれは…ひどく固く、長く、太く。そして病でも患っているかのように熱を有していた。

すり…すり…。

 つかまれた手首をそのまま全長にそって上下に動かされると、いびつにくびれている形状まで、文字通り手に取るようにわかる。千鶴は嫌悪感を通り越した恐怖で身を縮こまらせ、ぶるるっ…と身震いして叫んだ。

「はっ、離してくださいっ!もう変なことをするのはやめてっ…!!」

「あ、あはぁ…ちっ、千鶴さんの手、気持ちよさそう…!ほら、わかるでしょう?ジーンズの上からでもこんな…ね、ビクンビクン跳ねるんですよ?ああ、すげぇ…千鶴さんに、じかに握ってもらえたら…どんなに気持ちいいんだろう…。」

 そう夢見るように独語しながら、耕一は左手で千鶴の細い身体を強く抱き込み、右手で忙しなくジーンズのファスナーとホックを開けた。そのまま居ても立ってもいられない様子で、薄手のトランクスごと膝までずり下げてしまう。するともう耕一の引き締まった尻は一切の覆いひとつ無く剥き出され、尾てい骨の辺りがじっとり汗ばんでいる様子も玄関の薄暗い照明の元で明らかになった。彼が今、性的興奮のただ中にいることが誰からも一目瞭然であろう。

「ほら、ちっ、千鶴さん…オレのちんぽ、握って…!」

「いやっ、いっ、いやあっ!!耕一さん、やめて、やめてくださいっ!!」

 胸元をかばうようにしていた右手を手荒につかまれると、とうとう千鶴は耕一の勃起しきりといったセックスシンボルをじかに触れることになってしまった。そのまま押さえつけるように手の平を重ねられると、彼女の右手は意志と無関係に性欲の権化を握り込まされてしまう。手の平はもちろん、指の全長に至るまで耕一からの体熱を感じると、千鶴は軽く錯乱して、なんのはばかりもなく絶叫した。

「いっ、いやっ!いやっ!!いやあっ!!」

…耕一さんの、ペニス…わたし、いま、握ってるっ…!!

 そう思うだけで、湯気が出そうなほどに顔が熱くなってくる。

 こんなタイミングとシチュエーションで、異性の…ましてや想いを寄せている男の性器を手にするなど、思いもしないことであった。物心ついてからは、仕事の上での握手以外では、異性とは手すらもつないだことがないというのに…。

 だからこそ千鶴はしたたかに恥じらい、必死に身をよじって耕一から逃れようと努力するのだ。いかに愛しく思っている耕一が相手とはいえ、こんな異常な接し方は理性や道徳が受け付けようとしない。

 それでも、千鶴の身体は一センチたりとも耕一の胸板から遠ざかることはなかった。耕一の左手には恐ろしいほどの力が込められている。抱き込まれて苦痛を覚えるほどではないが、もし千鶴が彼の左腕を確かめることができたとしたら、頑強に隆起した男性の筋肉を見ることができたであろう。

「お願い、お願いですから離してぇ…!こんな、こんなの、もう嫌です…!!」

「予想どうりだぁ…!千鶴さんの手の平、すべすべしてて…指もほっそりしてて、すごい気持ちいいっ!どうしよう、もうオナニーなんて、もったいなくってできないよ…!!」

「はっ、話を聞いてくださいっ!!こんな耕一さんは嫌いです!!」

「えっ…!?ふ、ふうん…あ、そう。いいよ、嫌いでもいいよ…オレ、どっちみちこのまま千鶴さんをレイプしちゃうから…。」

「レ…!?そ、そんなっ、冗談は…きゃ、きゃあああっ!!」

どったーん…!!

 千鶴が背後を振り返り、涙目ながらに耕一を睨み付けて嫌悪の声をあげた途端…耕一は強がるようにそう言い、左手一本で千鶴を廊下の上に投げ倒した。千鶴の悲鳴に続き、美しく磨き込まれた廊下がけたたましく鳴ったが、それでも家の奥からは誰一人として駆けつけてくることがない。いかに広い、屋敷と称してなんら差し支えのない柏木家であるとはいえ、まるで梓どころか楓も初音も留守であるかのように静かである。

 耕一は地団駄を踏むようにしてトランクスとジーンズを脱ぎ捨てると、丸石の敷き詰められた三和土へうざったそうに蹴り落とした。これで耕一はTシャツのみを身にまとっている格好だ。

 そんなはしたない姿になるのと同時に、耕一は廊下の上で仰向けとなっている千鶴をまたぐようにしてのしかかり、彼女の両手を押さえ込んでたちまち抗拒不能に追い込んだ。一瞬ひるんだ千鶴であったが、必死で四肢をバタつかせ、かぶりを振って助けを求める。

「誰かっ、誰か来てえっ!!助けてえっ!!」

「聞こえるかなぁ?でもまぁ…出掛けてる梓以外は…誰も来ないと思うけどね。」

「耕一さん…いったいどうして…?あんなに優しかったのに…どうしてわたしなんかに、こんな乱暴を…!!」

「だって…だってしたくてなんないからっ…!」

がつっ…ちょぷ、ちゅ、ちゅうっ…

 二人の声は、前歯どうしが打ち合う音、そして唇どうしが柔らかくのたうつ濡れた音に取って代わられた。

「んーっ!!んんんーっ!!」

「ふぅ、ふぅ、ふぅ…ちゅ、ちゅっ…ぷはぁ、千鶴さんっ…!」

ちゅ、ちゅちゅっ…ちゅううっ、ちゅううっ…

 初めての口づけを交わしてしまった事実がゆっくり千鶴の認識野に浸透すると、そこで彼女は瞳の端から大粒の涙をぽろぽろとこぼした。

 憧れていた耕一との、夢にまでみた口づけ…。

 奪われた唇は決して胸の内圧を高めるものではなかったが、感動は確かに存在していた。状況が状況でなかったら、解放された途端に耕一の胸に飛びつき、喜びを声にしてさらなる抱擁を求めていることだろう。

 しかし…どう考えても今の耕一は異常であった。少なくとも、その喜びを共感してくれそうな余裕は微塵も感じられない。まるで獣であった。欲望を満たしたいという一念だけで、今の耕一は不埒を働いているように思える。

…そう言えば…

 誰が訪れるやも知れぬ玄関先で唇を奪われながらも、千鶴は脳裏にある記憶の断片を浮かび上がらせていた。

 それはいつのことだったろう、なにかの折に屋敷を大掃除したときのことだ。

 もののついでに、天井裏がどうなっているのか確認してみようと千鶴が上がり込んだところで…いくつかのガラクタを見つけることができた。

 その大半は意味もなく天井裏へと追いやられていた、まさに粗大ゴミと称して差し支えのないものばかりではあったが…その中には柏木家の家系図補足ともいうべき古びた文献があった。

 その補足はなかなか年代が古いものであるらしかったが、明治時代に入る直前辺りで記述が途切れてしまっていた。恐らく何代か前の当主がガラクタ整理をした際に、うっかり紛れ込ませてしまったものなのだろう。

 その補足というのは、屈強なる武士、次郎衛門の血を受け継いでいる者の死に様…病死、事故死、他殺など、死に様についての子細な記述であったのだ。

 そのなかでも、千鶴は特に怪訝に思った部分があり、とりあえず四姉妹で年長組にあたる梓を呼んで思案したことがあった。

 それは…次郎衛門直系の子孫で、特に男子だけに見られる死因であったが…異常なまでの性欲に憑かれたため、やむなく殺害、というものである。

 背後からの不意打ちによる刃傷のため、即死。

 性器をナタで切断されたことによる失血死。

 石で性器を叩きつぶし、そこから化膿したための病死。

…などなど、猟奇殺人にも似た記述も含め、数人の男性がこうして異常性欲の虜となったために殺害されていることが判明した。殺害した者も、いずれも身内の者であったことも添え書きされていた。

 千鶴や梓は…そして恐らく楓も、自分達には次郎衛門の血が、つまりは鬼の血が流れていることに気付いている。ここでいう鬼とはあくまで人間界での呼び方であり、正式にはエルクゥという異星人…気高く雄々しき狩猟民族のことを指す。しかも自分達はエルクゥの皇女の生まれ変わりであるということも、千鶴、梓、楓の三人は悟っていた。

…自分達のようにエルクゥとしての本能に覚醒し、なおかつそれを制御下に置けたとすれば、そこで人間としての自我は人間界に存在することを許されることとなる。

 しかし次郎衛門の…エルクゥの血を受け継いだ者の中には、その恐るべき力に屈して意識を占領されてしまった者も少なからず存在するのだ。そういった者達は、人間界にしてみれば明らかに異端であり…自然、気付かれぬうちに内々で抹殺してしまうこととなる。

 そういったケースに近いものとして、部分的にエルクゥとしての本能を…即ち異常性欲のみを覚醒させてしまう場合もあるようだというのが、その時千鶴と梓が出した結論だ。もっとも、その時には結論に対する有効な対処法までは考えつかなかったのだが。

 確かに、千鶴達の父親は身も心もエルクゥに染まりかけ、娘達に災厄をもたらすくらいなら、と自ら死を選んだ。耕一の父親…即ち千鶴の叔父もまた同じだ。

 それでは耕一はどうなのだろう。彼もまたエルクゥの血を引いていることには変わりはなく…まして彼は闘争本能の盛んな男性だ。今はまだそれに気付いている様子もないし、また、兆候も見受けられないが…いつエルクゥとしての意識が覚醒したとしても不思議はないし、しかも覚醒の可能性は女性よりも遙かに高いのである。

…その可能性が…今ということなのか…。しかも、部分的覚醒…。

 千鶴は耕一にのしかかられ、繰り返して唇を吸われながらそう考えていた。確かに今の耕一は文献にあったとおりの症状をきたしているようである。今朝までの耕一であったとすれば、たとえこれが悪戯であったとしてもこれほどまでの不埒を働くことはないだろう。

…耕一さんは、本当はもっともっと優しくて…なのに、なのに、これではっ…

ちゅう、ちむっ、ちゅちゅっ…ちゅぱ、はぁ、はぁ…ちゅっ…

 唇を吸われる音。唇のたわむ音。その隙間で濡れる音…。

 それら淫らな音が、千鶴に容赦のない現実を突きつけてくる。何よりも耕一の体熱、重み、息づかいは絶対に夢幻などではなかった。

「ちゅちゅううっ…ちゅ、ぱっ…はぁ、はぁ、千鶴さん…」

「はぁ、はぁ…んっ、うっ、ううっ…」

 思う様に唇を吸い、耕一は二人の間に密封状態を維持したままで頭を上げる。すると二人の唇は小さな水音とともに引き離され、ぷりんっ…と弾力良く震えた。耕一は愛しげに千鶴を見下ろしながら、口づけの余韻を楽しむようにそっと舌なめずりする。千鶴としては困惑するばかりで、そんな従弟の真意を探るよう二つの瞳を見つめるのみだ。

「こ、耕一、さん…いったい、どうして…」

「…エルクゥとしての本能さ…。エルクゥは元来、狩猟民族でしょう?狩猟を生業とするからには、常に危険がついてまわる。大怪我もするだろうし、狩るはずが逆に餌食にされてしまうことだってあるだろう。つまり、絶えず死の影とともに生きなければならない。死んでばかりでは種が絶えてしまう。だからこそエルクゥは…人間よりもずっとずっと性欲が旺盛らしい…。」

「ど、どうしてそんなことまで知って…ま、まさか本格的な覚醒…いや、意識の混在!?」

「そんなこと、よくわかんないけど…目が覚めたら、なんとなく知ってて…で、今日一日中、性欲と闘いながら考えついた、オレとしての推測だよ…。ガマンできなくなって…いっ、一回オナニーしたら、もう、気付いたら二度、三度と立て続けに繰り返して…。で、とうとう…一人で慰めるだけじゃ満足できなくなったってわけさ…。」

 耕一は千鶴の腰骨の上にまたがりながら、痛々しいほどに反り返って勃起しているペニスを右手にし、シゴシゴと音立ててしごいてみせる。濃く生え揃った性毛から突き出ている耕一のペニスは触れていたときよりも太く、長く千鶴の目に映った。

 幹とは質の違う先端の膨れ上がりようも物凄く、ツヤツヤでパンパンになっており…クッキリとしている裏側の筋からつながるくびれもまた、大きな段差でメリハリが効いている。はっきり言って、グロテスクであった。

「いっ、いやあっ…!!」

 千鶴は強烈な恥じらいと、例えようもない醜悪怪奇さのために両手で顔面を覆ったが、その奥の両目は指の隙間から異性の肉体に釘付けとなっていた。二十三という年齢にして初めて目の当たりにする勃起した男性器に、少なからず好奇心が先行してしまうのだ。

「ああ…千鶴さんの唇、とびっきり柔らかかった…。うわあ、オレもう胸がバクバクしどおしだよ…。余韻だけで、も、もう何回かオナニーできそう…!」

 とろん…と両目を細め、熱に浮かされたようにペニスを慰め続ける耕一。そんな耕一の表情とペニスを交互に見つめる千鶴も、覆った両手の向こうで、今さらながらにファーストキスの感動に打ち震えていた。

 中学時代はもちろん、高校生時代、国立の大学にいた頃でさえ経験できなかったキス…。でも今のは耕一との、一番憧れていたキス…。

 千鶴は唇を塞がれた感触が忘れられないらしく、口紅を整えるよう形の良い小振りな唇を何度も何度もモジモジさせた。甘酸っぱいようなせつなさが胸に満ち、呼吸が少しずつ早まって行くにつれ、顔面を覆っていた両手はゆっくりと下ろされてゆく。照れくさそうに上気した頬や額は、もうしっとりと汗ばんでいた。

「ね、千鶴さん…千鶴さんは、キスって好き?」

「ふぁ、ふぁあ…ううっ…うふんっ…」

 千鶴が心地よく脱力したタイミングを逃さず、耕一は右手の指先を彼女の首筋に忍ばせ、つつつ、と産毛をなぞりつつ、うなじへと滑らせてゆく。髪の隙間に指が潜り込むと、千鶴はピクン、と肩を震わせた。不安に曇っていた目元を少しずつ和ませ、指が数センチずれるたびにピクンピクンと反応する様はなんともいえずかわいらしい。

「ねえ、答えてよ、千鶴さん…」

「やぁ…あっ、あはぁあ…っ!く、くび、弱いっ…!あっ、だ、だめ…みみっ…!」

ちむっ、にむっ、にむっ…ちゅろっ、ちろっ、ちろっ…

 うなじに差し入れた右手に力を込め、千鶴の顔を横に倒すと…耕一は露わになった彼女の左耳に唇を寄せ、そのまま耳たぶをついばんだ。小振りな耳たぶはすこぶる赤く、熱く、柔らかく…発情した唇に心地よい。

 さらに舌先をとがらせて耳孔に侵入させると、千鶴はさざめくような身震いとともにかわいらしい鳴き声をあげた。のしかかられた下で腰をくねらせつつ、膝頭を、太ももを何度も何度も摺り合わせてしまう。

ジクン、ジクン、ジクン、ジクン…

 耕一からの間断のない愛撫によって、千鶴の真央は次第に焦れ始めていた。ぴっちり包み込んでいる薄物からの感触も増してきているのは、どうやら自らの内側も耕一のペニス同様、興奮に膨れ上がってきているためではないだろうか。

…やだっ、わたし…はしたないわ…。相手は耕一さんでも、乱暴されてるのよ…?

 千鶴の理性が、そう警鐘を鳴らす。それでも、愛しい男に組み敷かれ、恥も何もなく身体を求められたことが恥ずかしくもあり、不快であり…また、嬉しくもあり、誇らしくもあり…彼女を強く錯乱させるのである。

…耕一に、一人の女性として見てもらえている…。

 そう感じただけで、もはや理性や道徳が手の届かないところに流れていってしまうような気がした。それは敏感な性感帯の一つでもある唇を奪われたせいもあろう。もはや身体中が熱くてならない。キスは確実に千鶴を酔わせていた。

「千鶴さん、いい匂いがするね…。コロンとか、そんな余計な匂いじゃなくって…甘ぁい千鶴さんのフェロモンの匂い…。」

「や、いやですっ…わたし、いま帰ったばかりで…シャワーもまだっ…」

「自然がいいよ…ほら、千鶴さん…キスしよう?」

「ふぁ、うっ、ううっ…」

ちょぷ、ちゅ、ちゅっ…ちゅっ、ちゅっ…

 耕一に促されるまま、千鶴は唇を差し出して重ねてもらった。照れくさくてならないというのに…もう唇はキスの味を覚えてしまったらしく、いつしか千鶴の方から積極的に吸い付くようになっている。解放された左手は耕一の身体を突っぱねるでもなく、あろうことか彼の背中に回して抱き寄せるようになっていた。

 耕一はすっかりしおらしくなった千鶴に応えるよう、唇に少しずつ角度を付け、深く深く密着できるようにしてやる。千鶴も耕一の動きを悟ったものか、そっと耕一を噛むようにあごをハクハクさせつつ唇をすぼめ、キスの感触を貪欲に求めた。

ちゅっ、むちゅっ、むちゅっ…

 耕一も同じように唇をすぼめ、水飲み鳥のように何度も突っつきあい…

むにっ、ちゅみ、ちゅぴっ…

 上唇や下唇を意地悪くめくるよう、繰り返してついばみあい…

むちゅうううっ…ちゅぱっ、むちゅうううっ…ちゅ、ちゅうっ…ちぱっ…

 呼吸を止め、精一杯吸い付いて口づける感触を楽しんでは離れ、楽しんでは離れ…

 もうどれくらい唇での戯れを繰り返しただろう。千鶴の口の周りはもちろん、火照った頬も二人の唾液ですっかりベトベトになってしまった。

「ね、千鶴さん…もう一回聞くけど、キス、好き?」

「…はい…。」

 恥じらうように視線をそらしつつ、千鶴は小さくうなづく。耕一は柔らかく微笑むと、感涙に濡れている千鶴の目尻へオマケとばかりに口づけた。そうされた千鶴は淫らな告白を悔いるよう、きゅっと目を閉じ、真っ赤になった顔ごとそっぽを向いてしまう。左手は高ぶる鼓動を鎮めるよう、左胸に押し当てられたままだ。

 耕一はうなじに差し入れていた右手を再び戻し、千鶴のサマースーツのボタンをひとつひとつ丁寧に外していった。それに気付いた千鶴は耕一を制しようと左手を動かすが、あくまでそれは貞淑さを装うためのそぶりであるらしく…前を開けられるペースに追いつこうともしない。その気になればいつだって耕一の左手を払うことができるというのに。

 邪魔立て一つ無く、サマースーツのボタンをすべて開け放った耕一は、今度はVネックのTシャツをゆっくりとたくし上げていった。その間も、千鶴のすべすべとした頬に唇を押し当てることは忘れない。

 千鶴の頬はにきびやそばかすのひとつもなく、化粧も控えめであり…唇を押し当てて、そっとたわませるだけでも心地よさを堪能することができる。口づけては耕一が満足の溜息を吐くたび、それにあわせて千鶴も恍惚の吐息を漏らすようになってきた。

「千鶴さん、もうすぐおっぱい、見えちゃうね…。」

「いや、だめぇ…。わたし、胸、小さいから…こんな明かりの下で、耕一さんに見られたくない…」

「千鶴さんのおっぱいにケチなんてつけないよ…さ、あとはブラだけ…。」

「あっ、ああっ…!もういやぁ…恥ずかしくって、死んじゃいそう…!!」

 若干声のトーンを落としながら、耕一はパイ皮をはがすような手つきで千鶴のスーツを開け放した。そのまま胸元を突き出させるようにし、Tシャツをグイグイとたくし上げてしまう。これで千鶴は地味なデザインのベージュのブラに、ほどよくくびれているウエストを耕一の前に赤裸々さらけ出してしまった格好だ。

「おっぱいも…見るね。」

「あああっ…だ、誰か来たらどうするんですか…!?あっ、梓だって帰ってくるかも知れないのに…!!」

「あらかじめ仕組まれた本能には逆らえないって、いい見本になるよ…人間だって、エルクゥだって同じなんだってね…。思いきり見せつけたいよ、オレと千鶴さんの交尾…。」

「こっ、交尾だなんてっ…!!」

 予想外の単語で千鶴が恥じらっている間に、耕一の右手は無遠慮に彼女の背中へと忍び込んできて、ブラのホックを器用に外してしまう。ふわ、と布地が浮き上がり、Tシャツ同様前方にたくし上げられると…それはそれはかわいらしい女性の膨らみが、ほよん…と揺れた。揺れるとはいえ、それはあくまで慎ましやかであり…年長の姉という立場にしては、千鶴の乳房は少々発育不足気味のようだ。

「うわぁ…これが、千鶴さんのおっぱい…。」

「まっ、マジマジと見ないでくださいっ!お願いですからっ…!!」

「…オレのちんぽ、おっぱいで挟んでもらおうかと思ってたんだけど…思ってたとおり、無理みたいだね。」

「おっ、思ってたとおりってなんですかあっ!!」

「だから、千鶴さんっ…。」

 千鶴自身もバストのサイズに関しては少なからず劣等感を抱いているらしく、こういった状況にあってもキチンと耕一の意地悪に反応する。

 その反応すらも予想がついていたと言わんばかりに、耕一は千鶴の顔の横にまで進み出て片膝立ちの姿勢をとった。痛々しいほどに太く、固く伸び上がって天を仰いでいるペニスを右手にすると、つやめいて膨れ上がった切っ先を千鶴の眼前に突き出す。千鶴はたちまち両目を真ん丸に見開き、その迫力に息を飲んだ。

「ひいいっ!」

「ほら、見てわかるでしょう…?早く精子、出したいって…千鶴さんの中に、精子出したいって泣きそうになってるんだ…。ほら、ほらっ…うあ、ホント、待てない…っ!」

しゅごっ、しゅごっ、しゅごっ、しゅごっ…ニチュ、ニチュ、ニチュ…

 左手で床をつっぱねると、耕一は千鶴の目の前で身震いしながら自慰にふけった。ゆっくり、長いストロークでしごかれるうち、金魚の口のような尿道口からは無色の雫が少しずつ染み出てきた。くびれや幹が擦れる乾いた音は、やがてその潤滑液によって、濡れて粘つく音に変わってゆく。

「ああっ…ね、千鶴さん…セックスしたいよ…手で出すなんて…自分で出すなんて、もういやだよ…!お願いだから、させて…セックスさせてよぉ…!」

「耕一、さん…」

 千鶴は涙目で媚びてくる耕一を見上げ、ある思案を巡らせていた。

…わたしが、耕一さんを…殺す…?あの文献にあったとおり…?

 もちろん、健全な男子であれば女性を抱きたいという衝動は避けて通れないものであろう。千鶴にもそれくらいは理解できるつもりだ。

 しかし、今の耕一は完全に狂っているようであった。いかに性欲に憑かれたとしても、ここまで獣じみた求め方は人間として異常だ。なんの恥じらいも抱くことなく、道徳や倫理という言葉を本能のもとにねじ伏せてまで求めてくるのだから…。

…こうなってしまったのなら、もう…引き返すことはできないのだろうか…。

「ね、千鶴さん、頼むから…頼むからさせて、つらいよ、オレ…」

「つらい…つらい、んですか…?でしたら、わ、わたしが…わたしがっ…!」

 すっかり泣きベソになりかけた顔を近づけ、急かすように懇願してくる耕一に千鶴は我に返り、小さく呟くと右手を彼の股間へ進めた。それを見て耕一が安堵し、右手の筒を退けると…千鶴が代わりに勃起しきったセックスシンボルを包み込んでくる。

「わ、わっ…ち、千鶴さん…手で、してくれるの…?」

「ええ…今、楽にしてさしあげます…!」

 細くて冷たい指が、太くて熱い幹をそっとつまみ上げた…その時であった。

づぃんっ…。

 千鶴の右手の先、五本の爪が音立てて伸び、玄関の照明を鈍色に照らし返した。その長く伸びた爪はさながらカッターナイフのように鋭利であり、それでいてナタを思わせるほど重く、頑丈そうでもある。心なしか指の節も少しずつ太くなっており、右手全体が頑強さを備えたように見えなくもない。

 千鶴は鬼の…エルクゥの力を解放させたのだ。見れば彼女の瞳にも煌々とした光が揺らめいており、小さな八重歯も太く伸び上がって唇の隙間から見え隠れしている。

「ち、づる…さん?」

「つらいんでしょう…?ですから、わたしが…ひと思いにっ…!」

 千鶴の思いもしない行動に、耕一はまぶたをぱちくりさせて名前をつぶやいた。千鶴も耕一同様涙目になりながら…その禍々しい爪で耕一のペニスに触れる。

ぷつっ、はらっ…はらっ…

 何本かの性毛を切り落とし、幹の根本をそっとつまみ上げると、たちまち薄皮が裂けたのだろう、誤って剃刀を滑らせたかのように、表面にうっすらと血が滲んできた。

 それでも耕一は小さくうめくのみで、逃れようとも抵抗しようともしない。それどころかペニスはさらにさらに反り返り、ガチガチに硬直して身震いを繰り返している。先端からの逸り水の漏出もしとどであり、ビクン、と跳ねるたびに千鶴の頬へとポタポタ滴った。

「ちっ、ちっ…ちづ、るさんっ…そんなっ…!!」

「恨まないでください…このままでは耕一さんは、妹達にも、無関係の人達にも…!!」

 千鶴は痛々しげに反り返っている耕一の男根を…そして彼の苦悶するような表情を見上げながら、幾分涙声でそう叫んだ。

 この性欲の権化を断ち切らなければ…妹達はおろか、なんの罪もない一般の女性にまで被害が及びかねない。千鶴はそう確信していた。もはや耕一が狂気に憑かれているのは疑いようもないことである。暴走を食い止めるには今しか機会は無いし、そうできるのも、今は自分しかいないのだ。

 かといって、事はただ単に性器を切り取るというだけでは済まない。

 興奮の血をはち切れんばかりに巡らせて勃起している男根を切断されたとあれば…いかにエルクゥの血を受け継いでいる耕一とはいえ、失血死を免れないだろう。つまり、この好意は耕一の命を絶つということに直結するのである。件の文献が物語る、不気味な史実同様に…。

「やめて…千鶴さん…待って…!」

「せめて、命だけでも助かることを祈ってます…。だから、このまま…!!」

 耕一は命乞いするかのような情けない声を上げ、ゆっくりかぶりを振りながら唇を噛み締めた。それでも千鶴は躊躇うことなく、下から袋ごとすくい上げるように右手を忍ばせ…男根の裏側を通っている一本の筋を親指の爪でなぞり、濡れそぼっている先端に爪の先をひっかけた。そのまま、注射器を押すように中指と薬指の爪で幹の根本をつかむ。人差し指と小指も同様に、幹の中程を押さえつけた。

「許して下さい…耕一さんっ!」

 千鶴はそう早口につぶやくと、閉じられた爪の中で耕一の性器がただの肉塊になる瞬間を見るまいと目を伏せた。

 しかし、それより早く耕一は本能による命令を己の肉体に下してしまう。

「うあ、あっ、ああっ!ちっ、ちづるっっ…!!」

ぶちぢゅっ!!びゅびゅっ!

「きゃああっ!!」

びゅっ!びゅうっ!ドクン、ドクン、ドクン…

「あっ…すごいっ…!ちづるさんで、こんな…出るなんてっ…!!」

「ふぁ、ふぁ…ふぁあ、あああっ…」

 ぞくぞくっ…と背筋を震え上がらせ、感極まった耕一が親愛する従姉の名を呼び捨てにした瞬間…千鶴の親指の爪を押し退けるほどの勢いで、濃厚な精液がペニスの先端から音立てて迸った。複雑なパイプを刹那で駆け抜けた精液は、勃起しきったペニスの根本をたくましく脈動させてとめどないほどに噴出してゆく。

 小さな尿道口で勢いを増した精液は千鶴の親指で反射する形となり…結果、見上げていた千鶴の顔にボタボタと滴り落ちた。すっぴんに近い千鶴の顔いっぱいに降り注いだ精液は、たちまち生臭い命の匂いを湯気とともに放つ。新鮮で熱々の精液は、その粘りけもすこぶる強いらしく…千鶴のスベスベな頬の上にありながら、ドロリとしたままでなかなか流れ落ちようとしない。

「はあっ、はあっ、ぅあっ…あっ、ちづる、さん…」

 千鶴の顔を覆い隠すようなよつんばいとなり、耕一は恍惚に目を細めて荒ぶる息を繰り返した。上擦った声の混じる吐息は、まるでほんのりと桃色を呈しそうなほどであり…耕一がどれほどまでの快感に見舞われたかが伺い知れるだろう。

 事実、千鶴に爪でなぞられた辺りからあらゆる我慢が崩壊を始めていたのだ。いつ射精してもおかしくないほどに心地よかったのである。

 しかし、性器全体を右手で包まれ、そっと力を込められた瞬間…尾てい骨の裏側に圧倒的な射精欲が押し寄せ、身体は理性の命令に背き、力強く精を放ってしまったのだ。千鶴の内側であろうとなかろうと、それはもう想像を絶した法悦であった。

「すっ…すごいよかったよ、千鶴さん…。だめだよ…エルクゥの力を発揮しちゃあ…。力を発揮した途端、オレの、すごく反応して、ゾクゾクしてっ…!なんだか二回分くらいいっぺんに出ちゃったみたい…それくらい気持ちよかった…!」

「ふぁ、ふぁあ…こ、耕一さんの、精子…わたし、かっ、顔じゅうにっ…!!」

 すっかり両目を潤ませ、愛しげに微笑みかける耕一とは裏腹に、千鶴は呂律が回らなくなるほど激しい錯乱に見舞われていた。

 猛る男根をザクロのように潰そうとしていたのに…かえってそれが耕一の欲望を満たすことになってしまうとは、全くの予想外だったのだ。

 否、あからさまに予想外とも言えない。なぜなら千鶴は…耕一のペニスを一撃で再生不可能にする方法を模索するという建前の元、やはり彼を失うのは忍びないという甘さで逡巡していたのだから。やろうと思えば、人差し指の一振りで男根を根本から切断することだってできたのだ。

 そして、その甘さの結果が…この姿である。いかに強く欲情し、したたかな快感を得たとはいえ耕一の射精量は半端ではなく、同時に尋常ではなかった。彼の言うとおり、射精二回分はゆうに噴出しているのでは、と思えるほどだ。

 それだけ大量の精液を、一滴残らず顔面で受け止めてしまった。もちろんまぶたの裏にも、唇の奥にも忍び込んでいる。目は染みるし、なんとも言えない渋味が舌全体に拡がってもいる。

 ましてや、結果としては自分が耕一の手淫を手伝ったということになるのだ。性欲という耕一の苦しみを解き放ち、思うがままに射精させて楽にしてやった事実は千鶴の母性や達成感を心地よくくすぐりながらも、本末転倒と叫ぶ理性や羞恥心をも今まで以上にかき立ててしまっている。

「わ、わたし…わたしっ…わたしは、耕一さんの…」

「千鶴さんっ…。」

「きゃっ…」

 すっかり平静を失い、顔いっぱいに降り注がれた精液を拭うことも忘れてオタオタする千鶴の前に、耕一は身体をずらして顔を近づけた。思わぬ恥じらいが前に出て、千鶴は小さく悲鳴をあげる。

 二枚目を少し崩したような、どこか暖かなたのもしさを秘めた素顔で、耕一はいささか照れながら口を開いた。そっと指先で鼻の頭の汗を拭ったりする。

「そのう…きっとオレ、今出したばっかで、すっごいだらしない顔してると思うけど…もっと、もっと千鶴さんにしてほしいんだっ!今のだってホントに気持ちよかったよっ!?でも…オレ、まだまだ気持ちよくなりたいっ!千鶴さんにだって、気持ちよくなってもらいたいんだっ!!」

「耕一さん…」

 名前を呟き、それきり返答に窮する千鶴を見て、耕一は右手で彼女の顔から精液を拭い取っていった。頬や額を拭い、目元や唇は親指の先で丹念に拭う。

「ね、千鶴さんお願いっ!もう胸が小さいとか、年上だからとかでバカにしないからっ!お願いだから最後までさせてっ!!お願いっ!!」

「あ、あああっ…!」

 耕一は少しおどけるように懇願すると、己の精液で濡れた右手もそのままに、顔の前でぺちんと両手を合わせた。拝むように頭を下げつつ、様子を伺うように片目だけ上目遣いにして千鶴を見たりもする。

 その視線の先では…千鶴はたちまち両目の潤みを増していた。やがて感極まってしまうと、熱い雫は受け止めきれなくなった目元から、ぽろろっ…とこぼれ落ちてしまう。

…耕一には敵わない…。耕一を殺すことなど、やはりできない…。

 千鶴は心の芯から降伏することを決めた。

 今の耕一がどれだけ危険な存在であろうとも…長年の間、愛しさを募らせてきた相手を殺すなど千鶴には不可能であった。ましてや自己犠牲の一心で自害を選んだ者を過去に見てきていることもあり、もはや寂寥感など微塵も感じたくはなかったのだ。

 たとえ耕一がこのままだったとしても…自分が食い止めればいい。

 妹達に非難されようともかまわなかった。自分が耕一からの精を、情欲をすべて受け止めていさえすれば、それで誰にも迷惑が及ぶことはないだろう。いかに性に貪欲なエルクゥの血を引いているとはいえ、立て続けに十回、二十回と放つことはできないはずだ。

…もしかしたら…それはそれで、幸せなのかもしれない…。

 そう心に言い聞かせたからこそ…千鶴はゆっくりと両手を差し伸べ、耕一を胸に迎え入れたのだ。耕一はたちまち人なつっこく表情をほころばせ、無遠慮に千鶴へとのしかかってくる。その表情こそは、千鶴が憧れて止まないものであった。

…狂っていたとしても…耕一さんは、確かにここにいる…。

「いいんだね…オレ、最後までするからねっ?一回じゃ済まないかもしんないよ?きっと、何回も何回も…千鶴さんに出しちまうよ?」

「ええ、かまいません…。わたしでよければなんべんも、なんべんでも抱いてください…。耕一さんが満足できるまで…わたしを身ごもらせるくらいに出してください…。」

「…ちづるさんっ!!」

ちゅっ…。

 眩しげに目を細め、たおやかに微笑みかける千鶴を前に…耕一はいても立ってもいられなくなり、名を叫ぶと無我夢中で彼女に口づけた。

 重ねるというよりは、むしろ貪ると表現した方が適切なほどの口づけであり、耕一は向かい合う顔に角度を付け、人工呼吸のマウストゥマウスのように千鶴の唇を塞いだ。そのまますっぽり食らい付くと、弾力良く唇をたわませながらあごを閉じてゆく。千鶴もそれに合わせ、耕一がするのを真似るようにゆっくり唇を開閉させる。

「ちゅ、ちゅちゅっ…ぷぁ、ち、ちづるっ…ちづるさんっ…ちづるさんっ!!」

「ちゅ、ぢゅっ…ん、んふっ…こ、耕一さん…耕一さんったら…わたし、わたしなら、目の前に…っ!」

 二人は互いの名前を呼び合いながら、玄関先でもつれ合うように唇を重ね合った。前髪が閉じたまぶたをくすぐり、汗ばんだ鼻先が悪戯っぽく突っつき合う。恥じらいを忘れた荒い鼻息もそれぞれの頬に熱く降りかかってきた。

 その熱はゆっくりと身体全体にまで拡がってゆき、耕一はTシャツの中を、千鶴は背中からスカートの中までを蒸せるほどに汗ばませてしまう。

ちゅ、ちゅちゅっ、ひゅぢゅっ…ぴちゅっぷ、ちゅぴ、ちゅっ…

 その燃え方はいよいよ増し、耕一も千鶴も唇の隙間からわずかに舌を差し出すようになってきた。唇が密着するたびに舌先も柔らかく触れ合い、互いの唾液の味がそれぞれの口中へと流れ込んでゆく。

ぢゅぢゅっ、ひゅぢゅぢゅっ…ちゅううっ、ちゅうっ…ちゅぱ、ちゅ、ちゅぱっ…

 耕一は千鶴からの唾液をすすり、千鶴もまた耕一からの唾液をすすり…二人の唇はすっかりびちょびちょになって、密着が解かれるたびに混ざり合った唾液は淫らにきらめく糸を引かせ始めた。その糸が唇どうしの離別に絶えきれなくなり、ぷつん、と切れるごとに耕一も千鶴も唇を焦らしてしまい、また再び求め合ってしまう。やみつきと呼ぶには十分な姿であった。

 そうこう角度を変え、唇どうしの密着を何度も何度も模索しているうち…千鶴の頭は右へ左へずれ動き、固い床を、ごろ、ごろ、と鳴らしはじめた。それに気付くと耕一は左手を彼女の後頭部に忍ばせ、優しくかいぐりするように包み込んでやる。

「はぁ、はぁ…これで…ちゅ、ちゅっ…痛く、ないでしょ…?」

「ええ…うふ…ふんっ…だ、だいじょうぶです、すみません…」

 耕一の気配りが嬉しく、千鶴は彼の背中に両手を回してさらにさらに唇を求めた。耕一の背中は、こうしてすがりつくとなんとも大きく、また、胸板も厚く、広く…実にたくましくて男らしい。実際、腕なんかも太く、筋肉質であり…手の平もまた、大きい。

 そんな大きな耕一の手の平が、ふいに千鶴の左胸を包み込んできた。キスの感触に夢中になりながらも、もうひとつ先の愛撫に歩を進めたくなったらしい。拭った精液に濡れたままの右手で乳首に触れると、千鶴はキスから逃れるよう、顔を背けてしまった。耕一はすぐさま上体を起こし、不安に瞳を曇らせる。

「千鶴さん…」

「ちっ、違うんです…その、耕一さんの右手…ヌルヌルしてるから、くすぐったくって…」

「えっ、じゃ、じゃあすぐに洗ってくるからっ…」

「いえ、いいんです…ちょっと、貸していただけませんか…?」

「え?」

 千鶴は耕一に退いてもらうと、向かい合うようにして上体を起こした。戸惑う耕一をよそに、そっと両手で彼の右手を取る。手の平は拭い取った大量の精液でベトベトであり、真っ直ぐ縦に伸ばせば、黄ばんだ雫はたちまち伝い落ちかねないほど濃厚にまとわりついている。

「さっきは耕一さんが、わたしの顔から拭ってきれいにしてくださったんですもの…。今度はわたしがきれいにしてさしあげますね…。」

「え、えっ…千鶴さん…」

 言うが早いか、千鶴は耕一の手の平を口許に寄せ、目を閉じ…

ぺろ、ぺろっ…ぴちゅ、ぴちゅ、ちゅぴ…んくっ…ちゅちゅっ、ちゅぶ、ちゅっ…

 手の平全体に口づけしながら、子犬が空になったミルク皿にするよう、舌の腹を拡げて念入りに舐め上げた。先程までのキス以上に唇は濡れ、粘液状の糸を引き…舌なめずりして精液を拭う舌先をもヌルヌルとぬめりを帯びているため、口の周りは艶めかしく玄関の照明を照り返すようになってしまう。

 それでも千鶴は気後れすることなく、うっとりと目を細めながら指の隙間にもひとつひとつ丹念に舌を通わせた。伸ばした舌で指の間を裂くよう、前後に往復して精液を舐め取る。舐め取った精液は、躊躇いがちではあるが小さく喉を鳴らして嚥下してしまう。

 そして、親指から人差し指、中指、薬指、小指と…一本一本キスしてから口に含み、丹念にしゃぶった。きゅっとすぼめた唇の奥では、生暖かくて柔らかな舌がとろけそうなほどにのたうち、指にねちっこく絡まり付いてきてくれる。ゆっくり頭を振りながら、ちゅぱちゅぱ音まで立てるところがなんとも猥褻だ。

 そんな光景に、当事者である耕一が平静を保ってなどいられるはずもない。心ゆくまで精を放ったばかりのペニスであったが、今やすっかりガチガチに漲り直し、耕一の左手の中でさらにさらに興奮を募らせていた。耕一は恥も何もなく千鶴の前で自慰にふけり…シゴシゴとペニスをしごき立てている。

「ちっ、ちづるさん…丁寧すぎるってば…はぁ、はあっ…ちづるさんっ…」

「ちゅぴ、ちゅぴ、ちゅぢゅっ…ちゅぽっ…はぁ、精子って…こんな味がするんですね…。飲んだのは…今日が初めてです…」

「ごめん、千鶴さん…オレが我慢しきれなかったばかりに…」

「いえ、あっ、あの…お気になさらないでくださいっ…わたしこそ、耕一さんの…爪で傷つけてしまって…ひどいことをしてしまって…」

「千鶴、さん…」

 千鶴は耕一の右手からきれいに精液を舐め取ると、すまなそうに眉根を寄せながら彼の瞳を覗き込んだ。耕一が千鶴の瞳に…その冷ややかな黒い瞳に見入っているうち、千鶴の右手が勃起しているペニスに触れてくる。先程とは違ってエルクゥの力は発揮しておらず、白くほっそりした指先で、噴出しきれずに付着した精液がわずかに乾き始めている亀頭をムニムニと指圧してきた。

「ま…また、さっきの…してくれるの…?」

「えっ、あ、いや…今度はわたしの…その、お口じゃ…だめですか?」

 

 

 

つづく。

 

 

 


(update 99/09/03)