著者からのお断り
本作品はあくまでフィクションであり、物語に登場する人物と著者とはまったくの別人であることをお断りしておきます。
このマンションの浴室へは、洗面所も兼ねた脱衣所を通らなければいけない。
脱衣所の二段式脱衣カゴには上下に三人ぶん、すなわち家族全員のバスタオルが整然とかけてあるが…そんな脱衣カゴの整頓を乱すように、上のカゴには涼子のスエット、そして淡いブルーでお揃いのブラとショーツが無造作に投げ込まれていた。浴室への仕切りドアの向こうから決して上手いとは言えない歌まで聞こえてくることからも、すっかり涼子は浮かれ調子で上機嫌になっている様子だ。
「妙にハイテンションだな、涼子のヤツ…。」
スーツをクロゼットにしまい、シャツを片手に下着だけの姿となった愁一郎は仕切りドアの向こうを見透かすようにしながらつぶやいた。
上のカゴが見たとおり占領されてしまっているので、下のカゴに自らのパジャマと新しいトランクスを置き、洗面台の横にある洗濯カゴに今日一日の汗を吸い込んでくれたシャツと下着を放り込む。引き締まった身体を赤裸々さらけだしてしまうと今さらながらに照れくささがこみ上げてきた。ペニスは高ぶりを落ち着かせてくれたが、今度は気恥ずかしさが情欲を上回ってしまったのだ。
浴室から聞こえてくる陽気な歌声が情欲を減少させている事実も否めないところではある。子供のように風呂でふざけ合うような感覚は性欲を忘れさせながらも、精神年齢が性別を意識する気持ちを強く残すためにどうにも入りづらい。
「それでも時間もないしなぁ…ええいっ!おい涼子!入るぞ?」
「うん、いいよぉ!湯加減も最高にしてあるよぉ!」
淫らな雰囲気を引きずったままならともかく、これだけ楽しげに振る舞われると照れくさくてならない。愁一郎は左手で前を隠しながら仕切りドアを開けた。
「…ちわーっす。」
「やぁ、来た来た!早く早く!」
遠慮がちな愁一郎の声を聞き、涼子はビヤホールで最初に注文したビールが届きでもしたかのような声で彼を迎える。
涼子は仕切りドアのほうを向きながら湯の中に肩まで浸かっていた。クセッ毛の髪がしっとり濡れていることからも、かけ湯とばかりに頭からシャワーを浴びたらしい。
「…なんでこっち見てんだよ、普通あっち見て待ってるもんじゃないのかよ?」
「そんなの関係ないだろぉ!さ、早く入って暖まろ!」
「…湯があふれちまうな…。じゃ、失礼しまーす…。」
「また足しとけばいいじゃん!気にしない気にしない!」
楽しい時間は少しばかりの水道代には代えられない。涼子は気楽な口調でプラスチック製のバスタブをポンポン叩き、愁一郎を急かした。
急かしたとはいえ、このマンションのバスタブはさほど大きなものではない。大人が子供と一緒に入るのならいざ知らず、大人が二人…しかもそこそこ長身である愁一郎と涼子が入るとしたらどうしても脚を曲げて窮屈な姿勢にならざるをえない。湯は少なくて済むかもしれないが、リラックスできるかどうかはまったくの別問題だ。
ざばざばー…。
愁一郎が気恥ずかしげに湯の中へ下肢を沈めると、危惧したとおりで風呂の湯は盛大に溢れ出てしまった。こぢんまりとした体育座りでどうにか肩まで浸かると、そこで満面の笑みを浮かべた涼子と視線が合う。
「えへへ、愁一郎と混浴!ホント、風呂っていいよねぇ!」
「…確かに涼子って風呂好きだよな、よくよく考えたら。」
「そりゃ当然だよ!なんてゆうかな、こう、全身がいっぺんに気持ちいいじゃん?きっと身体がおかーさんのお腹の中を覚えてるんだろうな。」
「なるほど。そう考えると気持ちいいというか、落ち着ける理由に説得力が出るな。」
愁一郎と風呂に入れたことがよっぽど嬉しいのだろう、いつもの調子に輪をかけて涼子は饒舌だ。
実際、涼子は大の風呂好きである。各種取りそろえてある入浴剤はほとんど涼子が選んでくるものだし、時間が合えば仕事帰りに銭湯に寄ったりすることもある。
まとまった休日には温泉に行きたいとつねづね口にしたりすることからも、彼女がどれだけ風呂好きかが窺えるはずだ。
そんな楽しげな涼子を見ていると、愁一郎も次第に緊張が解きほぐされてゆく。湯の温もりによる心地良さと、無邪気な涼子からの雰囲気が男女という性別を淡いものにさせてゆくのだ。本当に仲の良い友達と風呂に浸かっておしゃべりしているような、何気ない気分に胸が安らぐ。
「で…?涼子、話の続き…聞かせてくれるんだよな?」
「え?うん…な、その前にもうひとつ…いい?」
「注文が多いヤツだな、なんだよ?」
「後ろ…向いてくれる?」
「…わかった。」
いかに風呂が楽しいとはいえ、三弦に関する話はどうしても違う意識が涼子に介入してくるらしい。湯の温もりでほんのり赤くなっている頬がさらに赤くなるのを見て取り、愁一郎は深い追求はせず、言われるままに後ろを向いた。
湯の中で百八十度身体を反転させ、背中を向けた格好の愁一郎を涼子はゆっくり胸元へ引き寄せる。一瞬戸惑いに胸を高鳴らせた愁一郎であったが、されるがまま涼子の胸にゆったりと背中を預けた。涼子は緩やかに開いた両脚の間に愁一郎を迎え入れ、そっと脚を前方に伸ばす。
「これならもう少し、脚伸ばせるだろ?」
「ああ…。わぁ、なんか照れくさいけど…落ち着くぅ…。」
「ふふふ、おかぁさんですよぉ?なーんて!」
バイクのタンデムシートのように、愁一郎と涼子は並んで体育座りになった。ゆったりと背後にもたれかかると、得も言えぬ安堵感がそれぞれの胸に拡がってゆく。
特に涼子のおどけた言葉は愁一郎に深いノスタルジーを抱かせるに十分であった。胸は控えめであるものの、それなりに大きな身体で包み込まれると不思議なくらいに落ち着くのである。たとえそれが狭いプラスチックのバスタブであったとしても…。
きっとこんなリラックスは貸し切り状態で入る露天風呂でも得られないのではないか。
そう感じた愁一郎はすっかり調子を取り戻し、ついつい悪い癖を出して涼子をからかってしまう。
「オレのオフクロはもう少し胸、あったぞ?」
「…死にたい?」
「わっ!わかったからやめろっ!のぼせるっ!!」
愁一郎の戯れ言に、涼子はニコニコしながらスリーパーホールドをかけた。苦しげにジタバタあがく愁一郎の顔がみるみる赤くなってゆく。
スリーパーホールドの両腕がゆっくり解かれると、その両腕はそのまま愁一郎の胸元を包み込むように抱いてしまう。どうやら涼子自身から続きを話したくなったらしい。こうなるともう過剰な戯れは禁物だ。愁一郎はそっと涼子の手に触れながら言葉を待った。
「まず最初はね、初めてのライブが大成功に終わったとき。これは愁一郎とは関係ないんだけどね。」
「初めてのライブ、かぁ。」
「うん。学祭の時だったよ。十九才だった。必死になって練習して…学祭までになんとかものになって、人前で演奏して恥ずかしくないなって自信持てた頃だったなぁ…。」
涼子がバンドを組むきっかけになったのは、同じ学部の仲間に誘われたからであった。
共通のアーティスト嗜好を持つ五人が集まり、淡い憧憬を胸に自分達もバンドをやってみたいという実行意欲を持つ…。そんなありふれたきっかけが始まりだった。
それは興味の他に、現実逃避の意味合いもあったのではないかと涼子は思っている。
恋心を抱いていた愁一郎は親友である辻ヶ谷みさきとつきあうようになり、そして進学先も自分とは異なってしまった。
高校時代であれば、廊下ですれ違ったときにでもおしゃべりのひとつくらいはできた。なんとはなしに電話をかけたとしても、親しくしていただけにさほどの違和感も生じなかった。
しかし、大学に進んでからはそれぞれでまったく別の時間を過ごしているのである。ましてやみさきと同棲まで始めているとあっては、会いたくともおおっぴらに会うわけにはいかない。
そんな現実に目を背け、愁一郎をきっぱり忘れ去るには陸上部の運動だけでは足りず、また、身がもたなかった。だからこそ視野を拡げるという大義名分の元、バンドに打ち込んでみるつもりになったのだ。
どうせやるなら本格的にやりたい。中途半端なギターならすぐに投げ出してしまうかも知れない。
そう考えた涼子は期間限定でアルバイトを追加し、なけなしの貯金をはたいて今のレスポール・カスタムを手に入れた。シンプルなデザインと、それによる響き。そしてステータス的な存在に惹かれたところがあったのだ。
それ以来、アパートにいる間は片時もギターを離さなかった。
ひとつコードを覚えては喜び、左手の指が言うことを聞かないと悔し涙を流し、一曲を完コピしては仲間に連絡して…。持ち前の集中力は必然的に涼子のギターテクニック上達に繋がっていった。
「でも涼子?大泣きした時ってのは三弦が切れたときなんだろ?そんな状態のギターでライブが大成功したって言えるのか?」
「お、鋭いね!さすが愁一郎!」
胸の前で交差されている涼子の腕を撫で、彼女と指を組むようにして手を繋いだ愁一郎は思うところがあってそう尋ねた。涼子は繋いだ左手の指をしなやかにくねらせながら小さく微笑む。
「学祭のステージはね、対バンだったんだ。ゲストのバンドをいくつか招待してさ、あたし達が最後に演奏するって感じ。で…いよいよあたし達の番だ!って気合いを入れて、さあ一曲目ってときに…びぅん、だって。ははは、なんであのタイミングで切れたのかな、よりによって三弦が…。」
「げ、一曲目から切れたのか!?じゃあどうしたんだよ?」
「対バンって言ったろ?よそのバンドのギターのヤツがさ…真剣に見ててくれたんだろうな、これ使え!って慌てて走ってきて…。」
ドラムスティックによるカウントが終わり、いよいよイントロのギターリフ…といったところでものの見事に三弦が切れてしまった。そのとき、涼子は目の前が真っ白になり、周りの音もどこか遠くのもののように聞こえたことを今でも鮮明に覚えている。
観客はともかく、バンドの仲間は様子がおかしいことにすぐに気付いて視線を送ってくる。そんな焦りと困惑で茫然自失としかけたそのとき、
『おい、これ使え!安モンだけど鳴りはいいから!』
と、ステージ袖から招待バンドの青年が、彼が愛用している黒いストラトキャスターモデルをひっつかんで駆けつけてくれたのだ。
着せ替え人形のようにされるがまま、ストラップごとそっくり交換してなんとか演奏を再開したところまでは覚えているが…きっと無我夢中で演奏していたのだろう、気が付けば盛大に拍手を贈ってくれている観客に深々と頭を下げているところだった。
「で、袖の方を見たらそいつも…もちろんそのバンドみんなが拍手してくれててさぁ…借りたギターをギュッて抱き締めて、そのままヘナヘナヘナ…。」
「なるほどね、そこで大泣きってか?」
「うん…。メチャクチャ嬉しくって…バンドやってよかった!って、本気で思ったよ。」
「いい話じゃん。でもカッコイイね、そのエピソード!」
愁一郎も涼子の経験に少なからず憧れるものが生じたらしい。幾分声のトーンを上げ、空いている左手で弦を押さえる真似をしてみる。
やがて涼子は繋いでいた手を離し、愁一郎の腕を撫で上げてから両肩を包み込んできた。つかまるようにそっと力を込め、そのまま首をもたげるようにして…こつん、と愁一郎の後頭部に額をつける。
「涼子…?」
「で、ふたつめの大泣き…。今度もね、やっぱりバンド絡みなんだけど…」
「オレが…関係してくるってヤツか?」
「直接的な関係は無いんだけど…。あれは大学四年のときだったな、あたし達のバンドも四年目になっててかなりのレベルになってたんだ。学祭やライブハウスとかの評判だって良かったし。ともすればインディーズでCDを出そうか、なんて話も出たくらいなんだよ?」
最初のステージを大成功に終わらせてからは、涼子達のバンドは積極的に活動の幅を広げていった。
校内でのイベントのみならず、他の大学や高校でのイベントにも頭を下げて出演させてもらったことがある。それだけの自信がメンバーそれぞれに備わってきていたのだ。
そのうち市役所の小さなホールを借りたり、町営の体育館を借りたり、スケジュールを立ててはどんどん行動範囲を広げていった。それは自ずと知名度の上昇にも繋がり、こちらから出演を頼み込んでいたはずの学校の方から依頼が来るようにもなってきた。
そして、初のライブハウスでのステージでもそれなりの評価を得ることができた。
また、今までがボランティア的なライブ活動であっただけに、自分達の演奏で報酬が得られたということはバンドとしての確固たる自信を再確認できることにもなった。
従ってそのアピールを全国的なものにしようという考え…即ちCDを自主制作しようという考えに至るのも自然な流れであろう。
曲はコピーのみならず、オリジナルだって用意がある。しかも人気のある曲はライブハウスで演奏してもかなり好評でウケが良いのだ。
趣味で始めたバンドではあったが、ここまでくるとバンド内でも周りからも、行けるところまで行ってみようという気概が強くなってきていた。そして、アルバムを作るという意志をライブハウスで宣言までしてしまったのである。
「だけど…結局CDは作らなかったのか?」
「うん。作らなかった…というか、突然解散状態になっちゃったんだ。」
「え!?解散!?どうして!?」
「四年生だから就職活動にも力を入れないといけないし…それと…」
「うん…。」
肩をつかんでくる涼子の手に力がこもり、言葉が途切れる。愁一郎は心持ち背中を丸めて涼子への圧迫を減らしてから、一言だけで続きを促した。ここから先が言いにくい…告白しにくいところなのだろう。愁一郎にすがりつくよう、涼子は柔らかな胸を彼の背中に押さえつけてきていた。
「アルバム製作宣言しちゃった夜なんだよね…。いつものようにライブ後の飲みに行ったんだけど…。製作会社はどこに依頼しようか、スタジオはどこに予約を入れようか、どんな曲を入れようか、そんな話で盛り上がっちゃって…飲み過ぎたんだよね。」
「涼子が飲み過ぎぃ?」
「うるさいな、飲み過ぎたんだよっ!あたし、フラフラになっちゃってね…ヴォーカルのヤツに肩借りて、そのまま運ばれてったんだ。そいつの家に…。」
「…」
角度を変え、頬摺りするように頭をもたげてくる涼子。愁一郎はされるがまま、何も言わずに言葉の続きを待った。なんとなくの予想はついたが、余計な相槌は打たないことに決める。
「…正直に言うと、どんなことをされたのかはぜーんぜん覚えてないんだ。ただ次の日の昼に目が覚めてさ、ここどこだぁ?ってきょろきょろしてたらソイツの家だってわかったんだけど…ソイツ、もう出掛けてて。後に残ってたのは『夕べは悪かった』なんて書き置きが一枚とポカリスエット、それと…歩きにくいったらないアソコの痛み…。」
確かに、当夜の記憶は完璧に欠落している。ヴォーカルの男に肩を借りて店を出たところまでは覚えがあるのだが、それからどこをどうして移動し、どういう事情があって抱かれたのかは少しも記憶にないのだ。
二日酔いによる激しい頭痛で目が覚めたときは、ただ一人きり裸のままで毛布にくるまっていたのである。あっと思って事情を想像し、立ち上がろうとしたときにはもう膣口からその奥がきしむように痛みを発していたのである。
その晩彼に電話をかけて事情を聞いたところ、あくまで合意だった、もちろん避妊はした、という話であり…童貞を卒業したいがために拝み倒して無理を通したという話なのだ。酔った弾みでロストヴァージン、という話は涼子自身も友人から聞いたことがあったが、まさか自分がそうなるとは夢にも思っていなかった。
「ま、いっかぁ…って気持ちだったんだよね。受話器を置くまでは。受話器を置いて寝そべった途端、思い出しちまったんだ…あの夜の光景じゃなくって、意識を…。あたしね…痛いの堪えるふりして、ずうっと心の中で…」
「うん…」
「『愁一郎、好き!』って叫んでたんだ…!」
背後で涼子の身体が微震を始める。どうやら意識がフィードバックを起こしたらしく、嗚咽するような声が愁一郎の耳元に聞こえ始める。
「あたし、愁一郎のことぜんぜん忘れることができてなかったんだよ…!バンドに夢中になっても、違う男にヴァージンあげちゃっても…!!枕に顔埋めてさ、一晩中狂ったみたいに泣き叫んだよ、後悔して…自分を責めて…あんな気持ちのままなら、こんなことになるんなら飲みに行くんじゃなかったって…!!」
「涼子…」
「それで…それで、ね?やっぱり三弦…切れてた…。ケース開けたらね。」
嗚咽の合間にかろうじて言葉を紡ぎ出す涼子を背にし、いたたまれない気持ちが…抱き締めてあげたい気持ちが愁一郎の胸を占める。
せめてもと自らの後頭部を掻くように左手を上げ、もたげてきている涼子の頭を撫でてやった。それを合図のように涼子は肩に置いていた両手を湯の中へ潜らせ、愁一郎のわきを抜けて胸板を抱き締めてくる。
「えぐ、うぐっ…うううっ…うっ、うっ…!!」
「涼子、もう泣かないで…。いつまでも気に病むことじゃないよ、そんなことこそさっさと忘れちまえよ…。」
「うん…ごめん、なんかまた泣いてるし…ごめんね、ごめん…」
愁一郎は繰り返し繰り返し涼子の頭を撫でながら唇を噛み締めた。涼子のひたむきな性格がわかっているだけに、彼女の心情も痛いほどに伝わってくる。
こんな場面に限っては慕われていることがつらかった。なんとか落ち着かせ、安心させようと一生懸命に力を込めて彼女の頭を撫でる。
そんな愁一郎の肩に、涼子は涙をポタポタと滴らせながら声を殺してすすり泣いた。存在を確かめるように…感触を求めるように締め上げるほどの力でしがみつく。
結果論ではあるが、こうして再び愁一郎と顔を合わせることができる日々が来るのであればあの夜だけは無かったことにしたかった。少なからず処女性を神聖視している涼子にしてみれば、合わせる顔がないほどでもあった。
軽はずみな行動で清純さを失ってしまった女など、信用してもらえるはずがない…。
その想いは泣きはらした翌日から今の今まで引きずったままの深層心理であった。
周囲からの説得やヴォーカルの土下座を拒んでまでのバンド脱退。
髪の脱色。
そして、ピアス…。
しかしそれらは決して自暴自棄ではなく、もう一度生まれ変わろうという涼子なりの再出発の準備だったのだ。片思いに対する悪あがきにも似た後始末とも呼べるかもしれない。
「涼子…そっち向いていいだろ?なんかオレ…落ち着かないよ。」
「…うん。愁一郎の胸、貸してくれる?」
「もちろん。押し売りしたいくらいだ。」
涼子から身体を解放してもらうと、今度は愁一郎がバスタブの端に背中を預けた。浅く腰掛けた体育座りのまま、涼子を胸元に招き寄せる。
愁一郎の上をまたぐようにして歩み寄ると、涼子は彼の頭を抱き込むようにして飛びついてきた。控えめな胸はあくまで控えめに、愁一郎の胸にそっと触れる。
「…デカい女でごめんね。今、愁一郎に胸借りたら…わたし、溺れちゃう。」
「…じゃあベッドに行ったら、あらためて貸してやるよ。」
「ううん、その時はもういらないっ。」
「こいつぅ…。」
ちゅっ…。
今ある幸せを確認するため、涼子はせがむようにして愁一郎に口づけた。愁一郎も拒むことなく、涼子のしたいがままに唇を差し出し…また、満足できるように応じる。
涼子は愁一郎の頭を抱えながら、一心不乱に唇へと吸い付き…
愁一郎は涼子の滑らかな背中を丁寧に撫でつつ、唇をついばむようにし…
ちゅっ、ちゅぢゅっ…ちむっ、ちょむ、ちょ、ぴ…ちゅ、ちゅっ…
赤い唇を艶めかしくくねらせ、押し当てながら愛欲を求め合った。唇の立てる濡れた音が白い湯気とともに浴室を満たす。
「ちゅ、ちゅちゅっ…ちゅぱっ…愁一郎…嬉しい…。」
「よかった…涼子、もう大丈夫?泣かないよな?」
「うん、大丈夫みたい…いや、もう絶対大丈夫!」
ハキハキした口調で言い直すと、涼子は白い歯を見せて屈託無く笑った。とりあえず満足できたらしく、元の位置に戻ってバスタブに背中を預ける。二人は向かい合って湯に浸かっている元の体勢に戻ってしまった。
「じゃあ三回目の大泣きはいつなんだよ?」
「三回目は…愁一郎だって覚えてるはずだよ?」
「え?オレも知ってるってか?」
「カラオケ大会が中断したとき。ほら…あたしが初めて…その、愁一郎と…」
「あ…ああ、あの時かぁ!ビックリしたんだぞ、あの時は!」
言われてみると確かに、三回目の大泣きは愁一郎にも覚えがあった。というよりも、その時は二人、ベッドの上で身体を重ねていたのである。
ことの始まりは物置整理から始まる。
このマンションには各部屋専用と言うことで、最上階のフロアーをロフトスペースとして使用している。プールなどの更衣室のように、ロッカーならぬ物置が整然と配列されているのだ。もちろん借りる借りないは自由であり、借りられていない物置は別の部屋の住人が借りることもできるようになっている。それは地下の駐車場にしても同じ事だ。
愁一郎達もさすがに六人家族というだけあって、普段使わないもの…例えばスキー用品なんかを収納するためにこの物置を使用している。
ある日、物置の中身を整理整頓して不要なものは捨ててしまおうという提案のもと、六人して物置に行ってみたのだ。そのとき、ハードケースに入れられたままの涼子のギターが発見されたのである。
涼子自身はバンド脱退以来、もうギターは弾くまいと思って固く封印していたのだ。一度は手放そうかとも考えたのだが、やはり様々な記憶が染みついた愛機を失うのは忍びなくなり、ここに引っ越してくるときに物置の奥へ片付けてしまったというのである。
「確かチャキちゃんだったな。せっかくこんないいギターがあるのに弾かないなんて、ギターだって泣いてるよ!なんて上手いこと言ってさ。」
「あれって誰かの歌のタイトルをパクッてんだぜ、きっと。」
「そうなのかな?」
日の目を見なくなって久しかったギターを救い出した記憶を思い返し、二人は懐かしげに微笑を交わした。
結局智秋の提案は満場一致で可決となり、めでたくレスポールは暗い物置から華やかなリビングへと移動することになった。
涼子がバンド活動をやっていたという話は全員その日が初耳であったため、物置整理もそこそこにさっそく演奏会が始められた。
ギターアンプこそないものの、涼子は当時得意だったコピーナンバーにオリジナル曲、そしてステージでの見せ場でもあるギターソロまで披露してくれた。本人が語るほど鈍ったとも思えないギタープレイに、固唾を呑んで聴き入っていたみんなが拍手しては意外がり、感動の溜息を吐いては絶賛したことはまだ記憶に新しい。
そしてそのまま夕食の時間になってしまったのだが、時間がずれ込んでしまったためにそのままイブニング・パーティーをやろうということになった。冷凍食品から始まる簡単な料理に様々なアルコールで舞台を整えてから、涼子のギターからなるカラオケ大会へとなだれ込んでゆく。
少し時代遅れにはなっていたものの、当時流行していたポップスなどのコード進行がたくさん掲載されている音楽雑誌をめくり、涼子はリクエストに応えて次々と弾いてくれた。そしてみんなが時間を忘れて合唱し…。
さすがにギターも久しぶりの熱演に疲れたのだろう。そろそろ日付が変わろうという時間になったとき、びぅん、という独特の音を立てて三弦が切れてしまったのだ。時刻も手頃だということもあり、ここでパーティーは解散、ということになったのである。
「みんな歌い疲れたみたいでさ、片付けもそこそこに布団ひいて、さっさと寝ちゃったんだよね。」
「そうだそうだ、あんた達一緒に寝るんだからとか変な理由を押しつけられて、オレ達が最後まで片付けやってたんだよな!」
「あたしなんか弾きっぱなしだったのにすぐ後片付けだよ?たまったもんじゃなかった!」
その時の疲れがぶり返してきたわけでもないのだろうが、涼子は苦笑しながら湯の中で二の腕をまんべんなく揉みほぐした。淡いライムグリーンの入浴剤が入れられた湯はほのかに甘い香りがしている。落ち着いて全身を揉みほぐせば相当なリラックスが得られ、ともすれば湯に浸かったまま寝入ってしまいかねない。愁一郎もそれにあやかろうと、脚から腕からをゆっくり指圧してみた。
「で…片付け終わって、愁一郎の寝室に行って…。」
「覚えてるよな?涼子からしようって言ってきたんだぜ?」
「…あの夜はね、なんか前に大泣きしたこと思い出しちゃって…今なら本物の愁一郎に抱いてもらえるんだなって思って、聞いてみたんだ。」
「クタクタなはずなのに腰を押しつけてくるんだもんな、一瞬何事かと思ったよ!」
「迷惑かもなーって、最後まで躊躇ってたんだけど…へへへ、誘惑に負けたんだ!」
愁一郎の部屋で寝たことはそれまでにも何度かあった。就寝スペースのローテーションが決められたのは引っ越してきて間もないことだったからである。それでも二人が身体を重ねたのはその夜が初めてであった。
それは涼子が高校時代から引きずっている身体的劣等感に引け目を感じていたためである。背が高いことも、クセッ毛も、ソバカスも、小さな胸も、濃いめの性毛も…自分自身で気になっている部位を愁一郎にさらしてしまうことが躊躇われたからだ。
しかしその日は…久しぶりに心ゆくまでギターを弾きまくり、忘れかけていた青春を思い出したその夜は、閉じこめて押し潰してしまおうと思っていた愁一郎への恋心が鮮やかに蘇ってきたのであった。
困惑する愁一郎を拝み倒して…二人は明かりをつけたまま激しく交わった。でたらめにキスを撃ち合い、いやらしく舌をからめ、抱き締め合ってはシーツの上でもつれ、淫らに互いの性器を味わい、リズムもなく感じたいがままに腰を振って…。
「…終わってからさ、泣きやませるのに必死だったんだぞ?」
当夜の記憶を思い出した愁一郎は、素直に反応を示し始めたペニスを両手で隠しながら涼子に告げた。照れくさくて真っ直ぐに顔を見ることができない。
それは涼子も同じであるようで、耳まで真っ赤になりながらあさっての方向を見ていたりする。彼女もまた恥じらいが復帰してきたのか、さりげなく胸元や前を隠していた。
「あれは…嬉し泣きだったんだ。夢が叶ったっていうか…メチャクチャ嬉しくて、なにより愁一郎が優しかったから…あたしの身体、丁寧に愛してくれたから…。」
その夜、思いのままに交わり抜いた二人は折り重なって荒い息を落ち着かせた。微笑とともに見つめ合い、最後のキスを交わした後で…涼子は一瞬しゃくりあげたかと思うと声をあげて泣き始めたのだ。それこそ涙までぽろぽろ流して…。
気が動転した愁一郎は慌てて涙を拭ってやり、気に障ることをしてしまったのかとあれやこれや推理して詫びた。そんな愁一郎の健気な気持ちが…ある意味子供っぽい純粋さが涼子の嬉し泣きには逆効果を示し、結局泣き止むまでの時間を引き延ばす結果になってしまったのだが…。
「どうにか泣き止んで…もう一回だけしてもらったキス、本当に素敵だったなぁ…。」
「気楽に言ってるけどな、嬉し泣きとはいえ終わった後でわんわん泣かれたら動揺するんだぞ!?ま、寝顔にも嬉し泣きって書いてあったから安心したけどな。」
「あー!寝顔まで観察してたのかよっ!?愁一郎のスケベ!」
「うわぷっ!!べ…別にいいじゃん…ホント、かわいい顔してたんだから。」
「もうっ、恥ずかしいなぁ…そんなの初めて聞いたよ?」
照れ隠しに風呂の湯を飛沫かせ、すねるように口許をとがらせる涼子。そのままプイッと横を向き、鼻まで鳴らしてみせる。
頭から風呂の湯を浴びせられた愁一郎は言い訳にもならない報告を口にしながら手の平で顔を拭った。すると涼子はさらに照れくさくなったようで、腰を手前にずらして鼻まで湯の中に浸かってしまう。戸惑うような上目遣いでブクブクブク、と息を吐いた。
「しかし、なるほどね…ジンクス、かぁ。じゃあ今夜も大泣きするのかな?」
「…どうだろ?もしかしたらここで…泣いちゃうかもね?」
濡れた前髪をかき上げながら納得したように愁一郎が言うと、涼子は水中から顔を浮上させて横目で問いかけた。そのまま身を翻すと、背中から愁一郎へと寄り添ってくる。
愁一郎は脚を開き、その中に涼子の身体を受け入れてやった。寄りかかってくる背中を胸板で受け止め、そっと肩を揉んだりする。
「涼子…誘ってるって解釈するぞ?」
「…エッチな女って、軽蔑する?」
無粋なほど直接的な愁一郎の質問に涼子は答えず、代わりに別の質問を寄こした。丁寧に肩を揉まれているうち、心地よさそうに細められていた両目が静かに閉ざされる。涼子の両手は愁一郎の膝頭をそっと包み込み、愛おしむように撫でてきた。
「風呂に入る前にも言ったけど…エッチだからこそ、涼子だと思うな…。」
「それってやっぱりバカにしてんだろ?」
「そう感じてる?」
「…ううん。」
ちゅっ…。
背後に振り返りながら唇を小さく開閉させた涼子に、愁一郎は無言で応える。角度をつけてついばむようにすると唇どうしは柔らかくたわみ合い、熱い吐息を隙間から漏らして打ち震える。
ちゅっ、ちゅっ…ちょぴ、ぷちゅ…ちゅぱ、ちゅっ、ちゅっ…
じゃれ合うよう、くっついては離れ、吸い付いては擦り、めくるように優しく噛み合う。立て続けに行き交う唇の弾力と温もりが涼子にも、そして愁一郎にも情欲に甘酸っぱいソースを注いでいった。貪欲なグルメの正体を現さずにはいられなくなり、二人は開き直りのように激しく互いを味わってみたくなる。
「ちゅ、ちゅちゅうっ…ぷぁ、愁一郎だって、エッチだからそう思わないよ…?」
「んっ…ちゅ、ちぷっ…はぁ、結局オレも涼子もエッチなわけだ。じゃあ…ここでしちゃっても、エッチな性格が免罪符になるよな?」
「換気扇、回ってるよね?」
「大丈夫…。」
くぢゅうっ…
振り返っている涼子の顔を両手で押さえると、愁一郎は九十度の角度を付けて口づけた。人工呼吸のマウストゥマウスよろしく密着し、深いキスの感触に浸る。
左手はクセッ毛のうなじに潜り込み、右手はするんとしているあごにかけられている。見たまま、愁一郎に唇を奪われているような体勢だ。
涼子は胸の奥に募ってゆくもどかしいような焦燥感に身じろぎし、愁一郎の膝頭を強くつかむ。深いキスは長く…目を閉じたまま、時間を忘れて続いた。
ちゅううっ…すふ、んふ、んふ…
呼吸が苦しくなり始めると、照れくさいのも無視してどちらからともなく鼻で息継ぎし、なおも密着を維持する。頬にかかる鼻息が恥ずかしく、またかわいらしい。
たわんでいる唇のほうも身じろぎするよう、互いを咀嚼するようにすぼめたり開いたり、密着の具合を艶めかしく変化させた。
「んっ…ふぅ、ふぅ…んんっ…」
「む、んふ…ぢゅ、ちゅ…」
キスの興奮に酔い始めたのは涼子が先であった。すっかり潤んでしまった瞳を薄く開け、媚びるように愁一郎を見つめる。分泌が過剰になった唾液を割って舌を伸ばし、愁一郎の唇をノックしてみた。舌を絡めたい衝動に憑かれ、執拗につっついては両手で太ももを撫でる。せがむというよりも、もはやディープキスを急かしているようであった。
柔らかくって、気持ちよくって…なにより、嬉しくってなんない…。
涼子は愁一郎との長い長いキスにすっかり浮かされてしまった。そのめくるめくような興奮で腰の奥の細い筒を、くきゅっ…と小さく鳴かせてしまう。ヴァギナが交尾をねだり始めたのだ。内側が熱く汗ばむように、ジクン、ジクン、と濡れてゆくのがわかる。
みゅり…くりゅ、みちゅ…ぐね、くねっ…
本格的に発情してきた涼子を待たせるのはほんの数秒だけで、愁一郎はすぐに彼女の舌を引き入れてあげた。生暖かく柔らかな舌先どうしが触れると、たちまちザラザラな表側を摺り合わせるようにして深く滑り込み、ねちっこく絡まる。
涼子の唇も、舌も…柔らかくって、とろけそう…。
愁一郎とてキスは嫌いなはずもなく、涼子とのディープキスの感動に身体を熱くさせた。唇や舌の薄膜から伝わってくる涼子の愛欲で、ペニスはひきつるほどの勢いでたくましく漲る。湯の中でビクンビクンと微震する様子は、とにかく右手でもいいから刺激が欲しいと媚びて手招きしているようだ。
「んっ、んー…。」
「ん?ん…」
ぢゅぢゅっ…ちゅっ…ちゅる、ちょぷちゅ…
互いの口腔内に潜む別の生き物を裏も表もまんべんなく味わうようにしながら果敢に舌をくねらせあううち…涼子は右手を伸ばして愁一郎の喉を突っつき、なにやら身じろぎしながらうめいた。彼女の言わんとしていることを直感的に悟り、愁一郎は少しずつ唾液をすすりあげる。とろみがかった涼子の唾液はすっかり口腔内を満たしており、少しでもこぼさぬように吸い上げると、愁一郎の口腔内もまた生温い体液に満たされてしまう。
ゆすぐようクチュクチュと唾液を攪拌してから、愁一郎はお返しとばかりにすぼめた唇から染み出させる。涼子はそれを拒みもせず、むしろ唾液を取り返さんとばかりに愁一郎の頭を右手で押さえ、混ざり合った唾液を吸い出してゆく。
ぶちゅ、ぢゅっちゅっ…ごくん、ごく、ごく…
涼子は腹を空かせた乳飲み子よろしく吸いたいだけ吸い…歯を、歯茎を、舌の裏を二人の唾液に浸してから時間をかけて嚥下した。細くて白い喉が上下し、ささやかに鳴る。
愁一郎も送り返しきれなかった唾液を舌の上で転がし、口蓋に染み込ませるようにしてから飲み干した。甘ったるいような、少し苦いような後味が舌の根本に残される。
ちゅ、ぱっ…。
最後の最後まで未練を残すように、強く吸い付いたままで二人は唇を引き離した。密封状態をこじ開けられたことによる濡れた空気音とともに、二人の唇が小さく弾む。なごりとばかりに唾液が一滴、湯に落ちた。
「しゅういちろぉ…」
「りょおこ…」
見つめ合い、熱っぽく名前を呼び合うのは余韻の素晴らしさの証。
二人のフェロモンが混ざり合って濃縮し、媚薬と化した唾液で浮かされた結果。
比較的経験の多い愁一郎でも瞳が潤み始めているというのに、経験の少ない涼子などはすっかり夢見心地であるらしく、微かに開いた唇を寒さに耐えるように震えさせていた。興奮であごが落ち着いてくれないのだ。
涼子は二十五年間の人生の中で、唇の感触は大場愁一郎という男のものしか知らない。
ヴァージンを差し出してしまったというバンドのヴォーカルは、結局童貞卒業しか念頭になく…つまりは女性器にしか意識がなかったために、涼子のファーストキスはそのままの状態で保存されていたのだ。
高校時代でも陸上部に精を出す忙しない毎日であり、それなりに異性への興味も有してはいたものの、憧れる男性は…また、慕ってくれる男性はいなかった。
そのぶん、初恋の相手とも言える愁一郎にファーストキスを捧げることができたことは…もちろん愁一郎自身はファーストキスでなかったとしても、なにより嬉しかったのだ。
聞いたところによると、愁一郎も当時の自分に少なからず興味をもっていてくれたらしい。サッカー部の傍ら、砂を蹴ってバーを跳躍する涼子の溌剌とした姿に見惚れてしまったこともしばしば、とも言ってくれた。
「愁一郎…前、あたしをオナペットにしたことがあるって言ったよね?」
「…見境なかったからね。」
「見境なくっても、誰でもいいはずないだろぉ…?」
顔をそらすように姿勢を戻した涼子の言葉に、愁一郎は彼女の髪に鼻先を埋めながら苦笑して目を閉じた。脱色したクセッ毛は高校時代同様コンパクトにまとめられているが、これはこれで涼子には大変似合っている。スラリとした長身で美青年にも間違われることがあるが、それでも見た目から受ける爽快さは、決して彼女にとってマイナス要素にはならないだろう。
「あたし、男の子みたいだったろ?背も高いし、胸だって小さいし、お尻だって…。それなのに、どこがよかったの…?」
「たとえば…脚。」
「ひゃっ…!」
予告もなく内ももに触れてきた愁一郎の両手に、涼子はビクンと身体を震わせて悲鳴をあげた。そのままゆっくりと前後に撫でられると、涼子はきつく目を閉じてくすぐったさに耐える。
「涼子、脚が長くってさ…おまけに細くって、適度な筋肉が美しかったの覚えてる…。」
「筋肉って、あんまり嬉しくないなぁ…。あ、そこ…あん、そこより下、もっと撫でて…」
「おいおい、付け根まで行っちゃうと、もう脚じゃないぜ?」
「…だってぇ…気持ちいいんだもん…」
「順番順番!」
密やかに核心への愛撫をせがんだところを鋭く指摘され、涼子はふてくされてみせる。そんな涼子に笑いかけてから、愁一郎は彼女の胸の隆起を両手に包み込んだ。適度な弾力のある胸板の上で、涼子の乳房はささやかな柔らかみをもって盛り上がっている。
ふにょん、ふよん、ぷにょん…
「あっ、んあぅ…!むっ、むね…ぺったんこだから…魅力なんて…」
「思い込みだよ。カタチなんかより、子供を産んだときにしっかり母乳が出ればいいんだ。」
「なんか出任せっぽいなぁ…」
「出任せなんかじゃないって。それでなおかつ…こうして感じてくれたら最高さ…。」
「うあっ!ひ、ひぃ…!だめ、乳首…!!」
自信なさそうにうつむき、自らの乳房を卑下する涼子であるが…愁一郎は両脇から精一杯柔肌を寄せ上げ、何度も何度もつまむようにしながら押しこねた。手応えはさほどのものもないが、女性の柔らかみは確実に存在している。
おまけに肌のきめ細かさがなんとも言えず心地よい。手の平全体で撫でさすっても不快な抵抗感は一切無く、それどころか常用性に目覚めるほどの好感触を与えてくれる。
また、陸上部で鍛錬された胸筋の頼もしさと、強く指圧すればそれだけで容易く破れてしまいそうな乳房の儚さとのギャップも刺激的だ。乱暴してみたいという衝動を強く押さえ込めば、それはそのぶん愛欲として胸の奥に蓄積されてゆく。
そんな乳房を掌で押し上げながら親指と中指で乳首をつまみ、くりくりひねると涼子は再びビクンと震え、声をか細いものにしてしまった。愛撫を加えてくる愁一郎の指先を制するように両手で彼の手を包み込むが…その時にはもう、息はすっかり上がってしまっている。
「そ、それにあたし…クセッ毛だし、身体も貧弱だから…」
「だからどうしたって言うんだよ…これらってぜんぶ涼子を構成してる一部だろ?劣等感なんて持つ必要ないよ…。」
「でも…やっぱり気になるんだもん…。イヤなコト言うけど、あたし、高校のときからみんなのこと…」
「ストップ!おい、こっち向け涼子!!」
「え…あぷっ…!?」
かつん…ちゅ、ちゅちゅっ…
微かに声を震わせ始めた涼子を、愁一郎は苛立ちをぶつけるようにして振り向かせた。振り向かせるのと同時に、前歯を打ち鳴らしながら微かに開いた唇を奪う。左手で顔をそらせないように固定したまま、右手は執拗に彼女の乳首を苛んだ。涼子はあごを震わせながら愛撫に打ち震え、体育座りの膝をすりすり摺り合わせてしまう。
くぢゅ…ちゅ、ちゅっ…
キスを維持したままでの愛撫に、涼子の乳首は愁一郎の指の間ですっかりしこってしまった。胸の膨らみに似つかず、乳首だけは立派に成長を遂げているようで…濃い桜色の乳輪の中、ツンツンに勃起してしまう。
右胸を愛撫し尽くすと、愁一郎の右手はそのまま左胸に移動した。早い鼓動を胸の奥に感じながら、乳首を中指と薬指の間に挟みつつ柔らかみを揉む。
「んっ!んんっ!んんんっ!!」
「んん…」
ちゅっ…ちゅぢゅっ…ちゅむ、ちゅっ…
ファーストキスを捧げた唇も…小さいながら乳房も、涼子にとっては紛れもない性感帯である。そんな特別敏感な場所へ強引なほどに愛撫を施されてはたまったものではない。涼子は下肢をガクガク震わせながら、ひっきりなしに膝頭を…内ももを擦り寄せては腰をくねらせた。右手や左手が焦れったい核心へ向かおうとするが、わきの下から愁一郎の両腕が邪魔をしているため、思うように手が届かない。
もんにゅ、もんにゅ…もみゅっ、もみゅっ…
愁一郎の右手の中で柔らかく形をたわませている涼子の乳房はすっかり赤くなってしまい、指の間で小刻みに挟まれる乳首もすっかり張りつめてしまった。鼓動は早鐘のように乱打し、彼女自身に耳鳴りを覚えさせているほどである。
「ちゅ、ちゅっ…ぱっ、涼子!」
「はぁ、はぁ、はぁ…んあ…?」
「自分の身体について卑下するのはもうやめろっ!それはお前の身体を気に入ってるヤツに対して失礼ってもんだぜ?」
「そんなひと…いるわけ…」
「目の前にいるじゃんかよっ、もう!」
ぼっ…。
愁一郎の言葉を聞くなり、鳩が豆鉄砲を喰らったような表情の涼子はそんな擬音が似合うほどに顔中を真っ赤にしてしまった。と同時に唇を噛み締め、瞳の奥をうるうると震わせ始める。
そんな涼子にもう一度だけ小さくキスしてから、愁一郎は再び彼女の乳房を両手にした。一言一言を確実に言い聞かせるよう、耳元にささやきかける。
「…多分間違いないとは思うんだけど…知ってんだぜ?」
「なにを…?」
「五人の中で、涼子が一番寂しがりやだってこと…。」
「…」
愁一郎の推察に、涼子は湯面に映る自分の素顔を見つめるよううつむいてしまった。わずかにソバカスの残る頬は火照ったままであり、照れくささを押し戻すよう両手で頬を押さえてしまう。
「そうやって自分を卑下するのも…オレがいつでもその気持ちでいるのか確かめてるから。そうなんだろ?」
「…お見通し、なんだ…。」
「お見通しもなにも、初めて寝たときだってこうだったじゃん。」
愁一郎は乳房を両手に包み込んだまま愛撫を止め、ピアスの穴が三つほど開いている涼子の左耳を唇で噛んだ。敏感に反応し、のけぞるようにして頭を上げる涼子の様子を確かめてから赤らんだ首筋へ、肩口へとキスを撃ちまくる。キスマークが残らぬよう、唇の弾力を伝える程度に留めておくことも忘れない。
「だったら聞くだけ無駄ってもんだよ…オレは涼子の身体について物足りないなんて思うこと、今後もずうっとないから…。それになにより…オレはひたむきな涼子が好きなんだからさ…。身体なんか二の次だよ。気にすることなんて少しもない。」
「愁一郎…っ。」
まばたきの回数が増えたところで涙の雫がひとつ、涼子の頬を滑り落ちた。嬉しそうに目を細め、愁一郎の頭を抱えて頬摺りする。愁一郎の頬が自分の頬に負けないだけ熱いことが、彼の言葉が偽りなどではないことを物語っていた。
愁一郎の推測はなにもかも図星であった。
劣等感に包まれた身体を意識的に卑下することによってそこをフォローしてもらいたいという、自己満足にも似た安堵感を得るための幼稚なやり取り…。
自分のすべてを気取りもごまかしもなく受け入れてくれた愁一郎ではあるが、あえてそうすることによって自分が愛されているかどうか、涼子は常に確かめずにはいられないのだ。
それだけ思春期に抱いてしまった劣等感による傷は深く、消しがたいものになっていた。傷跡はもどかしく焦燥を生み、泣きたいほどの寂寥を催させる。
だからこうして…決して大っぴらにというわけではないが、愁一郎と愛情を確かめることができるようになった日常では彼に対して一切をさらけだすことができるのだ。はしたないと思えるほど淫らにもなれるのだ。
愁一郎なら…自分を認めてくれる愁一郎になら、何をしても軽蔑されることはない。
それは涼子にとっての信頼でもある。揺らぐことのない拠り所と見込んでいる愁一郎に対してはどんな秘密だって氷解させずにはいられないのだ。
身体についての劣等感はいまだに払拭しきれないでいるが…彼を慕う気持ちだけは親友にも後れをとらない自信がある。
「できるなら…抜け駆けしたいな。愁一郎をさらっていきたい…。」
「涼子…。」
頬を重ねたまま本音を漏らす涼子。湯面を見つめるせつなげな微笑には、二十五という年齢を重ねてなお一途に想いを寄せる女性の強さが垣間見えるだろう。
ただ、いくつ年齢を重ねたとしても恋に燃えることができる女性は年齢を感じさせないくらい若くいられるものだ。また、ただ一人の男性を愛していくことに決めた女性はその美しさを倍増できることも事実である。
こうした観点からも、恋愛に年齢は関係ないという事実が再確認できるだろう。
「愁一郎にはもうみさきがいるんだけど…あたしも愁一郎のこと、狙ってたんだから…。ただあたしが抜け駆けすると、他のみんなが悲しむだろ?今の楽しい生活だって無くなっちまう。だから…もう少し、視野を拡げてみてもいかな、なんて…。」
「…守備範囲、拡げられそうか?」
「愁一郎のお墨付きだもん。いつまでも劣等感に包まれてたら、愁一郎よりイイ人を見逃すことにもなりかねないしね!」
「それはそれで…なんとなく惜しいような気がするなぁ。」
「あはは!そんな調子じゃ今の生活、もう少し続きそうだね!」
ちゅっ…ちろっ、ちゅっ…ちゅ、ちゅっ…
苦笑する愁一郎をたしなめるよう、今度は涼子の方から唇を奪った。舌先で唇を潤わせつつ、小刻みにキスを繰り返す。
ふっくらとまではいかないが、美しく形の整った二人の唇は磁石のようにぴったりとくっついて愛情を交換しあった。温かな湯の効能もあいまって軽い目眩すら感じてしまう。動悸はすでに、身体に負担がかかるのではと思えるほどに早まっていた。
それでもなお…互いが愛しくてならない。口づけることができる現実に歓喜せずにはいられない。
ちょぷ、ちゅ、ちゅううっ…ちゅううっ…
角度を付け、口を塞いでしまうほど深く吸い付き…
むちゅ、みちゅっ…ちるっ、ちるっ…ちゅ、ぢゅっ…
唇を擦り付けながら感触を伝え、舌先で突っつきあっては唾液をすすり…
お互いしつこいほどにキスを堪能し、ひとまずの充足感を得てから唇を離す。口の周りが唾液に濡れそぼり、浴室の照明を照り返していることがどこか子供じみていて微笑ましく、愛しげに見つめ合った雰囲気もすぐに和んでしまう。
「でも…とにかく今日はずうっと、愁一郎貸し切りなんだよね?」
「ああ…。涼子が望むこと、なんだってしてやるよ…。キスだって、体位だって…。」
「とかいって、リードするのはいつも愁一郎のくせに!」
「じゃあ涼子も積極的になってくれよ。」
「いいよぉ…?」
口許を不敵な笑みで緩めると、涼子は右手を背後に回し、先程から背中をノックし続けている愁一郎のペニスに触れた。先端の表側に四本の指がかかるよう、正拳を固めるように小指から人差し指へ順番に握ってゆく。まだ濡れてまではいないものの、愛欲の漲りは十分であった。固いと断言できるほどガチガチに勃起している。
「さっそく積極的に出たねぇ…。」
「うわぁ、すっごい固い…。鍛えられるものなのか?これって…。」
「鍛えた覚えはないけど…こうなっちゃうんだ。」
「ヤりたい盛りなわけだねぇ。男の子って感じするよ。」
「いつまでも思春期扱いしないでほしいなぁ…。」
しゅご、すごっ、ぬごっ…しゅく、しゅくっ…
愁一郎のたくましさと、いささか積極性が過ぎたという自覚に眼を白黒させながらも涼子は真っ直ぐにペニスをしごき始めた。表側の広い部分を四本の指で摩擦しつつ、親指で裏側のクッキリしている筋を撫でる。さながらヴァギナに導いているよう、右手でこさえた筒を一定の間隔で前後させた。快感を堪える意味合いもあってか、乳房をまさぐる愁一郎の両手にも力がこもる。
実際、学生時代はサッカー漬けで過ごしてきた愁一郎の身体は上から下までくまなく端正であるといっていい。ともすれば男惚れすら誘うような美しい筋肉で骨格を包み込んでいるのだ。ボディビルダーほどの頑丈さもなく、しかし過剰な脂肪で丸みを帯びているでもなく…。
そしてそれは男性器についても同様のことが言えるはずだ。本人にしてみれば胸を張るだけのサイズはないと思っているのだが、いざそそりたつと比較的大きめに、それも力強く張りつめることができるのである。
その怒張は感度までも増幅させるため、愁一郎は今にも涼子の愛撫に酔いつぶれてしまいそうなていたらくだ。だらしない声を出すまいと必死で口をつぐみ、泣き出しそうなほどのせつない表情で天井を仰いでいる。
「涼子…ちょ、早いって…ペース落とさないと、もたなくなっちゃう…!」
「じゃあ先走らないように…あたしのも、いじって…。」
「先に待てなくさせちゃえばいいワケだな…?」
「イキそうになる前に言ってよ?一番したくなったときが…一番気持ちよくなれるときなんだから…でしょ?」
「よく覚えてるねぇ…。」
幾分しごきたてるペースを落とし、一休みしてはパンパンに膨張している先端を揉みほぐす涼子。少しだけ安堵感を取り戻した愁一郎であったが、根本の太いパイプは危なっかしく脈動を始める。涼子の愛撫に酔いしれた証が徐々にせり上がってくるのがわかった。涼子の手の平を無色の粘液が濡らすまでそれほどの時間はかからないだろう。
しばしの別れとばかりに中指で左右の乳首を突っついてから、愁一郎は両手を柔肌にそって下降させていった。揃えた指をアンダーバストにあて、そのまま程良くくびれたウエストを下る。鍛えられた腹筋は安らいだ脱力で柔らかさを示しているが、涼子の場合はもう少し脂肪がついていてもいいくらいだ。現時点では揉み心地を期待するよりも、撫で心地を期待した方がはるかに素晴らしい感触を得ることができる。
「涼子、お前余計なダイエットとかしてないだろうな?」
「あんっ…ホントにそう思う?」
「…そうでもないわな。焼き肉行っても、オレに負けないだけ食ってるし…。」
「食べてもそれなりにカロリーを消費するんだよね。」
「まったく、羨ましい体質だ…。」
小さくおしゃべりを交わしつつ、愁一郎は涼子の右肩から左肩へとキスする場所を変えた。わずかに汗ばんできている肩口に舌を這わせ、そのまま音立てて吸い付く。
それだけでも感じてしまうのか、涼子は鼻にかかった声を喉の奥から小さく漏らし…ピリピリと電流が走るよう、小刻みに身体を震わせた。ペニスを丹念に愛撫する右手の動きもどこかぎこちなくなってくる。
先端からは逸り水が滲み、指の動きを滑らかなものにしているが…愁一郎からの愛撫に神経をとがらせるあまり右手が油を売ってしまうのだ。思い出しては大きくしごき、先端を握り込んではモミモミと搾る。
ぬみ、ぬみっ…ぎゅっ、もみ、もみもみっ…ぬみ、ぬみ、ぬみ…
風呂の湯に逸り水が溶け込むため、涼子の筒の中はさながらヴァギナであった。
くびれに指を添えては往復して刺激し…
幹を強く握っては筒を上下させ…
すぼめたOKサインを先端にあてがってから、まるで再挿入させるように筒の中へ引き込んだり…
涼子の愛撫はぎこちないながらも細緻を尽くしている。愁一郎はたまらずかぶりを振り、女の子のように上擦った声で鳴いた。
「あっ、ああっ!りょうこぉ…だめっ…気持ち良すぎる…!」
「自分でするのと、やっぱ違う?」
「他人にされてるって意識がまず違うんだ…それに涼子、オレの気持ちいいところ、知ってるみたいに上手いから…。」
「愁一郎の息づかいを聞きながらやってるとね、わかるんだよ…?」
「負けてらんないな、マジで…。」
愁一郎は生唾を飲み、深呼吸をひとつしてから右手を涼子の下腹にあてた。そのまま中指の先端に先導させ、固い性毛の生える恥丘をすっぽりと包み込む。人差し指と薬指をそれぞれ太ももの付け根に添わせ、柔肉を挟み上げるように揉むと涼子はたまらず肩を跳ねさせてよがった。掌で恥骨を押しこねると、驚いたように強く両脚が閉ざされる。
「あはぁんっ!や、そこ、そこおっ!!」
「そこって言われても、閉じられたらできないぜ?」
「だって、だってぇ…」
快感でしどろもどろになっている涼子はすっかり困惑した表情でのけぞり、恥ずかしい声を聞かせまいと理性を総動員して唇を噛む。愁一郎とセックスを楽しむことに抵抗感はないとはいえ、恥じらいだけは喪失することができない。それこそ意識が法悦に飲み込まれてしまえばどうなるかはわからないが、意識のある今は努めてだらしない姿をさらしたくないのだ。
「じゃあ、お待ちかね…」
「だめだめぇ…ね、頼むからそおっと…そおっとだよぉ…?」
恥じらって泣く涼子の声を聞き流し、愁一郎は閉じられた太ももを押し開くようにしながら右手をさらに深く侵入させた。中指でクリトリスを探り当てると、桃肉の裂け目に埋ずめてからサッカーボールをかかとで蹴り上げるよう、ころんころんと弾く。
「ふぁあああっ!そおっと!そおっとって言ってるぅ…!!」
「おいおい、ここだけでこうなら…指入れたらどうなっちまうんだよ?」
「だっ、ダメッ!指はダメぇっ!まだ指入れないで!先にイッちゃう…!!」
「いいじゃん。遠慮しないでイけばいい…。」
「いや、いやあっ!!のぼせるっ!!のぼせるよぉっ!!」
くりん、くりん、くりんっ…くねくね、ころ、ころん…
執拗にクリトリスをいじられ、涼子は身を縮こまらせながらのけぞって鳴いた。真っ赤に火照った顔をフルフルさせ、随喜の涙を搾り出すように流している。快感でのぼせてしまいそうなのは紛れもない事実らしく、ペニスへの愛撫が中断しているのはもちろんのこと…潤んだ瞳の焦点が不安定になっていた。
男の子のように快活で、とびきりアクティブな涼子が…健気でひたむきな心情を吐露した挙げ句、女性としての悦びの境地に達しようとしている。
彼女を知る者がこの光景を目撃したならば、その見慣れない淫靡さにあてられて一夜に何度となく手淫してしまうことだろう。涼子のフェロモンに満ちたこの浴室に立ち会わせたとしたら、きっとたちどころに遺精してしまうに違いない。
それだけ涼子は…愁一郎の前であられもない姿を晒していた。困惑を極めた表情では口がだらしなく開いており、唇の端から唾液が一筋伝い落ちている。普段より一オクターブ以上上擦らせた喘ぎ声も、荒い呼吸に混じって聞こえていた。
「涼子、ガマンしなくていいんだ…一回イッてみせて…。」
「あ…や、だめぇ…。イクとこ…見せたく、ない…!!」
きつく目を閉じ、必死に恥じらってイヤイヤする涼子。そんな子供っぽいしぐさが愁一郎に決断させてしまう。
涼子の腰の外側から回り込んでいた左手が彼女の裂け目に指先を忍ばせ、ぐい、と強引に開花させた。ぷつぷつと性毛の生えている外側の肉を割り、内側の濃桃肉を少しだけはみ出させて…膣口を剥き出しにしてしまう。涼子は両手をジタバタさせ、愁一郎の愛撫を止めようと必死になった。湯の中でもがくものの、もはや身体は意識からの命令を忠実に履行できないらしい。押さえつける手にも思ったほどの力がこもらないのだ。
「いやっ!いやあっ!!やめて、今指入れられたら、あたし…あたしっ…!」
「気持ちいいの、嫌いじゃないだろ…?」
「うあっ!!あっ、だめぇ…ぐううぅ…!!」
ぬるっ…ぬるるるっ…。
涼子の制止の声も聞かず、膣口に触れていた愁一郎の左手中指はすっかりぬめりを帯びていた彼女の内側に潜り込んだ。第一関節から第二関節…。すっかり発情してくつろいでしまっている膣内は中指の侵入をすんなり許し、逆に引き戻そうとするとすがるようにして締めつけてくる。
涼子は異物が侵入してきた途端におとがいをそらせ、苦悶するようにうめいた。息も絶え絶えに上擦った声からも、彼女がどれほどの快感でその身を熱く灼かれているのかが推し量れる。
それでも涼子の意識は平静と絶頂のはざまでどうにか踏みとどまることができたらしい。小刻みに締め付けを繰り返しながら恨みがましい目で振り返ってくる。
「あたし、途中で止めたよ…?なのに…愁一郎、ひどいよ…イキそう…イキそうなの…。少し休ませて…本番、できない…。」
「イッてから休めばいいじゃん。いっぱい気持ちよくなろうぜ…?」
「だめ…お湯の中でイッたら…心臓、爆発しちゃう…!」
「爆発してみるか…?」
「やだっ!お願いだから…あっ!あああっ!!」
ぬるっ、ぬるっ、ぬるっ…くにっ、くにゅん、くにっ…
怯えたような涙目で拒み続ける涼子であったが、愁一郎は笑顔も、愛撫の手も絶やそうとはしない。程良い潤滑と締め付けの中で真っ直ぐに伸ばした中指を抜き差しし、包皮から顔を出そうとしているクリトリスをこねまわすようにして指圧する。
「ひっ!ひいっ…あっ、ああっ!あはっ、ん、んんんっ…!いっ、いいっ…!!」
涼子は浴室いっぱいに嬌声を響かせながら、濡れた髪から雫を散らすようにかぶりを振った。意識はすっかり愁一郎の中指を来るべき物と錯覚し、逃すまいときつく締めつけてくる。
その締め付けは中指による膣壁への摩擦感を強めてしまう結果となった。涼子は膣の浅いところが特に敏感であり、その辺りを指の節が行ったり来たりするだけでガクガクと腰を震わせ…意識をまばゆく明滅させる。
それに加えて愁一郎の右手はクリトリスをも愛撫しているのだ。エクスタシーを迎えかけているために今はすっかり萎縮してしまっているが、愁一郎は追い打ちをかけるよう最後の最後まで指先での愛撫を施した。桃肉の縁取りを何度もめくり、クリトリスを上から押し潰すよう、指先を視点に円錐を描くよう指圧する。
にゅぽっ、ちぽっ、ぢゅぽっ…にりにりにり、くにんくにんくにん…
「いやっ…ね、愁一郎!イク前にお願い!欲しいっ…もう待てない、欲しいようっ!」
「涼子、欲しい?ガマンできなくなっちゃった?」
「うん、早く…早くしたい…愁一郎と一緒、一緒がいい…!!」
「オッケー…わかったよ、涼子。じゃあ…本番しちゃおう?」
官能の極みを一身に受け、涼子は焦るように結合をせがむ。せつないまでの鳴き声を聞いている間に、愁一郎もまた結合の準備を整えていた。ペニスは太く、長く、固く漲り…先端からは逸り水が間断なく染み出ている。
愁一郎は中指の第一関節を軽く曲げ、膣の浅いところをくじりつつ涼子の中から引き抜いた。異物が抜け出るのと同時にヴァギナは強く締まり、その弾みで白っぽい愛液が少しだけ噴出する。びゅるっ…と噴き出たサラサラな愛液はたちまち湯の中に溶け込んでしまった。
「涼子、お湯の中で…つながろっか?」
(つづく)
(update 99/05/14)