オリジナル

■STRINGS No.3■

後編

作・大場愁一郎さま


 

 

 著者からのお断り

 本作品はあくまでフィクションであり、物語に登場する人物と著者とはまったくの別人であることをお断りしておきます。

 

 

 

 

「え?お風呂に、入ったままで…?」

「そう。涼子に入れてもらいたいな…お願いしてもいい?」

 湯の中で交わるという愁一郎の提案に、涼子は一瞬過去の記憶を思い起こしてしまった。

 それは高校時代、愁一郎を想うあまりしょっちゅう浴室でオナニーしていた思い出だ。

 すのこの上で寝転がり、脚を開いて性器をいじり…挙げ句の果てにはシャンプーの空き容器に湯を満たし、膣内射精までシミュレートするという幼さ故の無謀な独り遊び…。

 さすがに今となってはそうでもないが、当時は膣内射精という言葉ひとつで異常なほどに興奮したものだ。ましてや憧れの愁一郎にそうされることを思うだけで、例え授業中であろうがショーツを濡らしてしまったほどである。

 それが今。浴室で、というのみならず湯の中で愁一郎と繋がることになるなんて。当時の独り遊びとの奇妙な接点に感慨深さもひとしおである。雑菌が入ってしまうのでは、という恐れもあったが…興奮による好奇心、そして高まりきった愛欲に理性はもはや太刀打ちなどできなくなっていた。

「いいよ…もう、一秒だって待てないから…あたしに入れさせて…。」

「じゃあ…お願い、涼子…。」

 淫らにねだり返す涼子にうなづき、愁一郎は彼女のわきの下に手を差し入れ、そっと中腰にさせた。その脚の間に身体を入れ、腰の上をまたいでもらう。緩やかに伸ばした体育座りの愁一郎を、中腰の涼子が背中を向けてまたいでいる体勢だ。

 中腰の涼子は右手を伸ばし、愁一郎の太ももから手探りでペニスをつかむ。そっとしごいて漲りを取り戻してから膣口に導き、慎重に腰を下ろして柔らかなくぼみにあてがった。愁一郎は涼子がバランスを崩さぬよう、両手で腰を支えてやる。

「じゃあ…愁一郎の、入れちゃうからね?」

「ああ…。涼子のしたいように入れて…。」

「…のぼせてるのかな、すごいドキドキしてる…。ホント、心臓爆発しそう…。」

「オレも…。このまま繋がっちゃったら、目が回っちまうんじゃないかな?」

「へへへ、失神するときも一緒だよっ?」

 不敵に笑いかける涼子であったが、その目は真剣そのものであった。愁一郎とひとつになれる瞬間の訪れに緊張しきっている。

 先端をわずかに膣内へ潜らせてから涼子は右手を離し、浴槽の端に両手をかけた。そのまま引力の助けも借りて、中腰の両脚をゆっくりと曲げてゆく…。

ぬるっ…こぽっ…ぬるる、るるっ…

「あはぁあっ!!あっ、おっきぃ…!!」

「く、うっ…あ、涼子っ…!」

 ツヤツヤに張りつめた先端が膣口を押し広げ、ぬめりながら湯とともに膣内に潜り込む。敏感な薄膜どうしが擦れつつ結合すると、二人の口から同時に感動の声が漏れた。

こぽん…ぬる、ぬぷ、ぶぽっ…ぬるるっ…とん…。

「はぁ、はぁ、はぁ…しゅう、いちろぉ…入ったよぉ…」

「うん…全部入ってる…。涼子の奥の方に、つっかえてるみたいだ…。」

「行き止まりだね…。ああっ…久しぶりぃ、ね、愁一郎…気持ちいい?」

「この前より狭くない?ヒダヒダ、すっげぇぴっちりしてるんだけど…?」

「水圧、かな?感じてるから、かな?」

 深く交わったまま、二人はしばし結合の感触に浸った。

 涼子は丁寧な愛撫を施され、敏感になりきっているヴァギナを貫かれていることに…

 愁一郎は絶妙にしごき立てられ、一番欲しい時にペニスを埋められたことに…

 それぞれたまらないほどの満足感を得ていた。少なからず想いを抱いている相手であるだけに感動も大きい。

 一緒に気持ちよくなれる。とびきりの場所まで行くことができる。

 そんな確信すら抱いてしまうほどの好感触であった。繋がっただけにもかかわらずここまで感じてしまうのであれば、動き始めたならどうなってしまうのだろう。

「涼子…やっぱり、オレがしたい…。動くのはオレにさせて、頼むよ…。」

「うん、ぜんぜんオッケーだよ…?何回でもいいよ、いっぱいして…。」

「じゃあ…ちょっと立てるか?」

「バックで…?」

「涼子と…思いっきり交尾したい…。」

 焦れてならなくなった愁一郎の一方的な願いを涼子も拒みはしない。片足ずつ浮かせて愁一郎の両脚を戻させ、一旦正座崩れの愁一郎の上に腰を下ろしている体勢になった。

 二人して浴槽の端に手をかけ、せぇの、のタイミングで立ち上がる。ざばざばーっと風呂の湯を滴らせながら、二人は深く繋がったままで後背位の体勢を整えることができた。

 涼子は両手を浴槽の端から滑らせ、初めに背中を預けていた縁につく。微かに開いた両脚とともに突っぱね、できるだけ高く尻を突き出して愁一郎からのグラインドに備えた。

 愁一郎も涼子の腰の高さに合わせ、緩やかに脚を開く。浴槽の端にかけていた両手で彼女の尻をつかみ、手の平いっぱいにそのまろやかさを楽しんだ。

なでなでなで…すべすべすべ…

 涼子のヒップはバスト同様、身長に見合うほどの迫力を持ち合わせてはいない。

 それでも絶妙に引き締まり、理想的なカーブを描いている様は実に魅惑的であった。健康的な日焼けを思わせる若干色黒の肌ではあるが…そのつるつるで滑らかな肌触りは頬や胸元と比較しても決して劣らない。男では絶対に実現不可能な、優しいまでにきめ細かな女性の柔肌に愁一郎は夢中になってしまう。

 太ももから尻の頂点、そして腰からウエスト、背筋の真っ直ぐ通った背中に至るまでをまんべんなく撫で回されると、涼子はそれだけでも感じてしまうのか…呼吸の合間に小さくうめきながら身体中をピリピリ震わせた。ぴっちりと包み込んでくるヴァギナもペニスを小刻みに締め付けてきて、密生している襞の高さが際立ってわかる。ぐにゅぐにゅプリプリとした瑞々しい膣壁の感触は身じろぎひとつするだけでも心地よい。

 涼子が感じれば感じるだけ…愁一郎もまた、彼女に負けないだけ感じてしまう。敏感な粘膜ごしに性感がリンクしているようであった。二人のセックスの相性はすこぶる良好なのであろう。

「ね、早く動いて…入っただけじゃ、満足できない…」

「うん、でも…ちょっと待って…」

「え…あ、だめっ!抜かないで!お願い、お願いだよぉ…このまま…このままぁ!!」

ぬっ…ぬみみゅっ…ぶぢ、ぢゅっ…ぷぶっ…ちゃぱちゃぱ…

 涼子の哀願も無視すると、愁一郎は何を思ったのか…一度たりとも往復することなく、彼女の内側からペニスをすべて引き抜いてしまう。

 入り口付近、処女膜の名残である襞をくびれで幾分めくり出しながら全長を抜き取ると、膣口からは涼子の清純な愛液に混じり、ペニスとともに流れ込んだ風呂の湯が溢れ出てきた。それほど大量に流れ込んだわけではないので滴るのはほんの一瞬だけであるが、涼子の開かれた脚の間で、湯と愛液は波紋を広げてたゆたう。

「なんで抜くんだよっ!ホントにもう待てないんだから…!」

「涼子のおまんこに入ってくところ、見たいんだ…。」

 すねて口許をとがらせている涼子が振り向きざまに不満を鳴らすと、愁一郎は引き抜いたペニスを右手でしごきながら意地悪く微笑んで見せた。萎縮と勃起の狭間で戸惑いかけているクリトリスに先端で挨拶してから、ぬむ、と裂け目を切り開くように埋める。

 ぬめりながら膣口を探り当て、ついばむように誘ってくる生暖かいくぼみを二、三度ノックした。弾みで埋没してしまわないよう、軽く押し当てる程度にぷにゅ、ぷにゅ、と突っつく。

 涼子は充血した膣口に外圧がかかるだけでも待てないようで、愁一郎のノックに合わせてきゅんきゅん膣口を締めてしまうが…彼の悪巧みにも恥じらわずにはいられない。

 肛門も、裂け目もなにもかも目撃されながら…自分の中に入っていく瞬間をリアルタイムで確認されるなんて…。

「おまんこだなんて…ちょっ…や、だめっ!そんなところ見ないでっ!!」

「うーん、じゃあ見ないよ。見ない見ない。」

「…口調がウソっぽい!」

「ホントだって!ほらほら、入れるよ?」

「愁一郎のバカぁ…!!」

 ふてくされるように頭を戻し、そっとうなだれて結合に備える涼子。羞恥心よりも愛欲の方が勝っているらしく、繰り返してノックされるだけでも搾りたての愛液がジワリジワリと膣口から染み出てきている。そもそも涼子は膣の奥深くよりも、外部生殖器から膣の浅いところがお気に入りであるために濡れてしまうのは必然的なのだ。決して淫乱であるためだけではない。

 そんな涼子の尻を両手でつかみ、わずかに指を立てて押さえつけながら…愁一郎は体重を移動する要領で腰を前方に突き出していった。パンパンに膨張している先端が膣口を押し広げ、再び濡れそぼっている花筒へ埋没してゆく。

ぬみっ…ちゅぬ、む、ぬちゅむっ…ぬるるるっ…ぷ、ぶっ…

「うっ、ふぅん…!!んんっ、んっ…!!」

「…お尻の穴も気持ちよさそう…。一緒にヒクヒクしてるぜ?」

「ああっ!やっぱり見てるんだっ!!ウソつき!!ひっどぉい!!」

 両手の親指で心持ち拡げられたヒップの谷間で、色素の濃いすぼまりが閉じたイソギンチャクのように震えている。その様子を口にした愁一郎を、涼子はうなだれたままで非難した。羞恥と快感で涙が滲む。

 羞恥心が残っていながらも、一度引き抜かれて再挿入されたことが気持ちよくてならない。抜かれた弾みで狭まりきったヴァギナをあらためて押し開かれることがなんともいえず心地よいのだ。特にくびれが敏感である入り口付近の襞を引っ掻き、幹が擦れてゆくだけでもきゅんきゅんとすがりつきを強めてしまう始末だ。膣とは筋肉で連動している肛門が自ずと反応するのも仕方がないことだろう。

 愁一郎とて涼子の内側にもう一度全長を埋める行為は、自らの終わりの瞬間を早めてしまう行為となって作用している。涼子の尻を真上からつかんでいる両手が微震するほどに力がこもっていることからも、彼が今どれほどの愉悦に浸っているかがわかるはずだ。

 彼自身久しぶりのセックスであり、ましてやコンドームも使用していない状態とあればなおのこと終わりは早いはずだ。あるがままの涼子を感じながら、同時に彼女からの刺激とも闘わねばならないのだから…。

 絶対に涼子も気持ちよくしてみせる…。

 男子であれば当然のことをあらためて決意し、高ぶりを落ち着かせるために一度だけ深呼吸する。それから涼子の緊張も解きほぐさんと、尻から背中にかけてを伸ばしてやるよう丁寧に撫でた。尾てい骨の辺りがじっとり汗ばんでいるところがなんとも微笑ましい。

「じゃあ…涼子、いい?」

「うん…。」

「ゆうっくり…動くね。」

 緊張が解けきらないようで言葉少なになっている涼子に確認を取ると、愁一郎は乾いた唇に舌を這わせて潤わせ、引き締まった涼子のウエストを両手でつかんだ。

ぬちゅぢゅっ、ぬみぶっ、ぬぢゅちっ、ぬぶぶっ…

「はぁ、はぁ、はぁあっ…!あんっ!あんんっ!!」

「涼子…すっげぇヌメヌメ…!」

 風呂の湯を太ももで波打たせながら、二人は望むままに深く交わり始めた。

 のけぞるような勢いで頭を上げ、涼子は困惑した表情で悩ましく嬌声を上げる。両手を突っぱねながら、愁一郎の動きにあわせて淫らに腰を振った。右に、左に…突き込めば突き出し、引き抜けば戻し…。恍惚に身震いしながらも、さらなる快感を求めて積極的にセックスに参加する。

 そんな涼子に比べ、子宮口を突き上げないよう意識しながら長いストロークでピストン運動を繰り出す愁一郎は苦痛に耐えるようにうめいている。

 快感は物凄いものがあるのだが、そのぶん油断すれば一瞬で爆ぜてしまいかねない。不甲斐ない結果で終わらせないよう、押し寄せる快感を懸命に堪えているのだ。

 幹がぬめりつつ膣口から抜け出、そしてまた押し戻されるたびに亀頭は熱々の膣の中で熔けてしまいそうなほどに摩擦されている。潤滑油代わりの二人の愛液も混ざり合うことで毒性の強い媚薬となり、それぞれの粘膜に浸透して一層興奮を高めてゆく。

 くびれは襞を、襞はくびれを絶妙に愛撫し…二人は加速をつけて愛欲を求めていった。そして、求めた以上に差し出す互いの愛欲は心地の良い発汗を促し、浴室内を甘やかなフェロモンで満たす。狭い浴室内での発情は入浴による火照りも加わり、真っ暗な寝室よりも強く興奮をきたすのだ。

べち、べたっ、べちっ、べちっ…

「涼子っ、涼子っ…!ごめん、奥のほう、すっごい気持ちいいからっ…!」

「うくっ、や、奥は痛いってば!浅いとこ…ね、浅いとこぉ…!!」

ぬみみゅっぬっ…ぬぼっ、ちぼっ、ぶちゅっ…

「どの辺…?わ、ここ…特別熱い…!奥のほうより熱くなってる…?」

「ふぁあっ!ふんっ、ふひっ!!そこっ、そこおっ!!もっと、もっとっ!!」

 感じたいままに深く交わっては腰と尻を打ち鳴らし、おねだりで深度を変えては艶めかしく鼻にかかった声を聞かせる。

 リクエストに応えて背後から突き上げてくれる愁一郎の動きに涼子はすっかり理性がとろけてしまい、ソバカスの残る頬を感涙で濡らしながらむせび泣いた。汗と涙、唾液と愛液は湯の中に滴り通しである。息が絶え絶えであるにもかかわらず、美しい背中を背面飛びよろしくのけぞらせて感動にふける。

 そんな涼子の背中を撫で、愁一郎は下向きにされて幾分ボリュームを増している彼女の乳房を両手にした。ボリュームを増しているとはいえ、それで寄せ上げたとしてもくっきりとした胸の谷間は築くことができないだろう。現に後背位で揺さぶられたとしても、ほとんど揺れているという意識を涼子本人にも与えないほどなのだ。

 愁一郎はしこったままの乳首を中指と薬指の間に挟み込みながら、ぷにゅ、ぷにゅ、と摘むようにして乳房を揉んだ。薄い乳房もすっかり熱々で、胸元から胸の間はかなり汗ばんでしまっている。

「走り高飛びのエースだっただけあって、背中のそらせ方なんかすっごいきれいだぜ?」

「へへへ、ありがとぉ…。ね、キスしたい…。」

「この体位でキス?だったら身体ひねって…お、さぁすが!柔らかいね。」

「ふっふぅん…あむ…」

ちう、ちゅっ、ちゅぷっ…くぁ、ちゅ、ちゅぢゅっ…

 体位と身長の都合上けっこう無理があるのだが、それでも涼子は右腕を振り上げるようにして上体をひねり、ほぼ真っ直ぐ背後に振り返って愁一郎と口づけた。息継ぎを交え、お互い心底嬉しそうについばみあう。唇の弾力を確かめ合うだけで愛しさが二乗関数的に増加してゆくようであった。しばしグラインドを休め、キスの甘美さの虜になる。

「ちゅ、ひゅじゅっ…涼子、洗い場に上がろっか?」

「んちゅ、ちゅ…うん、だけど…繋がったままだかんね?絶対抜くなよぉ?」

「ちゅっ…んくっ、わかってるって…。じゃあ右脚から一緒に…」

 唇を離すことなくささやきあい、二人はゆっくりと浴槽から洗い場へと上がる。順番に右脚を上げて浴槽の端をまたぎ、次いで左脚を上げて完全に湯の中から抜け出た。繋がったままで平行移動する様子は少々みっともないものではあるが、少しでも繋がったままでいたい涼子にとってはたいした問題ではない。

 柔らかなスポンジすのこの上で膝をつき、涼子は完全な四つん這いに、愁一郎は膝立ちの状態で後背位を維持する。脚の開き具合で腰の高さを調整してから、愁一郎はあらためて涼子の尻をつかんだ。

「じゃあ…もう休憩時間は終わり。このまま最後までイくぞぉ?」

「えぇ?バックだけなのぉ?」

「欲張りっ!みんなが帰ってくるだろぉ?それに…今夜はずっと一緒だからさ。」

「そうだね、じゃあ夜に頑張ってもらうよ…!あ、避妊はちゃんとしてよね?」

「もちろん!約束だろ?」

 先程も述べたが、この共同生活では就寝スペースの都合上五人の女の子達は日替わりで愁一郎とベッドをともにすることになっている。しかしその本来の目的は、したいときに愁一郎とセックスするため、ということなのだ。

 愁一郎としては嬉しくも迷惑な話であるのだが、多数決で可決されては反論もできないし、なにより自分専用の部屋をあてがわれてしまっては一方的に拒否するわけにもいかない。本来の恋人でもあるみさきまでが同意してしまっては、もう後には退けないのだ。

 そんな決まりの中で生活を進めるに当たり、愁一郎もいくつかの約束事を設けている。

 まず、お互い無理強いはしない。これは当然である。

 そして、どんな条件が整っていようが避妊は守る。これは、いかに安全日といえども万が一のことを考慮してのことである。五人の女の子はもちろん、愁一郎とて心身ともに健康であるから何が起こるかわからない。一時の欲望だけで楽しい共同生活にピリオドを打ってしまっては全員に迷惑がかかることになる。

 厳密に言えば、今こうして外出しするつもりであってもカウパー線液で妊娠してしまう恐れもあるわけだから、この二人は早速タブーを犯していることになるのだが…。

 ともかく。愁一郎は再び涼子の奥の奥までペニスを埋めた。こつん、と柔らかな子宮口をノックしてから、あらためて下肢に力を込める。

 それほど経験の多くない涼子は、ヴァギナの終点近くはものすごく狭いままである。そのぶん奥の方は嫌がるのだが、愁一郎としては期間限定とも言える強烈なすがりつきをできるだけ多く感じておきたい。いかにフェミニストたらんとしても、衝動にはやはり逆らいがたいものがあった。

「あんまり奥は痛いってばぁ…!」

「さっき浅いところ、いっぱいしただろぉ?オレにも感じたいところ、させろよな!」

「ダメ!一緒に気持ちよくなってこそのセックスなんだろ!?いつも言ってるくせに!」

「ううっ…今に見てろよ、涼子…?」

「な、なんだよぉ…?」

 トーンを落とした愁一郎の捨てぜりふに、涼子は怪訝な顔で振り返った。それでも愁一郎は涼子のわがままを聞き入れてくれるらしく、深々と食い込ませたペニスをゆっくり引き抜いて行った。涼子の表情はたちまち歓喜でだらしないものになってしまう。

ぬっ、みゅみゅぢゅ…のるっ、のぷっ、ぢゅぷっ…

「そっ、そうっ…!あ、いいよぉ、浅いとこ、好きぃ…!」

「まったく、現金なヤツなんだから…!」

「ふふっ!でも優しい愁一郎はもっともっと大好きだよっ?」

「嬉しいねぇ。もっともっとサービスしてやりたくなっちゃうじゃんかよ!」

「えっ…ひゃ、ちょっと!そこ、だめえ!!一緒にいじったらダメぇ!!」

くにゅっ、くにっ…ころん、ころん…

 愁一郎は涼子と浅い結合を維持したままリズミカルに腰を振りつつ、滴る愛液に濡れそぼっているクリトリスを左手の指先で強く摘んだ。先程の休憩を挟む間に勃起しなおしたようで、敏感さが凝縮したように固くしこっている。

 摘んでは押し転がし、軽く弾くたびに涼子は激しくイヤイヤして汗の粒を散らした。ヴァギナの入り口付近とクリトリス、二つの敏感なところを同時に刺激されてはたまったものではない。上体を支えてつっぱねている両手がスポンジすのこに爪を立ててしまう。

 愁一郎はここを先途とばかり、くびれが見えてしまうほどに引き抜いては貫き、引き抜いては貫き、を繰り返した。涼子のお気に入りのエリアに密生する襞は何度も何度もくびれに引っ掻き回され、発情の血を毛細血管いっぱいに巡らせて燃えるように紅くなってゆく。性感はいや増し、涼子は間断なくよがり声を浴室に響かせた。

「いいっ!いいよぅっ!すごくいいようっ!!もっと、もっともっとぉ!!」

「涼子…お前、すっげえ色っぽい声出すのな。声だけでも…何回もイけそう…!」

「いっぱいして、ね、いっぱいしてぇ!しゅういちろおっ!!」

 絶頂感を少しでも遠ざけんと、愁一郎は涼子の尻に指を立てながら必死にグラインドを続けた。ペニスが一身に受ける快感はもちろんであるが、外的刺激もまた強烈なのだ。

 涼子の、普段は聞けるはずもないオクターブ上がった嬌声。

 興奮に汗ばんだ美しい背中。

 自分からも前後に動いて摩擦を強めようとする丸いヒップ。

 スポンジすのこをポタポタ鳴らしてる、生温い愛液。

 そして、涼子自身から香る淫靡な匂い。

 それらが愁一郎の五感すべてに愛欲の解放を促すよう、甘くささやきかけてくるのだ。それはもう文字通りの夢見心地であり、勢いに任せて爆ぜることができたらどれほどの充足感を得ることができるかわからない。

 それでも、愁一郎はガマンの果てに訪れる本当の快感を知っている。同時とまではいかずとも、パートナーと一緒に果てたときの達成感、幸福感を知っているのだ。

 だからこそ徹底的に自制を意識して交わっているのである。単純に射精したいだけならマスターベーションでも事足りるのだ。せっかくのセックスなのだから、セックスでなければ得られないものを手に入れたい。二人で分かち合いたい。

ぬっちゅぬっぢゅぶっちゅ…ぬみ、ぬみ、ぬみっ…

「涼子っ…ああっ、く…いいっ…気持ちいいっ…!」

「あっ、あたしもっ…からだ、熱くってなんないっ…!あっ、そろそろ…んっ、ひっ!」

「そろそろ…なに?イキそうなの?」

「うん…うん、イク…イクよぉ…初めて、繋がったまま…イッちゃいそぅ…」

 迷子の子供のように不安げな顔をしたまま、涼子はよがり声に合わせてつぶやいた。

 実際、涼子は繋がったままでエクスタシーを迎えたことがない。経験が少ないことも理由のひとつであるし、以前愁一郎と身体を重ねたときは感動の大泣きでそれどころではなくなってしまったのだ。

 今日…とうとう愁一郎に女にしてもらえる…。人生にひとつの区切りが付けられる…。

 少々大袈裟ではあるが、そう思えば思うほどに胸はときめき、期待に身体は火照ってゆく。感度が段違いであることも、そして愁一郎に与える快感が大きいことも…すべてはこの意識によるものなのかもしれない。経験したことのない高ぶりに、意識は総動員で受け止められるだけの法悦を受け止めようと働き始める。

「…涼子ってさぁ、セックスしてるとき、すっげぇ困ったような顔してるんだよなぁ。」

 ふいに愁一郎がそう言った。腰の動きが緩慢になり、とうとう停止してしまうものの…クリトリスをいじる左手は止まないために涼子は指摘された表情を崩すことができない。

「困ったような顔って…どんなのだよぉ?」

「ん?いやぁ…どうすればいいんだろって顔…というよりも、自分で見てみれば一番早いな。ちょっと待て、よ…っと、ほら!」

「ふぇ…やっ、やだ!やめてよぉっ!?」

さああああっ…

 愁一郎は右手を伸ばしてシャワーを手繰り寄せ、カランをひねって温湯を噴き出させた。そのまま涼子の眼前にあるバスミラーにふりかけて曇りを取る。

 涼子の目の前に現れたのは…愁一郎に尻を突き出し、背後から交わられている自分の姿。潤んだ瞳を見開き、現れた光景に耳まで真っ赤にしている自分の顔であった。ポルノビデオを見せられたような猥褻な光景の登場に、涼子は強くイヤイヤして涙を散らす。

「いやっ!いやあっ!見せないで、見せないでよおっ!!」

「だめ、ちゃんと見るんだ…。涼子、かわいく映ってる。オレも一緒に映ってんだぜ?」

「でも…」

「困った顔してるけど…どこか満ち足りてるって思わない?」

「え…?」

 愁一郎の言葉に、おそるおそるではあるものの涼子は顔を上げた。火照ってぼうっとしながらも、きょとんとしている素顔が鏡の向こうでも同じように上げられる。

 涼子は不思議そうな目をして鏡の向こうの自分を見つめた。鏡の向こうの自分も、今の自分と同じように愁一郎と愛欲を交わしている。

 ふと愁一郎が背中によりかかってきて、耳元に唇を寄せてきた。

「気持ちいいときの顔だろ?女の子のとっておきの顔じゃん。笑顔と同じだけ、胸張っていい顔だぜ?」

「…待って、なんか頭、ぼうっとしてるから…わけ、わかんなくなっちゃいそう…。」

「気持ちよくなってる自分を祝福してあげなきゃ。ほら、キスしてあげて。」

「鏡に…?」

「ううん。自分に…。」

 愁一郎のささやきかけは不思議な感覚を以て意識に浸透してきた。唇が寂しくなってきていることも手伝い、涼子は潤んだ瞳をしばたかせながら鏡の自分に唇を寄せる。向こう側の自分も愁一郎に促され、同じように唇を寄せてきた。

 憧れの男性に抱かれている、この幸せな気持ち…。

 そして、一人では決して得られない満ち足りた心地…。

 それらを今、一身に享受している鏡の向こうの自分が…つまりは自分自身が羨ましく、その羨望は現実の自分に自信を抱かせる。

 そして、涼子はあらためて気付いた。

 自分は今までずっと…愁一郎と想いを交わし続けていたことに。

 たとえ恋人どうしではなくとも、親友よりも親密で、恋人よりも気楽な関係にある自分達の間には愛しさという感情が確実に存在する。その気持ちは誰にも負けない自信があるし、自信があるからこそ今の共同生活があるわけだし…なにより、こうして二人が身体を重ねる結果にもなっているのだ。

「おめでと…りょおこ…。」

ちゅっ…ちゅっ、ちゅっ…ちゅぷ…

 涼子は快感と興奮、そして歓喜に軽く錯乱してもいたのだろう。自分自身に祝福の言葉を贈ると、うっとりと目を閉じて冷たい鏡に唇を押し当てた。時折薄目を開けて鏡の向こうの自分を確認しながら、何度も何度も鏡に吸い付いて熱い息を吐きかける。愛くるしさで溢れた唾液はゆっくりと鏡面を伝い落ちた。

「…涼子、そろそろ最後まで行こうか?」

「はぁ、はぁ…うん、お願い…。あ、愁一郎…あの、奥も…していいよ…?」

 愁一郎の呼びかけに涼子ははにかむようにしながら振り返り、小声でそう告げた。意地悪するようにしながらも、その実自信を持たせてくれた愁一郎にせめてものお礼がしたくなったのだ。

 愁一郎としては先程拒まれた仕返しに意地悪してやろうというつもりだったのだが、悪のりした挙げ句に思わぬ方向へ話が進んでしまい、戸惑いが胸の中で渦巻き始めている。急にしおらしくなられては罪の意識に苛まれもする。

 それでも、常に劣等感を覚える涼子の悪い癖が改善されたのだとしたら大変ラッキーなハプニングと言えよう。こういったアクシデントなら大歓迎だ。

「涼子…ありがとう。じゃあ奥から手前から…長いストロークでいくね?」

「お願い…。」

ぬぶっ…ぬる、ぬるる、ぶちゅぷっ…

 涼子の了解を得て、愁一郎は彼女の腰を引き寄せるようにしながらヴァギナの奥深くまでペニスを埋めた。子宮口付近は固いくらいに狭く、かなりの熱を有している。

 愁一郎に奥への侵入を許した涼子であるが、さすがに痛みはまだ払拭することができないらしい。ぬめりながらゆっくり時間をかけて挿入されても、きゅっと唇を噛んで押し広げられる衝撃に耐えていた。

「…痛かったら無理しなくていいんだぜ?」

「痛いのにも慣れないと…愁一郎が満足できないだろ…?」

「ううう、涼子ってホント、健気だねえ!」

「今頃気付いたのかよぉ…?」

 愁一郎の感激の声に、涼子は苦笑しながら振り返る。しかしその苦笑に込められているものは侮蔑でも怨恨でもなく、まぎれもない愛情であった。愁一郎の苦笑返しに白い歯を見せて笑いかけてくれるのがいい証拠だろう。

 愁一郎は涼子の尻の下に両手をかけ、半ば突き放すようにして腰を引いていった。高ぶっているためか、涼子のヴァギナはすっかり密封状態を強めている。かなりの力を込めないと往復することができないのだ。そのぶんペニス全体への刺激も大きなものとなる。

ぬみっ、ぬるるるっ、ぬぢゅっ…

「はあっ、うあぅっ!や、やっぱり浅いとこぉ…!浅いとこ、もっとぉ!!」

「…しょおがねえなぁ、もう。」

「ううう、ごめんねぇ…自分からいいって言ったのに…。」

「気にすんなって。徐々に深くしてけばいいさ。」

 涼子のよがり方は、ヴァギナの奥と手前では天と地ほどの差もあった。彼女は痛覚も性感も分け隔てなく敏感らしい。愁一郎は申し訳なさそうな涼子に苦笑で答えると、彼女の強い性感帯である入り口付近を集中攻撃してとどめを刺すことに決めた。

 痛がったり、気持ちよくないところへ無理を通したとしても涼子のかわいらしい痴態を目撃することはできないだろう。そうなってはせっかくここまで盛り上がった雰囲気も台無しになってしまい、後味も悪いものになってしまう。

ぬみっ、ちゅぬ、ぬみっ、ちゅぷっ…ぶちゅ、ぶちゅっ…

 汗ばんだ涼子の尻をしっかとつかみ、愁一郎は小刻みなグラインドでヴァギナの浅部ををほじくった。浅部とはいえ襞の背は高く、ツヤツヤな亀頭はまんべんなく包み込まれて愛撫してもらうことができる。

 ジクン…ジクン…と立て続けて膣内へ漏出してしまう逸り水の感触だけでも絶品と言えよう。奥深く根本まで挿入せずとも、涼子の柔らかで温かな内側は愁一郎をキツキツに締めつけ、彼から精を搾り取ろうと作用していた。

 その女性としての本能に愁一郎の男性本能が応答したわけでもないのであろうが…ペニスの根本にせつない感触が急激に募り始める。

 即ち、彼女と子孫を残したいという欲望。彼女の内側奥深くで射精したいという衝動。

 愁一郎の理性は崩壊まで紙一重のところで警告を発する。リズミカルであったグラインドがぎこちないものになってしまうのは必然的ともいえるだろう。

 一方で涼子も苦痛に耐える必要が無くなったわけであり、遠慮無しに荒い息を繰り返しては狂おしいまでの悲鳴をあげている。表情は困惑を極め、焦点が定まらない両目からはとめどなく感涙が流れ落ちていた。その涙は精神の許容範囲を越えかけている快感が心理的プレッシャーを誘うため、それによって蓄積されたストレスを処理するための涙である。

 そして、その涙でも快感を処理できなくなったときこそ…女性は達してしまうのだ。肉体が精神との接続を強制的に切断…すなわち、失神をきたすのである。

 涼子はもはや愁一郎の巧みなピストン運動の前に意識を混濁させていた。目眩と耳鳴りに包まれ、感じるままにあげている自分の嬌声がどこか違う場所から聞こえているように感じ始める。もはや本能が言語中枢を任されていた。意識は快感の怒濤を少しでも多く受け止めるため、本来の任務を一時放棄してしまう。

「しゅ、しゅういちろうっ!イクッ、い、イクぅ!!」

「ああっ…りょ、涼子っ…!すっげぇ声…!な、ホントにイクんだなっ!?」

「だめ、だめ、だめ、だめぇ…ああうっ!!もうだめえっ!!イクッ!イクのっ!!」

「涼子、涼子っ…いいよ、涼子…!」

「イクッ!イッ…いっ、ひいいっ…!!あっ…あ、あぁ…くぁ、う…うっ、うぅ…」

ぶるるっっ…ビクン、ビクンッ…

 思いきりのけぞるようにそらされていたおとがいが脱力し、ゆっくりとうなだれていくのに合わせて涼子の嬌声がか細いうめき声になってしまう。一瞬強く身震いしたかと思うと、ひきつけを起こしたようにけいれんを繰り返しながら呼吸を乱した。

 涼子はエクスタシーに飲み込まれてしまったのである。それも憧れの男性と…しかも初めて繋がったままで…。意識が法悦と感動に張りつめ、弾けてしまうには刹那の時間さえあれば事足りた。

 四つん這いのポーズをとっている身体のなにもかもが…それこそクセッ毛の先からつま先に至るまで全身の感覚がフワリと浮き上がり、そのまま肉体から離脱するような感触を覚える。それと同時に意識を喪失してしまい、あとには真っ白な世界が残され、恍惚たる暖かな余韻が感覚をいっぱいに満たしてゆく。

 気持ちいいっ…。

 気持ちいいっ!!

 気持ちいいっっ!!

 そう叫びたくなる絶頂感の中…それでも涼子の身体は確実に本能を履行しようと働く。

きゅ、きゅきゅっ、きゅきゅうううっ…ぷぢゅ、ちゅっ…

「涼子っ…くくっ…うあっ、涼子…イッてる…!」

 愁一郎がヴァギナの中程までペニスを食い込ませたとき、その衝撃は訪れた。

 ただでさえも熱々だった内側が急激に体熱を増し、最強最後の力でペニスを搾り込んできたのだ。それは貴重な精を逃すまいとする涼子の本能によるものである。涼子が意図的に締めつけているわけではない。

 それに合わせ、襞の隙間を浸していた涼子の愛液が行き場を失って膣口から染み出てくる。充血した膣口とペニスの隙間から滲んだ愛液は裂け目にそって尿道口を濡らし、萎縮しきったクリトリスを越えて性毛を寄り集め…スポンジすのこの上に滴った。とはいえ、スポンジすのこの上にはとうの昔に愛液溜まりができている。

ぬぶっ…ぬる、ぬるるっ…ちゅ、ぽぶっ…。

 愁一郎は涼子の尻を両手で突き放すようにしながら、愛欲に満ちて勃起しきったペニスを狭まりきった彼女の内側から引き抜いた。涼子の締め付け具合がピークであったことを示すように、くぐもった空気音が膣口から漏れ出る。

 愛液と逸り水にまみれてすっかりヌルヌルであるペニスは、涼子から抜け出ると同時に愁一郎のへそをびたん、と打ち付けた。その様子はセックスを中断させられたことに憤慨しているようでもあり、今すぐにでも射精させてくれと急かしているようでもある。

 実際、絶頂に登り詰めた涼子が締めつけてきたとき…危うく本能が理性を追い越しかけたのだ。それでも愁一郎は理性を振り絞り、射精欲に最後のガマンを強いたのである。

「涼子っ…はぁ、はぁっ…うあっ、涼子ぉっ!!」

びゅるるっ!びゅうっ!びゅくっ、ドクン、ドクン、ドクン…

 ガチガチに張りつめたペニスを右手にすると愁一郎は手早くしごき…ガマンにガマンを重ねてきた愛欲を心ゆくまで解放した。愛しさに突き動かされて名前を叫んでしまうのと同時に新鮮な精液は音立てて噴出し、涼子の尻に…次いで太ももに降りかかってゆく。

「ううっ…!!く、くぅ…すごい…こんな、いっぱい…!!」

 だらしなく上擦った声であえいでしまうほど、達成感、充足感、そして余韻が凄い。

 めくるめく快感のるつぼにありながら射精欲を何度も押し殺してきただけに、太いパイプは怖いほど力強く脈打ち、濃厚に粘つく薄クリーム色の精液を予想以上の量で噴出させた。涼子への愛情が募りに募っていたことも要因だろう。射精の勢いは半端ではなく、腰の中が軽くなったような心地さえする。

 まだ…イッたままみたいだ…。

 余韻が気味悪いくらいに持続している。愁一郎は瞳を潤ませ、天井を仰いで荒い息を繰り返しながら悦に入った。射精の感動に浸りきっているかのようなペニスは愁一郎の右手に握られたまま萎える様子もなく、噴出しきれなかった精液をなおも滲み出している。

 心地よい脱力感に見舞われた愁一郎は、思わず左手を涼子の尻にかけて上体を支えた。ぐったりとうなだれ、思う存分酸素を取り込もうと深呼吸する。

「しゅう、いちろぉ…?」

「やぁ…涼子…。」

 ゆっくりと意識を取り戻してきた涼子が顔を上げ、よつんばいのまま振り返って呼びかけてきた。真っ赤に火照った顔は前髪を汗で張り付かせ、うっとりと細められた瞳は恍惚で潤んだままである。

 愁一郎も顔を上げ、溢れんばかりの愛しさを示すようにして見つめ返した。エクスタシーに達したばかりの涼子がなんともかわいらしく、視線が合わさった途端に思わず照れくさくなってしまう。

「その…どうだった?」

「うん…お世辞抜きで、すごいよかった…。いや、今もまだ、気持ちいいまんま…。」

「そっか、よかった…。オレもすっごい気持ちよかった…幸せな気分だよ…。」

 気恥ずかしそうにあごを指先でカリカリ掻きながら問いかけると、涼子はのぼせたような陶酔の声で賛辞を捧げてくれた。美辞麗句のひとつもない単純な感想に愁一郎も安堵し、心にただひとつ残された感想を言葉にして返す。

 満足感は予想以上に大きかった。疲労までどこか心地よいほどだ。このまま眠ってしまえたらどれほどまでに胸が空くことだろう。

 しかし現実問題、いつまでも風呂場でのんびりしているわけにもいかない。時間は確実に過ぎてゆくのだ。

「涼子、そろそろ身体洗おうぜ?みんなが帰ってくる前に湯も張り直さないと…。」

「そうだね…。あ、愁一郎…あのさぁ、最後にもうひとつだけおねだり、いいかな…?」

「どした?」

 愁一郎がシャワーを手繰り寄せて温湯を出し、膝立ちになった涼子の尻や太ももから丁寧に精液を洗い流すと、彼女はいやによそよそしくそう問いかけてきた。

 視線を上げた愁一郎の前で、涼子は今さらながら照れるように…両手で胸元と股間を覆い隠して小さく笑っていた。好きな女の子を前にした少年のような、恥ずかし紛れのぎこちない笑みである。

「まっ、まだあたし今日、抱き締めてもらってないだろ?だから…抱いて、キスしてほしいなー、なんて…ダメ?」

 あれだけ激しく交わっておきながら、あまりに些細なおねだりに恥じらう涼子。一瞬愁一郎は涼子が何をおねだりしたのか理解できなかったが…彼女の初々しいまでに純粋な想いに気付くと、湯も止めずにシャワーを置いた。

 セックスの気持ちよさに酔いしれる術はしっかりわきまえていても、この桐山涼子という女性は基本的に少女なのだ。

 ひたむきで、積極的で…だけど寂しがり屋で、甘えんぼで…。

 見た目などなんの問題にもならない。口調や素行だって関係ない。

 彼女は守ってあげたくなる大切な少女。笑顔がとびきり似合う可憐な少女なのだ。

「…ダメなわけないだろ?ほら…。」

「えへへ、ありがとっ!」

 愛しさで浮かぶ微笑に任せて愁一郎が両手を拡げると、涼子は満面の笑みを浮かべて彼の胸に飛び込み、背中に腕を回して強くしがみついてきた。愁一郎も涼子を受け止め、その身体をきつく抱き締める。夢中で頬摺りしてくる涼子に応じながら、愁一郎は彼女のうなじを丁寧に撫でてやった。

 やがて膝立ちの二人は裸の胸を合わせたままで熱っぽく見つめ合い、どちらからともなくまぶたを閉ざして…

ちゅっ…。

 熱く唇を重ねた。しばし密着を維持し、胸が満ちるのを待って唇を離す。

「幸せ…。」

「うん…。」

 再び見つめ合ったときには、もうはにかむ気持ちは消失していた。涼子のつぶやきに愁一郎も同意してうなづく。

「ね、さっきの鏡のヤツだけどさぁ…。」

「ああ…どうかしたか?」

「あんなこと言われたら…あたし、もっともっと愁一郎のこと、好きになっちゃうよ?」

「うっ…守備範囲、拡げるんじゃなかったのかぁ?」

「あははははっ!ウソウソ!愁一郎を基本に、いい男を捜してみるよ!」

 屈託無く笑っておどけてみせる涼子の頭を、愁一郎は乱暴なほどにかいぐりしてやる。それでも二人の表情は真夏の太陽のように爽やかな…そして、とびきり素敵な笑顔であった。

 

 

 

「ふーっ!さっぱりしたね!」

「ああ。くまなく洗って湯も張り直してるし、バレるってことはないだろう。」

「ビールでも飲みながら待ってよっか?」

「そうだな。まだ何本か冷えてたっけ?」

 あれから愁一郎と涼子は身体を洗い、二人で浴室をなんの形跡も残らぬよう掃除してから湯を張り直した。

 洗面台に置いてある時計を見るに、もうそろそろ誰かが帰ってきてもおかしくない時刻である。それでもなんとか湯が浴槽を満たすには間に合いそうであった。

 すべての準備を整え直し、新しい下着とパジャマに着替えた二人は脱衣所から出ると、ようやく安心したようにおしゃべりしながらリビングのドアを開けた。

「おーかーえーりーっ…!!」

「げっ!?み、みさきっ!?それに里中、駒沢もっ!?お前らどうして!?」

「え、えっ、ええっ!?な、なんでみんないるんだよ!?」

 リビングには帰宅したてとおぼしきスーツ姿の女性が三人…辻ヶ谷みさき、里中雅美、駒沢智秋が円陣を囲むようにして腰を下ろしていた。愁一郎と涼子がリビングのドアを開けるなり睨め付けるような視線を向け、トーンを抑えた声を揃えて迎えてくれる。

 愁一郎も涼子も信じられないものを見たというように表情を凍り付かせ、支離滅裂になって問いかけた。玄関のカギはかけてあるし、誰かが帰宅したとしてチャイムを鳴らせば、いかに浴室で行為に没頭していたとしても気付くはずなのだ。

「あ・た・し!あたしが開けたのよ!!」

 いつものごとくヘアバンドで前髪を上げている智秋が、自分の合い鍵を愁一郎の眼前に突き出してふくれっ面になる。

「こ、駒沢…お前なんで!?チャイムくらい鳴らせよっ!!」

「ちょーっと驚かせようと思って合い鍵で入ったら…『涼子…一回イッてみせて…。』」

「『あ…や、だめぇ…。イクとこ…見せたく、ない…!!』って具合だったのよ!わたしは帰宅したらカギが開いてて?で、チャキちゃんが洗面所の前に座って、シー!なんて言うからどうしたのかと思ったら…!明るいウチから、しかもお風呂でやるぅ?大場くんも涼子も、いくらなんでもそれはないんじゃない?」

 物真似までして責めたてる智秋に、雅美も調子を合わせて二人を非難する。長い黒髪を背中で揺らし、迫力あるバストの下で腕組みしている表情は怒っているというよりも、むしろ抜け駆けされたことに対してすねているようにも見える。

「いや、これはだなぁ…そのぅ…」

「ちゃ、チャキちゃんも雅美もぉ…う、ううう…。」

 愁一郎も涼子も恐れ入るばかりで言い訳の言葉すら見つからない。ただただ真っ赤になってうつむき、二人して視線を交わしては気まずそうに唇を噛むのみだ。こうして見ると、パジャマを着たカップルが三人の女教師に異性交遊を咎められているようにも見える。

「愁一郎くん…。」

「み、みさき…お前も聞いたの、か?」

「聞いたよ…。」

 しばし訪れた沈黙を破るように、みさきが愁一郎を見つめて呼びかけた。愁一郎の問いかけにも沈み口調で力無くつぶやく。愁一郎としても旧来の恋人であるみさきに見つめられ、射すくめられたように全身を硬直させた。それでも視線をそらさぬようにしていることだけは立派なものだ。

「涼子としてたことは責めないよ。ただね、あたし、節度を守って欲しかった。」

「せ、節度って…お前が言うかぁ…?」

「マジメに言ってるのっ!!」

「ご、ごめん…」

 みさきの痛々しいほどの怒声に、愁一郎だけでなく涼子までもが怯えて肩を跳ねさせる。思わず詫びた愁一郎の目に見えたものは、みさきの瞳で危なっかしく揺らめいている潤みであった。

「ここはラブホテルじゃないんだよっ?みんなの家なんだよっ?家族の誰かが普通に入ってきたって文句言えない場所なんだよっ?それなのにお風呂で…明るいうちから…!」

「みさき…」

「それに…夜になれば涼子と一緒に寝るってこと、わかってるくせに…」

「みさきっ、愁一郎はあたしが誘って…」

「涼子は黙っててっ!!」

 淡々と非難を続けるみさきに涼子が愁一郎をフォローしようとしたが、みさきは激しくかぶりを振ってうつむいてしまった。そのまま愁一郎の前に歩み寄り、彼のパジャマの胸元をつかんでぐいぐいと引っ張る。

「ひどいよ…こないだ、あたしがしようって言ったときはしなかったくせに…。」

「…ちょっと待てよ、ゲロ吐くほど飲んで帰ったヤツにしたいって言われて応じる男がいると思うか?」

「…もういいよぉ、あたしが悪かったよぉ…!!」

 みさきが愁一郎を責め立てる恨み言を横で聞き、涼子はヘナヘナと座り込んで泣きじゃくりはじめた。嗚咽の声は次第に高まり、沈痛なまでの号泣に変わる。

ううっ、うううっ…ぅあああああっ…あああああっっ…!!

 自責の気持ちでいっぱいだった。

 劣等感を抱きやすい性格の通り、涼子は思い込みの激しい女性である。だから一度自分が悪いと決めつけてしまえば、徹底的に自分を悪者呼ばわりして責め立てるのだ。

 普段からそんな様子はおくびにも見せないが、それは強くあろうという意志によって押さえつけているだけなのである。今日のように気持ちが目まぐるしく動揺した日では情緒不安定に陥ってしまうのもやむを得ないだろう。崩壊はささいなきっかけから起こるものなのだ。

 また、涙腺が緩みかけた矢先に三弦のジンクスを思い出したことも災いした。

 また大泣きしちゃう、と思った意識はループを形成して増幅を繰り返し、泣いてしまえという精神薄弱な命令を閃かせてしまう。あれほど浴室で感涙を流しておきながらも涙は堰を切って溢れ、声は肺腑の底から湧き出てきた。

 もう自分が情けなくて、惨めでならない。

 雰囲気が普通でないことにいち早く気付いたのは雅美であった。

「…ちょっと、チャキちゃん!涼子、本気で泣いてるわよ?」

「うそ…みっ、みさき!あんた演技が過剰っ!!」

「え?え!?涼子、ちょっと…そ、そんなに泣かないでよぉ!!こんなハズじゃ…」

「…お前ら、どういうことだ?演技だとか、こんなハズとかってのは?」

 愁一郎が泣きじゃくる涼子の肩を抱きながら怪訝な目で三人を睨み付けると、智秋も雅美も、そして今しがたまで切実なそぶりで愁一郎を責め立てていたみさきまでもが一歩後ずさり、ぎこちない笑みを浮かべた。三人して目配せしながら事情を説明する。

「いやぁ…今回のコレはいい脅しのネタになるなぁって思ったワケでぇ…。」

「みさきにちょっと恨みがましく言ってもらえば、大場くんも涼子も夕食のひとつくらいはオゴッてくれるわよね、とか話し合ったの…。」

「愁一郎くん…ちょっとシリアス、入りすぎた?」

「バカヤローッ!!そんなことなら素直にメシおごれって言え!!ったく、余計な演技で涼子を泣かしちまいやがって…!!とにかくお前ら三人!ちゃんと涼子に謝れっ!!」

 愁一郎から軽いゲンコをくらった三人は泣きじゃくる涼子に頭を下げ、行きすぎた悪ふざけを心から詫びた。それで涼子はどうにか泣き止みはしたものの、すっかり目を赤くしてしまっている。ぐしぐし目元を擦りながら鼻まですすりあげている始末だ。

 涼子がデリケートな性格であることは三人ともわかっていたのだが、まさかここまで大泣きするとは思ってもみなかったのだ。何かの失敗で落ち込んだりすることはあっても、今まではすぐに気分を入れ替え、元気を取り戻していたからである。

 人間誰しも脆くなるときはあるのだ。涼子とて例外ではないことをようやくながら悟り、脅しのネタにするにはあまりに重いこの関係を使用してしまったことにめいめいの胸で反省する。もし自分が涼子の立場だったとしても、ふと人恋しくなってしまえば明るいうちであろうが愁一郎に求めないとは断言できないのだ。少なくとも唇くらいはせがんでしまいそうな気がする。

「みんなごめんね、取り乱しちゃって…。今日のあたし、ちょっとおかしいんだよね…。」

「ううん、あたし達こそごめん。ツッコミ方が悪すぎたね。」

「ツッコミ方って…チャキちゃんが言い出したってこと、忘れないでよね?」

「そうそう、雅美の言うとおり!」

「…なんであたしだけが悪者になるのよっ!?」

 涼子の声はいまだに若干の震えを伴ってはいたが、それでも健気に笑顔を浮かべてみせるところがどうにもいじらしい。しかしその懸命な努力のおかげで、リビングにも普段通りの穏やかな雰囲気が戻ってくる。愁一郎も三人も安堵したように腰を下ろした。

「とはいえさぁ、お風呂でエッチしてたことは事実なんだしぃ?やっぱここは夕食のひとつもご馳走してくれてもいいんじゃない?ねぇ、お二人さん?」

「お風呂張り直してたみたいだけど、あーんなフェロモンいっぱいのお風呂場なんて、せめて今晩だけは使いたくないわ。あ、フェロモンって言っても大場くんの部屋は別よ?」

「風呂場でしたことは反省してるよぉ…。もちろん、ちゃんと洗い直したんだぜ?」

 すっかり小さくなってしまった愁一郎のせめてもの言い訳にも、それぞれに要求を述べた智秋と雅美は聞く耳を持とうとしない。腕を組んだまま目を閉じている姿はもちろん、ぷんっとそっぽを向く方向まで仲良くそっくりだ。

「雅美、女の子のフェロモンは最低二万年は残留して、少なくとも向こう五千年は草木も生えないんだから安心できないよ。」

「…みさきもなぁ、お前、それは言い過ぎだと思うぞ?」

「あ、みんなもしかして、すっかり外食するつもりで着替えてないんだろぉ!?」

 みさきのジョークに愁一郎が突っ込むものの、やはりみさきも素っ気ない態度でそっぽを向く。見た目は穏やかであるが、一番怒り心頭であることは愁一郎は他の誰よりもわかっていることだ。

 そんなかけあいに続いた涼子の鋭い指摘に、スーツ姿の三人は揃って首を縦に振った。徹底的に不平不満を並べ立て、どうあろうがあくまで夕食をご馳走してもらうつもりは変えないようだ。

 もっとも場が落ち着いたとはいえ、やはり三人にしてみれば涼子が妬ましいのである。

 風呂場は洗ってきたと言われても、二人がセックスしていた事実だけは脳裏から払拭できないだろうし…なにより夕食の準備もできていない。今から夕食の準備を始めて入浴を済ませていたら、すぐさま引き続いて就寝時間になってしまうだろう。

 そういった事情からも、愁一郎と涼子に出費を強いて腹いせにしたいのだ。

「…仕方ないな、じゃあファミレスでも行くか。涼子、余裕ある?」

「うん…大丈夫だと思う。」

「えー、ファミレスぅ?どうせならもっとデカいところがいいなー!」

「お風呂はどうするのよぉ!わたし、汗だくなんだからねっ!」

「ファミレスおごれば昼間からエッチしてもいいってことなの!?」

 素直にリスクを払おうとした愁一郎と涼子であったが、三人はそれぞれに不平を鳴らしてさらに詰め寄る。よくよく聞いていれば三人の不平はあまりに理不尽な言い分なのだが、抜け駆けを心から反省している二人にしてみれば反論できる立場もない。

がちゃん…。

「ただいまぁ!」

 ふと玄関からドアの開く音が聞こえ、次いで帰宅を告げるかわいらしい声が聞こえた。揃ってリビングのドアを見つめるのと同時に、廊下を小走りに駆けてきた女性はニコニコ顔でリビングに入ってくる。誰あろうこの部屋のもう一人の住人、倉敷由香である。

「あ、もうみんないるんだ!ほらこれ、さっきもらったチラシなんですけど、このマンションから少し行ったところにこんなのができたそうなんですよ!」

 キチッとスーツを着込んではいるものの、由香は高校生とも間違われかねないほどに小柄である。二十五になった今でも若々しさ…というより幼さは相変わらずだ。

 そんな彼女は普段とはまるきり正反対の、不自然なほどのはしゃぎようで手にしていたカラー印刷のチラシを愁一郎に手渡した。一同の視線が彼の手元に集中する。

 由香が持ち帰ったチラシは最近大々的にチェーン店を拡げている大型スパーランドのチラシであった。スパーランドといってももちろん天然の温泉が湧いているわけではなく、どちらかといえば総合レジャーランドに近い形態をとっているものだ。

 広々とした入浴施設と大型の温水プール施設を基本として、後はレストランにゲームセンター、ボウリング場や映画館まで併設している店舗もあるそうだ。とにかく風呂やプールだけでも様々な設備があり、子供からお年寄りまで一日中楽しむことができるらしい。

「ね、ね!おもしろそうでしょう?今度のお休みにみんなで行ってみませんかぁ?」

 嬉々とした表情で五人の反応を窺う由香。すると智秋が人の悪い笑みを浮かべ、

「…決まりね。」

と告げた。次いで雅美が由香を見上げて笑う。

「ユッカ、そんなに待たなくても行けると思うわよ?」

「え、雅美ちゃん…どうして?」

「愁一郎くんと涼子がおごってくれるんだもんねー?」

 小首を傾げる由香に答えるよう、最後にみさきが顔を上げ、目の前の愁一郎と涼子を名指しした。名指しされた二人は苦笑しながら見つめ合い、小さく溜息を吐く。

「…涼子、なんとかなりそうか?」

「たぶん…。でも二人でサイフ、開けてみないとね…。」

「よぉし、じゃあオレ達がおごってやる!みんな出掛ける準備しろ!」

「やったー!!」

 大きな出費の覚悟を決めた愁一郎の号令の元、リビングに女の子四人の歓声が響きわたったのであった。

 

 家路を急ぐ車の流れに混じり、夜の国道を二台の車が進む。

 前走するスーパーセブン・ボグゾールストリートは愁一郎の愛車、その後を一定間隔で追走してゆくユーノス・コスモは由香の愛車だ。

 そんなコスモの車中では四人の女の子が和気あいあい談笑に花を咲かせていた。

「いやー、上手くいったよね!みさきとユッカの演技も冴えてたしなぁ!!」

「でも…なんだか大場くんや涼子ちゃんに悪いみたい…。それはお風呂で…その、してたのはずるいなって思うけど…騙すみたいなやり方は、私…。」

 先程から助手席ではしゃぎっぱなしである智秋の絶賛にも、ハンドルを握る由香はあまり嬉しそうな顔をしない。日中から愁一郎の愛情を独り占めしていた涼子が羨ましいとは思うのだが、かといって演技してまで夕食をおごらせるのはどうかとも思うのだ。

 智秋、雅美、みさき、由香の四人は…どういった偶然かはわからないが、今日は帰宅時間をまったく同じくし、マンションの駐車場でばったり出会ったのである。

 部屋には夜勤明けの涼子がいるはずだから驚かしてやろう、という智秋の悪巧みの元、こっそりカギを開けて上がり込んだところ、二人の情事に出くわしてしまったというわけだ。由香以外の三人が積極的に共謀し、スパーランドをおごらせる手筈を練り上げて実行に移したのは既述の通りである。

「ユッカは優しいね。でもまぁ、明るいウチからイイコトしてた二人がわたし達にも少しイイコトのお裾分けをしてくれるんだと思えばいいじゃん!気にしない気にしない!」

 後部座席、運転席の後ろでゆったりと腕組みしている雅美が、由香の否定的な気持ちを理屈っぽく励ましてきた。ルームミラーでちらりと見た雅美の顔もまた智秋同様はしゃいだものであり、すこぶるご機嫌の様子である。

 智秋も雅美も、なんだかんだ言いながらこうして家族六人で遊びに出掛けるのが楽しいのだ。そういう気持ちなら由香にだってある。

 いつものように家で食事をとり、就寝時間までのひとときをおしゃべりで過ごすのも楽しいが…こうしたアクセントがあるのも気分転換になって実にいいものだ。内科の医師を務めているだけあって、由香は職業柄の考え方で自分を納得させる。

 一方、一人意気消沈している様子のみさきは窓の外で流れて行く郊外の明かりをなんとはなしに見つめて溜息を吐いている。雅美は身体を寄せてみさきの表情を窺った。

「どうしたの?クルマに乗ってからこっち、ずっと元気ないね?」

「…愁一郎くんの助手席は、ずうっとあたしのものだったのに…。」

「なにを今さら。もう誰だって乗ってるじゃない!」

「あんなことがあったから、せめて今だけは乗って欲しくないんだよぅ!愁一郎くんのバカぁ…。」

 今回のホストはホストだけでクルマに乗り込むことに決めたのだが、みさきはどうやらそのことが気にくわないらしい。スーパーセブンはただでさえも狭いツーシーターであるから、必然的に二人きりというシチュエーションができあがってしまうのである。

 おまけに今夜は涼子が愁一郎の部屋にお泊まりする順番だ。そのこともみさきを落胆させる原因となっているようで、愁一郎の彼女という立場のみさきとしてはなんともおもしろくないのであった。

 この共同生活を公認しているみさきではあったが、こうしてあからさまにヤキモチを焼く姿というのは大変珍しい。雅美はみさきの頭を左手で抱き寄せ、くすくす笑った。

「へえ…みさきがヤキモチ焼いてるところ、初めてみたんじゃないかなぁ?カノジョとしてのプライドってヤツ?はっはぁん…どうりで演技も真に迫ってたわけだ。」

「ああん、雅美もみんなも…愁一郎くんには内緒だよ…?」

 

「どうだぁ?」

「…あんまり飲み食いするなって断っておいたほうがいいね。」

 叩き付けるようなエンジン音と排気音に囲まれて、スーパーセブンの狭い車中で愁一郎と涼子は声を大きめにして言葉を交わす。

 涼子は通り過ぎる街灯の明かりを頼りに、愁一郎の手持ち金と自分の手持ち金、そして由香からもらったチラシに記してある料金表を見比べていた。なんとか施設は利用できるものの、あまり豪華な食事だと立て替えてもらわないといけなくなりそうだ。

「まったく…倉敷もタイミングよくチラシをもらってくるよなぁ!」

「でもまぁ、たまにはいいんじゃない?六人そろって出掛けるなんて久しぶりだしさ。」

「家族サービス、ねぇ。高くつくもんだよなぁ…。」

「へへへ、ごめんね…あたしが誘ったりしたから…」

「気にすんなって。オレだって調子に乗りすぎたみたいだし。」

 カジュアルシャツ姿の涼子はシートベルトを親指でいじりながら照れくさそうにそう言った。ラフなジャケットを羽織っている愁一郎も気恥ずかしそうに人差し指であごをカリカリしたりする。

 幌を閉めているだけあってスーパーセブンの室内は極めて狭い密室となっており、そんなシチュエーションが風呂場での一件を二人に思い起こさせてしまうのだ。

 結果として痛い出費に繋がってしまったものの、二人はそれほどの後悔はしていない。むしろあれだけ素直に感情を晒し合い、認め合う機会を得られたのだから安いものだと思えるほどだ。普段通りの日常では、きっとあれほど深く愛情を交わすことはできなかっただろう。

「三弦のジンクスは今も生きてたけどさ…三弦、切れてよかったって思うよ。でないとあたし達、こんなことになってなかったろうしね。」

「だろうなぁ。まさか三弦の話で涼子が発情しちゃうとは思わなかったし…」

「は、発情ってことあるかよっ!?」

「はははっ!でも、オレの知らない涼子を知ることができたし…まさに三弦様々って感じだよな。」

 涼子の反応を楽しげに笑うと、愁一郎は各種ミラーに視線を走らせてから前走車を追い越した。ギヤを三速に落とされたスーパーセブンは二人の気恥ずかしい雰囲気を紛らわせてくれるほどに甲高くエンジンを咆哮させ、一切のストレス無く軽い車体を百キロオーバーにまで加速させる。ルームミラーを確かめると、後続の由香達も確実についてきていた。

「なぁ、愁一郎…?」

「どした?」

 再びギヤが五速に入り、エンジン音が落ち着いてから涼子はポツンと呼びかけてきた。愁一郎は視線を一瞬だけ涼子に向ける。

 涼子は風呂場で最後におねだりしたときの表情…恥ずかし紛れといったぎこちない微笑を浮かべてこちらを見つめていた。

「えへへ…あ、あの…これからもよろしくね。あ、その、抜け駆けしようとかそういうんじゃなくって、その…仲良くしてくれよな…?」

「何を今さら…こちらこそよろしくな、涼子!」

「あんっ…こら、ちゃんと運転しないと危ないよぉ…!」

 涼子の初々しいほどの言葉に、再び彼女の少女性が垣間見える。

 愁一郎は左手を伸ばすと、乱暴なほどに涼子の頭をかいぐりしてやった。涼子は心地よさそうに目を細めるとその手を取り、たしなめるような言葉とは裏腹にとびきり輝いた笑顔を愁一郎に向ける。

 その笑顔からの輝きは、決して色褪せない彼女の青春を意味するものであった。

 

 

 

終わり。

 

 


(update 99/06/05)