MAZE!爆熱時空

■パノンの森、ハチャメチャ物語■

 ミル編(4)

作・竹内 大成さま


 

       4

 

 

 その後、メイズ達は急いで今いる場所・・・どこかの湖の近くまで行き、メイズの治療のために今日はそこを、彼らとしては早いのだが寝床とすることにした。そして、今現在にいたるのである。

 ウルはこの時代にはそぐわない派手なテント(どうやら皆がパルアニアVSバートニアン戦で過去(1990年代)に飛ばされた時に買ったものらしい)をたてて、その中でメイズを治療をしている。外からではテントの色が濃すぎて中の様子がわからない。

 時たま、山から薬草かなにかをとってきたアスターやソリュードがテントの中に入っていく。出ていくときの表情に多少困惑が混じっているのは、どうやらメイズのケガが予想以上にかなり重傷であると言うことを物語っている。

 ミルは、もう我慢が出来なくなって、ついにメイズの容態を聞きに行くことにした。メイズはケガで寝込んでいるから、容易に大きな音は出せない。

 ミル、自分の足音に細心の注意を払って、ウルがいるであろうテントまで近づき入り口をすっと片手で開ける。

 そこにはやはり、メイズの治療に当たっているウルと、ケガのせいなのかはたまた薬のせいなのかは分からないが、布団にうつぶせで寝かされて苦悶の表情を浮かべているメイズがいた。うつぶせで寝かされているのは背中のケガを地面に密着させないようにするためである。

 ウルは初老の男で体格は小柄である。一見、外見は普通のおじいさんだが、かなりの秀才であり、彼は昔、その切れる才能をかわれて一国の大臣になったこともある。武器やトラップ等の戦闘用品の製作は勿論、その彼の才能はあらゆる場面でいかんなく発揮される。医学もまた、彼の得意とする分野の一つであった。

 さて、メイズはというと、背中を何かガーゼのような物で覆い隠されていた。そのガーゼが不気味な赤黒い色で染まっているのは、メイズのケガの酷さをミルに伝えるに充分なくらいであった。

「ミル様・・・どうかなさいましたか?」

 ウルが先ほど、アスター達からもらった薬草のような物を石で出来た器に入れ、手際よく石の棒ですりつぶしながら言う。勿論、喋っていても手の作業は緩めてはいない。

「いえ、その・・・オネニーサマのケガの具合が気になって・・・オネニーサマは大丈夫なんですか?」

 ミルが心配そうな顔つきでウルに言う。ウル、そのセリフを聞くと、ただでさえ疲労の濃い暗い顔を更にいっそう暗くさせて、作業を中断して深く溜息を一つ、ミルについてみせた。そして、ミルの質問には答えず

「そう、ですか・・・先ほどもミル様以外の人達には一応ケガの具合は伝えたんですが・・・」

「そ、それで? オネニーサマのケガの具合はどうなんですか!?」

 話の先を急がせようとウルをせかすミル。どうやらよほど、メイズのことが心配のようである。

「そ、それが・・・その・・・あの・・・」

 中途半端に語尾を濁し、更に暗い顔をするウル。それを察したのか、ミルが冷静な口調でウルに一言。

「・・・そんなに重たいんですね。オネニーサマのケガ・・・」

 ウル、ビクッとまるで幽霊にでも触られたように青い顔をして身体を揺らす。そして数秒後、まるで「まいった」と降参したかのようにまた深く溜息を一つ、ミルについてみせた。

「・・・そう・・・なんです。このことはいつかミル様にはお伝えしなければならなかったんですが・・・メイズはかなり重傷です。このままいくと、メイズは・・・死んでしまうかも知れません」

「・・・・・!?」

 ミルはそのウルのセリフを聞いて一瞬、言葉が詰まった。メイズが死にそうな重傷・・・あの世界最強とまで言われたジャイナ教の教祖をも倒したあのメイズが、ミルをかばったが為に死にそうなまでの重傷を負ってしまった。

 私がオネニーサマの戦いを見るのに夢中になってあんな所まで行かなければオネニーサマはこんな酷いケガをしないですんだのに・・・ミル、そう考えるだけでメイズに対する大きな罪悪感で胸がくるしいぐらいに締め付けられた。

 ミル、暗い顔のまま黙って立ち上がると、きびすを返してすたすたと元来た道を足早に戻っていった。途中、ウルが何かとがめるような事を言ったような気がしたが、ミルは何も聞こえなかったように振る舞い、外へ出ていった。

 そして、テントから出たミルは、急に森の方へ向かって当てもなく走り出した。途中、薬草を腕一杯に抱えたアスターとソリュードがきょとんとした表情でミルを見つめていたが、ミルは彼らを無視して、更に森の奥へと走っていった。

「おねにーさまぁ、ごめんね。うっ、ごめんねぇ・・・ううっ」

 ミル、瞳にいっぱいの涙を浮かべて、走りながら涙声でそう言った。愛しいメイズを傷付けた・・・ミルにとっては、死にそうなぐらいにショックな出来事であった。

 

「ミルちゃん、相当傷ついてるみたいだな・・・」

 ミルが自分の視界から消えるやいなや、いきなりソリュードに話しかけるアスター。勿論、両手はしっかりとメイズの治療用の薬草を腕一杯抱えている。

「そりゃそうよ・・・なにせ自分のせいで恋人のメイズが瀕死の重傷を負ったんだから・・・普通は誰だって傷つくわ。ま、彼女を持ったことのない誰かさんにはそんなことわからないでしょうけど・・・」

「へいへい・・・俺みたいなモテない人にはどうせわかりませんよ」

 アスター、ソリュードの皮肉に肩をすくめながら答えた。そして、2人は早足でメイズのいるテントの中へ入っていった。本人達は別にいそいでいる訳ではないのだが、メイズを慕う気持ちが彼らの歩調を早くさせているのである。

「ウル爺さん、ご苦労様。薬草また持ってきたよ」

 入って開口一番、ソリュードがウルに言う。その時、ソリュードは「おやっ?」と思った。いつの間にかランとレイピアがこのテントの中に入ってメイズの寝ている側に腰を下ろしていたからだ。ソリュード、ひとまず何もなかったかのように薬草をウルの近くに置いた。

「おお、アスターにソリュードか・・・すまないねぇ。いろいろとこきつかってしまって・・・」

「いいって事よ、ウル爺さん。気にしない気にしない。お互いに助け合いが大事だからね」

 いつものあのシニカルな笑みを浮かべながら、アスターがウルに答えた。さて、そんなアスターを後目にソリュードはウルの真正面に座ると、メイズのケガの具合について、話し始めた。

「ところでさ、ウル爺さん・・・メイズの方の容態は・・・?」

「ふむ、それがな・・・やはり徐々に悪化しておるのじゃよ・・・」

「ど、どうして? ちゃんと薬草は付けてるのに・・・」

「薬草の治療程度じゃ焼け石に水、何の時間稼ぎにもならん・・・多少、死ぬ時間が遅くなるぐらいなものだ」

「そ、そんな・・・じゃあ、あたし達はどうしろって言うんですか!? 黙ってメイズが死んでいく様を見ていろとでもいうんですか!?」

「う、うはっ! や、やめろソリュード!!」

 いきなりウルの胸ぐらを両手でつかむソリュード。それを見たアスターとレイピア、必死になってウルの胸ぐらをつかんだソリュードからウルを放す。ウル、いきなり手を放されたので勢いよく地面に尻餅をつく。ソリュードの方はアスターとレイピア、それにランに押さえつけられていてもなお、ウルにくってかかろうとする。

「はなせ、畜生! はなせよ!!」

「落ち着けソリュード!! こんなときに仲間割れなんかやったってしょうがないだろ!!」

「アスターの言うとおりだ! ウル爺さんなんか殴ったってメイズのケガが良くなる訳じゃないんだぞ!!」

「そうや、そうや! しっかりせいソリュード、普段のあんたらしくないで!!」

 アスター、レイピア、ランの必死の説得により、やっとソリュードは、はっと我に返った。自分のしていることがどれだけ無意味なことか、自分のしていることがどれだけ迷惑になっているか・・・。

 ソリュードは暴れる抵抗をやめた。しかし、アスター、レイピア、ランの3人は「いつかまた抵抗するのかもしれない」と思ってかまだソリュードを押さえている。

「・・・みんな、ごめん・・・カッとなってしまって、つい・・・」

 いつの間にか、さっきのあの怒り狂ったソリュードはどこへやら・・・いつもの冷静なソリュードに戻っていた。アスター達、それを確認するとゆっくりとソリュードを解放してやった。

「ウル爺さん、大丈夫だったかい? ごめんな・・・あたし、どうかしてたよ・・・」

「身体の方か? ああ、なあに、心配にはおよばんよ。これくらいへでもないさ。それに、暴れた事は別に謝らなくても良いよ・・・ソリュードがイラついて、他に八つ当たりしたくなる気持ちはわしにもよく分かる・・・痛いほどにね」

 ウルのセリフに皆、ソリュードに同情するかのように肯く。皆もウルと同じようにソリュードの気持ちが痛いほどに分かるのだ。ソリュード、皆の優しい気持ちに胸がいっぱいになった。

「ありがとう・・・あたしは幸せ者だよ・・・ありがとう・・・」

 あのソリュードにしては珍しく、瞳に涙を一杯浮かべていた。大粒の涙が後から後から瞳からあふれ出てくる。

「さて・・・それじゃ本題にはいろうかのぉ・・・」

 ウルがそう呟いたとき、皆の視線が一気にウルを見つめた。流石のソリュードも、このときだけはたとえまだ泣きじゃくりたかろうと、泣くのをやめてウルの話は聞く。それだけ、ウルの話は彼らにとって重要なのだ。

「実はじゃな・・・これ、なんだかわかるかね?」

 ウル、おもむろに服のポケットの中に手を突っ込んで何か赤い薬のような液体が入った小さめの瓶を取り出して、皆に見せた。

「ウル爺さん、これはいったい・・・ただの赤い色をした液体じゃないの?」

 ランが見たまんまの通りにウルに答える。しかし、ウルは首を横に振った。当たり前の事だが、あのウルが只の着色液体を皆に出して自慢などするはずがない。必ずと言っていいほど、ウルの出すそう言う物には何かがあるのだ。

「いいや・・・これはな、ワシの家に代々伝わる秘薬でな『リカバイ・ウォーター』と呼ばれているんじゃ」

「・・・リカバイ・ウォーターか・・・リカバイ・ウォーター・・・うーん、聞いたことねえなぁ・・・」

「あたしもよ、今までいろんな国を渡り歩いてきたけど、リカバイ・ウォーターなんて聞いたこと無いわ」

「うーん・・・私はビスタル王国に何年か勤めていたが、ビスタル王国内でのそんな秘薬の噂は聞いたことがない・・・」

「あたいも全くないわ・・・そんな噂」

 アスター、ソリュード、レイピア、ランは順番に口々にほぼ同じ事を言った。

「実はな・・・この秘薬を飲むとな、メイズのような酷いケガがたちどころに治るんじゃよ」

「そ・・・そんな便利な物がおうたなら、どうしてすぐメイズにあげへんのや!?」

 ランが「今までのあたし達の苦労は何だったのよ!!」とウルに訴えかけているかのような表情でウルを見つめた。そんなランにウルは溜息を一つ。

「そりゃ、使えるものなら使いたかった・・・だけどじゃな・・・この秘薬を飲んで生き残った者は・・・今までに1人しかおらんのじゃよ。それに・・・傷がたちどころに治るかわりに、傷が酷ければ酷いほど飲んだときに身体中に痛みが比例して増していく・・・こんな危ない薬をメイズに易々と使えるじゃろうか? いや、つかえまいて」

「な、何やて!? た、たった1人しか生き残ってないって!? それに傷の酷さに増して身体が痛むって・・・!?」

 ランの悲鳴のような叫びにウルは深々と肯いて

「そうじゃ・・・生き残ったのは本当にたったの1人じゃった。わしがこの薬を使いたくなかった理由がわかったじゃろ。じゃがな、わしはあえてメイズにこの薬を使う」

「・・・どうしてだい、ウル爺さん?」

 今度はソリュードがウルの応答に答える。

「・・・メイズほどの実力、魔力の持ち主ならきっとあの薬の苦痛には耐えられるとわしはおもうのじゃよ。現にあの秘薬で生き残った1人もメイズと同じ幻光師だった・・・」

「それで・・・その薬を使おうって気になったってわけか・・・」

「ああ、じゃがこの薬を勝手に使ってメイズが死んだなんて言ったらわしはあんた達に殺されるのオチじゃて・・・だからわしはあんた達をここによんでこの薬を使う許可がもらいたかったんじゃよ・・・」

 ウル、キョロキョロと何かを訴えるかのように仲間を見渡した。すると、皆ウルの言いたいことが分かったのか、静かにウルに肯いた。流石、同じ鍋で飯を食べる友である。

「ありがとう・・・それじゃ、早速この薬、使わせてもらうぞい・・・」

 ウルのそのセリフに、彼らは固唾をのんでメイズを見守っていた。

 

 


(update 2000/07/16)