MAZE!爆熱時空
■パノンの森、ハチャメチャ物語■
ミル編(5)
作・竹内 大成さま
5
「さて・・・一応はメイズがケガをした部分のガーゼを換えておくかのぉ・・・このままじゃ、わしを含めて皆、見るに耐えないじゃろうから・・・」
ウルはそう言うと、ウル自身も見るに耐えないような、不気味な赤黒い色にそまったガーゼをゆっくりと、ゆっくりと・・・メイズになるべく痛みを与えないように剥がしだした。そしてガーゼを完全に剥がしきったときだった。
「うっ!」
先に悲鳴に近いうめき声を上げたのはメイズでは無く、ランであった。ラン、口と鼻を両手で押さえたまま青い顔でテントをでていくと、近くにあった木の元に思いっきり戻してしまった。
ランが戻してしまうのも無理はないだろう・・・メイズの背中のガーゼを、ウルが完全に剥がしきった時、テントの中はまるで卵でも腐ったような、とてつもない異臭に包まれたのである。
そう、あの魔法による作用でメイズの背中が腐りかけていたのだ。それはメイズの背中を見るだけでもあきらかであった。メイズの背中はガーゼの色と同じような不気味な赤黒い色をしており、まだ背中から時折、やはり赤黒い色の血がにじみ出ている。そして、その背中から流れ出た血はメイズの下にひいた白いシーツを赤黒く染めていった。
さて、他の者はというと皆、ランと同じように両手で自らの鼻と口を押さえて、必死に吐き気とその卵が腐ったような酷い異臭、そしてメイズの予想以上にケガの酷い様子に耐えていた。
さて、何故ラン以外の者達がこの場にいても吐かないでいられるのかというと、元々、ラン以外の者達はこういう血の臭いや卵が腐ったような臭いには慣れていたからである。
特にアスター、ソリュードの2人組はどこにも属さない自由気ままな魔甲機狩りという職業柄、いろいろな敵に狙われる。結果的には生き残るために相手の血を大量に見ることになってしまうのだ。
レイピアはアスター達とは違い、騎士という職業柄だったが、結局のところはアスター達と同じように、生き残るためには相手の血を大量に見るより他なかったのだ。
ウルはと言うと・・・前にも書いたが彼は大臣という職業柄だったが、医学の方にも才能があり、何度か他人の手術も立ち会っている。そのため、彼も血には慣れていた。
しかし、今の状況はそんな彼らをも唸らせるほどの酷い状況であった。実際、彼らも、ものすごい嘔吐感におわれていた。皆、両手を口と鼻の部分に覆い被せている。顔が酷く真っ青である。
「こ、こりゃいかん! 皮膚が腐り始めとる・・・クッ、予想以上にケガの悪化が早い・・・」
近くにあったタオルで鼻と口をふさぎながら言うウル。やはり彼も、何度も手術に立ち会ったりして他の者達よりも経験が豊富といえども、こういう状況は流石に何度経験をつもうとなかなか耐えられないようだ。
「うっ! ハアハアハア・・・く、苦しい・・・」
意識のはっきりしないメイズが苦痛の言葉を吐き出すように言う。メイズもまた、顔が真っ青であり、目の焦点があっていない。ウルの言うとおり、メイズのケガはかなり進行してしまっているようだ。
「ウル爺さん、なにやってるんだ! 早くあの“秘薬”をメイズに!!」
ソリュードの怒気のかなり混じった呼びかけにハッと我に返るウル、急いで秘薬の入った小さな瓶のふたをとってそのふたに少量の秘薬を入れる・・・しかし、手が震えて上手くいかない。
彼自身、メイズが危機にあるのは物の充分に知っている。しかし、こういうときに限って何故か事は上手く運ばないのである。次第に自分自身にイライラしていくウル。
そして、やっとの思いでウルはふたに少量の秘薬を入れるとメイズの口を少し開かせてふたに入れた少量の“秘薬”をメイズの口の中に流し込んだ。秘薬とはいうものの、別に特別な味がありそうでもなく、いたって普通の水のような感じであった。
「メイズ、この水を飲むんだ。そうすれば楽になる!」
ウルの必死の呼びかけが聞こえたのか、メイズはまるで最後の力を振り絞るかのように必死に“秘薬”を飲みこんでいった。そして、完全に飲み干したその瞬間だった。
「うああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
メイズの絶叫がパノンの森中にこだました・・・。
ビクッ!!
メイズの叫び声が聞こえたミルは、まともに動揺していた。座っていた木の根本から立ち上がると青ざめた顔であたりを見回す。どうやら森の中を走っていったは良いがメイズ達のいるテントに離れるどころか逆に近づいてしまったようだ。
『ああ、うあああああ、ああああああああああ!!』
何処からともなくメイズの絶叫が聞こえてくる。ミルはというと・・・どうして良いのか全く分からず、ただ木の根本でうろたえるばかりだ・・・。
『いやあああああ、ああああああ、痛い、痛いいいいいいいいいい!!』
『うああああああ、だめええええええ、いやあああああああああああああ!!』
メイズの絶叫は弱まることがない・・・いや、逆に強くなっているようにも思える。そんなメイズの叫び声が大きくなる度に、ミルの心はどんどん締め付けられていった。そして・・・。
『あああああああ、わああああああああああああ、いやあああああああああああ!!』
「いや、いや、いやあああああああ!! もうやめて、やめてえええええええええええ!!」
ついに耐えられなくなったミル、両手を耳に当てて大泣きし始めた。瞳からぽたぽたと涙が溢れでてくる・・・メイズの叫び声がミルの罪悪寒をどんどんと強くさせていき・・・ついにはミルを絶叫させるほどに苦しめているのである。
自分がオネニーサマをあんなに酷く傷付けた・・・。
自分が出しゃばらなければ、オネニーサマはああならなかった・・・。
誰のせいでもない。全て自分が悪い・・・。
「オネニーサマ、許して・・・ミルがわるかったのぉ! お願いだから許して! お願い、お願いよおおおおおおおおおお・・・」
ミル、大粒の涙をポタポタと地面に落としながら、ついに地べたにぺたりと座り込んでしまった。あきらかな自己嫌悪・・・メイズを心から愛すが為、ミルの心は、もうボロボロだった・・・。
『いやあああああああああああ! うわあああああああああああああああああ!!』
そんなミルの気持ちとは裏腹に、メイズの絶叫は何時までも森中に響いていた・・・。その叫びのひとつひとつが、ミルにとってはまるで武器で攻撃されているような苦痛であった。
そして、次第に闇があたりを支配していく・・・そう、もう夜なのである。そしてこの夜が、彼女の運命を大きく左右する夜となった・・・。
6
さて、こちらはミルとはかけ離れた・・・かどうかはしらないが、とにかくミルから離れたメイズがいるテントである。テントの近くには・・・ランプの光にテラされたアスター、ソリュード、ウル、レイピアの4人がいた。
そう、メイズに秘薬を飲ませた後、ウル以外は皆テントから外へ出てしまったのである。理由は1つ・・・皆、耐えられなかったのだ。メイズの苦痛の顔を見るのが・・・。
勿論、皆メイズを慕う気持ちは今も変わらない。しかし、それならそれで苦痛の悲鳴をあげるメイズから逃げずにずっと見守ってあげるべきであろう。だが、である。考えてもみよう・・・酷いケガにより苦痛の悲鳴を上げ続けて寝込んでいる女の子の顔を、はたしてずっと見続ける事が出来るのかどうか・・・。
たぶん大半の人は、相手だけでなく、自分自身も次第に辛くなっていって結局は見なくなってしまうであろう。それと同じである。彼らも辛いのだ・・・。
ところで、いち早くテントから出ていってしまったランはというと・・・アスター達に囲まれ、その真ん中で寝込んでしまっていた。相変わらず顔は青い。どうやら、かなりショックだったようだ。
ときどき、レイピアがランの額に乗せた濡れタオルを換えていた。ふと、レイピアがもう今日で何度目かのその作業をしている最中であった。
フラッ・・・ドサッ!
そのまま地面に崩れ落ちそうになったレイピアの肩をなんとかつかむソリュード。レイピアもまた、ランと同じように青い顔をしていた。ソリュードはレイピアの肩を持ちながら、なんとか彼女を普通の態勢に戻す。
「おいレイピア! しっかりしろ! おい!」
ソリュード、空いた片手でレイピアの頬をパシパシと軽く平手打ちする。レイピア、ハッとなるといきなりソリュードに捕まれている方と逆の手でソリュードの手をはじき飛ばす。そして
「うぷっ、うえええええええええええ!!」
近くの木の根本に戻すレイピア、やはりもう限界だったのだ。ソリュードはあわてずに冷静に、優しくレイピアの背中をさすってあげた。そのお陰か、レイピアの嘔吐は次第におさまっていった・・・。
「す、すまない。ソリュード・・・」
青ざめた顔で言うレイピア。普段の健康そうな顔は何処へやら・・・いまはまるで断食者のようにげっそりとやつれかえっている。
「レイピア、無理しなくて良いよ・・・お前も休みな」
「し、しかし、ランやメイズを見守らなければ・・・」
「大丈夫だって。ランはあたしがしっかり看病するから・・・お前はゆっくり休んでな」
「す、すまない・・・ソリュード・・・」
レイピアとソリュードの会話が終わった後、ソリュードはレイピアを抱き上げてランの近くに寝かせた。そして濡れたタオルを額に乗せてあげた。レイピアの方はランより息づかいが荒くなっていた。
「レイピアも・・・ダメか」
ぽつりとアスターが呟いた。アスターは、他の人に比べれば平気な顔をしているが、それは外見だけ。内面はやはりレイピア達のようにかなりボロボロになっていた。
「ああ・・・そういうあんたこそ大丈夫なのかい?」
「そういうお前だって・・・」
『うあああああああああああああああああああああああああああ!!』
2人の会話を中断するようにメイズの叫び声が響いた。2人は顔を見合わせると「はぁ・・・」と溜息をついた。メイズの叫びはあれからまだ続いていたのだ。
「あたしゃもうこれ以上耐えられないよ・・・メイズの苦しみを見るなんて・・・」
「俺だって・・・もう、これ以上は・・・」
ソリュードは片手を顔に当てて、彼女にしては珍しくとうとう泣きだしてしまった。アスターも拳を力強く握りしめ、悔しそうに口をゆがめていた。ケガで苦しんでいるメイズへの悲しみ。何も出来ない自分自身への憎しみ・・・そんな気持ちが彼らの普段の強さを歪めていたのだ・・・。ふと、その時だった。
『うわあああああああああああああああああああああああああああ!!』
バシュウッ!!
叫びと共に、いきなりテントの中から氷の塊がすごい勢いでアスター達めがけて一直線に吹っ飛んできた。このままでは確実にアスター達に当たる!
「ソリュード!!」
アスターが叫ぶのと同時にソリュードはすでにもう呪文を詠唱しきっていた。ソリュードの口から力強い呪文が放たれる。
「光転道!!」
ヒュン! ・・・どっか〜〜〜ん!!
本当に間一髪であった。つい先ほどまでアスター達がいた場所を氷の塊が通り過ぎていくと、近くにあった木に直撃した。そしてキレイな木の氷のオブジェができあがっていた・・・。
アスター達はソリュードの光転道でなんとか別の場所(とはいってもテントからそう離れてはいない)に移動していた。ちなみに、あの寝込んでいたランとレイピアの2人はアスターが担いでいた。流石にすごい馬鹿力である・・・というか羨ましい(;;)
「・・・なるほど。魔力暴走って訳か・・・こりゃ不味いね」
そうソリュードが言っている間に次の魔法がテントの中から飛び出してきた。アスター達が今いる場所とは別の所に魔法が直撃する。その場所はまたあの木の氷のオブジェができあがっていた・・・。
(update 2000/07/30)