新世紀エヴァンゲリオン

■悪夢■

第1話

作・すとらとさま

ジャンル:X指定


別荘のソファーの肘掛けにもたれて、アスカは眠ってしまった。 

「さすがは先輩のくれた薬だわ、すごい効き目」 

マヤさんは少し驚いた様子でそう言うと、彼女の横に座って何度か声をかけ、次に体を揺すってみてアスカの眠りの深さを確認した。 

そして薬の効き目に満足すると、僕の方へ向いてこう言った。 

「シンジ君、諦めて手伝って」 

そして彼女は言った。 

「もう後戻りはできないのよ」 

僕はなにも出来ずに、深い自己嫌悪と罪悪感とを感じながら俯いてそこに立っていた。 

 

なぜ、こんなことになってしまったんだろう。いつから、全てが狂い初めてしまったんだろう。 

 

僕の日常が少しずつ変わり始めたのは、半年ほど前に国連の研究機関で働いている僕の両親が、急に一年間の海外出張に行くことが決まってからだった。 

海外出張とはいっても、一年間という短い間であり、学校のこともあったために、僕はこの家に残ることになった。そこで、一人で残る僕を心配した両親は、僕の保護者代わりとして同居してくれる人を捜すこととなり、それを引き受けてくれることになったのがマヤさんだった。 

マヤさんは、僕の両親と同じ研究機関に勤めていて、僕よりも十歳年上の母方の従姉にあたる人だ。美人、というよりも、とても可愛い人で、ショート・カットにした髪型のせいもあってか、実際の年齢よりはかなり幼い感じにみえる。 

はじめは、人と付き合うのが苦手な僕が、従姉とはいえ大人の女性と生活していけるのか不安だったけれど、マヤさんは僕にとても優しく接してくれたし、幼くみえる外見どうりに、無邪気な(というか、かなり世間知らずな)一面をもっていることもそのうちに解り、あまり年の差を意識せずに、すぐに打ち解けることができた。 

家事に関しては、掃除は両親と住んでいたときから週二回ハウスキーパーが来ることになっていたので大丈夫だったし、食事についても僕は親が家にいないことが多かったために自炊することに慣れていたうえ、マヤさんも料理が得意だったので、これも問題は無かった。 

だから、一緒に住むひとが変わったといっても、僕がまた以前とそれほど変わらない毎日を過ごし始めることになるまでには、それほどの時間はかからなかった。そして、平凡だけれど平和な毎日が続くはずだった。 

 

そう、あの日、あんな事にさえなっていなければ。 

 

それは、マヤさんと暮らしだしてから五ヶ月ほどたった金曜日のことだった。 

その日は、マヤさんから帰りは遅くなるという電話がはいっていたので、僕は先に食事をすませて後片づけをした後、リビングでボンヤリとテレビを眺めていた。そのうちに、明日は学校が休みだという開放感と、体育の授業が厳しかったせいもあったのだろう。僕はいつの間にか眠り込んでしまっていた。 

 

どのくらいの間、眠っていたのだろう。電話の鳴る音で僕は目を覚ました。まだハッキリしない頭のまま、電話の前に行くと、そこにはマヤさんがいた。 

彼女は電話の横で、膝を抱えて、俯いたまま座っていた。 

僕は低い嗚咽と、震える肩を見て、マヤさんが泣いていることを知り、慌ててそこから目をそらすと、動揺しいている自分に、落ち着け、と言い聞かせてから、とりあえずまだ鳴り続けている電話の受話器をとることにした。 

「も、もしもし、碇です」 

「シンジ君ね、夜分遅くに御免なさい。赤木ですけれど」 

その声には聞き覚えがあった。それは、マヤさんが普段は”先輩”と呼んでいる美人だが冷たい感じのする女性からだった。

「マヤは居る?居るみたいね・・・悪いけれど電話に出してくれないかしら?」 

どうやら、啜り泣く声は電話の向こうにも伝わっていた様子だった。 

「こ、こんばんはリツコさん、ちょっと待っていて下さい」 

そう言うと僕は、リツコさんからの電話です、と、マヤさんに伝え、受話器を手渡そうとした。 

「いないって言って」 

マヤさんは顔を上げようともせずにそう言うと、受話器を受け取ろうとはしなかった。僕は仕方なしに、「すみません、今は出たくないみたいです」と、リツコさんに言い、後で伝えておくので用件は、と尋ねた。 

「いいわ、マヤに来週直接会って話しましょう、とだけ伝えておいて。悪かったわね、シンジ君」 

「いいえ、こちらこそ済みません」 

僕はリツコさんが切るのを確かめた後で受話器を置いて、そしてマヤさんにリツコさんからの伝言を伝えると途方にくれた。大人の女性が泣いているのを目の前にして、そんなときにいったいどうすれば良いのかなんて解らなかったから。 

僕はマヤさんに声を掛けることもできずに、テレビの前に戻ると、ついたままになっていたテレビを見る振りをして、ただこの状況が早く終わってくれるようにと考えていた。 

どのくらいの時間がたったのだろう。気がつくと、もう啜り泣く声は止んでいて、そして、隣にマヤさんが座っていた。 

「ごめんね、シンジ君。驚かせちゃって・・・」 

彼女は泣き腫らした目のままで、無理をして微笑むと、そう言った。 

「いいえ」と、僕はそれだけ答えると、口に出すべきかどうか少し迷ったけれど、さっきから考えていた質問をマヤさんにしてみることにした。 

「リツコさんと何かあったんですか」 

僕がそう言うと、マヤさんは悲しそうに目を伏せて、そのまま何かを考えていた。 

そして、顔を上げると、真剣な眼差しで僕を見つめて逆にこう尋ねた。 

「シンジ君はわたしと先輩がどんな関係だと思っているの?」 

僕は、マヤさんがリツコさんのことについて話すときの様子と、何度かリツコさんが車でマヤさんを家に送ってきたときの事を思い出しながら、こう答えた。 

「マヤさんがリツコさんのことを尊敬して、慕っている事はわかります。まるで、すごく仲のいい姉妹みたいだなって、いつも思ってました」 

マヤさんはそれを聞くと、静かに呟いた。 

「そう、姉妹・・・」 

そして「シンジ君、でもそれは半分も当たっていないわ」マヤさんはそう言った後、今度は僕にこう尋ねた。 

「じゃあ、シンジ君、わたしのことはどんな女だと思っているの?」 

僕は、すこし戸惑ったけれど、正直に彼女に対して僕が感じていることを言うことにした。 

「マヤさんは、なんていうか、普通の女の人と比べると、清楚っていうか、その、汚れていないっていうか、でも、僕はマヤさんのそんなところが大好きで・・・」 

僕は自分の言った言葉に赤面していた。 

「すみません!生意気なこといって・・・」 

そう言って僕が謝ると、マヤさんは少し驚いた表情で頬を赤らめ僕を見ていたが、彼女はすぐにまた悲しそうに目を伏せて、こう言った。 

「シンジ君はわたしのことを何も解っていないのよ・・・」 

僕は、俯いたまま、ただ黙っていた。 

「わたしはシンジ君が考えているよりもずっと汚れているの・・・」 

僕は驚いてマヤさんを見た。どうして、彼女がそんな風に自分の事を言うのかが解らなかったからだ。 

また、僕たちに沈黙が訪れた。 

マヤさんは何かを考えながら、自分の膝の上に置いた手の指をじっと見つめていた。そして僕は、彼女の言った言葉の意味を考えていた。 

「いいわ、シンジ君、わたしと先輩がどんなことをしていたのか教えてあげる」 

マヤさんはそう言うと、立ち上がった。 

「見て、シンジ君・・・」 

 

 

 

(つづく)

  

 

 


(99/02/28update)