ジージージージージー
ミーンミンミンミンミーン

セミの鳴き声でこの辺りはかなりうるさい。
しかも照り付ける太陽の光が突き刺さるような熱さなので、セミの鳴き声との相乗効果は想像を絶する。
だけど今の不快指数はそれ程高くは無いのだ。
何故か? フッフッフ...それはなんと林間学校に来ているからなのだ!
見てくれ! 周りに生い茂る緑の木々を! オレ達都会人に、この緑は眩しすぎるゼ!!
しかも...しかもだ! なんとオレの班にはあの小早川さんが居るんだ! これ以上の幸福は無い!!
けどジャージは良くないな。 まあ動き易いからしょうがないんだけどね。 ...私服の小早川さんが見てみたいよ...
それから小早川さんは日よけ用の大きな麦わら帽子をかぶっていてる。 とってもキレイだ! 神様ありがとう!!
小さく拳をグッと握って、天高く昇っている太陽に向かってオレは感謝する。
あれ? なんでヨウスケもオレと同じ事をしてるんだ?
オレの視線に気が付くとヨウスケは親指をビシッと立てて見せる。 どうやら考えている事は同じらしいな...ライバル発見。

「コラ! タツヤにヨウスケ!
 さっさと歩きなさい!!」

ゲ...そう言えばアイツもいたんだっけ。
さっぱりとした短い髪。 スラリと引き締まった体。 物事をハッキリと言う性格。 ...最後のはオレに対してだけなんだ、トホホ。
オレの幼馴染みのアユだ。 これで女なんだから世の中って不思議だよな。

「分かってるよ! ったく、やかましいヤツだなぁ...」
「ん? なんか言った?」
ギロッ

オレが愚痴をこぼすといきなり鋭い視線と殺気を放つ。
ハッキリ言って目を合わせられないほど怖い。 それになんだか今日のアユは機嫌悪いな...オレなんかしたっけ?
今朝からの行いを振り返ってもアイツを怒らすような事は何一つ思い付かない。

「ほらタツヤ、きりきり歩きなさい!」

ダメだ、とにかく今のコイツに逆らうのは良くないな。
結論が出るとアユを怒らせない為に先を急ぐ事にした。
あ、そう言えばオレ達が何してるのか言ってなかったな。
オレ達は林間学校のイベントで山登りをしている。
これは各班毎にバラバラになって行われる競争みたいなモノだ。 となるとチームワークがモノを言う訳だが、オレ達の班は...う〜ん。
またまた考え事をしてしまい、歩くスピードが落ちてくる。
それをアユが見逃す筈も無く、緑が生い茂る山の中にアユの叫び声がこだました。

「なにやってんの、タツヤ! 置いてくぞ!!」











同窓会
〜 Yesterday Once More 〜

思い出にかわるまで


第三幕の表 林間学校(前編)











ザッザッザっと山を登って行く。
先頭はアユ、二番目はオレ、三番目は小早川さん、で最後はヨウスケという順番だ。
それからルールは、渡された地図とコンパスを頼りに山の頂上を目指す。 ただそれだけだ。
途中にチェックポイントがある訳でもないので、気合を入れて頂上目指して一直線で行くと1時間ほどらしい。 リュウスケ辺りがやりそうだな。
どんなに遅くても3時間から4時間で登ってしまうそうだ。
う〜ん、けど問題は小早川さんだよな。 体が弱い方だし、見るからに大変そうなんだよね。
言葉通り小早川さんの息は上がっており、そろそろ限界も近いと思う。
ココは一つ...

「なあアユ、そろそろ一息入れようぜ。」

先頭を元気良く進むアユに聞く。
取り敢えずウチのリーダーのようなヤツだからな。
オレの言葉に振り返るとアユは小早川さんの状態に気付いた。

「そうだね。
 地図によると、もう少し登ったところに休憩所があるみたい。」

アユが地図を広げて見せる。
今まで通ってきた道順と方角から現在地を推測して...おお、これだな。

「よし、早いトコ行こうぜ。」
「う...うん...」

二人で地図を見ていたので、すぐ近くにアユの顔があった。
なんだ? アユのヤツ、顔が赤いぞ。 それに目を逸らしてるけど...どうしたんだ?
ま、いいか。 今はそんな事よりも小早川さんだな。
オレ達は立ち止まっていたので、小早川さんは近くに腰を降ろして休んでいた。 ヨウスケは大の字になって寝っ転がっている。 運動不足だなありゃ。

「ちょっと行ったところに休憩所があるんだ。
 だからもう少しガンバろう。」
「ありがとう、久保君。」

疲れているにもかかわらず、小早川さんは笑顔を向けてくれた。
頬に流れる汗が痛々しい...ゴメンね、あと少しの辛抱だ。 だから頑張ろう。
小早川さんはオレの差し出した手を取って立ち上がった。

「アーーーー!! タツヤ、テメェ!!」

な、なんだ? ヨウスケのヤツいきなり何を...ウッ! 更に背中に漂う冷たい殺気は...ア、アユか!?
感じ慣れた殺気を受け、夏の暑さにもかかわわらず冷や汗が滝のように流れ落ちた。
オレは油の切れたロボットのように、ギッギッギっと首を回してアユの方を振り返る。
危険回避の為の優先順位は先ずコイツ。 ヨウスケの方は後回しだ。 スマン、オレはここで死ぬわけにはいかないんだ。

「あ、あのぅ...アユさん?」

自分でも声が裏返っているのが判る。
アユは腕を組んでオレに冷たい視線を送っている。 ヒィィィ〜、ヤバすぎだぁ!
危険レベルはABCDランクでSだ! 何? Sなんて無いだと? それ程ヤバイんだ!
体内に大量のアドレナリンが分泌する。 これは人の持つ防御作用の一つであり、アドレナリンという体内麻薬により精神も肉体もタフになる。 確か前にテレビで見たぞ。
それと同時に危険を回避する為に、オレの頭脳は通常運転時よりも遥かに高速な動きを見せる。 オーバークロックも真っ青だ。 けど規定外動作は自己責任の元で行って下さい。
その結果32768通りの回避案が出た。 だがそれでも回避成功確率は限りなくゼロに近い。 けどゼロじゃないだけマシかもしれない...
マズイ、マズイぞオレ! ああ、超高速運転をしたから知恵熱が...
目の前には昼だというのにチカチカと星が見える。 ああ、なんて美しい、どこまでも続く星の海。
ん? あそこに見えるのは北斗七星じゃあないですか...オイ、ちょっと待て、あの脇に輝く星は死兆星だぁぁぁ!
まさしく風前の灯。 風の前の塵に同じ。 父さん母さん、先立つ不幸をお許し下さい、僕は星になります。

とここまで僅か0.5秒。
オレは結局なんの打開案も持てず、ただ呆然とアユの前に立ち尽くすだけだった。
その時アユの唇が動いた!
ギェェェェ! ゴメンなさいゴメンなさい、もうしませんから許して下さい。
などと思わんばかりにオレの目は怯えていた。
しかしアユの口から出た言葉に更に驚いた。 というより忘れてた。

「いつまでミズホの手を握ってんのよ。」
「ハイ?」

チラリと手に視線を送ると小早川さんの白くて小さな手をしっかり握り締めていた。
小早川さんもオレと同じく握った手を見詰める。
そしてオレと小早川さんの視線が徐々に上がって行き、目と目が合う。
ああ、上目遣いのその視線...オレの顔の毛細血管がガバッと広がった。
それと同時に小早川さんは視線を逸らす。
けどオレは見逃さない。 小早川さんの顔が桜色に染まっていたのを見てしまったのだ。
ひょっとして小早川さんはオレの事を...いやいや、そんな事は無い筈だ。
これは恐らく頭に血が昇り過ぎて回路がショートしているんだ。 だからこんな短絡的思考しかできない...
などとしつこく考えていると、業を煮やしたアユの一喝がオレを現実世界へと引き摺り戻す。

「いい加減に離れなさい!」
「「ゴ、ゴメン(なさい)!!」」

慌てて手を離し、オレと小早川さんは背中合わせの位置に立つ。
ふと後ろの方を向くと小早川さんは麦わら帽子で顔を隠してモジモジしている。
オレはオレでそんな仕草を見てボーっとした表情で見詰めていた。
アユはいつもオレの事をボーっとしていると言うが、多分今のオレはまさしくそうであろう。
オレは今幸せだと確信する。 だがその幸せをぶち壊す恐怖の大魔王...じゃなかった子悪魔がオレの近くに居るのを忘れていた。

「ホラ、行くよタツヤ!」
「イ、イテテテテ! 耳を引っ張るな!」

涙目で訴えるのだが今のアユにはそんなモノは通じない。
よってオレと小早川さんは強制的に引き離されたとさ。










☆★☆★☆











あれから数時間が経ち、オレ達の班はようやく頂上まで登り詰めた。
目の前にはこの山を制覇した者だけに見る事を許される大パノラマが広がっていた。

「うわぁ...綺麗ね、久保君。」

風になびいた髪を押さえながら小早川さんが聞いてきた。
その額には薄っすらと汗が光るのだが、それでもなお小早川さんは綺麗だった。
しばし時を忘れてその横顔を見詰める。 なんだか疲れが一気に吹き飛んでしまいそうだ。

「どうしたの、久保君?」
「あ、なんでも無いんだ。
 それよりも空気が美味しいね。 冷たくって、澄んでいるから...」

大きく深呼吸をして肺の中に空気を入れる。

「ホントね。
 北海道の空気も美味しかったけど、ここの空気はもっと美味しい。
 なんでかな?」

小早川さんはオレに微笑を向けながら話す。
眩しいその笑顔、耳に心地よく響くその声、そして傍に居るだけで心が暖まるその存在感。
オレは小早川さんを感じて心臓がドキドキと高鳴るのを自覚した。
心臓の鼓動リズムが早くなる。 何故だか息が上がってきてボーっとしてくる...これってもしかして...










高山病かぁ?











って冗談を考えているとヨウスケの声が聞こえた。

「オーイ、折角だから写真撮ろうぜ。」

その手には使い捨てカメラがあった。 しかも何故か二つ持っている。
こっちは普通のヤツで、そっちのは...うおぉ、セピア色か、センスいいな!
だがここで重大な問題がある。 それはポジションだ。
オレはもちろん小早川さんの隣がいい。 しかしそれはヨウスケも思っている事だろう。
となると位置関係は...こうかな?

オレ 小早川さん ヨウスケ

うーむ、これしかないな。
あ、そうだ。 アユも居たんだ。 ふ〜、危ない危ない。 忘れてたなんて言ったら何をされるか判ったもんじゃない。
さっきのヤツに修正を加えて...こうかな?

アユ オレ 小早川さん ヨウスケ

これでOK!
別にアユをヨウスケの隣に持ってきても良かったんだけど、そうなると小早川さんとヨウスケが真ん中に来てしまう。
これだけはどうしても避けたいな。
などと熟考していたらなんとヨウスケは小早川さんとツーショットで写真を撮っているじゃないか!

「アー! ヨウスケ、何やってんだ!!」

ちなみにカメラを操作しているのはアユだった。

「ヘッヘッヘ。
 悪いな、タツヤ。」

ヨウスケはしてやったりな表情をオレに向けている。
ググ...まあいい、次はオレの番だ!
しかしそこに無常なる一言がアユの口から聞こえた。

「ヨウスケ、コレ全部使っちゃったみたいだよ。」
「何ぃ、それホントかアユ!?」
「う、うん...」

素っ頓狂なオレの声に驚きながらもアユは首を縦に振る。
そんなぁ...はっ! カメラはもう1個あったんだ。
だが追い討ちを掛けるかのようにヨウスケがとどめを指す。

「こっちのカメラはとっくに撮り終わってるぜ。」

ガーン
オレの目から涙がルルルーと流れ落ちた。
そんなオレを見てアユとヨウスケは声を高らかにして笑い、小早川さんは申し訳なさそうな顔をしていた。
そしてしばらくの間頂上で遊び、オレ達はキャンプ場へと帰る。
心残りはやはり一緒に写真が撮れなかった事だった。
と思ってたらヨウスケが寄って来て囁く。

「安心しろ。
 ミズホの写真だったらちゃんと焼き増ししてやるから。」

オレだけに聞こえるように喋った。
地獄の底から一気に天国まで昇り詰めた。
嗚呼、男の友情って美しいな。
だがヨウスケはニッコリ笑ってブスッと刺すようにその後に付け加える。

「ただし、払うモノは払ってもらうけどな。」

垂らされたクモの糸がプッツリと切れ、再び地獄にUターンだ。
前言撤回! 所詮オレ達は敵同士だ!!
...けど結局は買うんだろうな。 トホホ...










☆★☆★☆











さてと、帰ってきたら早速メシの仕度だ。
これも班毎に行われ、小早川さんとアユはカレー作り。 オレとヨウスケはハンゴウでご飯を炊く。

「ゲホゲホゲホ!!
 中々上手く火が使えないな。」

オレは煙が目に染みて涙を流す。
あれれ? ヨウスケのヤツは一体どこに行ったんだ? さっきまで近くに居たんだが...
辺りを見渡すと全く違う方向を眺めているヨウスケの後姿が見えた。 おお、あんなところに。

「ヨウスケ、そんなトコでサボってないで手伝ってくれよ。」

あれ? なんだか様子が変だぞ。 妙に辺りを気にしているみたいでキョロキョロと周囲に気を配っている。
変に思ったオレは近くに行く事にした。
そしてヨウスケのすぐ横に着いた時、その理由がようやく判ったのだ。

「ヨ、ヨウスケ...あそこに見えるモノってひょっとして...ムグゥ!」

いきなり口を手で押さえられた。
なんとここの影からだと女湯が見れてしまうのだ。
そして一気に間合いを詰められ、ヨウスケは本気の表情で喋る。

「いいか、ここの事は誰にも言うんじゃないぞ!
 これは男の約束だからな!!」

えらい勢いで押し通される。
全くなんで覗きのポイントの口止めで男の約束がされなきゃならないんだ。
と思ったら男だからこそ、こんな約束がされるんだと思い直した。

「ふぅ〜、いや良かったぜ。
 これがミドリやシズカだった日にゃぁ、半殺しじゃ済まないモンな。」

額に流れる汗をジャージの袖で拭き取る。
オレもそんな想像をすると同じように冷や汗が流れて来た。
しかもアユにばれたら半殺しでなく、全殺しになってしまう。 桑原桑原...
ちなみに桑原というのは昔々のとある領主の姓なんだ。 で、昔の人はその権力者の名前を出すとどんな怖いモノ、例えるならばお化けだ。
そんなモノでも逃げ出すと考えていたみたいで使っていたらしい。
おっと話が逸れたな。 えーとオレは何をやってたんだっけ?
気が付くとハンゴウが吹いていた。

「「しまった! メシが危ない!!」」

オレとヨウスケはダッシュでハンゴウの救出に向かった。
幸いにも被害は出ておらず、ちょうど良い具合に炊けているじゃないか。 ラッキー。
もしここで焦がしていたら、オレ達の命は無いだろう。
何故そんな考えが浮かんだかというと以下の通りになる。

ゴハンを焦がした理由を問いただされる。

ヨウスケが見付けた覗きポイントが発覚される。

アユの逆鱗に触れてしまい、辺り一面血の海だ。


しかも小早川さんの好感度も下がるというオマケも着いて踏んだり蹴ったりだな。
そんな危険を回避しつつ出来上がったゴハンを持って帰る。





「遅いぞ、タツヤ!」

開口一番がそれかよアユ。
相変わらず人遣い...と言うよりオレ遣いが荒い。

「お疲れ様、久保君、滝口君。」

嗚呼、さすが小早川さんは優しいなぁ...
ったくどこかのどいつとは雲泥の差だね。

「そんな事無いさ、オレにかかればハンゴウの一つや二つはお茶の子さいさいよ!」

なんでヨウスケが偉そうに威張ってんだ!
あたかも一人で作ったといわんばかりに、ヨウスケは得意げな顔を見せていた。

「ハンゴウは初めてだったけど、意外と面白かったよ。
 そっちの方はどう?」

やった、さり気無く小早川さんに振る事が出来た!
というオレの心の内を表に出さない様に細心の注意を払っていつも通りに話す。

「うん、こっちの方も順調よ、楽しみにしててね。」

笑顔で答える小早川さんの言葉通り、辺りにはカレーの良い匂いが漂っていた。
おお、この香ばしい香りは...うう、胃袋が刺激されるぜ。
ぐぅ〜〜〜
計ったかのようにオレのお腹のムシが鳴り、アユ、ヨウスケ、小早川さんの視線がオレに集中した。

「いや...こ、これは、その...」
「「「ップ、アハハハハハ。」」」

恥ずかしい事、この上ない。
オレの顔は真っ赤、今ほど自分の腹のムシが恨めしいと思った事は無かった。
ヨウスケは声を大にして笑い、アユは大口を開いて笑っていやがる。
くそぅ、それでも女かアユ! 見てみろ、小早川さんは上品にも口に手を当てて笑ってるじゃないか!
などとはとてもじゃないが口にできない。
そこへ小早川さんが助け舟を出してくれた。

「すぐにできるからたくさん食べてね、久保君。」
「ありがとう、小早川さん!」

やっぱり優しいよ、小早川さんは。 思わず涙腺が緩んできたよ。
オレの視界には小早川さんの眩しい笑顔しか入ってなかった。
きっとオレは幸せいっぱいな顔をしていたのだろう。 だからその他(アユとヨウスケ)の事など忘れてた。
そのお陰でオレはヨウスケにド突かれ、アユからはアユパンチを喰らってしまった。





「久保君、大丈夫?」

食事の最中でも優しい小早川さんはオレの事を気遣ってくれた。
ヨウスケの攻撃はともかくアユのは手加減ってモノを知らない。 だがオレは小早川さんに心配をさせる訳にはいかなかった。
ここは男の奥義、やせ我慢だ!!

「ハハハ、慣れちゃってるから平気だよこのぐらい。 それよりも、おかわりいいかな?」
「うん、いっぱい食べてね。」

小早川さんは笑顔でカレーをよそってくれる。
これだよ、これ! 小早川さんと一緒の班で良かったなぁ。
目尻は下がり、頬は緩みっぱなしで、幸せ全開なオレだった。
だがその幸せに茶々を入れる輩が居る。

「タツヤ! 自分の事ぐらい自分でやりなさい!」

先ずは1人目、アユだ。

「ミズホ、オレもおかわり!」

そして2人目はヨウスケだった。
まったくメシぐらい静かに食わせろってんだ。
そして大半のカレーはオレとヨウスケの腹の中に収まったとさ。 ふぃ〜〜〜、食った食った♪










☆★☆★☆











ガチャガチャガチャ
準備が終わってメシも食った。 となると当然の如く後片付けもある。
オレは食った場所の担当で、テーブルなどを片付けている。

「ったくヨウスケのヤロ〜、こんな時だけバッくれやがって!」

そう、今ヨウスケはここには居ない。
メシを食い終わり、気が付いたらアイツの姿は忽然と消えていたのだ。
しかもアユは班長会議などという確固たる公務があり、結局後片付けはオレと小早川さんだけでやる事になった。
ちなみに小早川さんは洗い場である。

「これでおしまい。
 さってと、小早川さんの手伝いでもするかな。」

自分の分を終わらせて洗い場へ向かおうとした。 だが突然閃光が走った!

カシャ!
「うわ! なんだ??」
「クスッ。 ゴメンなさい、久保君。」
「小早川さん?」

目の前には悪戯っぽい笑顔を浮かべた小早川さんが居た。
良く見るとその両手でカメラを持っている。
なるほど、さっきのはストロボの光だったのか。 でもどうしてカメラなんか?
まったく状況を掴めず、オレはキョトンとした表情で立ちつくす。

「ちょ、頂上で写真...撮ってなかった、よね。」

何故か言葉は途切れ途切れ。 しかもつま先に視線を落として喋っている。
これは一体??

「良かったら...ここで...写真、どう?」

え? それってまさか一緒にって事!? もちろんオレは二つ返事でOKだよ! あの時の願いが叶う!!
という訳で邪魔が入らない内に速攻で撮る事にした。
ふむふむ、結構シンプルなカメラだけど使い捨てよりは機能満載だ。 ズームもあればタイマーもある。
それでは早速いってみよー!

「カメラはテーブルの上に乗せてっと...」

位置を決めると今度はファインダーの中に小早川さんを入れる。 コレでよし。
そういえばズームもあるんだったな。 ズームのボタンを押すと機械音と共にギョイーンとレンズが伸びる。
ズームをかけてバストショットに...じゃない! そしたらオレが入らないだろ!
コレをこうして全身が入るようにして...と。
後はタイマーをセットして...10秒でいいかな? よし。
ピピッ! という電子音が鳴り、カウンターが回り始めた。

「あれ? 5...4...?」

カウンターはいきなり5から始まっていた。
しまった、変なトコを押しちまったか!?

「久保君、早く!」

小早川さんが焦って叫ぶ。 間に合うか!?
ダッシュで小早川さんの隣に向かう。
だがテーブルやイスにぶつかってしまいバランスを崩す。

「うわぁ?!」
「久保君!」
カシャ! ドンガラガッシャン!

派手な音が鳴り響き、床に頬擦りをかます。
シャッター音はしたから撮れた筈...でも格好悪い...

「久保君、大丈夫?」
「大丈夫だよ。 それよりも操作間違えちゃったからもう一度...」

めげずに何度でもトライだ!
小早川さんと一緒の写真を撮るというささやかな願いを叶えるまでは!!
だがオレの願いをいとも簡単に打ち砕く者が現れた。

「何してるのかな、タ・ツ・ヤ。」

その声を聞いた瞬間にオレの寿命は5年は確実に縮まった。
無論声の主はアユであり、かなり怒っている事は、そのこめかみの辺りに浮かぶ#マークからバッチリ判る。 オレが一体何をしたって言うんだ〜

「後片付けが終わってもまだ仕事はあるんだからね!」
「イ、イテ、痛いって! だから耳を引っ張るなぁ!」

結局小早川さんと一緒の写真を撮るという小さな願いは叶わなかった。 お星様のバッキャロー!
夕焼けの空に輝く一番星に向かって、オレの心の叫びは虚しくこだました。




後編につづく










おまけ

だがそんなオレの事を神様は不憫に思ってくれたのか、新学期が始まるとオレの机に一通の便箋が入っていた。

「? 一体これはなんだ?」
ガサガサ...
「こ、これは!」

中を見てみると、なんとオレと小早川さんの二人っきりの写真が!!
オレはちょうど転んでしまったポーズで、小早川さんは慌てて支えようとしてオレに手を差し伸べるような感じで、その時のワンシーンが収まっていた。
とにもかくにもオレの小さな願いは叶えられたのだった。