序章 「オネアミスの翼」
轟音。
爆発音。
悲鳴。
断続的に響く機関銃の音。
白い閃光を曳いて弾丸や炸裂弾が飛び交う。
すでにいくつか転がっている死体を乗り越えて、兵士や戦車が突進していく。
彼らが目指す先には巨大なロケットがそびえたっていた。
オネアミス王国南部の町カレヤの西600レーンに広がるゴビ平原。
現在、リマダと国境を接するこの平原では、王国国境警備軍と共和国リマダ駐屯軍により、激しい局地戦が展開されていた。
侵攻してくる共和国軍に向けて、王国軍機甲部隊が砲撃を加えている。
上空でも王国空軍機数十機が共和国空軍を相手に目が廻るような空中戦を展開していた。
戦況はわずかに王国側に不利であった。
共和国軍に押されて、じりじりと後退を強いられていた。
「発射台の注水開始!」
操作盤にある発射台注水ポンプのスイッチをONに入れる。
ほどなく画面や計器類が発射台底部への注水が開始されたことを告げる。
すでに現場作業員は全員発射台を離れており、作業台も取り払われていた。
計器類はそのほかに、発射台とその上に鎮座するロケットに関する、あらゆる情報を管制官達に提供している。
管制官達はそれぞれの操作盤の前に座り、管制室中央に立つ将軍に状況を報告しつつ、各自の作業に取り組んでいた。
(……いけるのか…………?)
ゲンドウ=イカリは心の中でつぶやいた。
戦闘による振動は、先ほどから管制室にも響いている。
爆発が起こるたびに管制室全体が揺らいでいた。
「……ギリギリ間に合うかどうかってところかの」
ゲンドウの心のつぶやきが聞こえたのか、隣にすわる年老いた管制官がつぶやく。
それに相づちを打つかのように、ゲンドウは彼のトレードマークである色眼鏡を左手で押し上げた。
彼は今回の発射では推進担当を務めている。
もっとも今回はといっても、この次があるのか、彼にはわからない。
ロケットが、共和国側を釣るエサとして国防総省に扱われていることは、すでに聞かされていた。
発射台が当初の予定よりはるか南の、緩衝地帯ぎりぎりであるこの地に移ったのもそのためである。
実際、国防総省の思惑通り共和国側はまんまと釣られた。
だからこそ、リマダ駐屯軍がこうして侵攻してきたのである。
もっともそれが宇宙軍を廃止する口実とするために、国防総省によって画策されたものということまでは聞かされていない。
だが、ゲンドウをはじめ管制官全員が、今回失敗すればこの次はない、と感じていた。
情報が故意に漏れていることを見越して、急遽打ち上げ時間を2マール繰り上げたにも拘らず、打ち上げ直前に共和国軍の侵攻を知ったときはあきらめかけもした。
だが、すでにロケットに搭乗しているシロツグ=ラーザットの一喝で最終段階にまでこぎつけたのだ。
ふとゲンドウの脳裏にそのときのシロツグの言葉が浮かぶ。
『ここでやめたら、俺達、ただのバカじゃんか……!』
『みんな立派だよぉ、歴史の教科書に載るくらい立派だよ! 今日の今日までやってきたことだろ!? くだらないなんて悲しいこと言うなよ……!』
『俺はまだやるぞ! 死んでもっ! 上がってみせる!!』
『俺はやるんだ! 充分、立派に、元気にやるんだっ!!』
それらのセリフが何度もゲンドウの脳裏に繰り返し響く。
そうだ、ここでやめてしまえば、これまで自分たちがやってきたことは、まったくの無意味になるのだ……
全員がもはや意地でも打ち上げを成功させるつもりでいた。
国防総省の思惑など知ったことではなかった。
「発射まであと10セク!」
(見ていてくれ、ユイ、シンジ……!)
先ほどよりも戦闘が近づいたらしい。音がかなり大きくなっていた……
10
炸裂弾の直撃を受けた兵員輸送車が爆発する……
9
負傷した味方を壕の中に抱えて引き込もうとした兵士が頭を撃ち抜かれて倒れる……
8
主翼に被弾した機が墜落していく……
7
奇声を上げながら兵士達が突撃していく……
6
地雷の爆風がバラバラになった兵士の身体を空へ舞い上げる……
5
こめかみに弾がかすって気のふれた兵士が、ちぎれ飛んだ自分の左腕を探し求めてふらふらと歩いている……
4
兵士が戦車の砲塔の上によじ登り、搭乗口から内部を自動小銃で撃ちまくっている……
3
腹部を撃ち抜かれた兵士が、傷口からはみ出る自分の腸を押さえながら、母を呼んで泣き叫んでいる……
2
破損して湖に不時着しようとした戦闘機が、バランスを崩して激しく水面に叩き付けられる……
1
「爆発した……!」
それを見た瞬間、その共和国軍兵士は思わずそう叫んでいた。
彼と彼の部隊が目標にしていたものは、轟音とともに一瞬で炎に包まれた。
そして数瞬後、それは白い煙の線を太く引きながら眼が眩みそうな光とともに空へ駆け上がっていった。
戦場にいたすべての兵士達が、ロケットが上昇していくのを呆然と眺めていた。
皆、自分達が戦闘中であることなど頭の中から消え去っていた。
誰も瞬きすることを忘れていたようだった。
やがてロケットはあっけなく彼らの視界から消えていった……
それを見ていたすべての人々は、何かが終わったような気がしていた……
さきの兵士は、まだロケットが消えた空を呆然と眺めていた。
いつのまにか彼の周囲の戦闘は終わっていた。
彼の視線の先の空には、ロケットエンジンの燃焼によって生じた白煙が、うっすらと筋を描いていた。
やがて兵士はポツリとつぶやいた……
「彼は無事に上がったのだろうか……?」
...To Be Continued.