どうもレイはお酒が入ると暴走する。
泣いたり、笑ったり、怒ったりと、そんな“普通”の酔っ払いとは訳が違う。
初めて其れが判った。
もう一度言う。
レイは暴走する。
お酒が入ると。
そして、酔った時のレイは危険極まり無い。
何故なら彼女が持つ力、ATフィールド。
それが酔った勢いで枷が外れて暴走するからである。
はっきり言おう、僕は命懸けである。
今は命の危険を感じている。
死線を歩いてきた5年前の日々、いや、それ以上に今の僕は危険に晒されていると言えよう。
胃に穴が…いや、このままでは心臓が止まるかもしれない。
「碇君、今日暇?」
珍しい、レイからそんな事を言うなんて、と僕は思わず口に出してしまいそうになった。
それ程迄に彼女が誘いに来ると言う事は珍しいのである。
翌々考えると初めてなんじゃないだろうか、こんな事って。
レイから誘いに来るなんて何があったんだろう、と僕は思った。
「なに、レイ?」
何とか驚きを隠して僕は答えた。
ちなみに、あれから5年の時が経っているので、それなりに時間の流れは刻まれているわけで、僕の彼女に対する呼び方も変わっていたりする。
何せ『レイ』だもんな〜。
変われば変わるもんだ。
水泳を訓えてもらってた頃の、あの僕が、今の僕を見たら驚くだろうな。
と、そんな事を考えていたら思わず苦笑してしまった。
僕が一瞬考え事をして、レイを見失っていたらレイが、
「碇君、聞いてる?」
と、僕の苦笑をちょっと気味悪そうに聞いてきた。
この顔は『また何か考え事してる』って表情だ。
レイの顔色を見るだけでここまで判れるようになるとは、僕も成長したもんだ。
あれ?何の話をしてたんだっけか?
「あ、ごめんごめん。えと何だっけ?」
ちょっと申し訳なさそうに聞く。
「だから、その…暇?って聞いているんだけど、駄目かしら?」
そうだった、レイから誘われてたんだ。
しかし…レイが、首をちょっと肩に傾げている姿は、その、なんとも…。
いかん、切れそうだ。
堪えろ!堪えるんだ!!シンジ!
…
……
………僕は妄想の切れ端を残しながらも、なんとか平静を装って、
「うん、暇だよ」
と、自分の中では最高と思える笑顔を作って言った。
するとレイは僕の答えを聞いて一瞬嬉しそうな顔をした後、直ぐに下を向いて、もじもじしながら耳を澄まさないと聞こえないような、本当に小さな声で、
「私、バイトしてたの知ってるわよね。こないだ言ってた喫茶店。それで今日は初めて御給料を貰ったの。だから何時ものお礼に、と思って今日は碇君にご馳走したいかな…」
最後にニコッと小さく笑う。
堪らん!!
じゃなくて!!!
今はしっかりとレイの話を聞かなくては。
「今日は私の奢りって事で何処か行きたい所無い?私ね、余りそういう所判らないの」
レイが奢ると言う。
そこで以前の僕だったらレイが初めて稼いだお金に対して遠慮しているだろうが、少しは成長しているのであろう。
レイの心遣いが嬉しく、そしてそれを受ける事がレイにとっても僕にとってもそれが幸せに繋がるように感じられた。
素直にレイの申し出を受けて、奢って貰う事にした。
最初は何処かの喫茶店かレストランかとも思ったのだが、先日トウジに中々良い居酒屋が数件あるとの事でその内の何件かを紙に書いて教えて貰った。
どこが良いか?
店を思案している時に、偶然ポケットに入っていた居酒屋の地図がポケットの中から出てきた。
それを見た瞬間の頭の中では、既に居酒屋で奢って貰おうと決まっていた。
今思えばこれば悲劇の始まりなのだが……。
「ほら、レイもちょっと飲んでみなよ。結構美味しいからさ」
ちょっとだけレイにもお酒を勧めてみた。
お酒を進める事自体は悪く無いと思う。
レイだってもう20歳になるんだしこれは社会勉強の一環だ、と嘘吹いてでもレイにお酒の味を知って貰いたかった。
僕だって一人で飲むよりも、一緒に飲んでくれる人がいると楽しいしね。
「うん、飲んでみる」
僕の隣ではには、ちょっと勘違いしているようなレイが居た。
なんか神妙な顔をして、今にも『私、今から戦いに参ります』みたいな顔つきで波々とビールの入ったコップに口をつけようとしている。
勿論、肩には力が入りまくっているのは言うまでも無い。
そして、こくこくっとレイがコップの中のビールを喉に通す。
なんかレイってビールを飲んでるのを見るだけでも様になるな、と思った。
レイがそれを飲み込んで、そして、一瞬の沈黙。
「…にがい、美味しくないわ」
理想の一言とは遥かにかけ離れた一言。
ガラガラと音を立てて、僕の『お酒の友補完計画』は儚くも崩れた。
そう思った矢先、
「そんな事より碇君、お水、頂戴」
と、レイはビールの後味を本当に不味そうな顔で言う。
最初の一口の『ぷっはー』が最高なのに…。
そんな事をレイに言っても仕方が無いかったので、僕は最初に出てきたお冷をレイに渡す。
レイに渡した時にはっと気付く『しまった!これ日本酒だ』と。
レイの取ったコップ…それは僕の冷酒が入ったコップだった。
ちなみに、僕の飲んでいたのは大した銘柄もついてない3倍酒だ。
お世辞にも美味しくとは思えない。
量があるから頼んだのだ。
本来日本酒はコップに入れて飲むものでは無い。
けれど、水と勘違いしているレイはそれを一気に煽った。
ちょっと不思議そう顔をしながらも、
「ちょっと変わった味のお水ね、これ」
と、大ボケをかまし、飲み干してしまった。
僕は『これはひょっとしたらひょっとするかも』と思い、もう一杯勧めてみた。
「もう少し飲む?」
今の僕には悪魔の尻尾が確実に付いている。
しかし、僕は迷わないぞ!
迷わない為にも、ここはちゃんとした日本酒を飲まさねば、と思い、ちょっとした銘柄の日本酒を進めてみる。
「えぇ、飲むわ」
今度は御猪口で飲ませた。
「さっきのより美味しい。不思議な味がするんだけどこれがまた結構いけるのね。でもこんな水初めて」
思わず『かかった!』と、心の中でガッツポーズ。
嬉しくなった僕は、レイにこれはお酒である事を教え、
「まだあるよ。他のも飲んでみなよ」
僕は勧める。
そしてレイが清酒党である事を知った。
ちなみに、初めての日本酒でいきなり辛口とは…。
4本目辺りからレイの顔色が変わってきた、ほんのり赤くなってきたのである。
ついでに、何気に赤い瞳も集点を迷わせて『トローン』として来ている。
思わず見とれてしまった。
僕の知らないレイの顔に。
頬杖を付いて、瞼を閉じながら御酒を飲むレイ。
ちょっと明るめかな?
そんなレイを見て、連れてきた甲斐があったと嬉しくなった。
けれど、それと同時に初めて見るレイの表情に、ちょっとだけ時間の流れが早すぎる事を恨めしく思った。
中学も高校も、一緒に暮らしていた筈なのに、別に綾波の事を知ろうとしなかった。
本当は知りたかったんだけどね、僕に勇気なんて無かったから…あの頃は。
最近でも大学もが忙しく、家に帰ってきても食事を作って食べおわったらレポート、寝る前に御風呂。
単調な暮らしだった。
時間が空いてもレイとは日常的で余りに普遍的な、そう、極当たり前な会話しかしていなかったような気がする。
もう少し、恋人らしい会話が在っても良さそうな物なのに…。
レイにも、自分にも可哀想に思えた。
だから、レイ、一緒に新しい自分を作ろう。
僕の知らない君も、君が知らない僕も、二人で見つけて、作っていこう。
「…レイ」
何だか自然と口から出てきた。
だけどレイには聞こえてい無いようだ。
彼女は僕がこんな風に思っている間も凄いペースで飲んでいる。
ん……なんか…ちょっと、オカシイ…かな?。
って、このペースは以上じゃないのか?
そう、僕が気が付いた頃はコップが散乱していた。
既にレイは一升は飲んでいるんじゃなかろうか?
少し恐くなったかもしれない。
明らかに誤算だ。
僕は『レイもお酒の味、少しは知ったのかな?』等と甘い考えをしていたのだが、不味かった。
凄い量を彼女は飲んだ。
とにかく飲んだ。
最期の方は一升瓶から丸ごと飲んでいた。
これではミサトさんと同じじゃないか、と本当に恐ろしい考えが脳裏に過った。
最初は『良く飲む彼女だね〜』と他のお客さんや店の親父さんにからかわれたりしたのだが、今では誰もが普通とは違う目つきでレイを見ていた。
最初はそう、静かそうな雰囲気で、間違えて居酒屋に入って来た窓際の令嬢のだったレイの変わりように。
そこには驚愕の僕、あんぐりと口を開けている親父さん、恐れ掛かった瞳の他のお客さん。
不思議な物を見ているような形で皆の時間は止まっていた。
そう、レイの飲みっぷりの凄さに。
結局、レイはベロベロに為るまで飲み続けた。
ベロベロと言うよりはそれすらも通り過ぎて完全に沈黙している。
僕は寝ている彼女を起こすわけにもいかず、結局支払いは僕がする事になった。
結構飲んでくれたので、なかなか痛い出費だったがそれでも僕は良いと思った。
お金なんかでは買えないレイの新しい顔が、表情が見れたのだから。
彼女は酔い潰れ僕が背負うしかなく、その…背中に彼女の胸が当たるのは特権であるからして……。
僕は何を言ってるんだ?
僕も酔ったのかなと、そう思った時だった…。
「いかりくんのぉ〜、えっちぃ〜」
猫なで声のレイが呟く。
一瞬ドキリとするが、レイの甘えた声に骨砕き状態に為りながら思わず口がニヤケてしまった。
…が、ニヤケたのは束の間、突然僕の体は宙に浮く。
エヴァ発進の時のような、グンとくる重さが肩にかかる。
一瞬何が起こったのか判らなかった。
しかし、何故か足の下には赤い壁が。
忘れていた物が其処にはあった。
ATフィールド。
あの頃の僕らが作り出した過去であるはずの絶対領域がそこにはあった。
僕はこの時点で気が付いた。
宙に浮いているのはレイの仕業だと。
更に一時間が経過。
レイはまだ起きない。
僕はこんな不安、どうしよう…このままATフィールドが消えちゃったりしたら……等と恐ろしい考えに脅えながら一時間のもの間、第三新東京市の空に漂っていた。
実際の所は浮いていた、と言う方が正しいだろう。
その時、
「はにゃ?ここ、どこ?」
レイの目が覚めた!
やっと起きてくれた事にほっと胸を撫で下ろして、
「レイ、ATフィールド、早く解いて、お願い!!」
と、言ったのだがレイは寝ぼけていた。
忘れていた、こいつは意外と寝起きが悪かったんだ。
「…むにゃ、綺麗ね、ここ」
現状を全く理解出来ずにぼぉ〜っと夜景を見ている。
「ビルの明かりってこんなに綺麗だっけ?」
そりゃ見てる分には良いだろうけどさ、
「おい、レイ。生きてる?」
『ぼぉ〜〜』
…聞いて無い、まだ酔ってるのか?
「あの〜、レイさん、聞いてます?ねぇ、聞いてますか〜?」
「ん、死んでる」
え?それって綾波ギャグ?
…駄目だ、完全に逝っちゃてる。
目はまだとろけまなこで、酔っている事は明らかだ。
はぁーとため息が漏れる。
彼女もそれに呼応したかの如く、
「じゃ、お休み……」
と、言って深い眠りへと帰ろうとしている。
……
…
えっ?おやすみ?
冗談だよね?
なに?また寝ちゃったの?
嘘だよね、悪い冗談だろ?。
しかし現実は厳しい……。
「くー、ん、むにゃ」
彼女は夢の住人に戻った。
ハハ…ハ、ハァー。
そりゃ乾いた笑いも出るって。
結局僕はまだ浮いたまま…なのね…くすん。
高い所は苦手なのに。
うっ!
うぅぅぅ…お腹、痛い。
「穴、開いたかも」
夜空に僕の悲しみは響いた。
後書き
ども、またまたALICEです。
レイです。
とにかくレイです。
アスカも嫌いではありません。
寧ろ好きです。
でも、今はレイです。
以上です。