ネルフ内にあるプール。

 シンジに呼ばれた場所に向かうとそこには、そわそわと、何か落ち着かないシンジがプールの淵に立っていた。

 シンジがレイに気が付いてレイに近付いて来る。

 まるで『良かった。本当に来てくれたんだ』と、幸せ一杯と言った感じだ。

 シンジがレイの前に立ったとき、レイが、

「碇君、用があるって、何?」

 と、にべも無く告げる。

「いや、あのね綾波、来週の日曜日に芦ノ湖で臨海学校あるよね。それでお願いがあるんだけど」

 もじもじ………モニターで監視している職員が居たならば、さぞかし背中が痒いことであろう。

「お願いって何?」

「ほら、綾波って前にプールで泳いでたでしょ、上手いなって思って。それで…」

「それで、なに?」

 全くシンジを寄せ付けない。

 本人にそのつもりは一切無い。

 内気なシンジとって、彼女の喋り方が難関、もしくは巨大な壁と言って差し支えないだろう。

「だから、その…あの…」

「用が無いなら帰るわ…」

 …これである。

 既にシンジへ背中を向けている。

「待って!!」

「何?」

「僕に、その、教えて欲しいんだ…」

 やっとここまで言えた。

 喉から振り絞って言えたやっとのシンジの言葉だった。

「それで何を?」

「…泳ぎかたを、僕に…教えて欲しいんだ」

「それだったら弐号機パイロットに頼んだほうが良いわ、彼女の方が上手いもの」

「だっ駄目だよ、アスカは…。ともかく、綾波じゃなきゃ駄目なんだ!」

「何故?」

「何故って、そりゃ好きな娘の方が…じゃなくて、あの…その…誤解だよ。…じゃなくて、あぁ〜!!」

 もはや混乱の境地に立たされて何を口走っているのか判らないシンジ。

 レイはそんなシンジの様子に赤くなりながらも、ちょっとだけ可笑しそうに「クスッ」っと笑うと、

「わかったわ。じゃあ明日の午後3時に、シンクロテストが終わったらで良いかしら?」

 レイがそう言うや否や、シンジの両手は彼女の左手を取っていた。

「えっ!ホント!?ありがとう、綾波。約束だよ」

 シンジは本当に嬉しそうな笑顔をレイに向けて言った。

 レイも顔を赤らめたままシンジに、

「じゃあ、また明日。さよなら」

「うん、また明日、綾波」

 シンジはレイの手を握った右手を見つめていた。

 

 

 

 

 

シンジとレイのほのぼの日記 I 〜水の中の世界〜
 

 

 

 

 

「さぁ、碇君」

 シンジは恐怖を感じつつも水面の底へとその身を沈めた。

 水は恐怖そのものだった。

 LCLでさえ今だに恐怖を乗り越えてはいない。

 しかし、感じるものがあった。

 綾波レイ、人の存在である。

『なんでこんなに安心を感じているのかな?そうか綾波がいるからか…そう、いるだけで、僕の手をしっかりと握ってくれているだけで安心す
る。彼女の体温を感じる』

 シンジにとっての水の存在は紛れもなく綾波レイ、その人である。

「碇君、碇君、そろそろ顔を上げた方が良いわ」

『綾波ってなんか気持ち良いな、不思議な感じがする。なんだろう…まるで母さんみたいだ』

 水の中での人の温もりはまるで母親の胎内ころの温もりに似ているせいもあってか、シンジは余りの心地よさに息をすることも忘れていた。

 レイはそんなシンジの様子に気付いてか不安そうに、

「碇君、大丈夫?……碇君!」

『あれ?綾波が呼んでる、僕はもう少しこうやって綾波の温もりを感じたいなだけどな…』

 その時のシンジは、水に体を沈めてから1分以上経っている事に気付く様子も無く、酸欠によるトリップ状態にあった。

「いけない!」

『あれ、綾波?どこ?どこにいるの?』

 さすがにこれ以上は危険だと思ったレイは、その細い腕でシンジをプールから引き上げると、シンジの様子が違いう事に気付く。

 シンジは息をしていなかったのである。

『あれ?ホントに綾波はどこに行ったんだろう?』

 シンジは死んだように眠っている、唇は淡い紫色に変わり、体の方も冷たく、息をしている様子などまったく感じられなかった。

 レイの目にはそんなシンジの唇の微妙な美しさに見とれた、が、

「…碇君の唇、でも今はそんな時じゃない」

 レイはそう言うとシンジの唇に自らの唇を合わせる。

 ネルフという組織に居れば応急処置のやり方等も教えているが、今の状況ではネルフ内いることもあり迅速に医師を呼びに行くのがマニュアルには書いてあったが、レイの取った行動は人工呼吸であった。

 レイにはこの行動が適切ではないと判っていたが、何故かこうした方が良いと感じた。

 

 

『碇君の唇、冷たい…』

 

『綾波?…何だろう、暖かい気がする。母さん?……唇?…レイ?』

 

 

 暫くしてシンジが目を開くと、そこには瞳いっぱいに涙を止めたレイがいた。

 肺に少しだけ溜まった水がシンジにむせ返るような咳をさせる。

「ごほっ、ごほっ」

「碇君、大丈夫?」

「…あや…なみ?」

「…碇君、良かった」

 余りの安堵にレイは思わず笑みが漏れた。

「あれ、僕は一体どうしたの?」

 咄嗟にシンジは自分の置かれている状況がおかしい事に気付いた。

「碇君、溺れていたの」

「えっ、僕が・・・溺れたの・・・・か。そうか、やっぱり駄目だったんだ、僕は…」

 レイがそうシンジに告げると、彼は本当に悔しそうに呟いた。

「碇君…」

 レイはシンジに言える言葉が何も無かった。

「せっかく綾波が手伝ってくれたのに…。それなのに、駄目だね、僕って」

 自嘲的な台詞がついつい漏れてしまう。

 そんな事を言うのは止めよう、そう思っている筈なのにどうしても言ってしまう。

 しかし、シンジは頭に感じる柔らかく暖かい感触に驚いて、今までの思考が吹っ飛んでしまった。

 そう、その時のシンジの状況はレイに膝枕して貰っていた。

「あっ!ご、ゴメン」

 シンジが慌てて起き上がろうとした時、

「もう少しだけ大人しくしていて」

「…でも」

「私は良いから、少しじっとしていて。酸欠で溺れたんだから、もしも今立ったら貧血で倒れるわ」

 レイが言うとシンジは赤くなりながら、

「ありがとう。じゃあもう少しだけこうさせて…」

 そしてもう一つ、小さな声でシンジは言った。

 なるべくレイに聞こえないように。

 それでいて、心から…

「暖かい。母さんみたいな気がする……」

 そんなシンジの呟きが聞こえたのか聞こえなかったのか、ほんのりと頬を染める、そんな感じに見えた。

 

 

 

 

 

「今日はゴメン、せっかく手伝ってもらったのにあんな風になって」

 シンジは本当に申し訳なそうに言うとレイは、

「別に、何でもないわ。それに今日が駄目ならまた明日練習すれば良いのよ」

「綾波、それじゃあ明日も…」

 シンジがそこまで言いかけて最後の一言を言おうとした時に、

「じゃあ、また明日」

 と、言ってここから出ていった。

 心なしかその背中は、明日と言う未来を期待して見ていた様にも見える。

 

 

「『また明日』……か。明日は頑張らないとな」

 シンジはその背中に呟いた。

 

 

 

 

 おまけ

 その日の葛城家の夕食は何故か豪華だったらしい。

 

 

 


 

 後書きにも満たない戯言

 

 ども、ALICEです。

 今回はレイです。

 やっぱレイは好きです。

 これは再編集版です。

 以上です(笑)