突然の目覚め。
一瞬、私は何が起こったのか判らなかった。
その後、ただ悲しみに満ち溢れて行く自分がいるのと、そして私の中で新しい体と魂が引き離されて行くのが判った。
そこには私自身が打ち消えるような、そんな感覚があった。
その中の私は、悲しくもあり、嬉しくもあった。
そんな夢だった。
とても寂しい、寒い世界に私は独りで立っていて。
新たな魂の誕生と別れの夢を見ていた。
「碇君、私は此処に居ても良いの?」
何時の間にか私は彼の前でこんなことを呟いていた。
彼の寝顔は安らぎを私に与えてくれる。
思わずほっとする。
碇シンジ。
私は彼の事を愛しているのかもしれない。
いや、愛している。
この人は優しい。
誰よりも優しい。
でも、判らない……判らない。
判らない…。
本当に愛しているのかどうか、それが私には判らない。
朝日は既にカーテンに温もりを与え、ありとあらゆるモノの全てに分け隔て無い優しい時を作り出していた。
そして朝日に呼応するようにまた、街の息吹とともにヒトの日常も始まる。
「あっ、レイ、おはよう」
彼が目を覚ましたようだ、目を擦りながらまだ眠そうにしている。
私はあれから20分程彼の寝顔を楽しんでいた。
私にも心に余裕と言うものが出来たのだろうか。
彼の寝癖を直しながら、
「おはよう」
今日の朝食の準備は彼の番だから、私は朝食を作っている彼の背中を見つめている。
その小さい背中を、余りにも辛い業を独りで背負い過ぎた、たった独りの小さな背中を…。
過去、彼はその小さな背中に何でも独りで仕舞い込み過ぎた。
今、それでも独りで泣き続ける。
だから、少しだけでも彼が救われるように、と私は彼の背中を見つめながら願う。
そんな風に時間を過ごしていると朝食が出来たようだ。
「はい、レイ。今日はベーコンエッグとお豆腐の味噌汁。あぁ、それと昨日の煮物に入っていた鶏肉、残したでしょ。昨日は何も言わなかったけどさ、駄目だよ。好き嫌いしちゃ。今朝のベーコンは残さないように!いいね、レイ」
いや、とは言えない、けど…。
「うっ、でも…その、あのね」
私はやっぱり肉は嫌い、どうしてもあの匂いが好きになれないのよ。
「でも、じゃ無いの。レイはただでさえ動物性タンパク質が少ないんだから、せめて僕が作ったのくらいは食べてくれなきゃ。それに、その今のレイだけの体じゃないんだし…」
…真っ赤になっちゃって、でも、それを言われたら負けね。
「…ハイ」
彼の優しさはいつでも私を安心させてくれる。
となると期待に答えてここは頑張って食べるしかない、か。
お肉の匂い、やっぱり好きになれない。
でも、タンパク質って事なら植物性でも良いんじゃないの?
朝の時間が終わりを告げようとしている。
何時の間にか街全体を包んでいたはずの優しい風も、時間が経つにつれて夏の暑さを感じる。
少しだけ、生きていると実感できる瞬間。
私はコーヒーを煎れに行き、彼は仕事への支度を始めた。
それは何も変わらない毎日、けれどもそこにある時の記憶は永久に変われない。
記憶は過去の物。
変わる事も変える事も許されない。
もし、記憶を変えたとしても、繰り返される毎日の中の小さな歪みを作るだけで、決して変われない。
9時。
彼が仕事先へと出かける時間だ。
ここから9時間近くは私だけの時間になる。
その間私は本を読んだり、編み物をしたり、と色々なことをするようになった。
始めの頃は趣味らしいモノは一切していなかった所為か、彼ったら一生懸命に『何かをするように』ってしきりに本を買ってくるから、今は私の時間を楽しめるようになって嬉しいと思う。
今でこそ、色々遣っているけど、最初は家事が自分で出来るようになるまで必至だったのよね…、本当は。
…今でも完璧って訳じゃないし。
でも最近は家事も殆ど出来るようになったお陰で、自分で料理も作るようになったのよ。
昼時には新しいレパートリーでも増やそうかな?とか思いながら、材料に適当に肉を入れて慣れようと思うんだけど、やっぱり駄目みたい。
とは言っても、今では一切れくらいなら食べられるようにはなったから少しは成長したわよ…ね?
そんなこんなで、今ではもう午後も3時を回り夕食の支度でも始めようかと思っている。
と、その前にお布団を入れて、花に水を上げてと。
そうそう、この花、シクラメンって言うんだけどこれも彼が買ってきたのよね。
意外と可愛い所あるわよね…あの人も。
彼も帰ってきて、夕飯も食べ終わり後数時間で今日という日も終わりを告げる。
ほんの少し蒸し暑い夜。
夜風に当たりたかったので私はベランダに出てみた。
すると今夜は新月だった所為か何時もは月明かり隠れ見える事の無い小さな星たちまでもが、今にも降ってきそうなくらいに輝いていた。
ひたすらに恐い…。
今の私は何かしら脅えている。
自分でも判る、私が使徒で無くなった時から、人になった時から感じている事。
だがそれと同時に闇を恐れ、地に、血に足を繋げることが出来るようになった。
気付くと私は暗い、暗い闇の中に沈んでいた。
街の夜の匂いに包まれる前に、今日の私は自らの闇に囚われていた。
圧してくる黒い胎動に私は脅える。
死ぬのが恐い、自分が消える様に感じるのが恐い。
そしてそこから抜け出せなくなる事を肌で感じる。
それが恐い。
“ふぁさ”
一瞬何が起こったのか判らなかった。
でも、闇の底から還って来れたことだけは判った。
彼だ。
「…レイ、あんまり夜に外に居すぎなのは良くないよ。」
そう言って私の肩にガウンを掛けてくれた。
「うん、わかってる。でもあんなに星が綺麗なのよ。見とれてしまっても仕方ないわ。」
「でも、君だけの体じゃないんだから少しは自重してくれないとね。」
「…はい。」
「ま、爆弾かかえておセンチになってるのは分かるけどさ…、もう少し我慢してね」
と、にこやかに言う彼。
私は『うん』と言おうとしたが、何かが引っ掛かった。
爆弾?誰が?私達の子供が?
しかも私が『おセンチ』ですって…、貴方、それ…私の逆鱗よ……。
「ちょっと!爆弾って何よ!?それに私そんなにロマンチストじゃないわ!『おセンチ』って何よ!?」
「へ?あれ?レイひょっとして…怒ってる?」
「起こってるも何も無いわよ!」
「悪かったよ。ごめんごめん、言い過ぎた」
「もぅ!知らない!!」
私が怒った振りをする。
すると彼が抱きすくめる様に私を覆う。
少しだけ、私の中の夜が落ちたような気がする。
私は何故か無性に碇君、いや、彼に抱き着きたくなった。
「ありがとう」
「碇君」
私は想う。
私の中にいる、もう一人に。
愛を込めて。
「早く会いたいね」
「私も、あの人も、早く貴方に会いたいんだから」
「だから、もうすぐ会いましょう」
「私達、歓迎するから」
後書き
またまたレイです。
ここまで御付き合いいただいてありがとうございます。
レイの一人称は難しい、と実感した作品です。
この文章はレイっぽく無い、とかありましたら感想など頂ければ幸いです。
以上です。
なんか初めて後書きらしい感じになった。