『タイトル未定〜リレー小説〜』

第8回

作・ヒロポンさま(2)

 


 

リレー第八回

 

 

「イザベラ…ジナイーダ…キャサリン…マルスリイヌ…ミランダ…………うーん、

どれも違う。アズサ…サキ…キヌカ……カヨ……ヨシミ………ミユ……ユミカ…

…カレン……あっ、ンがついた。」

日付が変わってから四時間。碇シンジは、未だに頭を悩ましていた。

ミサトもアスカもとっくに眠ったようで、一人ぶつぶつと呟くシンジの声以外、

辺りには物音一つない。アスカとシンジの娘(?)は、何だかんだ文句をつけな

がらも、結局はアスカの部屋で彼女と一緒に眠る事になった。今頃はアスカの部

屋で、可愛い寝息を立てているだろう。

律義に子供の名前を考えていたシンジは、頭がさえてなかなか眠れなかった。寝

付けないと言う事もあって、自分を包む空気の流れにいつもよりも蒸し暑さを感

じていた彼は、漠然と感じていた喉の渇きを癒す為に、ベットから起き上がった。

薄暗いリビングを抜けて、ダイニングへと入り、明かりをつける。一瞬、真っ白

な光に混じる不自然な黄色に目を細める。徐々に目がなれてくると、眼前にはい

つもの見慣れた光景があった。

夜中、薄暗い部屋の中を電気も点けずにここまでたどり着いた自分。シンジは、

今の生活に溶け込んでいる自分を冷静に眺めやった。失う事の怖さが、漠然とし

た焦燥感を彼の中に呼び起こし、部屋全体に漂う生活観が、胸に立ったその細波

をゆっくりとなだめていった。

しばし悄然と立ちすくんでいた彼は、やがて予定の時間が来たとでも言うように

、遅滞のない動きで冷蔵庫まで進むと、その扉を開けて、ミネラルウォーター

の入ったペットボトルを手に取った。冷蔵庫から漂ってくる冷気が、まるで形あ

る者のように彼の頬を撫ぜる。その感触に、心の内側にじっと注がれていた視

線が、くるりと裏返るように外部へと向けられた。彼は不意に、自分がたいして

喉が渇いていないという事実に気がついた。

 

その物音がシンジの耳に飛び込んできたのは、まさにその瞬間だった。

−トントン

−トントン

それは小さい音であったが確固たる響きを持って、彼の耳まで届いていた。

たぶん、彼が、気がつく前からその音は聞こえていたのだろう。

玄関の扉を叩く音。

シンジは、素早く時計に目をやった。

午前四時。

普通は、誰かが尋ねてくる時刻ではない。

シンジは、釈然としないまま玄関に向かっていき、ちょっとの間外の気配を伺っ

た後、おもむろに玄関のロックをはずし、扉を開けた。

その途端、彼の視界に水色の燐光が飛び込んできた。それは、廊下にともる常夜

灯を反射してきらきらと輝くレイの頭髪であった。ただ尋常でなかったのは、そ

の輝きはいつも彼が目に留める高さではなく、ずっと下、彼の足元辺りに存在し

た事であった。

その傍らには、二つの小さい人影。

シンジの眼前で、綾波レイは、扉の前にうずくまるようにして倒れていた。その

傍らでは、目に一杯涙を溜めた二人の子供が、レイの事を心配そうにゆすっている。

レイはいつものように学校の制服。二人の子供は、リツコにでも用意してもらっ

たのだろうか、猫の顔がプリントされたお揃いのパジャマを着込んでいた。

二人はシンジの顔を認めると、ぶつかるようにしてその足元にすがり付いた。

「パパ、ママが大変なの」

薄らと赤みの入った頬に、ぽろぽろと涙をこぼしながら、水色の髪の男の子がそ

う口にする。すると、それに和すようにして、黒髪の女の子が、口元に人差し指

を当てながら「大変なの」と消え入るような声で口にした。

子供たちにいわれるまでもなく、情報認識のための精神的空白から抜け出したシ

ンジは、子供たちの心に含まれる微妙な焦りにシンクロするように裸足のまま急

いでレイのもとに駆け寄った。

傍らに膝を突き、流れ落ちる髪の隙間からのぞくうなじに目をやりながら、シン

ジは、体を動かしていいものかどうか、少しの間逡巡する。「綾波」。喉からで

かかった呼びかけは、焦りのためか声帯を震わす前に彼の腹腔に滑り落ちていく

。気がつくと考えがまとまるよりも先に体が動いていた。いつか、ネルフで受け

た簡単な訓練の通り、倒れた時に頭を負傷している可能性を考えてレイの首筋

をしっかり固定すると、その華奢な体を引きずるようにして、部屋の中に運んで

いく。

「ミサトさん!ミサトさん!」

彼は、自分でも驚くほどの大きな声で、保護者の名前を呼んだ。

 

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朝。

テーブルの上から立ち上ってくる朝食の匂いにあてられながら、惣流アスカ・ラ

ングレーは、その美しい顔を不機嫌そうに顰めてみせた。悲しい時も怒っている

時も、悔しい時も照れている時も、人に対して、怒りの表情でもって自分をアピ

ールするのは、彼女の難儀な性癖である。その性癖は、今、この時にも遺憾無く

発揮されていた。

「綾波、美味しい?」

アスカの方にちらちらと目をやりながら、おずおずとレイに問い掛けるシンジ。

「おいしいわ」

レイは、もくもくと動かしていた箸をぴたりと止めて、真っ直ぐにシンジを見詰

めると、少し頬を赤らめながらそう答えた。

昨晩、玄関前で倒れこんでいたレイは、シンジに抱えられて部屋に入った後、程

なくして回復した。事情を聞いた所によると、ネルフから帰途に就いて十時間と

十九分後(レイが正確に記憶していた)、ベットに子供たちと横になった頃から

次第に息苦しさを感じるようになり、以後時間を経る毎に症状が悪化。どこに行

こうとしたのかも定かではないままに、何とか立ち上がって制服に着替えた所ま

では覚えているらしいが、そこから先の記憶はまったくないらしい。

最初、ミサト達は、ネルフの特別病院に担ぎ込む事を考えていたのだが、シンジ

の腕の中で急速に回復していくレイの様子に、その必要なしと見て、リツコに対

して症状を連絡するだけにとどめておいた。結局、レイと二人の子供は、リビン

グで寝る事になり、倒れ込む事になった原因については、後日検査する事になっ

たのである。

 

夜中に起こされた事。シンジがなにかとレイにかまう事。そして、身に覚えのな

い自分の子供と、レイとシンジの子供の存在。この三つの事がアスカの不機嫌の

原因であった。

ぶうっとした膨れ面でシンジとレイを交互に見やるアスカ。

その視線を受けながら、レイは平然と、シンジは平然としているふりをしながら

、おのおの食事を進めていた。

一方、三人の子供達は、それぞれの席で食事を取りながら、自分達の両親に交互

に視線を投げかけている。その度に、三人の中学生はみずからの娘もしくは息

子に、にっこりと微笑みを返してやるのだった。むろん、アスカも例外ではない

。最初は、小さい箸とお茶碗を持って、じっと自分の事を覗き込む娘を小うるさ

く感じていた彼女であったが、笑い返すまでじっと自分の事を見続けるその仕種

に根負けして、引きつった笑いを返してやるようになっていた。

不機嫌な顔と引きつった笑顔。ころころと変わるアスカの顔を、ミサトは面白そ

うに眺めやる。一見して平和な光景。しかし、彼女の頭の中は、この光景とは無

縁の事で占められていた。パイロットのATフィールドが実体化(しかも、交じ

り合って)したという事態が、エヴァとのシンクロにどのような影響を与える

のか?作戦課長である彼女にとって、その事が一番の関心事であった。また、そ

れに加えて、昨日レイが倒れた事も新たな心配の種になっている。

−まったく、リツコもやっかいな事してくれたわよねー

昨日から何度も繰り返した思考。

ふぅ

せわしなく行き交う朝の空気の中を、ミサトのため息がゆっくりと横切っていった。

 

*************************************

 

 

「で、原因は分かったの?」

だるそうに椅子に腰掛けながら、ミサトが質問を発した。

ネルフ内にあるリツコの私室。

夕方。部屋に漂い出したコーヒーの芳香に、疲れ果てた内臓がきゅっと収縮して

いく。窓のない部屋の中、だれきった体だけが、今日一日の時間の流れを彼女に

認識させていた。

「どっちの?」

コーヒーをマグに注ぎ終わったリツコは、張りのないミサトの声にわずかに苦笑

を浮かべながら、逆に質問を返した。

どっちのというのは、ATフィールドが子供に変わった事の本質的な原因を聞き

たいのか、レイが倒れ込んだ原因が聞きたいのかと言う事である。

ミサトが一番気にしていた、パイロットとエヴァのシンクロへの影響については

、急遽行われた起動実験によって、問題なしと言う結果が出ていた。

「どっちもよ」

自分の分のコーヒーを受け取りながら、ミサトはそう言った。

「シンジ君達に飲ませた薬については、改めて分析を行っているけど………子供

たちの事については、見通しも立ってないわね」

ミサトは、ため息交じりのその言に、目を丸くしてみせる。

「リツコにしては、珍しく弱気じゃない」

額に落ちかかった数本の金髪を照明に透かしてみるようにしながら、赤木リツコ

は再び苦笑を浮かべてみせた。

「まあね。子供たちの方は、今日は血液採取をして分析にかけただけだから、ま

だまだこれからなんだけど……」

「どうかしたの?」

「……あの子たち、DNAを持っていたのよ」

ミサトの顔に驚愕の表情が浮かぶ。リツコは、その顔にちらっと目をやってか

らコーヒーを一口すすった。

「それじゃあ、あの子達は……」

「そう、あの子供たちは、シンジ君達のATフィールドであると同時にちゃんと

した人間でもあるのよ。しかも、鑑定した結果、正真正銘それぞれの両親の子供

であると言う結果が出たわ」

しばしの沈黙。

「わけわかんないわ」

ミサトは、眉間に手をやって考え込むように俯いた。

 

 

「で、レイの方は?」

しばらく考え込んだものの、わかんないものはわかんないのだから仕方がないと

放り投げたミサトは、ふたたびの質問をリツコに発する。

注射器を手に子供たちに近づいた時の、アスカとレイの怒りに満ちた視線を頭に

浮かべながら、「嫌われたものね」などという彼女らしくない思考に身を浸して

いたリツコは、ミサトの質問を受けて、ほっとしたように思考を中断させると、

いつもの張りのある声で答えを返した。

「ああ、それなら原因は分かったわ。簡単に言うとシンジ君と長時間はなれてい

た事が原因ね」

「どういうこと?」

口に持っていきかけたコーヒーを顎の辺りで止めて、聞き返すミサト。

「チルドレン達は、ATフィールドを交じり合わせた事によって、お互いに意識

を侵食しあっているのよ。だから、長時間相手と離れていると、精神的に不安定

になるの」

リツコは、淡々と説明する

「不安定?」

「そう、たとえば思考力の低下、軽い躁鬱。変に感情的になったり、ぼーとし

たり、そういった感じね。多分、レイと離れていたシンジ君も、軽いでしょう

けど、そういう症状が出ていたはずよ」

「でもレイは」

言下に、倒れたじゃないという疑問を込めて、そう口にする。

「あの子は…………自分の心の中で起こっている事に対して、あまり自覚がない

のよ。その分、症状が体に出たんだと思うわ」

「心身症みたいなもの?」

「そうね。……だけど、無意識の内にシンジ君の所へ向かおうとしたのは、僥倖

としか言いようがないわね」

リツコは、不意に口元をきゅっと引き締めると正面を向き、ぬるくなったコーヒ

ーを机の上に置いた。

「ミサト、そう言う事だから、しばらくの間、レイの事よろしくね」

「あっ、うん」

残ったコーヒーをぐっとあおったミサトは、適当に生返事をする。

その後、正気に戻って、

「えっ!ちょっと、どういうことよ」

と素っ頓狂な声を上げてリツコを見た。

「レイとシンジ君は長時間離れられない。アスカとシンジ君も長時間離れられ

ない。とすると、答えは一つでしょ」

リツコは、鍵のついた引き出しからファイルを取り出して、ぱらぱらと捲りな

がら、にべもなくそう言った。

「なるほどね。わかったわ。レイの事は任せておいて」

ミサトは、そう言ってちょっと肩を竦めて見せると、やがて思い出したようにに

やにやといやらしい笑いをその顔に浮かべた。

「でも、面白い事になったわねー。あの子達は(遺伝子的には)正真正銘のシ

ンちゃん達の子供かぁ。シンちゃんも隅に置けないわねぇ。アスカとレイにはさ

まれての同居生活。しかもこぶつきとなれば………ふっふっふっ、楽しみだわ」

「お気楽ねミサト」

「だってしょうがないでしょ、この際」

そう言ってから、突然表情を引き締める。

「リツコ」

「なに?」

「あの子達の意識が交じり合っているという事は、作戦中、誰かが戦闘不能にな

った場合……」

「そうね、シンジ君が戦闘不能になった場合、おそらくレイとアスカも戦闘不能

になるわ。アスカが戦闘不能になった場合シンジ君が、レイの場合もまたし

かり………やっかいね」

リツコの淡々とした言葉を聞きながら、ミサトは椅子から立ちあがると、部屋の

主に背を向けて扉の方に向かって行く。

「ほんと、やっかいよね」

ミサトは、混迷を深めていくばかりの現状を振り切るように、そう口にすると、

ぴらぴらと手を振りながら、扉の向こうへ消えていった。

 

その後、リツコは、しばらくの間書類に目を通していた。

彼女は部屋の中から親友の残した温みが消える頃にやっと顔を上げて扉の方を見

ると、ひっそりと今日何度目かの苦笑を浮かべた。

机の上で組まれた白い手。その手の先には、二つのファイルが投げ出されている。

大きく書かれた題字。おそらく何かの論文であろう紙の束の表紙には、それを書

き記した人物の署名がされていた。一方の署名は、「碇ユイ」と読める。もう一

方の署名は、「惣流キョウコ・ツェッペリン」と読めた。

十一年前、奇しくも同じ時期に提出された二つの論文。それが、今回チルドレン

に施した実験−三人の子供を生み出す事になる実験のもとになっていた。

「親子の愛に、男女の愛か……………………苦手だわ」

ファイルを横目にそう独白するリツコ。

その目元には、言いようのない憂愁がゆったりとたゆたっていた。

 

 

第九回につづく

 

 

後書き

…………こんな伏線を張って良かったのでしょうか?

でも、張っちゃったものはしょうがないですね。そのうち誰かが何とかしてくれ

るでしょう(笑)←すいません

ということで(どういうことやねん)、次はDEADENDさんにお願いしたい

と思います。なんか書きにくい引き方で申し訳ないのですが、よろしくお願いします。

以上 ヒロポン

リレー8