「20、06・・・こちらブラボー。目標地点、確認した・・・LZへの誘導を頼む、繰り返し・・・」
薄暗い汎用ヘリのキャビン、タービン蹴立てる耳障りな金属音と、腹の底まで伝わる
重低音だけが、響く。男達は・・・無言だ。狭苦しい、申し訳程度の狭苦しいシート、
隣の奴のフリッツ・ヘルにひさしを掠めるように身体を捻じり、窓の外を覗く・・・
眼下に広がる巨大な盆地・・・覆い尽くすのは、名も知らぬ樹々のひしめく原生林・・・そう、緑の地獄。
ヘルメットの偽装網に貼り付けておいたボックスから、煙草を引き抜き、口に運ぶ。
下、あそこに降りればもう、次に吸えると言う保証はないから・・・ライフベストの胸から、オイル
ライターを引っ張り出す。
「ヘイ、ペング!火・・・」
・・・向かいの壁側、軽機銃を肩に凭せ掛けたまま、ピンギが片手を挙げる・・・
人の名前を略すな、何度言ったら解るのかこの男は・・・片手、右翼の爪にライター
の蓋を引っかけて火を点した後、その侭奴の方に投げてやることにした。
「っと、あぶねえな・・・燃えたままのを寄越すかね、この男は・・・」
「ペンペンだ・・・人の名前を勝手に据えないで貰おうか?」
煙草を咥えた嘴ににやにや笑いを浮かべたまま、無言で奴は答える・・・
「アテンション! B小隊、戦闘準備・・・五分後に降着、同時に散開だ・・・各人、弾倉
を確認しとけ!」
・・・威勢良く喚いてみせるイワトビ少尉、新任の小隊長・・・語尾が震えてるぜ、折角の
パフォーマンスも形無しか・・・こんなボンクラにいわれる筋合いはない、皆の鼻白んだ
視線が、そう物語っている。自分の銃の面倒一つ見られないような阿呆は、ここにはもう
、いない。小隊長殿御一人を除けば、の話だが・・・
形だけ、4.7ミリカートレス弾の詰まった40連マガジンを手でなで、コッキング・レヴァー
を捻ってみせた。セレクターは、未だセフティの位置へ・・・焦らなくとも、十分もすれば
厭と言う程血を吸わせてやる事になるだろう。靴紐・・・足ひれに履いたジャングル・ブーツ
の状態をもういちど、確認しておく・・・余程重要なのだ、こちらの方が。ジャングルで
兵隊の命を奪うもの・・・敵の弾?地雷?そんなのは後の話だ。足回り・・・時に50キロを超える
長距離行軍・・・歩けなくなった奴から、死んで行く。それと・・・アスペルギロシス病。
ジャングルの戦闘は、俺達ペンギンにとっては余りに過酷だ・・・
窓の外、暗緑色の森の切れ目・・・偵察部隊の連中が振る、ライトの光が視界に入り始めた・・・
降着後、30秒以内に展開完了・・・気楽にいってくれる。それが、どういった風な「地獄」
であるか、御解りいただけるだろうか・・・
「5秒暴露していれば、狙撃される・・・一秒でも早く散開して態勢をとれ!」
陸戦教範通りの御高説、有り難くて涙が出る。一人頭十キロの装備を背負った奴の
足の早さと水掻きの強度までは、どこにも書いていないらしいが。
「小隊長・・・一分。半分の奴が歩けなくなりますぜ?」
顰め面以外見た事の無いフリッパー曹長だが、こういう時だけは雷親爺も有り難い
ものだと思う。『俺はあんたが卵に成る前から兵隊やってんだ』と書かれた爺様の
顔を一度睨んだボンクラは、直ぐにその視線から眼を反らして、命令を訂正する。
「一分だ!それ以上の遅延は認めん!解ったな!」
解っている・・・死にたい奴など、あんたくらいの物だからな・・・
敵・・・原理主義者共のSAMが俺達のヘリを直撃したのは、その直後だった・・・
「ただいま、母さん・・・」
母の後頭部の毛に、白い物が混じっている・・・兵役につくまでは、確かまだ真っ黒だった
と記憶しているが・・・編み掛けの、チョッキだろうか、あれは・・・編み物を取り落としたまま
ロッキングチェアーから立ち上がるなりよたよたと俺の側へ歩み寄る・・・
「ペンペン・・・お前、よく・・・」
涙・・・俺達の遠い祖先は、感情の起伏に伴ってそれを流す事は無かったと言う・・・
眼球の表面を洗う液体・・・妙だ、以前なら、俺も・・・お袋のこんな姿を見たなら・・・
母の丸っこい肩を両手で抱きとめたまま、奇妙な空虚感に襲われている自分に、気づく・・・
・・・何故だ?やっと帰ってこれたんじゃ無いか、あの、地獄から・・・
なぜか、あのハコネの忌々しい泥の匂いが、頭から離れなかった。
「一発主義?・・・下品な奴だな・・・」
何を勘違いしたのか、アデリーの阿呆・・・餓鬼の頃からの付き合い、といっても
このちっぽけな田舎町では、皆が顔見知りの様な物だが・・・は岸壁の上、繋留ビット
に腰掛けて海面・・・首だけ水面に出している俺の方を見てニヤニヤと笑う・・・
「違う・・・釣りの話だよ。フィッシャーマンズ・シップとでも言えばいいのか?」
ここのところ、毎日釣りばかりしている。
あそこから帰って来たところで、特に、する事も無い・・・幸い。生活に困っている
訳でもなく、問題なく食べては行ける。
名誉除隊・・・背中に負った傷のお陰で、大学にいこうと思えば奨学金も出るらしい。
せなかにこの、厄介な代物・・・爆発のお陰で失った内蔵器官を代行する「生命維持装置」
とやらを背負って歩くのは面倒だが。みかけは、平べったい金属製バックパック、と言
った所か。今の所・・・とり立てて不便を感じている訳ではない。
以前の仕事・・・魚市場に勤めていたのだが・・・にも、戻ろうと思えば、戻れなくも無い。
だが・・・
毎日、こうやって釣りばかりしている。
「俺達は、魚を食う・・・学者の言う、食物連鎖ってのを考えれば、連中は俺達に
食われる為に生まれて来た、って事になるんだろうが・・・」
「違うのか?鰯はオキアミを食う、ペンギンは鰯を食う・・・俺達の出した物が、
またプランクトンを作る・・・いまさら理科の御勉強か?」
水の中で、ガス圧式水中銃の機関部を撫でる・・・こいつには最大、五発まで銛が
装填できるようになっている・・・しかし・・・
「なら・・・誰かに食われるために生きてる、訳じゃ無いだろう・・・ペンギンは。」
岸壁の上、糸を垂れているアデリーは・・・奴は泳ぐのが嫌いと言う変わり者だ。
俺と気が合うのも、その所為かもしれない・・・軽く笑ったまま、無言で撒き餌を
海面に投げた。コマセが掛からない内に、水面下に潜る・・・
眼前、銀色のタナゴの群れが横切る・・・ゆっくりと照準をつける。
微かな白い泡とともに走った銛は、どうやらホンダワラの茂みの向こうへ消えた
ようだ・・・今日は、不漁の様だ・・・海面に上がる。
銀色に光る天井を抜けると・・・暗い空と水平線、ちっぽけな港町。
かわらない、なにも・・・色褪せて見える、とでも言うのか?何時からだろう・・・
風や、潮の匂いに、気をとめなくなったのは。かわらない・・・あれは?
俺達のいた桟橋から見れば、対岸、になるのだろうか・・・古びた赤い灯台のある
突堤・・・灰色の護岸の上、微かに白いものが、揺れている・・・
「・・・珍しいな、こんな田舎にニンゲンとは・・・」
アデリーの言うのももっともな話では或る。この寂れた漁港、それどころかこの
何の産業も無い島全体を見ても、そんな金の掛かるペットを飼うような御大尽など
射る筈も無い・・・観光、でもあるまい。鰯の水揚げが珍しければ別だが。
「岬に立った別荘、あそこの持ち主のじゃないか?『ペンギンよ、原始に戻れ』
って奴かね・・・金持ちの考える事は、解らんね。わざわざこんなど田舎に引っ越して
来るなんざ・・・」
「・・・ト、ミサト!」
にわかに、興味なさそうに仕掛けの重りをいじっていた奴も、顔を上げる・・・
若い、女の声・・・岸壁をよたよたと走っているのは・・・
「ほぉぉ!これはまた・・・しなびた爺様か有閑マダムだと思ったら・・・」
倉庫街の前、止まっているリムジンの後部ドアから駆け出した「御令嬢」に
興味をひかれたようだ・・・物好きな。いくら女っ気の乏しい田舎だからといって・・・
絵に描いたモチ、と言う奴だ。住む世界の違う深窓の令嬢なぞ・・・
息を切らせた彼女が、そのほっそりとした毛並みの良い翼を広げて、彼女のペット
のもとへ、辿り着く・・・余程可愛がっていると見える、優美な嘴に、嬉しそうな満面
の笑みを浮かべて・・・
「捜したのよ、ミサト・・・こんな所に。折角の髪が潮風で台無しになってしまうわ?
さぁ、帰りましょう・・・今日はあなたの好きな御風呂に入れてあげるから・・・」
「・・・あん!」
一声鳴いた、その音色が、俺の首筋の毛をなで上げた・・・振り向く、思わず・・・
正直な話、驚いた・・・別にその時始めてニンゲンを見たと言う訳でもないのに・・・
あんな生き物が、いるのか、この世界に・・・
長い髪、白い皮膚・・・大きく円らな、二つの眼・・・お嬢様のお仕着せなのであろう
白いワンピースの襟元に、窮屈そうに顔を顰めている・・・
「可愛い、もんだな、あれ・・・」
「ほぉ・・・お前の事だから、どうせ絵に描いたモチとか言うと思ったら・・・世間知らず
は、お互い様か?」
そんな奴の冷やかしも、あまり頭には入らない・・・
「さ、行きましょう、ミサト・・・」
「あん、あん!」
モノクロームだと思っていた世界の、其処だけに、僅かに色が着いているのを
見つけたような気がした・・・
続く、のか・・・?(本気か?)
あとがきぃ・・・
深くは聴かないで下さい、旅に出ます(ってこらこら!)
何を考えているんでしょうね、実際・・・
でぃあはんたー?それともらんぼー?(幸福物語と言ってどれだけの人がわかるか・・・)
若きぺンギン達の織り成す青春ドラマ(をい)それとも「みゃあのお家」初の「獣姦もの」
(あああああああああ 汗)・・・どうなるのでせう(己が聴くなぁ!!)
エヴァ小説界初のLMP(ミサト×ペンペン)純愛18禁作品、
御感想、御指導、プロファイリング、カウンセリング(誰かやって・・・)
等お待ち申し上げておりやす・・・
FISH BLUE