煉獄のオルフェウス

 

作・FISH BLUEさま

 


「遅いわよ!何やってるの!!・・・右端と、奥から二番目。3点圏に一発だけ・・・」

 

頭上を覆う天は、青い空ではない。分厚い、太古からの土砂の堆積。銃声が響く暗い森

も又、人の手により造られしもの・・・

 

「駄目ね、シンジ君。10ヤード、15秒で3人・・・突入して五分も経たない内に、死ぬ事に

なるわよ。」

 

心臓の鼓動はもう、限界まで跳ね上がっている。もう、激痛で胸が張り裂けそうだ。

此の侭、口から肺を吐き出してしまうのではないだろうか?右手の中、辛うじて握っ

ているSIG−SOUERのスライドは後退しきり、薬室から微かにのぞく弾倉は・・・空だ。

もう、指に力が入らない・・・

 

「・・・諦める?貴方が始めた事なのよ、これは・・・また、今までみたいに逃げ出すつもり?」

 

さっきまでの格闘技術のレクチャーの時は、あれほど辛い事がこの世界にある、なんて信じ

られなかったのに・・・こっちは、もっと「地獄」だ・・・自分から頼んだ事とは言え、ミサト

の「教育」の容赦なさは、シンジの想像を遥かに上回るものだった・・・此れに比べたら、エヴァ

に乗って行ってきた数々の訓練、いや、あの時は「これ以上苦しいものなんて、ある筈が無い」

そう思っていた使徒との戦いさえも、ミサト自身から見ればとても「戦い」などと呼べるもの

ではなかった事に、今更気付く。

 

「次のラウンド、始めるわよ・・・立ちなさい!・・・それとも、その程度の気持ちだったの・・・」

 

弾かれる、その言葉に・・・「そんな事言ったって」などと言う泣き言を、噛み殺す。顔を上げ・・・

そのミサトを見る眼に、憎悪に近い光が宿ったのをみて、彼女は微かに、満足げに微笑んだ。

・・・良い顔に、なってきたわね・・・

 

「御願いします。」

 

腰に付けたポウチから、次の弾倉を掴み、半ば乱暴に銃のグリップに叩き込んだ。

スライドストップが外れ、初弾が薬室に送り込まれる・・・

 

「射撃用意・・・Go!」

 

草原の上、シンジの眼前。跳ね起きる、五枚の人型をした標的・・・

 

・・・使徒、じゃ無いんだ、相手は・・・同じ、人間。頭部、2発づつ!

 

「タップタップ」、ミサトに教えられた、確実に人間を仕留める方法。

可能な、最も速いスピードで、矢継ぎ早にトリガーを引く。掌の中、

跳ね上がる拳銃。こんな事なら、真面目に基礎体力訓練を受けてれば

良かった・・・今更後悔しても、始まりはしないが。不意に、真横から

現れる、新しい標的・・・同じ手に、何度もっ!!黒く塗られたボール紙

の中央、開けられる小さな、穴が二つ。予想した通り、斜め後ろにも二

つの陰が・・・振り向く、三連射・・・後退しきったスライドが、最後に叩き

出された薬莢とともに、止まる、瞬間、再装填。右手を斜めに挙げ、左手

をグリップにそえて次のリアクションに備える・・・限界に来て悲鳴を上げる

肺を、押し殺す・・・

 

「撃ち方やめ!・・・大分良くなってきたわよ。60点、って所かしら・・・」

 

 

「駄目なんでしょう?この位じゃ。ターミナルドクマまで、降りるのには・・・」

 

笑い掛けたミサトが、わずかに驚きを見せる・・・シンジ君、アイツと似た顔、す

るようになったのね・・・少年が時折見せる、あの反抗的な笑みにはもう、僅かに

「男」の匂いが混じるようになっていた・・・

 

・・・逃げる事なら、何時だって出来る。だけど・・・本当に大切なものは、逃げてたら失ってしまう・・・

・・・だから、今度こそ、自分の手で・・・エヴァにも、ミサトさんやアスカにも頼らずに、僕一人で

手に入れるんだ・・・

 

・・・待っていて、綾波・・・今度こそ、君を・・・

 

 

 

 

・・・父を、撃つ事になるかもしれない、いや、恐らくは、確実に。

 

それは、避けては通る事の出来ない運命(さだめ)。彼の果たすべき、彼にしか果たせない「義務」なのだから。

自分の手を汚さない人間には、結局なにも与えられはしないのだ。もう、血の匂いから逃げたりは、しない。

 

かつて、彼の父がそうしたように、彼も又、愛するもののために、罪を重ね、その手を血に汚す。

 

もう、偽りの慰めは要らない。欲しいのは、真実。待っているのが煉獄の炎だとしても。

 

もう、振り返る事もないだろう・・・

 

 

 

「ターミナルドグマに侵入する!?シンジ君、貴方・・・」

 

ガード・・・と言う名目の監視を巻いて、本部中枢、国連規定により関係者以外の

侵入を厳に禁じられた地下の空洞へ入り込む・・・以前なら一笑に付していただろう

少年の言葉もこの状況となってはもう・・・

 

あの、最後の戦いを終えて、少年は、少し変わった・・・その時は理解できなかった

「使者」の言葉・・・「人の運命を託される」と言う事。その命と引き換えに彼が語

ろうとした事は、なんだ?

 

・・・その答えを求める事が、彼の「期待」に答える唯一の・・・そんな気がした・・・

 

・・・父さんは、知っている筈だ、そして・・・

 

脳裏に浮かぶ空色の髪、限りなく澄んだ、緋色の瞳。胸が、痛む・・・

 

初めて出会ったあの時、君は傷ついていた。身体だけじゃない。

深い傷口は凍てついて、その心の痛みが、自分でも解らない程に・・・

 

怖じ気付いて、また、卑怯で安易な道を選ぼうとしていた僕の目の前で、

それでも君は戦おうとした・・・

 

君は、教えてくれた。身を持って。

 

「逃げては、駄目。」

 

時には、下らない我侭を口にした僕を突き放し・・・

 

何時も、遠くを見ていたあの紅い瞳は、一体何を映しているんだろう?

 

何時も、木陰や教室の窓辺で本を読んでいたね。一人で、静かに・・・

 

知りたいんだ。君の胸の中にある、僕の見えない何か・・・

 

君が「ヒト」ではない、そう知った時・・・驚いた。でも・・・

 

結局、ヒトも使徒も、大して変わりはしないんだ。全ての生き物の中では、ほんの些細な差にすぎない・・・

彼が、それを教えてくれた。だから・・・

 

守りたいんだ、この手で。今度こそ・・・

 

誰の力も、借りない。

 

 

「解ったわ・・・わたしは、手は貸さない。持っている技術を教えるだけよ。

自分の路は、自分で決めなさい。」

 

少年は、生まれて初めて、自分の手で、何かを始めた・・・

 

 

 

 

「『男』になっちゃったわね、シンジ君・・・チョッチ、残念、かな?」

・・・巣立つ母親さえ失って久しい少年が「男」になる為には、「目的」が必要なのだ。

・・・あたしや、アスカじゃ、無理・・・か。

 

簡単に、手に入るもの・・・身近な「少年の世界」に在るものだけを求めていては、羽ばたく

ことは出来ない。超えられない壁の存在を知って、なおその向こうにあるものを求めて、

初めて「少年」は「男」になる。未だ知らぬ世界を求めて・・・

 

 

 

「彼我戦力差、5対1、か・・・まずいな。MAGIの占拠は本部のそれと、同義だからな・・・」

 

眼前に広がる、平面のホログラフ。第一発令所司令席脇に立つ、銀髪の男は渋い表情でメインモニター

を睨む・・・入る、報告。

 

「どうした、青葉君?」

 

「進入者、セントラルドクマ方向へ降下中です!!」

 

「なんだと・・・保安部はどうした?」

 

コンソール上、ひとしきりモニターを切り替えた青葉の表情、走る、驚愕・・・

 

「第8、12警備班ともに、行動不能・・・実質的には、壊滅です・・・進入者は、独り・・・馬鹿な、何で!!」

 

−ENEMY IDENTIFAY−THIRD.C SINJI IKARI―

 

それを認めた冬月の眼は、一瞬見開かれ・・・そして、静かに微笑んだ。

 

「審判の時は来た・・・か。これで、良かったんだな?碇・・・」

 

 

「3班、応答しろ!!くそっ・・・班長、こっちも連絡不能です!!」

赤いベレー・・・保安部警備班の制帽を着け、一世代前の短機関銃を手にした

通信手が向き直る。

 

「さっきと同じか・・・プラスティック爆薬、ブービー・トラップにやられたんだ・・・子供だとおもって甘く見過ぎ!?」

 

その瞬間、彼等の眼前に、放り込まれる手榴弾・・・閃光。

 

 

燃え盛る・・・炎。立ち込めるガス。さっきまで、人間だった筈の・・・赤黒いもの。

地獄・・・なのかもしれない。だけど・・・

 

 

少年は、疾る。迸る情熱に、全てを任せ・・・

 

彼女の面影を、それだけを胸に抱いて。きっと君を、全てから解放してみせる。

 

そして・・・審判の時は、来る。

 

 

「待っていてね・・・もうすぐだよ、綾波・・・」

 

 

その「獣」が、振り返る事は・・・無い。

 

 

 

 

あとがき・・・?

 

おおー、まともに一話完結(どこが!?)したのは始めてか?

 

どーも、皆さん。FISH BLUEです。

 

今回は、ちょっちシリアス、あんど意味不明に。

 

イメージの赴くままに、こんなもんを書いちまいましたが・・・

 

補完にならない補完ネタ。やってみたかったのかな?

 

どうも、個人的には「エヴァ」の魅力の一つに「奇麗事じゃない人間の、ネガティブ

なドロドロを直視する」て辺りを挙げてしまう外道なあっしですが・・・

やっぱり愛とか成長ってのも、そういう「どうしようもない業」の上に初めて成り立つ

、そんな気が。やっぱり、自分に正直になることも必要かな?て所ですかね。現実の

痛み、暴力・・・TEOEの結論って、現実回帰と言いながら、人の痛みとか、肉体的苦痛

とかに余りに無関心な気がして。結局「人の為に何かしたい」って観点が、完全に抜けて

いる・・・「自分の成長も出来ん人間が・・・」と言う意見もあるんでしょうが、「誰かの為に

、全力を尽くしたい」そこから成長って始まるんじゃないでしょうか・・・「僕にとって正しい

から」じゃなく、「君の為に、なにかしたい・・・」てな方が、やっぱり好きなんですかね。

実際「自分一人で生きられない」人間は何処まで行っても成長は出来ないし、「肝心な時に

何も出来ない」奴は何処まで行ってもダメ男のまんまですからねぇ・・・此処一番、で何処まで

出来たか・・・結局はそこなのかな?

 

うん。「愛の侭に突っ走る・・・」やっぱりこれかな。

 

では。

 

FISH BLUE