対マーチラビッツ】 |
第三新東京市は、幾多の使徒の来襲にも耐えてきた堅固な都市である。盆地状の地形、最新の科学技術を投入し、当初から戦闘を念頭に置いてつくられた町並み。そしてこの街を強固な物にしている決定的な存在、人造人間エヴァンゲリオン。
在来の通常兵器を遙かに凌駕する力を秘めた巨人が三体、未知の敵に抗すべく市の外れの丘陵地帯に陣取っていた。
「みんな聞いてる?飛行物体から出てきた敵は約二〇体。そのうちの半数が三隊に分かれてこちらに向かってきてるわ。現在は国連軍と交戦中だけど油断しないでね。」
各機から帰ってきた了解の返事を聞くと、ミサトはジオフロント内の発令所からの指令を待つこととした。さしあたって出来ることは何もない。国連軍だけで片を付けてくれればベストなのだが、エヴァ出撃直前に前線から送られてきた報告を聞く限りそれも難しいだろう。ため息を一つ、そっともらした。
「碇、」
発令所内、冬月は心配げに呟く。
「よく老人たちが許したな。」
「仕方あるまい、ここが占領されるようなことになれば、全てが終わりだ。」
その発言に完全に納得して、冬月は再びモニタに注意を向けた。モニタの中では、国連軍を示すマーカーが次々に消えていく。対して、敵に損害はほとんど無いようだ。
「でもこいつら、使徒じゃないとしたら何でこっちに向かってくるんでしょうか。」
青葉シゲルの疑問に応えたのは日向マコトであった。
「多分ここが付近で最大の都市だからじゃないのか。」
「そうだな、私が侵略者ならまずここを攻める。」
冬月が肯定する。
そのような会話をしている内に、国連軍は被害に耐えきれず、N2地雷を設置しつつ退却を始めた。発令所に改めて緊張が走る。ここから先が彼らの仕事だ。
数分後、届いた衝撃波はN2地雷の物であった。大地を揺るがす衝撃波であったが、モニタを見るまでもなく、その場にいた全員が敵に大した被害がないことを確信していた。
「遠距離からの砲撃による地雷の掃討か、まさかこんな常識的な手を使ってくるとはな。」
冬月の苦笑にマコトが応える。
「もしかすると、敵にはN2地雷はきくかもしれませんね。」
それは楽観論であった。敵は未知の土地で、未知の兵器の威力を我が身で試す愚を犯さなかっただけなのかもしれないのだから。
N2地雷の光は、当然のことながらエヴァシリーズが待機している場所にも届いていた。それぞれに身構える各パイロット。やがて、その戦果がミサトを通して伝わってきた。
「へぇ、、地雷を吹き飛ばすとは、やるじゃないの。」
自分の戦意を保つため、努めて挑戦的な物言いをするアスカ。その声に含まれる微妙な緊張をミサトは聞き取ったが、あえて無視することとした。彼女とて、不安を抱いているのだ。今度の敵は、これまで戦ってきた使徒とは全く異質な相手なのだ。
「気をつけなさい、相手は後十分もしない内に到着するそうよ。」
言いながら空しさも感じる。いったい何に気をつけろと言うのだ。敵に関しては、人型で二足歩行をしているということしか解ってないのだ。
「来たっ!」
最初にターゲットを視認したのは、シンジだった。町外れの森を突っ切って出てきたそいつは、いかにも俊敏そうな細身の躰をしていた。向こうもこちらを発見したのだろう、立ち止まり動きを止めたその様子は戸惑ってるようにも見える。
「いっただきぃ。」
しかし、アスカはその様子を見てチャンスだと感じた。パレットライフルを腰だめに撃ちながら突進を始めた。
軽快な音ともに、銃口から弾丸がほとばしる。その弾雨を相手はしかしひらりとかわした。二、三発肩口に当たったようだがさしたる損害にはなってないようだ。そのままヒラリと飛び上がると、空中で右腕の銃のトリガを引いた。
大気を何万ジュールものエネルギーを秘めたレーザー光が切り裂く。そして、圧倒的な力を持った光の矢は弐号機のA・Tフィールドと干渉を起こして消滅した。
どよめきが発令所内で起こった。
「信じられないわね、光線兵器をあそこまでコンパクトにまとめられるなんて。」
技術者の一人として、リツコは驚きを禁じ得なかった。
「威力はポジトロン・ライフルに及ばないようですが。」
「こちらにはあれほどの速射性はないわ。」
モニタの中で敵は二射目、三射目を打ち込んでいる。今のところはA・Tフィールドで受け止めているものの、それが果たしてどこまで続くであろうか。
「アスカぁっ」
シンジは敵の一射目の後、アスカの援護をするため走り出した。しかし、いくらもいかない内に遠距離からのビームによる砲撃を受けていた。
「シンちゃんっ」
ミサトは着弾の瞬間を見ていることは出来なかった。弐号機に浴びせられているのに倍する光に、反射的に目を伏せてしまっていたのだ。そして、再び視線をあげたとき戦慄がその背を走りぬけた。
視界の角に写り込む一条の淡い光。一瞬、敵の光線兵器を直視したために網膜に傷が付いてしまったのかと疑った。しかし、それはミサトの網膜上にだけ存在するものではなかった。圧倒的なエネルギーが通り抜けたため、射線上の空気の分子が励起状態となり、それが戻ろうとして光を発しているのだ。
幸いにして、それはA・Tフィールドを突き抜けるだけのエネルギーを持っていなかった。初号機自体には被害はない。だが、見えない位置から射撃を受けるというのは予想以上に精神的な負担をもたらすものだ。シンジも、そして綾波でさえもとっさにとるべき行動が思いつかない。結果として、動きの止まってしまった初号機に再び砲撃が加えられる。
「なんて事、シンジ君動きなさい。ぼーっとしてたら的になるばかりよ。」
「は、はい」
「きゃ、きゃぁぁぁ」
初号機との回線にアスカの悲鳴が割り込んできた。見れば、弐号機の頭部に弾着に伴う発煙が認められる。
新手が二機正面の森から前進してきていた。うちの一機が、左肩のミサイル発射口からまだ煙をたなびかせている。そして、その機体に弐号機を任せたのか、残りが初号機と零号機の方へと向きを変えた。
「・・あたれっ。」
牽制のためにはなった初号機のパレットライフルは、機動力に優れる二体にかすることさえ出来ない。逆に新手の機体から放たれた三条の光線。そして、再び放たれた遠距離からの砲撃。計4つの光線を受け止め、A・Tフィールドが歪む。
そして光線が消え去ったとき、シンジは視界が揺らめいているのに気付いた。周囲の空気が、光線の莫大な熱エネルギーによって膨張し陽炎を作り出しているのであった。
「・・碇君、今いくわ。」
声に多少の焦りをにじませながら零号機は走りだそうとした。
「レイ、よけなさいっ。」
だから、ミサトの警告を一瞬理解できなかった。只からだが勝手に回避行動をとろうと動く。
轟っ。
しかし大地を圧して響いたのは、鋼と鋼のぶつかり合う鈍い音。続いて零号機が敵機ともつれ合いつつも大地に伏す。
「こ、こんな原始的な攻撃とは。」
大音量に耳をふさぎつつミサトは顔をしかめる。確かに、原始的といえば原始的な攻撃であった。敵は数十メートルも飛び上がり、そこから落下してきたのだ。しかし、細身とはいえ乾燥重量20トンの大質量の直撃である。その破壊力は侮れない。
「くうっ」
うめきつつも、何とか体勢を立て直すレイ。しかし、敵の立ち直りもまた早かった。零号機より一瞬速く立ち直ると、今度は大きくとびずさった。その意味を考える間もなく、ミサイルの雨が零号機を襲った。
・・・続く