いつもの通りの単調なネルフ本部への道。人類の宿敵使徒に唯一対抗可能なエヴァンゲリオン。そのパイロット三人が黙々と言葉少なに歩いていた。どの顔も一様に不機嫌な表情をしている。
最もそのわけは三者三様であった。零号機パイロット、綾波レイは元々表情に乏しく、それが周囲の人に不機嫌だという印象を与える。
初号機パイロットの碇シンジは、そもそもエヴァに乗ること自体があまり好きではなかった。さらには、ここ数日ほとんどわざとではないかと思えるようなミサトとアスカの衝突に神経を痛めていたせいでもある。
そして、弐号機パイロットである惣流=アスカ=ラングレ−はといえば、
「あーもう、暇暇暇、暇、暇よっ」
退屈していたのである。
ゲルマン民族の血筋を引いているためか、彼女の顔はメリハリが利いており、それは彼女のさっぱりとした性格と奇妙なバランスをとっているかに見えた。
「どうせなら使徒でも来ればいいのに」
不謹慎な発言であるが、彼女の顔は文句を言っているときでも生き生きと輝いて見える。彼女の生命力の強さをいやでも実感させられる一瞬でもある。
一通りわめいた彼女は二人の同行者に同意を求めるような視線を向けた。だが、二人は返事をせずに、ぽかんと上空を見上げていた。
「な、なによぉ」
一瞬無視されたと思った彼女は、さらに不機嫌となる。だが、その視線の先を追って彼女も絶句した。
「な、何だろ、あれ。随分大きいようだけど。」
ようやく、言葉を絞り出したのはシンジであった。
「卵・・みたいね。」
レイは素直すぎる感想を口にした。だがその表現はあながち間違いでもない。確かに、金属的な光沢をした巨大な卵のような物体が、すごい勢いで彼らの頭上を横切っていった。
「使徒ね。」
いきなり断言したのはアスカだ。
「あんな非常識な飛行物体、使徒以外にあり得ないわ。」
一応理屈らしきものを言ってみるが、声に潜む楽しげな響きが理性ではなく願望から出た言葉であることを伺わせる。
だが、その言葉に他の二人は我に返った。
「・・早く本部に行きましょ。」
「またエヴァに乗らなきゃならいけないのか。」
そして、三人は歩を早めた。
同時刻。
ジオフロント奥深くにあるネルフ本部は、あわただしい喧噪に包まれていた。先程観測された飛行物体についての調査が進められていたのだ。
「碇、あれは使徒だと想うかね」
冬付き副司令の疑問に、碇司令は端的に応えた。
「判らん」
ゆっくりと頷く冬月。
「まあ、あれが人類のものでないのは確かだがな。」
その飛行物体は、既存のどんな航空機とも類似点がない。どうやら、航空力学的に無理な体型を大出力のエンジンでカバーしているようだ。そんな感想を冬月が抱いたとき、衝撃がジオフロントを揺すった。
「どうしたのっ」
衝撃に転倒しかけた葛城ミサトが叫んだ。
「ターゲットが第三新東京市、西方約70qの地点に着陸したようです。」
オペレーターの報告。
「こ、これは、」
オペレーターの一人、青葉シゲルが驚愕の声を漏らす。さっと司令部中の視線が集まる。
「今、ターゲットの速度と衝撃から重量を概算してみました。」
緊張に声が震える。その場の無言の雰囲気が、青葉に言葉を続けさせる。
「概算ですが、約1万トンです。」
「それは確かなの、青葉君?」努めて冷静を装いつつ技術担当の赤城リツコが質問する。
「概算ですので、数パーセントの誤差はありますが、9,500トン以上なのはほぼ確実です。」
その言葉の意味を全員が理解する前に、もう一人のオペレーター日向マコトが叫んだ。
「パターン赤、ターゲットは使徒でありません。」
「じゃあいったい”あれ”は何なの」
伊吹マヤのその質問に、しかし答えは返らなかった。
ネルフ本部に急いで駆けつけた三人だったが、ミサトから出撃がないことを伝えられるとそれぞれに意外な顔をした。一番思いを率直に出したのはアスカであった。
「信じらんなーい、あんな非常識なものが使徒じゃないなんて。」
「わたしもそう思うんだけどね」
何せ、総重量1万トンに達しようとする物体が飛んできたのである。真っ先に使徒ではないかと疑うのは当然の話であった。
「で、結局あれは何だったんですか?」
当然の疑問をシンジがぶつける。彼は、使徒との戦闘を望んでいたわけではないが、それでもこういう非常識な存在が使徒の他にあるとは思えなかったのだ。
「今、国連軍が調査中よ。使徒がらみじゃないから報道管制は特に敷かれてないわ。」
そういいながら、彼女らが待機している部屋の隅に置いてあるテレビの電源を入れた。モニターには、ニュース番組の途中らしい映像が映し出される。
「・・・・謎の物体は、全高約200メートル、重量は推定で1万トン近くあるといわれています・・・」
興奮したリポーターの声が響く。
「・・・随分大きいのね。」
レイがぽつりと呟く。画面で見るとどうやら国連軍はかなり近くまで接近しているようだ。
「ねえ、中から宇宙人でも出てきたらおもしろくない?」
アスカが楽しげに言ったときであった。物体の下部の一部に切れ目が入りやがて、そこが外側に開いていった。そこから何かが出てくると思ったアスカは、どう?といわんばかりの視線をシンジに向けた。
「あ、何か出てくる。人かな。」
しかし、その時には次の展開が画面の中で起こっていた。なにやら重武装した人影が見えたのだ。
その人影に、カメラが寄ろうとしたときであった。かなり近くまできていた国連軍の偵察車両も一緒に画面に映り込んだのだ。それによって比較する対象を得た人影の背は、人間の身長の10倍はあるように見えた。しかも、よく見るとその両腕の先には掌がなく、まるで大砲のように丸くなっている。
部屋にいる全員が画面に注目した。と、その時画面が白一色に塗りつぶされた。そして、そのまま現場からの中継が途絶える。
「もう何やってるの。」
やきもきしていらだつミサト。
「ミサト」
しかしテレビの画面が回復するより先に、スピーカーからリツコの声が聞こえてきた。
「どうやら国連軍は攻撃されたみたいね。」
「何ですって」
「現地に送っていたうちのスタッフからそういう連絡があったわ。万が一に備えて、エヴァはいつでも出せるようにしておいて頂戴。」
「よしゃあ、やっと出番ね。」
これを聞いて、アスカが今までのいらいらを吹き飛ばすかのように叫んだ。
「宇宙人だか何だか知らないけど、このあたしと弐号機にかかればちょちょいのちょいよ。」
「また、戦うのか。」
盛り上がるアスカをよそに、シンジはイヤな予感を覚えてしまうのであった。