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三月@秘書様へ
お約束の報酬、「うどん」でございます。って………報酬になってるのか、これ(^_^;)
「うどん」
パタパタパタパタ
せわしなく行き交う店員たちの足跡が聞こえる。打ち粉に包まれた体の下半分がなんだか気だるい。
どうやら、少しの間眠っていたらしい。
戻った意識に映るのは、伸び切ったラーメンのように味気の無い現実の時間の流れだった。
俺は、「うどん」。クールなナイスガイだ。おっと、クールだからって冷やしうどんにしちゃあいけないぜ
。俺の体には、熱いうどん魂が宿っているんだ。
利尻昆布と煮干しでつくったアツアツの出し汁が似合う。そんな、いかしたうどんが俺なのさ。出来れば、
ごてごてした具なんてのっけずに、素のまんまするするっと一気にいってほしいもんだね………………噛ま
れるなんてまっぴらだ。
昔、まだ俺が小麦粉の固まりに過ぎなかったころは、食われることすらつらいと感じたものだったが、今は
違う。ちゃんと道理さえ分かってくれたなら、食われてみるのも悪くない。そんな風に考えている。
俺も年を食ったってことか…………
えっ?さっきからなんで俺がしゃべってるかだって?うどんがしゃべるわけがない?
ばかいっちゃあいけねぇ、うどんにだって魂があるのさ。正確に言うと、そのものがそのものであるための
「形」がな。そう、この世に存在するものには、みんなそれが本来あるべき「形」を持っている。人間にだ
って、うどんだって、綿棒だって、ミミズだって、おけらだって、いいたかないけど、ラーメンにだって「形」がある。
事物が先にあるんじゃない。真実の「形」が、最初にまずあるんだ。
そして、俺にとっての「形」が、たまたまうどんだった。それだけのことさ。みんな同じなんだ。だから、
うどんが考えたりしゃべったりしたからって、別におかしいことなんてねぇのさ。
………信じてねぇな。まあっ、いいけどよ。
なにはともあれ、このしょぼくれたうどん屋の厨房の片隅に生まれた、うたかたの徒花こそがこの俺なのさ。
生まれてすぐのときは、自分が小麦粉なのかうどんなのか、その狭間で悩み。そして、自分がうどんだと自
覚したとたんに、人の胃袋で消化されて何か別のものになっちまう。
人間は誰も知らないだろうが、うどんっていうのは誰しも哲学者だ。別に好きでそうなるわけじゃない。こ
んな境遇に育ったら、誰だって哲学の一つもしてみたくなるってもんだ。…………いいたかないが、もしか
したら、ラーメンだってそうかもしれねぇけどよ。
おっと、そんな事を考えてる間に、この店の主人が俺のほうにやってきた。俺をうどんにしてくれた因果なオヤジだ。
いっちょまえに作務衣なんて着込んでやがる。
しかし、まぁ、なんだかんだ言っても、このおやじはなかなかいいオヤジだ。うどんの何たるかが分かって
る………はずだ。こないだ、隣の八百屋の奥さんに手を出そうとしているところをおかみさんに見つかって
、手ひどくやられていたらしいけど、なかなかどうして、たいしたオヤジなのさ。……………根拠はねぇけどよ。
こうやって見てみると、ちょっと伸びすぎて飛び出した鼻毛も、なんだか威厳があってよさげに見えるから
不思議なもんだ。
そのオヤジの手が俺の体に触れる。
そうか………………いよいよその時が来たのかい。
感慨にふけるまもなく、沸騰したお湯の中にボチャンと落とされた。
おぅおぅ……茹る茹る。これが、ほんとの、ハードボイルドって奴だ。
オヤジぃ、茹で過ぎんなよ!
ぐるぐるぐるぐるかき混ぜられて…………そろそろじゃねぇのかってところで、すくいあげられた。
後は、お決まりのパターンよ。水にさらして、きゅっと引き締めるとともに表面のぬめりを取る。そんでも
って、もう一回湯に浸けて暖めてから、どんぶりにどばっとぶち込まれちまうのさ。
どばっとな
それから……………お待ちかねの出し汁さ。人の腹に収まるまでの一時、俺の掛け替えの無いパートナーに
なる出し汁。
こうやって、どんぶりの中に身をひそましてると、なんだかこの時のために生まれてきたような気分になっ
てくるから不思議なものだ。
おっ!いよいよ、来たようだ。
おたまを持ったオヤジの手首が、くるっとかえって俺の上に熱い出し汁が…………
って、おい!なんだよこのどろどろした汁は!
おいっ、これは…………もしかして……………カッ、カレーをかけちゃうのかい?
じょ冗談じゃないぜ!おいらにゃ、ひたひたの出し汁が一番似合いなんだよ!うどんにカレーなんて、イン
ド人も、びっくりだぜ!
上を見上げて叫んでみたが、オヤジの鼻毛、もとい、鼻毛のオヤジは答えちゃくれねぇ
ちっ、鼻毛切りやがれ!
そういう合間にも、俺の体はどんどんカレーの中に沈んでいく。世界はすっかりドロドロだ。
ふっ、しかし……俺も焼きが回ったもんだ。まさか、この俺がカレーうどんになるなんて…………
ハハッ
笑っちまうよ。こんなに笑ったのは、俺の従兄弟(もちろん、そいつもうどんだ)が、サナダムシに間違わ
れたって話を聞いたとき以来だ。
確かに似てるけどなぁ………うどんとサナダムシ………
ああっしかし……カレーの中は気持ちわりいぜ。世界が黄色い………まっ黄色だ。
そうこうしてる間に、俺はお盆に載せられて、お客の待つテーブルへと運ばれていった。
座っているのは、白いワンピースを着た、奇麗なじょーちゃんだった。
おひおひ、困ったお嬢さんだ。…………今の俺を食うと、カレー汁が跳ねるぜ。
俺の忠告はもちろん聞こえなかった。じょーちゃんは待ちかねたといわんばかりに、割り箸をすばやくと
ると、俺のからだの近くにそれを突っ込んできた。
体の一部が浮きあがる。どろどろのカレーがゆっくりと滴り落ちていく。いまじゃ、カレーがうどんが
って言うのが無意味なくらいおれたちは一体だ。
カレーうどん……………結局は、これこそが俺のあるべき「形」だったのかもしれない。
開いた口の向こうに、俺の真実を垣間見たような気がした。
願わくば、その真珠のような輝きを持った歯で、俺をズタズタに切り刻むのは止めてくれ。噛むときは、ち
ょっとだけやさしくな。
うどんから人間へ、衷心からのお願いだ。
ズズズスーズズズスー
ズズズスーズズズスー
ズズズズーズズズスー
いいねぇ、心得た食い方………一気にすする、それがいいのさ…………
もうすぐ俺の意識も消えそうだ。そうすりゃ、このどろどろした世間さまともお別れってわけだ。
今度生まれ変わったら…………
ってうどんって奴は、消えてなくなる前にゃ、誰しも弱気になっちまうらしい。
そうだ、弱気になるとい
えば、俺のいとこのはとこの長男が………いやっ、やめとこう、長くなるといけねぇや…………
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……………………
……………
………
…
人間に食われながら………こんな事を考えるのも変だが
今度生まれ変わったら………人間になるのもいいかもしれない。
やけに具体的なイメージが、うたかたの「形」の中に浮んでは消えていく。
西日の差し込む、ばかでっかい換気扇のあるアパートに、どっかから拾ってきたマホガニーのデスク。天井
裏のしみを見ながらの退屈との二人暮らし。調子っぱずれの鼻歌とカッキンカッキンに冷えたバドワ○ザー、
それさえあれば何もいらねぇ、そんな男の姿を、消え行く意識の中で見たような気がした。
いいねぇ、クールだ。そういう人間の男に生まれ変わるのも、また、一興ってもんだ。
……………………もちろんそんなクールな男は、誓ってうどんなんかは食わねぇだろうよ
…………多分な
おしまひ
後書き
えーと、あえて言い訳はしませんが……………(^_^;)
初めて書いたオリジナルがこれかよ(笑)<俺
チャット上で、調子に乗って書くと宣言した「うどん」SS。おそらく誰も本気にしていなかったであろう
ものを、ほんとに書いちゃったのが、この作品(っていうほどのものじゃない)です。
いやぁ、相変わらず、どんなものを書いても、ヘボイ男ですな。ああっ情けない(T_T)
って…………言い訳してるし(笑)
まあっ、忘れてやってください。
三月@秘書さん…………こんなもので、すいませんm(__)m
みゃあさん、そしてここまで読んでくださった心の広い方々、本当にありがとうございました。