神魔
それは 人の心を蝕み 滅びへと導く 妖かしのもの
何時の頃からか 彼らは闇の世界へと封じられた
だが 闇から逸れでた神魔は 今も人の世に隠れ住み
夜と昼の狭間に蠢いている
逸れ神魔を 再び闇の世界へと還す 監視者
それが 美しき吸血姫(ヴァンパイア)
美夕(ミユ)
その素顔を 誰もしらない
(TV版オープニングより)
日はとうに暮れ、冬の冷たい雨がアスファルトを暗灰色に染める。
美夕はその冬の夜の暗さと、雨の冷たさを仄かに楽しみながら、自分の棲み家へと歩
いていた。
友人の千里の家からの帰り。
人間と交わりを持ち、人間を友人とするなど以前の美夕には考えられない事だったろ
う。そして彼女に課せられた”役割”からすれば、それは望ましい事とも思われない。
しかしラヴァ達は美夕を咎めなどしなかった。彼女の”運命”を思い、ただ沈黙を以っ
て認めていた。
道の向こうに人影があった。
街灯の無機質な光が、大人用の自転車に乗るランドセルの少年を、夜の内に見せる。
雨の中、濡れそぼって。
白い顔、線の細い顔、無表情、周りの夜の闇をすべて集めてもなお足りぬ程の暗さを
持つその眼。
美夕はその眼に僅かに関心を持ったが、すぐにそれを無視し、力なくゆっくり自転車
を漕ぐ少年とすれ違う。少年もよく見かける近くの高校の制服姿の少女に、何の関心も
示さない。
美夕が少年とすれ違って間もなくだった。
背後から懐中電灯の光と、警察官の声。
「そこの君、止まりなさい。
その自転車は君のかな」
「いえ...でも橋の下に捨ててあったから」
「嘘をついちゃいけないよ」
「ほんとうです、ウソじゃない」
「話は署で聞こうかな」
美夕は振り返ることもなく、歩いて行った。
『 吸血姫 美夕 紫鬼 』 (release1.0) hrm 作
少年は叔父たちの家から離れた小さな勉強部屋に寝起きしていた。殆どの時間をそこ
で過ごし、必要なとき以外は叔父たちの家に近づくことはなかった。
引き取りに来た叔母とともに警察から帰ると、やはり彼は一人でそこへと入る。叔母
も別に説教をする訳でもなく家へと入っていった。
やがて叔父が勤め先から帰ってくる、しかし彼も少年に会うこともしなかった。ただ
少年の父親に一応電話を入れておくよう、妻に言っただけだった。
少年の父親は電話の向こうでただ一言、世話を掛けたと言っただけだった。
夜遅くになって雨は上がった。
勉強部屋から少年は大きなカバン一つを持って出た。
叔父たちに気づかれぬよう、門からでなく庭の低い柵を乗り越える。
辺りに人気がないのを確認し、さらには財布がポケットに有るのを確認し
て、駅の方へと足早に歩いて行く。
「なんで、あの子を追うんだい? 美夕」
「眼がね...綺麗だったの」
「あ〜ぁ...」
死無は美夕の肩の上で、いかにも詰まらないといった声を上げた。美夕の気まぐれに
多少うんざりしながらも、死無は下僕としての役を果たすべく、その右目で電車に乗る
遥か遠くの少年を追った。
少年はとある大きな都市で電車を降りた。タクシーに乗り込み、行き先を示した紙を
運転手に示す。運転手は深夜、小学生が一人でいることを多少不審に思いながらも、紙
に書かれたとあるマンションへと少年を運んだ。
マンションの一室、呼鈴を押しても反応はない。中に人がいる気配もない。少年は扉
の前にうずくまり、そこで待つことにした。
「ここで何をしている、シンジ」
少年はいつのまにか眠りこけていた。
少年を起した髭を生やした男、彼が会いたかった、彼の”父親”。
「あ...その...」
「私に用か」
「...あの...」
「用なら早く言え、でなければ帰れ」
「...」
父親とその息子の会話ではなかった、それも久方ぶりに会った親子であるのに。男は
今日、彼の息子が警察に補導されかかった事を知っている。知っていてこの態度であっ
た。
何も答えぬ、答えられぬ少年をそのままに、男は玄関の扉を開け、中へ入る。奥から
少年に言う。
「タクシーを呼ぶ、それで帰れ」
その極めて事務的な言葉に、少年の感情が爆発した。
「今日、何があったか知ってるだろっ! 父さんっ!
警察に捕まって、自転車を盗んだんだろって言われて、
叔母さんから電話あったはずだよ、
どうして何も言わないんだよっ!」
男は奥から玄関へと出てくる、色眼鏡の向こうに何の表情も見せぬまま。
「...ここだって、叔父さんとこから一時間かかんないよ、近いよ。
どうして一緒に暮らしちゃいけないのさっ!
...どうして...」
「車を呼ぶ」
少年の感情を押さえるものはもう何も無かった。カバンを投げるように放り出すと
玄関を飛び出していった。
その様を見ながら、それでも男の表情には何の変化も無かった。変化が無いのは表情
だけではない、彼の感情にも何の変化も起きていなかった。もっとも今の彼に”感情”
などどゆうものが有るのかどうか...
男は書斎へ入り、EWSを立ち上げると、彼が所長を務める研究所へと接続した。
アプリケーションとデータを読み出す。間もなく完成を見る彼の”研究”の続きを行う
ためである。研究所でなく、わざわざ自宅に帰ってから作業をするのには理由が有った
、他の研究員の眼に触れぬようにする理由...
「そう、そこにいたのね...」
男の背中に掛けられる言葉、その方向にあるバルコニー、そこに立つ、美夕。
「どこにも、”逸れ神魔”の気配がないと思っていたのだけれど、
ねぇ死無」
「ああ、普段はコンピュータの中に潜り込んでいるとはね、まったく最近は毛並みの
変わった神魔が多くて困るよ」
「...ほんとう...ラヴァ!」
巨大な鎌を振るい、跳躍したラヴァは、EWS本体とディスプレイを真っ二つに切り
捨てた。爆発、ガラスやプラスチックの破片が飛び散る。
飛び散る破片に混じって、紫の手がラヴァを襲った。手はラヴァの顔を覆う仮面に
幾筋もの傷を付けた。ラヴァは再び跳躍し美夕の斜め前、彼女を守り神魔に向かう位置
に立つ。
男の姿は無い、代わりにいたのは”神魔”。
紫色の、鋼線のようなしなやかさと強さを持ったその体、その頭には鋭く長い一本の
角、尖った顎と鋭い眼が、顔を鬼のようにみせる。
「おやおや、体を乗っ取ったのかい、これはこれは大変だね」
美夕の肩の上で、はしゃぐように死無がいう。
「...おまぁえ かぁんししゃぁ かぁぁ...」
「そうだとしたら、どうするの?」
「ゥオオオォォゥ」
美夕の言葉が終わらぬ前に、甲高い雄叫びを上げ神魔は床を蹴って飛び、腕を美夕に
伸ばす。その腕にラヴァが大鎌を振るう、しかしその刃は神魔の腕に食い込むことなく
弾かれた。今度は美夕が部屋の反対側へと跳躍する。目標を見失って一瞬動きが止まっ
た神魔に、もう一度ラヴァが大鎌を振るう。大鎌の刃は神魔の胸を襲うがまたも弾かれ
た。紫の神魔は全身を甲冑で覆っているかのようだった。
「ラヴァ、下がって」
ラヴァが音のない声で問う。
「(美夕、貴方の力ではあの男も灰にしてしまいます)」
「いけない?」
美夕の手の上で赤い火が揺らめく、その火は突然大きく吹き上げ、すべてを灰も残さ
ず焼き尽くす火炎となって神魔を襲った。
「逸れ神魔よ、闇へ!」
すすり泣くような声を上げもがく神魔、その姿は炎の中で崩れ、やがて消滅した。
静かさを取り戻した部屋の中。
神魔が現世への出入り口に使ったEWSの、破壊されたディスプレイの残骸に、一枚
の古びかけた写真が貼り付けて有った。
まだ若い男と、ほんの2才位の彼の息子、そして短い髪の柔らかい笑顔の女性。
美夕が見ているものに気づいた死無が言う。
「妻を失って、それを取り戻そうとして神魔を招いてしまったようだね」
「そしてすべてを無くしたのね」
少年は自分が何処にいるのか分からなかった。ただ父親のマンションを飛び出し、
目茶苦茶に辺りを走った。息が切れ、走れなくなり、ようやく自分が何処にいるかを
考え始めた。
人気のない古い団地群、どの建物にも明かりはなく、道路の街灯が唯一の明かりだっ
た。
「家に帰らないの」
すぐ傍からの声に少年はほとんど飛び上がりかけた。ついさっきまで人の気配など
全く無かったのだから。
声の主は高校生くらいの少女。冬の夜更け、こんな寂しい場所にいるのは不自然極ま
りないが、それは少年も同じだろう。
「家なんかないよ」
二人だけ、他に誰もいないとゆう気楽さと、余りに寂しい心が少年の重い口を開かせ
た。
「...叔父さん達のところは」
「お姉さんは、僕のこと知ってるの?」
「...ええ」
「何で知ってるの...知ってるんなら帰る家が無いのわかるだろっ!」
少年の声が夜の暗さの中に消えてゆく。
「誰も、僕なんか要らないんだ、誰も。
...僕なんか消えた方がいいんだ
...そう、消えてしまった方がいいんだ」
顔を伏せ、肩を震わせ、声も出せずに泣く少年。
美夕はその少女との境界も曖昧な、整った優しげな顔に手を伸ばし、小さく言った。
「そう、なら、わたしにちょうだい」
不思議な言葉に、顔を上げた少年の細い首に、美夕の白く細い指が巻きつき、そして
紅い唇が近づいた。
少年は翌朝、巡回中の警官に発見され保護された。
少年の精神は2才の頃に戻ってしまっていた、それ以上成長することもなかった。
一度は叔父たちの元に返されたが、持て余した彼らによって施設に入れられた。施設
の中で、少年はまだ母親が生きており、父親も優しかった頃の記憶のみで生きていた。
美夕は、彼女の欲しかったものを手に入れただけだった。
ただ、それだけ。
−終−
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警告します、読む必要のない ”作者後書き ”です。
あまり工夫のない話でしたね、スイマセンm(・・;)m ”エヴァ”を引っ張って来た
ところが唯一の工夫か...
取りあえず”美夕”で何か一つ、と思って書いたものです。MIYA@管理者様の
”待ってますぅ”の言葉に甘えて書かせていただきました。あと、儚様にも背中押され
ましたね(^^; お二人に感謝いたします。
では。