【子供たちの挽歌】

第二話「しあわせのかたち(後編)」

作・海イグアナさま


 

 

 貧民窟の中を、白黒に塗られた装輪装甲車が進んでいく。

 スイス人が開発した猛魚の名を冠するこの装甲車は、通常のパトロール・カーでは危険が想定される地区の警備に使用されるもので、凶悪化した犯罪に対処すべく30mm機関砲を搭載した砲塔が装備されている。

「思ったよりゴミが少ないな・・・」

 ヴィジョン・ブロックから外をうかがっていた隊長らしい男が呟いた。

 ハッチから身を乗り出すようなことはしていない。

 このような場所でそんなことをしたら自殺行為だということを、乗員の誰もが身に染みてわかっていた。

 その声を聞きつけた年配の隊員が大声で答えた。

「このあたりは第三新東京でも最貧地区ですからね。買えるものがなければゴミも出ませんよ」

 その言葉どおり、路上にはゴミと呼べるようなものはほとんど存在しない。

 だが、入れ替わるかのように家すら入れない連中が路上のあちこちに点在していた。

 大半は病気や怪我で住んでいた所を追い出された連中だ。

 ほとんどのものがこのまま路上で死を迎え、運がよければ清掃局のゴミ収集車で回収され焼却炉。悪ければ路上で朽ちて白骨となるか同じような連中の食料となる運命が待っていた。

 このような状況で長居したいと考える奴はいない。

 周囲から向けられる視線には嫌悪や侮蔑といったものの他に、食欲が混じったものさえ存在するのだ。

 このパトロールは、第三新東京市警察の任務でも最も危険なものの一つとなっていた。

 

 突如、装甲車の外板を銃弾が叩く音がした。

 隊長が車内の人員に呼びかける。

「総員状況を報告せよ!」

「操縦手、異常無し」

「砲手、異常ありません」

「兵員室、全員無事です」

 どうやら全員が無事なようだ。

 ヴィジョン・ブロックを覗いた兵員室の1人が、声を上げた。

「八時方向に敵!」

 砲手は指揮官の命令を待たずに砲塔の旋回スイッチを操作し、目標に向けた。

 車長席にいた隊長は、ヴィジョン・ブロックに見える影を見て一瞬戸惑っていた。

 まだ4・5歳の少女が、まったく不釣り合いな拳銃を握り締めてこちらに向けていたのだ。

「砲手、撃ち方始め!」

 気を取り直した隊長が叫ぶ。

 砲塔に備え付けられた30mm機関砲が火を吹き、少女の体に着弾する。

 放たれた12発のうち、7発が少女の周囲のコンクリートを粉砕した。

 少女に命中した5発の内、2発は彼女の胸部に命中、そこに存在したすべての臓器、骨を粉砕した後貫通。背後のうち捨てられたコンクリート・ブロックを粉みじんにした。

 二発は骨盤の中央に激突。そこを抉り取ってコンクリートに命中。弾き返された弾丸は有らぬ方向へ飛び、そこにいた病人の頭部を背後の壁と一緒の穴に変えた。

 最後の一発は、偶然を伴って顔の中央へ突っ込んで、肩までを周辺4mへ撒き散らした。

 彼女の足は、上半身すべてが前衛芸術のように周囲に飛散してもなお立ち続けていた。

 

「警部、今ので良かったんでしょうか・・・」

 トリガーをひいた砲手が、砲塔を元に戻しながら聞いた。

「構わん。先に発砲したのは向こうだ。それに・・・」

 一瞬、躊躇するような表情を浮かべた隊長・相田ケンスケ警部は、気を取り直してこう続けた。

「俺達は納税者以外の人権を考慮する必要は無いんだ。忘れるな」

 

 

「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・」

 第三芦ノ湖のほとりで、人を火葬にする煙が漂っている。

 焼かれているのは、惣流・アスカ・ラングレー。

 13年間、一度も自我を取り戻すことなく、衰弱を重ねた結果の死であった。

 火葬に立ち会っているのは二人。

 碇シンジ。

 鈴原トウジ。

 本来ならこの場に立ち会っているはずの洞木ヒカリの姿は無い。

 彼女は、6年前のクリスマスイヴに反政府デモに参加した。

 鎮圧の結果、死者五千人以上。生存者無し。

 文字どおりの皆殺しであった。

「働く意味、無くなってもうたな」

 トウジが呟く。

 シンジが危険な橋を渡りながら暗殺者という仕事を続けてきたのは、ただ単に彼女の治療費を稼ぐためであった。

 治る見込みはなかった。

 ただ、生き延びさせるため。奇跡を待つだけの延命。

 それも、昨日で終わった・・・。

 

「シンジ、明日からどないするんや」

 トウジが聞いた。

「ここまで深入りしたら、もう後には引けない。足も洗えない」

 すでに『碇シンジ』の名前は裏社会で相当の知名度がある。

 彼が廃業を宣言したとしても、どの道『仕事』を強制させられるだけであろう。

 残された選択肢は二つ。

 続けるか。

 死か。

 前者を選らんだのは、果たして正解だったのだろうか。

 

 

《2028.11.04

トウジからアスカ死亡との連絡を受ける。

この13年間連絡が取れなかったのだが、一体どうしてだ?

話によればシンジも生きているらしい。

そのうちに会う約束をする。

 

 2028.11.06

スラムで小規模な暴動が発生。

警官80名と装甲車6両で鎮圧に出動。

参加者約600名のうち400名程を射殺。

こちらの負傷4、死亡2。欠員の補充を申請する。

 

 2028.11.09

スラムの爆破工事の護衛。

不法居住者を退去させようとするが抵抗したためこれを射殺。

2時間後に爆破。

 

 2028.11.18

ここしばらくめぼしい事件はない。

いつもこうだといいのだが。

ここの警官によれば「こういう状態の後にはデカイ揺り戻しがある」そうだ。

出来れば自分以外に降りかかってもらいたいものだ。

 

 2029.11.24

シンジから手紙。

俺達が会わなかった13年間の間のことが書いてあった。

結局惣流は一度も回復することはなかったらしい。

奴に言いたいことは多々ある・・・

お前さえいなければ・・・

お前さえいなければ、俺は・・・俺は・・・》

(相田ケンスケの日記より抜粋)

 

 

 第三新東京の外れにある建設の途上で廃棄され、スラムとなっていたビルの一室。

 そこがシンジのアジトの一つである。

 数日後の仕事を控え、シンジは武器のチェックに余念が無い。

 今回の仕事は、長距離の狙撃が主となる。

 彼が使う狙撃ライフルの弾薬は.300(0.3インチ=7.62mm)のウィンチェスター・マグナム。

 SAKOが製造した機関部に、最高の精度を引き出すカスタムバレル。

 そしてバランスの調整ができるストックを取り付けたボルトアクションライフルは、銃という範疇を超えた芸術品と呼ぶのがふさわしい。

 ガンオイルを染み込ませた布で、分解したパーツの一つ一つを磨き、余計な油がつかないようにする。

 ある程度耐久性は落ちるが、まだこの機関部は生産が続いている。交換がきくなら心配はない。

 それに、必要とされるのは最初の一弾を確実に叩き込む性能だ。耐久性はさほどの問題ではない。

 ライフルを組み上げると、次は近距離用のサブマシンガンに移る。

 今度の銃はオーストリア製ステアーTMP。

 今度は極限まで構造が簡素化された銃なので、ライフルほどの几帳面な手入れは必要としない。

 カバーを外し、内部構造の主要部分にガンオイルをかけ、余分な油を拭き取る。

 バレル内部にクリーニングロッドを突っ込んで中の汚れを拭き取る。以上で終わりだ。

 フルオートでも10mで15cmに収まる集弾は、接近戦で心強い味方になる。

 それからベクターCP1やSIG・P229といった拳銃を整備していく。

 

 整備が終わった銃を抱えて、地下へ降りる。

 元は地下駐車場に予定されていたスペースだが、入り口を塞いで地下射撃場として使われていた。

 一つだけ置かれたテーブルに銃を置く。

 弾の入った箱を出し、弾倉を用意する。

 Shootersと印刷された箱から9mmPの弾を掴み出し、テーブルの上に敷いた新聞の上に広げた。

 左手にTMPの弾倉を掴み、装弾口を右手のほうに傾ける。

 右手で弾を二発摘み上げ、カチ、カチと音を立てて押し込んでいく。

 それを繰り返し4つの弾倉を満たすと、次はCP1の弾倉に装弾する。

 二箱がほぼ空になる頃には、すべてのマガジンに弾が詰まっていた。

 

 10キロ近い重量があるライフルを抱えあげ、15m先のマン・ターゲットに狙いを付ける。

 軽く足を開き、しっかりと両足で地面を掴む。

 上体は微動だにしない。

 そのままトリガーを引き絞る。

 閃光。

 轟音。

 標的の眉間に、穴が開いた。

 肩付けしていたストックを腰まで下ろし、右手をすばやく動かし次弾を装填する。

 そのまま右手を戻し、肩まで持ち上げてストックを付け、照準し、次弾を発砲。首に穴が開く。

 この間0.9秒。

 右手などほとんど見えない。

 5秒足らずの間に装填されていた四発を撃ち尽くし、銃を置いた。

 標的には眉間、首、心臓、そして顔の中央に穴が開いていた。

 少しテーブルの上で視線をさまよわせ、TMPを取り上げる。

 左手でTMPを掴みあげ、右手に弾倉を取りグリップに叩き込む。

 そのまま顔の前まで持ち上げ、標的を狙う。

 セミオートで立て続けに撃ち放つ。

 左手のTMPは順調に弾を吐き出す。

 30発を数えた所で、ボルトが止まった。

 間髪を入れず右手に持ち替え、親指でマガジンストップを押す。

 支えを失った弾倉が滑り落ちる。

 左手が机の上を走り、次の弾倉を掴む。

 滑り落ちた空の弾倉と入れ替わるように左手の弾倉を叩き込み、ボルトストップを開放。

 チェンバーに弾が入るのと同時に、トリガーを引く。

 これも標的の中心に突き刺さる。

 セレクターを押し込み、フルオートに切り替えると片手で発砲した。

 29発全弾が、ターゲットの腹の部分に着弾する。

 グルーピングは7cmと離れていない。

 恐るべき握力で、跳ね上がりを完全に押え込んでいるのだ。

 彼の練習は、すべての弾倉を撃ち尽くすまで続いた。

 空薬莢は段ボール一杯になっていた。

 

 

「相田くん、相田くん、ちょっと」

 ケンスケを署の廊下で呼び止めるものがあった。

 直轄の上司ではない。彼の業務は警邏、その上司の任務は要人警護なのだ。

「今度こっちにくるひとがね、警備やらせるんなら是非君に、ってしつこくてね・・・」

 その人物は彼にも面識があった。

 北海道の逃亡ロシア人狩りをやっていた時、彼の乗った輸送機が雪原に墜落した事があり、その時に救出部隊を指揮したのがケンスケだったのだ。

「ふぅ、そういうことならしかたありませんね。上にはそっちで話しをつけておいてくださいよ」

 彼は知らない。

 この警護こそが、第三新東京を血に染める惨劇の幕開けであることを・・・。

 

 3人が再び出会うことになることを・・・。

 

 

次回予告

 

 放たれた銃弾は彼の胸を貫いた。

 警備の警官は彼を追った。

 暗殺者と警官。対極の彼らが再開したとき・・・

 そこにあるものは何か。

 

 次回、「破局への階段」

 

 「俺達は逮捕しない。殺すだけだ」

 

(つづく)

 


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