子供たちの挽歌

第二章(前編)

作・海イグアナさま

 


子供たちの挽歌

 

第二章 「しあわせのかたち(前編)」

 

作:海イグアナ

 

 

 

 黒い雪が降る。

 

 第三新東京跡に降る雪は、そこが湖になった戦いの影響の塵をたっぷりと含む。

 六年経った今でもそれは変わらない。

 

 だから、

 

 第三新東京跡に降る雪は黒い。

 

 

 

 第三新東京跡。

 かつて第三新東京市であった湖に沿って出来た街の名である。

 厳密に言えばそれはまだ「第三新東京市」のままだ。

 だが市街地を失った街は跡の名こそがふさわしいのだろう。

 その街をシンジは歩いていた。

 彼に声を掛けようとするものはいない。

 この街でそのようなことをすれば良くて殴られ、悪ければ死体すら残らない。

 ここはそんな街だった。

 

 やがてある建物の前に来た彼はその扉をノックした。

 内部から彼の顔が確認されると扉が開かれる。

 中に入り込んだ彼の後ろで閉じられた扉には所々が破損した精神科医院のプレートが掛けられていた。

「もう限界です。患者は」

 廊下を歩きながらまだ若い医者が言った。

「衰弱が激しく、自発呼吸すらままならない状態です」

「まだ生きてはいるんですか」

「そうですね・・・」

 しばらく歩くとある病室の前に着いた。

 その病室の窓には鉄格子がはめられている。

 入り口の脇にある黄ばんだプレートには、「惣流・アスカ・ラングレー」の名前がかすれたマジックで書き込まれていた。

 

 部屋の中には、一見して18歳位にしか見えない少女が、雑多な医療機械に繋がれた状態でその命を永らえていた。

 この混乱した世界でこれだけの治療を受けられていることが、それを支えるものたちの思いの深さを物語る。

 しかし、彼女の体は既に限界を越え、崩壊へと突き進みつつあった。

「先生、アスカは・・・」

 彼の当然とも言える発言に、医師はあまりにも多くの感情が交錯し、かえって無感情になった声でいった。

「六年、全く反応が無い上に栄養供給も点滴に依存している状態でここまで持ったのは、既に奇跡の領域に入っているんです・・・」

「回復の見込みはあるんでしょうか」

「医者が言うセリフじゃありませんが、彼女を見ていると自分のしている医療ってのがなんなのか解らなくなるんです。このまま生かしておくのが本当に良いこと何だろうか、殺すことが本当の慈悲になるんじゃなかろうかっていう気に」

「まさか、アスカを!」

「私は医者です!そんなことが出来るんだったらもっと利口な生き方が出来ていたでしょう。でもはっきりいって彼女はもう限界です。体が持ちません」

 全身から無力感を漂わせる彼にシンジは問う。

「正直に言ってください、彼女はあとどのくらい」

「あと一ケ月。速ければ来週にでも」

「そんな、いくらなんでも」

「言ったでしょう、奇跡だと。それがいつまでも続くわけじゃない。神のお恵みはもうおしまい、そういうことです」

 それから彼らは何も口に出すことは無く、語るべき言葉も持たなかった。

 二人とも、この街の人命がどういった意味があるのか最も解っている人物だった。

 

 

 

「相田ケンスケ警部補、本日付けをもって第三新東京市治安警察に着任しました」

「着任を了承する。私が指揮官の天竜警視だ」

 相田ケンスケがこの街に降り立ったのは、シンジが「仕事」をした翌日のことだった。「しかしその年でもう警部補とは速い昇進だな。実戦経験は?」

「蔵王方面での陸自残存勢力掃討で三年、北海道の逃亡ロシア兵狩りで一年であります」

「うちの一番の激戦地じゃないか!よく生きて帰ってこれたもんだ」

「だから速い昇進なんですよ。誰も生きて帰れると思わなかった御祝儀ってわけです」

「なら安心だ。君が配属された部隊はうちでも一番忙しい所だからな」

 

「しかし珍しい奴もいたもんだ。ここに志願してくるとは」

「そんなもんですか?」

 第三新東京市の外れ、市警本部の中での引き継ぎは何の問題もなく終了した。

 当然だろう。この街は日本でも最低の街として知られている。殉職率も他の地方に比べ数倍に達しているのだ。誰がそんな街に居たがると言うのだ。

「というわけで、書類は全部目を通しておくように、と。それから」

「それから?」

「忠告だ。生き残りたいんだったら、恥や外聞は気にしないこった」

「戦場でも似たようなことは言われた記憶がありますが・・・」

「ここはそれ以上だよ。誰が敵かも解らんから早めに見分けておくこった」

 そういった男は、まとめた私物を入れた木箱を抱えあげるととても40過ぎに見えない踊るような足取りで部屋を出ていった。

 

 

 

 薄汚いスラムの一室。

「おーい」

「なんじゃー」

「そっちの方終わったかぁ」

 この年になってもまだ黒ジャージを着ている男が答える。

「じゃかあしぃ!こんなん一時間程度で終わるかボケ!」

「にしてもちらかってるなー」

 部屋一杯にうず高く積み上げられたゴミの山を前に、二人の男は途方にくれていた。

 

「はいおつかれさん。これ代金ね」

「ありがとーございましたー」

 たかだか数ドルの報酬を受け取り、塒へと帰る道に着く。

「・・・なあ、トウジ」

「なんや?」

「何のために、こんな商売してんだ?俺たちは」

「なんや、そんなんも解らんでこの商売しとったんか」

「おまえは解ってんのか?」

「そんなん、生きるためにきまっとるやんけ!それ以外に何の目的がある?」

 何を今更という表情に、質問を投げかけた男は諦めのため息をついた。

「・・・聞いた俺が馬鹿だったよ」

 

 スラムの自分の部屋に帰り着いたトウジはそのまま布団に倒れこんだ。

 部屋の中には簡単な寝具、ボロボロのカラーボックス、僅かな衣類、そして場違いな写真立て。

(・・・また今日も生きとる)

 ヒカリが死んでから毎日のように陥る思考。

 果てのない自虐的な念に囚われながら、意識は闇に沈んでいった。

 

 

 

次回予告

 

 目的を見失い、ただ金のために人を殺し続けるシンジ。

 足とヒカリを失い、日々を生きるだけのトウジ。

 警察官としての生き方と恋人の間で揺れ動くケンスケ。

 

 三人の再会、それは新たな虐殺の始まり。

 

 そしてアスカの命は燃えつきる。

 

 次回「しあわせのかたち(後編)」

 

 「お前さえいなければ、俺は、俺は・・・」

 

 

 

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後書き

 

 

 プロットも何もなく、勢いだけで書き始めるとこうなります。

 順調に遅れまくってこれ。書きたいことが半分も書けていない・・・。

 予告の内容は後編になるわけで、今回は三人の登場ということで(^^;

 次はなんとか3月中に書き上げます。

 

 

 

 雲や霞喰ってもうまかないが、感想はそれだけで生きていける・・・

 

 

 

※緊急告知!

 海イグアナはキャラに非常に困っております。

 誰か「うちのを殺してかまわんよ」と言ってくださる、心がディラックの海並に広い方いらっしゃいませんでしょうか?

 また、ケンスケの恋人役(不幸)も募集します。

 もしおられましたらメール下さい。

 

海イグアナ juniti@wakhok.ac.jp

 

 

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