【記憶】

 

作・天巡暦さま


 

ごめん。

ごめんね、亜子。

貴女が彼の事を好きだったのは知ってたわ。

ずっと前から、子供の頃から好きだって事はね。

だから、彼と、こうなる気はなかったの。本当よ。

私だって、こうなるなんて思ってもなかったもの。

貴女にとっては、彼は、年もあまり変わらないし、仲の良い遊び友達だったでしょうけど、私にはね。

だって、彼が生まれたのって、私が小学1年生の頃だったもの。

初対面は、赤ちゃんの彼とだったし。

おむつだってかえてあげたのよ。

握った拳をくるくるさせて、大きな声で泣くの。

そりゃあ、すごい大きな声でね。

それでね、おむつをかえてあげると、ぴたっと、泣き止むの。

とっても可愛かったわ。彼。

貴女ったら、彼のゆりかごの横で、叔母様と一緒に、おうたを歌ってあげてたわね。

私が、帰ろうって言っても、なかなかゆりかごを離れなかったものね。

貴女は、あの頃から、彼が好きだったんでしょうね。

誰よりも・・・。

だから、ごめんね。貴女から、最愛の人を奪った、この姉を。

貴女が、誰より愛した彼の心を盗んだ私を。

憎んでも憎みきれないだろうけど、でも、私も彼を愛してるの。

そう、貴女よりも。

 

お父さんもお母さんも亡くなってから、叔父様の援助を受けて、2人で薬局を維持してきたわね。

貴女は、同級生のお友達と遊びたかっただろうに、何時も、早く帰ってきて、私を手伝ってくれたわ。

小さな背で、私と一緒に、薬を運んだり、おぼつかない手で、レジを打ったり。

覚えてる?。

誕生日には、2人でケーキをかこんで、お祝いしたわよね。

時々、彼も呼んで3人の時もあったわ。

3人で食べたケーキの味は、今も忘れる事なんて出来ないわね。

そういえば、私が、養護教諭の資格をとる為に、学校に通ってる間も、独りで店番をしてくれたわ。

高校生の3年間、ずっと、放課後は、店番をして、何も楽しい事はなかったでしょうね。

それに私が就職してからは、店番がいないからって、進学もあきらめたわね。

貴女、学校の成績は良かったのに。

ホント、感謝してるのよ。

こころから。

貴女がいてくれたから、どれだけ心慰められてきた事か。

 

でも、でもね、亜子。

貴女は幸せよ。

だって、貴女には、私がいたわ。

頼りない、いたらない姉だけども、それでも頼れる存在がね。

最後に、すがれる存在がね。

でも、私にはいなかったのよ。そんな存在は。

そりゃ、店を継いだ時、叔父様は、援助して下さったわ。金銭面、精神面、いろいろね。

でも、叔父様は、本来、他人なのよ。

お父さんの親友だから、助けて下さったけど、あの方には、あの方の人生があるの。

だから、無理も言えないし、それに研究で、あちこち旅行される様になってからは、年に数回しか会えなくなったもの。

貴女には、言わなかったけど、店の管理に税金の納税など、私には、わからない事だらけだったわ。

でも、やらなくちゃ、店は潰れるし、そうなれば、姉妹2人して、路頭に迷ってしまう。

私は、まだしも、小さな貴女にそんな事させるわけにいかなかった。

どうしようもなくなって、全てを投げ出したくなっても、貴女の顔をみると、そんな事言えなかったの。

だって、貴女、私を信頼しきった目で見てたもの。

裏切る事なんて、出来やしなかった。

だから、歯を食いしばって耐えたわ。

女だから、若すぎるからって、周囲から冷やかされても、私には、もう退くところはなかったのよ。

ただ、前進あるのみ。

つらかった、とてもつらかったの。

せめて、弱音を吐く相手がいたら良かったのに。

でも、誰もいなかったの。私には。

 

店の為に、貴女の為に、そして、生きて行く為に、私が精いっぱいした努力は報われ、私は、世間から人格者として見られるようになった。

そんな私を、貴女は誇りにしてくれたわ。

自慢の姉さんってね。

むしろ、私にコンプレックスさえ持っていたみたいね。

でもね、亜子、それは違うわ。

私の方こそ、貴女の天真爛漫さ、優しさ、可愛いらしさにあこがれてたの。

コンプレックスを持っていたのは、私の方なのよ。亜子。

ただ、私には、前に進むしかなかった。

しゃにむに努力して、周囲の大人に私を認めさせるしかなかった。

生きて行く為に。

そして、貴女を護る為に。

でも、それは、私を完璧な人間と周囲に錯覚させ、誰も私を頼らせてくれないし、頼れなかったの。

自分で自分を縛っていったのね。

そこから開放されたかった。

逃げたかった。

だから、私、学校に行ってた頃に、何人かの男性と付き合ったの。

頼れる相手が、愛せる相手が欲しかったの。

心を託せる相手が。

その為なら、努力は惜しまなかった。

身体を重ねた事だってあった。

でもね、いくら身体を重ねても、心が通じなきゃ、それは愛じゃないの。

一時の快楽は、目的を見失わせる事は出来ても、目的を達成する事は出来ないのよ。

だから、男性とは付き合わなくなった。

何時も、他人とは、距離をおいて、離れて付き合うようになったの。

皮肉な事に、そうすると、かえって他の人の事が良く見えるようになった。

だんだん、相談相手として、大きな信頼を与えられ、高い評価を得る様になっていったわ。

だから、せめて、それにふさわしくあろうとした結果、知らず知らず、私は自分自身をさらに追いつめていったの。

最後には、もう気の狂う一歩手前だったかも知れないわ。

私。

 

喧嘩っ早い彼は、大きくなってからもちょくちょく店に顔を見せに来てたわね。

貴女は擦り傷だらけの彼を手当てしながら嬉しそうだった。

めったに見せない、とびっきりの笑顔を見せながら、怒った振りをする貴女。

反発するふうを装いながらも、照れて顔を真っ赤にしてる彼。

私も、そんな貴女たち2人を見て、微笑ましかったわ。

何も用がないのに、何度も訪れる彼を、貴女が、じりじりしながら待っていたのは、もちろん、気づいてたわ。

そして、帰った後に、がっかりした顔をした貴女もね。

それを指摘した時の貴女、可愛かったわよ。

頬を真っ赤に染めてね。

そして、嘘は、ばれてるのに、連呼するの。「違う」って。「そんなのじゃない」って。

でも、貴女、気づいてた?。

私も彼を待ってた事を。

私にとって、家族は貴女だけ。あとは、どんなに親しくても他人。

彼を除いてね。

私にとって、彼は赤ちゃんの頃から見てきたし、よく店にも顔を出してたから、弟みたいなものだったの。

でも、だんだん、彼が大きくなるにつれて、いつのまにか、彼を男性として意識し始めたのよ。

この事に気付いたのは、資格を取る為に上の学校に入って1年目の春だったわ。

店の近くで転びそうになった時、横を歩いていた彼に抱きとめられたの。

まだ、中学生だった彼は、よろけながらも、助けてくれた。細いながらも筋肉のつき始めた男性の腕で。

それは、お父さんがなくなってから、初めて触れた男性だったわ。

そして、どぎまぎする私に、彼は微笑んでくれたの。

夏の日の太陽のような、眩しい笑顔で。

何の打算も無い、心からの笑顔で。

その時からよ。

彼の事が気になるようになったのは。

でも、貴女が彼を好きなのは、知っていたし、知っていたからこそ、好きになる訳にはいかなかった。

だから、上の学校にはいってから、彼を忘れるべく、他の男達とつき合ったの。

でも、結果はだめだった。

皆、身体を求めるだけ。ただ、外面しか、見ない人ばかりだった。

だんだん、私の心は冷えていったわ。

そして、愛ってものに、疑いを向けるようになったの。

 

そんな時、就職した学校に彼が入学してきたの。

私が、そして貴女が愛する、彼が。

身体は、大きくなってたけれど、その笑顔は、昔と変わらなかった。

彼を見ていると、日だまりにいるように身体がぽかぽかと緩んでくるの。

彼と、顔をあわせるたびに、傷ついた心が癒されていったのよ。

教師って立場だから、そんなに親しくは、できなかったけれども、でも良かった。

学校にいるのは、私と彼だけ。貴女はいない。

幸せだったわ。

貴女の目を気にしないでいいって開放感が。

 

高校生になった彼は、破天荒ともおもえる行動と、腕っ節の強さからすぐに問題児扱いされたわ。

でも、その彼の優しさに気付いた女の子達からは、密かに恋心を抱かれてたみたい。

彼自身も、そういう方面は積極的だったし。

でも、彼は、私自身に対しては、決してそういうそぶりは見せなかった。

屋上で彼の事を悩んでる私に、「『彼』はいないんですか?」なんて、無神経な話題を振るぐらいにね。

その無神経さには、思わず、やきもきした事を覚えているわ。

だから、余計に彼の事を忘れられなくなったの。

いえ、頭の中は彼の事でいっぱいだったの。

でも貴女の心を知ってるから。

だから、我慢したの、あの時までは。

 

学校で、仕事をしていたあの日、彼が尋ねてきたわ。

正直な話、彼があちこちの女性と関係を持ってるってうわさは私の耳にも届いてた。

哀しかった。

どうあがいても、私には、彼と身体を重ねる事はできなかった。いや、許されなかった。

貴女がいたから。

貴女が彼に抱かれる事だけが、私にとって、慰めになるんだろうって、思ってた。

私のかわりに抱かれる事が。

いやな私。

でも、その貴女を抱かずに、他の女を抱いてるって、噂は、聞きたくなかった。信じたくなかった。

抱かれた女が憎くさえあった。

だから、彼に問い詰めるつもりで、水を向けたの。

否定の言葉を求めてね。

でも彼は、困った顔をしながら、それを認めたの。

・・・・・・!

何時ものポーカーフェイスが幸いして、顔色は変えなかったけれど、激しく動揺した私。

激昂して、説教をしようとした私に、彼は言ったわ。

はぐらかすように。

相談があるって。

どうも、自分のアレがおかしいって。

だから、見てくれって。

思わず、「女の子と遊びすぎじゃないの」って突っ込んでやるつもりだった。

貴女の為にもね。もちろん、私の為でもあるけど。

でも、続いて、彼が下着を下げて、アレを出した時、正直、驚いたわ。まさか、本当に見せるなんて、思わなかったもの。

でも密かに喜びもしたのよ。だって好きな人のアレだもの。

他の人のなら、厭わしいでしょうけど、彼のだったから。

だから・・・。

淫乱なのかしらね、私って。

自分でも、はしたないのは、わかっていたけれど、目は釘付けだった。

もしかしたら、この時、すでにおかしかったのかも。でも、誰でも好きな人の前じゃ平静じゃいられないもの。

仕方ないわね。

いかにもな、ポーカーフェイスを装ってるんだけど、無意識の内に腰がイスから離れていったの。

口では、神妙そうに、診察をするって言いながら、しゃがみこんでじっとみてるうち、アレはどんどん大きくなってきたわ。

比例するように彼の顔も真っ赤になっていったの。

私もどんどん胸の鼓動が大きくなっていって・・・・。

気がついたら、彼を挑発してる自分がいた。白衣を脱ぎ捨て、服をはだけ、淫靡な仕種をする私。

そして、彼は立ち上がり・・・・・。

こうして私は、身体を重ねたの。彼と。

 

幸せだった。初めて愛する人と身体を重ねたんだもの。

抱かれながら、後悔もしたわ。

彼のぎこちない手が、私を高みに押しやり、そのぎこちなさに気づく自分がいやだった。

こんなことなら、他の人としなけりゃよかったって。

或いは、彼は、私の身体に満足してくれてるかなとか、今朝、シャワーを浴びてきて良かったとか。

頭の中は、そんな事ばっかりで、視界に入るもの全てが、認識できない。

そんな状況だった。

いや、たった一言だけ、覚えてる言葉があるわ。

「好きだ、真子さん。」彼の言葉。

ただ、それだけは、記憶に残ってるの。

でも、後は、嵐に翻弄されたように、熱病にうなされたように、覚えてない。

後は、快楽だけ・・・。好きな人との愛の交歓だけ・・・。

事が終わるまで、貴女の事は、ひとかけらも頭の中になかった。

あれほど、貴女の為に耐えてたはずなのに。

たったふたりきりで生きてきたのに。

全てが終わって始めて思い出すなんて。

いやな女ね、私って。

そんな事をすれば、貴女がどんなに傷つくか知ってたのに。

ひどい姉よね、私って。

貴女がどんなに私の事を信頼してくれてたか知ってたのに。

最悪ね、ホント、私って。

でも、でもね、亜子、私だって欲しかったの。

頼れる腕が。すがれる肩が。抱きつける背中が。心を託せる彼が。

貴女が、どんなに怒り狂おうと、嘆き哀しもうと、譲りたくはなかった。

偽善者で、利己的な女。

自分の為に妹の幸福を踏みにじろうとする女。

なんて、醜い・・・。

でも、それが、本当の私。

人格者の仮面をかぶった、私の本性。

 

彼は今、眠ってるわ。それは、それは、深く。

あんなに激しく私を愛してくれたのですもの。

疲れて当然ね。

彼の寝顔は、あどけないわ。まるで赤ちゃんの時と変わらない。

安らいだ、ひととき。

愛し、愛された充実感。私が欲しかったもの。

両親の死以来、捜し求めてきたもの。

でも、わかってるの。

これは、私のものじゃない。

この時間を得るべきのは、貴女。

私じゃ、ない。

私は、その時間を貴女から盗んだ。

本心を言えば、このまま、ずっと彼とこうしていたい。

誰にも、彼を、渡したくない。

でも、わかってるの。

もし、このまま、ずるずるとこの時間を引き延ばしていけば、どうなるかって事を。

たとえ、彼が、私の事を本気で愛してくれたとしても、それは、彼の為には、ならないって事を。

教師と関係を持った生徒って事実が、彼の人生を狂わせ、めちゃめちゃにする第一歩だって事も。

だから・・・。

だから、私は、身を引くの。心を引き裂きながら。のたうちまわりながら。

この時間を返すの。貴女に。微笑みを浮かべながら。泣き叫びながら。

愛する彼の為に。愛する貴女の為に。

2人の未来を護る為に。

それが、私の果たすべき務め。今の私が出来る最良の償い。

いかに苦しくてもすべき事。

だから、だからごめんね、亜子。

今だけは、今だけは彼の横にいさせて。

このひとときの時間だけは。

彼が目覚めるまでは。

このひとときの、想い出さえあれば、私は生きて行けるの。

そう、このひとときの、想い出さえあれば・・・・・・。

 

 

後書きめいたもの

 

読んでくださった方、並びに掲載してくださった、MIYA様に心から感謝を捧げます。

皆様のお口に合うとよろしいのですが・・・。

ご存知の通り、同級生の真子さんは、主人公の学校の養護教諭として、保健室につめており、生徒の良き相談相手として、また、その人格と美しさゆえ、学校の人気教師の一人です。

そして、彼女の妹、亜子さんと、学校外で薬局も経営し、非常に仲の良い姉妹です。

ただ、ゲーム中では、この真子さんのHシーン、どうも唐突で、私には、脈絡が無い様に見えるんです。

そこで、その裏側を自分なりに補完するつもりで、その心情に迫りたかったのですが、果たして、どうでしょうか?。

もし、設定的におかしい点がありましたら、どんどん指摘してやって下さい。

無論、造った部分もありますが、結構、勘違いしてるもので。(笑)

それにしても、難産でした。

拙作同級生SS「告白」と同時期に書き上げたのに、ここまで投稿がずれ込んだのは、推敲が終了しなかった為です。

楽しんでもらえると有り難いのですが・・・。

まだ、書き始めて日が浅いせいか、文章が安定しておりませんが、何卒、ご賞味ください。

それでは。