【あとらく・なくあ異聞】

第二話「白銀の鈴」

作・天巡暦さま


ひたひたと音がする。

暗闇の中をなにかが動いている。速くもなく、遅くもなく、ただ一定の速度で。ゆっくりと。

けぶるようだった雲が風に流され、月が縛めを逃れて、その光を解き放つ。

暗闇の中、浮かび上がったのは、深夜の道を歩く一人の少女。

素足で寝間着を纏った、美しい少女。

その長い黒髪は月光を受けて輝き、凛とした鼻筋、真紅の唇、白蝋の如き肌とあいまって、女神にも似た神々しさを放っている。

ただ、どこかに、暗い影を彼女は纏っていた。不可視の影を。

普通の少女なら、この時間には家で眠っているか、あるいは、家族と団欒してるであろうに、その少女はただ、前方の見えないモノの後についていく様に黙々と歩いていた。

 

その眼は暗く、深い憂いに満ち、そして、どこか、虚ろだった。

奇妙な事に、寝間着のまま、素足で歩く少女の異常さに、注意を払う人間は誰もいなかった。

時折出会う酔漢も、夜の散歩をしているらしいカップルも、警ら中の警官も。

 

町中とはいえ、あたりの民家は寝しずまり、時折、ついたり、消えたりする常夜灯が覚束なく、道を照らしてる。

それよりも天空には無慈悲なまでの美しさで、全天を照らし出す月が、少女に影を与えていた。常夜灯よりも濃く、くっきりと。

 

ミャァァ〜ォ・・・、ミャァァ〜ォ・・・・・。

時折、猫の鳴き声が、夜の闇に妖しく響く。

その静けさを破るように、

リ、リィーーーン、・・・・・・ン・・・・・ン・・・・ン

と、小さな余韻を伴って、かすかな鈴の音がする。涼やかだけど、あたりに染み入るような鈴の音が。

その音色に引き寄せられるように、少女は、やがて道を外れ、忽然と現われた、森の中に踏みだす。

町中には不似合いな森の中へ。地元の者が「帰らずの森」と呼び、忌み嫌う、深い森へ。

何処からか吹いてきた風が、少女の黒髪をなぶる。

なぶられた髪がさやさやと囁くと、周囲の木々もまるで答えるように、葉擦れの音を返す。

葉擦れの音は、まるで、妙なる調べの様に少女の全身を覆っていく。

−−−姫様・・・じゃ・・・あ・・・−−−

−−−姫・・様の・・・おかえ・・り・・じゃ・・−−−

さやさやと木々の調べの中から、声がする。人には聞こえぬ声が。人にあらざる声が。

−−−おか・・えり・なさい・ませ・・・−−−

−−−お・・・ひ・・さしゅ・・う・・・ござい・・・ま・・・・する・・・−−−

−−−もは・・や・・・ふ・た・・た・び・・おめも・・じ・かなお・・・と・お・・も・い・・・・・ま・・せ・・な・・ん−−−

−−−やれ・・うれし・・・や・・・−−−

−−−ひ・・め・・・さ・・ま・・・・−−−

不思議な声が少女の周囲から、投げかけられる。

まるで、木々が自ら退いて道を開けたように、少女は迷いもせず、歩き続ける。ひたすらに。

そんな中、少女はついに森の中央に位置する、小さな社の前にたどりついた。

申し訳の様に小さな鳥居が社の前に傾ぎながらも屹立し、踏みしだかれ、風化し、割れた石畳が、かっては参詣者がいた事を物語っていた。

同時にそれが絶えた事も。

丹が剥げ落ち、地の白木の見える小さな鳥居をくぐると、立ち止まって合掌することもなく、社の表戸をあけ、御神体の鏡を、そっと取り出した。

少女の握りこぶし大くらいの小さな鏡を。

長い年月、そこに鎮座していたであろうに、鏡面には傷一つなく、ただ、少女の小さな顔を映しだす。無表情な顔を。その虚ろな瞳を。

少女はじっと、その鏡を見つめる。

鏡の中には、深い闇に溶け込むような黒髪をした少女自身が、映っていた。まるで、見つめかえす様に。

リィーーーン・・・ン・・・・

鏡を包んでいた袱紗から、小さな袋が零れ落ちた。

足元に転がった袋の口から小さな鈴が、顔を出していた。月光に輝く、白銀の鈴が。

そっと拾い上げる少女。

拾い上げる間も少女の眼は鏡面から、動かない。

天空の月を流れてきた雲が覆い隠す。

リィーーーン・・・・ン・・・・

少女のたなごころに包まれ、鳴らないはずの鈴が鳴った!。

突然、鏡の中の少女が、微笑んだ。年に似合わぬ艶然とした、微笑みを。贄を絡めとる、蜘蛛の笑みを。

再び、月が雲の隙間から、顔を覗かせたとき、無表情だった少女の唇が、微笑みの形で固まっていた。

−−−おおおぉぉぉぉ・・・お・お・・おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ・・・・・・−−−

−−−おおぉぉぉ・・・おおおぉぉ・・お・おぉぉぉぉぉ・・・・・・・−−−

−−−お・・おぉぉぉ・・・・・・−−−

人ならぬ声が、夜空に消え入るようにこだまして行く。

 

「はじまったか・・・。」

深い闇から聞こえた、そのかすかな声を聞いた者はいなかった。ただ、天空の月だけが、全てを知るかの様に見下ろしていた。

 

 

ズッキーーーン

頭に激しい、痛みがはしる。思わず、頭を抱える私。

「大丈夫?。いっしょに保健室にいこうか?。」

気遣ってくれたのは、あゆみ。茶色のセミショートと額の少し上で結んだリボンが可愛い、やさしい娘。

この街に来て、初めて出来た友達。

「ううん、大丈夫。」

痛みを我慢してにっこり微笑んで見せると、彼女も安心したように、笑みを返す。

その温かさに、思わず、見とれる私。我知らず、顔が火照ってくるような感じがして、思わず、下を向く。

私のそんな様子に気づかぬ様に屈託なく、彼女は話し掛けてくる。

「初音は体が弱いんだから無理しちゃだめだよ。」

「う、うん」返事を返しながらも、自分自身、どこか、上の空になっているのがわかる。

「八神さん、いくわよ。」

後ろから、級友が声をかける。あゆみは人気者なのだ。

「ええ、初音、いこ!」

「先にいってて。」なんとなく気恥ずかしくて、けだるげに答える私。

「じゃ」

少し心配そうに首をかしげた後、体操服をもって走っていく、あゆみ。

次は体育だ。着替える時間は限られてるし、担当講師は前世紀の遺物のような、スパルタ教師。

少しの事で騒ぎ立てるつまらない男だ。

急がないとまた、ねちねち嫌みを言われるだろう。

彼女が急ぐのももっともだった。

 

 

あゆみが行ってしまって、がらんとした教室を見回す。

私はこの学校に来てから、病弱を理由にして体育の授業は全部見学している。

前の学校での反省からだ。あのときは、とんでもない記録を出して、大騒ぎになってしまった。

私はどうなってしまったのだろうか。ただ、みんなと一緒で良いのに・・・・。

だから、母と別れ、この町にやってきた。

人として、生きるために。人の中に埋もれるために。

そのためにも、高い運動能力は邪魔なだけだった。

幸い、色白なせいで、最初の授業で、失神して見せたら、体育の授業は見学を許可してもらえた。

あの、スパルタ教師も、責任を恐れて、渋々認めてるらしい。

・・・そろそろ行かなくっちゃ・・・

授業に行くべく、そっと、机に手をついて立ち上がると、ポケットから何かが零れ落ちた。小さな綾の袋が。

屈んで拾い上げると、袋をじっと見詰める。

・・・わすれてた。・・・・

 

 

 

 

朝、眼を覚ますと、寝間着はかきざきだらけで、足も泥だらけだった。

びっくりして、部屋中見まわしたけれど、何も変わった事はなかった。ただ、机の上の色褪せた、紫の袱紗を除けば。

袱紗は長い年月にむしばまれたように、色褪せていたが、それでも役目を果たして、何かを包んでいた。

ゆっくりと袱紗を開いてく私。

中には、さびた丸い鏡と、小さな綾の袋があった。

鏡面には、びっしりと緑青がふき、膨らんでさえいたが、背面である反対側には、不思議と、ほとんど緑青が出ていなかった。

くるりと鏡を裏返す。

すると、そこには、鏡の背には、一匹の蜘蛛が精巧な浮き彫りになっていた。その眼には黒い石がはめ込まれてる。

・・・奇麗・・、何?、黒曜石かな?・・・・

もう一つの袋の方に注意を移す。

お守りぐらいの大きさで、口紐を緩め、中のものを取り出す。

それは、わずかに黒ずんだ小さな鈴だった。それと香り。

そっと、袋をかいでみる。

ほのかに、どこか、懐かしい香りがかおる。

清冽な、懐かしい香り。

・・・何だろう?この香り・・・

袱紗や袋の色褪せ具合から見て、それは本来なら、消えてるであろうはずなのに、何かの残り香がする。

何故か、胸騒ぎがする。何かを自分は知っているような気がする。

何ともいえない切なさが、胸のうちを満たしていく。

・・・何かを私は忘れてる。・・・

袋をじっと見詰め、心の中に、その手を伸ばす。

・・・何かしら。・・・

考えるのに夢中になり、握り締めた袋から鈴が零れ落ちた。

 

リィーーン・・・ン・・・・・ン・・・・

 

かすかな余韻を残しながら、涼やかに鈴が鳴る。

 

ドックン!!

 

瞬間、鼓動が一つ、激しく鳴る。!

 

チロリ

 

全身に激しい勢いで血が巡っていくような錯覚がする。炎のように熱い血が。

そして、何かが目覚めたような感じがする。何かが闇の中から起き上がったような。

だんだん、けだるさが全身を覆っていく。

 

ジリリリリリリリリリリリリリリーーーー

 

枕元の目覚し時計が大きなベルで自己主張する。

冷水を浴びせ掛けられたように頭がはっきりする。すでに、さっきまでのけだるさは霧散していた。

われにかえった私は、袋と鈴を制服のポケットに突っ込むと、慌ててシャワーを浴びに浴室に飛び込んだ。

 

 

 

 

・・・あの時、持ってきたんだっけ・・・

落ちた袋を拾い上げ、埃をはたきながらポケットの中にしまうと、見学をするためにグランドに向って歩き出した。

渡り廊下を抜け、中庭にさしかかった時、グランドで、教師が点呼を取ってる姿が見えた。足を速める私。

今日の体育は100メートル走の測定だった。

ストップウォッチを押しながら次々にタイムを手元の表に書き込んでいく。見学の私の定位置だ。

やがて、あゆみの番になった。

あゆみは私を見ると離れたスタート位置から手を振った。

はにかみながらも振り返す私。

準備よしの白旗が振られる。頭を低くし、足をフットバーにかけるあゆみ。スタート係りが赤い旗を振る。同時にストップウォッチを押す。連動した動き。

腕が振り上げられ、足先が大地をしっかりと蹴る!。見る間に加速するあゆみ。

ゴールに向かって走ってくる。私に向かって。

顔を真っ赤にして、一歩でも、二歩でも前へと。

やがて、ゴールイン。

「タ・・タイムはっ?」

はあはあ、と、息を弾ませながら彼女は聞いた。

「16秒47、以前より0秒43縮まったわ。」汗で前髪がへばりついた顔を眩しそうに見ながら告げる。

「ほんと、?!」

小躍りしながら飛びついてくるあゆみ。

慌てて抱きとめる私。

顔が半分、彼女の髪に埋もれ、乾いた汗の臭いがする。命の匂い。

高い彼女の体熱が体全体で感じられる。運動直後で激しく脈打つ、心臓の鼓動も。命の音も。

 

・・・美味しそう・・・

・・!!

思わず、目を瞑って、頭の中に浮かんだ、単語を頭の隅に追いやる。

・・・なんでそんなこと・・・?・・・・

上唇の裾を軽く舌が舐めているのに気づき、さらに衝撃を受ける。

・・・えっっ!・・・

 

「初音。」

思わずびくっとする。

「どうしたの・・?」

目を開けると不思議そうな顔であゆみが尋ねた。

「なんでもないわ。」

私は目をそらすように答える。

・・・みられた?・・・

「そう。」

 

キィーン・・ン・・コォーン・・ン・・カァーン・・ン・・コォーン・・ン

 

授業終了の鐘が鳴った。

「じゃ、いくね。」

終了の点呼を受けに歩きはじめる、あゆみ。

「あゆみ・・。」

「なに?」

「なんでも・・何でもないわ。」うつむく私。

「・・・・・」

「・・・・・」

「初音。来週から中間テストでしょ。いっしょに勉強しない?。」

いつのまにか近づいた彼女が言う。その顔には、何かを企んでる悪戯っ子のような笑みが浮いていた。

「そうね。」何も考えず、相槌を打つ私。

「じゃあ、今日は、初音の家で勉強会ね。」

「え、今日?」

「そうよ。」戸惑う私を尻目に、してやったりという顔で、微笑む、あゆみ。

「ええ・・・、いいわ・・・・・・。」気がついたら、口が勝手に答えてた。

「着替えてくるから、教室で待っててね。一緒にかえろ。」

あゆみは、そう言うと、点呼に向かってダッシュする。

私は、走っていく彼女の後ろ姿を見ながら、何故か、飢えのような感じが体の芯でうずいているのに気付いていた。

 

 

勉強は順調に進んだ。

あゆみとふざけあい、冗談を言い合いながら、お互いに教え合う。

「ふ〜、疲れた。」

窓の外は暗くなっており、いつのまにか、時計は午後7時を指していた。

「食べていくでしょ?」立ち上がりながら、尋ねる。

「いいの?」

「気にしないで。たいしたことはできないから。」

壁にかかった、エプロンを纏いながら、キッチンに向かう。

「手伝おうか?初音。」

申し分けなさそうに言う彼女に、私は笑みを浮かべた。彼女の顔が、妙にあどけなく見えたためだ。

「じゃあ、たんすに予備のエプロンが、入ってるわ。それ、使って。」

彼女がくるまでに、下拵えをはじめる。

大きめの鍋にストックスープをぶち込み、手早く、肉と野菜を炒めた後、それも、鍋の中に。さらに香辛料と香草を加え、一煮たちする。

しばらくすると、鍋から、いい匂いが立ちのぼりはじめた。

「何したらいい?。」後ろから、声がする。

「じゃ、そこの人参をお願い。」振り向かずに指示する。

「うん」

トントントンとリズミカルに包丁の音がする。

別の鍋で付け合わせ用のブロッコリーを手早く茹で上げる私。

「でも、初音も大変ねぇ。毎日自炊してるんでしょ。」

「ええ、そうよ。」

「一人で寂しくない?。」

振り返り、彼女の横顔を見つめる。まな板の上の食材を切るのに夢中で、視線に気づかないあゆみ。

「そうね。寂しくない事もないけど・・・。今までと、あまり変わらないから。」

「え?」

私はゆっくりと話しはじめた。

母の療養の為の転校が多くて、友達ができなかった事。

母と別れてから、祖父の知り合いが大家の、このアパートを借りた事。

母が、眠り込んだまま、2年以上も目覚めない事。

今の学校に入学してからも、あゆみと出会うまで、ずっと一人だった事。

「ふ〜ん、大変だったんだ。」

「でも、今はあゆみがいるから・・・・・」

「えへへ、ありがと。」こちらを向きながら、照れた様に言うあゆみ。

その途端、

「あ、痛!」よそ見をした為、包丁が指先に食い込んでいた。

見た目ほどは、深くないであろうが、見る見るうちに血が滲み出す。

その手を、当たり前のように私はつかむと、その指をくわえ、血を止めようとして吸った。

何も考えずに。

何故か、血は甘美な味がした。甘い砂糖菓子のように。

意識せず、まるで舐めとるかの様に、舌が、傷口を舐める。小猫をいたわる母猫のように。貪欲な血吸い蝙蝠のように。

いつのまにか、胸の鼓動が激しくなっているのが、自分でもわかる。

血の味がしなくなって、そっと唇を指から外す。上目遣いに見ると、あゆみは上気して、真っ赤な顔をしていた。

心なしか、瞳も潤んでいるような気がする。

彼女の細い手が、私の方に伸びる。私の手も大きく広げられた。

知らず知らず、お互いの足が動き、二つの影は一つになる。

健康的な少女の匂いが鼻をくすぐる。

・・・あゆみ・・・

愛しさにさらに抱きしめる手を強くする私。まるで、対応するかのように、あゆみの手も強くなる。

お互いの鼓動が、まるで二重奏の様に、静かに2人のからだに響いている。

強く、そして規則正しい生命の脈動。

顔をお互いの髪に埋めながら、頬で、そのさらさらとした感触を楽しむ。

体全体で、お互いの柔らかさを確かめる。ふんわりとした、マシュマロのような感触。

響いてる鼓動の音がさらに大きくなる。

次第に大きくなる鼓動に導かれるように、2人のおもてがあげられ、必然のように唇を重ねる。

キス。

幼い、子どものように、唇を合わせるだけのキス。

ただ、それだけの事なのに、甘美な、あまりにも甘美な陶酔が、2人の体を包んでいく。

唇と互いの体にまわした腕をとおして、何かが、私の体から、入って、出て行くような感じがする。

一つの環のような循環するものがあるような。そして、その環になっていく陶酔感が・・・。

私は、その陶酔を貪欲に求めた。

いつしか、唇はこじ開けられ、舌が滑り込む。

絡み合う舌。さながら、二匹のヘビのようにもつれ合い、求め合う舌。

互いの口腔を抉るかのごとく、舐めあげ、唾液が往復する。

他人の唾液なのに、汚いとは思えなかった。ただ、ただ、美味しかった。

こころが、もっと、もっとと、せがむ。湧きあがる焦燥感。

・・・もっと飲みたい!・・・

・・・もっと飲ませたい!!・・・

私の舌が、あゆみの舌の根元から、巻き上げるように、愛撫していく。

さらさらとした唾液が、互いの喉を伝わり、胃の腑へと、流し込まれる。胸の奥が熱くなっていく。

互いをかき抱いた手が、ますます強くなり、重力が感じられなく、なっていく。

連なって行く、陶酔の一瞬。

刹那!

胸の熱さに、そして陶酔の強さに呼び起こされるように何かが励起される。

縛めを逃れて、ゆっくりと起き上がって行く・・・。

なにかが・・・。私ではないモノが・・・!。

やがて体の奥から、虚ろな声がする。

<・・・ニエ・・ダ・・・、オイシ・ソウ・・ナ・・、ニエダ・・・>

<・・・タベヨウ・・タベヨウ・・サア、タベヨウ>

その声に煽られるように、ますます舌の動きが激しくなる。

たちまちキッチン中にあふれだしていく。深く、荒い息遣いが・・・。

もう、思考はなかった。ただ、求めるだけ・・・。永遠の陶酔を・・・。

内なる声を意識する事さえ、出来ぬほどに・・・。

<・・・アアァ・・・、オイシ・・・イ・・・>

<・・・ヒサ・・シ・ブリ・・・ノ・・・>

<・・・ニ・・エ・・・ダ・・・>

その時、私は気づかなかった。目を瞑っていたあゆみも。

私の双眸が、真紅に染まって、淡い光を放っていた事に。

その時間は永遠にすら、感じられたが、やがて終焉が訪れた。

ふいに、腕に重さがかかる。しっかりと重ね合わされていた唇は別れ、一体感は消え失せていた。

ずるずると、崩れ落ちるあゆみ。その顔は蒼白であった。

「あゆみ!」

慌てて抱き留め、隣室へ、つれていく。

ぐったりとした、あゆみを軽々と抱き上げながら、手早くエプロンを脱がし、ベッドの上に横たえる。

同世代の娘を軽々と抱き上げる腕力の異常さに気づかぬまま、あゆみの様子を見る。

見詰め合う、瞳。

自分たちが、さっきしでかした事に気づき、今更ながらに顔を赤らめる2人。

「ごめんね、あゆみ。」

「ううん。」

蒼白な顔で、わずかに微笑むあゆみ。

「気にしないで・・・・。」

「でも・・・」

「それに・・・」

「あゆ・・?!」

なおも言いつのろうとする私の唇に、ひとさし指を押し当ると、蒼白な頬をわずかに赤らめながら、

「それに・・・、あたしもしたかったんだもん。(はぁと)」

と、小さな声で呟いた。

顔が真っ赤になるのが自分でもわかる。

「ふふっ、また、他の娘に恨まれちゃうな。」一人ごちるあゆみ。

「どうして。」首をかしげる私。

「初音、貴方って結構人気あるのよ、特に下級生の娘に。」

あゆみは悪戯がばれた子どものように、微笑みながら答える。

「・・・・・・?」

「何時もあたしと一緒だったし。それに、あなた、人見知りするから、みんな、近寄りがたいみたいだけどね。」

「え・・・・?」

「そのうち、『お姉様になって!』なんて、いわれたりして。」

・・・おねえさま?・・・

・・・ねえ・・さ・・ま・・・・?・・・・

何処かで聞いた感じがする。むかしそう呼ばれていたような・・・・。

我知らず、思考が内面に向かって行く。

・・・ねえさま?・・・

・・・ねえさま??・・・

懐かしい響き。当たり前の呼ばれ方におもえる。誰だろう、私をそう、呼んでくれたのは・・。姉様と呼んだのは・・・。

<・・・カ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・コ・・・・・>

<・・・カ・・・・・ナ・・・・・・・・・・・コ・・・・・・>

<・・・カ・・ナ・・・・・・コ・・・・>

何かが、頭の底で呟いている。懐かしそうに、愛しげに。

一人の少女の姿が浮かんでくる。長い髪の、儚げな・・・。

・・・姉様!・・・

突然、母の顔が、年を取らない娘の顔が、オーバーラップする。

「いやよっ!、絶対、いやあぁぁぁぁ!!」

激しい拒絶に、驚いた顔をする、あゆみ。

「ごめん。なんでもないの・・・。」

慌てて謝る私を見つめて、また、あゆみは微笑んだ。

そして、何か決意をするように、私の目を見据えると、

「そうね。誰にもお姉様って呼ばせないわ。」断固とした口調で言う。

「え・・・?」

あゆみは、クスリと笑うと、

「だって、呼んでいいのは、あたしだけだもの。誰にも渡さない。」

あゆみの宣言にも似た口調に戸惑いを覚えながらも、何故か、嬉しかった。

「ありがとう。」顔を赤らめながらも、はっきりと答える。

「知ってた?。あたしたち、百合だって思われてたのよ。ふふっ、結局、うわさが事実になっちゃたけどね。」

照れながら言うあゆみに、愛しさを感じる。

「ふふふっ」笑いかえす私。

そこには、先ほどのような狂おしさはなかったが、確かに心が通じ合えるものがあった。

そう、絆が・・・。

暖かい気持ちが、私の心に染み込んで行く。

やがて、あゆみは疲れたのか、眠たげに瞼がおりはじめた。

「すこし・・、ねかせ・・て・・ね・・・。」

「ええ・・・。とまっていきなさい。」

「う・・ん・・・・」

やがて、すうすうと、寝息をたてはじめるあゆみ。

その寝顔は天使の様にあどけなかった。

なんとなくゆったりとする。

幸せの時間。

 

かけ布団をあゆみにかけてやると、あゆみの家に連絡をする。

幸い、快く了承してもらえた。

エプロンの帯を締め直し、料理の続きをすべく、キッチンへ向かう。

足先になにかがあたった。視線を下げる私。

白い布のかたまり。エプロン。あゆみのきてた・・・。

私は、足元に落ちていた、あゆみのエプロンをそっと拾い上げる。

白い、飾り気のないエプロンには、血が一滴、二滴と零れて染みになっていた。

さっき、流れたあゆみの血が・・・。

なぜか、私は、その染みが目に焼きつき、視線を逸らすことができなかった。

 

 

 


後書きめいたもの

 

第2話をお届けします。

読んでくださった方、並びに掲載してくださった、みゃあ様に心から感謝を捧げます。

皆様のお口に合うとよろしいのですが・・・。

作中のあゆみは、アリスソフトの作品、「あゆみちゃん物語」が出典元です。

まだ、書き始めて日が浅いせいか、文章が安定しておりませんが、ご賞味ください。

それでは。

 

 

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