【記憶】

 

作・天巡暦さま


 

それは一瞬の決断だった。

 

「やあ、亜子さん。」

薬局のドアを開けて、彼がやってきた。

私は、極上の笑顔を浮かべながらも、

「ちゃんと、勉強してる?。こんなところで暇をつぶしてちゃだめよ。」

なんて、ふざける。

でも、本音はとても嬉しい。でも、素直になれない。だって年上だって考えが私を縛るの。

 

ガチャ

 

「ただいま。」

彼の後ろから、姉さんが入ってきた。私の自慢の姉。学校で一二を争う人気教師。

そして、私の親代わりでもある。

「おかえりなさい。」

正直な話、姉さんは、大好きだけど、彼がいるところでは一緒にいて欲しくなかった。

だって、比べられてるような気がするんだもの。

美人だし、頭いいし、女の私から見てもスタイルいいし・・・。

でも、いいんだ。

彼は、私を見てくれる。私だけを。だから、彼と・・・・・。

 

 

 

「亜子、話があるの」

そんな、私の物思いを破るように、姉さんは言った。

妙に思いつめた表情。

私が、思わず、姉さんの顔を見つめると、すっと、姉さんは目をそらした。

答えを求めるように、隣の彼の顔に視線を移す。

彼は、なんともいえない、複雑な表情をしていた。強いて言うなら悔悟かしら。

 

姉さんは、カウンターの横を摺り抜けると、居間のテーブルの前で、いずまいを正すと、私たちを呼んだ。

 

「何?」

怪訝に思いながら、彼と二人、テーブルに向かう。

彼は、私の横に座らずに、姉さんの隣に座った。

この時、いやな予感がしたような気がする。後から考えると。

 

「「亜子(さん)、ごめん(なさい)」」

姉さん達は、突然、2人して、土下座をすると、謝った。

混乱する私に姉さん達は、話し始めた。

彼が、私と付き合う前から、姉さんと付き合ってた事。深い仲だった事。それを隠してた事。

 

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

 

しばらく、無言の状態が続く。うつむく三人。

私の頭の中は、大混乱状態だった。

私を選んでくれていた筈の彼の裏切り。頭の中で、彼に叩き付けてやりたい言葉があふれる。

 

・・・私の事好きだって、言ったくせに・・・・・・

・・・私のファーストキスを奪ったくせに・・・・・・

・・・私の方が魅力的だって言ったくせに・・・・・・

 

彼との交際を応援してくれていた筈の姉さんの裏切り。ふつふつと、熱い怒りが込み上げてくる。

 

・・・姉さんは、何でも持っているくせに・・・・・・

・・・彼より5つも年上のくせに・・・・・・

・・・教師のくせに・・・・・・

 

 

 

恐らく、私の顔は外からは無表情にしか、見えなかっただろう。まるで、魂のぬけた人形の様にしか。

でも、心の中は、まるで嵐の様にいくつもの想念が渦巻いていた。

熱く、たぎるような、怒り。凍り付き、なにものをも凍てつかせる哀しみ。深い底の見えないような、憎しみ。

それらは、確実に内圧をたかめ、今にも吹き出そうとした、その時、

 

ピンポーーーン

 

「はーい」

身体が、無意識に反応して、返事をすると、店の方に戻った。

客の望む品物を計算し、おつりを返してやる。

「ありがとうございました。」

 

やがて、出て行く客。

居間に戻ろうとした、その時、私の目に、薬だなの薬の名前が目に飛び込んできた。

 

『○ル○オン』

 

強力な睡眠薬だ。

多量に摂取すれば、死んでしまう為、回収の始まった薬。

それを見た時、私の心は決まった。右手が薬を取り出し、中の錠剤を手のひらの上にだす。

 

ザラザラザラ

 

掌の上の白い錠剤が、私には、眩しかった。

そっと、薬を小さな瓶に移すと、引き出しにしまった。

 

 

居間に戻った私は二人に言った。

仕方が無い、二人を許す、と。

露骨に安堵する二人。

その代わり、交換条件を出した。私の自棄酒に付き合えって。

二人とも戸惑った顔をしていたが、ともかく、肯いた。

 

店の方に戻り、例の薬の小瓶をポケットに入れると、私は、二人に、今夜の酒を買ってくると言い残し、店を出た。

なじみの酒屋で、洋酒を何本も買った。

日本酒では、姉さんも彼も飲み慣れてるだろうから、味に詳しいが、洋酒は私しか飲まないからだ。きっと、僅かな味の違いには気づかないだろう。

少し考えてから、日本酒も買う。最初から、洋酒ではきっと飲んでくれないだろうから・・・。

先ずは、酔わせる事。それが、大事。そして、つぎには・・・・・・。

 

公園で、洋酒の瓶の一つを開け、薬をほうり込む。元来、すぐに身体に吸収される様に、溶け易い錠剤はみるみる、泡となって消えた。

軽く瓶をゆすって、溶けのこりがないか調べる。

・・・・・・、よし、大丈夫。

 

 

 

店にかえると、早速、店を閉め、宴会に入った。

店屋物のお寿司や料理がテーブルの上に広げられる。

二人とも、後ろめたいのか、どんどん、飲んで行く。

 

「はい、姉さん、飲んで。」

「ほら、貴方も飲んでね。」

 

私も、次々に、酒を勧め、日本酒がなくなると洋酒にうつっていく。

酔いがすすむにつれ、姉さんは、その心底を露呈し始める。

私に対する遠慮と、彼に対する恋心の板挟みの苦しみ。その、苦渋の想い。

姉さんが心底を露呈するのに、つきあうように、彼もその心の奥を話し出す。

私や姉さんに対する憧れ。

そして憧れが愛情に変わっていった経緯。

私と姉さんとの間でゆれた彼の心の苦しみ。

二人の想いを聞かされ、深い苦しみを聞かされ、だんだん、私の中の黒い塊が泡になって消えて行く。

・・・私だけが苦しんだんじゃ、無いんだ。・・・

心の奥底から、別の考えが浮上し、決意する。

やがて、徒然につけていたTVが終わる頃には、二人とも、酔いつぶれて、寝込んでしまった。

机の上には、何本もの、空の酒瓶が転がり、机の下にも空の酒瓶が転がっている。

料理も手をつけられ、殆ど残らなかった。

とりあえず、簡単に、テーブルの上をかたづけると、転がった酒瓶をまとめる。

そして二人に毛布をかけてやると、私は、自室に帰った。

 

 

 

ガタン、ドタン、バサッ、

 

荷物をトランクに詰め、箪笥の引き出しから預金通帳を取り出し、中身を確認する。

たいして趣味の無い私は、姉さんのくれたバイト料をそっくり、預金していた為、結構な数字が並んでいた。

・・・これなら大丈夫ね。・・・

居間から、持ってきた、洋酒の瓶をバッグの中に入れる。

・・・結局、使えなかった。・・・

一度は、姉さん達に殺意を持った、私だったけど、愛する人達を殺すのは、できなかった。

でも、彼女達の顔を見ていると、また、何時殺意がぶり返すか、わからなかった。

・・・人間って、不便ね。・・・

思わず、一人ごちる私。

・・・愛してなかったら、こんなふうには思わずに済んだかもしれないのね。・・・

・・・でも、愛せなかったら、もっと不幸だもの。この世に一人だけって事になるんだし。・・・

・・・そう考えれば、私、幸せだったのかしら。・・・

想いが想いを呼んで行く。

自分に隠れなければ、彼と付き合えなかった姉の想い。

姉妹二人に心をよせられ、苦しんだであろう、彼の想い。

 

思い切るように頭をふると、愛用の万年筆を持ち、手紙を書き始める。

愛した人達との離別の手紙を。

涙が、ぽたぽたと、手紙の上に落ち、万年筆のインクをにじませながらも、私は、書き上げた。

別れの手紙を。

積年の想いを万年筆の筆先に託し、書き綴っていった。伝え残すことがない様に。

そう、全てを。

気がつけば、時計は、朝の六時半を指していた。

 

そして、もう一度、バッグを開き、洋酒の瓶の首をなぜながら、考える。

・・・これを、使わなくって、本当に良かった。・・・

・・・これからは、この瓶を見る度に思い出すの。今日の事を。・・・

・・・殺意に勝って、姉さん達を祝福できた事を。・・・

 

 

 

私は、涙を拭くと、荷物をもって、そっと居間に戻り、テーブルの上に手紙をおいた。

ふと、二人の方を振りかえる。

彼は、両の手を姉さんにまわし、まるで護るような感じで、熟睡しているようだった。

姉さんは、彼にもたれ、彼の腕に抱かれて、幸せそうな寝顔だった。

ちくり、と、何かが胸を刺すのを自覚する。

そっと、はだけた毛布をかけなおしてやる。

「むにゃ、むにゃ、亜子、ごめ・・ん」

姉さんは、眠りながらも私に謝っていた。

「もう、いいの、姉さん。」

私は、寝ていて聞こえないのは、分かっていたが、そう言わずにはいられなかった。

また、目頭に熱いものが込み上げてくる。

涙を手の甲でそっと拭う私。

そして、愛する人達に別れのキスをすると、もう一度、毛布をかけなおしてやって、朝もやの中、旅立っていった。

どこか、遠いところへ。

そう、未来に向かって。

 

 

 

 

後書きめいたもの

 

読んでくださった方、並びに掲載してくださった、MIYA様に心から感謝を捧げます。

皆様のお口に合うとよろしいのですが・・・。

前回、真子さんを書いたので、今回は彼女の妹、亜子さんを書いてみました。

今回は前作2作とは、違い、独白形式でなく、普通の一人称で書いてみました。

個人的には、真子さんも好きでしたが、この亜子さんや前々作の麗子さんの方は、もっと好きだったので、書き易かったです。

やはり、シンクロ率の高いキャラは書き易い。(笑)

もし、設定的におかしい点がありましたら、どんどん指摘してやって下さい。

無論、造った部分もありますが、結構、勘違いしてるもので。(笑)

 

楽しんでもらえると有り難いのですが・・・。

まだ、書き始めて日が浅いせいか、文章が安定しておりませんが、何卒、ご賞味ください。

それでは。