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王宮内の庭園。
色とりどりの美しい花々。
目にも青い、様々な木々の葉。
咲き誇る花々の香りと、たくさんの木々の緑が、見る者の心をやすらわせる。
そんな、木立の間を、飛び交う小鳥達を追う様に、爽やかな風が枝を揺らしてゆく。
ざわざわと、枝の鳴る音をBGMに、段々になった噴水の横で、談笑する誠様と私。
太陽の光が、噴水に反射し、その水滴の一つ一つで、踊っている。
ふと、立ち上がった彼が、何かを告げようと、思いつめた表情をする。
そして、私の方に向き直り、じっと、私の目を見詰める。
「ルーンさん」
私の目も彼の瞳から、視線を外せなかった。
「どうなさいました、誠様、あ!」
そのまま彼の方に行こうとして、躓く私。
彼は、飛び出すように、よろめいた私を抱き留めると、そのまま両の手で抱き上げ、噴水の横の縁に腰掛ける。
その間も、私の目は彼の瞳から視線を逸らせなかった。
やがて、彼の真摯な輝きを放つ、黒い瞳がどんどん、視界の中で広がっていく。
そっと、目を瞑る私。
近づく、熱い吐息、そして。
がばっ
「は、ゆ、ゆめ。?」
激しく高鳴る、ふくよかな胸。
シルクの夜着をとおしても、その胸の上下する様で、はっきりとわかる動悸。
なかなか、鼓動はおさまらない。
全身が火照っていた。
びっしりとかいた寝汗。
そっと、ほつれた髪をかき上げる。
その幽かな後れ毛が、頬に張り付き、不快な気分になる。
ベッドから出て、髪を梳かそうとして、ふと、身体の芯に熱いものがあることに気づいた。
思わず、顔を赤らめながら、テラスに出て、夜風にあたる。
やや、肌寒いほどの風が、全身の熱を奪い去っていく。
くしゅん
不意に出る、くしゃみ。
慌てて、ベッドに戻ることにする。
はぁ。
ため息を一つ、つきながら、私は、考えた。
彼が、イフリ−タを迎えに行く実験をすると言って、研究所に篭って、もう10日。
なかなか、戻らない彼を、想う度に、身体が熱くなる。
最初に身体の芯が、熱くなり、次に全身に、火照りが広がっていく。
その火照りを冷ます為、何度、冷たいミントティーを飲んだろう。何度、湯浴みをしただろう。
何度、彼の部屋に忍んで、この胸の内を明らかにしようと、思っただろう。
でも、彼が愛するのは、美しき、魔神イフリータだけ。
世界を滅ぼした、破滅の権化の一人にして、心を服従回路で縛られた、哀れで優しい娘。
彼女が、彼の心を奪ってしまった。
命を賭けて、奪ってしまった。
神の目の暴走を食い止める為、その中心部にたった一人、飛び込んでいった彼女。
その哀しみの瞳に、彼はとらわれてしまった。
それからだった。
寝食を忘れ、先エルハザード文明の技術の粋である、神の目の研究を、彼が始めたのは。
そんな彼を、私は、ただ、見つめている事しかできなかった。
他の娘達のように、口実を作って、会いに行く事もしなかった。
でも、決して、私が彼を愛していないわけではない。
それどころか、彼を愛している事については、誰にも負けない自信があった。
彼の事を想って何度、眠れぬ夜を過ごしたろう。
何度、枕を濡らしただろう。
でも、私は、この国、ロシュタリアの第一王女にして、同盟の最高統治者。
私の肩には、ロシュタリアのみならず、同盟諸国の民の生活に対する重い責任が、のしかかっている。
人々を指導し、安寧な生活を約束せねばならない立場。
誇り高き、王族の末裔。
何時もなら、それほど苦にならない、これらの事も、今の私には、苦痛だった。
愛する人に、その想いも告げられず、ただ、他の人が彼を追うのを、眼で追いかけるのみ。
彼の心を奪った、イフリータを恨めればいいのだけど、彼女は彼の為に、命を賭けて、最終兵器である、神の目を静めてくれた。
世間一般では、ロシュタリアの為となっているけど、私には、わかる。
いや、菜々美さんもシェーラさんも、わかっている筈。
イフリータは、彼の為にだけ、命を賭けた事を。
命がけの愛を見せた事を。
かなわない!、かなわない!、かなわない!。
あれで、イフリータは完全に、彼の心を虜にしてしまった。
それまで、あった、僅かな私達の希望も消えてしまった。
あの日から、彼は変わった。
もちろん、優しい所や、一生懸命な所は変わらないけど、その興味は、神の目の研究に向けられていた。
神の目。
天空に浮かぶ、先エルハザード文明の遺産。
ロシュタリアの限られた王族のみが制御できる、最終兵器。
これがあるが為、ロシュタリアは、同盟内部でも、屈指の指導的地位を得る事ができていた。
一度は、制御を幻影族に奪われたものの、現在は、再び、ロシュタリア制御下にある。
無論、建造以来数百年以上が経過し、もはや、作動原理すら知るものはなかった。
だけど、彼は、その作動原理を解明して、次元移動システムとやらを作ろうとしている。
ストレルバウ博士によると、すさまじい勢いで、その研究は進んでいるとのこと。
そう、遠くない時期に、彼は神の目の秘密を解明するだろうと、ストレルバウ博士は、言っていた。
恐らく、そう遠くない時期に、彼は、イフリータを迎えに行く。
そして、そして、そして・・・・・・。
いや!
考えたくない!
私にとって、彼を見かけた日は凄く幸せだった。
お話をできた日は、それがどんなに、つまらない事でも、夢のようだった。
でも、もうすぐ、彼は異次元に行ってしまう。
イフリータを迎えに行ってしまう。
そうなれば、私は、彼の横に、イフリータを見なければいけない。
幸せそうな、彼女を見なければ、いけない。
しかも、ロシュタリアの長として、顔色一つ変えずに。
そして、にこやかに祝福するのだ。彼とイフリータを。
心の内で、号泣しながら。
そんな事が、私にできるだろうか。
いくら、自問しても、出てくる答えは一つだけ。
そう、それは、限りなく、無理って事。
ファトラのように、自由恋愛で心を紛らわす事も、私にはできない。
あの娘に言わせると、「姉上は潔癖すぎるのでは?」との事だけど、しかたない、これが私の性分なんだもの。
好きな人以外には、総てを見せたくない。肌を許したくない。
私も、ミーズさん程じゃないけど、いい年なので、周囲の者が毎日の様に縁談を持ってくる。
特に、ロンズ侍従長は、奮闘してるみたい。
でも、どれほど、素晴らしい人物でも、私にとって、彼以上の人はいなかった。
考えてみると、私と、彼は5つ以上も違う。
本来なら、恋愛の対象にならない筈なのかも知れないけれど、彼の飾らない笑顔、何気ない優しさに、心引かれ、気が付いたら、彼の事を探して、何時も王宮中をうろうろしていた。
思えば、彼がファトラの代役で、私の横に座っていた時、不思議な安堵感があった。
そう、いるべき人と、一緒にいるような感じが。
たった数日の事だったけど、あれほどの安堵感は、両親を失って以来、初めてだった。
ファトラの代役は、ファトラが遊び歩いて不在だからって事で、今でも時々やってもらってるけど、実は、ファトラが遊びに行くのは、あの娘が私と彼を近づけようとの意図がある為って事に気付いたのは、つい、最近の事。
あの娘は鋭い娘だから、私が彼に恋しているって、すぐ気付いたみたい。
笑いながら、「姉上も物好きですね」なんて入って、からかってたけど、本当は優しい娘だから。
だから、ロンズ侍従長やストレルバウ博士から苦情が来ても、つい、おおめに見てしまうのよね。
それにしても。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
思わず、大きな、ため息を吐く。
急に背筋がぞくっとした。
寝汗で、夜着が濡れている。そのせいで、震えたらしい。
私は、そっと、ベッドを抜け出すと、湯殿に行く。
汗を、手桶で洗い流し、湯殿付きの女官に体を洗ってもらう。
女官の柔らかな指が、身体を上から下まで、心地よく、揉み解しながら、洗っていく。
全身に、くすぐったいような、心地よさが広がる。
それから、ゆっくりと、浴槽に浸かった。
ぬくいお湯。
手で、水をすくって、両の掌の隙間から零す。
さらさらという、水の音が、何やら楽しかった。
体が、ぽかぽかとして、凄くいい気分。
湯殿を出ると、緩やかな夜着を纏い、部屋に戻った。
部屋付きの女官がしてくれたのだろう、寝汗で濡れていたシーツなども新しいものに変えられており、部屋には、軽く、香が焚いてあった。
品の良い香の香りが、部屋に爽やかに薫る。
だが、そのベッドには、入らず、お気に入りの、花精入りのワインを持ってこさせると、テラスに出た。
天空に輝く月を夜風に吹かれた雲が、時折、隠していく。
雲の隙間から、柔らかな光を投げかける月を見ながら、夜風にあたった。
涼やかな風が、洗いたての髪をなぶっていく。
その感触が、心地よくて、目を閉じる。
湯上がりの身体から、熱が奪われていく様が、奇妙に楽しく感じられた。
ひそやかな悦楽。
涼やかな風に、身を任せながら、王宮の井戸で冷やされた、ワインを口元に寄せる。
金木犀の軽やかな香りと、ワイン本来の甘い香りが、絶妙のハーモニーを奏でるのを、ひとしきり楽しむと、そっと、口に含む。
豊潤で、まろやかな味わいが、口内に広がり、そして、胸をくすぐる中、喉に流し込んでいく。
冷たいワインが、火照った身体に、染み入る様で、美味しかった。
柔らかな、陶酔感。
と、突然、頭上で、光の珠が出現すると、弾け、何かが降ってきた。
思わず身を躱す、私。
「いててて、また、失敗してもうた。何処がわるいんやろ」
落ちてきた何かは、懐かしい声を上げる。
はっとした私の前に、雲から、完全に顔を出した月の光が、総てを露にする。
「誠様?」
そこにいたのは、イフリータのぜんまいと、何かの機械を小脇に抱えた彼だった。
「あ、ルーンさん。こないなところに落ちてきてもうて、すんません。こいつの実験してたんですけど、妙な所へ飛ばされてもうて・・・、どうやら、もどってこれましたけど、まだまだですわ。」
小脇に抱えた、奇妙な機械を見せ、謝りながらも、苦笑する、彼。
そんな、彼の姿が、何やら、おかしくて、微笑みながら、相槌を打つ。
「そうですの。無事に帰られて、よろしゅうございましたわ。」
手を貸しながら、テラスの椅子に彼を座らせる。
そんな彼の、衣服の肘が破れ、血が滲んでいるのを見た私は、とっさに、口で、夜着の裾を破くと、即製の包帯を、彼の肘に巻き付ける。
思ったより、太く、逞しい腕に、知らず知らず、顔が紅くなる。
私に包帯を巻かれながら、彼も私以上に真赤な顔をして、私から、目を背けていた。
?
一瞬、怪訝になる私。
「誠様?」
「すんません、僕、見てませんから!」
何やら言い訳する彼の口調に、私は気付いた。
さっき、夜着の裾を破いた際に、私の肌が、彼に見えた事に。
思わず、顔が火照るほど赤面する私。
急に、どぎまぎしながら、つい、焦って、包帯を巻いてしまう。
当然ながら、団子の様に、不細工に盛り上がる包帯。
彼は、その包帯を手で軽く押さえると、にこやかに、言った。
「おおきに。」
彼の微笑みに、知らず知らず、私も微笑みを返してしまう。
そんな私に、彼も笑いかえそうとして、急に眉を顰める。
「あたたた、まだ少し頭がぼんやりするなぁ。」
先程打った頭の瘤が、痛むのだろう、しきりに頭を撫ぜる、彼。
「これでも、御飲みになって。」
私は、彼に、自分のグラスを渡す。
「これ、お酒ですか?」
思案顔で、彼は言う。
「ええ、でもそんなにきつくありませんわ。」
そう、言いながら、彼の正面に座る、私。
「あんまり、酒は、飲んだ事ないんやけど・・・」
しばらく、彼の目がグラスを凝視していたが、にわかに、中身を喉に流し込んでいく。
たちまち、酒のせいで、頬が、真赤になる、彼。
「なかなか美味しいもんですね、酒って。」
そう、言って、立ち上がろうとして、そのまま、崩れ落ちてしまう。
「大丈夫ですか、誠様」
「だいりょうぶれすよ、りゅーんさん」
完全に酔っ払った、とろんとした眼で、彼が言う。
取り敢えず、肩を貸して、ベッドに連れて行く。
彼の世話をしながら、ふと気付いた。
さっきのあれって、間接キスなんだって事に。
急に、恥ずかしくなって、彼から離れて、テラスの酒類を片づける。
そして、テラスの扉を閉めて、戻ってみると、何時の間にか、彼は、眠っていた。
あどけない、顔で。
その寝顔を見ながら、呟いた。
「よっぽど、お疲れでしたのね。おやすみなさい、誠様」
そして、衝動に駆られ、そっと、頬に口付けをした。
大胆な自分を、はしたなく思いながらも、何処か、浮き立つ気分も感じる、私。
「今は、これで、充分。」
私は、そう言うと、布団を、彼に着せ掛けた。
そして、一人ごちる。
「今だけは、私のもの。」と。
幸せそうな私の横顔を月だけが、見つめていた。
何時までも。
そう、何時までも。
(おわり)
みゃあの感想らしきもの(暫定版)
菜々美「ちょっとちょっと王女さま!TV版じゃないんだからでしゃばらないでよっ!」
シェーラ「そうだそうだ!ただでさえライバルが多いってのに・・・OVAはあたいたちだけでいいのっ!」
ルーン「そ、そう申されましても・・・(^-^;」
ファトラ「ほぉ・・・これは存じませんでした。姉上も誠を狙っておられたのですか」
アレーレ「これは油断できませんねぇ、ファトラさま」
ファトラ「まったくじゃ。しかし姉上もやりますなぁ」
ルーン「ファトラっ!」
ウーラ「ルーン、顔赤い」
ルーン「・・・・(*>_<*)」
藤沢「・・・うらやましい奴」
ミーズ「・・・何かおっしゃいまして、ダーリン?」
藤沢「い、いえ・・・何も!」
アフラ「早速尻に敷かれておますな」
イフリータ「・・・誠は私のだ」
全員『あんた、どこから湧いたっ!!』