【あとらく=なくあ異聞】

第四話「白い闇」

作・天巡暦さま


「もう、あゆみったら。」

私を振り切って寝てしまったあゆみを軽くにらみながら電灯を消すと、私は布団の中に入った。

四肢を大きく伸ばして伸びをすると、全身の血行が良くなったのか、僅かにぽかぽかする。

もう一度、あゆみの寝顔を見てみる。

・・・か、かわいい・・・

再び頭を元に戻すと、萌える心をおさえて、ゆっくりと目を閉じた。

 

チャポーン・・・ン・・・

 

あたりに響き渡る、水滴の音。

・・・きっと、キッチンね。パッキングがいかれてるのかしら?・・・

そっと、所帯じみたことを考えながらも昼間の疲れからか、たちまち心地よい倦怠感とけだるさが全身を覆っていく。

・・・パッキングを換えるのは明日にしよっと。・・・

小さく欠伸をすると、再び目を閉じる。

霧が頭の中を漂いはじめ、段々と思考があやふやになってくる。

こうして、私は睡魔に魅入られていった。

深い、夢の深淵へと。

 

チャポーン・・ン・・・

 

再びキッチンの蛇口から水滴が零れ落ちた時、そこには誰も起きているものはいなかった。

ただ、2つの規則正しい寝息だけが、少女達の存在をアピールするよすがであった。

 

フォオオーン・・・

 

まるで、弦楽器の弦が幽かに震えるような音がする。

その音と共に、突然、玄関の扉から染み出すように、何者かが入ってきた。

無論、扉は固く施錠されたままであり、微動だにしなかった。

ただ、何者かが、侵入したのは確かだったのだ。

もとより真っ暗な部屋であるから、その姿形はわからない。

ただ、意志の強そうな光を放つ双眸だけが、まるで宙に浮いてるようであった。

真っ暗な室内を何にもぶつからずに、その”影”は少女達の枕元にまで達していた。

「ふむ、後少しで完全に覚醒する様だな。どれ早めてやるか。」

”影”は一人ごちると、右手を初音の顔の上にかざした。

「・・・オゥム・・マニ・・パドゥ・・メィ・・ウム・・・」

「・・・マニ・・パドゥ・・メィ・・ウム・・・」

「・・・パドゥ・・メィ・・ウム・・・」

「・・・メィ・・ウム・・・」

「・・・ウム・・・」

古い真言が静かに”影”の口から紡ぎだされる。

深く腹の底まで響く声。

圧倒的な強制力をはらんだ声。

紡がれた声は部屋中に広がり、そして染み込んでいった。

大地に雨が染み込むように。

紙に墨が染み込むように。

確実に何かを変える為に。

不思議な事に、あれほどの声でありながら、二人の少女はぴくりとも動かなかった。

まるで金縛りに遭ったかのごとく硬直するわけでもなく、ただ、安らかに眠っていた。

規則正しく上下する胸元の布団が、その呼吸の安らかさを示している。

突然、初音の瞼が開き、紅い光を放った。

同時に”影”の双眸も白銀の光を放つ。

二つの光が交錯するように絡み合い、光を強めて行く。

たちまち、部屋中が照らし出され、全てのものの輪郭が露にされる。

そう、”影”の姿さえも。

そこにいたのは、行脚の僧衣を纏った一人の男だった。長い白銀の髪を持つ美貌の男。

彼は、あまりにも似ていた。

かつて初音の母の想い人と死闘を重ねた筈のモノに。

そして初音の母とその想い人に倒された筈のモノに。

だが夢ではなく、彼は厳然として、ここにいた。

眠る初音のたもとに。

かつて彼と似たモノを倒した女の娘のすぐわきに。

そして、その双眸は少女の瞳を見つめていた。

見返すように、見つめかえす初音。

少女の瞳が急速に焦点を合わせて行く。

そして、焦点が合った瞬間、少女の紅い瞳が大きく見開かれた後、その瞳の奥に訝しげなものが走った。

その訝しさを読み取ったように彼は告げる。それまでとは、うって変わった語調で。

「安堵せよ。我は彼の者にあらず。我は観る者なり。」

「・・・・・・」

初音は応えない。意識があるのか、ないのかすら、さだかではない様子だった。

「古の契約に従い、汝に告げる。」

「・・・・・・」

ただ、沈黙でもって応える初音。

その初音の様子に頓着せず、彼はつづける。

「汝、蜘蛛の娘よ。目覚めるが良い。」

彼の言葉が終わった瞬間、

初音の瞳が、彼の瞳を貫くように、じっと見つめる。

同時に二人の双眸からの光が一層強くなる。

高まる、緊張感。

突然、初音は肯くように瞬きすると、そっと、その瞼を閉じた。

消えて行く、紅い光。

何時の間にか、あたりを照らしていた光は消え、彼の瞳も元に戻っていた。

「これでよし。」

彼はそう呟くと静かに立ち上がり、二人の少女を一瞥すると、来た時と同様に姿を消していった。

そう、奇妙な音と共に、闇に溶ける様に。

 

 

チャポーン・・ン・・ン・・・・

 

何処かで水滴の音がする。

 

チャポーン・・ン・・・

 

また、聞こえる。

水音に呼び起こされるように、覚醒して行く意識。

あたりは暗闇に包まれていた。

・・・いま何時かしら・・・

そっと、枕元に手を伸ばす。

しかし、手は空を切った。

慌てて、あたりを見回す私。

依然、真っ暗のままだったが、手が触れたのは布団ではなく、土だった。

慌てて身体を触ってみる。

寝る前に纏っていた筈のパジャマは消え、そこにあったのは浴衣のような着物だった。

それだけ。

黒地に白い格子模様の、染絣の着物を白い帯で締めていただけ。

・・・え?なんでこんな着物を・・・。・・・

あわてて全身を確認する。

だが、着物の下には腰巻と肌襦袢だけ。

何やら、裸になったような心細さが、私を襲う。

そんな考えを振り切るように周囲に目を凝らした。

段々と眼が周囲の暗闇に慣れてくる。

そこは沼のほとりだった。

沼の周囲には木々が密生し、森の中の様であった。

いつしか天空には三日月が上り、そのささやかな光を周囲に振りまいていた。

沼の上には霞がたなびき、その霞に月光が反射して、かすかなハレーションを起こしている。

その霞を沼を渡るささやかな風が揺り動かし、その美しさをいっそう盛り上げていく。

それは非常に幻想的で、美しい光景だった。

魅入られた様に沼に近づいて行く私。

 

チャポーン・・ン・・・

 

再び聞こえる水滴の音。

怪訝に思いながら沼に近づいて行くと、沼の中央にぼんやりとした影が見えた。

霞で、はっきりと見えないものの、その影は、私に気付いたのか、静かに近づいてくる。

やがて、ぼんやりとその輪郭が露になってきた。

長いストレートの髪。ふくよかな胸。丸みをおびた柔らかな肩や腰のライン。きゅっと小股の切れ上がった、牝鹿の様に細く、しなやかで美しい足。

影の輪郭から女性のように見受けられ、少し安堵する私だった。が、

次の瞬間、突然吹いてきた風が影と私の間の霞を僅かに運び去り、全てを明らかにした。

そう、全てを。

そこにいたのは私だった。

一糸纏わぬ、見事な裸身をさらけ出した私。

・・・私はあんなに奇麗じゃない。・・・

思わず、場違いな事を考えてしまう。

しかしその女性の顔は全く私にうりふたつだった。

でも、その表情は、かつて私が浮かべた事のない表情を浮かべていた。

そう、艶然とした笑みを浮かべた口元。哀しみと慈愛を含んだ眼差し。漂う威厳。

それは、私じゃない、もう一人の私だった。

・・・え?何故、私がもうひとりいるの?・・・

・・・どうして?・・・

疑問が頭の中を駆け巡って行く。

私の疑問を見て取ったように微笑みながら、もう一人の私は言う。

「はじめまして、初音。私も初音というのよ。」

声には強い意志と深い慈愛を感じさせる独特の響きがあった。

それに、哀しげな響きも。

とっさにこたえられない私に追い討ちをかけるように、なおも彼女は話して行く。

「私はもう一人の貴女。貴女と同じ心と身体を共有する同じ魂。」

「同じ・・魂?・・・・」

「そう、そして、貴女の母であるの。」

「嘘!私にはちゃんと母さんがいるわ。貴女なんかじゃない!」

私の声を聞くと、彼女はどこか哀しげで、どこか懐かしげな眼差しを向けた。

「かなこの事ね。」

「そうよ!」

「確かに産んだのは、かなこね。・・・・でも、卵は私が産んだの。」

「卵?」

・・・私、やっぱり人間じゃないんだ・・・

深い驚愕と哀しみが私の心に爪を立てて行く。ギリギリと深い穴を穿って行く。

心の中の動揺を押さえられなくて、つい、顔にも出てしまった。

「全てを教えてあげるわ。」

彼女の眼が真紅に染まる。

あたりの総てが真紅のベールを纏って行く。

次の瞬間、私の心は彼女の双眸に吸い込まれていった。

 

 

そこは上下左右の無い空間。ただ、深淵の如く深く、そして冷たい暗闇に閉ざされていた。

突然、私に向かって、一つの光が飛んできた。

いや、私の方がその光に向かっている様だった。

光は、私をその内に包み込んでしまう。

それまで視界にあった闇は駆逐され、代わりに白い光で視界が閉ざされていった。

光の波動の中に埋没していく自分を感じていく。

白い闇の中に。

そう、まさにそれは白い闇と言うべきものだった。

先程の暗く冷たい闇とは、うってかわって、そこは暖かで心地よかった。

何処からともなく聞こえる、一定のリズム。

其のリズムが私をリラックスさせていく。

突然、脳裏に、何かのノイズがひらめく。

段々と、ノイズは大きくなり、像を結びはじめる。

何時の間にか其の映像を、まるで夢を外から見る様に見ている自分に気がついた。

そう、TVを見るかのように。

なにかが、そこで進行していた。

ただ、音は聞こえない。それは沈黙の映像だった。

 

それは深い森の中で陵辱される娘の姿だった。

巫女の様な格好をした少女が、その装束に似合わぬ狂態を演じている。

ある者は前から。ある者は下から。ある者は上から。そして後ろからも。

複数の男達によって、少女は喘ぎ声をあげさせられ、その美しい顔を激しい苦痛に歪め、その頬を流れ続ける涙が彩って行く。

−−−ヤメテェェェェェェェェ!!イヤアアアァァァァァァァァァァァァァ!!!−−−

少女の心の痛みが私に突き刺さる。

聞こえない筈の声が、鼓膜に突き刺さっていく。

いくら頭を抱えても、その声は私の頭の中に木霊する。

 

ガサガサガサ

 

少女の声なき声に応える様に、揺れる木々。

突然、木々を倒して現われた巨大な白銀の蜘蛛が、男達を薙ぎ払い、貪り始める。

あたりは阿鼻叫喚に包まれ、逃げようとする男達も、ある者は踏み潰され、ある者は生きながらその強い顎で噛み殺され、ある者は白銀に輝くその糸で、あっという間にバラバラにされていく。

その光景を見て恐れおののく少女。

しかし彼女の心は、不思議と蜘蛛自身を恐れてはいない様であった。

さもあろう。先程までの凶事こそ、彼女にとっては最大の恐怖であったろうから。

ただ、血を見て恐れているらしい。

蜘蛛は少女の前に来ると、一人の青年に変化した。

長い銀髪の美貌の青年に。

そっと、少女に手を差し伸べる青年。

彼の美貌に心を奪われたように顔を赤らめながら、その手を恐る恐るつかむ少女。

その時、私は気付いた。少女の顔が自分にそっくりである事に。

 

「これが、私が蜘蛛になったきっかけだったわ・・・。」

何処からともなく聞こえる声。

声に、懐かしげな、それでいて厭わしげな響きが篭る。

 

 

突然、映像が歪み、別の映像が映る。

そこは一面の花畑だった。

赤、白、黄色、蒼紫と、さまざまな花々が咲き乱れ、先程の少女が一心不乱に花を摘んでいる。

その顔には、僅かな微笑みが浮かび、本当に楽しそうだった。、

突然、少女は、誰かに呼ばれたかのように振り返る。

少女は顔を上げると、その声の方に向かって駆け寄ると、花がほころぶような笑顔を見せた。

「兄様、お花を摘んでましたの。ほら」

口がそう紡ぐ。

少女を呼んだ青年は、彼女の微笑みを眩しそうに見つめると、そっと抱き上げ、口付けをした。

まるで酔いしれる様に口付けを交わす二人。

そっと、青年の手が彼女の襟の内に入って行く。

顔を真っ赤に赤らめる少女。

−−−兄様・・・大好き・・・−−−

やがて二人の姿は花畑の花達の中に沈んでいった。

 

「この頃は幸せだった。でも・・・・。」

またもや映像が歪み、変わって行く。

 

屋敷の部屋で先程の青年が一人の女と笑顔で会話をしていた。

そう、ふっくらとした、人懐こそうな穏やかな女と。

自分のやや膨らんだ腹をなぜながら、女は嬉しそうに何かを話す。

それに対する青年は、奇妙に不思議そうな顔をしていた。

やがて暇乞いをし、立ち去る青年。

それと入れ替わる様に、先程の少女があらわれた。

女を、夜叉の様な眼で睨む少女。

彼女に対し、許しを懇願する女。

だが、少女は首を振ると、鬼気迫る笑みを浮かべた。

その瞳は嫉妬と言う名の狂気に彩られ、少女本来の優しげな輝きはない。

その瞳の狂気に煽られる様に振り上げた、ほっそりとした白い右手が、みるみるうちに変形し、人ならぬ形へと変わる。

その右手が一閃された時、真っ赤な血しぶきをあげて女は倒れた。

部屋中に飛び散った血が少女自身にもかかり、その姿を一幅の絵の様に見せる。

そう、『狂気』と言う名の絵画に。

そこへ凶事を察知したかの如く、駆けつける青年。

瞬間、先程まで夜叉の様であった少女の眼が、何かを訴える様な眼に変わる。

しかし、青年の顔に表れたのは怒りではなく、喜びだった。

そう、昏い喜び。

彼は突き放す様な雰囲気で、二言三言、少女に話す。

どの様な事を話したものか、少女の顔はひどく歪んだ。その負の感情によって。

涙がみるみるあふれだし、頬をつたって流れて行く。

そう、一筋の流れとして、太く、はっきりと。

少女の顔には深い絶望と怒りが満ち溢れ、次の瞬間、弾ける様にその姿は巨大な蜘蛛に変貌する。

黒と黄を纏った、禍禍しい巨大な蜘蛛に。

その姿は力に満ち溢れ、巨大な脚が次々に青年を襲う。

だが、青年は巨大な蜘蛛の一撃も難なく躱し、逆に痛烈な蹴りを打ち込むと、その脚をもぎ取って行く。

−−−ギャアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!−−−

声ならぬ声があたりの空間にも響き渡る。

小山のような身体をゆすりながら、逃げ出して行く蜘蛛。そして追う青年。

後には血まみれの部屋と女の亡骸が残されて行く。

 

「こうして私は流浪の旅を始めたの・・・」

目の前でどんどん映像が映っては消え、映っては消えていく。

何度もの青年との戦い、旅の途中で出会った、人ならぬモノとの出会い。

段々、頭が飽和状態になり、何もかもわからなくなって行く。

映像も見ているうちに何が何だか、わからなくなって行く。

 

「しゃんとして!」

突然かけられた声に、もうろうとしていた意識が覚醒する。

最後に見た映像は祖父の家の近くの高校だった。

「まだ、これからなのに。前をご覧なさい。」

ぼんやりとした頭を振りながらゆっくりと前を向く私。

そこには息を呑む映像が展開されていた。

最初の映像と同じ様に少女が陵辱されようとしていた。が、

私は驚いたのは、その事ではなかった。

襲われようとしていた、少女の顔を見て驚いたのだ。

その少女とは、私の母、かなこだったのである。

何かを、か細く叫びながら、必死に抵抗する少女。

だが、彼女の必死の抵抗も、高校生らしい男達にとっては喜びを刺激するスパイスに過ぎないようだった。

快楽を味わう様に、ゆっくりと彼女の衣をはだけていく。

ボタンがひとつ外される度に、顔をそむけ、震えるかなこ。

その面は蒼ざめ、只、早く終わる事だけを祈って唇をかみ締める。

瞼の隙間から覗く、総てを諦めて絶望した様な眼差しが、深い憐れみを誘い、震える身体を覆う鳥肌が、彼女の苦渋を忍ばせる。

いたいけで哀れな娘。

罪無く堕ちる娘。

その時、彼女があらわれた。

そう、先程の少女が。初音が。

その腕が一閃する度に、たちまちのうちに切り刻まれ、屠られて行く男達。

たちまちの内に、死臭があたりを覆い尽くす。

そんな中、初音は脅えるかなこにそっと手を差し伸べた。

かつてのあの青年とおなじように。

 

「これが、貴女の母、かなことの出会い・・・。」

心なしか、震える彼女の声には、聞き落とす筈も無いほどの、はっきりとした深い愛情と懐かしさが含まれていた。

 

それからの映像は、私にとって、驚きの連続だった。

学校地下での初音とかなこの逢瀬。

そして、何人もの贄との情事。

それは、どこか淫靡で、蕩ける様に甘かった。

贄の手が、かなこの唇が、肌を滑り、扉を開けて行く。

扉の向うから漂う、背徳の豊潤な香り

めくるめく甘い情事の果てに、彼が現われた。

冷たく突き放した様な瞳を持つ青年が。かつて愛した兄様、『白銀』が。

厳しく辛い戦い。

かつて愛した存在を、現在の愛を護る為に滅ぼす心の痛み。

自らを捨て去った恨みと憤り、そして、それでも尽きない想いが戦いを一層辛くする。

総てを失い、滅ぶ寸前に得た、かなこの愛。

その愛こそが総て。

それは辛く哀しい記憶だった。

愛と哀に彩られた哀しい夢。

 

突然、私は自分が、もとの沼のほとりにいる事に気付いた。

さっきまで沼の中にいて離れていた筈の彼女が、何時の間にか密着している。

そう、凍えたような彼女の身体が。

何時の間にか彼女の右手は私の着物の裾をからげ、下腹部に直接当てられていた。

冷たい、氷の様な右手が、私の中に入り込もうとする。

左手は私を信じられないほどの強い力で固定し、身動きする事すらできなくなっていた。

「見たでしょう?、私の記憶を。」

彼女は、そっと呟いた。

コクコクと無言で首を振る私。

私の応えを見ると、僅かに顔をほころばせ、ふっと、耳に息を吹きかける彼女。

全身にぞくぞくとした衝撃が走り、身体の中央に炎がともったような灼熱感を感じた。

そう、まるで子宮の位置で何かが燃えてるような灼熱感を。

「私はかなこの元にかえりたいの」

思わず、見詰め合う二人の瞳。

「だから・・・」

・・・だから・・・?。・・・

「貴女を頂戴。」

言うが早いか、その形の良い彼女の唇が私の唇を捉え、舌が入り込んでゆく。

冷たく凍えるような舌が。

そして、思ったよりも長い舌が。

思わず噛み切ろうとして、あまりの冷たさに歯がしみるような痛みを訴える。

その間も舌は私の中に入り込もうとでもするかの様に長く伸ばされ、一方、彼女の右手の指が、私の身体の中に埋没しはじめる。

・・・嫌!・・・

激しい痛みと嫌悪感が身体を走る。

・・・・・同時に深く激しい程の快感も。

頭頂から雷を浴びた様な、それでいて、えもいわれぬ様な心地よい衝撃。

そして、こうなるべきなんだって、混乱した頭の中で、何かが私を説得しはじめる。

こうなるのが正しいんだって。

これは必然なんだって。

意識が、その言葉に従いはじめる。

頭の中の声を助長するかの様に蠢く、彼女の舌、指、身体。

まるで泉から汲み出す様に、快感を引き出して行く。

いつしか、彼女の舌も、全身をまさぐる彼女の手も全てを受け入れ、その快楽に身を任せようとした時、一人の少女の笑顔が頭の中をよぎる。

・・・あゆみ!・・・

瞬間、意識が覚醒し始め、再び抵抗を開始する。

・・・あゆみ!あゆみ!あゆみ!あゆみ!あゆみ!あゆみ!あゆみ!あゆみ!あゆみ!あゆみぃ!!・・・

頭の中で、ただ、彼女の名前だけが連呼され、そしてスパークする。

刹那。

激しい光が私の中から発光し、そして全てがその白い光の中に溶け去るように消えて行く。

深い森も、沼も、霞も、月さえも。

そして、もう一人の私も。

彼女は、あの微笑みを浮かべながら消えていった。

そう、あの哀しげで、艶然とした、謎めいた微笑みを。

 

激しい白い光が収まった時、私の目の前には不思議そうな顔をしたあゆみがいた。

彼女は、私を見つめながら笑顔で言った。

「おはよう、初音。」

窓から差し込む朝の光が、私に現実を感じさせた。

そう、確固たる筈の現実を。

 

(つづく)

 


BACK←あとらく4→GO