夜の東京タワー 作者:みほまさ |
公衆トイレの落書き。そんなものに興味を持ち始めたのはいつの日からだろう。僕は無意味のようでリアルな言葉が好きだ。この投稿小説についてもそうであって欲しいと願う。
以下の文章は完全オリジナルであり、そのほとんどの部分が実体験に基づいて書かれてあります。
大学に入り、初めて一人暮らしをした。港区芝――やはり東京タワーが近くにあることが最大の魅力と言える。
朝は駅まで歩くのが大変だ。この辺はオフィス街だからサラリーマンがたくさん歩いている。ちょうど僕とは歩く方向が逆だから、余計に歩きづらい。朝食は今までに一度もつくったことがない。つくれないし、料理を覚えようとも思わなかった。学校に行くときはいつもコンビニで100円のジュースを買って、それでも腹が空くときはパンを食べながら歩いた。
この街が一番きれいに見えるのは、夕方から夜にかけての時間帯だと思う。オフィス街とは言え、夕方にもなると主婦が買い物に出かけている姿も目にするし、子供も公園で遊んでいるし、何か生活感が漂っているのだ。東京タワーもとても美しい。
バイトやサークルで夜遅く帰ることがある。この街は深夜ともなると人は歩いていない。東京タワーの暖かみのある照明だけが僕の心を照らしてくれた。
でも、自分の部屋に戻ると一人きりだ。誰も何も言ってはくれない。だから僕は部屋では寝ていることが多かった。何だか追いつめられたような気分になる日もあり、そんな時はノートに絵や詩などを書いていた。
きっと僕は寂しかったのだと思う。
僕は公園を歩いていた。向こうで浮浪者がベンチに座っていた。別にめずらしいことではない。浮浪者たちがベンチで座ったり寝ていたりするのはよく見る光景だ。僕は彼らがどうやって食料を得ているのか気になっていた。バイトもしていないのだから金などあるはずもない。やはり、どこかの残飯などで飢えをしのいでいるのか。
別の日にまた同じ公園に来た。浮浪者は鳩にえさを与えていた。数え切れないほどの鳩に囲まれ、浮浪者はいつもより若干嬉しそうだ。きっと僕よりもずっと寂しいのだろう。
僕は中学も高校も男子校だったから、女の子という存在がわからなかった。第一、あまり話す機会もない。高校生にもなると池袋や新宿でナンパしに行く奴とかがいるんだけど、僕はできなかった。心に余裕が持てなかったのである。
つきあうって何?好きってどういうこと?などと、頭でっかちな僕はそんな事ばかり考えていた(今も同じか)。女子と気軽に話しをしたり、食事をするようになったのはバイトを始めてからだ。
女の人とごく普通に接するようになってからも「好き」という気持ちの意味がよくわからなかった。
そんな僕にも彼女ができた。でも、男女のつきあいって言っても何をしていいのかわからない。だから僕はなるべく彼女の思う通りのことをした。それはいけないことかもしれないけど、僕は何だか怖かったから。お互いの感情で傷付け合うことが。
結局、僕たちは会うたびに部屋で一日中抱き合ってた。いつも時間はあっという間にすぎる。気がつくともう外が明るくなっているのだ。しかもその最中は夢中なので気がつかないのだが、意外に体力を消耗する。翌日の授業はいつも居眠りしていた。こうなると、毎日働いている既婚のサラリーマンが不思議でしょうがなかった。疲れないのだろうか。
やがて、僕が疲れるのは相手のことを考えすぎているからだと知った。本とかを見ると、自分本位になってはいけないとか、乱暴にするのは最悪だとか書いてあるので、やさしくするのは当然だと思っていた。しかし、どうやら彼女は自分本意に僕が動いた方がかえって感じるらしいことがわかった。
僕にとって新鮮だったのは、女の人があんなにも大きな声を出してしまうということ。僕は隣の部屋の人に聞こえているのではないかと心配したが、まぁそれでもいいかと思った。
彼女はあまり言葉を知らなかった。多分、語彙が少ないのだ。僕は彼女が「おなか」のことを「はら」と呼ぶのがなんだか可笑しかった。「わたし、はら出てるかなぁ」とか平気で言っていたし、何よりも印象的なのは「はらに出してもいいよ」という彼女の言葉だった。
まぁ、今となっては全てが思い出だ。つきあっている最中は自分が相手のことを好きで、相手も自分のことを好きだという、ただそれだけでよかったのだが、恋の終わりには駆け引きが存在する。どうしたらこの男と別れられるかと彼女もいろいろ苦心したのだろう。
彼女と二人で、僕の住むマンションから東京タワーまで歩いたことがある。彼女は東京タワーが好きらしく、見るたびに感動していた。時間的にはものの10分とかからなかった。その時は公園を散歩した。
ある日、彼女が夜中に突然東京タワーに行こうと言い出した。僕は、もう夜だから何もないよ、と言ってやめようとした。
今思えば、あの時どうして一緒に行ってあげなかったんだろうと後悔している。
いいじゃないか、何もなくたって。そこに何かあると思って二人で歩いていけるなら。
東京タワーの照明は0時におちる。すると辺りに照明になるものは何もなくなり、とてもいやな気分になる。怖いというか、恐ろしいというか、とにかく東京タワーが鉄筋で出来上がった巨大な冷たい建造物にしか見えないのである。そんな時、僕は彼女の手をそっと握っていた。
僕が生きている限り、闇がある限り、誰かの手が必要だと感じた。そうすれば、暗い部屋にろうそくを灯したような、幸せな気持ちになれるから。
作者あとがき
僕が小説を書くと、いつもこのくらいの長さで終わってしまうんですよね。それがいいのか悪いのかわかりませんが。これからも、いろんなジャンルのものを書きたいと思っています(十八歳にもなったことだしイロイロと……)。
まぁいろいろ書いてみて、反響が良い作品についてはその続編も書きたいと思います。
普段はこんなこと書いたりしてます。↓
http://www.alles.or.jp/~mihomasa/index.htm
それではまたいつの日か……
1998/10/25作成