【神のいない大地〜FOR HUNDREDS〜

13−暗き淵−2

作・三月さま


 闇の主。

 

 子供達が広場に集まり、幾人かのグループを作り遊んでいる。

 遠くの方に見える畑や、さらに遠くの牧場の方には、ぽつぽつと、数人の姿を見えた。人がまばらなのは、昼時だからだろう。丁度、休みの時間だ。近くの家を見れば、開け放った家の中で、生活に必要な細工物の作りかけが見えた。

 魔神と言う、度の外れた力をもった一族。人間には、そう思われているらしい。

 だが、実際に彼等の生活の内側を見てみれば、大抵の人間が驚き、落胆するはずだ。

 その力ゆえに、神秘的な営みの中にいるだろうと思われている魔神も、実生活は、人間の村人たちと変らない。さすがに、長や長老クラスの、力のある魔神は、土にまみれて働くようなまねはしない。それは、力のかけている、人間に近い力しかない魔神の仕事だ。だが、そこに特別な階級がある訳でもない。力のある魔神は、力のある者なりに、それに見合った責務が課せられている。

 それでも、見ているだけならば、村は人間のものと、そう変りはない。人間が来れば、豊かな土地を持った、ある民族の村に紛れ込んだと勘違いするはずだ。

「風が・・・」

 広場でふと足を止め、平安な人々の生活を、何の表情も浮かべないままに眺めていた青年は、吹いてきた風に、眉を潜めた。わずらわしそうに、漆黒の髪をかき上げる。

 軽くため息をつき、紫の目を、今まで目指していた方向へと向ける。

 村の中央奥にある建物。木造の、大きな館だ。村で一番大きい。どっしりとした構えで、砦のように、見えなくもない。年月を経ているように見えるかと言うと、そうでもない所が、皮肉にも感じる。五年ほど前に、とある魔神が力を暴走させ、館を火の海にしてしまったのだ。幸い、怪我人はなかったものの、その魔神は決まり通り、封印されたという。封印は、どこかの大陸の遺跡に収められたと言うが、その正確な場所を知るのは、長と六人の長老達だけだ。

 彼は、再び館へと向かって歩き出した。

 だが、数歩も行かないうちに、横合いの道から飛び出てきた人物に、呼び止められてしまう。

「おう、レイナードではないか!」

 やたらと高い、少女の様な声。それに、レイナードはうんざりした様子で、相手を見た。

「ウェヴか・・・」

「ウェヴか・・・ではないじゃろうが、この馬鹿もんが!」

 まるで少女にしか見えない、大地の魔神の長老は、そう言ったかと思うと、レイナードを容赦なくこづいた。

 自分より、二回りどころか、はるかに小さいとも言えるウェヴにこづかれ、レイナードは纔によろける。ただし、レイナードが見かけによらず、脆弱なのではない。ウェヴが馬鹿力過ぎるのだ。この長老ならば、ゴーレムだろうと、笑って殴り倒しそうである。

 ウェヴはニヤリと笑い、レイナードを促して歩き出した。

「遅刻じゃぞ、レイ」

「知っている。長は待っておられるのか?」

「んなもん、わしに聞くな」

「・・・貴方の方は、何をしていたんだ?」

「昼時じゃぞ、そこらの家にご相伴に預かりに行ったに、決まっておろうが」

 そう行って、ウェヴは当然のように大笑いする。

 食事時に、平気な顔で一族の者の家に押しかける長老に、レイナードは特に嫌な顔もしない。それが、ウェヴなりの、一族とのコミュニケーションだと判っているからだ。実際、押しかけられた方も、ウェヴが相手ならば、歓迎している。他の長老に訴えられないようなことも、この外見だけならば幼い少女に、気楽に言えるようだった。

「・・・長の右腕か」

「なんじゃ?」

「貴方の事だ。皆が言っている」

「馬鹿じゃのぉ、それを言うなら、『愛人』じゃろ」

「・・・本気か?」

「冗談に決まってるじゃろ」

 あくまで、真剣な表情を崩そうとしないレイナードに、ウェヴはうんざりした顔になる。

「もう少しユーモアでも、持ちたいと思わんか?」

「別に・・・」

「『一生』、そのままでいる気か?」

 ジッと、自分より、頭三つ分も高そうなレイナードを見上げる。

 わざとらしいウェヴの仕草に、レイナードは彼女から視線を反らした。

「聞いたのか、ルシードに」

「仕方あるまい。『伯母』じゃからのぉ」

「それにしては、そう言う風に言われるのを嫌ってるらしいが?」

「魔神ともなれば、年の取りようは、心の持ちようじゃからの」

 そう言って、カラカラと笑う。

 が、はたと気がついたように、むくれ顔になった。うまく話しを反らされてしまったのに、気がついたのだ。

「レイ、わしくらいには、言っておけ」

 館に近くなり、人も見えなくなった。それでも、ウェヴは自然と声を潜めていた。レイナードも、それに合わせたように、低い声になった。

「何を?」

「判っとるじゃろ。一人くらい、心構えをしておいた方がいい」

「・・・貴方なら、そんなものしなくても、平気かと思ったが?」

「生憎とな、そこまでわしの神経も、ず太くない」

 館の前には、見張りのように二人の魔神が立っていた。彼等も、農業などに従事するほどでもないが、それでも、ウェヴ達ほどの力がある訳でもない。丁度、中間と言ったところか。

「おつかれさん」

 ウェヴは、そんな見張りの二人に、気さくに声をかけ、さきに館の中へと入っていった。入り口近くで、レイナードを待ち、また並んで奥へと歩いていく。

「レイナード、アルディスの所には、いつ戻るじゃ?」

「長の用が終わったらすぐに」

「しかし、驚いたの。お前が進んで、アルディスに忠告しに行くとは思わなんだし、助けに行くとも思わなんだ。カディスがお前を呼び戻したときには、ひやひやしたぞ。これでもう、聖都には行かなくなるもんじゃとばっかり、思っておった」

「しかたあるまい。あれには恩がある。返しても返しきれない恩がな。今のうちに、何かしておきたい」

「いい心がけじゃな。少々、消極的でもあるが」

 ウェヴは、挑戦的につぶやき、スッと、膝をついた。

 いつの間にか、二人とも、長がいるはずの部屋の前まで来ていたらしい。レイナードもウェヴに習い、その場に膝をついた。

 

 小鳥達の、やかましいとも言える鳴き声が聞こえた。それに誘われるように、レイナードは、立っている回廊の吹き抜けから、外を見た。

 真正面に、質素な作りの東屋が見えた。そこに、誰かがいる。

「・・・アルディスの娘か」

 一度、遠くから見たことのあるレイナードは、そうつぶやいて、その場から離れようとした。アルディスの養女などには、まるで興味がないと言った様子だ。

 先に聖王宮にやって来たときに、彼女のことはすでに見た。どう言う顔立ちなのか、姿なのか。どんなふうに振る舞うのか。妻であるリースが気にかける娘として、観察したのだ。だが、それ以上の関心はない。聖王の娘など、遠くから見て観察しただけで、十分といったところか。

 だが、レイナードが歩を進めるより先に、アディアナの方がパッと、顔を上げ、彼の方を見た。

 いつもならば、そんな少女の視線になど気がつかなかったフリをして、そのまま立ち去った事だろう。

 事実、レイナードはそうしようとした。

 それなのに、アディアナが不意に見せた笑顔を見て、動きを止めた。まじまじと、珍しいものでも見るかのように、アディアナを見つめる。

「そうか・・・」

 不意に、合点が言ったように、レイナードは自分に言い聞かせるようにつぶやいた。

「アルディスめ・・・」

 忌ま忌ましそうにつぶやき、庭へと踏み出した。

 レイナードが東屋に向かってくるのを見て、アディアナはゆっくりと立ち上がった。

「貴方が・・・レイナード・レクテル様でいらっしゃいますか?」

「そうだが、どうして名前を・・・」

 レイナードがいぶかしんでいるのを見て、白い質素なドレスを来た姫は、ニコリと笑った。

「お父様・・・父から、何度かお聞きしたことがあるもので」

「・・・アルディスに?」

「はい。父から聞いた通りの方でしたので、すぐに判りましたわ」

 アディアナはそう言って、嬉しそうに微笑む。

「それに、お母様・・・リース様からも、何度かお話しを伺っております」

「お母様?」

 一度も会ったことのない少女が、自分の最愛の女性を、気軽に『お母様』などと言う。そのことに、レイナードは不快な表情をあらわにした。

 アディアナは、申し訳なさそうな表情になり、視線を落とした。

「ご・・・ごめんなさい。幼いころから、リ・・・リース様にはよくしていただきましたので、お母様などと、呼ばせていただいていたのです」

「なるほど・・・な」

 レイナードを不快にさせたことを、心苦しく思っているのだろう。アディアナの表は、真っ青とはいかないものの、かなり悪い。

 この少女は、遠目に観察する他にも、リースやウェヴから話しを聞いて、知っていた。さすがに『お母様』などと言うのは聞いたことはなかったが、自分の妻が、この少女を娘同様に慈しんでいることも、判って居る。

 その少女を、落ち込ませてしまったことに、纔ながらも、レイナードは申し訳なく思った。アディアナに対してそう思ったと言うよりも、リースにそう感じたと言う方が正しいのだが。

「別に、いいがな」

 そっけなく言い、レイナードは東屋に目を向けた。

「あそこで何をしていた?」

 急に話しを変えられたことに、アディアナは慌てて、東屋のほうへと目を向けた。

「え・・・あの、鳥と・・・」

「話しでもしていたか・・・」

「はい、そうですが・・・」

 おずおずと、アディアナは、レイナードを見上げる。

 レイナードは、アディアナへと、探るような視線を向けた。無遠慮に、ジロジロと彼女を見回した後、ようやく、苦笑してみせた。

「光の姫・・・か」

「え?」

「なんでもない、気にするな」

 レイナードは軽く手を振り、それ以上アディアナには何も言わせようとしなかった。そのまま、立ち去る素振りを見せる。

 それを引き留めたのは、アディアナの遠慮がちな声だった。

「あの、レイナード様、大丈夫ですか?」

「・・・なんだ?」

 ギクリとなりながら、レイナードはゆっくりと姫を振り返った。

「どういう意味・・・だ?」

「いえ、何か・・・」

 言ってもいいのか迷っている様子で、アディアナは言葉を続ける。

「何か、お加減でも悪いのかと思いまして・・・」

「そんな風に見えるか?」

「いえ・・・そうではないのですが・・・」

 アディアナ自信、判りかねるのだろう、酷く戸惑っている。

 優しい少女だな。

 レイナードはそう感じると共に、今までのつっけんどんな態度が嘘のような、優しい笑みを浮かべていた。

「光の姫、その『直感』、大事にするがいい」

「え・・・?」

「いつか、判るだろう。だが、決して全てのモノが発する声を聞きのがすな。あの声は、貴方の助けになる」

「・・・はい」

 聞き分けよく、アディアナは頷く。

 どうして、ああまでリースがこの姫に肩入れをするのか、ようやく判る気がした。この姫は、魔神をも引き付ける『光』をもっている。

 そして、その『光』がどこから来るのか、レイナードには判って居た。

(アルディスめ・・・)

 アディアナがどうして、聖王の姫となったのか、ようやく合点がいった。

 聖王の凝った趣向に、皮肉な思いがした。

 

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