【神のいない大地〜FOR HUNDREDS〜

22−黒い炎−3

作・三月さま


 貴方の微笑んでいる場所。

 

 冷水に浸した布を強く絞る。水の滴が幾つも、幾つも、手のすき間からこぼれ落ちていった。アディアナは、その滴の落ちていく先を、じっと見つめていた。思慮深げに何かを考えこみ、小さくため息をつく。

 ともすれば、沈みがちな心を、自分自身で叱咤する。

 氷水で冷えた布を掌の大きさに広げ、それをエルフィナの額に乗せてやる。

「・・・エルフィナ」

 今、ベッドで眠っている妹の姿は、いつもの彼女だった。辛そうな、荒い息をしている。それが酷く痛ましい。だが、アディアナは同時に、妹の変りない姿に安堵してもいた。

 エルフィナの、柔らかな茶色の髪。それを、優しく撫で付けてやる。指の合間に絡み付いてくるその髪は、聖堂で見たような黒髪ではない。あの色は、もしかしたら見間違いではなかったのか。そうも思う。

 アディアナは、そっとため息をつくと、今まで椅子に座り直した。もっとエルフィナの近くに居られるようにし、彼女を見つめていられるように屈みこむ。

 あれからエルフィナは、ルドラの手によってここまで運ばれ、寝かされた。その聖堂で倒れた時点から、すでに彼女の体は熱く、熱を持っていたらしい。ルドラが渋い顔で、そう言っていたのを思い出す。

 アルディスに言わせれば、今まで『闇』に抑え込まれていた『炎』が活発化したせいだろうと言う。エルフィナの体の内にあると言う、二つの属性。その、相対的な作用。それが、彼女の体に、高い熱を呼んだのだ。

「判らないわ・・・」

 アディアナの理性でなく、感情がそうつぶやいた。

 苦しそうに、荒い息を繰り返すエルフィナ。そんな彼女を見ていると、涙が出てくる。妹が可愛そうで。そして、自分が情けなくて。

 聖堂でのエルフィナ。アディアナは、別人の様にみえた妹が恐かった。闇の属性を前面に表わし、姿さえも変え、人格さえも変ったように見えた妹が恐かった。

 だが、アディアナには、その恐怖が許せなかったのだ。いつも、エルフィナは全身全霊でアディアナのことを慕ってくれている。それは、思われているアディアナにも、また、回りの侍女達にも、はっきりと判るエルフィナの気持ちだ。それを裏切ったような気がした。

 それを、アディアナは罪悪のように感じている。そして、その罪を償うかのように、彼女は、異変を聞きつけて起き出してきた侍女や女官全てを下がらせ、一人でエルフィナを見ている。そうでもしていなければ、胸が苦しくて、自分の存在さえ許せなくなってくるからだ。

「ごめんなさい・・・」

 手の甲で涙を拭い、気が付いたように、エルフィナの額に置いたばかりの布を手に取る。布は既に、気持ちの悪いくらいに暖まっていた。それをまた、冷水につけ絞る。

 エルフィナの面に、沢山の汗が浮かんでいた。それを、ソッと拭ってやる。

「・・・二つの属性・・・どうして?」

 ふと、手が止まった。

 疑問は幾つもある。その内の一つが、今、思わず口にしたことだった。

 普通、人と言わず、全ての生き物は一つの『属性』しか持っていないはずなのだ。そう、バルスに教わった。

 この世に存在するモノは、幾つもの、属性に囲まれている。海の水、大地の母性。そして、その体の中にも、幾つもの力を抱えているそうだ。体の血肉や、精神の中にそれらはある。だが、人が顕著に表わす『属性』と呼ばれる力は一つだけ。それは、炎のときもあれば、水のときもある。『属性』は、人がもっとも強く自分の中にもつ力を指すのだ。そして、魔法やそれに対する耐性と言う形で表われる属性は一つのみ。

 もっとも、身近に一人例外な人物はいた。バルスだ。どうしてかは、誰も知らない。だが、彼もエルフィナのように、複数の属性を持っているらしい。水と風と光。だからこそ、彼は白魔法と区別される類の魔法全てを使い、大神官の名にふさわしい魔力を示している。

 だが、エルフィナもバルスと同じ様な複数の属性を持つものだと言うことは、今日、始めて知った。それまでは、彼女の使える魔法はただ一つ、炎のものだけと思っていたのだ。そして、エルフィナが炎以外の力を見せたのも、今日が始めてだった。

 あの時エルフィナは、濃い闇に囲まれていた。アディアナが内に抱える光を圧倒するばかりの、強く、暗い闇を。

「・・・エルフィナ、貴方はいったい何なの?」

 何も恐いと思ったことはなかった。なのに、よりにもよって、始めて恐怖した相手が、妹であるエルフィナだった。

 あの時感じた恐怖を払うように、アディアナは首を振った。その拍子に、彼女の美しく艶やかな金の髪が、小さく揺れる。

 アディアナは、ピタリと身動きをやめると、エルフィナの面に見入った。少年のような、端正な顔だちだ。女性的な円みが一切ない、至って男性的な壮麗さだった。エルフィナが、自分の女と言う性を拒絶するゆえに、こんなに少年じみてしまったのだろうか。それとも、もともと男性的な質だったのだろうか。

 アディアナは小さく苦笑すると、愛しげに、妹の髪を撫でた。

 その手が、不意に掴まれる。

「あ・・・」

 アディアナは突然のことに驚き、妹の顔をマジマジと見つめた。

 彼女の見守る中、ゆっくりと、エルフィナが目を開ける。灰色の瞳は、まず、天井を捉えた。ふっと、エルフィナの口から吐息が漏れる。彼女は、しばらく視線を彷徨わせたかと思うと、不思議そうに、側にいる姉を見上げた。

「姉上・・・?」

「エルフィナ・・・お加減はいかが?」

「すっごく、だるい・・・」

 エルフィナはそうつぶやいたかと思うと、重いため息をついた。

「姉上、『僕』・・・すごく変な夢、見た・・・」

「夢?」

「そう。僕が・・・僕なんだけど、僕じゃない・・・僕がしている事を見なくちゃいけない夢・・・僕なんだけどね。何か、ちょっと違う気がした・・・」

「エルフィナ、その話しは・・・後にいたしましょう?」

「・・・あれ、僕だったんだ。僕じゃないけど、僕。僕の一部。間違いなく、僕なんだ。別な部分のように思えるけど、違う・・・別人格でもなくて、別人でもない。ただちょっと、気分が違って・・・すごく、興奮してて・・・」

 そう言ったかと思うと、エルフィナは、いままで優しく掴んでいたアディアナの手を離した。跳ね退けるようにだ。そして、両手で顔を覆う。

「夢なんかじゃない!」

「エルフィナ!」

「現実なんだ!」

 エルフィナは、衰弱しきった体で、なんとか身を起こした。ヨロヨロとよろめきながらだ。しかも、エルフィナは、宥めようとするアディアナを、激しく拒絶する。

「僕のことは、放っておいてよ!」

「・・・エルフィナ・・・わたくしは・・・」

「駄目だよ、僕は・・・僕は・・・」

 ベッドの上で、エルフィナは前屈みになった。ゼェゼェと、荒い吐息を繰り返している。何とか、ベッドの上から降りたいのだが、体が言うことをきかない。

「前にもあったんだ・・・」

 ポツリとつぶやかれた言葉。

 それに、アディアナは体が凍り付くような気がした。

「前・・・にも?」

「そう。自分の中から、僕が何かするのを見るような感じ。でも、本当に中から見てるわけじゃないんだ。あれは、自分自身・・・二、三回あった」

「その時は・・・?」

「自然に元に戻ってた。でも、次ぎがあったら、多分、今回と同じだ」

「わたくしは・・・」

「だから、もう、ここにはいたくない」

 そう言って、エルフィナは顔を上げた。姉と目が合うと、悲しそうな笑い顔を見せる。彼女は、何とか自力でベッドの端までより、床に足をつける。

「このまま、ここにいたら、きっと姉上を傷つける」

「・・・エルフィナ」

「別にね、どうだっていいんだ。アルディスにどれだけ迷惑かけようが、昔みたいに憎まれようがね。でも、姉上を傷つけるのは、嫌だ」

 エルフィナの声は、どこか涙声だった。声が震えているのは、泣くのを我慢しているせいだろう。その涙に代わり、全身の震えが、彼女の悲哀を伝えているようだった。

「でも、嫌だ・・・」

 エルフィナは、小さな声で呻いた。ベッドの端に座りこんだまま、頭を抱える。

 その妹の体を、アディアナは抱きしめていた。衝動的に、そうしてやらなければと思ったからだ。

「エルフィナ・・・どうして・・・」

「姉上から、離れたくない・・・判ってるのに・・・傷つけるの判ってるのに・・・行きたくない!」

「エルフィナ・・・」

「未練がましいんだ、僕って・・・姉上に酷いことするの嫌なくせに、離れるのも嫌で・・・いつも、聖王宮の外に出てるくせしてさ」

 エルフィナが抱かれながら、小さく身動きした。アディアナが腕の力を緩めると、逆に、エルフィナが彼女を抱きしめてきた。

「姉上・・・大好きだ。だから、いかなくちゃ」

「それで・・・いいのですか?」

「え・・・?」

 姉の言葉に、エルフィナが驚く。何を言うのかと、間近に見える美しい面を、マジマジと見つめる。

「姉上・・・?」

「・・・エルフィナ、わたくし、きっと悲しいわ」

「悲しいって・・・」

「貴方がいなくなったら、きっと悲しい・・・」

 その言葉に、エルフィナの体がビクリと震えた。彼女は、思わず漏れた嗚咽を抑える様に、手で口元を覆う。それでも堪え切れなくなったのか、エルフィナの目元に、大粒の涙が浮かんだ。そのまま、グシャグシャの涙顔で、彼女は姉に尋ねるような視線を向ける。

「いても・・・いい?」

「どうして駄目なのでしょうか?」

「だって・・・僕、おかしいから・・・おかしくなるから。見たでしょう、姉上!?」

「えぇ、そうね」

 頷くアディアナの胸に、罪悪感がよぎった。その思いに、表情を曇らせた姉をどう見たのだろうか。エルフィナは泣き顔のまま、皮肉そうに笑う。

「ほら、姉上だって、恐いんだ・・・」

「そうね、恐かったわ、わたくし。貴方のことも、自分のことも」

「自分・・・」

 姉の発言にエルフィナはキョトントなった。泣いたのが恥ずかしいのか、彼女はグシグシと、服のすそで涙を拭っている。何とか、泣き顔を隠し、再び、姉に疑問を投げかけた。

「どういうことだよ、姉上・・・」

「・・・わたくし、貴方に悪いことをしてしまったから」

「悪いって・・・なんで!?」

「ほら、わたくし、貴方のことを恐く思ってしまったでしょう。大切な妹なのに」

「そんなの・・・姉上は全然、悪くないじゃないか!」

 慌てた様子で、エルフィナは否定しにかかる。

「あれは全部、僕のせいだろう。あんなに魔物がいて、僕もおかしくて・・・恐くならないほうが、変なんだよ。姉上は、全然悪くない。悪いのは、僕だから!!」

「エルフィナ・・・」

 アディアナは、酷く慌てている妹を、驚いたように眺めていた。なにも、ここまで必死にならなくても、いいのではないかとさえ、思ってしまった。

 それでも、これがエルフィナなのだと納得した。少年じみた態度で、自分をかばってくれる妹。

 アディアナは目を細め、エルフィナに優しく微笑む。

「・・・わたくしに、何か出来ないのかしら?」

「闇が・・・闇が強くならなきゃ、きっと・・・判らない。でも、僕でいられる気がする」

 エルフィナの手が、アディアナの頬に伸びた。おずおずと、姉に跳ね除けられはしないかと、怯えがちにだ。

「姉上、僕のこと・・・止めてくれる?」

「・・・わたくしが?」

「妹でいいから・・・だから、傍にいてほしい」

「それだけで、いいのですか?」

「うん・・・だって・・・」

 不意に、エルフィナが面を伏せた。何かとアディアナが思っている目の前で、妹の首筋から耳元までが、真っ赤に染まっていく。

「だってさ、姉上がいれば、きっと、僕は僕でいられるから・・・僕、姉上のこと、好きだから、姉上のためだったら、何でも我慢できるし、何だって出来る気がするから・・・」

 エルフィナの告白にアディアナはキョトンとしている。エルフィナにしてみれば、必死な言葉だったようだが、うまく伝わらなかったようだ。

 面を上げ、姉の反応を見たエルフィナは、何か拍子抜けした気がした。それでも、そんな姉が好きなのだとばかりに、苦笑した。

 アディアナも、妹に笑いかけてやった。

「そうね。ずっと側にいるわ。貴方がそう望むのならば」

「うん・・・うん」

 悲しげに微笑み、エルフィナは姉の胸に顔をうずめた。

「うん・・・姉上がいれば、大丈夫だね」

「わたくしがいれば?」

「そう。だって、姉上は、強いから・・・強い光だから・・・だから、傍にいれば、平気」

 そう言って笑うエルフィナは、まるで少年だった。無邪気で、奔放な少年。

 彼女の頭を、アディアナは優しく抱いた。

「エルフィナが、そう言うのなら、いいわ・・・ずっと、傍にいる。わたくし、エルフィナの傍にいるわ」

「うん・・・もう・・・」

 何かを言いかけ、エルフィナは苦笑した。

「何でもない・・・」

 

 もう、姉上が他のやつのことを好きでもいい。

 それでも『俺』は・・・。

 

 突然の訪問者。それに、居合わせた文官達は皆、騒然となった。

 殴り込むようにやってきたエルフィナ王女。彼女の姿は、彼等にとっては、さぞかし恐ろしく映っただろう。それくらいの、剣幕だ。まして、この場にいる聖王と彼女の仲が極めて悪いことなど、王宮の事情通でなくても知っていることだ。

「下がってくれないか?」

 アルディスは、慌てている文官達をみて、苦笑した。

 一人、二人。ためらいながらも、聖王の言葉に従う。彼を信じているからこそ、心配しながらも、従ってくれるのだろう。

 パタンと、最後の一人が執務室の扉を閉めた。

 部屋には、病み上がりのエルフィナと、苦笑しているアルディスだけが残る。

 アルディスは、執務ようの机に肘を付き、小さく首を傾げる。

「で、なんだ?」

 アルディスはいつもの余裕をもった態度を崩さず、目の前に立っているエルフィナを見上げた。それが、エルフィナを苛立たせるであろうことは、重々承知しているだろう。それでも、態度を変えないあたり、彼らしいと言えば彼らしい。

「まさか、お前が無用で俺のとこに来るとは思えないけどな?」

「あたりまえだ。・・・礼を言いに来た」

「礼?」

 エルフィナからは絶対に聞く事がないと思っていた言葉を耳にして、アルディスはキョトンとなる。彼は、二、三回、目をしばたたかせたと思うと、そのまま、クスクスと笑い出す。

 それに、エルフィナは苛立ったように、拳を握り締めた。

「先週の礼だ・・・お前に助けられたから・・・ね」

「なんだ・・・それか」

 アルディスはそう言ったかと思うと、意地悪そうな笑みを浮かべた。

「真夜中に後宮に入ったり、魔物を聖王宮内に呼んだり、俺を害そうとしたのに全てを不問にしてやったことか?」

「い・・・嫌味なやつだな!!」

 エルフィナは、怒りも露にアルディスを睨みつけた。

「改めて言わなくったって、判ってるんだよ!」

「そうか、それならいい」

「ぼ・・・僕が礼って言ったのは・・・言ったのは、『闇』を封じてくれたことに対してのみだ!」

「なるほど?」

 アルディスは、何がおかしいのか、苦笑し続けている。

「別にいいさ、それくらい。それに、封じたわけじゃない」

「・・・どう言う意味だ?」

「お前がどうして、ここに来たかなんて、判っているさ」

 ニッコリと微笑んでいるアルディスに、エルフィナは顔を赤くした。

「くそ・・・」

「お前の望みは、自分の中の『闇』を封じてもらうこと。だが、それは出来ない」

「何でだ!?」

「もし、お前の中のどちらかの属性を封じてしまえば、もう片方が暴走するからだ」

「つまり・・・」

「お前の属性・・・バルスもそうだな。複数の属性は、危うい所で均衡を保っている。まぁ、少々属性のバランスが崩れた程度なら、熱を出すとか、暴れるとかですむだろうが・・・」

 アルディスはそう言って、さりげなく、エルフィナが仕出かした事の重さを示唆してやる。それが判らないエルフィナでもなく、彼女は露骨に顔をしかめた。

 そんな彼女の不快そうな表情に構うことなく、アルディスは続けた。

「もし、どちらかの属性を完全に封じてしまえば、もう片方の属性に飲まれてしまうだろう。お前の望み通りに闇を封じてしまえば、まぁ、よくて焼死だな」

 そんな恐ろしいことを、アッサリと言ってのけるアルディス。

 エルフィナは、ただ、ブルブルと肩を振るわせていた。恐ろしさからではない。怒りと苛立ちからだ。

「だったら・・・どうすればいいんだよ。このまんまじゃ、絶対に、姉上に迷惑かける。姉上はいいって言ってくれたけど、僕はそんなの嫌なんだよ!!」

「だったら、簡単だ」

「なんだよ!」

「自分で自分を律しろ」

「・・・なに?」

 アルディスの言葉に、エルフィナは彼の面を見据えた。半端なことを言えば、唯では済まさない気だろう。どうあっても、アルディスに対する敵愾心を抑えられないらしい。

「アルディス!」

「決まりきったことだな。自分を治められるのは、自分だけと言うことさ。あのとき、確かに俺はお前の闇を抑えてやった。だがな・・・」

 カタンと、小さな音を立て、アルディスは椅子から立ち上がった。

「あのとき、元に戻ったのは、お前が望んだからだろう?」

 アルディスの言葉に、エルフィナは彼から視線を反らした。

 言われてみれば、何となく覚えがある。

 苛立ちと、焦燥。アディアナが泣いて居るのが見えているのに、何もできないことに苛立っていた。同時に、原因が自分だと言うことも、判っていたから。だから、強い怒りを感じていたのだ。アルディスにでなく、また、アディアナに対してでもない。自分自身にだ。だから、何とかして、元に戻りたかった。せめて、アディアナが安心してくれればいいと思って。

 今まで握り締めていた拳を、エルフィナはゆっくりと開いた。

「どうすれば・・・いいんだ?」

「自分の中の闇を認めてやれ。その上で、抑えろ。自分の力をコントロールするんだ。難しいが、出来ないことじゃない」

「・・・なんか、知ったような口を聞くんだな」

「まぁ、俺も暴走させる質だからな」

 そう言って、苦笑したアルディスに、エルフィナはハッとなった。

 アルディスの中に、『魔王』があるのは周知の事実。彼が遠回しにだが、その『魔王』の力の事を言っていることに、気がついた。

「アンタも・・・畜生!」

 エルフィナは突然叫んだかと思うと、激しくアルディスを睨みつけた。

「どうして、アンタはそうなんだよ!」

「何を言っているのか、訳がわからんぞ、エルフィナ」

「アンタはいつもそうだよ。涼しい顔して・・・自分だって、抑えつけてたんだ。僕・・・僕以上の闇をもってて・・・なのに、そんなのおくびにも出さないで・・・」

 声の末尾はかすれ、小さすぎでほとんど聞き取れなかった。

 だが、アルディスは小さく微笑んでいる。満足そうに。

「そうだな・・・」

「何、笑ってるんだよ・・・」

「いやぁ、似ているなと思って」

「・・・なんだよ。どうせ、ろくでもないモンだろ?」

 そう決めてかかっているエルフィナは、ジト目でアルディスを睨みつける。

 それに対して、アルディスは大爆笑だ。

「確かに、ろくでもないモノかもしれないな。なんと言っても、ルーエルだからな」

「な・・・!?」

 エルフィナは、一瞬あっけにとられ、それから真っ赤になった。

「ぼ・・・僕が、ルドラに・・・似てる?」

「あぁ。・・・どうした?」

「別に・・・」

「嬉しいのか、似てると言われて?」

「・・・当り前だろう」

 ボソッと答えるエルフィナ。居心地を悪そうにしているところは、年齢らしい幼さだ。

「だって・・・僕の目標・・・ルドラだし・・・」

「それは始めて知った」

 率直に、アルディスは驚いてみせる。

 そんな彼を睨みつけていたエルフィナだったが、ふと、何かに気がいたように、地団太を踏んだ。

「なんで、アンタにこんなこと、言わなくちゃいけないんだよ!」

「そうだなぁ」

「頭にくる!」

「まぁ、ルー以上にお前に似てる奴も、いることはいる」

「う・・・」

 その先に、アルディスが何か不吉なことを言おうとしたのを感じたのだろう。エルフィナはさらに嫌そうな顔になる。

「まさか・・・」

「俺だよ。似てると思うけどな?」

「冗談じゃない!!」

 エルフィナは、突然身を翻し、執務室の扉を乱暴に開けた。アルディスが最後に言ったことばが、心底気に触ったらしい。来たとき以上の、凄まじい形相になっている。

「冗談じゃない、冗談じゃない。ふざけんな!!」

 彼女は、大声で叫びながら、逃げるように、執務室から出ていった。それが、何を思ったのか、バタバタと、また、戻ってくる。ヒョッコリと開け放していった戸口から、顔を出したかと思うと、

「礼は言ったからな!」

と、怒鳴った。

「わかったよ」

 あくまで、余裕をもって微笑んでいるアルディスに、エルフィナはいつも通りの苛立ちぶりで、部屋を出ていった。

 アルディスとしては、苦笑するしかない。

「しかし・・・やっぱり、ルドラよりは、俺の方により似てると思うけどなぁ」

 椅子に再び座り、背もたれに寄りかかる。

 感慨深そうに、ため息をついた。そして、意地の悪い笑みを浮かべる。

 

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