【神のいない大地〜FOR HUNDREDS〜

11−暗闇のアリア−4

作・三月さま


 誰にも渡さない。

 

 聖王の直轄地の東に隣接するターバー公領。一国並の領地を持つ、ゴールドバーン

の七地区の内の一つを代表する公爵、ターバー公の収める地だ。ターバー公の代表す

る地区は、本領からの方位から、東の領とも呼ばれることもある。それぞれの地区を

代表する公爵は、聖王でさえ軽く扱えぬ大貴族だ。ターバー公自体、聖王戴冠後、聖

王を養子としたシャノン公に続いて、その幕下に入った人物の血脈でもあり、国内で

も常に重く見られている。

 そのターバー公が聖王宮に、『ご機嫌うかがい』と言う名目で訪れる。

 聖王宮に詰めていないとはいえ、広大な領地をもつ大公爵の訪問だ、聖王宮内は当

然、大騒ぎになる。少しでも粗相のないようにと、女官達は準備におおわらわにな

り、文官・武官もそれぞれに、忙しくなっていた。

 だが、いずれの顔も、忙しいながらも、どこか嬉しそうな顔をしていた。

 第一の理由としては、現ターバー公の人柄だろうか。

 既に五十にを過ぎたターバー公は、穏やかで情け深い領主として知られている。聖

王の覚えも目出度く、大公爵達の中でも、もっとも聖王宮に訪れているが、その度に

歓迎されている。若い頃から、聖王とは親しく、『友』とも呼ばれ、また、他の公爵

達にも妬まれることが少ない。いわゆる、出来た人物だった。

 そんな公爵の存在とは別の、第二の理由。

 これは、とりわけ女官達が喜ぶものだった。

 今回、公爵の第一子である、パドレイク公子が共に来ることになっていた。

 パドレイクが聖王宮に訪れるのは二回目。前回は一年前だったが、親譲りの穏やか

な雰囲気と、男性らしい魅力で、一目で女官達の心を奪ったらしい。一年経ったと言

うのに、パドレイクが再び登城すると聞いたとたん、何人もの女官達が喜びの声を上

げたものだ。

 そんな、人気の公爵親子だったが、一人だけ彼等の訪問を心良く思わない者がい

た。

 エルフィナである。

 彼女もまた、パドレイクと『姫』として会ったので、彼のことは知っている。当時

17才だった公子は、少年らしい明るさと、青年の雰囲気を持ち合わせた、女官が騒

ぐだけの人物だと言うことも判る。

 だから、気にいらなかったのだ。

 パドレイクが、また聖王宮に上がって来る理由が判っていたから。

「くそ・・・」

 適当に入り込んだ部屋の窓から、女官達が小走りに過ぎて行くのを眺める。

 聖王宮の年ごろの女性は、皆、明るく騒いでいた。

 やはり、『女性』のエルフィナよりは、『男性』であるパドレイクの方が、彼女達

にはいいらしい。つい昨日までエルフィナを見て騒いでいた彼女達も、今日はパドレ

イクのことしか気にかけていないようだった。もっとも、そんな上付いた女官は、若

い身分低い一部の者だけだったが。

 別に、そんな女官がいくら騒ごうが、他の男性を気にしようが、エルフィナにはど

うでもよかった。

 昔同様、エルフィナは女官などと言う存在は軽蔑しかしていない。表向き親しんで

居るようにも見せているが、特に今パドレイクに騒いでいる様な女官を心底嫌ってい

た。

(ターバー公が来るのはもうすぐか・・・)

 女官達の騒ぎ具合を見て、そう見当を付けると、エルフィナは近くの藤椅子にかけ

てあったマントを手に取った。慣れた手つきでそれを止める。

 何時の頃からか、エルフィナの色となってしまった黒。正装も、その色の男性物。

中性的な顔立ちと体格も手伝って、傍目には美麗な男性としか映らない。

 部屋を出ると、丁度通りかかった武官と出会った。修練場でよく顔を合わせるの

で、お互い見知っている。

「あぁ、エルフィナ様」

 武官の常に習って、この年若い騎士もまた、エルフィナを『姫』とは呼ばなかっ

た。今なおエルフィナの事を姫と呼ぶのは、養育係りの筆頭である女官クレアレット

などの、年のいった者達だけだ。

「ターバー公は、もう来たのか?」

 男性の物としか思えない口調でそう尋ねる。

「いえ、まだですが」

「そうか。アルディス・・・聖王はどうしてる?」

「・・・わたくしの身分では、何とも・・・」

 そう言って、騎士は罰の悪そうな顔になった。彼のような身分の低い騎士では、ア

ルディスがどうしているかなど、判らないらしい。

「そうか・・・」

 馬鹿にするでもなく、また謝罪するでもなく、エルフィナは頷いただけだった。ま

だ、不快そうな顔をしないだけ、この騎士に親しみを持っているのかもしれない。

「行け」

 騎士が、何やら気にしているのを見てとって、エルフィナはそう言ってやった。公

爵が来る以上、こんな下級騎士にも仕事はあるのだろう。公爵と体面するくらいしか

仕事のないエルフィナと違って、なんとも忙しそうだった。

 わたわたと去っていく騎士の後ろ姿を見送り、反対方向へとエルフィナは歩き出し

た。

 こちらに行けば、後宮へと続く回廊に出られる。そのまま、姉の様子を見に行くつ

もりだった。

 

 エルフィナが訪れたとき、アディアナは丁度用意を終えた所らしかった。何人もの

『姫付き』の侍女達が、部屋から出て来る。

「姉上?」

 自分に挨拶してくる侍女達を適当にあしらい、部屋にひょっこりと顔を出す。

 その途端、エルフィナは顔を赤くしていた。

 部屋の中央で、残った侍女二人と談笑しているアディアナ。

 淡いサーモンピンクのドレスに、髪は珍しく結い上げてある。何時にも増して可憐

なその姿に、エルフィナは圧倒されたように、その場に立ち尽くしていた。

 そんな彼女に、侍女がまず気が付いた。

「あら、エルフィナ」

 侍女の視線から、妹の姿を見つけ、アディアナは淡く微笑む。

「どうしたのですか、エルフィナ?」

 微笑みながら自分を待っている姉に、エルフィナは観念したように部屋の中に入っ

た。

「いや・・・姉上がどうしてるかと思って」

「そう・・・」

 アルディナの意を受けて、残っていた侍女達も下がっていく。

 エルフィナが、二人きりのほうがいいのを見透かしての事だろう。姉のそんな聡さ

に、エルフィナはクスクスと笑った。

「ねぇ、姉上?」

「なぁに?」

「姉上、公爵と体面したら、その後、後宮に引っ込んでるんでしょ?」

 妹の質問に、アディアナはクスリと笑った。

 すぐには答えず、まず妹に座るように椅子を進める。エルフィナが、適当な椅子に

座ったのを見て、自分もそれに一番近い場所に腰かける。

「一応、お父様にはそう言ってありますわ」

「よかった!」

「あら、どうしてですの?」

 自分の言葉に、間髪を入れずに、歓声を上げた妹を、アディアナは不思議そうに見

る。

「エルフィナ?」

「・・・だって、もし正宮に居続けたら、絶対にパドレイクが姉上に近寄るから・

・・」

「どういう意味ですの?」

「・・・パドレイクがターバーのおっさんに引っ付いてくるのって、姉上目的なの、

明らかじゃん・・・だから、僕・・・」

「まぁ、そうでしたの」

 初耳だったのか、アディアナは酷く驚いて見せる。

 鈍いとも言える姉の反応に、エルフィナは頭を抱えた。もっとも、こんな純真さだ

から、エルフィナも彼女を愛しているのだが。

「もう・・・姉上はぁ!」

「・・・だって、判らないものは、判らないんですもの」

「わかったよぉ」

 アディアナがシュンとしたのに、エルフィナは慌てる。姉には出来るだけ、笑って

いてもらいたいので、落ち込まれると、いつも慌てている。

「いいってば。姉上は、それでいいの!」

「そうですの?」

「そ〜ぉ!」

 力強く行程する妹に、アディアナはクスクスと笑った。

「エルフィナが嫌なのでしたら、後宮に篭っていましょう。でも・・・」

「でも?」

「表に出られないのは退屈ですからね。エルフィナもつきあってくれますわよね?」

 ニッコリとした微笑みつきの提案に、エルフィナが否やを言うわけもなかった。

「当然。僕だったら、いくらでも暇だから。ずぅっと姉上の傍にいてやるよ」

「ありがとう」

 アディアナはそう言ってくれたが、本当なら、エルフィナが感謝したいほどだっ

た。

 自分の我がままに付き合い、後宮に篭ると言ってくれたのだから。

 

 ご機嫌で、一時的に姉の部屋から自室に戻ろうとしたエルフィナだったが、その途

中で嫌な人物を会ってしまった。

 正式にはただ一人、堂々と『後宮』に出入り出来る人物。

 アルディスだった。

「エルフィナか」

 アルディスはエルフィナを見つけると、彼女の嫌そうな顔など気にせず、そう声を

かけてきた。

 彼もすでに準備が終わっているらしく、完璧な正装だ。白の上下に、片方の肩だけ

にかける淡い青のマント。エルフィナの否定的な目から見ても、聖王に足る威厳と威

圧がある。

 いくらエルフィナが成長してみても、四百年近い年齢差はあり続けるらしい。アル

ディスの、彼女に対する態度は、子供に対するのと同じだ。もっとも、エルフィナが

聖王の『養女』であることを考えれば、そんな態度も当然なのかもしれない。

「アディの所に行ってたのか?」

 エルフィナが歩いてきた方向から、そう見当をつけるアルディス。

「そうだけど、問題でもあるんですか?」

「いや、別に」

 あっけらかんとしたアルディス。いくらエルフィナが悪意をぶつけて見ようが、ま

ったく気にした様子がない。気が付かないはずはないのだが、完全に無視している。

 あくまでマイペースを崩さないアルディスの態度に、エルフィナは何時も苛立たせ

られる。

 もともと好きな人物ではないのだ。いくら回りが、『出来た王』だの『偉大な人』

だと言おうが、鼻で笑ってしまう。

 そんな元々の不快感に、『嫉妬』が交じって居ることも、エルフィナは自覚してい

た。

 今も、自分では到底及びそうもない、アルディスと言う存在に苛立っている。

 誰からも慕われ、尊敬され、愛される。神秘的で、威厳を持ち、それでいて、包み

込むような優しさがある。今も、エルフィナの悪意を気にしないのは、その優しさが

あるからだ。

 だから、苛立つ。

 自分では、絶対に勝てないことが判って居るからだ。

 人々に対する印象だけではない、剣でも、魔法でも。全てで、エルフィナはアルデ

ィスに勝てない。

 何よりも、『姉』にとっての存在価値で、追い抜くことが出来ない。

「エルフィナ?」

 苛立った目で自分を睨んでくる『娘』に、アルディスは薄く微笑んで見せる。なだ

めるような、どこか物悲しい笑み。

 その微笑みに、エルフィナの苛立ちが爆発した。

「パドレイクにも、アンタにも、姉上は渡さないからな。絶対!」

「エルフィナ!?」

 アルディスから逃れる様に駆け出したエルフィナ。

 後からアルディスの声がかかってきたが、そのまま走り続けた。

 酷く、みじめな気分だった。

 

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