【神のいない大地・番外編】

3−大武聖−

作・三月さま


 心が近すぎる気がする

 

 

 大武聖。聖王の治める地ゴールドバーンの武官の最高位。その位に就くものは、聖王と

同じ不老であり、長い年月の間、彼の右にあり続ける者だ。剣にかけては他の追随を許さ

ず、常に聖王の『剣』となり、彼を守り続けている。

 もっとも、回りが羨望を込めてつぶやくこれらの言葉を、本人が歓迎しているかどうか

は、まったく不明であるが。

 

「アールーディースぅ!!!!!」

 今日も今日とて平穏な聖王宮内。

 日課のように響いた青年の低い声に、折りよく部下の文官達と共に秋の祭儀の最終確認

をしていた大神官はその無表情な顔を書類から上げた。

「おや、またなのかな?」

 大神官バルスは、段々と近づいてくる靴音に、その冷たい目を部下に向けた。

 だが、文官達はバルスの視線にオドオドとするばかり。いつもそうだ。大神官と言う身

分でありながら、バルスの態度は文官や武官をたじろがせる。

 それが、自分の『冷たさ』のせいであると、バルスは理解している。そして、あえてそ

れを正そうとはしない。それが自分だと割り切ってしまっている。

「まぁいい。それよりも・・・」

 大神官の執務室に近づいてくる靴音は、まっすぐにこちらに向かってきているようだっ

た。

 この靴音の主を、バルスはすでに判って居る。毎度のことだから、推量しなくても『彼』

が誰だか判ってしまうのだ。おそらく、ここに居合わせている文官達でさえ、ここに誰が

来ようとしているのか、熟知していることだろう。

「バルス!!」

 乱暴に、執務室の扉が開かれる。

 続いて、張り上げられた怒鳴り声。

 略式の正装に、後ろで束ねられた茶色の髪。長身でたくましく、しかもしょっちゅう怒

っている。聖王の気紛れに始終振り回されっぱなしの大武聖、その人だ。

 バルスは、無表情に彼を見た。

「・・・ルドラ、室内にはいるときはノックをしてくれと、何回言ったら判るのかな?」

「ふざけんな!!」

 『バン!!』と、ルドラが力任せに問題の扉を拳で殴りつける。大武聖に問答無用に殴

られてしまった扉は、そのまま殴られた方向へと傾ぎ倒れた。

 それなりの厚みと強度を持っていたはずの扉が、簡単殴り倒されてしまったことに、文

官達はこぞって顔色を変えた。平然としているのはバルスだけ。かなり頭に来ているよう

だったが、今だ理性は残っていたのか、文官達の様子を見て取ったルドラは彼等を下がら

せた。

 我先にと、大神官の執務室を後にする文官達。

 後に残ったのは、当然、聖王の二人の腹心だけだ。

「で、何の用事なのかな、ルドラ?」

「・・・アルディスを外に出したの、『また』お前だろ?」

 ズバリと用件を言ってのけるルドラ。

 それに、バルスはずうずうしくも頷いて見せる。

「そうだよ、私だよ。何か問題でもあるのか?」

「ばっかやろぉ!!!!」

 ルドラが絶叫したのに、バルスは手にしていた書類を机の上に置いた。

 そして、自分より一回りも大きい青年を、責めるような視線で見る。

「ルドラ、貴方は何か勘違いをしている」

「また、その話か・・・」

「何度言っても、貴方は判ってくれないからな」

 バルスはそう言うと、左手で自分の胸を軽く抑えた。

「私は貴方とは立場が違うんだ。我が君に、貴方のように接することは出来ない。私は、

あの方が望むことは、間違っていることでなければ、全て命に服さねばらならない」

「へいへい」

「ルドラ、それを判ってほしい」

「・・・判ってるともさ」

 ルドラは、そう言っているものの、やはり納得のいかない所があるのか、苦々しそうな

表情をしている。

「だけどなぁ、聖王が連日、王宮を抜け出すこのことの、どこが『間違っていない』んだ

よ!!」

「実によいことだと、私は思うけどな?」

「これが、『よいこと』かぁ!!!」

 またもや絶叫するルドラ。なかなか苦難が絶えないようである。

 

 一方、渦中の聖王。

 聖都の下町でお気楽に遊んでいた。

「いやぁ、今日もいい天気だなぁ」

 のんびりと、木陰から見える空を見上げてはそんなことを言ったりしている。ルドラの

苦労など、どこ吹く風だ。

 そんな彼の回りでは、何人もの子供達が戯れていた。

 聖都に設けられている、小さな公園の一角。アルディス自身がバルスに無理を言って作

らせたものだが、ここが、聖都では彼が一番好きな場所だった。

 緑だけならば、聖王宮の庭園の方が見事だ。だが、ここには『人』がいる。

「ねえ、お兄ちゃん、何してるの?」

 遊んでいた女の子が、木に寄りかかったまま、上を眺めているアルディスに声をかける。

 小さな少女に、アルディスはニッコリと笑った。

「人をね、待ってるんだよ」

「人?」

「そ、俺の友達だよ。きっと向かえに来てくれるからね。それまで、待ってることにして

いるんだ」

「その人、お兄ちゃんの恋人?」

 小さい癖に、ませた口を利くな。

 アルディスは、女の子の言葉に、噴き出しながら、ふとそう思う。

「恋人じゃないよ」

 否定しながら、まだ笑っている。

「ほら、先週も来てくれただろう。あの、もう一人のお兄ちゃんだよ」

「え、あのお兄ちゃん、また来てくれるの?」

 パァッと、女の子の表情が明るくなる。

 ただ、優しく見守ってくれているアルディスと違って、ルドラはついつい、文句を言い

つつも子供達を構ってしまうのだ。そのせいか、ルドラの方がアルディスより圧倒的に子

供達に人気がある。

 ここにいる子供達の誰もが、アルディスとバルスの正体を知らない。

 それでいいと思う。

 ただ、一人の人間としていられれば、それでいい。

「あ、呼んでる。またね、お兄ちゃん!」

 友達が自分を呼んだのを見て、女の子はそっちへ走り出した。

 アルディスは、そんな彼女を笑って見送る。

「本当に、いいなぁ」

 平穏な日々。

 アルディスが望んだ日々だ。

 戦乱に混乱しきっていた祖国を見捨て、諸国を放浪した挙句に見たものは荒廃だった。

荒れた大地、どこにも見られない子供達の笑顔。

 ずっと欲しかった。見ているだけで、幸せになれるもの。

 だから、今の自分にも後悔はない。時折、こうやってルドラを困らせるのを承知で、町

に下りたりしてしまってはいるが。

 それも、こうやって子供達の笑顔を見るためだ。

 この人々の笑顔を得るために、重い責を負ってしまった。だが、後悔はしていない。

 顔を下げてすぐ脇の大地を見た。

 安定している大地。

 昔はもっと、不安定だった。神に見放されて、荒廃していくだけの大地だったが、今は

確実に蘇っている。豊かになっていっている。

 ふと、影がアルディスの視界に入る。

 それを見て、アルディスはニッコリと笑って顔を上げた。

「お迎え、ありがとう」

「ばーか」

 ムスッとした顔のルドラ。王宮外にいるせいか、いたってラフな格好で、彼が大武聖の

位についた時の年齢相応の青年に見える。実際の年齢は、聖王同様にもっと上なのだが。

「あ、お兄ちゃんだぁ!」

 子供達が、ルドラを見つけて、目敏く走りよってくる。

 一瞬、困ったような表情になるルドラ。だが、アルディスが笑って頷くと、仕方なしそ

うに、だが本心は楽しそうに子供達を構い始めた。

「なんだぁ、お前ら、なにやってたんだ?」

 一番小さい男の子を抱き上げ、人好きする笑顔で子供達に接している。

 アルディスも、子供達がまとわりついてくるのに、ようやく腰を上げた。

「ねぇ、お兄ちゃん、また『魔法』見せてぇ」

 ずっと以前に、光系の簡単な魔法を見せてやったのをまたせがまれる。

「あの、奇麗なの、またやって」

「やって、やって」

 ルドラにまとわりついていた子供達も、アルディスにそうせがむ。

 アルディスは、それに微笑み、呪文の詠唱を始めた。

 小さな奇蹟。

 それでも、子供達が喜ぶ顔を見るのは楽しかった。

 アルディスとルドラが、ずっと、切望してきたものだったから。

 

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