【神のいない大地・番外編】

10−Adeana−(4)

作・三月さま


 自室で、ボーッとする。先程までの喧騒が嘘のように静かだった。

 それに、ルドラはそのまま、バッタリとベッドに倒れこんだ。

 女神ウィリスの訪れ。それは、この世界にとっては祝福すべきことだろう。女神

は、もともと異世界の神であったが、アルディスの願いを聞き入れ、彼にこの世界を

安定させるだけの力を与えてくれた。さらに、二百年たった今、世界の様子を見に訪

れさえしてくれたらしい。アルディスの変化がその証拠。

 だが、アルディスのその変化は、一概には喜んでばかりいられなかった。第一に、

もともと『男』であるアルディスの体が『女』となってしまったのだ。回り、特にル

ドラから見て見れば、気味の悪いこと極まりなかった。例え、『回り』の内の一人で

あるバルスが、全然気にしていなかったとしてもだ。

 そして、第二の弊害。女神ウィリスの影響が濃くなったせいだろう。世界を安定さ

せる力は強くなったのだが、その反面、元々のアルディスの力が弱まってしまった。

 それを狙ったような『魔神』の襲撃。アルディスの内側に封じ込められた『魔王』

を狙っての行動だった。

 幸い、今回もルドラ一人で魔神を退けることが出来た。相手が単独行動だったのが

幸いした。

 だが、これも何回も続くと辛い。事実、ルドラは今負傷している。利き腕の部分を

ザックリと切られた。バルスに大分癒して貰ったとは言え、今だ痛みは残っている。

「まいったな・・・」

 勝てた喜びよりも、これだけの傷を負わされた悔しさのほうが強い。

 ゴロリと横になって壁を睨んだ。いくら人々が剣聖だと称えてくれても、自分が満

足できなければ、その名も空しいだけだ。

 聖王派の魔神の一人を思い浮かべて、彼と手合わせでもするかと考える。その矢先

だった。

『コンコン』

 遠慮がちに叩かれた扉。

 それに続いて、無遠慮な声。

「ルーエル、生きてるかぁ??」

「うっせぇなぁ」

 姿を見なくとも、それがアルディスだとすぐに判ってしまった。声うんぬんより

も、彼を『ルーエル』などと言う愛称で呼ぶのは、アルディスだけだからだ。

「よ、どうだ、調子は?」

 アルディスは入って来るなりそう言って、後ろ手で扉を閉めた。

 ルドラは、しぶしぶ起き上がり、アルディスを睨み付ける。

「寝るんだから、出てけよ」

「おいおい、それが親友の傷の具合を心配して見舞にきた相手に言う言葉か?」

 アルディスは、いつもの調子でそう言う。だが、どこか声の調子は暗い。

 どこか、無理に作った表情。

 そこまでが限度だったのか、アルディスは真面目な顔つきになり、頭を下げた。

「すまない。俺のせいだ・・・」

「馬鹿野郎。俺が弱いからだよ、この傷は」

「自分の力が弱まっているのも自覚しないで、魔神と対した俺のせいだろ」

 アルディスはそう言って、自分の手を握り締める。

 いくら力が弱まっていても、魔神の一人くらいどうにかなる。そう考えて、アルデ

ィスは始め、誰も呼ばずに魔神と対そうとしたのだ。彼一人で収めれば、魔神を『封

印』するだけに留められるから。

 だが、甘かった。彼が力の一部としてしまった魔王は、ウィリスとは対象的な存在

だったらしい。アルディスの中で彼女の力が強まると共に、魔王の力はその威力を潜

めてしまった。

 結果、アルディスを庇ったルドラが負傷することとなる。

 本来ならば、ルドラは負傷のことで気に病む必要はないのかもしれない。だが、ル

ドラは自分の行動だと言い、庇いながらも負傷を負ったのは自分の未熟だとも言い放

った。

「すまない・・・」

 重ねて言うアルディスに、ルドラは気まずそうに頭をかいた。

 今日のアルディスは妙にしおらしい。気味が悪いくらいだ。

「アル?」

 久々に愛称で呼ぶと、アルディスはピクリと肩を振るわせた。

「・・・もう嫌なんだ、俺」

「は?」

「もう嫌なんだよ、『女』だなんて!!!」

 アルディスは突然そう叫んだかと思うと、自分の胸を抑えた。

「なんでこんな・・・そうさ、世界の安定の『鍵』になることは自分で選んださ。だ

が、女だと?冗談じゃない!!」

「お・・・おい、アルディス?」

 突然のように感情を爆発させたアルディス。そんな彼に、ルドラは驚いていた。

 まさか、アルディスがそんな風に思っていたなど気が付かなかった。

 あぁ、そうか・・・

 コイツ、無理してたのか。

「おい、アルディス・・・」

「もう終わるさ、これも。ウィリスが去れば。でも、いつウィリスは去るんだよ。俺

は確かに二か月ほどだと言った。だが、確かじゃないんだ。確かじゃないんだよ、ル

ーエル!!」

「アルディス!」

 ルドラが無理に抑え付けようとすると、アルディスはそれに抵抗した。

 これじゃぁ、まるで、女のヒステリーじゃないか。

 今まで抑え付けていたものをぶちまけるアルディスに、ルドラは少なからず閉口し

た。だが、常にない親友の行動に、それだけ鬱憤が堪っていたのだろうとも判断す

る。

「おい、落ち着けよ、アルディス!」

「もう、いいさ!」

「この馬鹿!」

 ルドラはそう言うなり、平手で思い切りアルディスの顔を引っぱたいてやった。

 小気味よい音がしたかと思うと、アルディスの体がまともによろけた。

「あ・・・すまない」

 今の一発で正気に戻ったのか、アルディスはそう言って、また下を向いた。

「すまない、ルーエル」

「別にいいけどな、俺にだけなら」

 ルドラはそう言って、ケラケラと笑う。

「それ、今度バルスにやってみろよ。アイツ、驚愕するぜ?」

「そうだな・・・俺が本心を見せるのはお前くらいだから」

 落ち着いて来たのか、クスクスと笑い始めるアルディス。

「俺にとっては、ルーだけだな。心を許せるのは」

「・・・だからなぁ。さっさと嫁もらえよ」

「それは嫌だ」

 きっぱりとアルディスは拒絶する。

 聖王に王妃をと言う動きは大分前からあるのだが、いかせん、アルディスがまるで

その気がないので、今になっても実現しないのだ。ルドラもあれこれやってはいるも

のの、やっぱり徒労に終わっている。

 ルドラが渋顔になったのがおかしかったのだろう、今まで小さく笑っていたアルデ

ィスだったが、ついに大きく笑い出した。

 笑い飛ばされ立場のないルドラだったが、今日はそれで良しとすることにした。

 とりあえずは、アルディスが落ち着いたのだから。

 

 

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