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突然乱暴に開け放たれた部屋の扉。
それに、ベッドの上で眠っていた人物は、身を丸くしてシーツを頭に被ってしま
う。
「こら、てめぇ、何刻だと思ってやがるんだ!?」
まるで、聖王宮内全てに響き渡るような大声。
王宮内では毎度お馴染みの、大武聖の怒鳴り声だ。
こうやって、聖王の寝室に怒鳴り込むことの出来る人物は大武聖ルドラだけ。ま
た、こうやって乱暴に聖王を叩き起こすことの出来る人物もまた、ルドラだけだっ
た。
もっとも、いつもなら聖王は、自分からいの一番に起き出して、夜中まで仕事をし
ていたはずのルドラを叩き起こして見たりしている。また、逆にルドラを彼が後で頭
を抱えるほどに寝かせておいて、彼が前夜に残してしまった文字どおり、『山積み』
の仕事を30分で終わらせてみせたりする。
要するに、こうやってルドラがアルディスを起こすなど、天地がひっくり返るほど
『珍しい』ことなのだ。
「おい、アルディス!?」
今だに、ベッドの中で丸まったままのアルディス。
一瞬、何か企んでいるのではないかと警戒したルドラだったが、妙にアルディスの
雰囲気がいつもと違うことに気が付いて首をひねった。
さっきまでの怒鳴り声も、心もち小さくなっている。
「どうした、アルディス?」
「だるい・・・」
「風邪か?」
いくら不老とは言っても、不死になったわけではない。ちょっとした風邪でも、こ
じらせれば命取りにもなりかねない。実際、ルドラは去年、魔族とのいざこざで大き
な傷を負い、死線を彷徨いもした。
「おい、アルディス?」
ルドラが、アルディスが頭から被っているシーツをめくって見ると、そこには見慣
れた顔があった。だが、やはりちょっと顔が赤い。表情も、心持ちいつもと違って見
る。少年の頃はよく、女性のようだとも言われていたほどだったのだが、それがぶり
返したようだ。
それを思い出したのか、ルドラは小さく笑った。
「どうなんだよ。風邪かぁ?」
「わからん・・・別に風邪の症状があるわけじゃないんだが・・・体がだるい・・
・」
アルディスはそう言って目を閉じ、重いため息を付く。
ルドラは、珍しく弱気なアルディスを見て、肩をすくめた。いつもなら、面白いほ
どにルドラの先手を取り、彼をからかって楽しんでいるアルディスだ。それとはまる
で違った、弱々しい姿を見せられると、ルドラもどうも、調子が狂ってしまう。
「判った、判った。バルス呼んでやるから。それから、政務の代行の方は俺でいい
か?」
「いい・・・どうせ、バルスじゃ俺を心配しすぎて仕事どころじゃないから・・・」
「おっけ」
ルドラは頷いて、さっそくバルスを呼ぼうとベッドから離れかけた。
だが、全身グッショリと汗を掻いたアルディスに気が付き、思い止まる。よく見れ
ば、アルディスは昨日着た服のままだ。夜着にも着替えず、昨日はベッドに潜りこん
だらしい。
「お前なぁ。昨日から具合悪かったんだろ?」
「ちょっと、だるいだけだったからな・・・」
アルディスは、纔に寝返りを打って、けだるそうにつぶやく。
「まさか、こうなるとは思わなかった・・・」
「夜着は?」
「そこ・・・」
シーツのすき間から、アルディスの指した先に、確かに夜着が用意してある。
ルドラはそれを取ると、アルディスの寝ている上に、ポンと置いてやる。
「着替えろよ。それくらいは、出来るだろ?」
「ん・・・」
ルドラの言葉にしたがって、モソモソと起き上がるアルディス。その動作も、妙に
のろのろとしている。
やっぱり風邪だろうなぁ・・・
はきはきしたアルディスらしさが見られないことに、ルドラは眉を潜めた。聖王が
病に伏せるとなると、いったいどうすればいいものやら。始めてのことだけに、やる
べきことが山積みだと言うことしか判らない。もっとも、ルドラは武官だ。こういう
ことは、バルスに任せればいい。バルスが実際、アルディスが病と言う状況で、どこ
までまともに動くかどうかは、まったくの不明なのだが。
アルディスが着替え始めると共に、ルドラは何気なくカーテンがかかったままの窓
の方へと視線を向けていた。
だが、ゆっくりとだが着替えていたアルディスが不意に動かなくなったのに、視線
を彼へと戻す。
「どした、着替えも出来ないのか・・・てっ?」
いくぶん、日頃の憂さ晴らしもある、からかうようなルドラだったが、アルディス
を見た途端に言葉を失っていた。
「・・・へ?」
かなり間の抜けた声だった。
ルドラは、着替え途中のアルディスを見て、あんぐりと口を開け、彼を指差し、
二、三語訳の判らない言葉をつぶやいたかと思うと、絶叫していた。
「なんじゃこりゃぁ!!!!!!!!」
絶叫し、部屋の中を走り回っているルドラ。
対して、アルディスの方は完全に硬直してしまっていた。
その、アルディスの視線の先。それは、自分の体に向けられているのだが、確かに
奇妙だった。
本来ないはずの女性の胸のふくらみが、そこにあったのだから。
完全に人払いをしたアルディスの寝室。
そこに、聖王とその腹心二人は篭っていた。と言うより、篭らざるを得なかったの
だ。
ルドラは完全に錯乱中。
アルディスも心ここに在らず。
当初、訳の判らない声を上げたまま、何時までたっても聖王の寝室から出てこない
ルドラに、侍女達が何回か、様子を探りに来たのだ。だが、ルドラも錯乱していて
も、それなりに理性が残っていたらしい。何としても、侍女達を寝室内に入れようと
はしなかった。
そうして、侍女達に請われる形でやってきたのがバルスだ。
「なるほど・・・」
相変わらずベッドの上で、頭を抱えているアルディスを見て、バルスはそうつぶや
くしかなかった。
「ようするに、我が君は『女性』になられてしまわれたわけですね?」
「・・・そうらしい」
アルディスはそう言って、重いため息を付く。
「原因の予想はつくが・・・」
「なんだと!?」
聖王の自嘲じみた声に、今の今まで錯乱していたルドラが途端にそう聞き返してく
る。
「てめぇ、いったい何やったんだ!!」
「なんだよ。まるで俺が何か馬鹿でもやったような言い方だな?」
「じゃぁ、なんだって言うんだよ!」
状況が状況なためか、アルディスの声は妙にトゲトゲしい。ルドラにしてみても、
何時にもまして感情的だ。
そんな二人の、通常とは違う言い合いを察したのか、バルスが素早く間に割って入
って来た。
「はいはい。言い争いはいいから。それより、どういうことですか、我が君?」
バルスは、背でルドラを抑え付けながら、どこか顔色の悪い主を気づかうように尋
ねる。
それに、アルディスは小さく笑った。その笑みも、いつもと違って見える。どうや
ら、アルディスの身に起こった変化は全体に及んで居るらしい。ルドラも、それには
気が付いていたはずなのだが、さすがに、アルディスが本当に『女性』になってしま
ったとまでは思い至らなかったらしい。当り前と言えば、当り前なのだが。
バルスは相変わらず冷静なもので、大した驚きも見せずに聖王の変化を眺めてい
た。
「で、我が君?」
「なんだ?」
「『全部』が女性だったのですか?」
「そうだよ・・・」
ここに来て、ようやくショックが和らいできたのか、アルディスはケロリとしてそ
う答えた。
「『全部』の『全部』ですか?」
「あぁ『上』から『下』まで全部だよ」
「やめんかぁ!!!!!」
何時の間にか、マイペースになってきているアルディスとバルスの会話に、ルドラ
が怒鳴り付ける。
「どういう神経してんだ、てめぇらは!!」
「こういう神経」
アルディスはそう言ってヒョイッと、ルドラに何かを渡す。
ルドラがそれを見て見れば、妙に生々しいぬめぬめとした赤い線状の物が手の上に
置いてあった。
「うわぁぁぁぁ!!」
見事に引っかかり、また慌てているルドラを置いておいて、アルディスはバルスを
手招きした。
「バルス、多分原因は『女神』にあると思うんだがな、俺は」
「女神・・・女神ウィリス?」
「あぁ。俺が世界を安定させるための力を分け与えてくださった女神だ。たぶん、こ
の体の変化は、彼女の力のせいだろうと思う」
「・・・一時的な物ですか?」
「多分な。異世界の神の一人であるウィリスも、俺に召喚されてからは、この世界を
気づかってくださるようになった。それ自体はありがたい」
「・・・まさかそれは、女神ウィリスがこの世界に近づいたからですか?」
「そうじゃないのか?俺の中のウィリスの力が活性化しているんだろう。だから、体
にも変化が出てしまった。そうでもなければ、説明できんよ、これは」
アルディスはそう言って、軽く肩をすくめた。
「これはこれで、楽しいがな」
そう言う彼の視線の先には、ゼェゼェと肩で息をしているルドラがいる。
アルディスの表情は妙に嬉しそうだ。それを見て、バルスは軽くこめかみを抑え
た。
「我が君・・・」
「ま、いいじゃないか。束の間のことだから、『思いっきりルーエルをからかおう』
と思ってるんだが?」
ニッコリと笑って見せたアルディスの面は、これでもかと言うほど可愛らしかっ
た。
ルドラの災難決定。
つづく(^^)
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