【神のいない大地・番外編】

9−Adeana−(3)

作・三月さま


 うん・・・と背筋を伸ばす。

 もともと、聖王と言う名にふさわしく、人を引き付ける魅力に溢れていたアルディ

スだったが、『女性』となって、違う魅力も引き立ってきたらしい。ちょっとした仕

草も、ドキリとするくらい魅惑的になってしまっている。

 そんな聖王の『女性』としての性に血迷ってしまった馬鹿がいた。

 大武聖ではない。彼ならば、叫ぶ程度で済んでいる。

 そんなもので済まなかったのは、執務官の一人だった。

 

 やばい!

 アルディスは、彼が『迫って』きた瞬間に、自分の不利を理解していた。

 通常ならば、ルドラよりよほど非力に見えると言っても、魔王を封印するほどの身

だ、こんな執務官の一人や二人、簡単に退けられる。

 が、今はそうは行かない。何せ『女』なのであるから。

「血迷ったか?」

 それでも冷静に、ゾッとなるほど冷たい声で、そう言い放ってやった。

 だが、相手もだいぶ頭に血が上っているらしい。普通なら、ある程度の効果がある

はずの凄みも、まったく効かなくなってしまっている。

(・・・俺の魔法じゃ、死ぬよなぁ)

 アルディスは、今日ほど効果が小さい魔法を覚えて居なかったことを、後悔したこ

とはなかった。『攻撃』魔法として効果の小さいものならいくつも持っている。が、

こういう人間の文官相手では、威力がありすぎるのだ。下手をすれば傷つける程度で

は済まない。

 もっとも、アルディスも『聖王』ではあっても『聖人』ではないので、いざとなっ

たら何でもやるつもりである。聖王宮で誰が一番物騒だと言えば、誰でもないこのア

ルディスか大神官であるバルスなのだから。

 ジリジリと、執務官との距離は迫っている。

 どうにもこうにも嫌な相手である。仕事の面で有能なので重用してきたが、こうや

って迫られる上で、これほど嫌な相手だとは思わなかった。

 体格の上では、相手が断然有利。文官だが、やはり男性だ。しかも、聖王はまるき

りと言うわけではないが、やや小柄だった。それが、『女性化』にともないさらに華

奢になってしまった気がする。

 ようするに、襲われてしまえばその時点でアウトだ。

(でも、よもや自分が襲われるとは思わなかったな)

 今だ余裕があるのか、そんなことをのんびりと考えてみたりもする。

 よもや、『聖王』を襲う馬鹿もいないと高を括っていたのだが、甘い考えのようだ

った。生憎、他の執務官たちは現在それぞれの仕事で、しばらくはここに帰ってこな

い。バルスにしてみても、大神官としての職務中。ルドラもこの部屋の近くでの仕事

とは言え、大武聖の責務がある。

 つまり、助けがくる確率は0に近い。

「一つだけ言っておく・・・」

 壁まで追い込まれ、アルディスはもう一度だけ相手を見据えた。

「今やめれば罪には問わないでおいてやる。どうする?」

「何を戯言を・・・」

「そうか。残念だ」

 アルディスはそう言うなり、溜めていた魔法を時はなった。

 ただし、相手は執務官ではなく、追い込まれた壁の方である。

『ゴバァ!!!』

 アルディスの呪文を受けて、壁が勢い良く崩れていく。

「あぁ、バルスに小言をくらうな、これじゃ」

 ケラケラと笑っているアルディス。

「じゃぁな」

 ニッコリと笑ってそう言うと、アルディスは開けたばかりの穴の中へと逃げ出し

た。

 もちろん、執務官も馬鹿ではないから、後を慌てておう。このまま聖王を逃せば、

まさしく身の破滅だ。彼の口を塞ぐ手段もあればこそ、強行手段にも出たのだ。逃げ

られては、その口封じも出来ない。

 だが、アルディスも唯者ではないから、逃げ足は人の百倍も早かった。

 そうやって、早々に目的の部屋の中に逃げ込んでしまう。

「ルーエル!!」

 無遠慮に扉を開け放ち、部屋の中に飛び込む。

 部屋の中では、予想通りルドラが目を丸くして驚いていた。

「アルディス!?」

「助けてくれ、襲われる」

「・・・もの好きもいたんだな」

「いたんだよ」

 すでに安全圏に入った余裕なのか、アルディスはルドラと一緒に関心して見せたり

もする。

 そうして、耐えられなくなったのか爆笑した。

「あはははははは、この俺にどうこうしようなんて、頭のどこをどうしたら出てくる

んだろうな」

「そうだな。ま、お前に下手なことすれば、バルスの手で地獄行き決定だかんなぁ」

「だろう。可愛そうに。あの執務官、今ごろは、騒ぎを聞きつけたバルスに捕まって

るだろう」

 クスクスと笑っているアルディス。

 しばらくは、聖王が自分の執務室に居座りそうだと見たルドラは、そこに控えてい

た武官二人を下がらせた。

 パタンと扉が閉められる。

 それと同時に、アルディスはドカリと備え付けてあった椅子の一つに深く座り込ん

だ。

「まいったな・・・」

「何がだ?」

「いやぁ。気持ち悪いと思ってな。ルーエル、お前自分が男に襲われるだなんて、考

えたことあるか?」

「普通は考えねぇだろ、そんなこと」

「だろう?」

 アルディスはそう言ってクスリと笑う。

「自分が『男』の性対象になるだなんて、普通の男なら思わないさ。俺も思ってもみ

なかったし」

「・・・でも『妹』の方はなってるんじゃないか?」

「それは判ってるさ。自覚してるから、お前の傍にひっついてるんだろ?」

「あーそうですか、そうですか」

 ルドラはここにきて、どうしてアルディスが『妹』として振る舞っている間中、自

分にまとわり付いていたのかを知ることが出来た。

 大武聖がいて馬鹿な行動に出るものもいないだろうから、ルドラの傍にいれば安全

だろう。

 アルディスはそう踏んだからこそ、ルドラの傍にいたのだ。

 それなりに、『女』としての自分の『余計』な魅力には気が付いていたらしい。自

覚犯だ、ようするに。

「お前なぁ、俺がどう思うかは考えなかったのかよ?」

 ルドラは呆れた様子でそう言った。が、言った後で言葉の重要さに気が付く。

(しまったぁぁぁぁぁぁ!!!!!これじゃぁ、アルディスに弱点見せたようなもん

じゃないかぁ!!!!!)

 心の中で絶叫するが、全ては遅い。

 アルディスは、そんなルドラの心の中を見透かしたようにニッコリと笑っている。

「なーるほどぉ。ルーエルもそういうのだったのか」

「なんだよ、それは」

「いやぁ、別に」

 クスクスと笑っているアルディス。

「でも、俺も考えてみたんだよ」

「な、何をだ?」

 何か無理難題でも言われるのではないかと構えているルドラ。

 だが、そんな予想通りの事を言うほど、アルディスは甘くなかった。

「どうせ『女』になれたんだから、その分まで楽しんだ方がいいんじゃないかって」

「・・・おい」

「だって、俺、もともと『受け』でもいいし」

「・・・そう言う『専門的』な事を言い出すんじゃねぇよ」

「あぁ、考えてみれば、俺って得なんだなぁ」

 アルディスの持ち前の気楽さ発揮である。

 ルドラはそれに頭を抱える。

「てめぇのそのお気楽さ、俺、時々うらやましいかも・・・」

「はっはっは。まかしておいてくれ」

 豪快に笑い飛ばすアルディス。

「でも、本当に特だよルーエル。なんたって、女性のアノ感覚も判るからなぁ。お

ぉ、今度やってみよう!」

「やるなぁ!!!!!!!!!!!!!」

「今夜あたりどうだ、ルーエル?」

「死ね!!」

 調子を戻したアルディスに、さっきの憂さ晴らしとばかりに遊ばれているルドラ。

 やっぱり、彼はアルディスのおもちゃかもしれない。

 

BACK←神の〜番外9→GO