【神のいない大地・番外編】

8−Adeana−(2)

作・三月さま


 聖王宮内に、『聖王の妹』と名乗る女性が現われたのは、まったく急なことだっ

た。

 当初は、王宮内の多くの物達が、その女性の存在を怪しく思ったものだった。何と

言っても、聖王が戴冠してから、すでに200年近く経っているのである。その中

で、不老で在り続けているのは聖王とその左右の腹心のみ。仮に聖王に妹がいたとし

ても、すでに老齢で死亡しているはずなのだ。事実、聖王の生家であるシルバリア皇

家の兄や弟達は既に全員亡くなっている。

 だが、いくら臣家達が不審に思ってみても、『聖王と瓜二つ』の女性の容姿と何よ

りも、左右の腹心二人がまるで平然としているため、誰も文句を言うことが出来なか

った。聖王にしてみても、『妹』と同席することはなくとも、その存在を認めてしま

っている。

 

 大武聖ルドラ。聖王宮内での一番の気苦労人である。

 その気苦労も、今になって漸くピークを向かえようとしていた。

「・・・俺、そろそろ家出すっかな・・・」

 妙に黄昏て、窓の外から春の日よりの庭園を眺めているルドラ。そんな彼の背後で

は、しっかりドレスを着こんで、楽しそうに笑っているアルディスの姿があった。

 アルディスの『変化』から早一週間。ルドラが相変わらず悩んでいるのに対して、

アルディスの心の対応は早かった。ものの一時間も経たないうちに立ち直ったかと思

うと、一時的に手に入れた『女性』の体をネタにルドラをからかいだしたのだ。も

う、これは、ルドラを使っての遊びに命をかけているとしか思えない。

 今日もまた、午前中の『聖王』としての政務を律儀に終えた後、『妹』になりすま

して遊んで居るのである。

「あのさぁ・・・」

 ルドラは、窓に寄りかかりながら、彼の部屋に無断で入り込み、なおかつ勝手に椅

子に座り込んでいる聖王にジト目を向けた。

「お前、楽しんでんだろ?」

「おや、判るか?」

「判らん方がおかしい」

 ルドラが睨み付けても、アルディスは唯クスクスと笑っているだけだ。

 笑っている仕草だが、これがまた女性の笑い方なのだ。本当に良くやるものだと、

呆れるのを通り越して感心してしまう。

「で、いつまでなんだ?」

 ルドラの言ういつまでは、『女性変化』がいつまで続くのかと言うものではなく、

自分に対する『からかい』がいつまで続くのかと言うのを暗に指している。

「二か月ほどかな。少なくて」

「そうか。二か月で済むのか・・・って、二か月!?」

 瞬間ルドラの表情がこわばる。

「なんで、二か月も続くんだ!?」

「しょうがないだろう。続くんだから」

「いやだぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 頭を抱えて、ここ一週間お馴染みになってしまった悲鳴をあげるルドラ。

 アルディスの方は、酷く楽しそうだ。親友が困って居て、ここまで楽しめる性格と

言うのも、また稀だろう。流石と言うべきかもしれない。

 そんなアルディスだったが、纔に眉を潜める。

「まぁな。俺もいい加減、疲れては来ている」

「嘘つけ」

 アルディスが楽しんでいる所しか見たことのないルドラは嘘だと決めてかかってい

る。

 これは仕方がないだろう。それだけのことを、アルディスはしているのだから。

「嘘だと思うのか、ルーエル?」

「思ってる」

「ふぅ・・・」

 まるで小馬鹿にしたように肩をすくめるアルディス。一瞬、殴ってやろうかと拳を

握るが、後が恐いのでやめておく。

「ルーエル、この『妹』として振る舞っている間ならいいんだけどな。『聖王』とし

ている間、俺がどれだけ、『女』だとバレないように気をつけているか判ってるか

?」

「・・・そりゃ、まぁな」

 アルディスがそんな気疲れから、『妹』などと言い出したのは、ルドラも薄々は勘

づいていた。

「俺は何でも一人でやるほうだったから、着替えの時も一人でやれるし、湯浴みにし

ても一人でいられる。けど、やっぱり、王宮内に聡いものはいるさ。体つきの判り辛

い服装をしてみても、気付く連中はいる」

「・・・ここ三日ほど、俺ん所の武官が三人ほど消えてるんだけど」

「バルスに聞いてみれば?」

「・・・あんのやろう」

 アルディスの秘密に気付いたであろう武官は、おそらく、バルスの手でどこかの隠

し牢にでもぶち込まれたのだろう。自分にさえ知らせないで、部下をそう言う扱いに

するバルスに流石に頭に来たルドラ。だが、それ以上のアイディアは彼の頭では出て

こないので、まるきりバルスを非難も出来ない。聖王が『女』である事がバレてしま

えば、それなりの騒動だ。バレないで済むのなら、バラさないで終わらせてしまいた

い。

「ま、後でどうせ、アイツお得意の白魔法かなんかで、記憶消すんだろ?」

「でも、バルスの事だから犬のエサにしちゃうかもな」

「人の部下を犬のエサにするなぁ!!!!!」

 絶叫するルドラに、ゲラゲラと笑っているアルディス。

 どうなって見ても、この二人はこんな関係のようである。

 

 しかし、表面上はこんなだったが、実は影ではさらに面白い事が進行していたので

ある。

 

 とりわけ大武聖。

 血迷っていた。

 毎日と言っていいほど、アルディス『似』の美女に付きまとわれているのである。

まともで居られるほうがおかしいのかもしれない。

 だが、本人はそう割り切ることは出来なかった。

 女性経験なら、三人の中では一番豊富だ。別に、極めてその方面での行動が荒れて

いるわけではない。ただ、王妃も向かえないで、何をやっているのか判らないアルデ

ィスや、まるきり女性を遠ざけているバルスとは違って、いたって『普通』なだけで

ある。

 そういう普通の、外見年齢が『青年』のルドラである。美女が傍にいて、多少でも

ドギマギしないほうがおかしいのだが、本人はドギマギするほうを異常だとしてい

た。

 なにせ、相手は『あの』アルディスである。

 親友として常に傍にいた相手が気にかかるなど、絶対にあってはならない。そう思

いこんで居る。

 妙な所で変に律儀だったりする。そういう所が、アルディスがルドラを親友だと呼

ぶ理由なのかもしれない。

 しかし、アルディスなら馬鹿笑いしそうな状況だが、ルドラにしてみれば切実だっ

た。

 今のように配下の武官達に稽古を付けている間も、深く悩んでいたりする。

「・・・なぁ、俺ってジジィだよな?」

 一汗かいて、休んでいたルドラは傍に立っていた部下にそう聞いて見た。

 まだ年若い武官は、外見年齢だけならば、自分より2、3は若そうな大武聖の言葉

に困った表情になっていた。

「あの・・・どういう意味でしょうか?」

「だからさ、俺ってジジィだよなぁって」

「・・・失礼ですが、大武聖は今だお若いと思いますが?」

「200越したんだけどなぁ・・・」

 そう言って、真剣に悩み出すルドラ。

 確かに、ルドラは200才をとうに越してしまっている。だが、外見が延々と変ら

ないせいだろう。心内は、アルディスと出会ったころと、ほとんど変っていないのが

実情なのである。

 ルドラは、軽く吐息すると、壁に立てかけておいた愛剣を手にとって修練場に背を

向けた。

「大武聖、終えられるのですか?」

「ん。今日はこれくらいにしとく」

「お疲れ様でした」

 剣士としても名高いルドラに憧憬の視線を向ける武官は少なくない。今の武官もそ

んな一人だろう。

 人柄的にも、ルドラはアルディスと違った意味で、人に慕われやすい。王宮内に仕

える女性の間でも、そこそこの人気だ。

 選り取りみどりでもないが、不自由もしない。

 そんな状況の中で、どうしてアルディスなのか。

「ちくしょぉ!!!!!!」

 例のごとく、またも絶叫するルドラ。

 やっぱり、聖王宮一の気苦労人である。

 

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