『怨霊怪奇 原征伝!        祇園精舎の鐘が鳴るとき』
作・みよしの元帥さま

             
序章 時の淵、闇に沈んだ一ひらはそして………
 
 
 
 
       
 
ミィーン  ミィン  ミィーン  ミィン  ミィン
 
 
 暑い。暑い。暑すぎるわコンチクショウ!!
 
 ふと気を抜けば、セミの鳴き声が遠くでぼんやり聞こえてくる、それほど暑
い。
 
 
 「気象台の予報では、今日も38℃を越える暑さになるでしょう」と、お天
気お姉さんが涼しげな顔で涼しくないことを宣っくれた。
 
 
 その暑さのなかにである。さらに周囲の温度を5℃は上昇させる「騒音」が
ブチまかれていた。いや、「騒音」ではなく正確に定義すれば「奇声」となろ
うか。「奇声」・・・も正しくない。関係者が聞いたら気を悪くするだろう。
 
 つまり、平たく言えば「気迫の声」「気合いの現われ」と称するものである。
 しかし、どう言い訳しようとも世の中これほど鬱陶しく、かつ暑苦しく、人
の神経逆なでしたうえに、くそ迷惑なものは少ない。
 
 となれば、その発生源は自ずと見えてくる。
 
 
 野球。
 一応声を出すスポーツであるが、あの「気迫」ほど暑苦しくはない。
 むしろ、すがすがしさを感じる程である(あくまで比較しての話ではある
が)。
 
 まさか卓球やバスケットやバレーが、あのような「奇声」をはりあげるとも
思えない。
 
 
 となれば、その発生源はおのずと限られてくる。
 そう、その発生源とは剣道場であり、そのスポーツとは、剣道である。
 
 
 
 ああっ、剣道!。このくそあつーいなか、非常識にもサウナスーツ顔負けの
防具を身に付け!、汗を飛び散らせ肉体と肉体とをぶつけあい
 
 
『ああっ、これぞ青春だ』
 
と平気でわめきちらし、あまつさえ、むさくるしい男同士『グワッシィィィ』
と抱き合い涙を流す、世にもおぞましいスポーツ!
 ・・・・・・・・・・・・多分に偏見が含まれるが。
 
 
 ハアハアハアハアハア………………コホン。失礼………。
 とにかく、剣道場から気迫の声が響いてきているのである。
 あー、鬱陶しい。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 二人の男が、竹刀を青眼(剣先を相手の喉元から眉間に向けること)に構え
て対峙し、絡み合う視線が火花をちらす。
 
 しばしば発する気勢は、相手を萎縮させ己を鼓舞する。
 ただ剣先が足が、相手の正中線を奪い、己の竹刀を相手の竹刀の上にのせよう
と小刻みに動く。
 
 周囲には他の部員が練習をしているが、そのようなことはどうでもいいこと
だった。
 いや、とうにこの二人の頭から消えてなくなっている。
 すでに勝負は佳境に入っている。
相手を剣先で追い詰め、技を引き出し、それを迎撃して、もしくは、相手以上
の攻撃を繰り出し一撃でしとめる。
もし、相手が攻め切られてなお、動かないのであれば、そのまま自分から仕掛
けてゆき、一撃で仕留める。
 それが二人の師、亀井仲達(かめい ちゅうたつ)尊師から学んだ剣術の基
本である。
 
 
 しかし、実際それをやるとなると、とてつもなく怖い。
 いつ相手が飛び込んでくるかわからず、また、相手の剣先から放出される
『気』によるプレッシャーですさまじい恐怖を感じる。
 今にも相手が飛び込んでくるのではないか?。ついつい自分から技をしかけ
たくなる衝動を必死でこらえる。攻め切らずにしかけてゆけば「「「相手にも
よるが、この場合は確実に「「「討たれる !。
 
 
 二人の垂(たれ;剣道の防具の一種で腰に巻くもの)に目をやれば、片方は
「土屋」、片方は「御護藤」(みもふじ)と書かれた垂れネームという袋をは
めている。二人の性である。
 
 土屋───土屋 銀一郎(つちや ぎんいちろう)、大分県立下芹台(しもぜ
りだい)高校美術教師にして、剣道部顧問。長髪を後ろで束ね、ちょっと尻尾
の短いポニーテールがチャームポイントの25歳。さらに亀井仲達の弟子第一
期生である。
 
 
 片や御護藤「「「御護藤 原征(みもふじ はるゆき)、下芹台高校二年生に
して剣道部副キャプテン。さらに亀井仲達の弟子第七期生、別名「THE L
AST OF KAMEI’S SUN(最後の亀井の使徒)」
 
 それはともかく、しばらくの間、剣先の、そして『気』の攻防を繰り広げて
いた二人。
 だが、原征の方が焦れたのか、はてまた攻め切ったとみたか、燕の旋回も
かくやというスピードで面を打ちに飛び込んだ。
 
 スススススススス、気配や足音をまったく感じさせない摺り足。
 そしてその後に打ち出される技は、さながら盤石の砲台から打ち出された弾
丸。
 
 
 そしてまた、土屋先生のほうも電光石火の出小手(相手の面を迎え撃つ小手
技。最もポピュラーな出端技)で迎え撃つ。
 スパァーンと小気味良い音が同時に響く。
 
 相打ちだ。
 そのようなことは意にも介さず、あるいは予想していたことなのか、原征
と土屋先生はそのスピードそのままで体当たりし、反動を利用して引き面(下
がりながら面を打つ)を放つ。   
               ガツッ
 
 竹刀と竹刀がぶつかりあう音。
 
                キュウーーーー
 
 足の皮と床との摩擦音。
 再び、ぶつかりあう。今度は小手面(小手から面に連続して打ち込む)で。
 そのまま渾身の力を込めて体当たりを見舞う。
 互いに退くつもりはない。
 体も砕けよとばかりに押し込む。相手を押し込んで、退かせるつもりなのだ。
 
            ガツッ、ダッダダダダダダダンッ
 
 バランスを崩してたたらを踏んだのは土屋先生のほうだ。そこを、これこそ
勝機とばかりに原征が必殺の面を打つ。
 最初の面より数段速い。
 
             キェェェェェェェェェッ!!
 
 その瞬間、原征は「一本とった」と確信していた。しかし
 
               カシィィィィィィィィ
 
 乾いた音を残し、原征の竹刀は土屋先生の正眼に構えられた竹刀に受け流
された。あの状態でなお、土屋先生は構えを崩さなかったのである。
 亀井流剣術に曰く。
 「立位正身を崩さず、相手を見据え期に応じよ。決して構えを崩すなかれ」
 
 つまり、正眼の構えを崩さぬかぎり、どのような攻撃も受け流すことができ
るし、一挙動で攻撃にうつることができる。
 
 正に剣先の「攻め」を重視した亀井流の奥義である。
 そして、土屋先生の竹刀が原征の竹刀の上手をとった。
 
 今度は原征のほうがバランスを崩した。
 バランスを崩したまま、後ろにさがる。
 矢つぎばやに繰り出される土屋先生の面。
 これらはすべてフェイントだ。それはわかっている。
 
 しかし、だからといって防がない訳には行かない。なぜなら繰り出される全
ての打ちが十分に一本になる面だからである。
 
 すでに構えは崩れている。竹刀全体でなんとか面を受け流している状態であ
る。
 
 原征は己の正眼が崩れて小手が上がってきているのを意識した。このまま
土屋先生が小手を狙ってきたら、確実に討たれる。
 
 そう意識のどこかで感じたとたん、体が頭の制御を離れ勝手に反応した。
 亀井仲達に血反吐を吐くまで鍛えられた本能が。
 
             チィェイサァァァァァ!!
 
 崩れかけた上半身を力で無理矢理たてなおす。
 もう、土屋先生がそこまで迫っている。
 面の間合いに飛び込んだ事を感じながら、そこからさらに加速!!
 間合いに飛び込む。
 土屋先生の面が、己の面の肩当て(面の脇についている防具。肩を防禦す
る)に痛烈に当たったのを感じたが、脳内から分泌されるアドレナリンのせい
で痛みははい。
 
 そして思いっきり肩から背中で体当たりをかます。
 
 
               ドコォォォォォォォ
 
 ・・・・・・・・・・・・鉄山靠。
 
 本来なら、そこで追い討ちの技を出したいところだが、無理が祟って足がも
つれた。
 
 そのまま二人は同体となり崩れ落ち、今度は互いの関節を極め合う。
 
 土屋が原征のアキレスを取ろうとすれば、それを後ろ蹴りでかわし、御護
藤が腕関節を極めようとすれば、強烈な裏拳がそうはさせない。
 
 そのまま、さして広くない道場を転げ回る。
 
 
 他の部員はと言うと、「いつものこと」と我関せずの態度、あるいは、巻き
込まれないようにと避難している「「「ただ二人の例外を除いて「「「。
 
 片や、白の袴と道着、下芹台高校剣道部の女子の標準的な道着。
 もう片方は紺色の道着に黒の袴、これまた下芹台高校剣道部男子の標準的な
道着である。
 二人はそれぞれの思いをのせて「ああぁーーーー」と深刻な溜息をついた。
 
 
 
                   2
 
 
 
 「しょうがなかろうが」
 
あの、剣道から遠くかけはなれた「「「原征曰く『あれぞ本当の剣の道』と
称して止まない「「「勝負から3時間ばかり経過した後、夕焼けの帰り道であ
る。
 「しょうがない! そんな事を言うのはこの口!!」
 「だから、しょうがないち(て)言いよるやろうが。体が勝手に動くんやけ
ん」
 
 傍らの女の子に口を捻り上げられながら、原征は講義する。
 だが、ただの一度とて聞き入れられた試しなどない。
 
 ちなみに、この喋り方は大分方言である。大分市内出身の人はそうでもない
のだが、やはり県の田舎の方では方言が激しい人が多い。さらに、県南や県北
とでは、微妙に方言がちがう。
 
 
 「まあまあ。さっきから原(はる)ちゃんも謝っているし、許してあげようよ」
 「謝ってすむ問題? 」
 
 
 結局あの後、二人は死力の限り戦い(あるいは殴り合い、蹴り合い)原征
と土屋先生が力つきて、勝敗が引き分けになったのは1時間後だった。その
間、他の部員は休みなく稽古させられて、そのことで原征は文句を言われて
いるのである。
 
 
 普段なら、文句は言われないのだが、さすがにこのくそ暑いなか練習させら
れたので、くさっているらしい。
 「だからご免なさいって。ね、機嫌なおしてよ貴美ちゃーん」
 「はいはいわかりました」
 
 さっきから文句をたれている少女「「「河神 貴美(かわがみ たかみ)「「
「は、ようやく機嫌をなおしたらしい。よく見れば………よく見なくてもかわ
いい笑顔を見せた。いや、かわいいと言うよりは奇麗といえる。
 
 
 大きすぎず、小さすぎず、暖かい輝きをたたえる瞳。その瞳にかかる、きり
りとひきしまり、なおかつ意志の強さを主張する、ちょっと太めの眉。そのア
ンバランスさが、一層魅力をひきたてる。
 
 
 河神 貴美、年令17才。原征の同級で、身長179cm(!)体重秘密、
B85、W56、H82のナイスバディ(死語)で、原征の幼なじみである。
 
 ナイスバディのうえに美人系の顔だちとくれば、当然泣かせた男もさぞかし
………と思えば、そのキツイ性格が災いしてか、はてまた別の理由か、ボーイ
フレンドなし歴17年の記録更新中で。
 ついでに、残りのメンバーも紹介させていただこう。
 
 さきほどから、怒りの貴美をなだめていたのが飯坂 周(いいざか しゅう)
こちらも17才の原征の同級。身長169cm、体重58kg、剣道部キャ
プテンで原征の親友である。
 
 眉目秀麗とは言わないまでも、なかなか整った顔だちで、下芹台高イケてる生
徒男子部門で1・2年ともベスト5に入った「強者」ではあるが、なぜ
か「そちら」のほうは奥手で、こちらも特定の恋人などはいない。
 
 噂によると、思い人がつれない女性(ひと)だとも、「衆道」の人だとも
言われているが真相のほうは定かではない。
 
 で、最後に御護藤 原征(みもふじ はるゆき)。下芹台高校二年生で剣道部
副キャプテン。身長170cm、体重70kgと、ちょっと重めだが、よく見
ればその体重を構成するほとんどが筋肉だとみてとれる。
 
 そのせいか、さして太って見えない。容姿はどうにか十人前で、二人に比べ
るとかすんでしまいがちだが、いるのといないとでははっきり違うという妙な
存在感がある。
  
 話をもとに戻そう。
 もうお気付きだと思うが、さきほどの白袴が貴美で黒袴のほうが飯坂である。
 
 
 「しかしまあ、あれからほぼ2年経つのに、まだ癖がぬけん」
 「しょうがないでしょ」
 言葉こそ少なめにかたる貴美だが、その裏には万感の想いが込められている。
 すくなくとも、原征と周にはそう感じられた。いや共感をもったと言い換
えてもいい。 
 
 亀井の弟子達にしか感じあえない、共通の想い。血反吐を吐き、床をのたう
ち回り、それでもなお、強くなるために、より精神の高みを極めるために精進
した者のみがわかり合える、あの日の1ページ………………。
 
 
 亀井 仲達先生に教わったのは中学三年間。
 三年間でほぼすべての剣技と格闘術を仕込まれた。
 
 とくに原征などは徹底的に、骨の髄まで叩きのめされ………もとへ叩き壊
され………いやいや叩き込まれた。
 
 おかげで、今でも夜中に夢に見て、油汗と冷汗と寝汗、さらにおまけで鼻水
までびっしょりたらして飛び起きることもある。
 
 この三人はみな亀井の弟子という、その世界ではかなり有名な存在である。
 LAST OF KAMEI’S SUN………なぜ彼らがそう呼ばれるの
か?
 
 それは、亀井先生自身、彼らの卒業とともに姿をくらまし、目下のところ行
方不明だからである。
 
 
 まあ、原征などは「やつを殺すには、この宇宙を破壊しつくすほどのエネ
ルギーをいっぺんにぶつけにゃならん」と公言してはばからないから、無事な
のはたしかだろう。
 
 ………そのあとばれてしこたま殴られた………「そんなもんじゃ足らん」と。
 
 
 ともあれ生きていることは間違い。
 
 「じゃあ、僕はここから帰から………喧嘩しないでね」
 「あっ………と、周はここから帰ったほうが早いんか」
 「じゃあね。バーイ」
 
 貴美と原征は手を振った。
 
 
 
 「しゃーないわ。かえるで」
 
 原征が貴美を振り返る。
 丁度、彼女の瞳を覗き込む形となった。
 
 
 (あっ………………)
 急に胸が締め付けられる。鼓動がはやるのが自分の耳にも聞こえる。
 日頃、意識して見てないと分からないのだが、こんなときの原征の瞳は、
実に神秘的なのである。
 
 表面的には、春の麗らかな午後、庭の桜を散らして行く、一陣の風と言った
風情なのだが、その奥底には、北の極地の永久凍土に封じ込められた海を想わ
せる色を湛えているのである。
 
 なぜか貴美には、その色が、悔やんでも悔やみきれぬ深い業を背負って、か
つその業に押し潰されようとしている原征の助けを求める信号ではないのか、
と思えてしまうのである。
 
 
 あの、どんなつらいことがあっても、いつもにこにこと、隣で微笑みかけて
くれた原征の………。
 
 「………うん………………」
 「………はぁー、調子狂うなー」
 
 原征としては当然、「言われなくても」と言った風なリアクションを期待し
ていたわけなのだが………。 
 
 「むぅーーーーー」
 と頭をかきかき、勝手にすたすた帰り始めてしまう。
 
 「あっ、待ってよーーー」
 それを追って貴美も歩きだす。その二人の背中に取り残された形の飯坂が
 
 「分かっているのかいないのか………」
 
 前にもまして深刻な溜息をついた。
 夕焼け空がオレンジ色に染まり奇麗である。明日も暑い一日になりそうだ。
 
 
 
                   3
 
 
 
 「こうやって………二人で歩くのも久しぶりね」
 「そうかな………………。そうかもしれんな」
 「そう。前にこうやって二人で歩いたのは、6月の梅雨の時だよ」
 「ああ、おまえが傘忘れた時な。あの時はたしか、二人で相々傘して帰った
んやな」
  と言って、ニタリと笑う。ニコリではなくニタリだ。
 「………………馬鹿。でもあのときは私に傘、持たせたでしょう」
 「だって、おまえのほうが背が高いもん」
 
  そう。貴美179cm、原征170cm、飯坂169cmと三人のなか
では貴美がずばぬけて背が高い。
 
 本人も多少は気にしているようで、原征や飯坂以外の者がそのことを口に
しようものならば、血の雨が降る。
 
 いつか、貴美に告白したプレーボーイが、けんもほろろに振られて、逆上して
散々貴美を罵り始めた。
 
 
 
 
 その男は、方々のめぼしい女子に手を付けており、週が変ると女が変るだとか、
すでに堕胎させた子どもの数が2桁に登るだとか、よくない噂・・・半ば以上や
っかみ・・がある曰く付きの男だった。
 よほど自信があったのだろう。まさか断られるとは思ってなかったのだろう。
 
 貴美曰く
 「貴方の顔って、バタ臭くて胃もたれしそう」
 
 
 
 
貴美のほうは、すましてその罵詈雑言(ばりぞうごん)を聞き流していたが、
話が身長に触れるやいなや豹変して、原征が止めるまでの数十秒間にその男を
半殺しにしてしまった。
 
 
 今もその色男は、決して貴美の視界に入ろうとしない。よほど心にトラウマ
として残ったようである。(いやー、女性恐怖性にならなきゃよいが………ま
あ、良い薬にはなったろう)
 
 「………………………………」
 「あ、怒った?………………………ごめん」
 「………あの時、恥ずかしくなかった?」
 「え! いや別に恥ずかしくはなかった………。うん。………………いま
さら恥ずかしがるような仲でもあるまいが。それに誰もおらんかったし」
 「………………それって、どう言う意味」
 「もう何年の付き合いになるか。かれこれ10年越えるぞ」
 「そう………」
 
 
 明らかに違う答えを期待しているような声であった。それを原征は強引に
はぐらかした、そう聞こえるやりとりであった。
 
 それからしばらく、無言の道中が続いた。
 貴美はうつむいたまま、なにも喋ろうとはしないし、原征のほうはなにや
ら考え込んでいるようである。
 「………………………」
 「………………」 
 「………………………」
 「ねえ、原征」
 「………………」
 「原征! 」
 「あ、あん、なんか言ったか」
 「うん。原征………好きな人とかできた………」
 「ん?薮から棒に。どげんした(どうかしたか)」
 「あのね、私ね………」
 
 
 「カノジョ、そんな男ほっといて俺達とアソぼうぜ」
 「そうそう。そんなダサいやつなんてほっといて」
 
 
 二人が人気のない交差点にさしかかった時だ。そのオリジナリティのかけら
もないセリフがかかったのは。
 
 こういうやつらは逃げていく時、絶対「おぼえてやがれ」と捨てゼリフ残し
て行くんだろうなと思いつつ、原征が後ろをふり向くと、見知った顔がひと
つと見知らぬ顔「「「それもそうとう不細工な「「「が3、4個あった。
 
 ストリート系ファッション、無意味にごてごてと付けられたチェーンなどのア
クセサリー、オリジナティーの欠片もない茶髪。察するに、そらく一人見か
けたら三十人、絶対流行りはしないけど、なぜか絶滅もしないぞのキャッチフ
レーズで有名なチーマーグループであろう。
 
 あるていど、振り向いた先になにが待ち構えているのか、覚悟はしていた。
 
 「ダッサァー」
 「三流ー、マイナー、ダサダサ」
 
 
  だけど、思わずそんなセリフがでてしまう。
 
 「………………………」
 そんな反応がよほど嬉しかったのか、さきほど声をかけてきたうちの一
人・・・耳にびっしりピアスを付けて、スキンヘッドにご丁寧にタツゥーまで入
れた・・・がこめかみに青筋と立てて、体を小刻みに震わせて喜んでいた。
 
 
 ………違うかも知れない。
 
 
 「………………………」
 たっぷり3分間沈黙したあと、男が口を開いた。
 
 
 「………この前の借りを返す」
 「この前?金なんか貸したっけ?」
 「くっ!」
 男のこめかみに血管が増えた。やっぱりうれしいんだろうか。
 
 「なら利子つけて返してもらわにゃならんなぁ・・・けど、女まで巻き込ま
んでもいいやろうが」
 ぶっとい眉をひそめながら原征は言う。
 貴美は逃がせ・・・そう言ってる。
 
 「後の楽しみ・・・ってやつさ」
 「ほう・・・」
 
 原征の気配が剣呑なものにかわる。
 
 「で、この前ぼこぼこにしてやった時と面子が大して変わってないようじゃ
けど(だけど)、まさかこれで勝つ・・・とか言うつもりじゃなかろうな」
 
 
 「河崎を連れてきた」
 「ほー、ひーと、お前さんもろくなことせんな。こげな(こんな)連中なん
ぞにつきあうなや(つきあうなよ)」
 
 チームの群れが二つに割れて、長身の男が姿を表す。
河崎 秀恥(かわざき ひでさと)「「「原征と同級で17才。身長185〜
190cmはあろうという美丈夫で、下芹台高校イケてる生徒男子部門で2年連
続1位をかっさらった、文句なしの美少年である。
 
 ただし、補導歴多数、喧嘩道十段。素行は極めて悪しという文句を内申書に
書かれて、いまだ退学措置を取られてないことに首を捻る学校関係者も多い。
 
 たしかに社会的に見れば不良ということになるかもしれないが、特定のグ
ループと群れるなどということはせず、一種一匹狼的なところがあり、不良な
どというものを核兵器の次に嫌っている原征とも友交を結んでいる変わり種
である(一番嫌っているのは亀井 仲達なのは言うまでもない。理由は・・・
あまりにも強すぎるためだ)。
 
 ちなみに、原征とは小学校5年生から現在に至るまでの同級生で、貴美や
飯坂と並んで付き合いの長い「「「秀恥に言わせれば腐れ縁「「「人物で、原征
は親しみをこめて「ひーと」とあだなで呼んでいる。(このあだなで呼ん
でいいのは原征と貴美と飯坂くらいなものである)
 
 
 「原征と喧嘩できる………そう聞いた」
 「『喧嘩屋』の名に恥じん、ちゅこつやな(ということだな)」
 「原征も河崎君もやめなよ」
 「ダッサァー」の発言の後沈黙を護っていた貴美が口を開いた。
 
 「河崎君とはまた他人行儀な………」
 「………………………」
 
 そう評したのは原征のほうで、秀人のほうは目をつむり、黙してなにも言
わなかった。
 
 
 「喧嘩なんかよくないよ。やめよーよ」
 「そうは言ってん、こいつらは許してくれんごつあるで(許してくれないよ
うだが)」
 「ようやく話が終ったか」
 どこぞの偉ーい作家先生が「三流悪党は、主人公の話が終るまで待っていな
ければならない法律がある」とおっしゃっていたが、まさしくそうだと思う。
 
 「貴美、自分の身は自分で守れよ」
 と言って、顔をしかめながら原征は片手に持った竹刀袋を放って渡す。(日常、
部活に行くとき彼は竹刀袋に竹刀2本と木刀1本とを入れて持ち歩く習性がある)
 
 本当は、こんな危険に貴美を巻き込みたくなかった。
 しかし、逃げるとなればおそらく途中で捕まるだろう。
 
 もし、このチーマーだけだったら、あるいは秀聡がいなければ確実に貴美を
連れて逃げ切れた。
 
 しかし、自分が逃げるとなれば秀聡が黙ってはいないだろう。
 一対一で闘うぶんに関しては7:3の割合で彼に勝つ自信がある。
 
 しかし、周りに気を配りながらでは確実に負けだろう。
 そして自分が負ければ貴美は・・・。
 
 
 逆に、自分がここにとどまる限り、秀聡は雑魚が片付くまで手を出さない。
 そしてこんな奴等は3分もあれば片が付く。
 
 
 
 「みんな、やっちまえ」
 と、三流月並みなセリフをはく男。
 これで、こいつの負けは確定した。しかし、こいつ最後まで名前が出てこな
かったな………。
 
 
 「ふっ」
 鋭い呼気だけが取り残された形になり、突っ込む姿がかすむ原征。
 秀恥は薄笑いを浮かべてそれを見守る。
 最初に原征にやられた人物は幸運だった。たいした痛い思いをせずに済ん
だのだから。
 「おりゃぁぁぁぁぁ!」
 裂迫の気合いをのせて、原征が突っ込む。ダッシュそのままの勢いで、相手の
正面に体当たりを放つ。先程土屋に向けてやったのとおなじ技である。
 
           ドコオオオオオオオオオオオオ !!
 
 もろに衝撃をもらい、ふっ飛ばされる不良A。そのままアスファルトに頭を
ぶつけて失神する。
 うまく受け身を取れない者の取って、後ろ向きに倒れる事は大変危険なこと
である。下手をすれば、そのまま昏倒し意識が戻らないこともある。
 そんな危険な技なのだが、そこを平気でやるあたり、原征の不良嫌いか、は
てまた『亀井流剣術、無手の法』(剣道部は竹刀を失っても強くなければいけ
ない、の理念のもと亀井仲達が世界各国の格闘術と、独自の格闘理論を組み合
わせた最強の格闘術)のせいだか、微妙なところである。
 
 「死ねぇぇぇ」
 そのまま残身をきめた直後、BとCとが同時に襲いかかる。原征は慌てず
騒がず、Bの放つ右大振りパンチを、自分の左手で相手の二の腕を抑えることで
ストップさせた。
 そしてそのまま相手の右腕の外側に左手を掛けて肘で相手の肘を内側に曲げ
るようにして極める。
 その時、CをBの向こう側、つまりは原征とBとCが一直線にする。
 こうする事で、一度に多人数を相手取ることを避ける。
 集団戦のセオリーだ。
 
 
            ギリィィィ
 
 
 関節が軋むいやな音。
 
 「オオオオオオオ・・・」
 Bがあまりの痛みに地面にへたり込むが、それに関して一瞥も与えず、原征
は次のCに向き直る。
 Bの関節は砕けてはいないが、1時間は使用不可能だろう。
 戦闘能力を奪ったこととなる。
 
 間髪入れずCが襲ってきた。
 小刻みにジャブを繰り返し慎重に間合いを取ってきるようだ。
 だが、その健気な努力が逆に原征は可愛く見える。
 ボクシングかなにかをやっているのだろう。しっかり左前半身でジャブを繰
り返して距離を測り、必殺の右を出す機会をうかがている。
 これがボクシングという『限定されたルールあるスポーツ』の世界なら、悪
くない戦法だ。
 
 「所詮、スポーツよのぅ・・・」
 
 原征は誰にともなくそうつぶやいて、ジャブを身を沈めてかわした。のみな
らず、その低い姿勢から右足刀蹴りを相手の左膝に正面から当てる。
 
 「あっ」
 
 Cはまともに後ろに倒れ込んだ。
 
 「いい判断やなぁ・・・けど、詰めが甘かったな」
 
         グシャ
 
 
 原征は容赦なく、その頭を踏み潰した。目立った怪我はしてないが脳震盪を
起こしているのは明白だ。
 
 
 「さて・・・とっ」
 
 
 そして、地面でうめいているBに止めの一撃を加えて難なく失神させると、
残った男・・・最初の茶髪男に向き合う。
 
 
 「は・・・・・・大した事なかったなぁ、おい。怪我人は出ちょらんが(出
ないが)、もう役に立たんやろう。とっととゴミ回収して居ねや!!」
 
 
 
 「け、けけけけけけけけけけけけけ」
 
 
 男は蒼白な顔をして小刻みに震えている。
 恐怖とも怒りとも違う表情だ。
 ただ、おこりのように体を震わせ、白濁した目でこちらを睨んでいるだけだ。
 
 
 「け、くけけけけけけぎゃばがががが」
 
 
 突如として、男の様子が豹変しや。
 びくびくと電流を流されたかのように体を痙攣させ、背中を限界まで逸らし
て雄叫びをあげる。
 その眼はもはや何も・・・この地上の一切を映してはおらず、狂気に冒され
たもののみが発する気を背負っている。
 
 「狂った・・・いや・・・こりゃ、なんかが手を加えてか・・・」
 
 思考をまとめるときのくせで、独り言をつぶやいた後、ゆっくりと原征は
『氣』を精練しはじめた。
 
 本気だ。
 本気で目の前の男と闘うつもりだ。
 三人の男を息一つ見ださず汗一つかかずに叩き伏せた者が、本気になる。
 
 
 
 「ぎゃはははははははははは」
 
 
 いきなり、茶髪男の状態が沈み込んだと思うと、そのまま助走も付けずに原
征向けて飛んできた。
 
 高さにして2m弱、距離にして3mもの大ジャンプだ。
 そのまま変形の胴回し蹴りにつなぐ。
 空中で前転しながら踵で脳天を蹴りつける大技だ。何の修練もなさずに出来
る技ではない。
 それに、男の体ではこんな大ジャンプは無理だ。
 
 
          ドスッ
 
 
 肉と肉のぶつかり合う音。
 原征は鉄棒で殴り付けられたような衝撃を、交差した両腕に受けた。
 とっさに十時受けで頭上を防いだのだ。
 だが、完全に意表をつかれた形となって、反撃の態勢ができてない。
 
 音もなく、茶髪男あ目の前に着地する。
 近い間合いだ。
 原征は首筋にちりちりする予感を覚えて、とっさに右腕でガードした。 
 果たして、茶髪男がその首筋に噛み付いてきた!
 
 本来の人間の歯の形では、とても人体をかみ切る事なんて出来はしない。
 だが、目の前の男のそれは大型肉食獣もかくやという力で齧り付いてくる。
 
 「〜〜〜〜」
 
 声もなく悲鳴を上げる原征。
 右腕の骨がぎしぎしと悲鳴を上げる。
 左拳はさっきから茶髪男の腹を殴り続けているのだが、一向に効き目がない。
 
 
 「ちっくしょうがぁぁぁぁぁぁ」
 
 こうなれば、とばかりに右腕を捨てる覚悟で大きく体を振り回し、左上段回
し蹴りを叩き込んだ。
 
 
 
 「がぁぁぁぁ」
 
 
 側頭部にもろに蹴りをくらい、ようやく離れる男。
 だが、その目は正気を失ったままだ。
 
 
 「ふぅ、ふぅ、ふぅ、ふぅ」
 
 手負いの獣・・・。
 背を丸め、爛々と光る目でこちらを睨むその様は、まるで人間味というもの
を感じさせない。
 
 「厄介な事じゃ・・・正気に戻すには・・・儂は呪術は苦手やしのぅ」
 
 自分に出来る事はただ闘うことだけ。
 こんな厄介ごとは相棒に任せてきた。
 しかし、この場に愛する相棒はいない。
 自分に思い付く事といえば・・・。
 
 
 「気絶させたら元にもどるやろうか? ま、どっちにしろやってみるしかな
かろう」
 
 覚悟を決めた。
 
 
 ぼたぼたと血を流す右手をぶらりと無造作に下げて、足を肩幅に開いて自然
体を保つ。
 背筋は大地に対して垂直をなし、左手は腰の当たりに軽く添える。
 
 亀井流無手闘術、基本の段、無形の位。
 臨機応変に対応出来るよう、全ての無駄な力を抜く『脱力』と、古流武術の
奥義である全能力を絞り出す『合気』を突き詰めたらこうなった位である。
 
 
 「・・・・・・・・・・・・」
 「ひっひひひっひひっひひひひひひひひひひ」
 
 
 視線が絡み合う。張り詰めた『氣』が二人の間で渦を巻いている。
 
 勝負は一瞬、気を抜いたら死ぬ!
 
 「ひゃぁぁぁぁぁぁ」
 
 茶髪男が一気に踏み込んできた。
 相変わらず速い!
 
 刹那の時間も要せず原征の間合いを侵略すると、何のためらいも見せずにいき
なり、三本貫手を見舞う。
 真っ直ぐ眉間に向けて突き出される中指、そしてその脇の人差し指と薬指は
眼球を向いている。
 まともに食らえば目を抉り出されるだろうか? いや、今のこの男の力なら、
眼球どころかその裏にある脳味噌までも貫通しかねない。
 
 するすると伸びる指。
 原征は、極度に緊張した集中力の、拡大された時間のなかでそれをスローモー
ションビデオのように見ていた。
 鼻先3cmにまで伸びる指。しかし、彼は動かない。
 2cm。でも微動だにしない。
 1cm。まだだ! まだその時ではない!!
 
 そして指がまつげに触った!
 
 
 その瞬間、暴風が巻き起こった。
 
 のけぞるようにして上体を倒し、指をかわすと同時に、その腕を左手でつか
んで飛びつき十字固めを極める。
 原征の体重と技に引きずられるように地面に倒れ込む茶髪男。
 
 地面で一回技を極めたら、間髪入れず三角絞めに技を変える。
 男はなんとか抜けだそうともがく。しかし、一回技が決まると、変に動くと
逆効果だ。ますます技が深く決まることになる。
 
 
 「はよぅ落ちいや(早く落ちろ)」
 
 これでもかとばかりに、原征は気管を締め上げる。
 男の顔色がどんどん赤くなる。
 
 
 「がぁぁぁぁっぁあぁぁぁぁぁ」
 
 野獣の咆哮!
 男が立ちあがった。
 まさに野獣。本当に人間かと思える。
 そして原征ごと腕を持ち上げた。
 地面に叩き付けるつもりだ。
 正しい腕ひしぎ十字固め、及び三角絞めのはずしかた。
 だが、これこそ原征の狙った瞬間だった!
 
 「もらったわい」
 
 茶髪男の体に力がみなぎる瞬間、あっさりと技を解除した原征は、そのまま
地面に飛び降りる。
 腕にかかっていた重さがいきなりなくなり、たたらを踏む男。
 その隙を狙っていたのだ。
 
 素早く背中に回り込み、後ろから左手一本で裸絞めを掛ける。空いた両足
は、男の腕ごとその胴体に回され余計な干渉を阻害する。
 
 1秒、2秒、3秒、4秒。
 
 きっちり4秒。
 頚動脈を絞められた男が、白目を剥いて失神するまでに要した時間だった。
 
 
 「世話かけさせよってからに」
 
 
 ここに勝敗が決した。
 
 
 
 
                   4
 
 
 
 ぐったりと力が抜けて、弛緩しきった体から身を放し、原征はもう一人の、
そしてこの中では間違いなく最強の敵、秀聡に向き直る。
 
 「で、ひーと。どうする、まだやるか?」
 「………………」
 
 黙ったまま首を振る秀恥。
 「ならこいつらを病院なり粗大ゴミ置き場なり、適当なところに捨てといて
くれや」
 
 「………………………………………」
 これにも黙ったまま首を振る秀恥。 
 
 しばらくの瞑目。そして
 「いずれ、決着をつけよう」
 それだけをぼそりと告げて、寡黙な戦士秀聡は手を振って行ってしまった。
 
 「どうせいちゅうんや(どうしろというのだ)、これ。このままほっといた
ら近所迷惑やし、燃えるゴミにだしたら環境破壊につながりそうやし、粗大ゴ
ミには引き取ってくれんやろうし………」
 
 
 「原征!、大丈夫!」
 振り向くと、竹刀袋を「ぎゅっと」抱きしめた貴美がいた。結局、戦いの間
中気押されて「「「原征一人の気に「「「なにも言えなかったのだ。
 しかも、『自分の身は自分で守れよ』などと言っておきながら、結局原征
は自分一人で不良どもをかたずけてしまった。そんな奴なんである。原征は。
 
 
 「血が出てる。待ってて」
 「かすり傷や。ほっとけ」
 
 嘘である。へたをすれば手首の動脈を切っている。右手がいまだくっ付いて
いるのは、ただ単に幸運と、日頃の鍛練に他ならない。
 
 「じっとしてて」
 ポケットからハンカチをとりだす。それを右手の傷口に巻いてもらいなが
ら、ふと、原征はそれに見覚えがあると思った。
 
 たしか、貴美の16才の誕生日に贈り物としてあげた品だ。純白のハンカチ
にでっかい蝶の刺繍がしてある。その蝶は、原征自身で刺繍したものだ。
 その純白が血によって真紅に染まっていく。
 「このハンカチはたしか………」
 「そう。原征にもらったやつ………………」
 
 うつむいているが、貴美の顔は真っ赤であろう。うなじから耳までほんのり
ピンクである。そんな貴美にほのかな色気を覚えてしまう原征。
 
 「貴美………」
 「じゃあ、原征。また明日ね」
 
 
 一方的話すと貴美は走って行ってしまった。
 「なんだかな………」
 
 
 一人残されて、なんとなく寂しい原征であった。
 と、同時に
 
 「そろそろ、真面目に考えにゃあならん」
 そう思いもする。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 それから原征も家路についた。大方途中でまた会うだろうとおもっていた
貴美は、しかし会わなかった。
 
 「家が隣なんじゃけん、一緒に帰りゃいいごつあるに(一緒に帰ればいいの
に)」
 
 そう思いながら原征が家の門をくぐろうとした刹那、なにかを「感じた」。
 なにか「「「怒り、悲しみ、嘆き、恨み、絶望などありとあらゆる負の感情
をミックスして濃縮したもの「「「妖気、いやここまで濃いものになるとちが
う。
 
 それは地獄の底を渡る風、生あるものを打ち砕き、生きることを否定するも
の。即ち瘴気である。
 
 
 「何者!」
 急いで振り返り、いきなり構えをとる原征。
 今度は本気だ。あの時の茶髪の時の気とは段違いの、全開の氣を張る。氣を
張るとは一種のレーダーみたいなもので、索敵効果がある。さらには、相手を
気押して、動きを阻害する効果もある。
 
 (この瘴気………前に闘ったことが………。しかし奴は完全に滅ぼしたはず
………)
 
 
 暑さ以外の理由による汗が背中をぐっしょり濡らしている。
 もはや間違いない。『あいつ』だ。『あいつ』にちがいない。
 
 
 
           チリリン  チリリリン チンチリリン
 
 
 普段は、時間帯にもよるが、わりあい人通りが多い、しかしどういう訳か今
は人の気配がまったく消滅した住宅地の道路に、鈴の音が響き渡る。
 
           チリリン  チンリリン チリリリリン
 
 
 
 交差点から一つの『人影』が、染み出る。夜の闇を切り取り、圧縮したのよ
りもなお濃い影が。
 
 その『人影』は僧侶の姿をしていた。手に鈴と金剛杖を持ち編み傘を目深に
被ったその風貌は行脚か托鉢の途中といったところか。
 しかし、その口から漏れているつぶやきは経文などでは決してなく
 
       祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり
       紗羅双樹の花の色 盛者必滅の理を表す
      奢れる者は久からず 唯春の夜の夢のごとし
   猛き者もついには滅びん 偏(ひとえ)に風の前の塵に同
                         じ………
 
 であり、先程からの瘴気はこの僧侶一人から発せられているのである。この
ことから推測されるに、この僧形の『もの』、原征言うところの『あいつ』
は人間ではあるまい。では、なんなのか?
 
 「久しいの………幻九郎よ………………いやさ、今は原征 原征を名乗っ
ておるそうじゃのう………」
 
 人間らしい感情というものを根こそぎこそぎ落として、かわりに殺気と絶
望、そして恐怖をふんだんにまぶしたら、おそらくこのような声になるのであ
ろう。
 
 気の弱い者が聞いたら、それだけで魂をむしり取られて、命を落としてしま
いかねない、そんな声である。
 
 実際、物理現象すら伴い、周囲の温度は20℃を切りかねない。
 「蘇った………そういうこつかえ(そういうことか)………………清盛入道
………平 清盛!!」
 
 平 清盛、知らない人はいないと思う。中学の歴史に出てきたあの清盛、そ
う原征は言ったのである。
 「17年前、完全に滅ぼしたと思ったが………よくよく、平の性に連なるも
んは、妖(ばけもの)ぞろいと見ゆるの」
 「貴様には………一歩譲るて………」
 「ほざけ………。わざわざ顔見せに来たっちゅう訳でんなかろう………やっ
ぱり復讐が狙いか………。それにさっきの下衆………くだらんちょっかいかけ
たんは貴様やの」
 
 
 「………………復讐とな………くっっっっっっっっっっ。………確かにな…
……………。それも………よかろうな………………」
 
 「なにが言いたい?」
 「………復讐も……………面白かろうな…………………。しかし、今は……
…そのような小さきこと………。捨て置けば………よい………」
 「貴様!、なにをたくらんじょる(なにをたくらんでいる)」
 「解からぬか………。時の一ひらから舞い落ちた雫は、800年間………そ
う………800年の永きに渡り舞い続け、ようやく器に落ち着いた………。し
かし………、雫はそこでもまた舞い落ちた………。いやさ、貴様にむりやり蹴
落とされたのだ。」
 その瞬間、清盛から発せられる瘴気の量、質共に増大した。
 「ぐっ、ぐはぁぁぁ」
 
 その瘴気をもろに受け、血を吐く原征。その血は、どす黒く、腐り切って
いた。
 瘴気とは、生ある者全てに対して負に働く地獄の底を渡る風。それ自体猛毒
なのである。
 清盛の話はなにもなかったかのように続く。
 「そして、無明の闇へと消え去るはずだった………」
 「………………………17年前のことか………」
 17年前、この二人は互いに死力を尽くして闘った。そして、辛くも原征
が勝利を納めた。
 その際に、清盛は肉体を失い、そして魂までも打ち砕かれ消滅した………は
ずだった。
 
 
 「そう………すべては17年前にある!。あのとき貴様に破れた儂はそのま
ま消滅するはずだった! しかし、儂は死なんぞ! 絶対に死なんぞ」
 さらに瘴気の濃度が増した。
 思わず膝とつく原征。顔色はすでに土気色である。
 「雫は闇を伝い落ちてゆき、ついに時の海に出た。そこで儂は蘇ったのだ。
海を己のものとしてな!」
 それまで感情のなかった清盛の声に、初めて熱がこもった。
 それは純粋なまでの生への未練。そして、尽きることのない欲望「「「支配
「「「。 その結果、周囲の温度はますます低下し、原征の吐く息のみが白
く煙る。
 
 もう、おわかりだろう。この二人「「「いや、なんと称そうか………とにか
く二人「「「は人間ではない。妖(ばけもの)、妖怪、物の化、幽霊。そんな
名称で呼ばれる者たち「「「この世とは違った物理法則に従い、違った理りに
生きる者たち「「「である。
 「なにが………言いたい………」
 三度、原征が尋ねる。油汗が背筋を伝う。
 
 「………時の波は………うねりはじめ………………車は………回り始めた。
幻九郎………原征 原征よ………すべてが………動き始めたのだ………」
 それだけ言い残すと、清盛は煙のように消え失せ、原征のみが取り残され
た形となった。
 「………………………………」
 がっくりと地面に全身を投げ出すと力が抜けてくる。汗を吸い込んだシャツ
が重い。最初の冷汗と最後の油汗とが交じり合ってできた重みだ。
 シャツを絞れば鍋一杯くらいにはなるだろう。
 今の原征にとって、その重ささえ、とてつもなく重く感じられた。
 
 
 
 
 
 
 
 

       
小話 その壱
(注:ただの小話です。本編とはなんら関わりがありません。笑ってやって下
さい)
 
 
 娘:「お父さん、エルフの耳はなんで長いの?」
 父:「それはね、エルフの子供はね、産まれるとすぐに耳に縄を付けられて樹
から吊るされるんだよ」
 
 娘:「ふーん、だから耳が長いんだね」
 父:「そうだよ。エルフたちはね、その風習のことを、『つるしガキ』と呼ん
でるんだよ」
 (注:全部ウソです。本当はみんなこの人のせいです−−−>出● 祐)
 
 
 
                 小話 その弐
 むかーし、昔のことじゃった。この世界がまだドロドロした固まりの頃の話
じゃ。
 従って、なにもない………おしまい………………じゃ、怒られるじゃろうか
ら………。
 オホン。むかーし、昔。あるところに男がおったそうじゃ。その男は、屁で
音楽を奏でようとしておってのう………
 
 
 男「一ぉーつ、二ぁーつ、三ぃーつ、四ぉーつ、これで上がりだ!
           裏五○!」
 
 
 その甲斐あって、ドとソとラの音が出るようになったんと。
 
 男「逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、
逃げちゃだめだ………………」
 
 さらに男は努力して、レとファとシがでるようになったんと。
 あと一つ、あと一つ。
 
 
 男「おおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ。俺の歌をききやがれ! 」
  そして、ついに!、『ミ(実)』がでた。
 
 
 
                 小話 その参
 
 
 先生「ぬおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ、ゆくぞ◎モン」
 
 熱意あふれる教育姿勢。
 
 先生「なぁぁぁぁぁにぃぃぃ!、その程度もわからんのか。くぉの、ぶわぁ
かでぇしがあぁぁぁぁぁぁぁぁ。(SE:バキィィィ)」
 
 あなたの勉強を完全サポート。
 先生「十二王方牌だぁぁぁい○ゃへぇぇぇぇぇぇい、そして流派東●不敗最
終奥義、石破ぁぁぁぁてぇん◎ょうけぇぇぇぇぇぇぇぇん」
 
 
 完璧なテクニック、そして奥義。
 
 先生「流派●方不敗は王者の風よ、全新系列、天破侠乱、見よ!東◎は赤く
燃えている!」
 
 
 これであなたの受験は勝ったも同然。東方進学会予備連合まですぐご連絡を!
 連絡方法は手旗信号か烽火(のろし)で。受付時間は職員の気が向いたとき
のみ。時間外は受け付けできませんのでご注意下さい。それでは、あなたのご
入会をお待ちしております。